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京都府舞鶴市海上自衛隊北吸岸壁護衛艦みょうこう 士官室
2012年 6月4日 16時7分
2012年 6月4日 16時7分
護衛艦みょうこう当直士官、稲富祐也一等海尉は、テレビ画面を見ながらあんぐりと口を開けていた。
とても現実の光景であるとは思えなかった。自分のよく知る街が、燃えている。自然災害の結果であればまだ納得がいったであろう。
だが、眼前に映し出されたものは、どう見ても現代日本のものではない甲冑を着た人間(一部は明らかに人間ではないように見える)に、市民が殺害されていく姿。
特撮ではないだろうか──そんな考えも浮かんだが、彼の中の自衛官としての思考がそれを否定した。
これは現実だ。俺が狂っていて、この士官室で幻覚を見ているのであればいいが、そうじゃない。であるならば、現実が狂っている。なんてこった。
稲富一尉は、護衛艦みょうこうの砲術長として砲熕武器を指揮する立場にある。筋肉質だが身長163センチの短躯である彼のことを、口さがない一部の乗員は「豆タンク」とか「ドワーフ」と呼んでいる。
だが、その綽名の示す通り、太い眉を蓄え、巌のような作りの容貌を持つ彼は、常に積極的で精力的な士官であるという評価を得ていた。普段の性格が陽性であることも相まって、曹士の評判も悪くない。
稲富は、かぶりを振って気持ちを切り替えると、副直士官に指示を出した。
「幹部に電話してくれ。非常事態だ。艦長には俺から連絡する」
「はい。乗員はどうしますか」担当警備区で非常事態が発生した以上、乗員を集めなければならない。曹士の取りまとめ役である警衛海曹に指示を出す必要があった。
「当然、警急呼集をかける。ああ、警衛海曹を──」
とても現実の光景であるとは思えなかった。自分のよく知る街が、燃えている。自然災害の結果であればまだ納得がいったであろう。
だが、眼前に映し出されたものは、どう見ても現代日本のものではない甲冑を着た人間(一部は明らかに人間ではないように見える)に、市民が殺害されていく姿。
特撮ではないだろうか──そんな考えも浮かんだが、彼の中の自衛官としての思考がそれを否定した。
これは現実だ。俺が狂っていて、この士官室で幻覚を見ているのであればいいが、そうじゃない。であるならば、現実が狂っている。なんてこった。
稲富一尉は、護衛艦みょうこうの砲術長として砲熕武器を指揮する立場にある。筋肉質だが身長163センチの短躯である彼のことを、口さがない一部の乗員は「豆タンク」とか「ドワーフ」と呼んでいる。
だが、その綽名の示す通り、太い眉を蓄え、巌のような作りの容貌を持つ彼は、常に積極的で精力的な士官であるという評価を得ていた。普段の性格が陽性であることも相まって、曹士の評判も悪くない。
稲富は、かぶりを振って気持ちを切り替えると、副直士官に指示を出した。
「幹部に電話してくれ。非常事態だ。艦長には俺から連絡する」
「はい。乗員はどうしますか」担当警備区で非常事態が発生した以上、乗員を集めなければならない。曹士の取りまとめ役である警衛海曹に指示を出す必要があった。
「当然、警急呼集をかける。ああ、警衛海曹を──」
「当直警衛海曹、沢田曹長入ります。各パート先任者に連絡を指示しました。警急呼集でよろしいですね?」
稲富の思考が言葉になる前に、当直警衛海曹である沢田曹長はすでに士官室に姿を見せていた。
何をぐずぐずしているといわんばかりの態度である。稲富は思った。若い幹部じゃ歯が立たねえ訳だよ。まあ、こんな時は頼もしくもある。
何をぐずぐずしているといわんばかりの態度である。稲富は思った。若い幹部じゃ歯が立たねえ訳だよ。まあ、こんな時は頼もしくもある。
「警急呼集だ。それから、機関科には試運転の用意をさせてくれ」
「災害派遣でしょうか?」副直士官が言った。
「どう考えても、それで収まるとは思えないな。──武器に火を入れることになりそうだ」
副直士官は顔を引きつらせると「電話をかけます」と士官室を出て行った。
「災害派遣でしょうか?」副直士官が言った。
