10 救出部隊
京都府舞鶴市上空
2012年 6月5日 18時07分
2012年 6月5日 18時07分
太陽が沈もうとしていた。
西に大きく傾いた太陽の光が、まばらに浮かぶ雲を赤く染め上げている。もう幾らもしないうちに舞鶴市は黄昏時を迎えようとしていた。
その中を2機のSH-60J哨戒ヘリコプターが、南へ向かっていた。
白い機体の右側面は西日を反射して煌めき、機体に2基備えられたゼネラル・エレクトリック/IHI製T700-IHI-401C発動機が爆音を響かせている。
ローターブレードが大気を切り裂き、6トンを超える重量を持つ機体を、力強く前進させていた。
その中を2機のSH-60J哨戒ヘリコプターが、南へ向かっていた。
白い機体の右側面は西日を反射して煌めき、機体に2基備えられたゼネラル・エレクトリック/IHI製T700-IHI-401C発動機が爆音を響かせている。
ローターブレードが大気を切り裂き、6トンを超える重量を持つ機体を、力強く前進させていた。
護衛艦みょうこう立入検査隊第2班長、妻木敏明二等海曹は、2番機のキャビン内にいた。
彼は濃紺の警備服の上に88式鉄帽とプレート入の防弾ベストを装着し、右の太股には9㎜拳銃をぶら下げている。
身体やベストのあちこちに装備品をゴテゴテと取り付け、胸に64式小銃を抱いた彼の表情は、目を保護するダストゴーグルに隠されて窺えない。
彼と同じ様な装備に身を固めた立入検査隊員達5名もまた、彼等を収容するために吊下式ソーナーから座席に至るまでを取り払ったキャビンの床で、小さくなって座り込んでいた。
唯一人センサーマンだけが、機体の左側面のバブルキャノピーに頭を突っ込み、空と地上に目を光らせていた。
彼は濃紺の警備服の上に88式鉄帽とプレート入の防弾ベストを装着し、右の太股には9㎜拳銃をぶら下げている。
身体やベストのあちこちに装備品をゴテゴテと取り付け、胸に64式小銃を抱いた彼の表情は、目を保護するダストゴーグルに隠されて窺えない。
彼と同じ様な装備に身を固めた立入検査隊員達5名もまた、彼等を収容するために吊下式ソーナーから座席に至るまでを取り払ったキャビンの床で、小さくなって座り込んでいた。
唯一人センサーマンだけが、機体の左側面のバブルキャノピーに頭を突っ込み、空と地上に目を光らせていた。
妻木は、焦燥感に身を焦がされる想いでいた。普段は常におどけた態度で周囲を笑わせたり、呆れさせたりしている妻木だが、今その面影はない。
ああ、自分は焦っているな。妻木は分割した意識の一部分でそう思った。熟練したSPY員である彼は、同時に複数の思考を処理できるよう普段から訓練されている。
現在、彼の思考の大部分はヘリが目的地に着いてからのことで占められていた。
何度も確認した手順をなぞり、失敗を想定し、対処法を考え、想定外の事態を想定しようとしては、上手く行かずにまた最初に戻る。
思考の迷宮に迷い込んでいるのだった。
現在、彼の思考の大部分はヘリが目的地に着いてからのことで占められていた。
何度も確認した手順をなぞり、失敗を想定し、対処法を考え、想定外の事態を想定しようとしては、上手く行かずにまた最初に戻る。
思考の迷宮に迷い込んでいるのだった。
これは、拙いな。俺らしくもない。畜生、とっとと着いてくれ。
妻木は、自分を焦らせている原因となった、ブリーフィングの内容を思い出した。
妻木は、自分を焦らせている原因となった、ブリーフィングの内容を思い出した。
「今から20分ほど前、『教師と子供が取り残されている』と警察に通報があった」
立入検査隊先任海曹、可児一曹の言葉に隊員達が顔色を変えた。
「通報者によれば、同僚の教師から救助を求めるメールが届いたそうだ。どうやら校舎内に取り残されているらしい」
ホワイトボードに貼られたA4の紙にはにはこう書かれていた。『おとなふたりこども5人倉梯小たすけて』
切羽詰まったメールの内容に、隊員達が低く唸った。
「同時期に、市の交通局からも『倉梯小にまだ誰か取り残されている。バスが救助に残ったが、連絡が途絶えた』と通報があった」
可児は立検隊員を見渡すと、殊更にゆっくりと続けた。立検隊員達の中には身を乗り出すものもいた。
「警察は要救助者が存在すると判断し、総監部に支援を要請してきた。現場は既に敵の制圧下にあり、警察では対処できない。よって──」
立入検査隊先任海曹、可児一曹の言葉に隊員達が顔色を変えた。
「通報者によれば、同僚の教師から救助を求めるメールが届いたそうだ。どうやら校舎内に取り残されているらしい」
ホワイトボードに貼られたA4の紙にはにはこう書かれていた。『おとなふたりこども5人倉梯小たすけて』
切羽詰まったメールの内容に、隊員達が低く唸った。
「同時期に、市の交通局からも『倉梯小にまだ誰か取り残されている。バスが救助に残ったが、連絡が途絶えた』と通報があった」
可児は立検隊員を見渡すと、殊更にゆっくりと続けた。立検隊員達の中には身を乗り出すものもいた。
「警察は要救助者が存在すると判断し、総監部に支援を要請してきた。現場は既に敵の制圧下にあり、警察では対処できない。よって──」
可児は巌の様な顔に笑みを浮かべると、叩きつけるように言った。
「我々は要救助者の救出のため出動する!喜べ小僧共──出番だ!」
可児の言葉に対して、間髪入れず男たちの叫びが返ってきた。彼らは焦れていた。その鬱憤を晴らす機会が訪れたのだった。
可児は満足気に口を歪め、指揮官である明智一尉を一瞥した。明智が控え目に頷くのを確認すると、作戦計画の示達を始めた。
可児の言葉に対して、間髪入れず男たちの叫びが返ってきた。彼らは焦れていた。その鬱憤を晴らす機会が訪れたのだった。
可児は満足気に口を歪め、指揮官である明智一尉を一瞥した。明智が控え目に頷くのを確認すると、作戦計画の示達を始めた。
「作戦は単純だ。2機のヘリで倉梯小のグラウンドに降りて、取り残されている先生と子供を助け出す」
可児が続ける。
「俺達は、子供らがヘリに乗って飛び立つまで、そこを守りきればいい」
第3班長斎藤二曹が質問した。
「俺らはどうやって帰るんです?残りのヘリ1機には全員乗れんでしょう?」
「ヘリは子供らを送ったあと、戻ってくる。それまで、グラウンドを確保する」
「周り中敵だらけですよ!?」
斎藤の悲鳴のような問いかけに対し、可児は事も無げに言った。
可児が続ける。
「俺達は、子供らがヘリに乗って飛び立つまで、そこを守りきればいい」
第3班長斎藤二曹が質問した。
「俺らはどうやって帰るんです?残りのヘリ1機には全員乗れんでしょう?」
「ヘリは子供らを送ったあと、戻ってくる。それまで、グラウンドを確保する」
「周り中敵だらけですよ!?」
斎藤の悲鳴のような問いかけに対し、可児は事も無げに言った。
「確保が無理な場合は、徒歩で東舞鶴駅まで脱出する」
「なんてこった」
「なんてこった」
可児も表情ほど内心に余裕があるわけではない。綿密な計画を立てるには、時間が全く足りなかった。取り残されている教師(若い女性らしい)との連絡は、途絶えている。メールすら出来ない状況に置かれているようだった。
事態は一刻を争うと総監部は判断した。このため、何とも乱暴な作戦が立案されたのだった。
事態は一刻を争うと総監部は判断した。このため、何とも乱暴な作戦が立案されたのだった。
「ヘリから、周りの連中を吹き飛ばしたらどうですか?」
妻木二曹が不満げな口振りで言った。救出作戦に異論は無いが、色々できることがあるだろう、と思っている。
「ヘリからの機銃掃射は許可されていないんだ」
すまなそうな口調で、明智一尉が言った。妻木が反発する。
「何でできないんですかッ!」
妻木二曹が不満げな口振りで言った。救出作戦に異論は無いが、色々できることがあるだろう、と思っている。
「ヘリからの機銃掃射は許可されていないんだ」
すまなそうな口調で、明智一尉が言った。妻木が反発する。
「何でできないんですかッ!」
「──妻木、お前の下宿森本町だったな。大家の婆さん元気か?」
可児が口を挟んだ。
「は?まぁ元気ですよ。こないだもいらないって言ってんのに米とか野菜とか持ってきて……それが何か関係あるんですか?」
「大家の婆さんが避難したかどうか確認がとれていない。市内のあちこちで同じ状況だ。市側が大混乱なんだ。お前、この状況で──撃てるか?」
妻木は答えることができなかった。
可児が口を挟んだ。
「は?まぁ元気ですよ。こないだもいらないって言ってんのに米とか野菜とか持ってきて……それが何か関係あるんですか?」
「大家の婆さんが避難したかどうか確認がとれていない。市内のあちこちで同じ状況だ。市側が大混乱なんだ。お前、この状況で──撃てるか?」
妻木は答えることができなかった。
エレウテリオ騎士団の侵入により、舞鶴市の避難誘導は混乱した。なりふり構わず避難を急いだ結果、収容先での人員の把握がおろそかになったのだった。
その結果、自衛隊は民間人誤射の可能性がある攻撃手段を自制せざるを得なくなった。市街地には民間人がいない、と断言できないためである。混乱の原因を考えれば、自業自得と言われても仕方がなかった。
その結果、自衛隊は民間人誤射の可能性がある攻撃手段を自制せざるを得なくなった。市街地には民間人がいない、と断言できないためである。混乱の原因を考えれば、自業自得と言われても仕方がなかった。
ミーティングが終わる頃、整備員が離陸用意が整ったことを報告してきた。可児は周囲を見渡した。全員が今すぐにでも走り出しそうな様子だった。
可児は明るい声で叫んだ。
可児は明るい声で叫んだ。
「よぅし小僧ども、クソヤロウどもから子供を助け出しに行くぞッ!」
「オゥ!」
「1班と3班は1番機、指揮官と2班は2番機に搭乗!準備でき次第離陸する。小僧ども、40秒で支度しろ。かかれッ!」
れ、の音が発せられる前に、隊員たちは弾かれたように動き出していた。
「よし、行くぞ!第3班搭乗かかれッ!」
「愚図愚図すんな!走れ走れ走れ!」
「オゥ!」
「1班と3班は1番機、指揮官と2班は2番機に搭乗!準備でき次第離陸する。小僧ども、40秒で支度しろ。かかれッ!」
れ、の音が発せられる前に、隊員たちは弾かれたように動き出していた。
「よし、行くぞ!第3班搭乗かかれッ!」
「愚図愚図すんな!走れ走れ走れ!」
妻木も、自分の班員とともに、ヘリに向けて走り出した──。
妻木は我に返り、ふと班員の様子が気になった。彼は隣に座る進士三曹の顔を覗き込んだ。
進士は、人の良さそうな丸顔にびっしりと汗を浮かべ、一点を見つめていた。小刻みに震えている。極度の緊張状態に置かれていた。
おいおい、ガチガチじゃねぇか。しょうがない、ジョークの一つでも披露してやるか。
妻木がくだらない冗談を言うのは、彼なりのリラックス法であった。彼は適度な軽口は、任務遂行に役立つと信じていた。
進士は、人の良さそうな丸顔にびっしりと汗を浮かべ、一点を見つめていた。小刻みに震えている。極度の緊張状態に置かれていた。
おいおい、ガチガチじゃねぇか。しょうがない、ジョークの一つでも披露してやるか。
妻木がくだらない冗談を言うのは、彼なりのリラックス法であった。彼は適度な軽口は、任務遂行に役立つと信じていた。
だが、彼は躊躇した。冗談を言おうと顔を上げたところで、機内がエンジンとローターブレードの発する轟音に包まれていることを思い出したのだった。
馬鹿でかい声で叫ばなきゃ、誰も気付かないな。止めた。ジョークは叫ぶもんじゃねぇし、『え?聞こえなかったので、もう一回言ってください』なんて言われたら最悪だ。
それに──。
馬鹿でかい声で叫ばなきゃ、誰も気付かないな。止めた。ジョークは叫ぶもんじゃねぇし、『え?聞こえなかったので、もう一回言ってください』なんて言われたら最悪だ。
それに──。
「まもなく目的地上空!降下に備えてください!」
センサーマンが叫んでいた。彼は大きな仕草で機体前方を示す。1番機が機体をバンクさせ、降下態勢を取りつつあった。
眼下には舞鶴市街。徐々に薄暗くなる街のあちこちに、敵が見えた。実のところ、飛行場を離陸してから5分も経っていなかった。
妻木は、いつの間にかカラカラに乾いていた唇を湿らせると、機内の騒音に負けないよう声を張り上げた。
センサーマンが叫んでいた。彼は大きな仕草で機体前方を示す。1番機が機体をバンクさせ、降下態勢を取りつつあった。
眼下には舞鶴市街。徐々に薄暗くなる街のあちこちに、敵が見えた。実のところ、飛行場を離陸してから5分も経っていなかった。
妻木は、いつの間にかカラカラに乾いていた唇を湿らせると、機内の騒音に負けないよう声を張り上げた。
「1番機が降りるぞ!キャビンドア開け。支援射撃用意!」
キャビンドアが開け放たれると、合成風が妻木の顔を叩いた。生温い風は、硝煙と──微かな血の臭いがするように思えた。
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校
2012年 6月5日 17時52分
2012年 6月5日 17時52分
時間が過ぎるほど、教室の空気は重苦しいものとなっていた。日が傾き、夜が迫っているのが分かる。このまま夜を迎えると思うと、恐怖で胃が握りつぶされそうだった。
教室の中で必死に息を潜める香住ほのかの中に、絶望が広がり始めていた。
教室の中で必死に息を潜める香住ほのかの中に、絶望が広がり始めていた。
救助が来る様子は全く無かった。時間が経つにつれて、付近には得体の知れない雄叫びや、馬の嘶く声が増えていた。
暴徒が周りを取り囲んでいるに違いなかった。
どうしよう。どうしよう。逃げられない。
大学を出たばかりの彼女にとって、現状は荷が勝ちすぎた。パニックにならないだけでも、幸運であると言えた。
実際、幾度かそうなりかけたのだが、その度に彼女の胸の中で震えている子供たち──彼女の教え子たちの存在が、ほのかを踏み留まらせていた。
暴徒が周りを取り囲んでいるに違いなかった。
どうしよう。どうしよう。逃げられない。
大学を出たばかりの彼女にとって、現状は荷が勝ちすぎた。パニックにならないだけでも、幸運であると言えた。
実際、幾度かそうなりかけたのだが、その度に彼女の胸の中で震えている子供たち──彼女の教え子たちの存在が、ほのかを踏み留まらせていた。
そう、この子たちだけでも。わたしが守らなきゃ。
「増えてきよるなぁ……。」
心底残念そうな口調で、先輩教諭の小代英樹がつぶやいた。彼は校庭を覗き込んでいた。そこには、時間と共に甲冑を纏った男たちや、化け物の姿が増えていた。
「どうして、集まっているんでしょう?」
ほのかは恐る恐る訊ねた。普段口うるさい小代だが、今は唯一頼れる存在である。
「……多分、軍隊を休ませる場所にするんとちゃうやろか?校庭や体育館があるやろ。人をぎょうさん収容できるから」
小代の言葉に含まれる不吉な響きに、ほのかは気付いた。
心底残念そうな口調で、先輩教諭の小代英樹がつぶやいた。彼は校庭を覗き込んでいた。そこには、時間と共に甲冑を纏った男たちや、化け物の姿が増えていた。
「どうして、集まっているんでしょう?」
ほのかは恐る恐る訊ねた。普段口うるさい小代だが、今は唯一頼れる存在である。
「……多分、軍隊を休ませる場所にするんとちゃうやろか?校庭や体育館があるやろ。人をぎょうさん収容できるから」
小代の言葉に含まれる不吉な響きに、ほのかは気付いた。
「じゃあ、きっと校舎にも……」
「入ってくるやろなぁ……いや、入ってきたみたいや」
ほのかは教室の入口ドアを見た。普段何気なく出入りしているドアの向こうが、あの世とか地獄と呼ばれる場所に繋がっているように思えた。
「入ってくるやろなぁ……いや、入ってきたみたいや」
ほのかは教室の入口ドアを見た。普段何気なく出入りしているドアの向こうが、あの世とか地獄と呼ばれる場所に繋がっているように思えた。
──突然、音楽が流れた。
明るいメロディーが、教室の重苦しい空気を掻き乱した。ほのかはそれが日曜日の朝に放送されている子供向けのアニメの主題歌であることに気付いた。
しかし、今の彼女たちにとっては呪いと変わりなかった。
しかし、今の彼女たちにとっては呪いと変わりなかった。
見つかってしまう!一体どこから?
