自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

344 第256話 決戦へ向けて

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第256話 決戦へ向けて

1485年(1945年)11月8日 午前8時 ヒーレリ領クィネル

その日の朝、アメリカ第2軍集団司令官を務めるドニー・ブローニング大将は、軍服のネクタイを整えながら、司令官公室の窓から空を見上げていた。

「……天候が回復するとはいえ、あまりよろしくない空模様だな……」

そう言うなり、仏頂面を浮かべたブローニングは、小さく溜息を吐いてから席に座った。
閉ざされたドアの向こうから2度ほどノックする音が響いた。

「司令官、失礼いたします。」

訛りのある声音が聞こえた後、ドアが開かれた。

「おはようございます。」

ドアを開けた士官は、事務的な口調でブローニングに朝の挨拶を送った。

「おはよう、参謀長。」

ブローニングも入室して来た参謀長に返事をする。
髪を短く刈り揃え、がっしりとした体格ながら理知的な顔立ちの参謀長は、今から1ヵ月前の10月1日に第2軍集団の参謀長として、本国から赴任して来ている。
参謀長は、小脇に今日の作戦会議に使う資料を携えていた。

「会議に使う資料は出来たかね?」
「はい。こちらに……」

第2軍集団参謀長コンスタンティン・ロコソフスキー中将は、ブローニングに資料を手渡した。
ブローニングは資料を一読した後、頷いてから机に置いた。

「よろしい。あとは、参加者達にこの内容を説明し、作戦をいつ結構するか決めるだけだな。」

ブローニングはそう言った後、語調を変えてからロコソフスキーに尋ねた。

「ところで参謀長。新天地での仕事には慣れたかね?」

「慣れたかどうかはまだ申せませんが……足を引っ張ってはいないと思っています。」

ロコソフスキーは謙虚な口調でブローニングに答えた。

ロコソフスキーは、元々はソビエト連邦陸軍の軍人である。
1896年に生まれた彼は、第1次大戦時にロシア帝国軍に入隊し、大戦の終わりまで騎兵部隊に従軍していた。
ロシア革命ではボリシェヴィキに参加し、内戦時には赤軍の一員として活躍し、勲章を授与されている。
内戦終結後は順当に軍務をこなし続け、歩兵師団長や騎兵師団長、機械化軍団長にも任ぜられた。
だが、37年より開始されたスターリンによる軍の大粛清の余波は、ロコソフスキー自身にも及んだ。
NKVDに逮捕されたロコソフスキーは苛烈な拷問を受け、一時は彼の処刑も実施されかねない状況だったが、ゲオルギー・ジューコフ将軍の
口添えのお陰で、最悪の事態を免れる事が出来た。
1941年7月に釈放されたロコソフスキーは、満身創痍ながらも再び軍務に戻れる事を喜んだが、彼に与えられた任務は、彼を愕然とさせる
には充分な代物であった。
ロコソフスキーに与えられた任務……それは、アメリカ駐在ソ連大使館武官として米本土の情報を収集せよ、と言う物であった。
形こそはいいが、実質的には“左遷”そのものである。
ロコソフスキーは失意の内にアメリカへ派遣され、そのまま転移を迎えた。
転移直後、祖国が消えてしまった事に、ロコソフスキーも深いショックを受けた。
彼は、本国に妻子を残していた。
愛する祖国と……それ以上に、愛する妻と子が居なくなった現実の前に、ロコソフスキーの精神状態は崩壊しかけた。
そんなロコソフスキーを支えてくれたのが、同じく駐在武官として派遣されたアンドレイ・ウラソフであった。
ヴラソフは、失意の打ちひしがれる武官や大使館員の中でも素早く立ち直った人物であり、彼の行動のお陰で、ショックから立ち直った仲間が多かった。
1942年2月、ロコソフスキーはウラソフと共に、アメリカ側から軍に協力してはどうかという要請に応じ、2月の中旬にアメリカ陸軍に入隊した。
ロコソフスキーは陸軍省の特命参謀という肩書で、陸軍の作戦立案や軍の編成計画の作成に携わっており、そこで地味ながらも、着実に実績を重ねて行った。
その中でも特筆する物は、43年9月に行われた攻勢作戦の作戦名立案であり、味方からも実に紛らわしいと言われたあの作戦名は、彼の提案をもとに決められていた。
ロコソフスキーは元来現場向きの実戦指揮官であったが、陸軍省での長い参謀勤務のお陰で、参謀将校としての能力も開眼させていた。
そんな彼も、今年の10月1日付けをもって前線勤務となり、今では、ブローニング大将の右腕として辣腕をふるっている。
その一方で、ウラソフはロコソフスキーと同様、入隊当初は陸軍省で働いていた物の、43年6月からは陸軍第78歩兵師団の指揮官をつとめ、翌年3月からは
第55軍団指揮官に任命され、エルネイル上陸作戦中に行われたジャスオ南部での攻勢作戦に参加していた。
45年5月になると、ウラソフは休養で米本国に帰還したが、その際、それまでの功績を認められ、新設の第29軍司令官に任命されており、8月には
歩兵4個師団、機甲2個師団を指揮する軍司令官として北大陸に舞い戻って来た。
ロコソフスキーとウラソフ以外にも、米軍に志願した将校や、情報機関に採用されたNKVD諜報員等が多く、彼らは二度と戻れぬ祖国に、時折思いを馳せつつも、
新しい働き場所で懸命に仕事をこなし続けていた。

