メガラニカ王国東部、鉱石が古来より多く採掘され王国の製鉄の基幹を担ってきた地方であり王国の中でも中央部にある王都と並んで重要拠点の1つだ。
その東部の中でも最大の都は、レバン子爵領アリンクスと言い人口五十万と王国でも第二位の人口を誇る。
壊滅し東へと撤退したメガラニカ王国北領征伐軍残党の多くはこの街を目指して、移動をし続けた。
しかし、士気の低い者・農民からの徴兵で組み込まれた者等は脱走したり賊へと合流する者も続出し、アリンクスへと辿り着いた残党は一万と少し。
西部・中央へと脱出した部隊も居り、東部に辿り着いたこの残党部隊も含めるとそれなりの数を帝國は撃ち漏らしたことになる。
だが、残党軍の問題は兵数だけでは無かった。
「あの攻撃の後、兵士達の多くが目に見えて戦闘に対し消極的になりました。今後の戦闘にも支障が…」
「分かっている、私ももう一度あの攻撃の中を走れるかと言われたら御免だ」
残党軍の暫定指揮官、オーフェン大佐が部下からの報告を聞き深く悩む。
「いかがいたしますか?」
「先程、王都から連絡が来た。王都から東部にかけての防衛線の再構築と増援が来る」
「では、我々はここで籠城ですか?」
部下の言葉にオーフェン大佐は首を振る。
「そういう事になる、子爵からは食糧の心配は無いとすでに聞いているからな」
「レバン子爵の部隊との兼ね合いは…」
「本来なら我々が卿の指揮下に入る所だが、独自に行動する」
大佐はそう言うと弩を手に持った。
「見張りは交代でやらせろ。戦意が落ちてもそれ位は出来るだろう」
「了解しました」
指示を受け部下が退室するのを見届けると大佐は呟く。
「初戦とは逆だな、守る我らと攻める帝國か」
遠距離からの射撃で削るか?
いや、最初のあの長距離攻撃がもし魔術師がやったものだとすれば同じことの繰り返しだ。しかも、次は確実に市民達にも被害が出る。
ならばいっその事野戦で戦うか?
馬鹿な、それもあの『死の行軍』の再現だ。
次は間違いなく皆殺しになる。
「さて、どうした物か…」
なんなら投降でもするか?
…それが一番してはいけない選択肢だ。
徴兵された農民・市民なら投降する事になっても御咎めはないだろうが、佐官・士官の貴族はそうもいかない。
戦わずして投降するなどそれこそ貴族の名折れ。
『名誉』で食っていく貴族に取って致命的だ。
結局、援軍の到着後に挟み撃ちの形を取るしかない。
…それも自分達があの攻撃に耐えきり、援軍が間に合えばの話だが。
バチンと自分の頬を叩くと気合を入れなおす。
指揮官の自分が何を弱気になっているのだ?
只でさえ兵の士気が下がっているのだ、こんな姿ではまた脱走が出てしまう。
ふと窓から外を見ると、門が開き馬に乗った兵士が二人出て行くのが見えた。
恐らくは増援との連絡にレバン子爵が出したのだろう。
「あの二人が無事に任務を達成してくれれば…」
自分達の勝ちの目も出てくる。
大佐は二人の無事を祈らずにはいられなかった。
しかし自分の指示で出した兵でもないのにそう判断したのは、列強・メガラニカ陸軍佐官としてキャリアを積み上げてきた身としては些か不用心だったと後に大佐は後悔することになる。
物資の荷揚げに手間取った帝國も、作業が終了し進軍を始めていた。
敗残兵らが三方向へと撤退するのを航空機による偵察で確認された後、第一目標として設定されたのは一番近く、また多くの兵が撤退した主目標東部への進軍だ。
中世レベルの文明と説明を受けていたが以外にも、道は整備され歩きやすい道だった。
―流石は『列強』の国力と言うべきか。
アスファルトで舗装とまではいかずともきちんとした工事が行われ多くの人・馬車が通るのを想定した作りになっているのが分かる。
これなら普通に行軍しても大丈夫だろう。
