自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

346 第258話 大空からの鉄槌

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第258話 大空からの鉄槌

1485年(1945年)11月16日 午前1時 ヒーレリ領ヴィンラテルジ

連合軍が、シホールアンル軍のヒーレリ側絶対防衛線の西に布陣してから早2ヵ月と3週間が経った。
連合軍は当初、シホールアンル軍の反撃に備えるため、南北に500キロ以上の戦線に4個軍、計20個師団を布陣させたが、夏の目覚め作戦が
終了した後は展開戦力も大幅に増え、今では7個軍37個師団、2個旅団の大軍を配置するまでになった。
軍の増強と並行して、装備の更新と物資集積所の設営、並びに、各種軍需物資の備蓄も行われた。
僅か2ヵ月程度の猶予しか無かったにもかかわらず、攻勢に必要な物資は何とか集まり、各軍に配置されたそれぞれの師団、旅団の将兵達は、
攻勢に出るその時を、戦車やハーフトラック、あるいは、指揮車の中で待ち続けていた。
そして、11月16日のこの日、攻撃開始の最初の合図をならす砲兵隊の将兵達は、今や氷点下近くにまで下がった気温に、防寒着で包んだ体を
震わせながらも、機敏な動きで砲撃準備を整えつつあった。

ミスリアル軍第12機械化歩兵師団第14機甲砲兵連隊第201機甲砲兵大隊は、装備車両であるM37自走榴弾砲の砲撃準備を、粛々と進めていた。
201機甲砲兵大隊指揮官であるクヴェルス・コーバリィ少佐は、指揮車であるハーフトラックから、偽装網を被せて配置された6両のM37自走砲を見つめつつ、
無線機のマイク越しに、指揮下の部隊に次々と指示を送って行く。

「そうだ、最初は各中隊ともに斉射を1度だけだ。観測班からの返事が来たら修正射だ。で、それで良しなら効力射をぶちこむ。砲弾は通常弾薬と、
アメリカさんから貰ったVT信管付き砲弾を使う。VTはなるべく多く残しておけ。数が少ない上に貴重だからな。」

コーバリィ少佐は、部下の中隊長との話を終えた後、無線機を切って腕時計に視線を向ける。

「午前1時……攻撃開始まであと20分か。」
「大隊長。腹の調子は大丈夫ですか?」

指揮車の無線手であるダークエルフの女性兵が、どこか心配そうな口調で聞いて来る。

「ああ。何とか治ったよ。君から貰った薬のお陰だな。」

コーバリィ少佐は微笑みながら答える。

「本当に、一時はどうなるかと思いましたよ。大隊長が1時間置きに便所に駆け込む姿は、もう目も当てられませんでしたね。」
「ピロティルスの奴から、ポーカーの借金代わりにもらったスパム缶に当たっちまったからな。あの性悪女め……俺に賭け事で勝てんから、
その恨みとして痛んだスパム缶を渡したんだ。うん、そうに違いない。」

コーバリィ少佐は眉間に皺をよせながら、忌々しげに呻く。

「いや……幾ら何でも、ローディス少佐はこんな大事な時期にそんな事はする……あ、するかも知れないですね。」
「なんだ、お前も分かっているじゃないか。あいつの性格の悪さは、同じエスパ・レイヴァーン族出身者とは思えんほどだよ。」
「はぁ……言われてみれば。でも、優秀な野戦指揮官である事は間違い無いですよ。」
「そんな事、俺も分かっているよ。あいつも砲兵屋になる前は、弓の名人として知られていたからな。」

コーバリィ少佐は仏頂面で返しながら、第217ロケット砲大隊を指揮するピロティルス・ローディス少佐の顔を思い浮かべる。
コーバリィ少佐は、ローディス少佐とは同じ時期に軍に志願入隊して以来の仲間であるが、ローディス少佐は、普段はお淑やかな印象のある指揮官だ。
だが、実際は破天荒でいながら、頭の良く回る同僚でもある。
ローディス少佐とは10年来の付き合いになるが、コーバリィ少佐は未だに彼女に引き摺られる事が多々ある。
そんな彼は、2日前に行われた同期会でポーカー勝負を行い、ローディス少佐を完膚なきまでに打ちのめした。
コーバリィは悔しがるローディスから賭け金代わりのタバコをせしめたが、タバコを切らした彼女は、代わりにスパム缶をコーバリィに渡した。
賭け金代わりにスパム缶を手渡すのはどうかと思う物だが、勝負に勝って気が大きくなっていた彼は、満足気にそれを貰い、その1時間後に開かれた
仲間内での2次会で、ビールのつまみ代わりに貰ったスパムを焼いて食べた。
翌日、コーバリィは猛烈な腹痛に襲われる事になったが、幸いにも、部下の女性通信兵から手渡された薬を飲んで、何とか体調を戻す事が出来た。
コーバリィが、ローディスに“仕返し”をされたと確信したのは、その直後であった。

「そう言えば、第217大隊は、前線から4キロ程の距離に配置されていますが、大丈夫ですかね?」
「大丈夫じゃないか?一応、ロケット砲は撃ったら位置がバレ易いが、陣地移動は自走砲並みかそれ以上に早く出来る。何せ、連中の装備車両は全て
“トラック”だからな。」
「アメリカさんの戦車搭載している60連装発射機と比べたら、一度に打ち出せるのが少ないから、打撃力に欠けますけどね。」
「でも、あれは作るのはかなり簡単な上に、装填時間も60連装式と比べて短いしな。まったく、カレアント人達も、アメリカさんの許可が
降りたとはいえ、良くやるもんだねぇ。」

コーバリィは、ある意味で南大陸連合一の“先駆者”である同盟国に、半ば呆れると同時に感心の念を抱いていた。

「我が国では数少ない自走ロケット砲車を欲しいばかりに、同盟国に譲ってくれと頼み込んだウチの軍上層部も大概だと思いますけど……はぁ、静かな
戦闘を好む我がエルフ族は、どうして、やかましい兵器ばかりを欲しがるようになったんですかねぇ。」

女性通信兵はやれやれとばかりに嘆く。

「俺も君も、感覚がアメリカ人みたいになっているのさ。でないと、このような、急な時代の流れに付いて行く事は出来ないよ。」

コーバリィは苦笑しながら、通信兵にそう言った。

時折雑談を交わしていた彼らも、砲撃開始時刻が近付くにつれて、次第に無口になっていく。

そして、時計の針が午前1時28分を過ぎ、砲撃開始までは、あと2分を切っていた。
指揮車の中に重い沈黙が垂れ込める。
つい数分前までナイスなジョークを飛ばしていた気の利く通信兵も、今では薄暗い車内で顔を強張らせている。