「足を引っ張っているどころか、むしろ、司令部要員達を見事に纏め上げていると思うがね。着任から大して時間がたっていないにも関わらず、だ。」

ブローニングは微笑しながらそう言う。

「ウェデマイヤーの代わりは十分に務めておるよ。いや、それ以上と言った所かな。」
「いえ、それほどでもありませんよ。」

ブローニングの褒め言葉に、ロコソフスキーは苦笑しながら、謙遜した口調で返す。
ウェデマイヤーとは、第2軍集団の前参謀長を務めていたアルバート・ウェデマイヤー中将の事である。
ウェデマイヤーは現在、南部戦線に展開している第8軍(歩兵4個師団、山岳4個師団編成である)の司令官となっている。

「相変わらず、君は謙遜しかしないな。私は、ソ連軍の将軍は誰もが勇ましく、謙遜と言う言葉を知らんとばかり思っていたが。」
「そのお考えは少し、違いますな。」

ロコソフスキーは首を振りながら言う。

「ソ連邦の軍人も千差万別ですよ。最も………クレムリンの周辺に居座っていた将軍達は、閣下の言う様な者が多かったですが。」
「ふむ……なかなか重い言葉だな。」

ブローニングは頷きながらそう答える。

「……ところで、会議の開始は8時半からだが、西部戦線の各軍司令官は予定通り来るのだろうな?」
「はい。連合各国の各軍司令官も、ここクィネルに集まっているようです。」
「……西部戦線に展開している軍は、計17個軍にも上る。今回は、軍司令官と随員の2名だけが来る予定になっているが、それだけでも
34名がこの司令部の会議室に集まる事になっている………あの狭い会議室に全員入れると思うかね?」
「一応、人数分の椅子とテーブルは用意させておりますが、狭苦しくなるのはほぼ確実でしょうな。」

ロコソフスキーの発した言葉を聞いたブローニングは、室内で気難しげな顔を浮かべて座る多数の将軍達の顔を思い起こして、思わず苦笑してしまった。

「さぞかし、壮観だろうね。」

ブローニングはそう言ってから、大きく肩を竦めた。
軽く溜息を吐いたブローニングは、椅子から立ち上がると、背後の窓に体を向けた。

「……天気が気になりますか?」

空模様を見上げるブローニングにロコソフスキーが話しかける。

「ああ。」

ブローニングは空を見つめたまま言葉を返す。

「予報では、明日からは晴れになるんだったな?」
「はい。海軍の観測情報によりますと、明日から向こう一週間は気象が好転する予定との事です。それ以降は、本格的な冬が始まるでしょう。」
「冬が始まるか……」

ブローニングは、机の側に置いてあるコートハンガーにちらりと目を向けた。
ハンガーには、彼が愛用しているコートが掛けられている。

「3日前から気温が低下しつつある。既に、冬は始まっているのかも知れんな。」


午前8時30分 旧クィネル村役場跡 第2軍集団司令部

第2軍集団司令部は、クィネル村の半壊した役場を修復して使用しているが、司令部として使うにはやや手狭な印象があった。
だが、司令部として使える建物は、この村役場しかなく、ブローニングを始めとする司令部要員は、多少の事には目を瞑りながら、ここで軍務をこなしていた。

ブローニングが会議室に入室した時には、既に各軍の司令官、随員達が中で集まっており、彼の姿を見るなり、全員が一斉に立ち上がった。

「おはよう諸君。席に座っててくれ。」

ブローニングは、黒幕に覆われた壁の前に立つと、参加者各位にそう述べた。
席を立った参加者達は、ブローニングに言われた通りに席に座っていく。

「作戦参謀、資料の配布は終わっているかね?」

彼は作戦参謀のアレックス・ロー大佐に聞いた。

「はい。全員分は既に配り終わっています。」
「よろしい。それでは、始めるか。」

ブローニングは軽く頷きながら言った後、参加者達に向けて会議の開始を告げる言葉を放った。

「……諸君。任地からここまで来てくれて、本当にご苦労であった。今日、諸君らを呼んだ理由だが……近い内に、連合軍はシホールアンル本土に対して、
本格的な侵攻を開始する。」

ブローニングの放った言葉は、会議室の参加者達に驚きの声を上げさせた。

「作戦謀長、後ろの幕を開けてくれ。」

ブローニングは、ロー大佐に指示を下す。
ロー作戦参謀が頷き、手早く幕を引いて行く。
黒幕が左右に別れる。そこに現れたのは、西部戦線のみならず、バイスエの東部戦線に展開している各軍の配置図であった。

