自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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京都府舞鶴市西舞鶴駅前
2012年 6月5日 13時1分

 全天を雨雲に覆われた空は暗く、激しい雨は視界を極端に悪化させていた。
 西舞鶴市の攻略を決心した西方諸侯領軍エレウテリオ騎士団は、街道に重装歩兵の戦列を敷くと、喇叭と軍太鼓が鳴り響くなか、悠然と前進を開始した。
 エレウテリオとその配下の騎士たちは、この時点で敵は未だに初戦の混乱から立ち直っていないと判断している。
 まともな防御指揮官であれば、市街地に入る前に迎撃を試みるからである。彼等の常識では、市街地に突入された時点で、既に守備軍は敗北している。
 ろくな守備軍はいないと見たエレウテリオは主力を街道──国道27号線上に展開し前進させると共に、左右の隊を率いる部隊長に、自己の判断で進撃することを許可した。
 市街地に入り込んでしまうと、部隊間の連絡が難しくなるため、有力な敵がいる場合は各個撃破の恐れがあるが、現状ではその恐れはない。

 騎士と兵は市街をアメーバの如く、侵食していった。

「はっ、あの程度の小勢で我らを防げると思うたか。戯けた奴らよ」
 蛮族が前方に陣を敷いているのを見て、騎士の一人が嘲りの声をあげた。鉄車が数台、盾のように置かれ、その後ろに数十名程の重装歩兵がいるようであった。
 その程度の兵力では、抵抗を試みるだけ無駄であろう。エレウテリオも騎士の意見に同意であった。
 先鋒の騎士パスクアルが、大きく腕を降り下ろした。配下の太鼓手が小気味よいリズムで、軍太鼓を打ち鳴らす。
 槍を揃えた重装歩兵の隊列が、太鼓のリズムに合わせ、並足から早駆けに移行しようとしていた。
「長弓、構え!」
 重装歩兵の後方では、長弓兵指揮官の命令のもと、革の胸当てのみを身につけた軽装の弓兵が、一斉に矢を番えた。
 長弓兵は西方諸侯領軍によくみられる軍種である。長射程(平均300ヤード)と速射能力を誇り、戦場ではしばしば猛威を振るってきた。
 曲射弾道で飛来する長弓兵の矢は、後衛から放たれ、敵を地に縫い付ける。

 ただし、その扱いの難しさから育成には時間と資金を要するため、誰もが揃えられる兵種ではない。
 また、防御力が弱く、一度消耗してしまうと戦力の回復が困難であることから、運用には慎重さが求められる。

 だが、約200名の長弓兵の全力射撃は、一分間に2000本以上の投射量を誇る。
 欠点はあれど、恐るべき兵どもであった。

──だが。

「何と、奴ら逃げ出したぞ」
 嘲りの声がさらに大きくなる。蛮兵は、鉄車に飛び乗り、猛烈な速さで道の奥に走り去っていた。

「放ち方待て!」
 長弓兵指揮官が命じる。

「これほどまでに惰弱とはのう」
「腰抜けが!」
 騎士たちの言葉には、怒りさえ滲んでいた。名誉ある武篇の振る舞いではない、という想いを抱いたのだった。

 エレウテリオは軍に前進を命じた。馬上から、周囲の街並みを見渡す。中心部に違いなかった。
 もはや、敵に抵抗の術は無い。少し前に覚えた不安など、すでに消え去った。

「進め!騎士たちよ。恩賞は思いのままぞ!」
 兵は猛り立ち、前進を再開する。左手から、それまで後備に控えていた傭兵団が、気勢をあげながら港の方向へ突撃していった。

「相変わらず、傭兵共は鼻が利きますな。もはや危険は無いと見たのでしょう」
 アランサバルが馬を寄せてきた。
「では、団長。我が隊は助攻を勤めましょうぞ」
「うむ、後ほど会おう」
 エレウテリオは頷いた。どうやら、普段は冷静なアランサバルも、前に出たくて仕方のないようだった。

