自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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だれでも歓迎! 編集
9 決壊


京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校
2012年 6月5日 17時40分

 押し殺した足音が入り口の前で止まった。一呼吸置いて、ゆっくりと扉が横に引かれる。扉はやけに軋んだ音を立てて開いた。
 教室の中にしゃがみこんだ全員が息をのむ。怯えきった視線がゆっくりと開く扉に集中した。
「……戻りました。みんな無事やったかな」
 囁く程の声を発しながら、滑り込むように教室に入ってきたのは、全身汗にまみれた中年男性だった。ズボンの膝や掌は酷く汚れ、這うようにして移動してきたことが窺えた。
 扉に向けられた視線から、明らかに緊張が弛んだ。

「小代先生、外はどうでしたか?」

 無事にたどり着いた安堵からか、血の気の引いた顔面に虚脱した表情を浮かべた男性──倉梯小学校教諭小代英樹は、その問いかけに力なく頭を振った。

「あかんわ。外はもう化け物がうろうろしとる。子供ら連れて逃げるのは無理や」
「そんな……。バスで逃げられませんか?」
 問いかけた女性教師──香住ほのかは、すがるように言った。柔らかな笑みと分け隔てない態度で、児童からの人気が高い彼女だが、その表情に普段の面影はない。
 死への恐怖感と教え子に対する責任感が彼女の華奢な身体の中でせめぎ合い、ひきつった表情と甲高い声色として表れていた。
 小代は少し苛立った様子で答えた。

「香住先生、無理いうたらあかんよ。エンジンなんてかけたらあっという間に囲まれる。それに、運転手はやられて、キーがついとるかもわからん」
 小代は窓の外に目をやった。校庭にマイクロバスが停まっていた。その傍らには死体が転がっている。「待っとるから早よう連れて来るんや」と言ってくれた、夜久野という名の運転手は、いまは冷たい死骸となってしまった。
「周りを見てきたけど、警官も自衛隊もおらん。いるのはあの化け物と刀ぶら下げた奴等だけや」
 小代は声を潜めた。
「見つかったらおしまいや。香住先生も少し声を抑えて」
 小代の言葉に香住は俯いた。前髪が額にかかり、彼女の童顔を覆い隠した。唇を噛み、涙が溢れるのを何とか堪える。
 高校生と言われても通じてしまうほど若い女性教諭のうちひしがれた様子に、小代はばつの悪い思いを覚えた。


 彼等がいるのは、舞鶴市倉梯小学校の二階教室である。
 本来であれば、避難は完了しているはずであった。しかし、そこには教師2名と男子2名、女子3名が取り残されていた。


 その原因は、五老ヶ岳及び白鳥峠に敷かれた第一次防衛線が突破されたことにあった。



無線交話

2012年 6月5日 

『ヱビス、ヱビス、こちらサッポロ。敵出現、数は数百。投降勧告に応答なし。現在、交戦中』
『ヱビス了解。現地点を固守せよ』
『サッポロ了解』

【現本より移動各局。白鳥陣地にマル被の集団が出現した模様。各局は警戒を厳にされたい】
【204了解。市バスによる避難は、現在のところ順調。引き続き誘導に当たる】

『ヱビス、こちらサッポロ。警告射撃を行うも、敵対行為に変化なし。正当防衛射撃に移行する』
『ヱビス了解』
『ヱビス、こちらキリン。キリン正面の敵、前進を開始した。約100名。警告を行う』
『ヱビス了解』

《避難バス各車、こちら舞鶴市交通局です。現在国道27号線五老ヶ岳及び県道28号線白鳥峠付近に暴徒の集団が現れました。注意してください》
《3号車了解。……本当に大丈夫だろうね?》
《自衛隊と警察が戦っています。──大丈夫です、きっと》

『ヱビス、こちらサッポロ。敵第一波を撃退した。敵の損害は100名以上、我に損害なし。残弾80%』
『ヱビス了解。後続の動静知らせ』
『サッポロ了解──あー、後続第二波前進を開始する模様。引き続き迎撃に当たる』
『ヱビス、ヱビス、こちらキリン──敵第一波を撃退した。約100名を撃破した。被害なし。ただし、弾薬消費が大きい』
『キリン、こちらヱビス。陣地防衛は可能か?』
『可能だが、弾倉が足りない。補給を要請する』
『ヱビス、サッポロ。射撃開始!射撃開始!敵第二波は構わず進んでくる。射撃効果大』
『ヱビス了解』