「我が第2軍集団は、各国連合軍と、バイスエの第1軍集団と共同でシホールアンル帝国本土に侵攻し、敵国本土南部を敵本国から完全に分断する……作戦参謀。」

ブローニングは作戦参謀に顔を向けた。
作戦参謀は、壁の前のテーブルに置いてあった指示棒をブローニングに手渡した。

「第2軍集団は、ヒーレリ、シホールアンル国境線に近い前線に配置している7個軍を攻撃に使う。そのうち、主攻は合衆国軍第6軍、第5軍、第7軍、カレアント軍第13軍に
務めて貰う。残りのミスリアル第1軍、カレアント第8軍、バルランド第62軍はそれぞれ敵前線に圧力をかけつつ、敵本国軍を牽制して貰う予定だ。」

ブローニングは、指示棒で各軍を指しながら説明を続けて行く。

「バイスエからは、合衆国第1軍集団の第1軍、第3軍、第4軍、第28軍が主攻として行動を開始し、敵国の本土南部と中部を両側から分断する形で前進する。
この作戦が成功すれば、シホールアンル帝国は本土南部を分断され、推定で100万以上の敵正規軍を包囲出来るだろう。」

ブローニングの説明聞いていた各軍司令官達が、再びざわめき始めた。
ブローニングは、それを無視する形で更に話を続けた。

「攻撃部隊が作戦を行っている間、西部戦線では残りの第41、44、42軍、第18空挺軍を中心に、ヒーレリ領北部に展開しているシホールアンル軍部隊に備えて貰う。
この4個軍は、シホールアンル本土分断作戦が終了するまで臨戦態勢で待機。分断終了後は、最低でも2個軍を増援につけてヒーレリ領の完全奪還を開始する予定だ。
なお、第29軍並びに、第15軍はシホールアンル本土攻撃部隊の予備として、グレンキア軍第12軍とレースベルン第23軍はヒーレリ領北方防衛軍の予備として後方に
待機させる。」

ブローニングは地図から指示棒をおろし、参加者達に体を向けた。

「今回のシホールアンル本土分断作戦……オペレーション・コロネットは、11月16日をもって開始される予定となっている。攻撃に当たる軍は、それまでに攻撃準備を
整えて貰いたい。なお、陸軍航空隊は翌日から、敵前線、並びに敵戦線後方への攻撃を開始する予定となっているが、攻勢開始日にも、航空支援はしっかり行う手筈だ。
諸君らは、気兼ねなく任務に当たって貰いたい。」
ブローニングは手短に作戦の概要を伝えた。

「私からの説明は以上になるが、質問のある者は手を上げてくれ。」

ブローニングの言葉に触発されたかのように、5人の将官が手を上げた。

「……ウラソフ将軍から話を聞こうか。」

ブローニングは、すぐ近くに居る第29軍司令官、アンドレイ・ウラソフ中将に向けてそう言い放った。

「それでは、発言させていただきます。先程、ブローニング閣下は私の指揮する第29軍と第15軍を予備にするとおっしゃられていましたが……以前行われた会議では、
シホールアンル本土攻撃には29軍と15軍も参加する筈でした。ですが、何故。29軍と15軍を当初の攻撃任務から外したのでしょうか?」
「前線の7個軍で充分であると判断した事と、万が一の場合に備えての事だ。」
「万が一の場合と申しますと……?」

ブローニングの言葉を受けたウラソフは、怪訝な表情を浮かべて更に質問する。

「これは、参謀長からの提案だが……戦争とは常に、相手がある事だ。これは軍事にとっては常識だが、もし、現状の兵力で攻勢を行った場合、唐突に北方戦線で
シホールアンル軍の攻勢が行われ、戦線が崩壊しかけた時に、君らを使って突破部隊の阻止を図る事が出来る。つまり、味方部隊が危なくなった時の助っ人役、と言う事だ。」
「ですが、北方戦線の予備兵力には、グレンキア軍第12軍とレースベルン軍第23軍が充てられています。彼らだけでも充分な筈ですが。」
「防御主体ならば充分だろう。」

ブローニングにかわって、ロコソフスキーが答えた。

「だが、攻勢に移るとなればそれだけでは足りない。もし、主戦線である敵本土が堅かった場合、敵兵力の誘因を目的としたヒーレリ北方領の攻勢も、作戦の予備案として
考えられている。その場合、攻勢に使える兵力は最低でも5~6個軍。最良ならば、7、8個軍は欲しい所だ。その部隊の中に、貴官の指揮する第29軍や第15軍も
含まれる可能性は高い。また、敵が北方で攻勢にでても、数の差を活かして敵戦線を突破し、敵の幾らかを包囲殲滅して戦線の安定化を図る事も可能になる。これは、
敵本土戦線の場合でも同じだ。」
「ふむ……要するに、火消し専門の部隊、と言う事か。」

