自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

355 第265話 冬の嵐

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第265話 冬の嵐

1485年(1945年)12月5日 午後11時55分 ヒーレリ領クヴェンキンベヌ

「クソ……腹減ったな……」

第94戦車大隊指揮官を務めるロン・ランシング大尉は、愛用の戦車の側で残り少なくなったタバコをふかしながら、ポツリと呟いた。

「大尉殿……すいませんが、タバコが余っていたら1本いいですかね?」

ランシング大尉は、無精ひげが生え、疲れ切った顔を声の響いた方向に振り向ける。

「おう。くにゃくにゃに曲がった汚い奴が1本残っているが、それでいいか?」
「構いません。」

顔の両頬を硝煙と爆煙、泥で汚した第115旅団の女性兵がにこやかに笑って答えた。

「軍曹。連中はまた攻撃してくると思うか?」

ランシング大尉は、目の前の女性兵……リケルナ・ジェスティム軍曹に質問を投げかける。

「来るんじゃないかな。私達は敵の包囲網の中に居るのですから。」
「やはりそう思うか……そりゃあなぁ。」

ランシングは彼女にタバコを渡し、ついでに火を付けた。
少しでも明かりを隠すために、彼らは戦車の影に隠れる形でタバコを吸っていた。
うっかり明かりを示そうものならばどうなるか、ここ数日で痛いほど身に染みた上での行動である。

「敵は最低でも、内の防御線の後方に2個連隊以上を突破させていましたからね。」
「2個連隊どころじゃない、師団規模で突破していった可能性が高いぞ。B戦闘団の連中が止め切れなかった程だからな。」

「シホット共は本気で、カイトロスクに繋がる道を抑えようとしているな。あと4キロ進めば、連中は大手を振ってカイトロスクに殴り込める。
あっちには中隊規模の警戒隊しかいないからな。」

ランシングは紫煙と共に、深くため息を吐いた。

「もっと機甲戦力が……せめて、パーシングがあと100台あればなぁ。シホット共のゴーレムを片っ端から道端の石コロに変えることも出来たんだろうが……」
「……本当にそう思いますね。」

リケルナもつられてため息を吐いた後、ふと、空を見上げる。
漆黒の闇に覆われた空からは、相も変わらず雪が降り続けている。
11月中旬より続くこの悪天候が、連合国軍にとって好ましくない状況を作る原因になっている事を、リケルナは嫌というほど理解していた。

「戦車もそうですが……本当に必要なのは、航空隊ですよ。」
「言われてみれば、確かにそうだ。」

ランシングは、溜息を吐きながら彼女に応える。

「この悪天候さえなければ……シホールアンル軍の地上部隊を空から叩かせることも出来た筈なのに。」
「ハハ、道理で……連中が元気一杯な訳だ。」
「それに対して、こっちの状況は酷い物ですよ……うちの小隊だけでも、5名が戦死し、アールス分隊長とテレス分隊長を含む半数が野戦病院送りになって戦力半減。
あたしが臨時の小隊長という笑えない状態になっていますよ。」
「それはこっちも同じだぜ……」

ランシングは物憂げな口調で言葉を吐く。

「大隊長は戦車と共に火葬され、俺も所属中隊の大半を失った。そして、大隊全体の戦力も、今では21台……1個中隊より少し多い程度の戦力しか残っていない。
知っているか?通常編成の戦車大隊は、16両編成の1個中隊を3つで編成し、戦車の総数は48両ある。それが21台に減った上に、弾薬も乏しいと来てる。」
「食事も今日1日、食べていないですね。」
「こんな状態で戦争が出来るか……畜生め……!」

彼の小さいながらも、やり切れない怒りの声が吐き出される。

現在、ランシング大尉の残存戦車部隊は、第115空挺旅団第756連隊所属の第1大隊と共に、クヴェンキンベヌの南西にあるヴェソという地点で
シホールアンル軍に包囲されていた。
シホールアンル軍攻撃部隊は、この日の午前8時前に前線を突破した後、損害を顧みずに遮二無二進撃を続けた結果、クヴェンキンベヌ守備隊はヴェソ方面に
約1個師団強の敵部隊に戦線の奥深くにまで進撃される事態に陥っていた。
ヴェソの突破に勢い付いたシホールアンル軍は、他の戦区……第82空挺師団と第101師団にも猛攻撃を開始し、午後4時には第82師団が主戦線を3キロ
後退させる程、事態は悪化していた。
唯一、戦線を維持している第101師団も損害は続出しており、各師団はあと1度か2度の攻撃に耐えられれば御の字と言われるほど、戦力を消耗している。
敵前進部隊は、今現在も第115旅団第756連隊本隊と第726連隊、第37機甲師団B戦闘団(同師団で唯一残った機甲部隊である)との間で激しい戦闘を
繰り広げているが、戦況は敵にとっては順調であり……アメリカ軍側にとっては思わしく無い。