 アランサバルはエレウテリオに挨拶を済ませると、手勢を鮮やかに旋回させ、県道28号線を、東に向けて進撃していった。


 13時30分。田辺城址大手門に、帝国軍旗、西方諸侯領軍旗、エレウテリオ子爵旗が翻った。


 輸送車の中で、警官たちは屈辱に震えていた。
 西舞鶴駅前で阻止線を守っていた20名は、本部からの退避命令を受け、五老岳陣地まで後退したのだった。
「畜生、犯罪者を前に逃げ出すなんて!」
 尾崎が吐き捨てた。綾部市で暴虐の限りを尽くした、その相手から逃げ出してしまった。そんな命令を出した本部も許せなかった。
 そして、何より眼前に現れた大軍勢に、臆した自分が許せなかった。
 命令が下されたとき、心のどこかで安堵した自分がいた。

「あの、数は無理だ。雨でガスも使えん。執行実包は一人18発、弾も足りん」
「しかし!市民がまだ──」

「今は耐えろ」阻止線の指揮官、志馬警部が諭すように言った。


 帝国軍の圧倒的な物量の前に、日本側は未だに有効な手が打てず、時間を稼ぎつつ、ひたすら市民の脱出を急ぐのみだった。



京都府舞鶴市 舞鶴西港第二埠頭
2012年 6月5日 13時27分


「押さないでください!ゆっくりと進んで!手荷物は持ち込めません」
「押すな!止めろ子供がいるんだ」
「早く乗せてくれ!彼奴等が来ちまう」
「慌てずに!全員乗れます!こら、そこ順番を守りなさい!」
「おかあさん、おとうさん。どこにいっちゃったの?」
「怪我人がいるんだ。先に乗せてくれ!」

 まるで、終戦間際の満州か朝鮮みてえだな、畜生。
 埠頭で避難誘導を行いながら、第八管区海上保安本部所属、巡視船「わかさ」特別警備隊員、中川清春三等海上保安正は唇を噛んだ。
 眼前には、舞鶴市内から命からがら脱出してきた市民がいた。舞鶴西港は市民の避難場所に指定されている。舞鶴市はここにあらゆる船舶をかき集めて、市民の救出を試みていた。
 すでに貨客船からプレジャーボートに至るまでの、民間船は福井方面に向けて脱出している。
 残るは、海上保安学校の練習巡視船「みうら」のみであった。
 「みうら」は普段は、学生の実習を主任務としているが、【災害対応型】巡視船として指定されており、災害時は1000名以上の避難民を収容できるように設計されている。
 「みうら」は、その3136トンの船体を埠頭に横付け、残された市民全てを収容しようとしていた。

 救出作業は遅れていた。
 当初は順調に乗船が進んでいたのだが、警官隊か蹴散らされたという話が広まった途端、状況は一変したのだった。
 自家用車で避難してきた市民が、立て続けに接触事故を起こし、埠頭の道を塞いでしまった。
 このため、シャトルバスが使用できなくなり、徒歩で避難する羽目になった市民は互いに押し合い、進めなくなってしまった。


 そりゃ、怖ぇよな。俺らがふがいねえばっかりに、餓鬼共に可哀想な経験をさせちまった。情けねえ。
 中川は、防弾ヘルメットと防弾ベストを装着し、陸上自衛隊制式小銃である89式5.56㎜自動小銃を構え、鋭い視線を市内へ向けている。
 【海の機動隊】とも称される彼ら特警隊の姿は、少なからず付近の市民に安心感を与えるものであったが、全体の混乱収拾には、寄与することは出来なかった。

 中川はようやく最後の百数十人となった埠頭を見た。おそらく、あと十分もあれば、乗船が完了するだろう。何とかなりそうだな。中川は安堵した。このままいけば、市街地に侵入した連中に追い付かれる前に、「みうら」は離岸できる。
 4名の警官と18名の「わかさ」特警隊(母船はすでに出港し、任務に就いていた)が警護するなか、港湾職員、税関、消防署員などが必死の誘導に当たった結果、 ようやく目処がついたのだった。