音は、ほのかにしがみついた少女の携帯電話から鳴っていた。恐らく、心配した親がかけたのだろう。
少女は慌てて音を消そうとしたが、上手くいかなかった。泣きそうになっている。
少女は慌てて音を消そうとしたが、上手くいかなかった。泣きそうになっている。
ほのかには携帯電話のメロディーが校舎中に響き渡っていると思った。身体が動かない。
小代が動いた。
小代が動いた。
「堪忍な、まみちゃん」
小代は携帯を取り上げると、窓を開け外に放り投げた。ピンク色の携帯電話は校庭に落ちて鳴り止んだ。
壊れたらしい。
壊れたらしい。
暴徒を呼び寄せる音は断てたものの、窓を開け携帯電話を放り投げるという行為は、確実に校庭にいる者たちの注意を引いてしまっていた。
ほのかは窓の外を見た。校庭にいる何人かが間違いなくこちらを見ていた。
ほのかは窓の外を見た。校庭にいる何人かが間違いなくこちらを見ていた。
逃げなきゃ!でも、どこに?どうやって?
頼みの小代も、自分の行為の結果に衝撃を受けていた。何かをつぶやいているが、聞こえない。胸に抱いた教え子たちが袖を引くのにも気付かない。音も視界も消えていき、世界が急速に遠ざかるような感覚を覚えていた。
ほのかは、もう一度外を見た。
頼みの小代も、自分の行為の結果に衝撃を受けていた。何かをつぶやいているが、聞こえない。胸に抱いた教え子たちが袖を引くのにも気付かない。音も視界も消えていき、世界が急速に遠ざかるような感覚を覚えていた。
ほのかは、もう一度外を見た。
──あの人たちはどうして空を見ているのだろう?
ほのかは不思議に思った。校庭にいる者たちは、もうこちらを見ていない。ほのかは彼らのように空を見上げた。
ほのかは不思議に思った。校庭にいる者たちは、もうこちらを見ていない。ほのかは彼らのように空を見上げた。
音が戻ってきた。
猛烈な風と音を引き連れて、白い何かが校庭に降り立とうとしていた。
小代が、言った。
「自衛隊や!助けが来たッ!」
ほのかは、ぼんやりと思った。
白い機体に赤い日の丸が、とてもきれいだな。
白い機体に赤い日の丸が、とてもきれいだな。
「齡五十を数えれば、大抵のことには驚かぬと思っていたが、まだまだ世は驚きに満ちていると見える」
エレウテリオ騎士団副団長セサル・ディ・アランサバル男爵は、馬上で唸っていた。
彼の周囲では、従士や兵が空を見上げて右往左往している。道の左手にある大きな建物(恐らく兵舎だろう)とその営庭の方角からは、脅えた馬の嘶きが聞こえていた。
「竜だ!竜がでたぞ!」
混乱の元凶は空にあった。
エレウテリオ騎士団副団長セサル・ディ・アランサバル男爵は、馬上で唸っていた。
彼の周囲では、従士や兵が空を見上げて右往左往している。道の左手にある大きな建物(恐らく兵舎だろう)とその営庭の方角からは、脅えた馬の嘶きが聞こえていた。
「竜だ!竜がでたぞ!」
混乱の元凶は空にあった。
アランサバルの手勢は、迂回機動により敵陣を突破した後、撤退する敵に食らいつきながら市街地に侵入していた。
陣地への突撃で配下のゴブリンの七割──約300と兵100を失ったものの、未だ手元には騎士20騎と兵200、弓兵70、ゴブリン100を残している。
敵の本拠を叩けば勝ちだ、という意識が兵たちの頭にあるため、士気は未だ高く維持されていた。
しかし、まもなく日が落ちる。夜戦は余程のことがない限り、兵を失うだけである。西方諸侯領軍の戦術常識からいけば、そろそろ野営地を確保すべきであった。
この為、アランサバルは先程発見した、兵を休ませるのに具合の良さそうな建物の中を調べさせようとしていた。
そこに竜が現れたのだった。
陣地への突撃で配下のゴブリンの七割──約300と兵100を失ったものの、未だ手元には騎士20騎と兵200、弓兵70、ゴブリン100を残している。
敵の本拠を叩けば勝ちだ、という意識が兵たちの頭にあるため、士気は未だ高く維持されていた。
しかし、まもなく日が落ちる。夜戦は余程のことがない限り、兵を失うだけである。西方諸侯領軍の戦術常識からいけば、そろそろ野営地を確保すべきであった。
この為、アランサバルは先程発見した、兵を休ませるのに具合の良さそうな建物の中を調べさせようとしていた。
そこに竜が現れたのだった。
「男爵殿、如何なさいますか!?」
配下の騎士が、すがるように言った。突然現れた白い竜に怯えているのだろう。
アランサバルは、配下の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。騎士が竜を怖がって何とする。
「狼狽えるなッ!あの奇怪な竜なら、昨日落としただろう」
アランサバルの言葉に、周囲の者は落ち着きを取り戻した。確かに、昨日現れた竜は魔導師の攻撃魔法と弓兵の射撃で落としていた。
アランサバルは二匹の竜を観察し、兵を腹に収めていることに気付いた。
配下の騎士が、すがるように言った。突然現れた白い竜に怯えているのだろう。
アランサバルは、配下の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。騎士が竜を怖がって何とする。
「狼狽えるなッ!あの奇怪な竜なら、昨日落としただろう」
アランサバルの言葉に、周囲の者は落ち着きを取り戻した。確かに、昨日現れた竜は魔導師の攻撃魔法と弓兵の射撃で落としていた。
アランサバルは二匹の竜を観察し、兵を腹に収めていることに気付いた。
あの竜は、軍竜か。ふん、余程この建物が大事と見える。
「魔導師を呼べ。それから、弓兵を集めよ。一斉に仕掛ける」
「ははッ」
一匹が地表に降りようとしていた。けたたましい鳴き声と共に、猛烈な風を起こしている。アランサバルのマントが風を受けて大きくはためいた。
アランサバルは馬首を巡らせると、副官に下知を下した。
「兵を建物に差し向けよ。彼処には何かある」
「御意」
「子爵の手勢はどの様な様子だ?」
「は、騎士団はエレウテリオ子爵の下知を受け、敵を追撃しております」
アランサバルは数秒間思案した。エレウテリオ子爵は、薄暮にさしかかっても攻め手をゆるめる気はないようだった。
ならば、儂も団長殿に倣おう。敵を叩いておかねば、野営もままならんしな。
「魔導師を呼べ。それから、弓兵を集めよ。一斉に仕掛ける」
「ははッ」
一匹が地表に降りようとしていた。けたたましい鳴き声と共に、猛烈な風を起こしている。アランサバルのマントが風を受けて大きくはためいた。
アランサバルは馬首を巡らせると、副官に下知を下した。
「兵を建物に差し向けよ。彼処には何かある」
「御意」
「子爵の手勢はどの様な様子だ?」
「は、騎士団はエレウテリオ子爵の下知を受け、敵を追撃しております」
アランサバルは数秒間思案した。エレウテリオ子爵は、薄暮にさしかかっても攻め手をゆるめる気はないようだった。
ならば、儂も団長殿に倣おう。敵を叩いておかねば、野営もままならんしな。
アランサバルは敵の追撃と、眼前の建物の制圧を決心した。
「さて、皆の者。我らは、ドラゴンスレイヤーの栄誉を手にする機会を得たぞ。競って名を上げよッ!」
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校
2012年 6月5日 18時12分
2012年 6月5日 18時12分
「下はクリアか?」
機長が怒鳴った。副操縦士は素早く頭を振り、地上を確認した。
「甲冑を着けた兵隊と変なばけものの他デッキクリアー!」
「よーし、降りるぞ。お客さんたち準備はいいな!」
機長が怒鳴った。副操縦士は素早く頭を振り、地上を確認した。
「甲冑を着けた兵隊と変なばけものの他デッキクリアー!」
「よーし、降りるぞ。お客さんたち準備はいいな!」
……それは、クリアーなのか?