いままでに他国で通ってきた道が獣道や整備されきってない道だっただけにその違いは有りがたい。
事実、行軍速度は緩まずに来れた。
流石に十万人全員で進軍と言う訳にも行かず、兵の殆どはウィザール王国にて待機し現在は一万の軍での進軍となった。
初戦で大部隊を撃破したからかさしたる障害もなく進軍は進み、純朴な景色が流れ続け帝國の田舎にいるのかと思うようになってきた。
川を流れる水は清らかで川魚も多く泳いでいるのが見られるし、麦畑で働く村人の姿も多い。
「攻略目標の街はどうなっている?」
山下中将の質問に参謀の一人が答える。
「ここから約十キロ地点に有り、防衛戦力は撤退した部隊を含めると1万5千程と思われます。」
「野砲は使えん以上、包囲する事になるが気を引きしめていけ」
行軍速度を重視して足の遅い野砲等を置いてきたが、包囲を仕掛けると敵がまだ戦力に余裕がある以上被害がでるだろう。
今後の東部地域の平定や北部を含めた防衛を考えると許容範囲の内で収めたい。
包囲を続けていれば勝てるだろうが、時間を食うし敵の増援が来るだろう。
もしかしたら、破れかぶれになった城兵が突撃してくるかもしれない。
投降を呼びかけても良いが応じるかどうか確実ではない。
帝國の勢力圏の拡大と利益の確保の為には、この地域の住民の感情も考えなければならない。
「さて、どうした物か」
やはり突入するべきか、いや包囲するか。
山下中将らの議案は今しばらく纏まりそうにない。
「親父殿、北領での大敗はもうお聞きになられましたか?」
赤い髪の青年騎士が父と呼んだ男は顔を上げる。
「ああ、派遣した軍の大半がやられたそうだな」
「ええ、それでアリンクスに住む友人の魔術師から長距離連絡用のクリスタルを通じて連絡がありましてね。残党が街に駆け込んできたそうです」
「ふむ、まあかなりの数だったんだそれなりに生き残りは出ろうよ」
男の隣に座っていた、もう一人の青年がそれに答える。
「それでヴラド、何が言いたいんだ?」
「なあ兄者よ、現状我々南部諸侯の担当戦線は平和なもんだ一つ部隊が無い位どうとでも支えるだろう?」
ヴラドと呼ばれた赤い髪の青年騎士は、ニヤリと口の端を歪めた。
「…要は行かせろと言う事か」
「流石は親父殿、話が早くて助かります」
ヴラドの父、ヴァレンタイン伯爵は目を瞑り考える。
「親父殿、私は賛成ですよ」
ヴラドの助け舟は兄、ミハイからだった。
「…訳を聞こう」
「単純に中央と東部の連中に恩を売りたいのですよ、東部は鉱山資源が豊富だ。恩を売って利権に一枚噛みたい」
ミハイはくつくつと声を押し殺した笑いを上げる。
「ヴラド、お前はどうしてだ?」
「俺はただ単純に武勲が欲しいのですよ」
それと友人を迎えにね、と軽い口調で話す。
「良かろう、お前の穴は他の諸侯と共に埋める。直轄の飛竜隊と共に行け」
「有りがたき幸せ。では、行って参ります」
ヴラドは椅子から立ち上がり、部屋を出る。
玄関を抜け屋敷から出ると、ヴァレンタイン家から独立した際からの付き合いである古参の従士と合流する。
「御館様、大殿様は何と?」
「親父殿と、兄者のお墨付きを貰ったよ。出発だ」
「全員、準備は整っております」
「よろしい、では号令でもかけるか」
ヴラドは従士を伴い、街の外にて待機していた配下の飛竜隊を見つめる。
赤飛竜と呼ばれる、ワイバーンロードのさらに上位種ワイバーンオーバーロード。
そして共に幾つ物の死線を潜り抜けてきた部下の赤い鎧を着た竜騎士達。
その自身の配下達へと、ヴラドは号令を掛ける。
「大殿様より、許可を賜った!『クリムゾン・ドラグーンズ』出撃!」
ヴラドの号令に答え、人も竜も雄たけびを上げる。
自らの武を表明するかのごとし、その声は響き渡る。
「さあアリンクスへ行くぞ!中央の弱兵共を笑ってやれ!」
飛竜達の翼が広がる。