 その時、中川の耳に聞こえてくる音があった。
 競馬が趣味の中川が聞きなれた音──馬蹄の音である。だか、違うところもあった。馬が駆ける音と共に、野蛮さを隠そうともしない喚声が聞こえてきたのだった。
 ジョッキーも観客も、そんな声をあげることはない。そして、ここは京都競馬場ではなく、数百の犯罪者に襲撃されている真っ最中の、舞鶴西港であった。


「きやがったな、畜生どもが」

 中川の視線の先には、埠頭に向かって突進してくる数百名の集団がいた。騎乗している者、徒歩の者が入り交じっているが、皆まちまちな武装をしている。

 何とも柄の悪そうな連中だなオイ。俺といい勝負だ。中川はにやりと笑みを浮かべたあと、周囲の部下に呼び掛けた。

「『わかさ』特警隊集まれ!気ィ抜くなよ!ここが、俺らの見せ場だ!」



京都府舞鶴市舞鶴西港
2012年 6月5日 13時45分

 傭兵団の先頭を、豪雨をものともせず港へ迫る傭兵隊長ジスカールは、笑いを止めることができなかった。
 栗毛の愛馬の上で、戦場で受けた無数の傷でひきつった顔面を、いかにも愉しそうに歪めていた。
 その巨体を誇示するかのような派手なマントを羽織り、右脇に抱えたポールアクスを煌めかせている。
 ジスカールと、彼の傭兵団にとってこの蛮地は夢のような土地だった。
 西方諸侯領軍から蛮地征討の補助軍としての仕事を請け負ったとき、彼の傭兵団は、つもり積もった悪名のせいでまともな仕事が無かった。
 いずれ山賊になるか、解散して怨みを持つ連中に復讐されるか、という有り様であった。
 ジスカールは半ばやけくそな気分で、蛮地へと従軍したのだった。
 しかし、いざ来てみれば敵は脆弱で、雇い主は気前がよく、財貨や女子供は拐い放題。そこには、まさに傭兵の楽園があった。
 手下共も餓狼の如く、貪欲に振る舞っている。
「頭ァ、堪らんですな!」
「なんもかんも、ぶんどり放題じゃあ!」
 雨音を裂いて、下卑た声があちこちからあがる。その姿に、真面目な西方騎士であったモデストなどは「我が軍に山賊紛いの連中を、なぜお加えになったのですか!」と、一時はエレウテリオに詰め寄ってきたほどであった。
 ジスカール自身も、数ある傭兵団のなかでも、悪名高い方であると自負していた。しかし、それが何ほどのことであろうか。奪い、焼き、犯すのが人の楽しみであろう。
 惰弱な蛮族どものお陰で、上手くすればひと財産、まかり間違えば城持ちになる夢も見えてきた。
 今日は最良の日だな。ジスカールは手下をさらに煽り立てることにした。
「見ろ、港だ!野郎共、好きにやれィ!」
「イャッハー!!」

 ジスカールの至極明快な指示に、手下共は素直にいきり立つ。
 戦斧や手槍、片手剣を持ち、スケイルメイルやチェインメイルと、バラバラの武装で身を固めた傭兵たちが、舞鶴西港に雪崩込んでいった。



京都府舞鶴市 舞鶴西港第二埠頭
2012年 6月5日 13時52分

 中川が声を張り上げる。
「隊列を組め。前列大盾中段に構え。後列、威嚇射撃用意」
 機動隊によく似た装備を持つ海保特警隊は、18名を二列横隊に編成し、傭兵団を迎え撃つ構えをとった。
 雨の中整然と並んだ隙のない大盾の列は、練度の高さを物語る。後列の隊員は89式小銃を立射姿勢で構え、ドットサイトを覗き込んだ。


 その様子は、ジスカールからも見えた。歴戦の傭兵隊長であるジスカールには、前方の重装歩兵がなかなかの兵に見えた。
 あいつら、手練れだな。しかし、なんじゃあの武器は?弩にしては、矢が見えねぇ。嫌な予感がするな。
 手下共は相手が少ないため、完全になめきっている。ジスカールは、念のため自分の位置を集団のやや後方に下げた。
 弩はこれで大丈夫だ。撃ってきたところで、手下がやられる間に間合いを詰めて揉み潰してやろう。