「救援はまだ来ねえのかな……」
「戦略予備軍は何してるんですかね……そろそろ敵の本隊に反撃を仕掛けないと、カイトロスクが危ないと言うのに。」

リケルナとランシングは、互いに溜息を吐いた。
ランシングは、東の方向に顔を向けた。
東の方向からは、昼間から絶えず、銃声と砲声、爆発音が響き続けている。
戦場が後方に移ってしまった今となっては、どのような感じで戦闘が展開されているかわからない。
(少しでも長く、敵の進撃を遅らせてくれれば……そして、戦略予備軍が動いてくれれば…)
彼は、心中でそう呟いた。
唐突に、東の空で一際大きな閃光が走った。
何かが大爆発を起こしたようだが、それが敵の物なのか、はたまた、味方の物なのかはわからなかった。


午後11時58分 ヒーレリ領ルィシンエリル

第1親衛石甲軍司令部は、カイトロスクより西方8.7ゼルド(約26キロ)の場所にあるルィシンエリルにまで進出し、辛うじて原型を留めていた2階建ての
建物に司令部を移した。

「司令官。第29石甲軍はあと一押しでカイトロスク直通街道へ行けそうですな。」

シホールアンル陸軍第1親衛石甲軍司令官を務めるルイクス・エルファルフ大将は、司令部内にある作戦室でクヴェンキンベヌ攻略の経過報告を受けていた。

「直通街道まであと僅かのようだ。しかし、迂回路を通った俺達は、途中で敵に足止めされてしまっている。敵も必死になっている証拠だ。」

ルイクスは机に広げられた地図を指先でなぞり、カイトロスクから南西8ゼルド(24キロ)の所にあるウィムクエリと呼ばれる場所をつついた。
ルイクスの率いる第1親衛石甲軍は、カイトロスク攻略を第29石甲軍に任せ、一路、迂回路を驀進した。
第1親衛石甲軍は途中まで敵に会う事もなく、順調に進撃を続けた。
しかし、快調な進撃も長くは続かず、12月4日未明には、前線に現れたミスリアル軍との間で戦闘が開始された。
戦闘開始当初、ミスリアル軍は1個連隊程が布陣しているだけであり、ルイクスは第5親衛石甲師団を使って排除しようとした。
だが、この1個連隊は第5親衛師団の猛攻に対して巧みに対応したため、第5親衛師団の進撃は遅々として進まなかった。
また、第5親衛師団が攻勢開始から行われた戦闘で大きく消耗していた事も、攻撃に手こずる原因となっていた。
同日午後3時には、ようやく敵が後退を開始し、第1親衛石甲軍は第5親衛師団を先頭に前進を再開した物の、同日午後6時には敵の増援部隊が前線に
到着したため、再び前進を阻まれた。
第5親衛師団司令部からは、

「この敵部隊は、先の部隊よりも明らかに規模が大きく、推定でも1個師団は戦闘に参加しているものと見られる。目下、我が師団の現有戦力では敵戦線の
突破は難しいと判断する物なり。」

という悲痛めいた報告が届けられた。
ルイクスは、一度は第5親衛師団を引かせて部隊の再編を行わせた後、12月5日未明に第5親衛師団が属している第3親衛軍団の第6親衛師団と、
第2親衛軍団所属の第4親衛石甲師団、第12親衛石甲化機動砲兵旅団を投入して再度攻撃を行わせた。
ルイクスは、この攻撃で敵の防衛ラインを突破できると確信していた。
情報によると、敵はアメリカ軍と同じように完全機械化、または自動車化された1個師団であり、12月4日の攻防戦で第5師団の猛攻に対して
頑強に抵抗した事から、ミスリアル軍の中でも練度の高い部隊である事は疑いようが無かった。
だが、そのような練度の高い精鋭師団といえども、3個師団並びに、1個旅団の猛攻を受ければ、数の暴力でたちまち叩き潰されてしまう。
攻撃部隊は、早朝までには敵の前線を突破し、カイトロスクへ進軍すると思われていた。

しかし、その考えは間違いであった。
当初、1個師団と見積もられていたミスリアル軍であったが、この時、敵は防御を行っていた1個師団の他に、あと2個師団を増援に引き連れていた。
ルイクスは知らなかったが、第1親衛石甲軍の前に立ちはだかったミスリアル軍は、レスタン上陸戦以来の精鋭であった第4軍団であった。

第4軍団は、元はミスリアル軍第1軍を構成する軍団であり、シホールアンル本土領への攻撃に参加していたが、連合軍司令部に詰める
マルスキ・ラルブレイト大将の進言によって急遽、カイトロスク南方の街道上に急送された。
第4軍団は第2親衛戦車師団、第8機械化歩兵師団、第12機械化歩兵師団の3個師団で構成されている。
このうち、第8機械化歩兵師団は、3カ月前までは第8軽装機動歩兵師団と呼ばれていたが、ヒーレリ領攻略作戦の終了と同時に部隊の再編と
装備の更新が行われた。
この更新で、第8師団は念願のハーフトラックと戦車大隊並びに自走砲大隊を受け取り、9月5日には正式に第8機械化歩兵師団へ改称された。
12月4日の会敵から第1親衛石甲軍を苦しめて来た敵1個師団は、この第8機械化歩兵師団であった。
翌日の戦闘では、第8機械化師団の他に、第12機械化師団と第2親衛戦車師団も参加したため、戦闘はより激しい物となった。
思わぬ敵の出現に、第1親衛石甲軍は苦戦を強いられただけではなく、この日の午後2時には、攻撃軍の側面へミスリアル軍戦車部隊が殴り込んで来ると言う
事態に見舞われた。
この敵の側面攻撃は、第4親衛石甲師団の防衛によって撃退されたが、防衛線のミスリアル軍機械化部隊は非常に強固であり、現有戦力での突破は
難しいと判断され、午後5時には再び攻撃が中止された。
ルイクスは攻撃失敗で消耗した部隊を一度後方に下げ、側面掩護の任を請け負っていた第1親衛軍団から部隊を選出して投入する事を決めた。
この決定には、司令部内でも反対の声が上がった。
魔道参謀簿エスフォレウヲ大佐は、