ウラソフの隣に座っている第15軍司令官、ヴァルター・モーデル中将が納得したように言う。

「火消し専門と言うには、規模が大き過ぎるような気がするが。」
「大きな火を消すには大量の消火剤が必要になる。我々は、その消火剤の役割を与えられたのさ。参謀長やブローニング閣下の考えは正しいと言えるよ。」

モーデルの言葉を聞いた参加者達が、一様に頷く様子をウラソフはちらりと見つつ、自らも自然と頭を縦に動かしていた。

「軍集団司令部の考えはよくわかりました。ならば、我々はそれに従いましょう。」
「……せっかくの本番でレギュラー落ちを宣告したような結果になってしまったが、そこの所は理解してくれ。」

ブローニングは申し訳ないとばかりにそう言った。

「では、次の質問に応えたいが、よろしいかな?」
「はっ。私の質問はこれで終わりました。」
「それでは……クルーガー将軍の質問に答えるとしよう。」

ブローニングは、第6軍司令官であるフランクリン・クルーガー中将に目を向けた。

「第6軍のクルーガーであります。来る作戦では空爆も同時並行で行われるとの事ですが……シホールアンル本土国境地帯にあります堅固な要塞陣地に対しても、
空爆は行われるのでしょうか?」
「勿論やるつもりだ。要塞地帯の空爆は、20AFが担当する事になっている。」
「20AFですと?」

その言葉を聞いたクルーガーは、思わず首を捻ってしまった。

「20AFはB-29が主体の戦略航空軍であり、主任務は敵本国への戦略爆撃の筈です。その20AFが航空支援……それも要塞爆撃を行うとは……解せませんな。」
「私も最初はそう思った。だが、ルメイ将軍の話によれば、最近、新たな新型爆弾が開発され、それが20AFに配備されたようなのだ。その爆弾なら、堅固な要塞にも
大打撃を与えられると、自信満々に言っていたな。」
「新型爆弾と言いますと……例のクラウドメーカー、という名の大型爆弾でしょうか?」

クルーガーの問いに、ブローニングはゆっくりと頷いた。

「爆弾自体が大きすぎて、B-29には1発しか積めないようだが、20AFは600機以上のB-29を有している。どれほどの爆弾を与えられたかは私も分からんが、
例え100発だとしても、敵要塞陣地には相当な打撃を与えられるだろう。」
「なるほど……要塞地帯には敵の防衛部隊主力がおりますからな。その主力が爆撃で手酷い損害を受ければ、我が軍の進撃もそれだけ容易になる………ある意味、
最高の支援と言えますな。」
「クルーガー将軍の言う通りだが、クラウドメーカーでどれだけの打撃を与える事が出来るかはまだわからん。もしかしたら、予想よりも小さな損害しか与えられぬ
可能性もある。爆撃の効果を過度に期待せずに、地上部隊は地上部隊で作戦に集中した方が良いだろう。」
「わかりました。ひとまず、作戦期間中は充分な航空支援が行われる、と言う事でよろしいですな?」
「そう考えて貰って結構だ。」

クルーガーの念押しの質問に、ブローニングはそう断言したが、その直後に、ロコソフスキーは胸中でこう付け加えた。
(天候が安定すれば、という前提だが……)

北大陸の天候は、5日前より悪化の一途を辿って行った。
季節は既に冬に突入しており、最高気温は日々低下し続けている。
その上、5日前から続く曇天と、その合間を狙ったかのように降りしきる雨は、気温の低下に拍車を掛けており、11月1日には、24度と、
丁度良いぐらいであった気温も、今日に至っては最高気温だけでも15度とかなり落ち込んでいる。
原因は、北大陸北西から吹き付ける強い北風と、大陸北西部分から流れつつある低気圧にあった。
このまま天候が悪化し続ければ、11月末どころか、下旬を迎えぬうちに気温はマイナスを割ると予想されている。
そうなれば、航空支援は十二分に行えなくなり、場合によっては、連合軍側は空の援護なしにシホールアンル軍と殴り合いを余儀なくされる可能性もある。
だが、希望が無い訳では無かった。
現在、戦線に近付きつつある低気圧だが、海軍の観測機からの報告では、前線は予想よりも南向きに向かっているとあり、この情報を得た軍集団司令部の分析では、
この状態が続けば、完全に晴れるとまでは行かぬものの、航空支援が出来る程度の空模様が、予定していた作戦開始日から少なくとも2週間近くは
続くであろうと判断されていた。
ブローニングは、それも踏まえた上でクルーガー将軍に答えたのであろう。

(閣下の考えは間違っている訳ではない……が、私としては、そう簡単に楽観できるとは思えんな……そもそも、この世界の天気は、元居た世界以上に気紛れだからな)
ロコソフスキーは、ブローニングの判断に肯定的な言葉を心中で呟きつつも、彼自身としては、ブローニングほど楽観的にはなれなかった。