『命令!第201機甲砲兵大隊は、11月16日午前1時30分をもって、シホールアンル軍陣地へ事前砲撃を行うべし!』

丸2日前に、連隊長から直々に聞かされた命令が、たった今聞こえたかのように頭の中で響く。
胸の鼓動が徐々に早くなり、ともすれば、今すぐにでも命令を発したくなる気持ちに駆られる。
だが、時間はあと1分22秒ある。時間が来ない内に砲撃したら、命令違反の咎めを受けて軍から追放されてしまう。
(あと1分5秒………そういや、同僚部隊である第8師団の連中は、今頃どうしてるかな)
コーバリィは心中で、同じ軍団の同僚師団の事に思いを馳せる。

第12機械化歩兵師団は、第8軽装機動歩兵師団と第2親衛戦車師団と同じ軍団に所属している。
第12機械化師団と第2親衛戦車師団所属の砲兵隊は、M7自走砲かM37自走砲を有しているが、第8師団だけは、牽引式の105ミリM2A1榴弾砲と、
155ミリM1榴弾砲を装備している。
自走砲は、天蓋が無い物の、周囲を防弾板で覆われているため、冬の冷たい風に直接当たる事だけは避けやすいが、M2A1榴弾砲とM1榴弾砲は、
砲の本体部分しか無い牽引砲であるため、砲兵は冷たい空気に常時晒されながら砲撃任務を全うしなければならない。
第8師団の将兵は、大半が山岳氏族とも呼ばれるウェティスベイン族とエスパ・レイヴァーン族の出身者で占められており、寒さには強いと言われているが、
そんな彼らでも、気温の低下した冬季の夜間作戦は体に応える物がある。
冬がまだ本格的ではなく、寒さがほんの序の口程度で済んでいるのが救いとも言えた。
(味方の事を考えていると、あっという間に時が過ぎるな。時間まで、あと10秒だ)
コーバリィは時計の針が、時間まであと10秒前を指している事に気が付く。
針が9秒、8秒、7秒と過ぎて行く。
そして……

「……大隊長。連隊より、砲撃を開始せよとの命令が下りました。」

通信兵が抑揚の無い口調でそう伝えてきた。
無言で頷いたコーバリィは、無線機のマイクを再び握り、スイッチを入れた。

「こちら大隊長、各中隊へ。砲撃、開始!」

命令を伝えた直後、外から小さく、かつ、鋭い一声が響いて来た。
その瞬間、コーバリィの直率する第1中隊のM37自走砲6両が、一斉に105ミリ砲弾を撃ち放った。
闇夜に真っ赤な発砲炎が煌めき、腹に応える轟音が周囲に木霊した。

最初の第1射を放った各車両では、砲から太い薬莢が排出され、甲高い音を立てて床に転がる時には、装填手が次の砲弾を押し込んでいる。
そこから即砲撃、という工程に移る自走砲は1両も居ない。
程無くして、通信兵が新たな報告を伝えてきた。

「大隊長、前進観測班より入電。第1射、全て近弾。射程を300メートル延伸せよ。」
「了解。」

コーバリィは報告を聞くと、無線機のマイク越しに新たな指示を伝えて行く。
彼の指示を聞いた各中隊長は、指揮下の自走砲その指示を伝えて行き、各砲の照準手は、第1射の射撃データをもとに修正を加えて行く。
最初の第1射から20秒後に、第2射が放たれた。
そこから更に10秒ほど間を置いて、大隊指揮車に報告が入る。

「第2射、目標地点に着弾すれども、一部の砲弾は目標地点を飛び越えた模様。再度、現目標に修正射を加えられたし。」
「了解。」

コーバリィは再び、各中隊に指示を下した。
第2射から30秒後に第3者が撃ち放たれる。
105ミリ砲弾は弧を描いてシホールアンル陣地に殺到し、やがては着弾した。

「第3射、ほぼ全てが目標地点に着弾。敵陣の面制圧可能と認む。即時、効力射に移行されたし。」
「了解だ。こちら大隊長!各中隊へ、これより効力射を開始せよ!」

コーバリィの命令が下るや、各自走砲が第4射を撃ち放った。
それまで、探り撃ち状態であったため、砲撃はどこか間延びした感があったものの、効力射に移ってからは、各砲とも発砲、装填、発砲と言う
サイクルを手早く繰り返して行く。
間断無く砲撃を繰り返すこの光景こそが、砲兵隊の真の姿とも言えた。
砲撃は第8師団や第2親衛戦車師団でも行われている。
第8師団の野砲大隊は、将兵達が寒風に身を晒しながらも、訓練通りに発砲と装填を繰り返している。
こちらは自走砲を有している機械化師団や戦車師団と違って、野砲の後ろに砲弾箱を積み重ね、そこから1発1発取り出して(ある程度の数の砲弾は予め取り出されて、
砲の後ろに並べられていた)砲撃を繰り返しているが、砲兵隊の将兵の動きは機敏であり、発射速度では自走砲隊のそれに劣らなかった。

戦線から9キロ後方で自走砲隊が猛砲撃を行っている中、そこから5キロ前進した第217自走ロケット砲大隊でも砲撃を開始しようとしていた。

「大隊長、射撃準備完了!いつでも行けます!」

217大隊指揮官であるピロティルス・ローディス少佐は、部下の中隊長から聞いた言葉に満足気な笑みを浮かべて頷いた。

「ようやく、新兵器のお出ましとなるわね。」

彼女はそう呟きながら、指揮車であるハーフトラックから顔を上げた。
上空には、ひっきりなしに後方の自走砲から放たれた砲弾が、甲高い音を立てて飛んで行くが、射線は217大隊と上手く被らないようになっている。
視線を横に移すと、彼女の大隊の装備車両である、KR-12多連装ロケット弾発射機が計18台並べられていた。
このロケット弾発射機は、外見はアメリカ製の6輪式軍用トラックにある荷台を取っ払い、鉄製のレールを敷いただけの代物である。
KR-12は、そのレール台の上下にそれぞれ1発ずつ、レール1本で計2発のロケット弾を撃ち放つ事ができ、KR-12は1台にレールが7本、
計14発の4.5インチロケット弾を目標に対して放つ事ができる。
ロケット弾発射台は、上下左右に動かす事ができ、トラックを動かさずに狙いを定める事も可能だ。