「蹴散らせェ!」
「うおおおおお!」



「威嚇射撃、単射。撃て!」
 距離にして約100メートル。中川は法執行機関として手順を踏むべく、まず足元に銃弾を叩き込むことを部下たちに命じた。



 傭兵団に対し戦列を敷いた敵が、何かを放った。敵の弩が光を放ち、破裂音が響く。微かな白煙が見えた時には、傭兵団の手前に何かが撃ち込まれていた。飛沫が跳ねる。
「痛ェ──ギャッ」
 運の悪い手下の一人が膝を砕かれ、倒れる。手下はそのまま後続に踏み潰された。
「怯むな。敵の弩は次を放つまで暇がある。その間に突っ込め!」
 重装歩兵の戦列まで、あと50ヤード。142名の傭兵が突っ込めば、ひとたまりもない。

 この敵を破れば、港だ。その先にはお宝が──。

「小隊、正当防衛射撃。連射──撃て!」


 宝の代わりに待っていたのは、5.56㎜弾による暴風であった。放たれた軍用小銃弾は、傭兵の身につけた革や鋼の鎧を易々と撃ち抜いた。
 弾を受けた傭兵の背中側には大穴が空き、運のよい者は即死し、その場に崩れ落ちる。
 死ねなかった運の悪い者は、絶叫をあげながらのたうち回った。矢や剣から身を守ってくれる筈の鎧は、何の役にも立たなかった。
 たちまち数十名がぼろ切れの様になり倒れた。生き残りも、理解不能な攻撃に逃げ腰になる。

「こいつは、『ファイアボルト』?いや、数が多すぎる!」
 ジスカールは、戦慄した。しかし、止まれば狙い撃ちになるとわかっていた。ジスカールは逃げ出した手下の一人を切り捨てると、突撃を続けた。


「野郎共、逃げるなッ!敵はすくねえぞ!」

 その声を聞いた手下たちも、やけくそな気分で突撃を再開した。ジスカールは、辛うじて士気の維持に成功したと言える。衝力を維持したまま戦列に突っ込めば、勝機はある。
 ジスカールはまだ勝利を信じていた。

──だが。

 中川は眼前に生じた──彼が命令した結果作り出された地獄絵図を、妙に冷静な気分で眺めながら、計算した。
 70は倒した。30は逃げた。残りの30名ほどが、まだ突撃してきている。小銃班は2弾倉を撃ち尽くした。
 もう、射撃の間合いじゃない。

「やってやるぜ」

 中川は不敵な笑みを浮かべると、部下に命じた。
「前列大盾構え!後列警棒抜け。来るぞてめぇら。ビビるんじゃねぇぞ!」
「応ッ!」


 ジスカールの傭兵団は、残り40名ほどまで撃ち減らされたものの、何とか敵の戦列に突撃を続行した。
 傭兵団を迎え討つつもりか、敵の重装歩兵は前列が大盾を、後列は大盾と小振りなメイスを構えた。距離がつまる。
 ジスカールが叫ぶ。
「野郎共、突き崩せェ!」


「─────!」
 敵の指揮官らしい、騎乗した大男が、何かを叫んだ。中川には、何語かはわからなかったが、その叫びが意味するところは、明確に理解できた。
 中川は彼我の距離を慎重に測ると、絶妙なタイミングで部下に叫んだ。

「『わかさ』特警隊、叩けェ!!」

 特警隊員は、大盾を水平に構えると、全力で傭兵の顔面に叩きつけた。
 射撃を受けたせいで、どこか逃げ腰だった傭兵たちは受け損ない、折れた歯を撒き散らす。
 傭兵の攻撃は、前列の特警隊員の大盾に受け止められた。直後に盾が顎を跳ね上げ、警棒が小手を砕く。


