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皇国召喚 ~壬午の大転移~36

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turo428

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リンド王国の北東部に接するフュリス公国とセソー大公国の間にあり、
リンド王国が極北洋に面する唯一の地となっている南北に細長い地域は、
一帯の中心都市であるエイルーンの名から、エイルーン回廊と呼ばれる。

スコルマードから北へ伸びる最北の街道の終点がエイルーン。
エイルーンから西へ伸びる道の先にはフュリス公国があり、
スコルマードとエイルーンを結ぶ道から枝分かれして
東へ伸びる道の先にはセソー大公国がある。
エイルーンの北東には、リンド王国のシテーン湾沿岸で唯一の軍港があるセルシーという港町が
あるのだが、この辺りはフュリス公国の発祥地。遡ればエイルーンはフュリス公国の都市だった。

しかし過去、この地域はシテーン湾への道を欲したリンド王国によって購入された。
ちょうど、フュリス公国が辺境蛮族との紛争で戦費を欲していた時の事である。
リンド王国のものとなった後も、港の使用権はフュリス公国に限って認められた。
他国がこの港を使う場合、リンド王国に対して使用料を支払わねばならないが、
フュリス公国の船舶は今までどおり自由に使って良いという特例である。

だがその特例を悪用し、フュリス公国以外の船がフュリス公国籍として使用する事が度々あり、
リンド王国はフュリス公国への特例を廃止するだけに留まらず、港を使用する事自体を禁止する。
これで元々東のシテーン湾にしか海路が無かったフュリス公国は、海への道を完全に失った。
領土売却の折に規定の金は支払われたものの、事実上古都を含む国土が奪われた形である。

国土の北は密林の辺境地域、東西と南をリンド王国に囲まれ、長い事
逼塞するに任せていたフュリス公国だが、外的要因によってリンド王国が
実質的に滅びたという知らせは、フュリス公爵に領土奪還の決意を促した。

国力からして逆転は永遠に不可能と思われていたが、
今まさに当時のリンド王国とは立場が逆転しつつある!

リンド王国を滅ぼした当人である皇国という謎の新興国がリンド王国と軍事的な盟約を
結んだらしいが、エイルーン回廊を死守しようとするかどうかは未知数である。
マルロー王国との正面衝突が予想される現在、回廊の防衛は無理だろう。

フュリス公爵は、公国から見て南西に位置するリンド王国のミナ伯爵領に
揺さぶりをかけていたが、本心はそんな所には無く、エイルーン回廊である。
ミナ伯爵領への恫喝は、リンド女王の目を逸らす陽動の為のはったりであり、
リンド女王が地方領主を見捨てない覚悟があるのかどうか試す意図もあった。
本命は、東にあるエイルーン回廊に対する軍事的な陽動であるのだが。

フュリス公国は東大陸北方諸国の緩い繋がりの中にはあったが、
此度の対皇国を見据えた北方諸国同盟には名を列ねていない。
だが、この機会に北方諸国同盟を利用している
という点では、実質的に足並みが揃っていたのだ。

元は“辺境民とリンド王国軍への備え”としてあったフュリス公国軍は、
皇国軍のベルグ入城を見て夏前から兵力と物資の動員を始めていた。
フュリス公国軍の先鋒、約1万5000の陸軍と30騎の飛竜を中心
とする部隊は、計画通りに東へと進みエイルーンを目指す。


スコルマード以北のエイルーン回廊地域に駐留するリンド王国軍は、元々2万程度
だったのだが、皇国との戦争で南部に派遣されて消滅した部隊と、同じく消滅した
他部隊の欠員補充に残りの多くも引き抜かれ、今では全部で5000にも満たない有様。
フュリス公国と接する地域全体で見れば、対皇国戦より前はフュリス公国軍が
最大限に動員しても4万5000が限度だったのに対し、リンド王国軍は常時6万。
必要とあらば追加で10万以上を即座に派遣出来る体制にあったのだから、
フュリス公国が軍事的に身動き取れなかったのも当然と言える。

エイルーン回廊は奪われてもフュリス公国自体が存続できたのは、
辺境地域と長い国境線で直に接したくなかったリンド王国側の事情でしかない。

そういう状況が長く続いた事で、今を逃したら次はいつチャンスが巡ってくるか
分からないという焦燥感に駆り立てられる形で、防衛軍を侵攻軍に使う決断が為された。

フュリス公国からリンド王国に対しては――
『かつての領土を回復する以上の事は望まない。エイルーンを含む回廊地域を
 フュリス公国に“返還”すれば武力は行使しないし、領土や領民を侵さない。
 領土と領海、そこに含まれる動産と不動産と水域以外に、金銭も要求しない。
 ただし返還に応じない場合はこの限りではなく、あらゆる手段を講じる』
――という通告を発した。
問題の焦点はミナ伯爵領などではなく、エイルーン回廊である事をここで漸く公言した訳だ。