「失礼ですが、発言してもよろしいでしょうか?」

唐突に誰かが手を上げた。

「……モーデル将軍か。何かね?」

ブローニングは、クルーガーとの話が終わっていないにも関わらず、横から入って来たモーデルに、胸の内では何事かと呟きつつも、彼の発言を許した。

「先程、司令官閣下は、作戦期間中は充分な航空支援を行うとおっしゃっておりましたが……ここ最近は天候がすぐれず、いつ回復するか分からぬ状況にあります。
待機予定の予備軍司令官が何を言うかと思われるかもしれませんが、それを承知で質問させていただきたい。」

モーデルは、鋭い目付きでブローニングを見つめた。

「もし、作戦開始までに天候が回復しない上に……更に悪化した場合、航空支援は無きに等しい状態になると思われますが、それでも、攻勢作戦は予定通り実施
されるのでしょうか?」
「……なかなか、痛い所を突いて来たな。」  

ブローニングはやられたとばかりに、苦笑を浮かべた。

「状況にもよるが……もし、猛吹雪でも吹こうものならば、作戦は困難になる。その場合、私は上層部に作戦の延期を進言してみるつもりだ。」

「では………航空支援が機能しない場合は、無理な侵攻は行わない、と言う事でよろしいのですな?」
「そうなるな。」

ブローニングはきっぱりと言いはなった。

「ただ、私としてはなるべく、作戦は予定通りに進めたい。と言うのも……東側の相棒が恐ろしく凶暴な相手でね。もし、私が作戦中止を宣言しようものならば、
東の相棒は私の司令部に殴りこんで来るかも知れん。そんな異常事態を避けるためにも、私は作戦開始が予定通りに行って欲しいと思っている。」

彼はそう言った後、語調を変えて言葉を続けた。

「まぁ、諸君らにとっては、私がパットンに平手打ちをされようが関係ない事だろうが。」

その一言が発せられた途端、室内でどっと笑いが湧き起こった。
しばし笑い声が響き続けたが、ブローニングが両手で静かにするように伝えると、参加者達も口を閉ざし、室内は再び静寂に包まれた。

「さて、モーデル将軍の言う事は良く分かった。今後は、悪天候時の対応についても検討しよう。ただ、天候の問題に関してだが、早朝に届いた海軍からの
気象情報では、前線付近に接近中の低気圧は、予想よりも南側に逸れつつあると言う。そのため、作戦開始から最低でも、2週間程は航空支援を行える見込みだ。
モーデル将軍が危惧する状況はその後になりそうだが、それまでは、我々は敵に対して、航空優勢を活かした戦いを行えるだろう。クルーガー将軍、他に質問する
事は無いかね?」
「いえ、私からは以上になります。」

クルーガーは自らの質問を終えると、一礼しながら顔をブローニングから反らした。

「次は……デヴァース将軍の話を聞こうか。」

ブローニングは、第30軍司令官であるジェレミー・デヴァース中将の質問を聞く事にした。

「第30軍を預かります、デヴァースです。閣下、今作戦は、季節柄冬季戦と言う事になりますが……戦闘時には必ず損耗が生じます。
武器、弾薬、車両、食料は当然ですが……それと同じように、衣類の補充も必要になります。冬の戦いでは、夏と違って凍傷という
脅威にも気を配らなければなりません。現在、第30軍を含む各軍は冬季装備が行き渡っておりますが、戦闘が長引けば、兵士の体を
守る衣類の消耗も馬鹿になりません。そこでお聞きしますが……軍集団司令部は、これら軍需物資の補給を継続させる上で、今作戦の
兵站線確保においてどのような考えを持っておられるのか、お聞かせ願いたい。」
「兵站線確保に関しては、兵站参謀から説明をさせて頂く。兵站参謀、頼む。」

ブローニングは、兵站参謀のウォルス・ウィンゲート少将に声を掛けた。

「今作戦の実行に当たりましては、カイトロスクの後方20キロにあるクルクコスに物資集積所を設け、作戦期間中はそこから補給隊を差し向けて補給を
継続させます。侵攻部隊が前進を続けた場合、軍集団司令部としては、第15軍、または第29軍を後詰部隊として投入しつつ、戦線各地に小規模な
物資集積所を設営して補給効率の維持を図ります。ただ、作戦期間中は侵攻軍全部隊に纏まった補給を継続する事は難事であり、時には、一部部隊の補給が
滞る事もあるでしょう。」
「その場合はどうされるのか?」
「天候が航空機の運用に適していた場合は、輸送機を使用して補給物資の空中投下を行います。輸送機が使えぬ場合は、予備のトラック隊を動員し、補給の
滞った部隊への輸送を最優先させる予定です。」
「それでも万全な補給が出来ぬ場合は、軍の前進を停止させる予定だ。」

ウィンゲートの言葉にブローニングがそう付け加えた。

「それでは、補給路には部隊を置きつつ、我々は過度に進軍しないように注意しながら、作戦に当たれば良い、と言う事でいいのですかな?」
「そう考えて貰って結構だ。」
「となりますと、パットン軍との連絡が遅くなりそうですな。」