「敵の機械化部隊が立ちはだかっている以上、カイトロスク周辺に到達する事は難しいかと思われます。現状では、既にそうなっている可能性が
充分にあり得ます。ここは、再攻撃を中止して部隊を下げるべきではありませんか?」

と言って来た。
他にも、兵站参謀が3度目の攻撃に異を唱えたが、ルイクスは第29石甲軍が、クヴェンキンベヌの戦線を突破してカイトロスクへ向かう主街道を
もう少しで抑えられると言う報告を聞いて居た事もあり、反対意見を退けて第1親衛軍団に所属している第1親衛石甲師団と第17親衛石甲旅団の
投入を決定した。

「第1親衛軍団はいつまでに攻撃準備を整えられる?」
「明日の朝には準備が完了します。」

ルイクスの問いに、参謀長のウリィンキ・ヴェフル少将が答える。

「しかし閣下。増援戦力は第1親衛師団と第17親衛旅団だけでよろしかったのでしょうか?」

ヴェフルは語調を変えてルイクスに聞きながら、右手に持っていた指示棒で地図上の駒をつついた。

「側面掩護についている第1親衛軍団から一部だけではなく、全部隊を投入して一気に突破すれば……と思うのですが。」
「俺もそう思ったが……西に布陣している連合軍がそろそろ動き出す可能性もある。攻勢直前の敵情報告では、アメリカ軍は2個軍相当の予備を、
どこかに配置していると聞いている。そのどこかが問題だが……私が敵将ならば、カイトロスクに繋がる道路を猛襲しているこの第1親衛石甲軍と、
第29石甲軍に部隊を回す。」

ルイクスは左手でクヴェンキンベヌ西方と、ルィシンエリルからやや北西部分に触れた。

「クヴェンキンベヌ西方とルィシンエリル西方……前進軍主隊の補給路沿いには、第20石甲軍から第56軍団と、我が方から第1親衛軍団と
第2親衛軍団所属の部隊を置いている。4個師団並びに2個旅団、1個軍相当の大軍を側面掩護に置いているから、敵の攻勢には何とか対応できるはずだ。
それに、第76軍からも3個師団が北部からこの戦線に再配置される事が決まり、接収した鉄道路を使って途中のクヴェンキンベヌ周辺まで移動を完了
させつつあるのは君らも聞いているだろう。この兵力でもって後方の安全を確保し、主力は心置きなく、突き進むことが出来る筈だ。」
「なるほど……しかし、側面防御にこれだけの大軍を割かれるのは非常に痛手ですな。これだの軍の中から4個師団……いや、2個師団だけでも前線に
送る事が出来れば……」

エスフォレウヲ大佐はそう言ったが、ルイクスは首を横に振りながら言葉を放つ。

「それは無理だな。相手は連合軍だ。正直言って、あの連中相手にはこれでも足りないと思っているぐらいだ。」

彼は苦笑しながら、渋面を浮かべる魔道参謀に言う。

「とはいえ、第29石甲軍も無理に無理を重ねて目標を果たそうとしている。シホールアンル帝国軍最精鋭と謳われる我らが第1親衛石甲軍も、出来うる
限りの事を果たして戦友の努力に応じなければいかんぞ。」
「幸い、天候は我らに味方しております。ワイバーン隊の援護がない所が、少々きついでありますが。」
「その反面、敵も航空支援を使えん。航空隊の運用に関してはお互い様と言った所だな。」

赤毛の航空参謀の言葉に対して、ルイクスは肩を竦めながら答えた。

「……閣下、今しがた、日付が変わりましたな。」

ヴェフル参謀長が、壁に掛かった時計を見ながらルイクスに向けて言う。

「12月6日か……望んだとはいえ、外は相も変わらず、寒い風景だな。」

ルイクスは窓に顔を向け、夜闇の中を舞う雪を見ながらヴェフルにそう言い返す。

「閣下……少しお休みになられては如何です?」
「何?」

航空参謀がルイクスに提案して来た。

「閣下はかれこれ、丸1日もこうして軍務に当たっておられます。ここいらで休憩を取らなければ、後の軍務に支障を来すかと思われますが。」
「私もその意見に賛成です。閣下、ここは少しお休みになられてください。大事なお体です。」