「どう考えても、それで収まるとは思えないな。──武器に火を入れることになりそうだ」
副直士官は顔を引きつらせると「電話をかけます」と士官室を出て行った。
「沢田曹長、どうなるかな、これ」
テレビを見ると、中継が途切れたらしく、スタジオの男性司会者が必死に現場レポーターを呼んでいた。
テレビを見ると、中継が途切れたらしく、スタジオの男性司会者が必死に現場レポーターを呼んでいた。
「ろくなことにはなりませんな。少なくとも、綾部市で終わるとは思えません」
よく見ると、鉄面皮に思えた沢田曹長の顔面にも冷汗が浮いていた。誰も、こんな経験などしたことがないのだ。稲富は、胃の辺りに重たい感触を覚えつつ、艦長の電話番号を呼び出した。
京都府舞鶴市 舞鶴市役所会議室
2012年 6月4日 19時14分
2012年 6月4日 19時14分
「綾部市からの連絡は途絶しました。市長、副市長共に行方不明です。警察も消防も応答しません。中心部は暴徒に制圧されたようです」
「暴徒?甲冑と槍で武装した1000人からの集団を、君は暴徒とよぶのかね?」
総務部長が苛立ちを隠さない口振りで、担当職員に質問した。
「福知山はどうや?」
「はい、さらに大規模な暴徒に襲撃された模様です。ただ市長は辛うじて難を逃れたようです。ただ、現在も騒乱が続いております」
「京都南部及び兵庫方面との連絡は絶たれたということだな」
職員の報告は気の滅入るものしかなかった。舞鶴市長、京極高男は薄くなった頭髪をぼりぼりと掻き毟り、さらなる報告を求めた。
「暴徒?甲冑と槍で武装した1000人からの集団を、君は暴徒とよぶのかね?」
総務部長が苛立ちを隠さない口振りで、担当職員に質問した。
「福知山はどうや?」
「はい、さらに大規模な暴徒に襲撃された模様です。ただ市長は辛うじて難を逃れたようです。ただ、現在も騒乱が続いております」
「京都南部及び兵庫方面との連絡は絶たれたということだな」
職員の報告は気の滅入るものしかなかった。舞鶴市長、京極高男は薄くなった頭髪をぼりぼりと掻き毟り、さらなる報告を求めた。
「市内の状況は?」
「現在、市広報車を走らせて、綾部方面に向かわず、テレビラジオの情報に注意するよう呼びかけています。今のところ、パニック等は発生しておりません」
「市内インフラは平常通りです。綾部市域は大規模停電が発生しているようですが、舞鶴市内は今のところ被害が報告されておりません」
「綾部市からの避難民は、とりあえず各公民館、文化公園体育館、市民病院、赤十字病院、共済病院等に収容していますが、負傷者が多数発生しています」
「すでに消防本部の要請によりDMATが派遣され、救急医療に当たっています」危機管理・防災課の職員が発言した。
「現在、市広報車を走らせて、綾部方面に向かわず、テレビラジオの情報に注意するよう呼びかけています。今のところ、パニック等は発生しておりません」
「市内インフラは平常通りです。綾部市域は大規模停電が発生しているようですが、舞鶴市内は今のところ被害が報告されておりません」
「綾部市からの避難民は、とりあえず各公民館、文化公園体育館、市民病院、赤十字病院、共済病院等に収容していますが、負傷者が多数発生しています」
「すでに消防本部の要請によりDMATが派遣され、救急医療に当たっています」危機管理・防災課の職員が発言した。
舞鶴市に限って言えば、現状はまだそう悪いものではなかった。市内のインフラと治安は守られ、通信手段も確保されている。しかし、明日の朝もそうであるとは、誰も言えない。速やかに手を打つ必要があった。
京極は、市職員を20年勤めあげた後、市長選に出馬し当選した、何処にでもいる経歴の平凡な市長であった。
冴えない風貌をした彼の強みは、幼少時から舞鶴市で育ち、誰よりも街を知っているという事と、その見かけによらず判断が早いという事である。
彼は、迷うことを嫌った。
京極は、市職員を20年勤めあげた後、市長選に出馬し当選した、何処にでもいる経歴の平凡な市長であった。
冴えない風貌をした彼の強みは、幼少時から舞鶴市で育ち、誰よりも街を知っているという事と、その見かけによらず判断が早いという事である。