可児は疑問に思ったが、機長が行けると判断したなら行けるのだろう。大体、今の可児達に深く考える贅沢は許されていなかった。
1番機に搭乗した可児達がまず地上に降り、周囲を確保する手筈だった。2番機が上空から支援射撃を開始している。
可児は疑問に思ったが、機長が行けると判断したなら行けるのだろう。大体、今の可児達に深く考える贅沢は許されていなかった。
1番機に搭乗した可児達がまず地上に降り、周囲を確保する手筈だった。2番機が上空から支援射撃を開始している。
「降りるぞ小僧ども!ケツを上げろ!」
可児は機内の隊員たちに怒鳴ると、キャビンドアに身体を向けた。ダウンウォッシュが機内に激しく吹き込み、ゴーグルなしでは目も開けられない。
地上が急速に近付いてきた。あと2メートル。
1メートル──。
可児は機内の隊員たちに怒鳴ると、キャビンドアに身体を向けた。ダウンウォッシュが機内に激しく吹き込み、ゴーグルなしでは目も開けられない。
地上が急速に近付いてきた。あと2メートル。
1メートル──。
機内が一度大きく揺れた。次の瞬間、浮遊感が消え、機内の隊員たちは着陸したことを知った。
可児が猛烈な勢いで怒鳴った。
「行け行け行け!周囲を確保しろ!」
魔王のような形相の可児に追い立てられ、第1班の班員2名が素早くキャビンドアから飛び出した。一人は左に64式小銃の銃口を向け、膝射姿勢をとる。もう一人は──こけた。
「痛ェ!」
「ば、莫迦やろう。なにしてんだ!」
「チョッキが重くて……」
可児が猛烈な勢いで怒鳴った。
「行け行け行け!周囲を確保しろ!」
魔王のような形相の可児に追い立てられ、第1班の班員2名が素早くキャビンドアから飛び出した。一人は左に64式小銃の銃口を向け、膝射姿勢をとる。もう一人は──こけた。
「痛ェ!」
「ば、莫迦やろう。なにしてんだ!」
「チョッキが重くて……」
彼らに続いて機外に飛び出した可児は、中腰のまま器用に倒れている班員を蹴飛ばすと、矢継ぎ早に指示を出した。
「第3班は玄関口を確保しろ!第1班は散開!道路側を警戒!おい、頭をあげるな。ローターが回っとる!……お前はさっさと起きろ」
続いて機外へと出た斎藤二曹に率いられた第3班の4名は、中腰の姿勢で校舎の玄関口に向けて駆け出した。
銃声が響く。ヘリに驚いて腰を抜かしていた敵に対し、1番機が制圧射撃を開始したのだった。
「道路側、敵がいます!」
傍らで班員が報告した。
「各個に撃て。頭を上げさせるな!」
可児は指示しながら、機内を振り返った。1番機に乗っていた全員が降りていた。操縦席を見る。機長がこちらを見ていた。
可児は左手の親指を立て、大きく腕を突き出した。機長が頷くと1番機のエンジン音が一段と大きくなり、ヘリは軍用機特有の力強さで、上昇を開始した。
まずは上手くいったか。あとは2番機が降りるまで、敵を寄せ付けないことだな。
「第3班は玄関口を確保しろ!第1班は散開!道路側を警戒!おい、頭をあげるな。ローターが回っとる!……お前はさっさと起きろ」
続いて機外へと出た斎藤二曹に率いられた第3班の4名は、中腰の姿勢で校舎の玄関口に向けて駆け出した。
銃声が響く。ヘリに驚いて腰を抜かしていた敵に対し、1番機が制圧射撃を開始したのだった。
「道路側、敵がいます!」
傍らで班員が報告した。
「各個に撃て。頭を上げさせるな!」
可児は指示しながら、機内を振り返った。1番機に乗っていた全員が降りていた。操縦席を見る。機長がこちらを見ていた。
可児は左手の親指を立て、大きく腕を突き出した。機長が頷くと1番機のエンジン音が一段と大きくなり、ヘリは軍用機特有の力強さで、上昇を開始した。
まずは上手くいったか。あとは2番機が降りるまで、敵を寄せ付けないことだな。
班員はそれぞれ膝射または伏射姿勢をとり、目に付いた敵に対して射撃を開始していた。今のところ敵が迫ってくる様子は無い。第3班長から無線が入った。
『クアーズ1、クアーズ3。校舎入口を確保した。校舎内で敵と交戦、2名射殺』
『クアーズ1了解。そのまま確保しとけ』
『了解』
全ては今のところ順調だった。我々は奇襲に成功したらしい。
『クアーズ1、クアーズ3。校舎入口を確保した。校舎内で敵と交戦、2名射殺』
『クアーズ1了解。そのまま確保しとけ』
『了解』
全ては今のところ順調だった。我々は奇襲に成功したらしい。
『クアーズ1、クアーズリーダー。マイヅル36進入開始』
『クアーズ1了解。下はクリアです。手早く願います』
『クアーズリーダー了解』
2番機に搭乗している明智一尉から、無線が入った。先程一度小さくなったヘリのローター音が急速に大きくなる。2番機が降りてきたのだった。
校庭の土は午前中の雨で湿っており、土埃を巻き上げる心配は無い。
可児は道路側に目をやった。先程までと何か違うと思った。何だ?この違和感は。
すぐに気付いた。身体を晒しておたついている敵が、いなくなったのだった。それでいて、気配は感じる。敵が統制を取り戻した証拠だった。
早く降りてきてくれよ。
可児は心の中で念じた。統制を取り戻した敵は、すぐに反撃に出ると分かっていた。早く遮蔽物に潜り込まないと、危険だった。
『クアーズ1了解。下はクリアです。手早く願います』
『クアーズリーダー了解』
2番機に搭乗している明智一尉から、無線が入った。先程一度小さくなったヘリのローター音が急速に大きくなる。2番機が降りてきたのだった。
校庭の土は午前中の雨で湿っており、土埃を巻き上げる心配は無い。
可児は道路側に目をやった。先程までと何か違うと思った。何だ?この違和感は。
すぐに気付いた。身体を晒しておたついている敵が、いなくなったのだった。それでいて、気配は感じる。敵が統制を取り戻した証拠だった。
早く降りてきてくれよ。
可児は心の中で念じた。統制を取り戻した敵は、すぐに反撃に出ると分かっていた。早く遮蔽物に潜り込まないと、危険だった。
「おら、行け行け行け!」
第2班長の妻木二曹の威勢の良い声が響いた。第2班員がヘリから飛び出てくる。
「先任!第2班ただいま参上!」
「声が震えてるぞ、妻木」
可児が道路を睨みながら答えると、妻木は口元を苦笑いの形に歪めた。そうこうしているうちに、2番機から明智一尉がよろめきながら降りてきた。
「可児一曹──何とか──降りれたよ」
明智はすでに汗塗れで、息も上がっていた。
「まだ、降りただけですよ──ッ!」
可児が応えようとした時、道路から飛来した矢が、足元に刺さった。それを合図にしたかのように、次々と矢が降り注ぐ。
「ここは、やばいッスよ!」
妻木が叫んだ。
「敵集団、道路側距離50!」
進士三曹が敵を発見し、警告した。そうしている間に、矢がヘリにも飛来し始めた。機体に当たり、硬質な音を立てる。ローターブレードに弾かれて、粉々になるものもあった。
「ど、どうする?」
明智が首を竦めて言った。
あんたかが決めないでどうする。可児は徒労感を覚えつつ、進言した。そのまま、矢の飛来方向に単射で3発小銃弾を撃ち込む。手応えは無い。
「校舎に入りましょう。要救助者の捜索に当たるべきです」
「そ、そうだね。その通りだ」
明智は人形の様に首を縦に何度も振ると、裏返った声で同意した。
「総員、校舎に走れェ!」
『クアーズ3、クアーズ2。今からそっちに行く。援護頼む!』
可児が命じ、妻木が第3班に無線で援護を要請した。
第2班長の妻木二曹の威勢の良い声が響いた。第2班員がヘリから飛び出てくる。
「先任!第2班ただいま参上!」
「声が震えてるぞ、妻木」
可児が道路を睨みながら答えると、妻木は口元を苦笑いの形に歪めた。そうこうしているうちに、2番機から明智一尉がよろめきながら降りてきた。
「可児一曹──何とか──降りれたよ」
明智はすでに汗塗れで、息も上がっていた。
「まだ、降りただけですよ──ッ!」
可児が応えようとした時、道路から飛来した矢が、足元に刺さった。それを合図にしたかのように、次々と矢が降り注ぐ。
「ここは、やばいッスよ!」
妻木が叫んだ。
「敵集団、道路側距離50!」
進士三曹が敵を発見し、警告した。そうしている間に、矢がヘリにも飛来し始めた。機体に当たり、硬質な音を立てる。ローターブレードに弾かれて、粉々になるものもあった。
「ど、どうする?」
明智が首を竦めて言った。
あんたかが決めないでどうする。可児は徒労感を覚えつつ、進言した。そのまま、矢の飛来方向に単射で3発小銃弾を撃ち込む。手応えは無い。
「校舎に入りましょう。要救助者の捜索に当たるべきです」
「そ、そうだね。その通りだ」
明智は人形の様に首を縦に何度も振ると、裏返った声で同意した。
「総員、校舎に走れェ!」
『クアーズ3、クアーズ2。今からそっちに行く。援護頼む!』
可児が命じ、妻木が第3班に無線で援護を要請した。
玄関口に陣取った第3班が小銃や機関拳銃を発砲する。銃弾が校庭と道路を隔てるフェンスや街灯に当たる度に、明るい火花を散らした。
敵の矢が、途絶えた。
可児達はその隙に校舎に向けて脱兎のごとく駆け出した。2番機はすでに高度を上げている。
敵の矢が、途絶えた。
可児達はその隙に校舎に向けて脱兎のごとく駆け出した。2番機はすでに高度を上げている。
十秒ほどで、総員が玄関口に駆け込むことに成功した。第3班員は、その隙に素早く弾倉を交換している。班長の性格を反映してか、そつがない。
隊員の多くが、息を切らしているなか、可児は平然としている。
隊員の多くが、息を切らしているなか、可児は平然としている。
「第1班で出入口を確保。第2、第3班は指揮官と共に、要救助者を捜索する。宜しいですね?」
可児は明智に訊ねた。息を切らしてしゃがみ込みそうになっている明智に、嫌も応も無かった。
「──任せる」
「水雷長、任せていただけるのはいいんですが、急いでください」
派手に交戦した結果、敵が増援を呼び寄せる可能性は高い。猶予はあまり無いのは明らかだった。
周囲の隊員の呆れ顔に囲まれた明智は、命令を発した。
可児は明智に訊ねた。息を切らしてしゃがみ込みそうになっている明智に、嫌も応も無かった。
「──任せる」
「水雷長、任せていただけるのはいいんですが、急いでください」
派手に交戦した結果、敵が増援を呼び寄せる可能性は高い。猶予はあまり無いのは明らかだった。
周囲の隊員の呆れ顔に囲まれた明智は、命令を発した。
「民間人を捜索、絶対に救出する。みんな、よろしく頼む」
水雷長にしては、気持ちの入った命令だな。可児は一瞬だけ口元に笑みを浮かべた。
明智一尉と通信員、2個検査班8名の計10名は、胸までの高さの下駄箱をすり抜け、校舎内に進入した。
最近の学校の常として、まず正面に職員室がある。廊下側の壁が全て窓になっていて、中が丸見えであった。逆に言えば、職員室から、校舎への人の出入りを教員が把握できる作りである。
「最近は、こんな作りなんだな」
「昔、どっかの誰かが学校で大暴れしたからな。……で、どうします?」
第3班長斎藤二曹が、明智に訊ねた。明智は、相変わらずの口調でおずおずと答えた。
「う。じゃあ、第3班は職員室を確認後向かって左側の各部屋を捜索。僕は、第2班と右に行くよ」
背後では、第1班の射撃音が鳴り響いている。それに対して、校舎内は嫌になるほど静かだった。
「一階の捜索が完了したら、報告してくれ。くれぐれも誤射だけはしないようにね」
「了解」
最近の学校の常として、まず正面に職員室がある。廊下側の壁が全て窓になっていて、中が丸見えであった。逆に言えば、職員室から、校舎への人の出入りを教員が把握できる作りである。
「最近は、こんな作りなんだな」
「昔、どっかの誰かが学校で大暴れしたからな。……で、どうします?」
第3班長斎藤二曹が、明智に訊ねた。明智は、相変わらずの口調でおずおずと答えた。
「う。じゃあ、第3班は職員室を確認後向かって左側の各部屋を捜索。僕は、第2班と右に行くよ」
背後では、第1班の射撃音が鳴り響いている。それに対して、校舎内は嫌になるほど静かだった。
「一階の捜索が完了したら、報告してくれ。くれぐれも誤射だけはしないようにね」
「了解」
「よーし、第2班集合。隊形とれ」
妻木の指示で班員が集合する。先頭の沢井三曹が、64式を突き出すように前方に向けた。
全員が触れ合うほど密着し、片手を前の隊員の肩に置いた。
「沢井前方警戒、土本と俺は側方、進士後ろな」
土本三曹と妻木は銃口を真下に向けた。電気の消えた校舎内は徐々に薄暗さを増していた。普段子供達の声で賑やかな場所が人の気配が絶えただけで、途端に不気味な雰囲気を溢れさせている。
妻木の指示で班員が集合する。先頭の沢井三曹が、64式を突き出すように前方に向けた。
全員が触れ合うほど密着し、片手を前の隊員の肩に置いた。
「沢井前方警戒、土本と俺は側方、進士後ろな」
土本三曹と妻木は銃口を真下に向けた。電気の消えた校舎内は徐々に薄暗さを増していた。普段子供達の声で賑やかな場所が人の気配が絶えただけで、途端に不気味な雰囲気を溢れさせている。
「お前ら、何イメージした?」
「バイオ」
「バイオ」
「メガテン」
「うん、よく分かる。夜の学校って怖いよな」
「マジ、やばいッス」
妻木は班員の態勢が整ったのを確認した。
「絶対に敵と確認してから撃つこと。リッカーが出ても泣かない。訓練通り行くぞ」
「了解。たまに天井見ます」
「了解。おっかねぇ」
「了解。仲魔には……出来ないですよね」
「バイオ」
「バイオ」
「メガテン」
「うん、よく分かる。夜の学校って怖いよな」
「マジ、やばいッス」
妻木は班員の態勢が整ったのを確認した。
「絶対に敵と確認してから撃つこと。リッカーが出ても泣かない。訓練通り行くぞ」
「了解。たまに天井見ます」
「了解。おっかねぇ」
「了解。仲魔には……出来ないですよね」
妻木の合図で四人は前進を開始した。重心を落とし、足音を消す。
理想通りにはいかないな。妻木は思った。装具はやたら雑音を立てるし、プレートの重みでまるで自分がアヒルの様だ。汗が吹き出る。ゴーグルが曇り、視界が狭まる。
ああ、畜生。俺の呼吸音がうるさいぞ。
理想通りにはいかないな。妻木は思った。装具はやたら雑音を立てるし、プレートの重みでまるで自分がアヒルの様だ。汗が吹き出る。ゴーグルが曇り、視界が狭まる。
ああ、畜生。俺の呼吸音がうるさいぞ。
先頭の沢井が止まった。
「左手前方、引き戸」
短い報告。妻木は腕と手の動きで指示を出した。土本がするすると前進し、ドアを開ける位置に着く。
最後尾の進士が準備よしを報告した次の瞬間、沢井を先頭に三名が教室内に突入した。
土本がドアを引く。沢井と妻木が左右に分かれ、銃口を前方に突き出した。素早くクリアリングを行う。進士が散弾銃を構え、続いた。
無人。
「クリアー」
「クリアー」
「クリアー」
各自の受け持ちに異状が無いことを知らせる。見える範囲に敵はいないようだった。だが、調理実習室らしい室内に、物陰は無数に存在した。
全ての物陰に敵が潜んでいるように思えた。突き出した64式の重みで腕が痺れる。
「沢井、前進して確認。進士援護しろ」
射撃員の沢井が慎重に室内を進み、物陰を一つ一つ確認した。息が詰まる。
最後の流し台を確認すると、沢井が身体を起こし、大きく息をついた。
「室内クリアー、です」
「左手前方、引き戸」
短い報告。妻木は腕と手の動きで指示を出した。土本がするすると前進し、ドアを開ける位置に着く。
最後尾の進士が準備よしを報告した次の瞬間、沢井を先頭に三名が教室内に突入した。
土本がドアを引く。沢井と妻木が左右に分かれ、銃口を前方に突き出した。素早くクリアリングを行う。進士が散弾銃を構え、続いた。
無人。
「クリアー」
「クリアー」
「クリアー」