[ヘクトアイズ01、ベアード04。現場上空到着。視程10キロ以上、シーリングなし。陣地守備隊と敵の交戦を認む。送レ]
[ベアード04、ヘクトアイズ01。以後、この波にて海自管制とコンタクトせよ。コールサイン【クレインネスト】、送レ]
[ベアード04了解。終ワリ]

『──ヱビス、こちらサッポロ。敵第二波と交戦中。数十名ずつの集団が突撃を繰り返してくる。我が方の火力で撃退は容易。……あいつらどうかしてるぞ』
『ヱビス了解。弾薬消費に留意せよ。キリンは苦労しているようだ』
『サッポロ了解。こっちは正面が狭いから、五老よりは楽だ。──上空にヘリを視認した。陸さんか?』
『その通り。残念ながらまだ偵察ヘリだけだ。コールサイン【ベアード04】』
『サッポロ了解』

〔警報、警報、警報、各局、各局、各局、こちらは舞鶴保安、舞鶴保安、舞鶴保安、現在発令中の航行警報をお知らせします。
 舞鶴港、宮津港及び付近沿岸部は、現在航行禁止区域に指定されています。付近航行中の船舶は、陸岸から5マイル圏内に近付かないよう注意してください。
 若狭湾の航行は海上自衛隊及び海上保安庁の艦船が最優先されます。国際VHF16chをガードしてください。続いて避難船舶の受入れ港について──〕

[──ネスト。クレインネスト、ベアード04]
[ベアード04、クレインネスト感度良好]
[ベアード04了解。現在五老ヶ岳上空。エンジェルゼロポイントツー。日没までオンステーション可能。送レ]
[クレインネスト了解。陣地守備隊、コールサイン【キリン】及び【サッポロ】、HQ【ヱビス】]
[ベアード04了解。現在【キリン】正面、敵突撃を続行中。後方300から敵の支援射撃あり。送レ]
[クレインネスト了解。持ちそうか?]
[【キリン】は火力をうまく使っている。防衛は可能だろう]
[クレインネスト了解。ベアード04は敵の対空火器に注意しつつ、次は【サッポロ】上空に移動されたい]
[ベアード04了解。ワイバーンが襲って来たら逃げるよ。終ワリ]

『ヱビス、こちらサッポロ。敵第四波を迎撃中!陣地前は酷い有り様だ……』
『サッポロ、こちらヱビス。敵の動静を知らせ』
『敵集団約800名のうち、300は倒した。人間じゃない連中も混ざっている』
『どういう、意味か?』
『こちらサッポロ。敵の一部は人に似ているが、人とは違う。何だかわからない』
『サッポロ、こちらヱビス。正確に報告せよ』
『……こちらサッポロ。また来やがった。敵第五波接近中!射撃を開始する──畜生、いくらでも来やがれッ!』

[クレインネスト、ベアード04、現在【サッポロ】上空。【サッポロ】は白鳥トンネル入口に構築した陣地で間違いないか?送レ]
[ベアード04、クレインネスト。間違いなし]
[ベアード04了解。──下は派手にやっている。送レ]
[ベアード04、クレインネスト。味方は優勢か?]
[敵は陣地に近づけないようだ。【サッポロ】は優勢に戦っている。送レ]
[クレインネスト了解]

『ヱビス、こちらキリン。現在、敵集団の制圧射撃を受けている』
『こちらヱビス。制圧射撃は重火器か?』
『──ネガティブ。長射程の弓矢によるもの。現在のところ被害なし』

【現本より移動各局、五老ヶ岳及び白鳥陣地での戦闘が本格化している。マル被を発見した場合は、受傷事故に注意し、身柄を確保せよ】
【201より現本。陣地が突破されたのか?】
【いや、両陣地とも健在だ】
【101より各局。五老ヶ岳陣地は現在もマル被の集団と交戦中。──機関銃ってのは、凄まじい】
【こちら102。終わったあとの検死が大変だ。市民の避難はよろしく頼む。こちらは、任せろ!】