ヴェフル参謀長も、まるで待っていましたとばかりに休憩を促してきた。

「そうは言うがな……君達こそロクに休憩を取っていないのだろう?参謀長に至っては、30時間もの間、休憩無しだ。君達こそ休憩を取るべき
だと思うが?」
「……ハッ。確かに閣下の言われる通りです。それでは……」

ヴェフルは一度言葉を区切ると、幕僚達の顔を見回してから続きを言った。

「閣下がお休みになられてから、我々も交代で休みに入りましょう。」
「……全く、君達と言ったら……」

ルイクスは苦笑し、観念した口調で幕僚達に返す。
机に置いたコップに手を伸ばす。
7分ほど残った水の表面にほんのわずかながら波が円となって走り、次いで、風の吹きすさぶ窓から異様な音が響くのを聞き取った。
彼はそれらの異変を気にせず、カップの水を一口すすってから、元の場所に置いた。

「いいだろう。しばらくの間、私は休息をとる。何かあったらすぐに叩き起こしてくれ。」
「分かりました。それでは、お休みなさい。」

ヴェフルは微かに微笑み、ルイクスが急速を取る事に安堵した。
ルイクスが別室に向けて歩いて行くのを見送っている中、窓から異質な物音と、振動が幾度も伝わった。

「……何だ?」

航空参謀がさり気ない口調で呟きつつ、天井を見上げた。

「……風が強くなったのか?いや、それにしては……」

その時、またもや異質な物音が聞こえた。その音は先よりも大きく、伝わってくる振動もこれまた大きい。

「どうやら……休息は出来んようだな。」
「閣下!」

ヴェフルは、戻って来たルイクスは見るなり、思わず声を上げてしまった。

「参謀長、すぐに前線に確認を取ってくれ。」
「ハッ、了解いたしました。」

ヴェフルはその命令を受け、横に居る魔道参謀に顔を向け、口を開こうとした。
だが、その口から言葉を発せられる寸前に、作戦室に魔道参謀の部下である若い魔道士官が飛び込んで来た。

「緊急信であります!」
「よこせ!」

魔道参謀は魔道士官に体を振り向け、紙を受け取った。

「………閣下!」
「すまんが、読んでくれ。」

エスフォレウヲ大佐は、紙面に書いてある文を声に出して読み始めた。

「緊急!我が部隊の前哨陣地に連合軍部隊が砲撃を開始!敵部隊の砲撃は熾烈を極めるものなり。
第3親衛石甲師団司令部発、宛、第1親衛石甲軍司令部。」
「そうか……つまり、敵の反撃が始まった訳だな。」
「となると、第20石甲軍の部隊も攻撃を受けているかもしれませんな。」

ヴェフルの言葉に、ルイクスは頷く。

「そうなるな。魔道参謀、すぐに確認を取ってくれ。」
「了解です!」

エスフォレウヲは、部下に第29石甲軍司令部の状況確認を命じた。

「さて、敵としてはこちらの守備部隊を粉砕した後に、こちらの前進部隊を包囲しようと狙ってくるはずだ。参謀長、敵はやはり、予備の部隊を
全て繰り出してきていると私は思うが、君はどう考えるね?」
「私も、閣下と同じ考えです。」

ヴェフルは指示棒を手に取り、第1親衛石甲軍と第20石甲軍の側面防御部隊をそれぞれ撫で回した。

「敵はそれぞれの警戒軍団を叩いた後、その真ん中に向けて突き進むでしょう。ここ、カイトロスク迂回路の南側から20ゼルド地点は、街道の東側には
山岳地帯と広大な森林地帯で占められています。前線の防衛部隊は、街道から西8ゼルド(16キロ)の地点に布陣しておりますが、街道から
東側山岳地帯、並びに森林地帯まではたったの2ゼルド……つまり、10ゼルド足らずしか縦深がありません。敵は第1親衛軍と第20石行軍警戒部隊の
繋ぎ目にある、ここを制圧しようとして、軍を動かすでしょう。」
「つまり、警戒部隊が潰走すれば、第1親衛石甲軍は終わりとなる、という事か。」
「そうなります。ですが、幸いにも、我が方には移動中であった第1親衛軍団の部隊があります。これを防衛に回せば、対応は可能です。閣下、今は
カイトロスク迂回路に陣取るミスリアル軍への攻撃を中止し、防御を行った方がよろしいかと思われます。」

「しかし参謀長。カイトロスク街道周辺の敵勢力に対する圧力を緩めれば、前線を突破しつつある第29石甲軍がカイトロスク侵攻を取り止めにする事も
考えられませんか?」
「いや、魔道参謀。それはあり得んよ。」

ヴェフルはエスフォレウヲの言葉に首を振りながら答えた。

「もはや、クヴェンキンベヌの敵戦線は崩壊寸前だ。敵がクヴェンキンベヌに全力で向かっていたら作戦の大幅な修正が必要だっただろう。だが、敵は
クヴェンキンベヌではなく、その西を通る迂回路上に我が軍を狙ってきた。敵反撃部隊の目がこちらに向いているなら、その脅威を受けていない
第29石甲軍にカイトロスクを叩かせるべきだ。そう、我々が敵主力を引き付ければ、その分、第29石甲軍が思う存分に暴れられるという訳だ。」
「なるほど、そういう事でしたか。」