この兵器は、カレアントがアメリカ政府の了承のもと、アメリカ側の技術者、軍事顧問の協力を得て開発した物である。
アメリカ軍がロケット弾を大々的に活用し始めた1944年頃、当時、アメリカ製兵器の有用性を認識していた南大陸軍は、当然ながらロケット弾の
面制圧力にも大いに興味を抱いており、アメリカに対して、しきりにロケット弾と、その運用能力を持つ軍用車両の購買を申し入れていたが、米軍側は
自軍に優先してロケット弾の普及を行っていたため、南大陸軍には一向に出回る事が無かった。
1945年になると、ようやく、南大陸軍にもロケット弾やその運用兵器が出回るようになったが、数は余り多く無く、その大半は航空機用であるため、
南大陸ではバルランドに次いで、多くの米国製兵器を有するカレアントすらも、特にロケット弾運用兵器……ジープ改造の28連装発射機T45や、
M4シャーマン戦車搭載の60連装発射機、T34等は余りにも少なかった。
これらの運用兵器が少ないのは、昨年と同様、アメリカ側が自国軍に優先して配備しているためであった。
業を煮やしたカレアント軍上層部(というより、カレアント首脳の意向が強かった)は、本国内に居るアメリカ人技術者の協力を得て、簡易式ながらも
独自にロケット弾運用兵器の制作を事を決定した。
アメリカ軍技術顧問協力のお陰で、1945年3月には試作型が完成し、それから2ヵ月後の5月12日に14連装ロケット弾発射機が完成し、
すぐさま部隊の編成と訓練が始まった。
カレアントが独自に(実際は、国内のアメリカ製工場で、アメリカ人技術者の協力を得て作った物だが)効果的な面制圧兵器を開発したという話は瞬く間に広がり、
それは、カレアントと同様に、野砲以外の兵器を欲していたミスリアル軍上層部を動かす結果にもなった。
ミスリアル軍は、6月下旬にカレアントに対して、KR-12の製造を依頼し、夏の目覚め作戦が終わった9月には、2個大隊36両のKR-12を配備するまでになった。
6月に依頼して、9月に配備開始と言う事については、ミスリアル軍上層部から「依頼から配備完了まで間が開き過ぎる」とクレームが付いた物の、
ミスリアル軍もまた、アメリカ軍と同様に、自軍用に優先して同兵器を生産しているため、配備が遅れるのは致し方ない事であった。

KR-12ロケット砲大隊は、11月にミスリアル軍第1軍所属の第12機械化師団と、第8師団にそれぞれ1個大隊ずつ配備され、今日ようやく、初陣を飾る事が出来た。
ローディス少佐は右手を振り上げ、下ろす前に無線機のマイクを口元に寄せる。

「発射!!」

ローディスの鋭い声音が発せられると同時に、上げられた右手が振り下ろされた。
直後、並んでいたKR-12が一斉にロケット弾を発射した。
ロケット弾特有の空気を裂くような轟音が鳴り、細長い飛翔体の尾部から凄まじい炎を噴き出しながらレールを飛び出して行く。
上のレールから吐き出された直後、その下に設置されていたロケット弾もまた、噴射炎を発し、甲高い轟音を響かせながら鋼鉄製のレール伝いに冬の夜空へと
舞い上がって行く。
トラックの後ろは、ロケット弾噴射に伴う猛烈な発射煙と、それに噴き上げられた土煙が重なって、濃い煙で覆われるが、その煙も新たなるロケット弾発射に
よって一瞬にして吹き散らされ、そして、また煙で覆われる。
ローディス少佐は、目に見えるだけでも6台ものKR-12がロケット弾を次々と吐き出していく様子に、半ば心を奪われていた。
ロケット弾の投射は、1台あたり約6秒から7秒ほどで終わり、大隊全体での射撃時間は、20秒にも満たなかった。
18両のKR-12から発射された計252発のロケット弾は、シホールアンル側の塹壕陣地に着弾し、派手な爆炎と土煙を噴き上げ、塹壕内に立て籠もる
シホールアンル兵の心胆を寒からしめた。
今や、ミスリアル第1軍全体で378門の野砲、並びに自走砲、36両の自走ロケット砲がシホールアンル軍陣地に対して間断無い猛砲撃を浴びせ続けている。
それに対して、シホールアンル軍は野砲で応戦する事はせず、ただひたすら、撃たれるに任せる状態が続いた。

同日 午前7時 シホールアンル帝国ブラウガスビル

シホールアンル帝国軍西部方面軍集団(別名、ブラウガスビル西方軍集団)は、連合軍に対抗する形で、ヒーレリ領国境に接しているブラウガスビル領西方の
要塞陣地群に守備兵力を展開させ、その後方に石甲軍団からなる戦略機動予備軍を待機させる形で布陣させていた。
西部方面軍集団司令部は、ブラウガスビル郊外にある村役場に置かれていた。

「状況としましては、各戦線とも予想の範囲内で推移している物と思われます。」

帝国軍西部方面軍集団司令官を務めるヴィルヒレ・レイフスコ大将は、机に広げられた戦況地図を見据えながら、軍集団参謀長であるレーミア・パームル少将の
説明を聞いていた。

「かれこれ、敵の砲撃は6時間も続いている事になるな。相変わらず、連中の物量に驚かされる物だ。」

レイフスコ大将の言葉に、ボーイッシュな外見を持つ眼鏡の参謀長は両肩を竦めた。

「もう慣れましたけどね。」

彼女の何気無い口調が作戦室に響く。
パームル少将は、西部方面軍集団司令部に派遣される前は、ムラウク・ライバスツ中将指揮下の第20軍で魔道参謀を務めており、2年前の南大陸戦から対米戦を
経験して来ている。

レイフスコは、レスタン戦での経験と、それまでの上司であったエルグマド大将のやり方に習い、対米戦の経験豊富な参謀将校を中心に軍集団司令部のスタッフを選定している。
現在、作戦室に詰めている参謀長パームル少将の他に、作戦参謀、魔道参謀、航空参謀、兵站参謀といった参謀達は、いずれも82年から対米戦を経験してきた歴戦の
猛者ばかりであった。
パームル少将が言い終えるのを待っていた、作戦参謀のウェスク・リクマ大佐が発言をする。

「既に夜は開けています。連合軍のこれまでの手法から見て、間も無く、航空攻撃を開始するでしょう。」
「空中騎士軍と飛空挺隊の迎撃はどうなっておる?」
「既に後方の各基地で出撃準備を整えており、いつでも出撃が可能です。」

西部方面混成飛行集団司令部より派遣された、参謀役の魔道士が答える。

「ただ……連合軍側は爆撃機に多数の戦闘機を随伴してくるでしょうから、こちら側の迎撃もいつも通りの結果になるかと思われます。特に、竜騎士の錬度が
低下している昨今の状態では、爆撃機に取り付けるかどうか……」