彼は、迷うことを嫌った。
「暴徒は必ずここに来る。その前に市民を避難させなければならない。市民に避難指示を出す」
京極は矢継ぎ早に指示を出した。広報車と防災無線を活用し、南部地域を優先して避難を指示。市民は最寄りの公民館、学校等に集合させる。市バスと民間バス会社を総動員して、市民の移動に当たらせる。
京極は警察署長に向き直った。
京極は矢継ぎ早に指示を出した。広報車と防災無線を活用し、南部地域を優先して避難を指示。市民は最寄りの公民館、学校等に集合させる。市バスと民間バス会社を総動員して、市民の移動に当たらせる。
京極は警察署長に向き直った。
「署長、舞鶴市の警察力で暴徒に対処は可能ですか?」
舞鶴警察署長の表情は、くるくると変わった。治安を預かる者の矜持もあったであろう。しかし、最終的には苦い物を飲み下した様な表情で、絞り出すように答えた。
「──舞鶴警察署員170名余では、1000名を超える暴徒を抑えることは困難であります」
京極は、5秒ほど思考を巡らせた後、静かに告げた。
「舞鶴市長として西舞鶴地区から市民を避難させる。市民の避難先を東舞鶴各施設とする。消防は入院患者の移送に全力を挙げるように。警察は、避難誘導を確実に行ってください」
会議室内が一瞬凍りついた。市長が西地区の放棄を宣言したのだ。数名の職員が何か言いたそうな素振りを見せたが、結局それは果たされなかった。
綾部市からの映像は、それだけの力を持っていたのだった。ぐずぐずしていれば、綾部市の二の舞になる。その認識が、市長の判断を後押しした。
会議室内が一瞬凍りついた。市長が西地区の放棄を宣言したのだ。数名の職員が何か言いたそうな素振りを見せたが、結局それは果たされなかった。
綾部市からの映像は、それだけの力を持っていたのだった。ぐずぐずしていれば、綾部市の二の舞になる。その認識が、市長の判断を後押しした。
「小浜市、高浜町の担当者に連絡して、市民の受け入れを調整してくれ。向こうは大きな施設がたくさんある。こういうときに役に立つはずだ。市各課は防災避難計画に基づき市民の避難誘導に必要な行動をとること」
「非常事態宣言を出そう。対策本部は此処に設置する。電話回線の増設を急いでくれ」
「保安庁と自衛隊に連絡官を出すように要請してくれ。彼らの力が必要だ」
「災害派遣を要請するのですか?」その指示を聞いた総務課長が、質問した。
「非常事態宣言を出そう。対策本部は此処に設置する。電話回線の増設を急いでくれ」
「保安庁と自衛隊に連絡官を出すように要請してくれ。彼らの力が必要だ」
「災害派遣を要請するのですか?」その指示を聞いた総務課長が、質問した。
「災害派遣では、この事態には対処できんよ」京極は、静かに否定した。
「府知事に電話をつないでくれ。治安出動の要請を依頼する」
職員が会議室を慌ただしく出ていく中、京極は警察署長を呼びとめた。目には何かを決意した光があった。
「署長、頼みたいことがある」
「……なんでしょうか?市長」
「署長、頼みたいことがある」
「……なんでしょうか?市長」
「避難途中に暴徒に乱入されたらおしまいだ。我々には時間が必要だ。時間を──稼いでいただきたい」
京都府舞鶴市真倉 国道27号線上
2012年 6月4日20時35分
2012年 6月4日20時35分
「202より現本。現在まで真倉阻止線異状なし。」
『現本了解。引き続き阻止線にて警戒に当たってください』
『現本了解。引き続き阻止線にて警戒に当たってください』
片側一車線の国道27号線上には、赤色回転灯を点けたパトカーが2台、人員輸送用のワンボックスが1台、道路を塞ぐようにして停車していた。
その周囲には警官が8名、配置に就いていた。いずれも、出動服の上から防護衣とバイザー付ヘルメットで身を固め、ポリカーボネート製の大盾を所持している。
腰には拳銃の携帯が許可されていた。
その周囲には警官が8名、配置に就いていた。いずれも、出動服の上から防護衣とバイザー付ヘルメットで身を固め、ポリカーボネート製の大盾を所持している。
腰には拳銃の携帯が許可されていた。
