サイドストーリー2 マジックアイテムと行商人
この世界において魔術とは便利かつ、魔力さえ保てて知識が有れば誰にでも使える物である。
しかし、現実には種族的に体内魔力の保有量が少ない種族やそもそも魔術の知識が学べず使えないというのが多数だ。
そういった者達が魔術的な事をするにはどうするか?
それは『すでに魔力が充填されている物を買う』のだ。
一般的にマジックアイテムと呼ばれるそれらは、攻撃に使う物や日々の生活を向上させる物など多岐に渡る。
大きな街ではそういったマジックアイテムの専門店が一つ位はあるし、キャラバンともなれば取り扱っている商会もある。
今回はそんなキャラバンと帝國との出会いだ。
ガタガタと車輪が回り、馬車が進んでいく。
街での補給が終わり、護衛も新しく雇ったキャラバン隊はメガラニカ王都から東部へと続くキャラバンルートを辿っていた。
主に食糧や武具が積まれており、次の街で捌けば相応の利益になりそうだ。
「社長、なんでこんな物買ったんですか…」
一人の青年が社長と呼んだ中年の男性は手綱からすこし目を離し、青年を見る。
「高い買い物だったが、その分吹っかけりゃいいのさ」
社長はフフっと笑い、視線を前に向ける。
街で馴染みの魔術師からそこそこの値で買った幾つかのマジックアイテム。
まあ、店に置いておけば買い手はいるだろうという類の物だ。
そう損になるとは思わなかった買い物だ。
そんな時。
前方にキャンプが見えた。
見たことも無い服装だが、空気で分かる。
軍隊だ。
今まで、何度か諸侯の軍と取引をした事があるがこの野営の雰囲気はまさにそれだ。
「商売のチャンスかもしれないな」
「え!?社長止めましょうよ!軍の進行の邪魔をしたとあっちゃ全員撫で斬りですよ!?」
「それに明らかにメガラニカの軍に思えませんし…」
社員らの明らかな不満の声に社長は声を荒げる。
「お前らな、そんなんじゃあ金は手に入らないんだよ。チャンスと見れば突き進め!」
社長の声に気付いたか、キャンプの方で何人かが動き出したのが見える。
「ああ、これは不味い不味いよぉ…」
気弱なのか女性社員が絶望したと言わんばかりの声を上げる。
「止まれ」
キャンプの手前まで進んだ当たりで兵士と思しき男達に止められる。
「やあやあどうも、兵隊さん!私達はキャラバンの者でして…」
社長の媚びた声が上がるが途中で止められる。
「ここは帝國軍の宿営地だ。他の道を行け」
軽くあしらわれた。
だが、帝國と言う少なくともこの大陸にて聞いた事の無い国名に社長は商売の匂いを感じ取った。
「これは失礼いたしました、しかしながら兵隊さん。どうでしょう、幾つか商品をご覧になりませんか?」
「必要無い。さっさと、立ち去れ」
「まあまあ、兵隊さん。そんな連れない事を仰らず!見るだけならタダ!うちは冷やかしも大歓迎!」
「…なら、何があるのか見せてみろ」
異世界の商品、というのに心引かれたのだろうか?
何人か集まっていた帝國兵の中の一人が興味を示した。
「ちゅ、中尉殿…」
「ちょっと見て、別の道に誘導すれば良いだけの話だろう?」
「いやー、旦那は話が分かる御方のようだ!でしたらこのキャラバンの一品をお見せいたします!」
あれの箱を持って来いとの社長の言葉を受け、社員の一人がマジックアイテムが幾つか入った箱を持ってくる。
「これからお見せいたしますは、どれも一級品!さあさ、もっと近くでどうぞ!」
社長の大きな声に乗り気では無かった帝國兵も近づいてくる。
「初めにご紹介致しますは、この氷結の符呪を用いた「アイスボックス」!使い方は簡単、日持ちしにくい食材を中に入れるだけ!氷も使わないのでいちいち中を開ける必要無し!」
へえ、便利だなといった声が帝國兵から上がる。
「大きさも十分、肉や魚も鮮度を保っておけます!」
さて次に、と社長が取り出したのは瓶だった。
「取り出しましたるはこの「浄化瓶」!酒も泥水でさえも入れて振れば真水に変わります!長旅にはぜひ一つ欲しい一品!」
社長はそう言うと前日の雨で溜まっていた水溜りから瓶を潜らせシャカシャカと降り出した。
「こうやって十回も降ればほらこの通り!」
瓶を逆さに向けると、泥水ではなく真水がドバドバと出てきた。
おおと驚愕の声が上がる。
まだ残っている水を社長は飲み干すと瓶を掲げる。
「このように飲んでも安心!もう渇きに悩む必要は有りません!」
さあさお次です、箱の中身から取り出したのは赤い石が入った瓶だった。
「これは「発火石」と申しまして、石を擦り合わせるとすぐに火が付きます。もうこれでいちいち火を起こす苦労はいりません!」
社長の演説の中社員が薪を持って無造作に地面へと置く。
「さあご覧あれ!」
社長は石を取り出すと擦り合わせ、石を薪へとほおり投げる。
直ぐに着火すると、薪は勢い良く燃えだした。
「ご覧の通り、すぐに温まりたい時重宝致します!」
さてまだまだ、と取り出した物はマントだった。
「誰かから身を隠したい?そんな時はこれ!「同化マント」!これを羽織れば…」
サッとマントを身に着けると社長の首から下が消えた。
「おわ!?」
流石に驚いたか中尉が声を出す。
「これはマントの生地に反射の符呪がされていて羽織るまでは普通のマント、羽織れば身を隠す事が出来るのです!」
社長は誇るような声を出すと、箱に手を入れた。
「最後の一品はこれ!「癒しの秘薬」!どんな病もたちどころに癒します!」
取り出したのはちいさな青い小瓶。
その中には、ユラユラと揺れる液体が入っている。
「流石にこれは、効果を試すには病人がいなければ証明が出来ませんが、効果の程は確か!それは保障いたします!」
小瓶と今までに出した物を箱に仕舞うと社長は顔を上げる。
「さあこれで品切れです、何か心揺さぶられる物が御座いましたら幸いです」
「いや、凄い物ばかりだったよ」
中尉は、社長に話しかけるとニヤリと笑った。
「だが、ここを通す訳にはいかん。別の道を行ってくれ」
「いやはや、これは手厳しい。しかし、分かりました」
社長はそう言うと、御者台に登った。
「ルート変更だ!積み終わったか?」
はい、と言う社員の声に社長は手綱を握り馬に右回りさせる。
しばらく、来た道を戻り帝國の宿営地から遠ざかった当たりで社員の一人が話しかけてきた。
「社長、危ない事は止めてくださいよ!俺達皆寿命が縮まりましたよ!?」
「いや、すまんな。だが、売り込みには成功したぞ!」
次に会ったら買ってくれるかもしれんだろと言う社長に、社員達は溜息をついた。