 恐るべき敵手だった。一撃で傭兵を打ち倒すファイアボルトを連射する魔力と、小振りなメイスと大盾を自在に操る戦技。
 このような手練れの魔法戦士がいるとは。話が違う。

 手下は全て倒れた。夢は潰え後には死が残された。当然自分もその死からは逃れられないだろう。
 ジスカールは、腹をくくると馬上からポールアクスを手近な敵に叩き込んだ。傭兵隊長らしく、最期まで足掻いてやろうと思った。
 大盾が砕け、魔法戦士が吹き飛んだ。次の獲物を狙おうとしたとき、あの閃光と破裂音が目と耳を打った。

 そして、目の前が真っ赤に染まり、傭兵隊長の意識はそこで途切れた。

「損害報告」
「権田が肩を骨折しました」
「各自、残弾1弾倉程度」

「やるじゃねえかよ。俺の部下はよ!」

 紛れもない、勝利であった。市民は全て乗船を完了し、「みうら」は間もなくもやいをはなそうとしていた。周囲には小銃弾と警棒に打ち砕かれた男たちが、転がっている。
 流れ出した血の河は、雨に混ざりつつも、地面を赤く染めていた。
 海保として、この対処は問題になるかもしれねえな。だが、あそこで呻いている野郎共を検挙するには、人手がたりねえしな。どうするか……。

 無理だ。逃げる方が先だ。中川は現状からそう判断した。
 暴徒は撃退した。ずぶ濡れで全身から湯気を上げながらも、部下は全員無事である。ならば、あとは自分達が乗り込むだけだ。

 その時、部下の警告が耳に飛び込んできた。
「中川三正!新手です!」
 中川は国道の方角に顔を向けた。
「……何てこった」


 彼らの視線の先では、市街地の方向から異形の集団がわらわらと現れつつあった。
 人に似ているが背は低く、肌の色も、その顔も明らかに人類と異なっている。少なくとも、この世界では。
 粗末な革鎧を身につけ、錆の浮いた剣や斧を振り回していた。一応集団としての統制はあるらしい。だが、どう見ても降伏して無事でいられるとは思えなかった。

 ヤクザみたいな連中の次は、宇宙人かい。
 中川は押し寄せる異形と自分たち、そして巡視船「みうら」の位置を、冷静に測った。
 一撃加えて怯ませたあと、全力で走ればどうにか「みうら」にたどり着けそうだった。中川は素早く決断した。ぐずぐずしていれば、逃げられるものも逃げられなくなる。

「かますぞ、射撃用意!」

 特警隊員は、指揮官の命令で残り少ない弾倉を装填した。異形の集団はみるみるうちに増え続け、数百を数えるようになった。
 どう考えても、弾より多い。

その時、左手方向から一台のライトバンがよろめくようにして埠頭に滑り込んできた。車体のあちこちが凹み、矢が何本も刺さっている。咳き込むようなエンジン音を響かせ、豪雨の中を走ってくる。

「中川三正、要救助者です!」

 ライトバンは、ちょうど異形の集団と特警隊の間に来たところで、停止した。エンジンが遂にいかれたらしい。
 ドアが開き、数名の男女がふらふらと出てきた。しかし、彼らは異形の群れを見て、力無くへたりこんでしまった。目の前の光景に絶望したようだった。
 祖母らしい女性が、小さな女の子を胸に抱え、うずくまった。中川たちからは100メートル程の距離があったが、中川の目にはこちらを見た老婦人の、助けを求める表情がはっきりと見えた気がした。
 彼は叫んでいた。

「畜生!要救助者を救助する!続けェ!」

 部下たちも同じように感じていたらしい。彼らは海上保安官だった。要救助者を前にして、逃げ出すことなどできない。
 「わかさ」特警隊は猛烈な勢いで走り出し、ライトバン前に隊列を組んだ。
 異形の集団が迫る。水煙の向こうに霞む異形たちは、まるで地獄の餓鬼のように見えた。
 特警隊は射撃を開始した。