だが、もはやエイルーンやセルシーがリンド王国領となって百年以上。
曽祖父がリンド国民としてエイルーンで産まれた壮年のエイルーン市民が当たり前に居る。
リンド王国としては、既にここはリンド王国領であって、過去に誰の所領であったかは問題でない。
そもそも手に入れた経緯は全く合法的なものだったし、その後のいざこざで結果的にフュリス公国が排除される形になっただけだ。
リンド王国が購入直後の時代は港に限れば両国の共有の領土と言い得たが、現在は名目上も実質上もリンド王国のみに属する領土である。

だから、リンド王国は“正統な自国の領土を防衛する”権利を有する。
祖先がセルシー出身のフュリス公国人等の心情的な問題は別だが。

フュリス公爵も、当然リンド王国がそういう権利を有する事は承知
していたが、軍が壊滅した状態で武力行使は不可能だと踏んだ訳だ。


エイルーンより南については手出し無用としたのも、流石にスコルマードや
マシャール・ペイグに手出しするのは危険が大きいという判断である。
元よりこの地はフュリス公国の領土であった事が無いから、
“返還”という大義名分が何一つ立たないのも不味かろう。

北方諸国同盟の中心であるマルロー王国とセソー大公国はリンド女王の地位の正統性だの皇国の
影響力だのを突き回して揚げ足を取っては批難しており、引くに引けない事態になっているが、
フュリス公爵がシテーン湾への道さえ回復すればそれ以上を望んでいないのは本心である。
あまり豊かでない北方地域で、下手に領土を広げても統治が行き届かなくなる。
港と、そこへ通じる十分な国内交通手段があれば他は不要なのだ。

シテーン湾は交易路としてだけでなく、漁場としても優れている。
毎年リンド王国に払う関税を考えず、港を好きなように使えれば民が潤い、国も潤う。
本来なら正当に利用出来た筈のものを不当に剥奪されたのだ。それを取り戻すくらい許されよう。
フュリス公爵は、火事場泥棒的ではあってもそれ程高望みしているつもりは無かった。

北方諸国同盟と歩調を合わせるような時期に通告したのも、皇国に対して
“ベルグを守るためにエイルーンを見捨てる”という選択肢を与えんが為なのだ。
皇国がエイルーン回廊を見捨てる決断をすれば、リンド王国も追従せざるを得ないだろう。
それでリンド王国と皇国の間に不和が生まれれば、今後の外交もやり易くなる。
仮に皇国がエイルーン回廊死守を決断して、兵力をエイルーン回廊や
フュリス公国に向ければ、マルロー王国軍の侵攻に対処しきれない筈だ。

リンド王国と北方諸国同盟との戦争が何らかの形で決着した時点での、
フュリス公国のエイルーン統治を既成事実にしてしまえば、割譲ではなく購入
という事にしてリンド王国の顔を立てつつに金を払って解決するとか、やりようはある。
“住民には申し訳ない”がミナ伯爵領の返還でも良い。元々あの土地が欲しかった訳では無い。
むしろ広大過ぎる土地を編入する負担を考えれば積極的に不要だから、いつでも返す準備はある。

そういう“勝算”が、フュリス公爵にはあった。
しかし、フュリス公爵の算盤は意外な所から綻び始める。


まずリンド女王は、この地域に本気で王国軍を向けた。
皇国軍との戦いで損耗した王国軍だが、主戦場を皇国軍に
任せるばかりでリンド王国軍が働かないのでは面子が立たない。
リンド王国にとっては、未知の皇国軍には負けたがまだまだ
既知の周辺諸国には負けていないという思いは依然として強い。

リンド王国軍はミナ伯爵領の帰属問題を解決する為とエイルーン回廊
防衛の為に、ベルグやカーリス、ケリューネ方面から陸軍を差し向けた。
といっても、全部合わせてもやっと3万5000という“列強”にしてはお寒い陣容。
皇国と全力を賭けて戦った時の1割にも満たない程度の戦力でしかない。
だが“大国リンド”としてはいまいちというだけであって、
数的にも質的にも精強な軍団である事には変わりない。

王国内がごたつく中、兵を出すとしても精々数千の旅団くらい
だろうと考えていたフュリス公爵にとっては大きな誤算であった。
動ける王国軍をほぼ全てこの方面に突っ込んで来たという事は、
北方諸国同盟軍によって皇国軍が突破されれば、後が無いという事だ。
幾ら短期間で自国軍を打ち破った精鋭軍とは言え、背中を任せるとは。
エイルーン回廊の防衛はそこまでの冒険をするに値する事なのか?

数千でも軍を派遣すれば、それで負けても仕方なかったという言い訳は立つ。
形だけ軍を出して、面子を保ちつつ講和というのが“賢い選択”だと思っていたが、
リンド女王は満足な教育を受けていないせいで想像以上の愚か者だったのだ。

エイルーンに差し向けた主力軍が不在の間に、リンド王国軍に国土を蹂躙されては困る。
ミナ伯爵領への圧力をかける為の軍も、相手が3万5000の王国軍では防ぎきれない。
“破れかぶれになった馬鹿”の道連れに付き合わされるのは愚かしいが……。
「シャーナという女を誤解していた。リンド王家は先祖代々から愚か者の巣窟だった訳だ」
フュリス公爵は、そう言って自分を納得させるしかなかった。

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