中佐の階級章を付けた派遣参謀は、表情を暗くしながらレイフスコに言った。
髪を短く切り上げたその中佐は、左目に痛々しい傷跡を残しており、その左目は堅く閉ざされている。
中佐から聞いた話では、1年前のレビリンイクル沖海戦でアメリカ機動部隊を攻撃した際に傷を負い、左目を失ったようだ。
それからワイバーンの搭乗資格を失い、以降は空中騎士軍の魔道参謀(竜騎士は全員が魔道士である)として軍務に当たっている。

「ひとまず、連合軍側の前線に対する爆撃は避けられないでしょう。それに備えて、絶対防衛線の防御は、基準4相当の防御陣地を構築させています。
今継続中の事前砲撃による損害も想定内の範囲で推移しておりますから、今後の事前爆撃による被害も、一応は極限出来るでしょう。連合軍側が
こちらが予想していない事を起こさなければ、ですが。」

パームル少将の言葉に、司令部の参謀達が一様に顔を頷かせる。

「連合軍側の指揮官も、頭の回りが異常な程良いですからな。先のヒーレリ戦でも、連中は正面から火力を使ったごり押しで攻めるのではなく、ミスリアル軍が
ひっそりと開けた穴に機動戦力を投入して、領境部隊……ヒーレリ駐留軍の主力を一挙に包囲、殲滅させていますからね。」

魔道参謀のオルトース・クリンツリィ中佐が渋面を浮かべながらそう言う。

「あれは、ミスリアル軍の古めかしい武器を使った浸透戦術が上手く嵌った結果だったな。我々もアメリカ軍に習って、急速に火力を充実させた結果、昔使っていた
武器の利点を完全に忘れていた。最も、包囲された部隊に二線級の師団が混じっていた事も、ヒーレリ戦でまずい戦をする事になった原因の1つであるが……
いずれにしろ、今回も、連合軍が変な手を使って来る可能性があるな。」

レイフスコも眉間に皺をよせながら、魔道参謀に言い返した。

「航空攻撃が済んだ後は、連合軍側は全戦線で機動戦力を前面に押し出した攻勢を開始するでしょう。」

リクマ作戦参謀が、地図上の連合軍の駒を指示棒で指す。

「先程も申しました通り、絶対防衛線の防御陣地は、基準4相当の防御を施しております。それに加えて、防衛線上の歩兵9個師団にはそれぞれ砲兵隊を
増強して配備しており、敵の攻勢開始時には、レスタン戦から採用された座標指定砲撃を大々的に行い、敵の前進部隊を火力で粉砕します。恐らく、
敵も即座に砲兵で対応するでしょうが、敵の第一波攻勢はあらゆる犠牲を払ってでも阻止する予定です。」
「部隊の損耗は、確か3割を想定していたな?」
「はい。機動装甲戦力である第5石甲軍の予想はそれ以下ですが、歩兵師団に関しては、どんなに軽く見積もっても3割に達するでしょう。非常に心苦しい
とは思いますが……連合軍の機械化軍団を食い止めるには、これぐらいの犠牲は必要かと思われます。」

リクマ作戦参謀の言葉を聞いたレイフスコは、内心、暗澹たる気持に包まれた。
このような議論は何度もやっているが、その度にレイフスコは頭を抱えたくなる。
今や、連合軍はアメリカ製の戦車や装甲車等で高度に機械化されている上に、火力もシホールアンル軍以上に充実している有様だ。
それに対して、新型のキリラルブスや火砲が充実しているとはいえ、数が連合軍側ほどではないシホールアンル側は、どんなに堅実な作戦案を立てても、
甚大な被害を受ける事は避けられない……それが、今のシホールアンル軍の実情である。
だが、勝つためには、その作戦を実行に移す以外、手段は残されていなかった。

「………我々以上に装備が劣ったまま、米軍の機械化軍団に蹂躙されたマオンド軍よりは、遥かにマシか。」

レイフスコは、自分に言い聞かせるようにそう呟く。

「敵の第1波攻勢を撃退した後は、そのままの状態で敵の第2波攻勢を受けつつ、絶対防衛線の一部を放棄、防衛線内に進入してきた敵を、後方より
派遣した増援部隊と共に火力集中で叩きます。その後は防衛線を放棄して、要塞陣地群まで後退。そこからしばらくは、連合軍側と我が軍で
要塞陣地群を巡る戦闘が続くでしょう。」
「作戦参謀。敵が要塞陣地攻撃に移るのは、何日後だと思うかね?」
「早くて1週間後になるでしょう。」

その言葉が、異様に大きく聞こえた。

「1週間………東部戦線でも米軍の攻勢が行われるが……それでも1週間後には、帝国本土に敵軍が押し寄せるのか。」
「私は、今でも信じられないと思う時があります。」

パームル参謀長が複雑そうな表情を浮かべながら、レイフスコに言う。

「南大陸で、敵を押していた事が、今では夢のようです。」
「だが、これは現実だ。」

レイフスコは冷徹な言葉で断言する。

「帝国本土決戦は、もはや避けられぬ。ならば……我々がやるべき事はただ1つ。この決戦に勝利を呼び込むだけだ。」

彼はそう言い放った後、深いため息を吐いてから言葉を付け加える。

「最も、連合軍相手では非常に難しい事だがな。」
「ひとまず、予定日まで要塞陣地群を持ちこたえられるか、突破されても、一部だけのみでも保持し、我が方の稼働戦力が多ければ勝機はあります。」
「……そうだな。最も、基準10の要塞陣地を敵に抜かれる前提なのが、非常に気に入らん事だが。」
「確かに、国境線上の要塞陣地群は、絶対防衛線上の簡易要塞群よりも防御力は段違いですが、敵も火力を集中して要塞を破壊しようと躍起になる筈です。
我々の基準で造った要塞がどこまで耐えられるかは……敵次第と言った方が良いかもしれません。」
「……気に入らんが……相手が相手である以上、そう予想するしか無い……か。」