エスフォレウヲは納得したように言う。
その一方で、ルイクスは何故か、敵の行動に疑問を感じていた。

(そうだ……よく考えれば、何故敵は迂回路上を行く警戒部隊に突っかかって来たのだろうか。普通なら、クヴェンキンベヌにも救援部隊を差し向ける筈だが……
いや、もしかしたら、まだ敵の部隊がクヴェンキンベヌの友軍を叩ける位置に付いていないだけだろうか。)

ルイクスはそう結論付けようとしたが、すぐに否定した。

「いや、それはおかしいな。」
「ん?何がおかしいのでしょうか?」

ヴェフルは怪訝な表情を浮かべながらルイクスに聞く。
だが、ルイクスは思案顔のまま地図を見つめ続けるだけだ。
その時、先ほどの魔道士官が再び作戦室に飛び込んで来た。

「参謀殿!第56軍団司令部より返信であります!」
「ご苦労!」
「魔道参謀、第56軍団もやはり攻撃を受けているのか?」
「……は……それが、不思議な事に、第56軍団は敵の砲撃を一切受けていないとの事です。」
「何だと?」

ルイクスが意外な報告を耳にして思わず眉をひそめた直後、別の魔道士官が作戦室に入室して来た。

「第3親衛師団司令部より続報です!我が師団は、敵の準備砲撃を受け損害少なからず。敵の砲撃はこれまでの物と比べて遥に激しい物であり、師団の前哨警戒陣地に
被害集中せる他、第2戦陣地にも多数の敵砲弾弾着により、新たな損害が発生しつつあり!」


午前0時30分 ヒーレリ領カウステンクブ ポイント「レッドウィング」

夜闇に吹雪く無数の雪が、その砲身から放たれる発泡炎によって吹き散らされ、周囲には轟音が鳴り響く。
その野砲の隣では、同じように砲身から砲弾を弾き飛ばし、後退した砲身の尾栓から熱された薬きょうが吐き出され、別の兵が持っていた砲弾を入れ込む。
野砲の操作を監督する士官が発砲準備良しの合図を確認するや、大声を上げながら振り上げていた右手を降ろす。
その瞬間、またもや砲弾が弾き飛ばされ、先ほどの作業がスムーズな流れの下に再開されていく。
とある場所では、ロケット弾の再装填を終えたT-34カリオペやロケット弾搭載ジープが、僚車と共にロケット弾の発射を始めた。
甲高い発射音が響き渡り、無数のロケット弾が火を噴きながら、雪の吹く夜闇を切り裂かんばかりに飛び去っていく。

弾着点である敵側陣地にはひっきりなしに爆炎と煙が吹き上がり、時には何かの誘爆と思しき二次爆発も確認する事が出来た。

「どうですかな、参謀長閣下。」

戦略予備軍臨時砲兵集団の指揮官であるグレイン・クラーツ少将は、第2軍集団司令部より前線視察に訪れたコンスタンティン・ロコソフスキー中将に尋ねた。

「閣下のご出身先である赤軍砲兵部隊に比べれば拙い部分もあるでしょうが、現状では集められる限りの砲兵隊を投入して砲撃を行っております。」
「短期間で集めたにしては充分過ぎる程だ。流石は合衆国軍といった所か。」
「しかし、私の砲兵旅団がここで初陣を飾るとは、思っても見ませんでしたなぁ。それも、臨時砲兵集団指揮官などと言う肩書きも貰えるとは。」

クラーツ少将は苦笑しながら、くわえていた葉巻を右手で取る。

「いかん、火が消えちまった。」
「相変わらず、ハバマ産の葉巻が好物の様だな。」
「ええ。私はこいつのお陰で生きていられるような物ですから。」

ロコソフスキーの言葉に、クラーツ少将は半ばおどけた口調で返しつつ、葉巻の先端に火を付けた。

「それにしても、シホット共の陣地は今頃地獄絵図になっとるでしょうなぁ……」
「戦略予備軍と、貴官の第92砲兵旅団の野砲、ロケット砲、総計で1000門以上を好き放題撃ちまくっているからな。この砲撃があと2時間は続く。」
「しかも、対峙している敵側部隊全てではなく、“一部”を対象にした砲撃ですからな。自分だったら、あまりの恐ろしさに、10分以内にシェルショックに
陥る自信がありますぜ。」

クラーツ少将は紫煙を吐き出しながらそう言い放った。

数日前……ロコソフスキーは軍集団司令であるブローニング大将にある提案を行った。

その提案は……戦略予備軍に所属する師団の砲兵部隊を、定めた突破予定地点に集中的に投入し、敵戦力の減殺を図った後に、2個軍全てを動員して敵防衛線を
突破し、カイトロスク迂回路を行く敵軍前進部隊の包囲を図る。
そして、戦略予備軍の対応としてシホールアンル軍主力が主戦線に部隊を派遣した所で、米海兵隊2個師団並びに、グレンキア軍装甲軍団を主軸とした別働隊でもって、
敵の攻勢発起地点……クロートンカ一帯を制圧して補給路を断ち、敵反攻軍主力数十万を一挙に包囲殲滅するという物であった。
だが、この作戦を成功させるには問題があった。