「なあ尾崎、相手は騎士様らしいぞ。高らかに名乗りをあげて、槍をしごいて突撃だ。堪らんな」
「やかましい。ちゃんと前見とかんかい!只でさえ貧弱な阻止線なんやぞ」
「やかましい。ちゃんと前見とかんかい!只でさえ貧弱な阻止線なんやぞ」
彼らの任務は、市民の避難完了まで現阻止線を可能な限り維持すること、である。同様の阻止線が市街地に通じる全ての道路上に設けられていた。
本来であれば、3倍の人員があっても覚束ない状況である。しかし、市民の避難誘導のために、警察、消防、市職員の大部分が忙殺されている現状においては、警察官8名が配置された真倉阻止線は、最も強力な阻止線であると言えた。
例え、その半数が地域課や交通課の職員であったとしても。
本来であれば、3倍の人員があっても覚束ない状況である。しかし、市民の避難誘導のために、警察、消防、市職員の大部分が忙殺されている現状においては、警察官8名が配置された真倉阻止線は、最も強力な阻止線であると言えた。
例え、その半数が地域課や交通課の職員であったとしても。
昼間の熱気は夜になっても冷めきっておらず、風は生温い。周囲の建物はは避難が完了しているため、電気は消えており、月明かりに照らされるばかりであった。
「嫌やなあ。蒸し暑いし、静かで陰気臭いし、お化けでもでそうや」
奥村巡査は、首に巻いたマフラーで汗を吹きながら、呟いた。空に浮かぶ満月は、何故か普段より大きく見えて、不穏な雰囲気を振り撒いているように思えた。
「嫌やなあ。蒸し暑いし、静かで陰気臭いし、お化けでもでそうや」
奥村巡査は、首に巻いたマフラーで汗を吹きながら、呟いた。空に浮かぶ満月は、何故か普段より大きく見えて、不穏な雰囲気を振り撒いているように思えた。
「……なんか、聞こえる」
後方からは、サイレンの音や自動車のエンジン音が、絶えることなく聞こえている。それらに混ざって、微かに違う音が聞こえた。
一定のリズムで何かが地面を叩いている。それは次第に大きく、また複数の音源から発せられるようになった。
音は阻止線の前方から聞こえてくる。
一定のリズムで何かが地面を叩いている。それは次第に大きく、また複数の音源から発せられるようになった。
音は阻止線の前方から聞こえてくる。
「……まじかよ」奥村巡査が前方に目を凝らすと、そこには騎乗した集団が、満月の光を背に受けながら、こちらに近付きつつあった。
「来たぞ!マイク使え!」
パトカーの拡声器が、大音量で警告を発した。
『前方の集団に告ぐ。こちらは警察です。現在の位置で止まりなさい』
パトカーの拡声器が、大音量で警告を発した。
『前方の集団に告ぐ。こちらは警察です。現在の位置で止まりなさい』
集団は、止まらなかった。馬は速足に変わり、騎乗した者たちは何かを構えた。
「あかん、やばい」尾崎巡査は背筋に悪寒を感じた。何かを弾く様な音と何かが風を切る音が聞こえた。
「奥村!パトカーの後ろに下がれ!」尾崎巡査は大盾を構えながら、相棒に指示を飛ばした。その直後、ザァという音とともに、複数の矢が彼らに降り注いだ。
「奥村!パトカーの後ろに下がれ!」尾崎巡査は大盾を構えながら、相棒に指示を飛ばした。その直後、ザァという音とともに、複数の矢が彼らに降り注いだ。
京都府舞鶴市真倉 国道27号線上
2012年 6月4日20時39分
2012年 6月4日20時39分
よく整備された街道の先に、赤い光が点滅している。どうやら鉄の車が道を塞いでおり、それが光っているらしい。なんとも面妖な光景だった。
帝国西方諸侯領エレウテリオ子爵配下の帝国騎士エミグディオ・ディ・モデストは、今日何度目かの異様な光景に向かい合った。
当初は異様な文物に心を惑わされたが、軽騎兵を率いる騎士らしく、考えても分からないことについては考えることを止めた。
単純に、脅威があるかどうかを判断し、命ぜられた使命を果たすことに集中することにした。
さもなければ、この異国の地で、わずか30騎余を率いて斥候に出ることなど出来はしない。
帝国西方諸侯領エレウテリオ子爵配下の帝国騎士エミグディオ・ディ・モデストは、今日何度目かの異様な光景に向かい合った。