レイフスコは苦り切った表情を浮かべてそう呟いた。
シホールアンル帝国は、ヒーレリと決定的な対立をし始めた200年前から、本土の南部分断を阻止するために、ブラウガスビル領西方に広大な
要塞地帯を築いた。
この要塞地帯は、ヒーレリとの戦争でも戦闘の焦点として、度々戦闘が繰り広げられたが、堅牢な要塞群は一度として敵の侵入を許す事は無かった。
対米戦が開始されてからは、ヒーレリ失陥という“万が一の場合”に備えて、巨額の資金と膨大な物資をつぎ込んで要塞の大幅な強化を図った。
現在、布陣する西部軍集団指揮下の6個軍は、殆どが要塞陣地に籠城するか、周辺に展開する形で配備されている。
要塞陣地は計8つに別れており、北からウルケンハーズ要塞、ギルガメル要塞、クリヴァンディル要塞、イリアルィス要塞、ジルファニア要塞、
ラコスリャ要塞、ジョルクヴェノ要塞、ロヴィエンラーゲン要塞となっている。
このうち、ウルケンハーズ要塞を始めとする5つの要塞は、4個軍が集中しているブラウガスビル西北部領境付近に集中しており、要塞陣地帯で
2つの巨大な縦進陣地帯を築いていた。
これとほぼ同じ、基準10の要塞陣地隊は東部にもあるが、要塞陣地の数は西部ほどではない。
とはいえ、本土の薄い南部地方獲得から250年の間、常に分断の危機に晒されて来たシホールアンルにとって、このような重点守備は当然とも言えた。

「しかし、敵に出血を強要しつつ、予定日までに敵の進出をコントロールしろとは……中央も無茶を言う物だ。」
「全くです。」

レイフスコの嘆きに、パームル少将も溜息を吐きながら相槌を打った。

「エルグマド閣下の参謀長を務めていた時は、ただの助言役のような役割だったから分からなかったが……今は、エルグマド閣下が感じていた苦悩が
分かる様な気がするな。」

その時、唐突にドアが開かれた。

「失礼します!」

若い士官が一言断りを入れながら入室し、クリンツリィ魔道参謀に紙を手渡す。
何かあった時に繰り広げられる定番の光景だ。

「……閣下。前線で連合軍の砲撃が止んだ模様です。それから、敵航空部隊が飛来し、前線に向かいつつあるとの事です。」
「来たな。」

レイフスコは呻くように呟く。

「空襲が終わるのは、早くも1時間後から2時間後ぐらいだろう。その後に、敵の攻勢が始まる。今の所、戦力の損耗は極限出来ておるから、予想される
敵の第1波攻勢も万全の態勢で迎える事が出来るだろう。最も、前線部隊が敵の空襲に耐え抜けばの話だがね。」

彼はそう言いながら、浮き上がる緊張を解す為に腹の下を撫でた。
レイフスコを始めとする司令部幕僚達は、落ち着き払った表情で逐次知らされる情報に耳を傾けた。

「第5石甲軍より通信、敵戦爆連合200機飛来、味方ワイバーン隊が迎撃に向かう!」
「第65軍より通信!敵戦爆連合編隊300機、防御線に接近せり!間もなく爆弾を投下する模様!」
「第42軍司令部より軍集団司令部へ、第19軍団所属の各師団戦闘力は8割9分程に落ち込むも、戦闘続行可能なり。ただし、連日の爆撃と、先の
事前砲撃で野砲、対空兵器の損害少なからず。」
「西部方面混成飛行集団司令部より通信!迎撃隊300を派遣せり。30分後に迎撃隊200を発進させる見込みとの事です!」

時間を追うごとに、司令部に届けられる情報の量が多くなっていく。
どれもこれもが淡々としているが、レイフスコの脳裏には、防御線全域に渡って多数の戦爆連合編隊が雲霞の如く押し寄せ、それに立ち向かう
帝国軍ワイバーン隊や飛空挺の姿が容易に想像できた。
最初の敵編隊来襲の報告から10分後、遂に防御線に対する連合軍機の爆撃が始まった。
通信内容は、敵接近の様子を知らせる物から、敵爆撃機や戦闘機から猛爆を受ける物に代わって行く。
どれもこれもが、今までに聞き慣れた内容ばかりであった。

だから、その報告が入った時は、最初は誰も気に留める事は無かった。

「西部方面混成飛行集団司令部より続報!敵爆撃機群の一部が防衛線付近を通過し、更に東に向かっている模様。敵爆撃機の数は200機、
高度3000グレル(6000メートル)!機種はスーパーフォートレス!」
「ほう、敵の一部が防衛線を飛び越したか…」

レイフスコは、絶対防衛線を通過しつつある敵機の狙いが何であるのかを、冷静に考え始めたが、その時、先程聞いたある言葉が急に気になった。
(……スーパーフォートレス……だと?)
レイフスコは眉をひそめた。
(リベレーターやフライングフォートレスではなく、スーパーフォートレス?後方破壊専門の戦略爆撃機が何故、前線に顔を出しておるのだ。)
レイフスコは首を傾げながらも、心中では強い不安を感じていた。
前線でよく姿を見せる重爆撃機は、リベレーターとフライングフォートレスぐらいで、時折スーパーフォートレスの姿も見る事があるが、
大抵は5000グレル以上の高みを帝国本土に向けて飛行している姿か、偵察役の数機が、やはり高高度で飛行しているぐらいだ。
前線の“お友達”とでも呼べるリベレーターやフライングフォートレスと比べて、スーパーフォートレスは滅多に見かけない珍客の様な物だが、
その珍客が、リベレーター、フライングフォートレスが飛ぶような高度で大編隊を形成し、防御線を飛び越えて来ている。
これは、今までに無かった事である。
この予期せぬ事態に、レイフスコのみならず、幕僚達までもが不安な表情を現し始めた。

「魔道参謀、何故スーパーフォートレスが、こんな最前線を低空で飛行している?」
「ハッ……それは小官も疑問に感じている所ですが…どう答えれば良いか、私自身わかりかねますな。」

パームル少将の問いに、クリンツリィ中佐は明確な答えを出せなかった。

「……それで、敵機群はどこに向かっているのだ?」

レイフスコが2人の会話に口を挟んだ。
「報告では、スーパーフォートレス群は真っ直ぐ西部領境地帯に向かっているとの事です。」
「司令官閣下……これは私の推測ですが、この重爆撃機群は、90ゼルド(270キロ)西にあるヴロストゥネミリの爆撃を行おうとしているかもしれません。」
「ヴロストゥネミリだと!?」

レイフスコは目を剥いた。

「あそこは精々、人口10万足らずの小規模な都市だぞ。」
「確かに小都市ですが、市の郊外には中規模な金鉱山があります。最近のアメリカ軍は、軍需施設のみならず、産業育成に必要な物資生産工場や鉱石鉱山、
そして、精製施設と言った戦略目標を片端から爆撃しております。ヴロストゥネミリ鉱山には、過去に2度ほど、米軍機の偵察を受けています。
今、絶対防衛線を突破し、領境地帯をも通過しつつあるスーパーフォートレス群が、ヴロストゥネミリの金鉱山を目標にしている事は充分に考えられます。」
「な、ちょっと待て!アメリカ軍はヴロストゥネミリに事前の予告を知らせていないぞ!!」