各自の受け持ちに異状が無いことを知らせる。見える範囲に敵はいないようだった。だが、調理実習室らしい室内に、物陰は無数に存在した。
全ての物陰に敵が潜んでいるように思えた。突き出した64式の重みで腕が痺れる。
「沢井、前進して確認。進士援護しろ」
射撃員の沢井が慎重に室内を進み、物陰を一つ一つ確認した。息が詰まる。
最後の流し台を確認すると、沢井が身体を起こし、大きく息をついた。
「室内クリアー、です」
たった一つ部屋を確認しただけでとてつもなく疲労していた。陸自を見直したぞ。妻木は汗を拭いながら思った。
出入口を守る土本に声をかける。
「三名出るぞ」
土本は油断無い口調で応答した。
「了解、出ろ」
室内の三名は、廊下に出ると再度隊形を組んだ。最後に出た進士が青いサイリウムを入口に置いた。
出入口を守る土本に声をかける。
「三名出るぞ」
土本は油断無い口調で応答した。
「了解、出ろ」
室内の三名は、廊下に出ると再度隊形を組んだ。最後に出た進士が青いサイリウムを入口に置いた。
「班長、これ全部やるんですか?」
「当然……とはいえキツいな」
学校である。廊下の先に部屋は無数にあった。土本が進言した。
「外で聞いてたけど、これだけ静かだと俺らがどうやっても音は消せないッス。もう少し、賑やかにやってもいいんじゃないスカ?」
「……アメちゃん式にやるか」
妻木は進言を受け入れた。ふと、軽口を叩きたくなった。
「当然……とはいえキツいな」
学校である。廊下の先に部屋は無数にあった。土本が進言した。
「外で聞いてたけど、これだけ静かだと俺らがどうやっても音は消せないッス。もう少し、賑やかにやってもいいんじゃないスカ?」
「……アメちゃん式にやるか」
妻木は進言を受け入れた。ふと、軽口を叩きたくなった。
「じゃあ、次から突入はこうだな。ドア蹴っ飛ばして、『行け行け行け、自衛隊だ伏せろ伏せろ伏せろッ!』ってな」
思いのほか大声が出てしまった。自分の声が廊下に反響する。班員も微妙な顔をした。冷たい視線が無言で彼を責める。
思いのほか大声が出てしまった。自分の声が廊下に反響する。班員も微妙な顔をした。冷たい視線が無言で彼を責める。
「──!」
一瞬の静寂の後、どこからか声がした。続いて、やかましい足音。鉄のぶつかり合う音。音は二階から聞こえ、徐々に大きくなり──。
全員が前方30メートル。廊下の先、階段があるあたりを見つめた。薄暗い。
唸り声のような、獣が喉を鳴らすような声が聞こえた。
一瞬の静寂の後、どこからか声がした。続いて、やかましい足音。鉄のぶつかり合う音。音は二階から聞こえ、徐々に大きくなり──。
全員が前方30メートル。廊下の先、階段があるあたりを見つめた。薄暗い。
唸り声のような、獣が喉を鳴らすような声が聞こえた。
ガシャリ。鉄の靴底が床を叩く音と共に、階段から何かが姿を現した。
身長1.3メートル程度、猫背のその生き物は人の形をしていた。頭髪は無くつり上がった目は爛々とこちらを睨んでいた。大きな鉤鼻がある。左右に裂けた口元からは、涎を垂らしている。
粗末な革鎧を身につけ、手には剣の様な物を持っていた。
身長1.3メートル程度、猫背のその生き物は人の形をしていた。頭髪は無くつり上がった目は爛々とこちらを睨んでいた。大きな鉤鼻がある。左右に裂けた口元からは、涎を垂らしている。
粗末な革鎧を身につけ、手には剣の様な物を持っていた。
おいおい、やっぱり化け物かよ。妻木は一瞬呆気にとられた。あいつも、驚いている──のか?。
奇妙な睨み合いは、続いて騒々しく現れた同じ生き物と甲冑に身を固めた兵士達の怒声によって破られた。
奇妙な睨み合いは、続いて騒々しく現れた同じ生き物と甲冑に身を固めた兵士達の怒声によって破られた。
「──!!」
生き物達は意味の分からない叫びと共に、猛烈な勢いで走り寄ってきた。手に手に剣をかざしている。殺気が膨れ上がった。
妻木は我に返った。これは敵だ。クソ、走って来やがる。俺はドーン・オブ・ザ・デッドは嫌いなんだ。
「敵だ。撃てッ!」
沢井が64式を敵に向け、発砲した。二番手の土本も素早く横に出て9㎜機関けん銃を構える。
狭い廊下に強烈な銃声が反響した。放たれた二種類の弾丸は、突撃してきた敵に容赦なく突き刺さった。7.62㎜弱装弾を受けた敵は血と肉片を派手に弾けさせる。9㎜パラベラム弾を受けた敵は、ミシンに縫いつけられたように複数の弾痕を穿たれ、その場に倒れた。
数秒で敵は全滅した。硝煙が辺りに漂い、最後の銃声が長く尾を引いた。
生き物達は意味の分からない叫びと共に、猛烈な勢いで走り寄ってきた。手に手に剣をかざしている。殺気が膨れ上がった。
妻木は我に返った。これは敵だ。クソ、走って来やがる。俺はドーン・オブ・ザ・デッドは嫌いなんだ。
「敵だ。撃てッ!」
沢井が64式を敵に向け、発砲した。二番手の土本も素早く横に出て9㎜機関けん銃を構える。
狭い廊下に強烈な銃声が反響した。放たれた二種類の弾丸は、突撃してきた敵に容赦なく突き刺さった。7.62㎜弱装弾を受けた敵は血と肉片を派手に弾けさせる。9㎜パラベラム弾を受けた敵は、ミシンに縫いつけられたように複数の弾痕を穿たれ、その場に倒れた。
数秒で敵は全滅した。硝煙が辺りに漂い、最後の銃声が長く尾を引いた。
妻木は耳を押さえていた。高い金属音が耳の中で鳴り響いている。
「──曹、妻木二曹!大丈夫ですか?」
進士が不安げに呼びかけていた。
「み、耳栓をわすれてた」
妻木は頭を振りつつ答えた。室内の反響は予想以上だった。
「──曹、妻木二曹!大丈夫ですか?」
進士が不安げに呼びかけていた。
「み、耳栓をわすれてた」
妻木は頭を振りつつ答えた。室内の反響は予想以上だった。
『クアーズ2、クアーズ3。今の銃声はなんだ?』
無線のヘッドセットから、斎藤二曹の訝しげな声が聞こえた。妻木は耳鳴りを無理やり我慢しつつ、マイクに怒鳴った。
「こちらクアーズ2。敵と交戦、4名射殺。こっちは敵に見つかったから派手にいく」
『了解』
彼が無線で話している間にも、敵が集結しつつあるようだった。
沢井が交換した弾倉をダンプポーチに押し込みながら、警告を発した。
「班長、また来た!」
そのまま、発砲。盾を構えた兵士が、悲鳴をあげてのたうち回る。盾と鎧で弾頭が歪んだせいで、体内に入った弾が内臓をズタズタに引き裂いた様だった。
明智が言った。
「妻木二曹、先に進めるかい?」
「はぁ?敵が来てるんですよ!奴らを倒さないと!」
土本が発砲。手斧を投げようとしていた敵兵が仰け反る。
「だ、だけど。時間がない。僕も戦うから、敵を排除しつつ先に進もう」
正直なところ、妻木は彼らの指揮官がここまで我を出すとは予想していなかった。だが、一理あった。
無線のヘッドセットから、斎藤二曹の訝しげな声が聞こえた。妻木は耳鳴りを無理やり我慢しつつ、マイクに怒鳴った。
「こちらクアーズ2。敵と交戦、4名射殺。こっちは敵に見つかったから派手にいく」
『了解』
彼が無線で話している間にも、敵が集結しつつあるようだった。
沢井が交換した弾倉をダンプポーチに押し込みながら、警告を発した。
「班長、また来た!」
そのまま、発砲。盾を構えた兵士が、悲鳴をあげてのたうち回る。盾と鎧で弾頭が歪んだせいで、体内に入った弾が内臓をズタズタに引き裂いた様だった。
明智が言った。
「妻木二曹、先に進めるかい?」
「はぁ?敵が来てるんですよ!奴らを倒さないと!」
土本が発砲。手斧を投げようとしていた敵兵が仰け反る。
「だ、だけど。時間がない。僕も戦うから、敵を排除しつつ先に進もう」
正直なところ、妻木は彼らの指揮官がここまで我を出すとは予想していなかった。だが、一理あった。
「分かりました。俺と進士で廊下を抑えます。水雷長は後方警戒をお願いします」
妻木は続いて、射撃中の二人に呼びかけた。
「沢井、土本!お前ら二人で部屋の中見ていってくれ!二人でできるか?」
「やらないと前に進まんでしょう!やりますよ!なぁ、土本」
「なんとかするッス」
妻木は、後方警戒をしていた進士の肩を掴むと前に出た。敵に向けて弾を叩き込んでいる二人と代わらなければならない。
「3で代わるぞ!1、2、3!」
沢井と土本が銃口を下げ、一歩下がる。妻木と進士が横に並んで前に出た。面倒だが味方撃ちを避けるために必要な手順だ。
今からは自分と進士で敵を打ち倒し、たった二人に部屋を捜索させなければならない。何て綱渡りだ。彼は困難さに身震いした。
妻木は続いて、射撃中の二人に呼びかけた。
「沢井、土本!お前ら二人で部屋の中見ていってくれ!二人でできるか?」
「やらないと前に進まんでしょう!やりますよ!なぁ、土本」
「なんとかするッス」
妻木は、後方警戒をしていた進士の肩を掴むと前に出た。敵に向けて弾を叩き込んでいる二人と代わらなければならない。
「3で代わるぞ!1、2、3!」
沢井と土本が銃口を下げ、一歩下がる。妻木と進士が横に並んで前に出た。面倒だが味方撃ちを避けるために必要な手順だ。
今からは自分と進士で敵を打ち倒し、たった二人に部屋を捜索させなければならない。何て綱渡りだ。彼は困難さに身震いした。
「よし、沢井、土本、室内を確認しろ!」
妻木の指示に沢井が勢いよくドアを開け、滑るように室内に突入していった。土本が続く。
「自衛隊だ!伏せろ伏せろ伏せろォ!」
沢井達は叫びながら部屋を捜索していく。日本語での呼びかけは、理解できる者であれば従ってくれるだろう。こちらの位置が暴露した状況では、有効な手段と言えた。
妻木は隣で散弾銃を構える進士に言った。
「いいか、敵が来たらまず俺が撃つからな。お前はリロードの時、カバーしてくれ。今は撃つな──」
「妻木班長、敵ですッ!」
そう叫ぶやいなや、進士が発砲した。バックショットの強烈な反動を、全身を使い受け止める。妻木の耳元で轟音が鳴り響いた。
彼が耳を押さえて膝を着く先で、チェインメイルの部品を撒き散らしながら、敵の兵士が吹き飛んだ。
「ああああぁぁああ──テメェ……。変更だ。進士先頭、俺がカバーするわ」
「また、敵です!死ね死ね死ねェ!」
再度発砲。轟音。化け物が足を吹き飛ばされ、俯せに倒れる。妻木が呻く。
そんなやりとりの間に、室内の捜索を終えて、二人が外に出てきた。少なくとも、上手くいっている間は、効率アップが見込めそうだった。
妻木の指示に沢井が勢いよくドアを開け、滑るように室内に突入していった。土本が続く。
「自衛隊だ!伏せろ伏せろ伏せろォ!」
沢井達は叫びながら部屋を捜索していく。日本語での呼びかけは、理解できる者であれば従ってくれるだろう。こちらの位置が暴露した状況では、有効な手段と言えた。
妻木は隣で散弾銃を構える進士に言った。
「いいか、敵が来たらまず俺が撃つからな。お前はリロードの時、カバーしてくれ。今は撃つな──」
「妻木班長、敵ですッ!」
そう叫ぶやいなや、進士が発砲した。バックショットの強烈な反動を、全身を使い受け止める。妻木の耳元で轟音が鳴り響いた。
彼が耳を押さえて膝を着く先で、チェインメイルの部品を撒き散らしながら、敵の兵士が吹き飛んだ。
「ああああぁぁああ──テメェ……。変更だ。進士先頭、俺がカバーするわ」
「また、敵です!死ね死ね死ねェ!」
再度発砲。轟音。化け物が足を吹き飛ばされ、俯せに倒れる。妻木が呻く。
そんなやりとりの間に、室内の捜索を終えて、二人が外に出てきた。少なくとも、上手くいっている間は、効率アップが見込めそうだった。
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校
2012年 6月5日 18時32分
2012年 6月5日 18時32分
激しい銃声が校舎内に鳴り響いた時、斎藤達彦二等海曹率いる第3班は、一階の捜索を終えようとしていた。
無線で状況を確認した斎藤は、手早く班員の状況を確認すると、校舎の突き当たりに位置する階段に目をやった。
建物の端に、二階へと続く階段と、外に繋がる非常口があった。
「妻木の阿呆が敵を引きつけている間に、二階は俺達で捜索することにしよう」
斎藤は薄笑いを浮かべた。口振りとは裏腹に、むしろ良くやったと思っていた。第2班が敵を引きつけてくれれば、仕事はやりやすくなる。
無線で状況を確認した斎藤は、手早く班員の状況を確認すると、校舎の突き当たりに位置する階段に目をやった。
建物の端に、二階へと続く階段と、外に繋がる非常口があった。
「妻木の阿呆が敵を引きつけている間に、二階は俺達で捜索することにしよう」
斎藤は薄笑いを浮かべた。口振りとは裏腹に、むしろ良くやったと思っていた。第2班が敵を引きつけてくれれば、仕事はやりやすくなる。
斎藤は水測員──ソーナーマンである。中学を卒業後すぐに江田島の海上自衛隊生徒となった彼は、そこで水測員という仕事に興味を覚えた。潜水艦という見えない敵を追い詰める、そのための耳となるということに面白味を覚えたのだった。
部隊配属後、周囲は彼の才能に気付いた。ひよっこであるはずの斎藤3曹が、船団襲撃のため忍び寄る対抗部隊の海自潜水艦を、いとも容易く発見したのだった。
彼はどういうわけか『違和感』に敏感だった。普通なら聞き逃す程度の反応に彼は必ず気付いた。
そして、彼は一度『違和感』を覚えたら、決して放置しなかった。几帳面で冷静な性格が、潜水艦にとっては蛇のようにしつこい水測員を生み出していた。
彼の性質は、水測の仕事以外にも発揮されている。
部隊配属後、周囲は彼の才能に気付いた。ひよっこであるはずの斎藤3曹が、船団襲撃のため忍び寄る対抗部隊の海自潜水艦を、いとも容易く発見したのだった。
彼はどういうわけか『違和感』に敏感だった。普通なら聞き逃す程度の反応に彼は必ず気付いた。
そして、彼は一度『違和感』を覚えたら、決して放置しなかった。几帳面で冷静な性格が、潜水艦にとっては蛇のようにしつこい水測員を生み出していた。
彼の性質は、水測の仕事以外にも発揮されている。
「好安、仙石前衛につけ。水野はバックアップ」
「了解。敵は向こうにいってますかね?」
前衛についた運用員の好安三曹が、尋ねた。斎藤は、数秒間沈黙し、答えた。
「音も気配も今のところ無い。ただし気を抜くなよ」
好安と仙石は互いに援護しつつ銃口を二階に向けた。
「クアーズリーダー、クアーズ3。一階捜索終了。異状無し。二階に上がる」
『こちら──クアーズリ──ー。行ってくれ。こ、こっちは敵──けだから』
無線は銃声と怒声で聞き取り辛かった。
「よし、行くぞ」
斎藤の指示により、第3班は階段を昇り始めた。壁には、児童の書いた標語や行事の際の写真が貼ってあった。『みつけよう相手の長所。考えて相手の気持ち』
ふん、奴らが何を考えているか、か。そんな事より鉛弾を浴びせる方が早い。奴らは、それだけのことをしたからな。
「了解。敵は向こうにいってますかね?」
前衛についた運用員の好安三曹が、尋ねた。斎藤は、数秒間沈黙し、答えた。
「音も気配も今のところ無い。ただし気を抜くなよ」
好安と仙石は互いに援護しつつ銃口を二階に向けた。
「クアーズリーダー、クアーズ3。一階捜索終了。異状無し。二階に上がる」
『こちら──クアーズリ──ー。行ってくれ。こ、こっちは敵──けだから』
無線は銃声と怒声で聞き取り辛かった。
「よし、行くぞ」
斎藤の指示により、第3班は階段を昇り始めた。壁には、児童の書いた標語や行事の際の写真が貼ってあった。『みつけよう相手の長所。考えて相手の気持ち』
ふん、奴らが何を考えているか、か。そんな事より鉛弾を浴びせる方が早い。奴らは、それだけのことをしたからな。
斎藤の耳に、音が聞こえた。自分達の装具の音や足音、呼吸音に混ざった微かな違和感。どっちだ?上か?