当初は異様な文物に心を惑わされたが、軽騎兵を率いる騎士らしく、考えても分からないことについては考えることを止めた。
単純に、脅威があるかどうかを判断し、命ぜられた使命を果たすことに集中することにした。
さもなければ、この異国の地で、わずか30騎余を率いて斥候に出ることなど出来はしない。
「何者かがおりますな。あの鉄の車、昼間の市邑で衛卒が詰め所に停まっておったものと同じやもしれませぬ」
騎兵組長の一人が報告する。
「盾を持つ者がいるな。10名ほどか……蹴散らすぞ」
モデストは、街路上に立ち塞がる以上、その向こうに奴らが守りたいものがあるに違いないと判断した。であれば、これを突破し、さらに先を探るべきである。
騎兵組長の一人が報告する。
「盾を持つ者がいるな。10名ほどか……蹴散らすぞ」
モデストは、街路上に立ち塞がる以上、その向こうに奴らが守りたいものがあるに違いないと判断した。であれば、これを突破し、さらに先を探るべきである。
『────!』
その時、鉄の車が吠えた。予期せぬ大音量に愛馬が足を止める。何語かは聞き取れない。これ以上冒涜的な光景は見たくもない。自分がよく知る世界を作ろう。モデストはそう思った。
「皆、聞けい!三斉射の後、突撃に移る。蹂躙して街道の先を探るぞ。構え──放てぇ!」
部下が怯えてしまう前に、戦闘に突入する。彼はそう決めた。配下の軽騎兵達は、短弓を素早く構え、立て続けに三度矢を放った。敵に乱れが生じている。
「帝国西方騎士エミグディオ・ディ・モデスト、参る!皆続けぇ!」
スピアを振りかざし、モデストは突撃にかかった。配下の軽騎兵も短弓を短槍に持ち替え、彼に続く。僅か10名足らずの衛卒に、騎兵30騎の馬上突撃を止めることなど出来はしない。モデストは確信していた。
京都府舞鶴市真倉 国道27号線上
2012年 6月4日20時42分
2012年 6月4日20時42分
呻き声が周囲から聞こえていた。尾崎巡査が周囲を見回すと、ガラスの割れたパトカーの周りに、腕や足に矢が刺さった同僚が転がっている。
さっと見た限りでも、3名が負傷していた。パトカーのシートや、一部は車体にまで矢が突き立っている。
さっと見た限りでも、3名が負傷していた。パトカーのシートや、一部は車体にまで矢が突き立っている。
「き、来たぞ!」
奥村巡査が悲鳴のような声で警告を発した。道の向こうからは恐ろしげな喚声を上げながら、地響きとともに騎兵が迫っていた。もう50メートルもない。
「車両の後ろに退避しろ!奥村、脇坂を引っ張ってこい!」
尾崎巡査は同僚に指示しながら、腰の拳銃を抜き出した。震える手で安全ゴムを外す。口の中がカラカラだった。パトカーを盾にしてニューナンブM60を構える。もう20メートル。相手のぎらついた目が見えたような気がした。
奥村巡査が悲鳴のような声で警告を発した。道の向こうからは恐ろしげな喚声を上げながら、地響きとともに騎兵が迫っていた。もう50メートルもない。
「車両の後ろに退避しろ!奥村、脇坂を引っ張ってこい!」
尾崎巡査は同僚に指示しながら、腰の拳銃を抜き出した。震える手で安全ゴムを外す。口の中がカラカラだった。パトカーを盾にしてニューナンブM60を構える。もう20メートル。相手のぎらついた目が見えたような気がした。
「正当防衛射撃だ。単射、撃て!」
阻止線の指揮を執る、速水巡査部長の叫び声が聞こえた。尾崎巡査の視界には、自分に向けて突っ込んでくる騎兵しか見えなくなっていた。あと10メートル。
「正当防衛射撃」と何度も呟きながら、尾崎巡査は引き金を引いた。
「正当防衛射撃」と何度も呟きながら、尾崎巡査は引き金を引いた。
京都府舞鶴市真倉 国道27号線上
2012年 6月4日20時44分
2012年 6月4日20時44分
先頭を進んでいた騎兵が弾かれたように落馬する。鋭い擦過音を残して、何かが右頬のすぐ傍を通り過ぎて行った。周囲を見ると、数名が落馬している。敵の衛卒は鉄車の後ろに隠れて何かを放っているようだった。
「構うな!乗り崩せ!」
モデストは配下を鼓舞し、突撃した。敵が何をしようと、この段になって騎兵は止まらない。モデストは、一番手近にいた衛卒に、スピアを突き込んだ。