レイフスコは声を上げる。

「事前に避難促さぬまま爆撃を行えば、当然、爆弾は鉱山のみならず、市街地にも落ちる事になる。アメリカの連中も、それは理解している筈なのに……」
「閣下!すぐにヴロストゥネミリの行政庁に連絡しましょう!このままでは、市民にも甚大な被害が及びます!」

パームル少将の提案に、レイフスコは顔を頷かせた。

「魔道参謀、すぐに連絡を入れろ!」
「了解しました!」

レイフスコの命令を受けたクリンツリィ中佐は、即座に作戦室を飛び出して行った。

「……それにしても、事前予告無しに爆撃を敢行するとは。アメリカも形振り構っていられぬと言う訳か?」
「その辺りは何とも言い難い所です……」

パームル少将が呻くような声でレイフスコに返した。

「とはいえ、我々にできる事は、敵機接近の報を知らせる事しかできない。後は……ヴロストゥネミリ市の被害がすくなる事を祈るしかあるまい。」

レイフスコはそう言いながら、内心では、無慈悲な無差別爆撃を敢行する米軍に怒りを感じていた。

だが、彼らの考えていた事は、その僅か10分後に覆されてしまった。

レイフスコが地図を見つめ、今頃はスーパーフォートレスの大群が領境上の要塞地帯を通過しつつあるだろうと思った時、その報告は飛び込んで来た。

「し、司令官閣下!イリアルィス要塞内の第14軍司令部より緊急信です!」

クリンツリィ中佐が魔道士官から手渡された紙を読んだ後、驚きの余り声を上ずらせながらレイフスコに言って来た。

「要塞が敵の爆撃を受けたようです!爆撃の巻き添えを受けたのか、第14軍司令部からの報告は途中で途絶えております!」

その報せを受けたレイフスコは、一瞬、クリンツリィが何を言っているのか理解できなかった。

同日 午前7時20分 シホールアンル西部領境上空

カーチス・ルメイ少将の指揮する第20航空軍より派遣された210機のB-29は、高度6000メートルを維持しながら着実に
目標へ向かいつつあった。
第149爆撃航空師団第64航空団に所属するダン・ブロンクス少佐は、周囲に炸裂する高射砲の弾幕を尻目に、指揮下の飛行隊を
率いながら爆弾投下の時を待ち侘びていた。

「IPに乗りました!」

耳元のレシーバーからレーダー手の声が響いて来る。

「OK。爆撃手!操縦をそっちのノルデンに任せる。しばらくの間、よろしく頼むぞ!」
「了解です!」

爆撃手の張りのある声音が響いた直後、唐突に高射砲弾炸裂の振動が機体に伝わった。
飛行隊指揮官兼機長を務めるブロンクスは、愛機のバランスを維持しつつ、操縦をノルデン照準器に連動させる。

「これでOKだ。それにしても、積んでいるブツが馬鹿みたいに重いせいで、操縦がし辛いな。」
「全くですよ。」

副操縦士のジョイ・ブライアン大尉も皮肉交じりの口調で相槌を打つ。

「なにせ、最大搭載重量9トンの重爆に、11トンのクソ重い大型爆弾を積んでますからな。私はてっきり、この馬鹿爆弾を積んだ64W
(ウィング・航空団)は、全機離陸失敗で全滅しちまうんじゃと思いましたが……意外と飛ぶもんですな。」
「同僚部隊の313Wでは、1機が離陸に失敗してド派手な花火を上げたらしいがな。」

ブロンクスはぶすりとした口調で答える。
第20航空軍は、11月16日の領境要塞地帯爆撃に、当初は第149爆撃師団の1個航空団と、第202爆撃航空師団の2個航空団を
戦闘機の護衛付きで投入する予定であった。
この作戦に参加するB-29は、3個航空団300機であり、うち150機に通常の1000ポンド爆弾を搭載し、残り150機に
新兵器であるT-12クラウドメーカーを搭載させ、要塞地帯爆撃に使用する予定であった。
ブロンクスの所属する64Wは、午前6時までに全機発進を終えており、同じ参加部隊である314Wも、ほぼ同じ時間に全機離陸しており、
残りは313Wだけとなった。
悲劇は、313Wの11番機が離陸をした時に起こった。
313Wの11番機として滑走を開始したB-29は、機体が浮き上がった直後に右主翼のエンジン2基が急に停止し、バランスを崩したのだ。

それは、あっという間の出来事であり、滑走路の3分の2ほど間で進んでいた11番機は、滑り込むようにして機体を滑走路に叩き付けた。
誰もが目を剥いた瞬間、搭載していた大型爆弾が爆発し、飛行場に凄まじい爆炎が噴き上がった。
この大事故のお陰で、第202爆撃師団のホームベースとなっていたクリメラリア飛行場は滑走路が使用不能となり、エンジンを回しながら
待機していた313WのB-29は、この空襲作戦の参加が出来なくなってしまった。
飛行場から離陸に成功した313W所属機である、10機のB-29は、一時的に64Wに編入され、共にコンバットボックスを組みながら
攻撃目標に向かっている所だ。
今回の作戦では、領境に点在する要塞陣地群のうち、最も防御が分厚いとされるブラウガスビル方面の要塞群を叩く事になっている。
この巨大な要塞群は、これまでに行った航空偵察の結果、大雑把に分けて5つあり、突出部に近い要塞陣地群をMA-01とMA-02、
そのやや後方で予備縦進陣地を展開する形で並ぶ要塞陣地群をMB-01、MB-02、MB-03と呼んでいる。
当初の予定では、まず、クラウドメーカーを搭載した64Wと313Wの半数が、MA-01とMB-01、MB-02、MB-03を
叩いて重厚な防御縦進に大穴を開け、MB-01には牽制がてらに通常の100ポンド爆弾を投下する予定であった。
だが、事故で313Wの大半が作戦に参加できなくなった事から、64Wと314Wの全力を持って、MA-01とMB-01を集中して叩き、
防御線の穴だけは開ける事にした。

「しかし……こんな対空弾幕に晒されるのは、B-17から乗り換えて以来初めてになるな。」
「今の所、被撃墜機は出ていませんが、いずれは落ちる機体が出るかも知れませんね。」

ブライアン大尉が冷や汗を拭いながらブロンクスに返す。
機内の温度はそれほど暑くないのだが、周囲に広がる無数の炸裂煙を見ていると、自然と鼓動が速くなり、体中から汗が噴き出て来る。
砲弾が至近で炸裂し、破片が機体を叩くのも1度や2度では済まない。
要塞陣地周辺には、無数とも言える対空陣地が配置されており、64Wは集中砲火を浴びる形となっている。
弾幕の密度は思いの外厚く、ともすれば、その無数の炸裂煙で空を歩けるのではないかと思えるほどだ。
とはいえ、ワイバーンや飛空挺の集団に集られるよりは、遥かにマシな状況でもある。