第一に、第2軍集団が用意した反撃戦力は計3個軍相当であるが、敵もほぼ同等かそれ以上と思われる兵力を有しているため、包囲殲滅を狙ってもこれまでの
やり方では失敗する可能性が高い事。

第二に、敵部隊が、連合軍側が戦略予備軍とは別に、兵力を有している事を察知し、別働隊が敵の反撃を受けて包囲殲滅される危険性がある事である。

つまり、この作戦は、少なくとも別働隊の行動開始まで、戦略予備軍が反撃軍主力である事を、敵に誤認させることが必要になる。
そのため、ロコソフスキーはある方法を用いる事で、それを実現させようとした。

これまでの戦闘で、アメリカ軍は航空支援の他にも、精密な砲撃支援によって前進部隊の戦闘を支えて来た。
大抵の場合、米軍は各師団に配置されている砲兵連隊の支援砲撃で敵の抵抗や、反撃を抑えてきている。
火力投射量は、内陸の戦いで見ると1個師団あたり野砲48門である。
米軍を始めとする連合軍部隊は、各師団が一斉に砲撃を行ったとしても、攻勢地点正面の居る敵1個師団に対してこの48門の砲のみ……言うなれば、1個砲兵連隊の
砲兵戦力で敵1個師団を狙い撃つと言う方法で戦ってきた。
要約すると、アメリカ軍部隊は敵に対して、“均等”に砲弾を撃ち放っていたのである。
(砲は少ないように見えるが、豊富な砲弾量のお陰で投射弾量は侮れない)

これでは、敵に兵力を悟られる危険性がある上に、目標に定めた地点の攻撃が行き詰まり、結果的に敵に危機感を煽り立てる事が出来なくなってしまう。
そこでロコソフスキーは、不便なのをあえて承知の上で、戦略予備軍の砲兵戦力を結集して、臨時の砲兵軍団を編成し、敵戦線の一部を集中的に叩く事で敵の危機感を
煽る事を考えた。
また、第2軍集団司令部は、不幸中の幸いにも、本国から増援を受け取っていた。

その増援が、試験的に編成され、ヒーレリ領北部戦線に急送中であった第92砲兵旅団であった。

第92砲兵旅団は、今年の9月に編成されたばかりの新編成部隊であるが、その特徴は何と言っても、砲撃特化と言う点にあった。
通常の歩兵師団は1個砲兵連隊を有している。
しかし、第92砲兵旅団は3個砲兵連隊と1個ロケット砲連隊を有しており、兵員数は少ないながらも、砲兵隊の規模で言えば、通常のアメリカ軍1個軍団分にあたる。
第92砲兵旅団は、シホールアンル軍の反撃が開始された11月27日時点では、ジャスオ領中部にある駅をゆっくりと走行していただけであったが、敵の反撃開始が
告げられた2時間後には、第2軍集団司令部の指揮下に入り、反撃作戦に備えよとの命令を受け取った。
12月2日には、ヒーレリ領中部……カイトロスクから西方30マイル地点のポイント・レッドウィング……カウステンクブに到達し、そこで第2軍集団へ編入された。
この頃には、戦略予備軍所属の砲兵隊が続々とカウステンクブに集結しており、弾幕射撃に使う砲弾類も、雪の中をフル編成で走行する幾多もの軍用列車によって急速に
集積されつつあった。
この時になって、天候不良と言う女神はアメリカ軍に味方していた。
その理由はただ1つ……敵が航空偵察を行えない点にあった。

もし、通常の天候であったならば、戦略予備軍の集結は敵航空隊の偵察情報によって察知され、シホールアンル軍主力は早々に攻略を諦めて撤退したであろう。
だが、天候不良を頼みとして反撃に移ったシホールアンル側は、自らもまた航空偵察を行えぬと言う問題に直面していたのである。

天気は、敵味方に等しく作用する。
シホールアンル軍は、強力な連合軍航空部隊に悩まされる事なく、地上の戦いに集中できた。
だが、同時に、連合軍反撃部隊の戦力分析を困難にし、敵軍の意図が不透明になるという副作用も招いた事は、まさに不運としか言いようが無かった。
とにもかくも、部隊は揃い、連合軍はこうして反撃に打って出た。
12月6日、午前0時。戦略予備2個軍の反撃は、前線から8キロ後方に布陣した野砲、自走砲780門、自走ロケット砲220門、計1000門から始まった。
この時、砲撃を受けていたのは、シホールアンル軍第1親衛石甲師団と第3親衛石甲師団、第213親衛石甲化砲兵旅団並びに第6親衛石甲化機動旅団であった。
通常なら、敵1個師団につき1個師団分の野砲が振り向けられる筈が、今回は戦略予備軍に所属していた12個師団分の砲兵隊が一斉に砲撃を放っているため、
投射弾量はこれまでの物よりも遥に多かった。