いや、後ろだ──!
いや、後ろだ──!
「水野!非常口だ、離れろ!」
叫びながら身体を回す。バックアップの水野3曹の横、校舎一階非常口の扉が激しく打ちつけられた。
扉に設けられた鋼線入りの窓ガラスの向こうに、必死の形相で扉を破壊しようとする敵兵が見えた。もう、幾らも保たない。
叫びながら身体を回す。バックアップの水野3曹の横、校舎一階非常口の扉が激しく打ちつけられた。
扉に設けられた鋼線入りの窓ガラスの向こうに、必死の形相で扉を破壊しようとする敵兵が見えた。もう、幾らも保たない。
ここの非常口は道路に面している。敵が目を付けたな。
斎藤は、このまま二階に行くか、ここで踏み留まるか、の判断を強いられた。放置すれば味方が挟み撃ちにあう可能性がある。しかし、任務は要救助者の捜索だ。
どうする──
斎藤は、このまま二階に行くか、ここで踏み留まるか、の判断を強いられた。放置すれば味方が挟み撃ちにあう可能性がある。しかし、任務は要救助者の捜索だ。
どうする──
その時、第1班から無線が入った。
『クアーズ3、クアーズ1』
「こちらクアーズ3。こっちも敵に補足されました。非常口から入ってこようとしています」
『楽しくなってきたな。二階へは行けるか?』
可児の声は本当に楽しそうだった。
「不可能ではありませんが、挟み撃ちの危険があります」
『それは、何とかする。二階に上がったら、手前から四つ目の校庭側の教室に向かえ』
指示が詳しすぎる。斎藤は訝しげな声で尋ねた。
「何事です?」
『うちの若いのが校庭にピンクの携帯が落ちているのを見つけた。で、その真上の教室の窓が一つ開いていてな』
「なるほど。了解、向かいます。クアーズ3以上」
斎藤は返答を待たずに交話を打ち切った。非常口が弾け飛んだからだった。扉の残骸を掻き分けて、敵兵が雪崩込んできた。一人がクロスボウを構えようとする。
水野3曹が9㎜機関けん銃を腰だめに構える。安全装置を解除。発砲。ボルトが猛烈な勢いで前後する。銃口が跳ね上がり、9㎜パラベラム弾がばらまかれた。
発射速度がやたら速い上にオープンボルト方式の撃発機構を採用している為、連発での射撃は精度を期待できない。
しかし、非常口で団子になっている集団に対しては、無慈悲な効果を発揮した。血塗れになった敵兵が悲鳴をあげて折り重なる。
「水野、二階に上がるぞ。好安、仙石交代しろ」
「はいッ」
『クアーズ3、クアーズ1』
「こちらクアーズ3。こっちも敵に補足されました。非常口から入ってこようとしています」
『楽しくなってきたな。二階へは行けるか?』
可児の声は本当に楽しそうだった。
「不可能ではありませんが、挟み撃ちの危険があります」
『それは、何とかする。二階に上がったら、手前から四つ目の校庭側の教室に向かえ』
指示が詳しすぎる。斎藤は訝しげな声で尋ねた。
「何事です?」
『うちの若いのが校庭にピンクの携帯が落ちているのを見つけた。で、その真上の教室の窓が一つ開いていてな』
「なるほど。了解、向かいます。クアーズ3以上」
斎藤は返答を待たずに交話を打ち切った。非常口が弾け飛んだからだった。扉の残骸を掻き分けて、敵兵が雪崩込んできた。一人がクロスボウを構えようとする。
水野3曹が9㎜機関けん銃を腰だめに構える。安全装置を解除。発砲。ボルトが猛烈な勢いで前後する。銃口が跳ね上がり、9㎜パラベラム弾がばらまかれた。
発射速度がやたら速い上にオープンボルト方式の撃発機構を採用している為、連発での射撃は精度を期待できない。
しかし、非常口で団子になっている集団に対しては、無慈悲な効果を発揮した。血塗れになった敵兵が悲鳴をあげて折り重なる。
「水野、二階に上がるぞ。好安、仙石交代しろ」
「はいッ」
好安、仙石の2名が散弾銃と64式小銃を非常口に向けた。敵が頭を出したなら、容易く蜂の巣にできる。
斎藤は水野を伴い、未だ静寂に包まれた校舎二階に足を進めていった。
斎藤は水野を伴い、未だ静寂に包まれた校舎二階に足を進めていった。
伝令が、今日幾度目かの凶報を伝えた。
「騎士ゴイト・ディ・アブレウ殿討死!」
これで何人目だ。このままじゃ、西ロッサの諸侯が全部御家断絶になっちまうぞ。
攻撃の指揮を執る、ホルヘ・ディ・ロンゴリア帝国準男爵は、目の前にそびえる石造りの建物を睨みつけた。
「騎士ゴイト・ディ・アブレウ殿討死!」
これで何人目だ。このままじゃ、西ロッサの諸侯が全部御家断絶になっちまうぞ。
攻撃の指揮を執る、ホルヘ・ディ・ロンゴリア帝国準男爵は、目の前にそびえる石造りの建物を睨みつけた。
既に、5名の騎士と、20名近い兵を失っていた。
見たこともない巨大な軍竜の腹から、黒い鎧を纏った兵が10名程現れたと思ったら、これだ。奴ら、あの魔導具で武装しているに違いない。でなければ、あの様な攻撃魔法を連発できる筈がない。
峠の陣を抜いた際、敵兵の残した杖が回収されている。従軍している魔術師が言っていた。
『如何なる魔力が封入されているかは判りかねるが、これは矢の代わりに焔を放つ魔導具でありましょう』
峠の陣を抜いた際、敵兵の残した杖が回収されている。従軍している魔術師が言っていた。
『如何なる魔力が封入されているかは判りかねるが、これは矢の代わりに焔を放つ魔導具でありましょう』
冗談ではない。城住みの三男坊として冷や飯食いに甘んじるよりは、と従軍を申し出たが、この様な敵とは聞いていない。
全ての兵に魔導具が行き渡る敵。人狼より酷い。北方の魔女どもか、南の蛮族と戦った方がマシだ。
全ての兵に魔導具が行き渡る敵。人狼より酷い。北方の魔女どもか、南の蛮族と戦った方がマシだ。
だが、ここは既に敵地の奥深くであった。敵を破らねば、終わりだ。そして、俺は兵を指揮して、竜牙兵より気合いの入った奴らと戦わなければならない。
また一人、兵が撃ち抜かれた。頭上を我が物顔で飛び回る竜からの射撃だ。
「魔術師はまだか!」
「まもなく、3名が参られます。弓兵も物陰を伝い、集めております」
魔術師が揃えば、一泡吹かせられるだろう。
「ロンゴリア殿、兵の士気が持ちませぬ!」
部下の悲鳴が聞こえた。ロンゴリアは、腰の剣を抜き駆け出した。
「魔術師と弓兵はアランサバル殿の下知を受けよ!我は陣頭指揮を執る!動ける者は続け!」
「まもなく、3名が参られます。弓兵も物陰を伝い、集めております」
魔術師が揃えば、一泡吹かせられるだろう。
「ロンゴリア殿、兵の士気が持ちませぬ!」
部下の悲鳴が聞こえた。ロンゴリアは、腰の剣を抜き駆け出した。
「魔術師と弓兵はアランサバル殿の下知を受けよ!我は陣頭指揮を執る!動ける者は続け!」
俺は、きっと朝を迎えられないだろう。
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校二階 四年二組教室
2012年 6月5日 18時37分
2012年 6月5日 18時37分
壁の向こうで銃撃の音が響く。重たい銃音と軽い銃音、何かが砕ける音。叫び声も聞こえる。頭では、助けに来てくれた自衛隊が戦う音だと分かってはいるものの、一民間人の香住ほのかを萎縮させるには充分だった。
子供達は大声で泣き出していた。
そもそも純粋な暴力に対して、訓練を受けていない人間は、驚くほど脆弱である。まして、幼い子供達に耐えられるはずもない。
子供達は大声で泣き出していた。
そもそも純粋な暴力に対して、訓練を受けていない人間は、驚くほど脆弱である。まして、幼い子供達に耐えられるはずもない。
小代もほのかも、すぐにでも廊下に駆け出したい気持ちと、今いる場所が一番安全だという気持ちがせめぎ合い、凍りついたようにその場でうずくまっていた。
一度、窓から助けを求めようと考えた。しかし、流れ矢が壁に当たるのを見て、慌てて頭を引っ込める羽目になった。
一度、窓から助けを求めようと考えた。しかし、流れ矢が壁に当たるのを見て、慌てて頭を引っ込める羽目になった。
小代が、泣きじゃくる男子児童──普段は悪戯ばかりする子だった──の背中をさすりながら、言った。もう、声は抑えていない。
「香住先生、収まるまで待とう。これじゃ動けん」
ほのかは、血の気の失せた顔で頷いた。とても今の安全な場所──実際には何の盾にもならない机と椅子に囲まれた──教室の片隅を動く気にならなかった。
銃声と争う物音は、段々近付いているようだった。きっと、自衛隊がこちらに助けに向かっているのだろう。ほのかはそう信じた。
「香住先生、収まるまで待とう。これじゃ動けん」
ほのかは、血の気の失せた顔で頷いた。とても今の安全な場所──実際には何の盾にもならない机と椅子に囲まれた──教室の片隅を動く気にならなかった。
銃声と争う物音は、段々近付いているようだった。きっと、自衛隊がこちらに助けに向かっているのだろう。ほのかはそう信じた。
それは正しい認識だった。確かに、救出部隊が教室を目指していた。しかし、教室に向かったのは、彼等だけでは無かった。
教室の後側のドアが乱暴に開かれた。ほのか達の期待を裏切り、入ってきたのは目を血走らせた異界の男だった。
鈍く光る兜を被り、鎖を編んだ鎧を着ていた。日本人ではない。顔には無数の古傷があった。何より、ほのかが今まで見たこともない目──凄惨な戦場をくぐり抜けた殺人者の目をしていた。
息が詰まった。ほのか達が座り込んでいる教室の前側、教壇の辺りからは距離があったが、見つかるのは時間の問題だった。
「せんせぇ、怖いよう」
胸の中で、か細い声がした。しかし、彼女にはその声に応えるすべが無かった。ほのか自身が、恐怖で泣き出しそうだった。
ごめんね。先生も怖いの。
鈍く光る兜を被り、鎖を編んだ鎧を着ていた。日本人ではない。顔には無数の古傷があった。何より、ほのかが今まで見たこともない目──凄惨な戦場をくぐり抜けた殺人者の目をしていた。
息が詰まった。ほのか達が座り込んでいる教室の前側、教壇の辺りからは距離があったが、見つかるのは時間の問題だった。
「せんせぇ、怖いよう」
胸の中で、か細い声がした。しかし、彼女にはその声に応えるすべが無かった。ほのか自身が、恐怖で泣き出しそうだった。
ごめんね。先生も怖いの。
諦めが胸を埋め尽くそうとしていた。彼女は自分達を見つけるであろう男を、見た。
そして、見つけた。
異界の兵士が首からぶら下げた携帯電話を。
それは、スワロフスキーでデコレーションされていた。場違いなほど華やかな、女子高生が持つような携帯。
おそらく、華やかさ故に奪われたのだろう。そして、持ち主はもうこの世にいないだろう。
そして、見つけた。
異界の兵士が首からぶら下げた携帯電話を。
それは、スワロフスキーでデコレーションされていた。場違いなほど華やかな、女子高生が持つような携帯。
おそらく、華やかさ故に奪われたのだろう。そして、持ち主はもうこの世にいないだろう。
その瞬間、ほのかの頭の中で、携帯の持ち主が教室の隅で震える子供達と重なった。いけない。そんなことはさせてはいけない。
「小代先生。子供達をお願いします」
「香住先生、何を!?」
気がつけば身体が勝手に動いていた。彼女は立ち上がると、教室の出入り口に走りながら兵士に叫んでいた。
「香住先生、何を!?」
気がつけば身体が勝手に動いていた。彼女は立ち上がると、教室の出入り口に走りながら兵士に叫んでいた。
「こっちよ!」
兵士は一瞬虚を突かれ、慌てて武器を構えた。しかし、若い女だと知るとにやにやと下卑た笑みを浮かべた。
ほのかは廊下に走った。兵士は子供達に気づいていない。当然の如く彼女を追った。
ほのかは廊下に走った。兵士は子供達に気づいていない。当然の如く彼女を追った。
必死で廊下に逃れると、薄暗い中を逃げ出した。足がもつれる。背後からは何事かを叫びつつ追いかける、兵士の荒々しい足音が迫った。
わたしの足ではすぐに追いつかれるだろう。わたしは死ぬんだ。きっと、酷いことをされる。神さま、せめて子供達だけは──
わたしの足ではすぐに追いつかれるだろう。わたしは死ぬんだ。きっと、酷いことをされる。神さま、せめて子供達だけは──
そして、無情にも彼女の行く手は阻まれた。身体に衝撃を感じた次の瞬間、男の手に捕まれていた。別の兵士が待ちかまえていたのだ。彼女は、自分を捕らえた人物が鎧を着込んでいることを知り、絶望した。
嫌だ、死にたくない。お母さん。
嫌だ、死にたくない。お母さん。
香住ほのかは、あまりの恐怖にそのまま気を失った。そのため、彼女がぶつかった相手が放った言葉を、聞くことができなかった。
鎧を着た、黒い男は言った。
鎧を着た、黒い男は言った。
「よく頑張った。もう、大丈夫だ」
それは、日本語であった。
「こっちよ!」
女性の声が聞こえた。
バディの水野三曹と並んで二階廊下を前進していた斎藤は、突然教室を飛び出した人影を見つけた。素早く小銃を構える。
「待て、民間人だ!」
斎藤は、それが明らかに女性であることに気づいた。銃口を下げる。その女性は斎藤に気づかない様子で、そのまま小柄な身体をぶつけてきた。
軽い衝撃。防弾ベストのセラミックプレートが軋んだ音を立てた。慌てて抱き止める。探していた民間人に間違いなかった。その後には、彼女を追ってきた敵兵の姿があった。
まさか、囮になったのか?この人は。
女性の声が聞こえた。
バディの水野三曹と並んで二階廊下を前進していた斎藤は、突然教室を飛び出した人影を見つけた。素早く小銃を構える。
「待て、民間人だ!」
斎藤は、それが明らかに女性であることに気づいた。銃口を下げる。その女性は斎藤に気づかない様子で、そのまま小柄な身体をぶつけてきた。
軽い衝撃。防弾ベストのセラミックプレートが軋んだ音を立てた。慌てて抱き止める。探していた民間人に間違いなかった。その後には、彼女を追ってきた敵兵の姿があった。
まさか、囮になったのか?この人は。
斎藤は、気を失い脱力する彼女をしっかりと抱き止めると、力強い口調で言った。どうにか安心させたかった。
「よく頑張った。もう、大丈夫だ」
そのまま片膝を着き姿勢を下げる。水野が9㎜機関けん銃を突き出し、セレクターを単発の位置に合わせた。
「おっと、貴様はここまでだ!」
彼が無造作に発砲すると、敵兵は驚愕の表情を浮かべていた顔面を撃ち抜かれ、血と脳漿をリノリウム張りの廊下の上に撒き散らし、倒れた。
「おっと、貴様はここまでだ!」
彼が無造作に発砲すると、敵兵は驚愕の表情を浮かべていた顔面を撃ち抜かれ、血と脳漿をリノリウム張りの廊下の上に撒き散らし、倒れた。
「敵、1名射殺」
「水野、そのまま教室内を確認。民間人がいると思う」
「了解」
水野は慎重な動作で、教室内に滑り込んでいった。すぐに答えが出た。
「水野、そのまま教室内を確認。民間人がいると思う」
「了解」
水野は慎重な動作で、教室内に滑り込んでいった。すぐに答えが出た。