デヴァースは複雑そうな表情を浮かべる。

「かといって、過度に損害を出しては元も子もない。兵は拙速を尊ぶとも言うが、戦力を温存しつつ、進撃して行くのも手だぞ。」
「戦力を温存しつつ……となると、主要進撃路以外の場所で敵を引き付ける必要があります。こういう場合は、どこかで敵を揺さぶらねばなりませんな。」

デヴァースの向かい側に座っている、エルフの士官……ミスリアル第1軍を預かるフラヴィナ・ウィロティクス中将が口を開いた。

「ウィロティクス将軍のおっしゃる通りですが、閣下は何か考えをお持ちですかな?」

ロコソフスキーがすかさず聞く。

「これは、以前の焼き直しになるかもしれませんが……我が軍の戦線正面で部隊を浸透させた後に機甲戦力を押し立て、敵の増援を引き付ける。
その間、主攻撃部隊は戦線北方を走破し、東側のパットン軍集団と連絡を図る、と言う物ですが……」

ウィロティクス中将はすらすらと答えるが、ロコソフスキーは首を横に振った。

「流石に、前回のヒーレリ領侵攻時のような成功は見込めないかと思われます。第一に、シホールアンル軍と我が連合軍の間には、森林地帯と思しき物は
一切見受けられぬ上に、戦線は敵が構築した防御線が幾重にも積み重なっております。確かに、ヒーレリ攻略戦での貴軍の働きは素晴らしい物がありましたが、
敵もそれを学んでいる筈です。」

「……つまり、主要防御線のシホールアンル軍には、浸透戦術は通用しないと言う事ですかな。」

ウィロティクスは、ロコソフスキーをじろりと見つめたが、彼はそれに動じることなく答えた。

「その通りです。」
「……参謀長閣下の言う通りですぞ、ウィロティクス閣下。それ以前に、戦線南部の連合軍は兵力の関係上、今回は支援役に徹する以外にありませんから、
過度に攻勢を強める必要はないかと思われます。」

ウィロティクスの右隣に座っている虎耳の士官…カレアント第8軍司令官、クリーネ・ブリンクトフ中将がウィロティクスを諌めた。

「……わかりました。ロコソフスキー閣下の言われる通り、浸透戦術はやらぬ方が良いでしょうな。ならば、我がミスリアル軍は、事前に決められた通り、
貴軍の支援に専念いたします。」
「ご理解いただき、感謝します。」

ロコソフスキーはウィロティクスに礼を言ってから、ブローニングに向き直った。

「司令官。次の話に移るとしましょう。」
「そうだな……では、次の質問に答えたいと思うが、誰か質問のある者は居ないか?」




作戦会議は、実に5時間に渡って行われ、会議が終了した時には、時計の針は午後1時40分をさしていた。
会議を終えたブローニングは、ロコソフスキーと共に自らの執務室に戻って来た。

「……やっと終わったな。」
「ええ。なかなか、良い会議が出来ましたね。」

半ば疲れた口調で言葉を吐くブローニングに、ロコソフスキーは事務的な声音で相槌を打った。

「あとは、残りの準備を行いつつ、作戦開始を待つだけだな。」
「確かに。現在も、物資集積所には、接収した鉄道を使用して補充物資の運搬と備蓄が続けられておりますからな。備えは一応、整っているといえます。」
「一応………か。君は相変わらず、どこかで謙遜する様な言葉を使うな。」

ブローニングは苦笑しながらそう言った。

「戦争と言う物は、どこか確定的でありながら、どこか曖昧的な物でもありますからな。」

ロコソフスキーは意味深な言葉を吐いた。
その時、彼はある事に気付いた。

「……良く考えて見ると………今回の作戦では珍しく、海軍の出番はありませんな。」
「今までは、沿岸部での戦いが多かったからね。海軍さんのお世話になる事も多々あったが、今回は陸軍主導で戦う事になる。少しばかり寂しい気持ちも
するが、今までよく援護してくれた海軍の為にも、ここはしっかりと、勝負を決めなければならんな。」

ブローニングの言葉に、ロコソフスキーは深く頷く。

「となりますと、海軍はこの作戦期間中、ずっと待機状態のままになりますな。」
「……それはどうかと思うな、参謀長。」

ブローニングの口から出たその一言は、ロコソフスキーの首を傾げさせた。

「と……言いますと?」
「俺も詳しくは分からんが……昨日、リーシウィルムにニミッツ提督が訪れたようなのだ。」
「ニミッツ提督……太平洋艦隊司令官が、でありますか?」
「ああ。この時期に、それも唐突にだ。」

ブローニングは、ロコソフスキーの目を見据えた。

「どうやら、海軍さんも何かをやろうとしているようだぞ。」


同日 午後2時 リーシウィルム港

クィネル方面で陸軍の作戦会議が終わった後、ここリーシウィルム沖では別の会議が始まろうとしていた。

リーシウィルム沖2マイル洋上にある第5艦隊旗艦、戦艦ミズーリの会議室では、各任務群の指揮官と任務部隊指揮官が集められ、太平洋艦隊司令長官
チェスター・ニミッツ元帥と、フォレスト・シャーマン参謀長同席のもと、会議は開かれた。