経験した事の無い激しい砲火に、シホールアンル兵達は大いに肝を冷やした。
アメリカ軍が放った砲弾の中には、大量のVT信管付き砲弾も混じっていた。
この砲弾は、地上と一定の距離に達するや、上空で破裂して地上の夥しい破片をまき散らした。
とある塹壕に隠れていた兵士は、身を丸めて耐えていた所に、いきなり背中を殴られたような衝撃を感じた後、口から大量の血を吐き、理解不能な激痛と苦しみに
悶えながら絶命していく。
別の兵士は、塹壕の真上に顔を向けた瞬間、直上で砲弾が爆発するのを見た。
これまで、着発弾しか見ていなかった兵士にとって、それは初めて見る光景であり、そして、この世で見た最後の光景でもあった。
兵士は、上空から降り注いできた破片に上半身を原形を留めにまでに吹き飛ばされて戦死した。

また、ある伝令兵は、通信役の魔道士が、指揮官と共に塹壕ごと砲弾で粉砕されたために、次席指揮官の命令で後方の大隊本部に向かっていた時、上空で砲弾の爆発を見た。
爆発音が聞こえた瞬間、体が反応し、地面に伏せた。
その瞬間、雨だれのような音と共に無数の破片が降り注いだ。伝令兵はその何かから頭を守るため、両手で頭を守った。
砲弾の飛散は一瞬で終わり、伝令兵は恐る恐る顔を上げ、頭の上に乗せた両手を退けようとしたが……不思議と、両手は頭の上に乗っていなかった。
おかしい、確かに頭の上に手を乗せた筈なのにと思い、伝令兵が首を傾げながら右肩を見た瞬間……兵士は顔を凍り付かせた。
兵士の右腕は、肩口から綺麗さっぱり切り落とされ、傷口から血が溢れ出ていた。
仰天した兵士は、慌てて左手で切断面を抑えようとする。
だが……左手が動かない。いや、それどころか、左腕が無くなっているように思えた。
顔をより一層青ざめた兵士は、すかさず左腕を見る。
最悪の事に、左腕は兵士の体から切り離されていた。
兵士は、残酷な現実を前にして慟哭した。
血が溢れ出ると同時に、傷口から発せられる激痛の前に、兵士は栄光ある親衛師団のベテラン兵というプライドもかなぐり捨てて、次々と飛来して来る砲弾に
直撃してくれと叫び続けた。
だが、不思議な事に、砲弾は兵士を直撃する事は無かった。
兵士は、敵の野砲弾直撃によって死に絶える事を幾度も臨んだが、それは叶う事なく、負傷して10分後に、出血多量で息を引き取った。

野砲弾の弾着と共に、ロケット弾も降り注いでくる。
ロケット弾が地面に落下するや、大量の土砂が雪と共に吹き上がる。
中には、塹壕を直撃して、雪や土くれと共に無数の肉片が吹き上がる事もある。
運の悪いキリラルブスは、ロケット弾の炸裂で脚部を損傷し、そのまま固定放題と化してしまった物もあった。
とはいえ、予め塹壕を掘り、防御態勢を整えていたシホールアンル軍部隊の大半は、猛烈な砲撃に体を震わせつつも、何とか戦意を維持しながら来たる米軍の
侵攻を待ち続けていた。

だが、砲撃開始から1時間はおろか、2時間が経っても、砲兵隊の砲撃は止む事は無く、前線のシホールアンル軍はじわじわと、戦力をすり減らされつつあった。


12月7日 午前2時 ヒーレリ領グラウク

ここ、ヒーレリ領グラウクは、クロートンカより西方24マイル……最前線から7マイル離れた場所にある寒村である。
この寒村の周囲に、別働隊である5個師団が展開していた。
寒村の外れにある細長い道には、多数の戦車やハーフトラックが並んでいる。
その脇を、1台のジープが40キロ程の速度で走り抜けていった。

「ほほう、それじゃ、ポリースト中佐は祖国で子共さんが待っているという訳ですか。」
「そうなるねぇ。」

第3海兵師団に所属するヨアヒム・パイパー中佐は、グレンキア軍第11装甲擲弾兵師団へ視察に赴いた際に知り合いとなった士官との話を、運転兵に話していた。

「ポリースト中佐も、戦場では死ねなくなったな。」
「死んだら、奥さんと子供さんが悲しみますからね。何としてでも生き残って欲しい所です。」
「同感だね。」

パイパーは2度頷きながら運転兵にそう言う。

「とは言え、ポリースト中佐も、歴戦のグレンキア軍人だ。今回も、生きて祖国の土を踏んでくれるだろう。」
「確かに。まぁ、ポリースト中佐がどうなるかはともかく、グレンキア軍はどんな感じでした?」
「個人的には期待は大きい。充分に頼りになると思うぞ。」
「そうですか。」
「ただし」