「要救助者発見!やったぞ、みんな無事です!」
水野の弾んだ声が聞こえた。斎藤は破顔すると、無線機のプレストークスイッチをONにした。
水野の弾んだ声が聞こえた。斎藤は破顔すると、無線機のプレストークスイッチをONにした。
「各部、こちらクアーズ3。キスカ、キスカ、キスカ」
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校上空
2012年 6月5日 18時48分
2012年 6月5日 18時48分
SH-60J哨戒ヘリ1番機、コールサイン『マイヅル27』は倉梯小学校上空を飛行中だった。太陽はほぼ西の稜線に沈み、辺りは急速に暗さを増している。
機長は機体を慎重に右旋回に入れた。コレクティブピッチレバーを操作し、高度を維持する。眼下に倉梯小学校の校庭が見えた。
「まるで、砂糖に群がる蟻だな」
機長が言った。校舎玄関口に陣取った味方は、旺盛な火力で敵を寄せ付けていなかったが、周囲には続々と敵兵が集まりつつあった。
ヘリの立てる騒音に混じって、銃声が響く。地上の物では無い。
『くそ、外した。もう少し揺らさないで行けませんか?』
ヘッドセットから悔しげな声が聞こえた。地上部隊を小銃で支援している、センサーマンの声だ。
「贅沢言うな。お前の腕が悪いんだ」
『せめて、74式ならなぁ』
彼は74式車載7.62㎜機関銃の使用許可が降りなかかったことをぼやいた。
機長は機体を慎重に右旋回に入れた。コレクティブピッチレバーを操作し、高度を維持する。眼下に倉梯小学校の校庭が見えた。
「まるで、砂糖に群がる蟻だな」
機長が言った。校舎玄関口に陣取った味方は、旺盛な火力で敵を寄せ付けていなかったが、周囲には続々と敵兵が集まりつつあった。
ヘリの立てる騒音に混じって、銃声が響く。地上の物では無い。
『くそ、外した。もう少し揺らさないで行けませんか?』
ヘッドセットから悔しげな声が聞こえた。地上部隊を小銃で支援している、センサーマンの声だ。
「贅沢言うな。お前の腕が悪いんだ」
『せめて、74式ならなぁ』
彼は74式車載7.62㎜機関銃の使用許可が降りなかかったことをぼやいた。
「でも、腕ばかりの話じゃ無いですよ。まもなく日没です」
副操縦士の言葉通り、街は急速に輪郭を曖昧にしつつあった。敵の姿も、夕闇に沈もうとしている。
「確かにな。おぅ、暗視装置とQNHのチェックしとけよ」
「了解──QNH30,04」
気圧高度計は150フィートを指していた。機長は、うっすらとこめかみに汗を浮かべた。まもなく夜が来る。高度と建物と僚機、そして敵か。今まで以上に意識を払わないと、墜ちるのは簡単だな。
副操縦士の言葉通り、街は急速に輪郭を曖昧にしつつあった。敵の姿も、夕闇に沈もうとしている。
「確かにな。おぅ、暗視装置とQNHのチェックしとけよ」
「了解──QNH30,04」
気圧高度計は150フィートを指していた。機長は、うっすらとこめかみに汗を浮かべた。まもなく夜が来る。高度と建物と僚機、そして敵か。今まで以上に意識を払わないと、墜ちるのは簡単だな。
「高度に気をつけろよ。あれだ、映画とかでよくあるだろ?ヘリが高度を下げすぎて、墜とされちまうやつ」
機長は副操縦士に話を振った。
「あるある。定番ですよね!」
副操縦士は暗視装置を確認しながら答えた。機長は、おどけた口調で言った。
機長は副操縦士に話を振った。
「あるある。定番ですよね!」
副操縦士は暗視装置を確認しながら答えた。機長は、おどけた口調で言った。
「あるよな!ヘリに鎧武者が登ってきて、パイロットが斬り殺されるのな」
「え?何ですか、それ?」
「え?」
「ヘリが墜ちるならRPG-7でしょう?ブラックホークダウン見てないんですか?何ですが、鎧武者って?」
「う、うん、戦国自衛隊って言ってね……いや、良いんだ。知らないなら、良いんだ……」
機長はジェネレーションギャップを感じた。寂しい気持ちになった。角川映画の傑作なのに。
センサーマンが何か言っている。あいつなら分かるかも。
『……奴は……だ!逃げない奴は……』
あいつも駄目だ。
「え?何ですか、それ?」
「え?」
「ヘリが墜ちるならRPG-7でしょう?ブラックホークダウン見てないんですか?何ですが、鎧武者って?」
「う、うん、戦国自衛隊って言ってね……いや、良いんだ。知らないなら、良いんだ……」
機長はジェネレーションギャップを感じた。寂しい気持ちになった。角川映画の傑作なのに。
センサーマンが何か言っている。あいつなら分かるかも。
『……奴は……だ!逃げない奴は……』
あいつも駄目だ。
無線機が鳴った。
『マイヅル27、36。こちらクアーズ。要救助者確保、収容を要請する。レッドフレアを焚く』
「27了解!やったな!」
機長は弾んだ声で答えた。
『36了解。27の進入を援護する』
『マイヅル27、36。こちらクアーズ。要救助者確保、収容を要請する。レッドフレアを焚く』
「27了解!やったな!」
機長は弾んだ声で答えた。
『36了解。27の進入を援護する』
「よっしゃ!ちっと手荒く降りるぞ」
マイヅル27は、味方が待つ校庭に向けて、猛烈な勢いで降下を開始した。
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校校庭
2012年 6月5日 19時03分
2012年 6月5日 19時03分
「よし、ヘリが着陸したぞ!」
「敵の頭を下げさせろ!撃ちまくれェ!」
「敵の弓兵を何とかしてくれ!このままじゃ、動けん!」
校庭に着陸したSH-60Jのメインローターが大気をかき回している。その音に負けないよう、隊員達は声を張り上げた。
『誰彼』時である。校庭で戦う彼等の表情はよく分からない。辺りは暗く、先程まで赤々と焚かれていたレッドフレアの名残が、僅かに残るのみであった。
取り残された教師と児童計7名を無事保護した『みょうこう』立入検査隊は、彼女達をいち早く安全な場所へ脱出させるべく、本作戦で最後の──そして、最も困難な段階に臨んでいた。
小銃弾が放たれる。マズルフラッシュに照らされて、その時だけ隊員の顔が白く浮かび上がった。
「斎藤、妻木!頭を上げさせるな!」
可児一曹の指示が飛ぶ。それに対抗するかのように、遮蔽物に身を隠した敵兵から矢が放たれた。狙いは甘いが、無視できる程では無い。
「やってますけどね!奴ら平気で撃ち返してきますよ!」
妻木二曹が怒鳴り返した。遮蔽物の陰から僅かに露出する敵を狙うものの、容易には当たらない。
「当てようと思うな!牽制だ。手前を狙え!」
「……なるほどね。音が大切か」
可児の指示に、斎藤二曹が頷いた。狙いを僅かに下げる。
発砲。銃弾は敵の手前の地面を抉り、擦過音と共に、土を撒き散らす。
常人であれば、自分が狙われている状況で冷静に撃ち返すことは難しい。そして、より明確にそれを実感させるには、頭上を飛んでいく銃弾の音よりも、自分が身を預けるコンクリートが弾け、フェンスが火花を散らす方が容易い。
斎藤の射撃に習い、各隊員が敵兵が身を隠した遮蔽物に射撃を集中した。
途端に、目に見えて飛来する矢が激減した。それを見て明智一尉が命じた。
「よ、よ、しい、行くぞ」
なんとも気合いの入らない声ではあったが、それでも命令は命令である。隊員達は行動を開始した。
「よし、合図で走るぞ!」
「良いですか、絶対に立ち止まらないでください」
小代とほのか、そして隊員3名が胸に児童を抱く。小代もほのかも恐怖で顔面は蒼白だったが、隊員の指示にはっきりと頷いた。
『これが映画なら、貴女を抱きかかえてヘリまでお送りするんですが』そう言ってニコリと笑った隊員の顔を、ほのかは思い出した。『申し訳ありませんが、自分の体力を鑑みますと、走っていただいた方が速いと考えます』身も蓋もない話だった。
わたし、そんなに重たいかな。平均より明らかに慎ましい自分の身体を見下ろしながら、ほのかは少し不満に思った。
そんな彼女達の左右に、武骨なヘルメットと防弾ベストを身に纏った隊員達が立った。普段なら威圧感を感じるであろう姿だが、今はその武骨さが頼もしい。
いつの間にか、恐怖は和らいでいた。
「敵の頭を下げさせろ!撃ちまくれェ!」
「敵の弓兵を何とかしてくれ!このままじゃ、動けん!」
校庭に着陸したSH-60Jのメインローターが大気をかき回している。その音に負けないよう、隊員達は声を張り上げた。
『誰彼』時である。校庭で戦う彼等の表情はよく分からない。辺りは暗く、先程まで赤々と焚かれていたレッドフレアの名残が、僅かに残るのみであった。
取り残された教師と児童計7名を無事保護した『みょうこう』立入検査隊は、彼女達をいち早く安全な場所へ脱出させるべく、本作戦で最後の──そして、最も困難な段階に臨んでいた。
小銃弾が放たれる。マズルフラッシュに照らされて、その時だけ隊員の顔が白く浮かび上がった。
「斎藤、妻木!頭を上げさせるな!」
可児一曹の指示が飛ぶ。それに対抗するかのように、遮蔽物に身を隠した敵兵から矢が放たれた。狙いは甘いが、無視できる程では無い。
「やってますけどね!奴ら平気で撃ち返してきますよ!」
妻木二曹が怒鳴り返した。遮蔽物の陰から僅かに露出する敵を狙うものの、容易には当たらない。
「当てようと思うな!牽制だ。手前を狙え!」
「……なるほどね。音が大切か」
可児の指示に、斎藤二曹が頷いた。狙いを僅かに下げる。
発砲。銃弾は敵の手前の地面を抉り、擦過音と共に、土を撒き散らす。
常人であれば、自分が狙われている状況で冷静に撃ち返すことは難しい。そして、より明確にそれを実感させるには、頭上を飛んでいく銃弾の音よりも、自分が身を預けるコンクリートが弾け、フェンスが火花を散らす方が容易い。
斎藤の射撃に習い、各隊員が敵兵が身を隠した遮蔽物に射撃を集中した。
途端に、目に見えて飛来する矢が激減した。それを見て明智一尉が命じた。
「よ、よ、しい、行くぞ」
なんとも気合いの入らない声ではあったが、それでも命令は命令である。隊員達は行動を開始した。
「よし、合図で走るぞ!」
「良いですか、絶対に立ち止まらないでください」
小代とほのか、そして隊員3名が胸に児童を抱く。小代もほのかも恐怖で顔面は蒼白だったが、隊員の指示にはっきりと頷いた。
『これが映画なら、貴女を抱きかかえてヘリまでお送りするんですが』そう言ってニコリと笑った隊員の顔を、ほのかは思い出した。『申し訳ありませんが、自分の体力を鑑みますと、走っていただいた方が速いと考えます』身も蓋もない話だった。
わたし、そんなに重たいかな。平均より明らかに慎ましい自分の身体を見下ろしながら、ほのかは少し不満に思った。
そんな彼女達の左右に、武骨なヘルメットと防弾ベストを身に纏った隊員達が立った。普段なら威圧感を感じるであろう姿だが、今はその武骨さが頼もしい。
いつの間にか、恐怖は和らいでいた。
「いいぞッ!行け行け行け!」
可児一曹が、叫んだ。
64式小銃を持つ隊員が敵に牽制射撃を浴びせる。残りの隊員は民間人を守りつつ、ヘリに向けて走った。
「頭を下げろ!ローターが回っているぞ」
「壁を作れ!」
陸自誘導隊が持つような防弾盾を、『みょうこう』立入検査隊は装備していない。飛来する矢に対しては身を挺して防ぐしかなかった。
散発的にバネが弾けるような音がする。暗がりから羽音を響かせ矢が飛来した。
こちらがろくに敵を視認できないのに対して、敵は校庭に着陸したヘリを狙っているようだった。
機体の灯火や操縦席の計器を消せない以上、これを目標に矢を放つのは容易い。もちろん、牽制射撃を浴びながら精密な弓射などは不可能であったが、不運な一撃は起こりうる。
キャビンから身を乗り出したクルーが手招きをしている。ヘリに向けて走る彼等にとって、残り数十メートルが永遠に思えた。
可児一曹が、叫んだ。
64式小銃を持つ隊員が敵に牽制射撃を浴びせる。残りの隊員は民間人を守りつつ、ヘリに向けて走った。
「頭を下げろ!ローターが回っているぞ」
「壁を作れ!」
陸自誘導隊が持つような防弾盾を、『みょうこう』立入検査隊は装備していない。飛来する矢に対しては身を挺して防ぐしかなかった。
散発的にバネが弾けるような音がする。暗がりから羽音を響かせ矢が飛来した。
こちらがろくに敵を視認できないのに対して、敵は校庭に着陸したヘリを狙っているようだった。
機体の灯火や操縦席の計器を消せない以上、これを目標に矢を放つのは容易い。もちろん、牽制射撃を浴びながら精密な弓射などは不可能であったが、不運な一撃は起こりうる。
キャビンから身を乗り出したクルーが手招きをしている。ヘリに向けて走る彼等にとって、残り数十メートルが永遠に思えた。
「魔術師3名、配置につきました」
異界の軍勢が放つ焔の礫が、彼等が身を隠す石造りの壁を抉った。多くの兵は肝を潰して縮こまっていた。身を曝した者がどうなるかは、あちこちに転がる死骸が示してくれている。
彼等を指揮するロンゴリアも、正直なところ兵達に倣いたい気分だった。もちろん、そんな事は帝国準男爵の誇りにかけ、出来ようはずもない。指揮官がその様な醜態を見せれば、兵はたちまち離散するからである。
結論として、彼は貴族の責務と目の前の現実を何とか折り合わせ、石壁の陰で周背筋を伸ばし、指揮を執った。幸いなことに彼の手勢のうち、騎士、郎党達はかろうじて戦意を維持していた。
彼等は弩弓兵を従え、身を隠せる場所を見つけ、そこに伏せた。焔の礫が止んだ隙に、敵の軍竜のいる辺り目掛けて矢を放つ。当然めくら撃ちに近く、また矢を一発放てば十倍になって焔の礫が返ってきたが、少なくとも彼等は戦っていた。
異界の軍勢が放つ焔の礫が、彼等が身を隠す石造りの壁を抉った。多くの兵は肝を潰して縮こまっていた。身を曝した者がどうなるかは、あちこちに転がる死骸が示してくれている。
彼等を指揮するロンゴリアも、正直なところ兵達に倣いたい気分だった。もちろん、そんな事は帝国準男爵の誇りにかけ、出来ようはずもない。指揮官がその様な醜態を見せれば、兵はたちまち離散するからである。
結論として、彼は貴族の責務と目の前の現実を何とか折り合わせ、石壁の陰で周背筋を伸ばし、指揮を執った。幸いなことに彼の手勢のうち、騎士、郎党達はかろうじて戦意を維持していた。
彼等は弩弓兵を従え、身を隠せる場所を見つけ、そこに伏せた。焔の礫が止んだ隙に、敵の軍竜のいる辺り目掛けて矢を放つ。当然めくら撃ちに近く、また矢を一発放てば十倍になって焔の礫が返ってきたが、少なくとも彼等は戦っていた。
膠着した戦況に歯噛みしつつ、ロンゴリアは敵の目的を推測しようとしていた。
陣に拠って戦うことばかりであった奴らが、わざわざ軍竜で乗り込んできた訳は、何だ?