 周囲で89式小銃のキレのよい射撃音が響くなか、中川はライトバンに乗っていた市民に声をかけた。
「大丈夫ですか?海上保安庁です」
「ありがとうございます。逃げ遅れて──」
 中年夫婦と、小学生位の女の子、そして祖母らしい婦人がいた。みな怯えていた。
 周囲の射撃音に混じり、異形が発する奇声が、段々と近づいている。一刻の猶予も無い。
「もう、大丈夫。さあ、逃げますよ。清武、吉田、二人を背負え!」
 中川は、部下に子供と老婦人を背負わせると、民間人を中心に円陣を組んだ。 
 埠頭に向かいジリジリと下がる。
「残弾なし!」
「こっちもだ!くそ、くそ野郎共」

 彼等が岸壁にたどり着いたときには、特警隊員は小銃を棍棒がわりに、異形と殴りあっていた。
 すでに「みうら」は離岸し、彼等を地獄から救いだしてくれるものはいなかった。
「兵隊さん。私は老い先短いからいいんよ。ただ、孫だけは助けてくださいな。御願いします」
 老婦人が懇願した。疲れきった口ぶりだった。
「いやだ!おばあちゃんといっしょにいく!」
 小学生くらいだろうか。女の子は、祖母の手を離さない。
 逃げ場はなかった。

「意地を見せろ!」
「俺たちはまだやれる!」
 特警隊員は互いに励まし合い、どうにか支えていたが、埠頭は異形で埋まっている。完全に包囲された状態では、気力が尽きた時が最期であった。
 隊員の一人が、手斧に腕を切られた。しかしその隊員は、怪我などないかのごとく、棍棒代わりの小銃で斧を振るった異形の頭を叩き割った。
 しかし、続いて左右から伸びた剣に切りつけられ、よろめいた。隊員は血を失いすぎたのか、幽鬼のような形相になっていた。
 どの隊員も似たり寄ったりの状況で、早晩均衡が破れることは避けられぬ現実であるように思えた。
 畜生、ここまでなのか?


 その場の誰もが、絶望的な未来に打ちのめされそうになったその時、高らかに喇叭の音が鳴り響いた。
 中川は海を見た。
 驚くほど近くに、海上自衛隊の多目的支援船「ひうち」がいた。「ひうち」は、その灰色の船体を岸壁に滑り込むように横付けしつつあった。


 船上から海自隊員が発砲し、中川たちの周囲を制圧し始めた。飛来する小銃弾に、異形たちは怯み、逃げ出し始めている。
 青い作業服を着た「ひうち」乗員たちは、船を岸壁に横付けると、手際よく桟橋を渡した。
 幹部自衛官が一人、ひょいと陸に降り立ち、中川たちの方に歩いてきた。まるで、散歩でもしているかのような態度だった。
「遅くなって申し訳ありません『ひうち』へようこそ」
 にこやかな態度だった。彼は、周囲ではいまだに銃声が響くなか、不安など何一つないという態度で、死地を脱したばかりの市民に語りかけた。
 女の子に、ようやく安堵の表情が浮かんだ。


 救出された市民を乗員に預けた幹部自衛官が中川に向き直った。うって変わって真剣な表情である。瞳には明らかな敬意が浮かんでいた。
 彼は中川に対し姿勢を正すと、スマートな動作で敬礼した。
 中川も敬礼を返す。
「海上自衛隊支援船『ひうち』運用士、三等海尉高山友也です。命により貴隊の救出にまいりました」
「第八管区海上保安庁、巡視船『わかさ』特別警備隊、三等海上保安正中川清春です。支援に感謝します」
「人員は何名ですか?」
「海上保安官18名、市民4名です」
「了解しました。乗員一同、貴隊の乗船を歓迎します。──お疲れ様でした!」

 中川は、血と汗と硝煙とでどろどろの顔に、爽やかな笑みを浮かべると、言った。

「自衛隊員が、こんなにいい漢に見える日が来るたぁ、な」

「わかさ」特警隊は、その任務を完遂した。損害は重傷1名、軽傷17名。
 一方、ジスカール傭兵団は、傭兵隊長ジスカールを始め97名が死亡、残りも逃散し、事実上壊滅した。

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