だが、鉄車という障害物によって速度を減じられた彼の乗馬突撃は、衛卒の持つ盾に弾かれてしまった。初めての感触であった。
鉄の盾を突いたとは思えないほど柔らかく、それなのに突き通すことが出来ない。
スピアを弾いた衛卒は一瞬怯んだ様であったが、すぐさま右手に構えた何かをこちらに向けてきた。
「seitou-bouei-syageki」詠唱とともにその小さな筒の様なものが光を放った瞬間、破裂音が響き、モデストは胸に衝撃を受け、弾き飛ばされた。熱い塊が喉を駆け上る。彼は自分が血を吐いたことを知った。
周囲では、配下の軽騎兵が光る筒に打たれて、次々と落馬していた。衛卒は大盾を構え、筒から光を放っている。
衛卒ではなく魔法戦士団!薄れゆく意識の中で、モデストは己の過ちを悔み、敬愛する騎士団長の武運を祈った。
だが、鉄車という障害物によって速度を減じられた彼の乗馬突撃は、衛卒の持つ盾に弾かれてしまった。初めての感触であった。
鉄の盾を突いたとは思えないほど柔らかく、それなのに突き通すことが出来ない。
スピアを弾いた衛卒は一瞬怯んだ様であったが、すぐさま右手に構えた何かをこちらに向けてきた。
「seitou-bouei-syageki」詠唱とともにその小さな筒の様なものが光を放った瞬間、破裂音が響き、モデストは胸に衝撃を受け、弾き飛ばされた。熱い塊が喉を駆け上る。彼は自分が血を吐いたことを知った。
周囲では、配下の軽騎兵が光る筒に打たれて、次々と落馬していた。衛卒は大盾を構え、筒から光を放っている。
衛卒ではなく魔法戦士団!薄れゆく意識の中で、モデストは己の過ちを悔み、敬愛する騎士団長の武運を祈った。
エレウテリオ団長、此は魔導の國にございます。油断召されるな。
京都府舞鶴市真倉 国道27号線上
2012年 6月4日20時48分
2012年 6月4日20時48分
騎兵の突撃はどうにかしのぎ切ったようだ。尾崎巡査はまだ痺れる左腕を庇いつつ、ゆっくりと立ち上がった。大盾は大きく歪んでいる。もう一撃食らえばどうなっていたかわからない。
「みんな、無事か?」
「な、なんとか……」
「速水巡査部長がっ!」
悲鳴の上がった方向をみると、速水巡査部長が騎兵と刺し違える形で息絶えていた。
警官隊の損害は、殉職1名、重傷3名。その他のものもどこかに傷を負っている。弾も予備弾を装填すればあと1弾倉分はあるものの、同規模の突撃に堪えることは不可能であった。
警官隊の損害は、殉職1名、重傷3名。その他のものもどこかに傷を負っている。弾も予備弾を装填すればあと1弾倉分はあるものの、同規模の突撃に堪えることは不可能であった。
「202より現本。マル被の襲撃を受けた。速水巡査部長が殉職、重傷3名。現阻止線維持のためには、応援が必要。
なお、マル被は約30名程度。騎乗した外国人の集団であり、12名が死亡。5名が重傷。軽傷者は逃走した」
『現本より202。相手の凶器は何か?騎乗した外国人と言うのは何人か?』
「槍と弓矢。全員が甲冑を着けている。人種は不明。英語はしゃべっていないようだ」
『現本より202。相手は何だ?本当に騎士なのか?君は大丈夫か?』
無線の声は、尾崎巡査の正気を疑っているかのように聞こえた。
なお、マル被は約30名程度。騎乗した外国人の集団であり、12名が死亡。5名が重傷。軽傷者は逃走した」
『現本より202。相手の凶器は何か?騎乗した外国人と言うのは何人か?』
「槍と弓矢。全員が甲冑を着けている。人種は不明。英語はしゃべっていないようだ」
『現本より202。相手は何だ?本当に騎士なのか?君は大丈夫か?』
無線の声は、尾崎巡査の正気を疑っているかのように聞こえた。
土手っ腹に槍が刺さって死んだ速水巡査部長の死体。銃弾を受けて斃れ伏す西洋騎士。足を折った馬が、悲しげに嘶いている。同僚は放心状態で、自分の足に刺さった矢を見つめている。
尾崎巡査は、全てがばかばかしくなり、無線機に向かって怒鳴り上げた。
尾崎巡査は、全てがばかばかしくなり、無線機に向かって怒鳴り上げた。
「202より現本。そんなに知りたきゃ見に来い!くそったれ!」