ロンゴリアは自軍に置き換えて考えた。貴重な軍竜と、精兵を敵の勢力圏に送り込み、何をするか?本陣への奇襲では無かった。輜重を襲うわけでもない。
なれば──何か重要なものを取りに来たのだ。それは相当高位の貴族、僧侶または重要な宝具の類に違いあるまい。
陣に拠って戦うことばかりであった奴らが、わざわざ軍竜で乗り込んできた訳は、何だ?
ロンゴリアは自軍に置き換えて考えた。貴重な軍竜と、精兵を敵の勢力圏に送り込み、何をするか?本陣への奇襲では無かった。輜重を襲うわけでもない。
なれば──何か重要なものを取りに来たのだ。それは相当高位の貴族、僧侶または重要な宝具の類に違いあるまい。
「敵軍に動きあり!」
配下の騎士が叫んだ。ロンゴリアは石壁の角からわずかに顔を出すと、敵に目を凝らした。暗がりの向こうを、敵が軍竜に向けて走る気配がした。
彼は、一度壁の後ろに引っ込むと、一つ深呼吸をした。行かせてしまえば、おそらく自分達は生き延びれるだろう。だが──
高位の捕虜とドラゴンスレイヤーの称号があれば、村の一つくらいはもらえるかもな。
ロンゴリアは、営庭のあちこちに潜む手勢全てに聞こえるよう、声を張り上げた。
配下の騎士が叫んだ。ロンゴリアは石壁の角からわずかに顔を出すと、敵に目を凝らした。暗がりの向こうを、敵が軍竜に向けて走る気配がした。
彼は、一度壁の後ろに引っ込むと、一つ深呼吸をした。行かせてしまえば、おそらく自分達は生き延びれるだろう。だが──
高位の捕虜とドラゴンスレイヤーの称号があれば、村の一つくらいはもらえるかもな。
ロンゴリアは、営庭のあちこちに潜む手勢全てに聞こえるよう、声を張り上げた。
「者共、一斉に矢を放て!魔術師は軍竜を狙うぞ」
弩弓兵が矢を放ち、魔術師は一斉に呪文の詠唱を始めた。
集団の右側を走っていた好安三曹が呻いた。ぐらりとよろめく。右肩に矢が突き立っていた。
「糞ッ!痛えぞ」
好安が顔をしかめる。しかし、足を止めることはない。矢は次々と飛来していた。その中を隊員達は集団を守り、黙々と走った。周囲を固める隊員の武装は9㎜機関けん銃か散弾銃であり、現在の交戦距離では反撃効果が薄い。
「おい、ヤバいぞ。撃て撃て!」
敵の制圧は小銃を装備する妻木たちの役目である。彼等は、明らかに勢いを増した敵に対して、やや慌て気味に射弾を集中した。
頭を下げるのが遅れた敵の弩弓兵が何人か、頭部に銃弾を喰らい、もんどりうって倒れる。鉄製の兜も、全く用をなさない。仲間の脳漿をまともに浴びた兵が、無様に悲鳴を上げた。
敵の弓は速射が出来ないようであった。味方の射撃が敵を抑えている隙に、隊員たちはヘリに辿り着いた。
「ガキ共をまず乗せるぞ!」
「了解!」
「了解ッス!」
肩口に矢が刺さったままの好安が叫ぶ。水野と土本が胸に抱えた子供達をキャビンに押し込んだ。周囲では他の隊員が壁を作っていた。
「はいはい、乗ったら奥に詰めてね。よくがんばったね」
センサーマンが手早く子供達を抱え上げ、キャビンに収めていく。子供達はもはや泣く余裕も無く、されるがままであった。
「うわッ!」
周囲を守っていた進士三曹が、悲鳴を上げ倒れた。ドサッという音を立て、校庭の土の上に転がる。そのままぴくりとも動かなくなった。
「進士さん!?畜生!」
機関けん銃を乱射しつつ、水野は進士を見た。進士の胸には矢が突き立っていた。
「進士がやられたぞ!」
誰かが叫んだ。目の前で、初めて仲間を喪う事態に、隊員は動揺した。激昂した好安が、散弾銃を放つ。ろくに狙いを付けず放たれた散弾は、地面をむなしく抉った。
「くそ、いい人だったのに」
「この野郎!糞野郎!」
しかし、口々に敵を罵りながらも、隊員達は手を休めなかった。子供達を全員乗せ終わると、二人の教師を誘導する。敵の矢に倒れた進士のためにも、任務を完遂しなければならない。隊員達は奮い立った。
「糞ッ!痛えぞ」
好安が顔をしかめる。しかし、足を止めることはない。矢は次々と飛来していた。その中を隊員達は集団を守り、黙々と走った。周囲を固める隊員の武装は9㎜機関けん銃か散弾銃であり、現在の交戦距離では反撃効果が薄い。
「おい、ヤバいぞ。撃て撃て!」
敵の制圧は小銃を装備する妻木たちの役目である。彼等は、明らかに勢いを増した敵に対して、やや慌て気味に射弾を集中した。
頭を下げるのが遅れた敵の弩弓兵が何人か、頭部に銃弾を喰らい、もんどりうって倒れる。鉄製の兜も、全く用をなさない。仲間の脳漿をまともに浴びた兵が、無様に悲鳴を上げた。
敵の弓は速射が出来ないようであった。味方の射撃が敵を抑えている隙に、隊員たちはヘリに辿り着いた。
「ガキ共をまず乗せるぞ!」
「了解!」
「了解ッス!」
肩口に矢が刺さったままの好安が叫ぶ。水野と土本が胸に抱えた子供達をキャビンに押し込んだ。周囲では他の隊員が壁を作っていた。
「はいはい、乗ったら奥に詰めてね。よくがんばったね」
センサーマンが手早く子供達を抱え上げ、キャビンに収めていく。子供達はもはや泣く余裕も無く、されるがままであった。
「うわッ!」
周囲を守っていた進士三曹が、悲鳴を上げ倒れた。ドサッという音を立て、校庭の土の上に転がる。そのままぴくりとも動かなくなった。
「進士さん!?畜生!」
機関けん銃を乱射しつつ、水野は進士を見た。進士の胸には矢が突き立っていた。
「進士がやられたぞ!」
誰かが叫んだ。目の前で、初めて仲間を喪う事態に、隊員は動揺した。激昂した好安が、散弾銃を放つ。ろくに狙いを付けず放たれた散弾は、地面をむなしく抉った。
「くそ、いい人だったのに」
「この野郎!糞野郎!」
しかし、口々に敵を罵りながらも、隊員達は手を休めなかった。子供達を全員乗せ終わると、二人の教師を誘導する。敵の矢に倒れた進士のためにも、任務を完遂しなければならない。隊員達は奮い立った。
「進士の仇だ!」
「ん、僕の仇?……痛たたた」
地面に仰向けだった進士がむくり、と無造作に上半身を起こした。
「はぁ!?」
「進士さん死んだんじゃ?」
周囲の唖然とした問いかけに、夢から覚めたような表情の進士は、自分の胸を見下ろした。クロスボウの矢が、折れてぶら下がっていた。よく見ると、矢はチョッキのポケットを貫いているが、鏃が見えていた。
進士が手で払うと、あっさりと地面に落ちる。進士は仲間を見上げた。
「プレートが無ければ、即死だったよ」
軍用小銃弾を食い止めるために作られたセラミック製抗弾プレートが、クロスボウの矢を完璧に食い止めていた。
「……まあ、無事で良かった」
「妻木班長の言うこと聞かなくて良かったですね」
隊員達は口々に言いながら、戦闘に復帰した。そんなやりとりの間に、教師二名もヘリに乗り込んだ。
それを確認した進士が言った。この中で、彼が先任だった。
「好安三曹と、本田三曹はそのまま乗って」
「は?何でですか?」
「君ら二人、怪我してるだろ」
好安は肩に、第1班の本田は太腿に、それぞれ矢傷を負っていた。
「俺は、まだ戦えます!」
「これくらい──」
「無理しない!それに、君らには子供達を護衛してもらわないといけない。重要な任務だよ」
進士は二人の抗議に被せるように、鋭く言い放った。センサーマンが割り込む。
「早くしてくれ。ここは危険だ」
「あ、ああ。──進士三曹、後は頼みます」
好安と本田がヘリに乗り込む。センサーマンがにこやかに言った。
「本日は錨観光舞鶴営業所をご利用頂き、誠に有り難うございます。当機はこれより離陸いたします」
進士が答える。
「大切なお客様です。よろしく願います」
「お任せください。さて、お客様。シートベルトはございませんので、何かにお掴まりください」
センサーマンは機内に向けて言うと、キャビンドアに手をかけた。表情を引き締める。
「ドア閉めるぞ。離陸するから、離れろ!戻ってくるまで頑張れ!」
進士は笑顔で応えると、機長に向けて親指を立てた。メインローターの回転数が増し、ダウンウォッシュが強まった。
「ん、僕の仇?……痛たたた」
地面に仰向けだった進士がむくり、と無造作に上半身を起こした。
「はぁ!?」
「進士さん死んだんじゃ?」
周囲の唖然とした問いかけに、夢から覚めたような表情の進士は、自分の胸を見下ろした。クロスボウの矢が、折れてぶら下がっていた。よく見ると、矢はチョッキのポケットを貫いているが、鏃が見えていた。
進士が手で払うと、あっさりと地面に落ちる。進士は仲間を見上げた。
「プレートが無ければ、即死だったよ」
軍用小銃弾を食い止めるために作られたセラミック製抗弾プレートが、クロスボウの矢を完璧に食い止めていた。
「……まあ、無事で良かった」
「妻木班長の言うこと聞かなくて良かったですね」
隊員達は口々に言いながら、戦闘に復帰した。そんなやりとりの間に、教師二名もヘリに乗り込んだ。
それを確認した進士が言った。この中で、彼が先任だった。
「好安三曹と、本田三曹はそのまま乗って」
「は?何でですか?」
「君ら二人、怪我してるだろ」
好安は肩に、第1班の本田は太腿に、それぞれ矢傷を負っていた。
「俺は、まだ戦えます!」
「これくらい──」
「無理しない!それに、君らには子供達を護衛してもらわないといけない。重要な任務だよ」
進士は二人の抗議に被せるように、鋭く言い放った。センサーマンが割り込む。
「早くしてくれ。ここは危険だ」
「あ、ああ。──進士三曹、後は頼みます」
好安と本田がヘリに乗り込む。センサーマンがにこやかに言った。
「本日は錨観光舞鶴営業所をご利用頂き、誠に有り難うございます。当機はこれより離陸いたします」
進士が答える。
「大切なお客様です。よろしく願います」
「お任せください。さて、お客様。シートベルトはございませんので、何かにお掴まりください」
センサーマンは機内に向けて言うと、キャビンドアに手をかけた。表情を引き締める。
「ドア閉めるぞ。離陸するから、離れろ!戻ってくるまで頑張れ!」
進士は笑顔で応えると、機長に向けて親指を立てた。メインローターの回転数が増し、ダウンウォッシュが強まった。
「システムグリーン、離陸用意よし」
副操縦士が報告した。計器類は全て問題無い。キャビンのセンサーマンからは、全員何かに掴まったと報告が上がった。機長は周囲を確認した。
刻々と闇に近づいていた。『みょうこう』立入検査隊員は危険区域から出たようだ。たまに矢が飛んでくるが、大概はローターに弾かれるか、機体を僅かに凹ませる程度だった。問題ない。
「よし、上がるぞ」
機長が宣言した。
副操縦士が報告した。計器類は全て問題無い。キャビンのセンサーマンからは、全員何かに掴まったと報告が上がった。機長は周囲を確認した。
刻々と闇に近づいていた。『みょうこう』立入検査隊員は危険区域から出たようだ。たまに矢が飛んでくるが、大概はローターに弾かれるか、機体を僅かに凹ませる程度だった。問題ない。
「よし、上がるぞ」
機長が宣言した。
その時、彼の視界の右隅で何かが光った。機長は顔をそちらに向けた。彼の目に校舎の陰に生じた、三つの蒼白い光が見えた。
投光器?しかし、奴らそんなもの持っていたか?