「諸君、早速本題に入る。」

第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、開口一番、そう言い放った。

「第5艦隊は、近々新たな作戦行動を行う事になった。その次期作戦についてだが……大まかな内容はまず、太平洋艦隊司令部のシャーマン参謀長に話して貰おう。」

フレッチャーはシャーマン少将に発言を促した後、用意されていた椅子に腰を下ろす。
座ったフレッチャーに代わって、シャーマン少将は淡々とした口調で説明を始めた。

「先日、統合参謀本部の決定により、太平洋艦隊司令部にクロスロード作戦発動準備命令が下りました。太平洋艦隊司令部は、第5艦隊にシェルフィクル攻撃、
並びに、シホールアンル艦隊主力の撃滅を命じます。」

シャーマン参謀長の口から出た言葉の前に、各任務群の司令官達から驚きの声があがり、誰もが互いに目を見合わせた。

「第5艦隊は、11月28日にリーシウィルム港を出港後、洋上補給を受けつつシェルフィクル沖に接近。進撃途上で敵主力部隊の迎撃を受けると思われますが、
第5艦隊はこれを撃滅後、シェルフィクル工業地帯の総攻撃を行って貰います。」
「シェルフィクルか……昨年9月以来になるのか。」

TF58司令官、シャーマン中将が感慨深げな口調で呟いた。

シャーマン中将は、昨年の9月のレビリンイクル沖海戦で第37任務部隊第2任務群を率いていたが、あの時の任務は、先程、自分と同じ性の参謀長が
話した物と同じであった。
シャーマンは、空母12隻を有する大艦隊がシェルフィクルに襲い掛かれば、それこそ一揉みであり、主要工業地帯を失ったシホールアンルは経戦能力を
喪失して、戦争の終結も早まるだろうと思っていた。
だが、シェルフィクルの手前にあるレビリンイクル諸島沖で、TF37は待ち構えていたシホールアンル軍航空部隊と、シホールアンル機動部隊本隊の猛攻を受けた。
TF37は敵の猛攻の合間をぬって敵機動部隊に航空攻撃を仕掛け、竜母1隻を撃沈し、他の艦艇にも損害を与えたが、衆寡敵せず、TF37は指揮官パウノール
提督が戦死した上、空母5隻、戦艦1隻を始めとする多数の艦艇を失い、他の空母も殆どが大中破し、実質的に壊滅状態に陥った。
ボロボロに打ちのめされたTF37は、帰還中にレンフェラルの攻撃を受けて更に損害を受け、帰還後、すぐに使える空母は正規空母2隻、軽空母1隻のみと言う
有様であった。
出港前は空母12隻も有していた大機動部隊が、帰還後に使える戦力は、僅かに3隻……
損耗率は、母艦戦力だけでも実に70%以上という異常事態であり、当時のシャーマンは強いショックを受けた物だった。
だが、アメリカの圧倒的な工業力は、その損耗もたちどころに回復させ、TF37は解体され、後にTF58指揮下に組み込まれたものの、
レビリンイクル沖海戦から僅か4ヶ月後に起きたレーミア沖海戦では、大小19隻の空母、並びに航空戦力を揃えて、反撃にやって来た
シホールアンル機動部隊を撃退した事は記憶に新しい。
とはいえ、無敵と思われた太平洋艦隊が、敵の待ち伏せで無様にも失敗したシェルフィクル攻撃を、再び実行すると言う事実の前に、彼の地で苦杯を
なめさせられたシャーマンは心中で、真の復仇の機会を与えられたと思い始めていた。

シャーマンの思いをよそに、同じ性を持つ参謀長はすらすらと喋り続ける。

「シェルフィクル付近には、シホールアンル海軍の拠点が存在しており、そこには竜母を主力とする機動部隊が展開している可能性があります。
潜水艦部隊からの情報では、敵竜母は少なくとも、14、5隻は居ると見られます。」
「レビリンイクル諸島や、シェルフィクル周辺に展開している航空戦力はどれぐらいおりますかな?」

第5艦隊航空参謀を務めるエルンスト・ヴォーリス中佐が質問する。

「太平洋艦隊情報部の調べでは、シホールアンル軍はレビリンイクル諸島には航空戦力を展開させてはいないが、シェルフィクル周辺には、
総計で500~700機以上の兵力を展開させているようだ。昨年のレビリンイクル沖海戦と比べて、数は少ない物の、重要拠点を守る
航空部隊であるから、質の面では油断ならぬかと思われる。」
「参謀長。第5艦隊としては、どれぐらいの兵力を派遣させるお積りですか?」