「──はい、今のところ順調に避難が進んでおります。はい、はい、自衛隊から先程連絡がありまして、防衛は可能だとのことです。
 はい、職員総出で全力を尽くしております。市長には九割が避難を完了し、残りも間もなくとお伝えください」

《交通局、こちら避難バス3号車です、どうぞ》
《はい、こちら舞鶴市交通局です。どうしましたか?》
《あー、3号車の夜久野やけど、いま倉梯小学校の校庭です。どうも、子供が何人か見当たらんらしい。先生が探しに行っとる》
《……事故ですか?》
《いやいや、なんか「怖いから動けない」とかなんとかで。校舎の中に隠れてもうたらしいんや。もう少し、待ってみますわ》
《他に避難していない人はいますか?》
《その辺は4号車に頼んだわ。自衛隊、勝ってるんやろ?》
《はい、大丈夫と連絡がありました。何かありましたら連絡をお願いします。どうぞ》
《はい、はい。3号車以上です》



『ヱビス!ヱビス!こちらキリン!敵の制圧射撃により機関銃座がやられた!』
『キリン、ヱビス。敵は重火器を使ったのか?』
『違う!矢だ!凄い威力の矢の雨だ。畜生!』
『キリン、ヱビス。防戦は可能か?』
『全力で射撃中だが、白兵になるかもしれん!やるだけやってみる』

[ベアード04、クレインネスト。【キリン】に異状あり。上空より状況を偵察し、報告されたい]
[ベアード04了解。【キリン】に向かう。終ワリ]

『ヱビス、こちらサッポロ。こちらは異状なし。敵は息切れしたらしい。攻めてこなくなった』
『サッポロ、こちらヱビス。敵は撤退しているか?』
『──何だ?あいつら、腹いせに家を焼き始めた。死体の山と、煙で視界が悪化している。ヘリで見えないか?』
『ベアード04は【キリン】に向かった。サッポロは、引き続き陣地を防衛せよ』
『サッポロ了解』

【101より現本。機関銃がやられた。全機材を投入し、陣地への突入を阻止する】
【現本了解】

[クレインネスト、ベアード04。【キリン】上空に移動した。送レ]
[【キリン】の状況を知らされたい]
[了解。現在、敵兵が陣地に突入しつつ……いや、訂正する。警官隊が反撃している。やったぞ。敵は突入に失敗した。送レ]
[クレインネスト了解]

『ヱビス、こちらキリン。敵を撃退した。機動隊のお陰で助かった』
『ヱビス了解。被害状況知らせ』
『機関銃座が壊滅。細部は不明だが、死傷者あり。確認中。なお、敵は突撃発起点まで後退した。与えた損害は約300以上』
『ヱビス了解』

[緊急!緊急!クレインネスト、こちらベアード04!【サッポロ】周辺の側道に敵が浸透している!やつら山を越えているぞ!]
[ベアード04、数は分かるか?]
[葉が繁っていてよく見えない。しかし、かなりの数だ。このままだと、陣地の背後にまわられちまうぞ!]

『サッポロ、サッポロ、こちらヱビス。ベアード04から敵が浸透していると通報があった。異状ないか?』
『こちらサッポロ。現在のところ異状な──おい、どうした?騒がしいぞ』
『サッポロ、こちらヱビス。敵が左右の山道を浸透中。陣地後背に注意せよ』
『……』
『……サッポロ、こちらヱビス。感度どうか?』
『──陣…後方に敵…浸透を……けた。現──。』
『サッポロ、状況知らせ。撃退は可能か?』
『──だっ!陣……入られ…!畜生。三人…られた』
『再送、聞こえないぞ!状況はどうなっている』
『──撤……る。陣地……は困──』

【102より、現…。トンネル出口側か………被が侵入した。自衛隊に被害が大きい。現地点の維持は困難。これより脱出する】
【現本了解。脱出は可能か?】
【──くそ、周り中小鬼だらけだッ!側道に回り込まれたのに気づかなかった。車両での突破を試みる!】
【現本了解。各局、各局。白鳥陣地が突破された!繰り返す。白鳥陣地が突破された!マル被の侵入に備え、市民の避難を急げ】