パイパーは口調を改める。

「敵が大軍を展開させていれば、ポリースト中佐も、俺達も生き残れるか分からんだろうな。ここは、戦略予備軍の猛攻に、
敵主力が引き付けられている事を祈るしかない。」

「ですな……おっと、着きましたよ。」

運転兵はハーフトラックの側でジープを止めた。

「ありがとう。それじゃ。」
「中佐殿、ご武運を祈っとります。」

運転兵である黒人兵は、パイパーを降ろした後、敬礼を送ってからジープをUターンさせていった。

「戦闘団長!お帰りなさい!」
「ああ、ただ今戻ったぞ。」

パイパーは、出迎えた将校に軽く手を振った。

「ステビンス、俺が居ない間に何か異変は無かったか?」

彼は防寒コートの襟を立てながら、ルエスト・ステビンス少佐に聞く。

「異常はありません。戦闘団はいつでも出撃が可能です。」
「OK。」

パイパーは納得したように頷くと、新たな指揮車となったハーフトラックの荷台に上った。

「そう言えば団長。グレンキア軍の様子はどうでしたかな?」
「頼りになるよ。伊達に、装甲擲弾兵と名乗ってはいないね。」
「そうですか。なら、後は命令が下るのを待つだけですな。」
「その命令だが、待機命令が下って6時間が経つのに一向に来る様子が無い。戦略予備軍は本当に敵主力を引き付けることが出来たのかな。」
「うちらには回って来る情報が少ないので、何とも言えませんな。」

ステビンスの発した言葉に、パイパーも苦笑しながら頷く。

「早い所、敵さんに海兵隊戦闘団の力を見せつけてやりたい所だな。」
「……しかし、不思議ですよね。まさか、栄光あるマリーンが陸軍の編成を真似るとは。」
「少佐。この新編成に関して、あちこちから意見が上がっているようだが、これはこれでアリだと思うぞ。」
「そこの所は自分もよく分かっとります。ですが、今でもちょいと首をかしげたくなるんですよね。戦闘団と言う言葉に。」
「上陸作戦が少なくなり、陸軍部隊の補佐として内陸で戦うようになった今としては、合理的な判断だと思う。スミス親父も、頑固そうに見えてなかなか柔軟だ。」

パイパーは腕を組みながらステビンスに言う。

第3海兵師団は、9月から試験的に、師団の編成を変えていた。
これまで、第3海兵師団はそれぞれ海兵連隊、戦車連隊を主軸に構成されていた。
だが、強化型重師団編成となっている海兵隊は、陸軍部隊で構成された、戦闘団方式の諸兵科連合部隊と比べると戦闘時の効率に置いてやや差を付けられていた。
無論、上陸専門の部隊である海兵隊は今のままでも充分な戦力として使えるが、機動力が生かされる内陸での戦いでは、どちらかと小回りが利いた方が戦い易く
なるのも事実であった。
そこで、海兵隊司令部は試験的に陸軍と同様の師団編成を第3海兵師団に導入し、ヒーレリ攻略戦が終了した9月時に実行に移した。
この師団改変により、第3海兵師団は4個戦闘団を中心に編成され、それぞれの戦闘団には海兵連隊所属の海兵大隊や戦車大隊が配備された他、機動力向上のため、
新たに自走砲が配備され、これまで以上に機動戦に適した部隊として生まれ変わった。
パイパーは、AからD(陸軍とは違い、Rと名づけた予備戦闘団は居ないが、D戦闘団がその役割を請け負う事になっている)の符号を付けられた4つの戦闘団のうち、
A戦闘団の指揮官に任ぜられた。
公式には、海兵隊A戦闘団として戦場に征く事になるのだが、パイパーの勇猛さを知っている第3海兵師団の将兵からは、早くもパイパー戦闘団という通り名が
広まり始めていた。

「団長!戦闘団長!」

指揮車の通信兵がパイパーを呼びつける。

「おう、どうした?」
「師団司令部より命令が届きました。こちらです。」
「ありがとう。」
「お……団長、別の通信を傍受しました。」
「別の通信だと?」

パイパーは紙に書かれた文を読みながら通信兵に聞き返す。

「ええ。海軍から第5両用軍団司令部に送られています。今紙に出します。」
「戦闘団長。どうしました?」

指揮車内で通信兵とのやり取りが気になったステビンスは、紙を見続けるパイパーに声をかけた。

「ステビンス。いよいよ本番だぞ。」
「な……という事は、出撃ですな?」
「そうだ。今日の早朝から、俺達は攻撃に出るぞ。命令を今から各部隊に伝えるが、貴様も隊に戻って、部下達に伝えておけ。」
「了解です!」

ステビンスは急ぎ足でハーフトラックから離れて行った。

「ふぅ……いよいよ戦闘開始か。今回も生き残れるかな。」

パイパーは、指揮車から離れていくステビンスを見ながら、小声で呟いた。

「団長、司令部への通信文を傍受した物です。どうぞ。」

通信兵が新たな紙を手渡してきた。パイパーはそれを受け取り、車内の拙い明かりを頼りに文を読み取った。

「……海軍も、レビリンイクル沖で戦闘を開始したようだ。」
「時刻はあちらの時間で午前0時頃ですから完全な夜ですね。最初は、水上艦同士の夜戦かと思いましたが……戦っているのは空母部隊の艦載機のようで、
敵艦隊に向けて攻撃を開始したとありますな。」
「ハハッ、空母艦載機が夜戦を行うとはね。とはいえ、海軍さんも決戦を始めた訳だ。俺達も、連中に顔向けできるような戦いしないとな。」

彼はそう言いながら、脳裏では、漆黒の暗闇の中、艦載機を発艦させる味方空母群の姿を思い浮かべていた。

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