機長の認識は間違いであった。蒼白い光は急速にその大きさを増した。いや、大きくなっているのではなかった。
光はこちらに向けて猛烈な勢いで迫っていたのだった。
投光器?しかし、奴らそんなもの持っていたか?
機長の認識は間違いであった。蒼白い光は急速にその大きさを増した。いや、大きくなっているのではなかった。
光はこちらに向けて猛烈な勢いで迫っていたのだった。
京都府舞鶴市倉梯 倉梯小学校校庭
2012年 6月5日 19時23分
2012年 6月5日 19時23分
「放てェ!」
騎士の号令が響く。数名の弩弓兵が矢を放った。放たれた矢の行方は定かではない。ロンゴリアは、石壁の陰から、やや遠い位置に布陣した手勢の様子を確認していた。
弩弓兵が一本矢を放つと、必ずその付近に無数の礫が撃ち込まれた。今も、弩弓兵の一人が顔面を砕かれた。
これは、たまらんな。何処の何奴だ、蛮族兵は鎧袖一触だ、などと言った奴は。狼の餌になっちまえ。
ロンゴリアは胸の中で一通り罵ると、傍らに控える魔術師を一瞥した。魔術師に余り頼らない兵制の西方諸侯領軍であるが、それでも騎士団には魔術師が従軍している。
彼等は主に敵(ここ十数年は野盗や叛徒だが)の魔術師に対抗する役を与えられていた。具体的に言えば、魔力感知や対魔術抵抗等である。
しかし、重要視はされていない。野盗や叛徒の類に手練れの魔術師が含まれることは稀であったし、いたとしても大抵は兵の数で押し潰せた。騎士団首脳部を暗殺されるようなことを防げれば、事足りていたのである。
これは、西方諸侯領が、帝國の旧本領にして、今は唯一敵国と接しない諸侯領であることと関係が深い。
『豊穣の顎』『麦の王冠』と称される大穀倉地帯を持ち、かつ帝國がまだ王国であった黎明期から続く、旧い都と諸侯が存在する帝國で最も安定した地域。
そんな土地の守護を司る騎士団は、ただ重厚かつ壮麗であることを求められていた。他の地方のように、猖獗を極める土地と魔獣を相手にしたり、剽桿な異民族国家と戦う必要が無い以上、魔術師は添え物で良かったのである。
騎士の号令が響く。数名の弩弓兵が矢を放った。放たれた矢の行方は定かではない。ロンゴリアは、石壁の陰から、やや遠い位置に布陣した手勢の様子を確認していた。
弩弓兵が一本矢を放つと、必ずその付近に無数の礫が撃ち込まれた。今も、弩弓兵の一人が顔面を砕かれた。
これは、たまらんな。何処の何奴だ、蛮族兵は鎧袖一触だ、などと言った奴は。狼の餌になっちまえ。
ロンゴリアは胸の中で一通り罵ると、傍らに控える魔術師を一瞥した。魔術師に余り頼らない兵制の西方諸侯領軍であるが、それでも騎士団には魔術師が従軍している。
彼等は主に敵(ここ十数年は野盗や叛徒だが)の魔術師に対抗する役を与えられていた。具体的に言えば、魔力感知や対魔術抵抗等である。
しかし、重要視はされていない。野盗や叛徒の類に手練れの魔術師が含まれることは稀であったし、いたとしても大抵は兵の数で押し潰せた。騎士団首脳部を暗殺されるようなことを防げれば、事足りていたのである。
これは、西方諸侯領が、帝國の旧本領にして、今は唯一敵国と接しない諸侯領であることと関係が深い。
『豊穣の顎』『麦の王冠』と称される大穀倉地帯を持ち、かつ帝國がまだ王国であった黎明期から続く、旧い都と諸侯が存在する帝國で最も安定した地域。
そんな土地の守護を司る騎士団は、ただ重厚かつ壮麗であることを求められていた。他の地方のように、猖獗を極める土地と魔獣を相手にしたり、剽桿な異民族国家と戦う必要が無い以上、魔術師は添え物で良かったのである。
そしてそのツケを今我等が身を持って払っている、か。
魔術師が必要な詠唱を終えていることを確認しながら、ロンゴリアは思った。敵の礫は弩弓兵に向いている。
トロい魔術師でも顔を出せるのは、今しか無い。例え未熟であっても、魔術師の光矢なら、効果はあるだろう。
「よし、今だ。軍竜に放て!」
魔術師が必要な詠唱を終えていることを確認しながら、ロンゴリアは思った。敵の礫は弩弓兵に向いている。
トロい魔術師でも顔を出せるのは、今しか無い。例え未熟であっても、魔術師の光矢なら、効果はあるだろう。
「よし、今だ。軍竜に放て!」
ロンゴリアの指示に従い、くすんだ茶色のローブを纏った魔術師が3名、一斉に光矢を放った。蒼白い光弾が夜を切り裂いて、敵の軍竜に飛ぶ。軍竜は飛び立とうとしているところであった。
そのうち一発は、魔術師が制御を誤ったか、敵の手前で地を穿った。激しい光が、ロンゴリア達の目を眩ませる。
しかし、残りの2発は確実に軍竜を捉えた。頭(かどうかは定かでないが)と胴に一発ずつ。光矢が炸裂する。
そのうち一発は、魔術師が制御を誤ったか、敵の手前で地を穿った。激しい光が、ロンゴリア達の目を眩ませる。
しかし、残りの2発は確実に軍竜を捉えた。頭(かどうかは定かでないが)と胴に一発ずつ。光矢が炸裂する。
よし、これならば。
ロンゴリアは戦果を確信した。
激しい光に、機長は目を眩ませられた。拙い。機長は努めて冷静さを保とうとした。離陸中のこの瞬間は、迂闊な操作が即墜落を意味する。
だが、本当の試練は遅れてやってきた。右前で閃光、衝撃、何かが割れる音。一瞬遅れて警告音が響く。どこからか風を感じた。
「な、何があった?」
「敵の攻撃です!機長大丈夫ですか!?」
意志の力で辛うじて生物的な反射を抑えた機長は、機体を安定させることに成功した。
「銃撃か?ロケットか?」
「わかりません!光が飛んできたのは分かるんですが──ESMダウン、データリンク駄目、対気速度計も駄目か」
「エンジン出力は大丈夫だな、高度上げるぞ!」
「操縦系統は生きてます。くそ、レーダーにもアラートが……」
飛行に必要な出力とローターが生きていることに、機長はとりあえず安堵した。まずは高度を上げ第二撃を避けなければ。そういえばキャビンは大丈夫か?
だが、本当の試練は遅れてやってきた。右前で閃光、衝撃、何かが割れる音。一瞬遅れて警告音が響く。どこからか風を感じた。
「な、何があった?」
「敵の攻撃です!機長大丈夫ですか!?」
意志の力で辛うじて生物的な反射を抑えた機長は、機体を安定させることに成功した。
「銃撃か?ロケットか?」
「わかりません!光が飛んできたのは分かるんですが──ESMダウン、データリンク駄目、対気速度計も駄目か」
「エンジン出力は大丈夫だな、高度上げるぞ!」
「操縦系統は生きてます。くそ、レーダーにもアラートが……」
飛行に必要な出力とローターが生きていることに、機長はとりあえず安堵した。まずは高度を上げ第二撃を避けなければ。そういえばキャビンは大丈夫か?
『機長!大丈夫ですか?こっちは揺れましたが、皆無事です──よしよし、大丈夫。落ちないよ』
ちょうどその時、センサーマンの気遣うような呼びかけが、ヘッドセットから響いた。一番大切な乗客は無事なようだ。
相変わらず警告音と警告灯がやかましい。だが、優秀な副操縦士が猛烈な勢いで機体の状況を確認している。機長は高度計を見た。150フィート、上昇中。残燃料よし。燃料漏れも無いようだ。
ちょうどその時、センサーマンの気遣うような呼びかけが、ヘッドセットから響いた。一番大切な乗客は無事なようだ。
相変わらず警告音と警告灯がやかましい。だが、優秀な副操縦士が猛烈な勢いで機体の状況を確認している。機長は高度計を見た。150フィート、上昇中。残燃料よし。燃料漏れも無いようだ。
その時、機長はようやく視界がおかしなことに気づいた。眼下の街並みも、空もよく見えない。どうしたことか。
「これは……」
計器類の灯りに照らされた操縦席の風防ガラスには、大きなひび割れが生じていた。ふと、右に視線を向けると、側面のガラスは割れており、せり出した可動式防弾板が焦げていた。
「……危なかった、のか?」
「です。機長、飛行可能」
一瞬呆然とした機長は、現状を思い出した。俺は生きている。任務はまだ途中だ。そして、この惨状。
「これは……」
計器類の灯りに照らされた操縦席の風防ガラスには、大きなひび割れが生じていた。ふと、右に視線を向けると、側面のガラスは割れており、せり出した可動式防弾板が焦げていた。
「……危なかった、のか?」
「です。機長、飛行可能」
一瞬呆然とした機長は、現状を思い出した。俺は生きている。任務はまだ途中だ。そして、この惨状。
「前が見えん。操縦を渡すぞ。ユーハブコントロール」
「アイハブコントロール」
「アイハブコントロール」
副操縦士は慎重に機体を舞鶴航空基地に向けた。機長は無線機に手を伸ばし、地上部隊に呼びかけた。
「クアーズ、マイヅル27。敵の攻撃を受けたが無事だ。帰投する」
『マイヅル27、クアーズ。無事でよかった。救出に感謝する──さようなら。アウト』
「クアーズ、マイヅル27。敵の攻撃を受けたが無事だ。帰投する」
『マイヅル27、クアーズ。無事でよかった。救出に感謝する──さようなら。アウト』
外から入る風が焦げ臭い。機長は隣で機を操る副操縦士を見て思った。
そろそろこいつも、独り立ちの時期だな。しかし、あの攻撃は一体……俺の機は再出撃は無理そうだぞ、畜生め。
そろそろこいつも、独り立ちの時期だな。しかし、あの攻撃は一体……俺の機は再出撃は無理そうだぞ、畜生め。
敵の軍竜はよろめくこともなく、飛び立って行った。轟音が遠ざかる。ロンゴリアは、当てが外れたことを知った。
「ええい、役立たずが!」
思わず、傍らの魔術師を罵る。彼の怒りを受けた魔術師の一人が慌てて弁明した。
「ロンゴリア殿、所詮光矢は初歩的な魔術。人は打ち倒せても、あの様な巨大な魔獣には」
「だが、昨日は倒したではないか!」
「あれはバリスタと騎士団本隊の高位魔導師殿の手柄に御座います」
「お主等では無理と申すか」
魔術師は、空を指差し、湿った声色で答えた。
「ええい、役立たずが!」
思わず、傍らの魔術師を罵る。彼の怒りを受けた魔術師の一人が慌てて弁明した。
「ロンゴリア殿、所詮光矢は初歩的な魔術。人は打ち倒せても、あの様な巨大な魔獣には」
「だが、昨日は倒したではないか!」
「あれはバリスタと騎士団本隊の高位魔導師殿の手柄に御座います」
「お主等では無理と申すか」
魔術師は、空を指差し、湿った声色で答えた。
「敵の軍竜に痛手を与えた、ということもあり得ましょう。現に敵の軍竜は去ったのです!」
確かに、そうとも言えるかもしれん。ロンゴリアは考えを改めた。それに、軍竜には通じずとも、敵兵になら──
そう考えたところで、目の前の魔術師が吹き飛んだ。慌てて地に伏せる。反応の鈍い残りの魔術師もあっという間に肉片と化した。
熱く生臭い血が、ロンゴリアに降り注いだ。鎧が錆びちまう。彼はまずその事を思った。
敵の反撃は素早く、執拗だった。あれだけ光を放てば、狙われて当然であった。
熱く生臭い血が、ロンゴリアに降り注いだ。鎧が錆びちまう。彼はまずその事を思った。
敵の反撃は素早く、執拗だった。あれだけ光を放てば、狙われて当然であった。
ロンゴリアは貴重な魔術兵力を失った。
永遠にも思える程の時間が過ぎ、敵の反撃が止んだ。実際は僅かな時であったかもしれない。ロンゴリアは、耳鳴りを感じつつ、周囲を見渡した。
配下は遮蔽物の陰に縮こまるか、地面に打ち倒されていた。
配下は遮蔽物の陰に縮こまるか、地面に打ち倒されていた。
そして、敵の気配は消えていた。あれだけ猛烈な攻撃を仕掛けた後、敵はいつの間にか消え失せていた。
逃げられた。ロンゴリアがそれに気づいたのは、ゆっくり百を数えた程の時が過ぎてからだった。
逃げられた。ロンゴリアがそれに気づいたのは、ゆっくり百を数えた程の時が過ぎてからだった。
おのれ。逃がさぬぞ。ここまでやられて、黙ってはおれぬ。
自軍の惨状を敵への怒りに転嫁し、ロンゴリアは追撃を決意した。