[クレインネスト、ベアード04。【サッポロ】が突破された。現在敵は県道を東に浸透中。──なお、【サッポロ】の脱出を確認した。送レ]
[クレインネスト了解]

《避難バス各車、こ、こちら舞鶴市交通局です。暴徒の集団が白鳥峠を越えて市内へ向かっています。各車は警察官の指示に従い、速やかに退避してください》
《こちら2号車!なんやって?自衛隊はどうしたんや!?》
《こちら6号車。いま国立病院だ。どっちに逃げればいい?》
《こちら3号車。まだ子供と先生が帰ってこん!》
《か、各車は落ち着いて、警察官の指示に従い、退避してください》



『キリン、こちらヱビス』
『こちらキリン。サッポロがやられたのか?』
『こちらヱビス。残念ながらその通りだ。敵が白鳥峠を越えた。このままだと、敵が道芝トンネルからキリンの背後に回り込む恐れがある』
『──そうか、白鳥街道から道芝トンネルで、ちょうどこちらの後方に道が繋がっているな……』
『さらに悪いことに、北吸地区から市役所前にも繋がっている。このままだと、包囲される』
『ヱビス、こちらキリン……どうする?』
『こちらヱビス。キリンは現地点を放棄し、総監部前まで後退。サントリーと合流せよ』
『……折角守り切ったってのに──了解、復唱する。キリンは現地点を放棄し、サントリーに合流する』

【204より現本!来たッ、来たぞ!現在、森本町。マル被の集団を視認した!】
《こちら3号車。もうしばらく待ってみるわ。子供を残して逃げたら、母ちゃんにどやされるしな》
【現本より各局。204より入電、森本町でマル被を視認。避難は前島埠頭または舞鶴教育隊に誘導せよ。福井方面は通行不能】
《3号車、こちら舞鶴市交通局です。まもなく倉梯町に暴徒の侵入が予想されます。早く、早く逃げてください!》
『こちらサッポロ。敵と交…戦中!何とかどこかで立て直したい!誘導願う!』
[クレインネスト、ベアード04。小学校の校庭にバスが停車している。避難を急がせた方がいい──]
『サッポロ、こちらヱビス。舞鶴線を利用して迎撃する。東舞鶴駅に向かえ』
《こちら3号車!あかん、囲まれたッ!助けてくれェ》
《逃げてッ、逃げてください!》
『ヱビスより全隊。敵が東舞鶴地区に侵入した。各個に敵を阻止せよ!』
【こちら204。数が多すぎる!退避する】



京都府舞鶴市長浜 海上自衛隊舞鶴飛行場
2012年 6月5日 17時12分


 海上自衛隊舞鶴航空基地の格納庫には、現在1機の航空機も収められていない。そのため格納庫内は閑散としているはずであった。
 しかし、格納庫内は喧騒に満ちている。その原因は格納庫の一角を占めた異物たちにあった。

 広々とした格納庫の片隅に古びたホワイトボードが1台置かれている。その周囲にはパイプ椅子と長机が乱雑に並べられていた。
 長机の上には防水シートが敷かれ、64式小銃や9㎜機関けん銃が並べられている。
 その周りも雑然としていた。
 背納、88式鉄帽、水筒、弾倉、防弾衣等の個人装具が、思い思いの位置に置かれていた。
 二等海士の頃から整理整頓、定所格納を叩き込まれている整備員たちが見たら、確実に怒り狂う光景である。

 何よりの異物は、ホワイトボードにの周りに座る、濃紺と迷彩の男達──『みょうこう』立入検査隊員 と舞鶴陸警隊機動班員であった。

 彼等は、無線から聞こえる交話の内容に熱心に聞き入っていた。隊員たちは、無線から漏れ聞こえる戦況に一喜一憂している。
 気は逸っている。無線機から市内各地から交戦状況の報告が、洪水のように流れてくるためである。
 しかし、予備兵力として拘置されている彼等に出動命令は未だ下されず、待機場所とされた格納庫の一角で、じりじりとした時間を過ごすことを強いられていた。