第58任務部隊第2任務群司令官のマイルズ・ブローニング少将が質問してきた。

「シェルフィクル侵攻部隊についてですが、参加兵力は第5艦隊所属の高速空母部隊全てと、随伴の水上打撃部隊……TG58.7も含めます。
第58任務部隊の支援には、補給船団2つを用意し、それぞれをシェルフィクルとリーシウィルム間に待機させます。これらの補給船団も、
臨時に第5艦隊の指揮下とし、護衛に護衛空母と、第54任務部隊を当てる予定となっております。」

シャーマン参謀長の言葉に、室内にいる群司令達から再度驚きの声が漏れた。
現在、第5艦隊は第58任務部隊と第54任務部隊、上陸部隊輸送船団である第53任務部隊で編成されている。
第58任務部隊は、正規空母、軽空母を主力とする5個空母群と、水上打撃部隊1個群で編成されている。
TG58.1からTG58.5の主力は、全てエセックス級、リプライザル級正規空母、インディペンデンス級軽空母で構成されている。
母艦戦力は、今日現在で22隻に上る。
また、護衛艦艇も着々と増強しており11月中旬までには、新たにウースター級防空巡洋艦の3番艦サヴァンナⅡ、4番艦ブレマートンが
TF58に配備される予定だ。
また、水上打撃部隊であるTG58.7は、アイオワ級戦艦3隻、サウスダコタ級戦艦2隻で編成された高速打撃部隊であり、これらの打撃艦隊は、
シホールアンル側の水上部隊に対する備えると共に、航空攻撃で破壊を免れた、シェルフィクルの沿岸工場の掃討を目的として編成されている。
第5艦隊の主力b部隊を支える2つの補給船団には、第54任務部隊の旧式戦艦と護衛空母が上空支援と敵艦隊襲撃の備えとして配置される予定で、
編成は着々と進んでいるとの事である。

太平洋艦隊司令部は、第5艦隊の主力である第58任務部隊全てを、シェルフィクル攻撃に投入しようとしているのである。
前回の苦闘を味わったシャーマンは、まさに万全の布陣であると確信していた。

「シェルフィクル周辺の敵航空部隊と、敵機動部隊の艦載機を合わせた場合、敵側は約1000から1200程の航空戦力を有している事になります。
それに対して、第58任務部隊は高速空母22隻、航空戦力約2000機となりますから、制空権の奪取は充分に可能であると思います。ただし、
敵側の航空戦力は推定ですので、前回のレビリンイクル沖海戦同様、シホールアンル側はそれ以上に航空戦力を有している事も考えられます。」

「だが、シホールアンル軍は昨年よりもかなり消耗している。」

唐突に、ニミッツ元帥が口を開いた。

「どんなに航空戦力をかき集めた所で、TF58以上に航空兵力を用意する事は、実質的に不可能だろう……以前は空母攻撃に参加したケルフェラクも、
今はB-29の戦略爆撃対策のために多数が主要都市周辺に張り付けられている、という情報もある。」
「少なくとも、航空戦力に関してはTF58が有利なのは変わらない、と言う事ですね?」

シャーマン中将の言葉に、ニミッツは深く頷いた。

「前回は、敵の航空戦力の多さに泣かされたが……今回はこっちが敵を殴り倒し、大泣きさせる番だ。シャーマン提督にとっては、今回の作戦は実に
やりがいのある物となるだろうな。」
「はっ。こうして復仇の機会を与えられた事は、軍人として嬉しい限りです。」

ニミッツ提督の言葉に、シャーマン中将は恐縮しながら答えた。

「第5艦隊の主力を全て差し向ける限りは、前回の様な結果にはなり難いかもしれんが……相手はシホールアンル海軍だ。ミスターフレッチャー。
君からも、皆に対して気を抜かぬようにやれと伝えてくれ。」

ニミッツの言葉に、フレッチャーは微笑みながら頷く。

「無論、そのつもりです。むしろ、艦隊の将兵には、猛獣に立ち向かう古来の狩人のような気概で臨めと伝えた方が宜しいでしょうな。」
「猛獣に立ち向かう狩人か……今の状況はまさにそうだな。」

ニミッツはフレッチャーの言い回しに感心しながら、脳裏にはある情景が思い浮かんだ。
それは、悪天候の中、傷を負って凶暴化した猛獣を討ち果たさんとする複数の人影といった構図であり、その人影と猛獣が何を指しているのかは、一目瞭然だった。

「第5艦隊の出港は、恐らく、敵にも察知されるでしょう。そうなれば、シホールアンル海軍も否応なしに出撃して来る事は、ほぼ確実と言えますな。」

シャーマン中将が顎に手を掛けながらそう言う。

「迎え撃たなければ意味が無いからね。さて、敵機動部隊と戦うとなると、やはり……ここになるか。」

ニミッツは、机に置いていた指示棒を手に取り、シェルフィクルから南300マイルにあるレビリンイクル沖周辺を棒の先で撫で回した。

「……勝敗がどうなるかはともかく、海軍省の発表する報道の最後が、第2次レビリンイクル沖海戦と呼ばれる事は確実ですね。」

フレッチャーの発した言葉の前に、作戦室内の誰もが一様に頷いていた。

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