「こうやって、のんびりと話してられるのも今の内だ。早く爆弾を投下してさっさと逃げ出さんとな。」

ブロンクスが陽気な口調で返した時、やや大きな炸裂音と共に機体が激しく揺れた。

「ッ…!」

彼は思わず、首を竦めてしまった。

「胴体中央部に被弾!穴が開いています!」

部下の報告が耳元のレシーバー越しに上がって来る。

ブロンクスは軽く舌打ちをしながら、ただ了解とのみ返した。
(これじゃ、敵機が表れた時に高高度に上がる事が出来んが……幸い、友軍戦線は近い。爆撃後は高度を3000に落としても何とかなるだろう。)
心中で爆撃後の行動を考えている時、別の報告が飛び込んで来た。

「5番機被弾!墜落して行きます!!」
「5番機……デニー・アイシャ号か!!」

ブロンクスは、即座に部下の機体の名前とそのクルー達の顔を思い出した。
デニー・アイシャ号はイタリア系アメリカ人機長が操る機体で、クルー達は開戦以来のベテランであった。

「ああ、左主翼が根元からやられてる……駄目だ、あれじゃ脱出できん!」

報告を送って来た部下は、悲痛な声音で呻きながら、墜落しつつある僚機の最後を見つめる。

「……爆撃手!目標まであと何マイルだ?」
「あと5マイルです。」

僚機の最後に感傷に浸る事も無く、ブロンクスは分かったと答えつつ、心中では長い5マイルだなとぼやいた。
新たな高射砲弾が炸裂し、破片が機体を叩く音が響く。
唐突に、風防ガラスに破片があたり、ヒビが生じた。

「うぉっ!?」

ブライアン大尉は、集中している最中に突然、目の前のガラスにヒビが入ったため、思わず仰天してしまった。

「大丈夫だ。破片は防弾ガラスで止まっている。」

ブロンクスは落ち着き払った口調でブライアンの動揺を収めた。

「は、はい。すいませんでした。」

ブライアンは、醜態をさらした事を詫びつつ、再び前方を見据える。
それから程無くして、爆撃手から連絡が入る。

「爆弾投下します!」

その直後、腹に抱えていた爆弾が投下された。
11トンもの巨大な荷物が落とされた為、機体がひょいと浮き上がった。

「!!」

ブロンクスは、余りにも急な浮き上がりに目を見開いたが、ノルデンの自動操縦が解除された瞬間、操縦桿を押し込む事で過度な上昇を防ぐ事が出来た。
爆撃手のニール・ブリッジス曹長は、所々に誘導路のような道が開かれている、特徴ある要塞陣地に向けて、黒々とした大型爆弾が落下して行く様子を
照準器越しに見守っていた。
ブロンクス機の爆弾投下を合図として、64WのB-29全てが爆弾を投下した。

今回、64Wが搭載している大型爆弾は、T-12クラウドメーカーと呼ばれる新開発の爆弾である。
重量は実に11トンもあり、B-29の最大積載量を超えているが、4基のR-3350エンジンの出力なら、搭載しても離陸できる事がテストで
判明した為、今年の9月に正式採用された。
この爆弾は、大威力、大重量によって要塞陣地や地下要塞の破壊を目的としているため、弾頭部はそれまでの爆弾と違って、矢の先端のように尖っている。
先端部分も強固に作られており、B-29を使用した実験では、高度10000メートルから落下したクラウドメーカーが地面に着弾した後、
爆弾は地中40メートルまで突き進んだとの結果も出ている。
爆弾自体の大きさは7メートル以上、直径が1.8メートルもあり、爆弾をB-29に搭載すると本体の3分の1が機外にはみ出すほどであった。
今回の爆撃で、64Wの半数はMA-01要塞に、残り半数が、最初の爆弾投下から10分後にMB-02要塞へ投弾した。
爆弾は、尖った先端部を下に向け、急速にスピードを上げながら落下して行く。
要塞の対空陣地からB-29集団の爆撃を見ていた兵士達は、最初は投下された爆弾がかなり少ない事に首を傾げていたが、やがて、その投下された
爆弾がやたらに大きい事に気付いた。
爆弾投下から着弾まではあっという間であった。
米軍側にMA-01要塞と名付けられたのは、ウルケンハーズ要塞であった。
ウルケンハーズ要塞には、53発のクラウドメーカーが殺到し、うち、23発が要塞の敷地内に着弾し、命中弾は8発程であった。
50発以上投下して命中弾8発と言う成績は意外と悪く感じられる物だが、今回投下された爆弾は、11トンもの大重量を誇る超大型爆弾であり、
たった8発の命中弾……いや、敷地内に着弾した15発も要塞に甚大な損害を負わせていた。
要塞の外縁部に命中した1発のクラウドメーカーは、高度6000メートルから投下された上に、先端が頑丈な事もあり、米国製155ミリ砲弾の直撃や
1000ポンド爆弾の水平爆撃にも耐える強固な装甲が一瞬にして貫通された。
爆弾は外縁部の天井を貫通しただけに留まらず、最上階である3階から1階の天井をぶち抜き、さらに床に本体部分の半分以上をめり込ませた所で爆発した。
そこは、要塞外縁部に設けられていた補修用の資材置き場であったが、爆発の瞬間、貯蔵されていた無数の石材や木材といった補修道具が粉みじんに粉砕された。
クラウドメーカーに内蔵されたトルペックス火薬の爆発エネルギーは凄まじく、1階部分は愚か、最上階までをも派手に吹き飛ばした。
別のクラウドメーカーは、要塞陣地中央にある平たい建物に命中した。
そこは第19石甲化機動旅団の保有するキリラルブス58台が保管されており、当然のことながら、天井は米軍重爆撃機の中高度の水平爆撃なら耐え抜ける、
頑丈な作りとなっていた。