 通信員が無線機のボリュームをあげた。歪んだ声が、格納庫の天井に反響する。
 戦況は大きく動いていた。
 隊員たちは白鳥陣地及び五老ヶ岳陣地に敵が押し寄せたとの報告に唸り、敵の攻勢を撃退したという報告には、歓声で応えた。

 そして──。

『──陣…後方に敵…浸透を……けた。現──。』
『状況知らせ。撃退は可能か?』
 白鳥陣地からの通信は、音声が断続的に途切れ、内容がはっきりしない。
『──だっ!陣……入られ…!畜生。三人…られた』
『再送、聞こえないぞ。状況はどうなっている』
『──撤……る。陣地……は困──』
 白鳥陣地からの通信は、激しい雑音と共に途絶えた。交話の状況から陣地守備隊に異常事態が発生したことは確実であった。

「──一体何が起きたんだ?一度は敵を撃退した筈だろう」
 興奮と虚脱が入り交じったどこか不安定な表情をした、妻木二曹が呟いた。
 周囲の者も同じ疑問を抱いていた。

 そこからの30分程は、万全に見えた自衛隊と警察による舞鶴市の防衛計画が、実は綻びが一つ生じるだけで連鎖的に崩壊する程余裕のないものであったことを明確に示していた。
 背後に浸透された白鳥峠陣地守備隊は、損害を出しつつ市街地に撤退。JR東舞鶴駅で再編成を試みている。
 一方エレウテリオ騎士団主力を撃退した五老ヶ岳陣地守備隊も、白鳥街道から背後に回り込んだ敵に包囲されることを恐れ、総監部前予備陣地に後退した。
 警察諸隊は必死に、残された市民を、前島埠頭、舞鶴教育隊などの脱出拠点へ誘導していた。
 防衛ラインを突破されたことで、各部隊は主導権を失っていた。
 これに対し舞鶴地方総監部は、防衛ラインを総監部前及びJR東舞鶴駅周辺まで後退させ、確保されている港湾及び自衛隊施設から市民を海へ逃がそうと考えていた。

 そのためには敵を食い止めるための兵力が必要であった。

「陸警隊機動班集合ッ!」
 格納庫の高い天井に指示が反響する。十名の武装した隊員が素早く整列した。
 陸上自衛隊と同じⅡ型迷彩と88式鉄帽に、弾帯・サスペンダーを装着し、その上から黒の防弾チョッキを着用している。
 武装は64式7.62㎜自動小銃と特殊警棒であるが、陸自と異なり破片手榴弾は装備していない。
 これから数百の敵を食い止めるために出撃する兵としては、軽武装に過ぎた。

 だが、士気は旺盛である。散々待たされた彼らは、仲間の危機に猛っていた。
「注目!機動班は市街地に侵入した敵を迎え撃つため、JR東舞鶴駅に進出する」
 機動班長が鋭い声で命じる。
「東駅には白鳥峠守備隊が撤退しつつある。彼らを収容し駅舎を盾に敵を食い止める」
「了解!」
「よし、かかれッ!」
 機動班員は張りのある声で応答し、2台のパジェロに乗り込んだ。
 最後の一人が後部座席に飛び込む。
「お先に!」
 助手席の陸警隊三曹が、キザな仕草で敬礼をした次の瞬間には、派手なエンジン音と濃い排気ガスを残して、二台は基地のゲートへと走り去った。
 残された隊員たちは咳き込みながら彼らを見送った。
 舞鶴航空基地から東駅までは約10分。到着と同時に、激しい防衛戦闘に忙殺されることになるだろう。


 みょうこう立入検査隊先任海曹である可児は、右頬に視線を感じた。
「で、俺らはまた待機ですか……?」
 先を越されて悔しいのだろう。第二班長の妻木二曹が、拗ねた口調で可児に言った。
「やばいんでしょう?我々はここにいていいんですか?」
 三班長斉藤二曹も続く。
 可児は、ぐるりと頭を巡らせ周囲を見渡すと、先程艦から届いた話を思い出した。
 彼がその内容を隊員に伝えようとしたとき、視界の隅によたついた足取りで駆けてくる指揮官明智一尉の姿が入った。

 可児は言った。

「心配するな。いまからお前らも散々こき使われる」

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