だが、クラウドメーカーはこの天井を紙細工よろしく貫通し、床に突き刺さった直後に炸裂した。
爆弾本体が爆発した直後、内部の保管されていたキリラルブスは例外なく爆風の餌食となり、爆心地に近いキリラルブスは文字通り粉砕され、一番遠くに居た
キリラルブスも爆発の衝撃で頑丈な壁に叩きつけられて本体を激しく損傷するか、脚部を叩き折られて行動不能になる等、例外なく損傷を負った。
クラウドメーカーが要塞陣地に着弾し、炸裂する度に、大地震もかくやとばかりの振動が伝わり、着弾地点には活火山が出現した思わんばかりの黒煙が噴き上がる。
別の爆弾は、誘導路と呼ばれた通路と、その後方にある疑似市街地と呼ばれる区画に落下した。
誘導路と疑似市街地は、各要塞の間に意図的に設けられた物で、これは連合軍機甲師団の戦力を多く削るために考案されたものだ。
考えとしてはまず、要塞正面の外縁部が敵の攻撃で無力化され、敵の側面突破の危険が高まった時、この通路を意図的にがら空きにして敵機械化部隊を通過させる。
敵機械化部隊が通過した後は、中途半端に高い石造りの建物が多い疑似市街地で戦闘を行い、要塞内の残存する火砲を集中投入して、機械化部隊を火力で
粉砕し、歩兵が障害物に隠れながら敵側の随伴歩兵を処理すると言う物だが、これとは別に、敵部隊の進撃速度を遅らせる効果も目的とされている。
ここは要塞の敷地外でもあるため、仮に爆撃されても戦力的に何ら支障を来す事は無く、通路に爆弾が落ちれば、最低限補修すれば良いだけの話であった。
そこにクラウドメーカーが落下したのである。

爆弾が着弾するや、通路の土砂が噴き上がり、大音響と共に地面が揺れる。
着弾地点は、ウルケンハーズ要塞とギルガメル要塞の間であるが、爆発エネルギーは両要塞の外縁部にまで達し、少なくとも3名の兵が衝撃波で外壁から
はたき落とされた。
また、場所も疑似市街地の入り口付近という、シホールアンル側にとっては実に魔の悪い所であり(疑似市街地に敵部隊が入らなければ、火力投射で戦力を
削れない)、クラウドメーカーの開けた大穴は、ウルケンハーズ=ギルガメル要塞への敵誘因を失敗させる可能性があった。
また、疑似市街地に落下した3発のクラウドメーカーは、着弾地点から半径50メートルの建物を根こそぎ破壊し、それに次ぐ振動が多くの建造物を倒壊
させ、周辺を更地にしてしまった。
疑似市街地への火力投射は、敵が満足に身動き出来ない所を見計らって行う予定であったが、クラウドメーカーは大穴どころか、周辺の障害物を見事に
“掃除”してしまったため、所々に平地のような物が出来てしまった。
こうなってしまえば、誘因した部隊の動きに制約が少なくなり、反撃を受けて要塞側が危機に陥る危険性が高まる可能性があった。
ウルケンハーズ要塞と同様に、イリアルィス要塞もクラウドメーカーの爆撃を受けている。
こちらは弾薬庫にクラウドメーカーが直撃し、天を衝かんばかりの火柱が噴き上がった。
この他にも、要塞砲区画と兵員補充区画、要塞前面の重防御区画も爆弾の直撃を受け、要塞前面部に至っては、約3分の1の防壁が完全崩壊しており、
要塞の防御力は大きく低下していた。

64Wの爆撃は、2つの要塞陣地に大きな打撃を与える事ができた。
特に、MB-02要塞の爆撃効果は甚大であり、この要塞が本来の目的通りに活躍する事はもはや無いであろうと思われるほどであった。
64Wの爆撃からそう間をおかずに、通常の1000ポンド爆弾を搭載した314Wの爆撃も敢行された。
314Wの爆撃は、クラウドメーカーの爆撃と比べると見劣りしたが、それでも要塞陣地周辺の対空陣地や、復旧作業に飛び出した少なからぬ
シホールアンル兵を殺傷し、MA-01、MB-02要塞の傷をより一層広げる事に成功した。
この後、64Wと314Wは、要塞爆撃の仇討とばかりに、150騎のワイバーンに襲われ、18機を撃墜された物の、要塞爆撃が終了したと
あっては既に後の祭りであり、このワイバーン隊も駆け付けた米戦闘機隊との戦闘で散々に打ち負かされた。

午前8時30分 西部方面軍集団司令部

「ウルケンハーズ要塞は少なからぬ損害を受け、要塞内に駐留していた第11歩兵師団と第19石甲化機動旅団にも損害が及んでいます。
特に、第19石甲化旅団はキリラルブス保管庫に爆弾を食らったため、1個キリラルブス大隊が文字通り全滅しています。」
「ウルケンハーズ要塞の火砲使用可能数は爆撃前の3割に低下した他、爆撃箇所の防御陣地はほぼ使い物になりません。要塞の防御力は
明らかに低下しており、敵機械化部隊の攻勢には、長時間耐えられぬかと思われます。」
「イリアルィス要塞も、要塞前面防御壁が崩壊した上に、命中区画周辺の防御陣地が使用不能であり、実質的に要塞陣地としての役割を
果たせぬ状況にあります。これに加えて、要塞内の第14軍司令部は、司令官が重傷を負い、司令部幕僚も大半が戦死して実質的に全滅状態にあり、
今は第3軍団長が軍司令官代理を務めております。」

レイフスコは、次々と上がる現状報告の山に、苦渋に満ちた表情を浮かべていた。

「派遣参謀。敵の爆撃で、2つの要塞が少なからぬ損害を受けておるが……これについて、君はどう思っているかね?」

先程から、顔を青ざめながら立ちつくしている派遣参謀に、レイフスコは声を掛けた。

「……はっ。私の考えとしましては、先の爆撃では、敵は新兵器を投入し、それで要塞を爆撃したのではないかと思っております。」
「新兵器となると……やはり、これまでにない大型の爆弾、と言う事かね?」
「報告を見る限りは、そう判断した方が良いと考えます。前線部隊からも、スーパーフォートレスは巨大な爆弾を積んでいるとの報告が、司令部に
上げられているようです。」
「基準10の判定を受けた要塞を破壊できる程の爆弾とは……一体、どれほどの大きさなのだろうか。」

話を聞いていたパームル参謀長も、意外な新兵器の出現に戸惑いを隠せず、震えた口調で話す。

「閣下……このままでは、絶対防衛線はおろか、領境の主要防衛線までもが、早期に抜かれる可能性があります。至急、何か対応策を考えねば……」

クリンツリィも語調を震わせながらレイフスコに言う。

「……そうだな。」

レイフスコは幕僚達の言う通り、何か策は無いかと考え始める。
だが……予想外の事態に驚いているのは彼も同じであり、要塞線に大穴が開いたと言う事実が、レイフスコから判断力を削いでいた。
彼はそれでも、無い頭で必死に策を考えようとし、幕僚達もレイフスコに任せるだけでは無く、同僚達と議論を交わし始める。
だが、そんな苦しく、かつ、集中力が必要な状況下でも、

「報告します!前線部隊より、敵機械化部隊が前進を開始したとの事です!!」

耳障りな凶報が途絶える事は無かった。

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