自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

掌編「人生、苦あれば楽もある、か」

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turo428

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「人生、苦あれば楽もある、か」
国王が代替わりし、名誉回復と共に釈放されたシュトルミーセン伯爵を待っていたのは、前例のない仕事の依頼だった。
しかも、女王直々の言わば勅命(正式な勅命ではなく個人的な依頼なので、法的拘束力はない)である。
また王様の思いつきに振り回されるのか、シュトルミーセン伯爵も自分の代で終わりか。最初はそう思った。

伯爵の邸宅に運ばれたのは、長さは1/2シンク、重さは10バルツで断面が“I”か“⊥”のような形をした細長い鉄の棒。
依頼内容は『これと同じ物を造れるか? 造れるならばどれくらいの量をどれくらいの価格で生産可能か?』という一見単純なもの。
ただし、この棒は見本の為に短く切断したものであり、本来は長さ12.5シンク(春の時期の標準値)で重さ250バルツの非常に長い棒である
との事だったが、この長さが無理なら2.5シンク程度でも構わないとあった。もう一つは、特徴的な四角い形をした大きな釘か杭のようなもの。
採寸して鋳型を造るか、四角柱から削り出すかが常識的な造り方だが、これが予想以上に難題だった。
表面的な形だけ真似ても、根本の素材が違えば“同じ物”とは言えない。
一見すればただの棒だが、それは相当な強度の鋼鉄だったのだ。

何に使うものか、そもそも判らない。武器か何かの部品だと見当をつけたが、女王の反応からしてどうも違うようだったので余計に判らない。
ポゼイユ侯爵の影が見え隠れするので、皇国か蒸気機関、あるいはその両方が絡んだ重要案件なのだろうが、そうすると尚更武器関係を疑いたくなる。

シュトルミーセン伯爵は代々経営者であると同時に技術者である。
良質な鉄鉱石に恵まれた土地柄という天恵はあったにせよ、それを最大限に生かす製鉄技術なしに領地の発展はない。
天然資源に恵まれた土地であれば誰が治めても発展するというものではない。
事実、アゼリー家が来る前からこの土地は鉄鉱石の産地だったが、これほどの発展はしていなかった。
今は伯爵領の首都であるシュトルミーセンも、遡れば某伯爵の治める領地の一角にある採掘場でしかなかった。
この土地を愛した先代伯爵達が、製鉄所を整え、植林を行い、運河を引き、学校を作り、そうやって発展してきた。
拉致同前に逮捕された当代伯爵の帰郷を、シュトルミーセンの市民や鉱工業ギルドが温かく迎えたのは過去からの信頼の証だ。

「こちらは、恐らく建築などで使う釘でしょう。城塞などであれば大きくて頑丈な釘が必要です。
 そうすると、こちらの方はその釘を使って造る構造物を支える鉄骨か何かかと、愚考します」
シュトルミーセンの製鉄所に長年仕えている技師長の見立てでは、鉄骨と釘である。
鉄骨がIの形なのは強度を維持しながら軽量を求めた結果であろうというものだ。
鉄は頑丈で柔軟性もあるから、それを使えば重厚な建築が可能だろうというのは色々と模索されている。
大砲に負けない要塞や、天にも届くような高層の櫓を造ろうとすれば、石材や木材では無理だから。

「しかしキュルク様。鉄は鉄なのですが、製法が分かりません。未知の鋼鉄です」
「とすると、やはりこれは皇国鋼か……」
皇国製の武器に使われている鉄は、既存の鋼鉄とは全く性能が異なる故“皇国鋼”と呼ばれ鍛冶師などから注目を集めている。
実物として、例えば鉄砲(歩兵銃)の銃身や薬室、兜(鉄帽)、大量に使用された砲爆弾の破片などが研究対象になっている。
また、飛行機の素材も鉄だと思われているので、“ジュラルミンのような鉄”についても“皇国鋼”として一括りに扱われている。


謎の棒と釘は、シュトルミーセン以外の有力な製鉄所や鍛冶師にも配布されているという。
技術者としては、出来ませんというのは言い辛いが無責任に出来ますというのも駄目だ。
現段階では「今すぐは無理だが、研究して量産可能なように努力する」というのが精一杯か。

強度のある、つまり硬さと柔軟性の両方を兼ね備えた鋼鉄を製造するなら、鍛造というのが最も手っ取り早い。
鉄の板を鎚で叩いて成型しつつ、不純物を取り除き炭素などが最適の含有率になるように調整する。
鍛冶職人の腕の見せ所だが、この方法では量産が難しいし、何より12.5シンクもの長さには対応できない。
1/2シンクの部品を25個用意して、それを繋ぎ合わせるという方法は考えられるが、何に使うにせよ繋ぎ目が弱点になる。

シュトルミーセンの製鉄所には水車の動力を利用し、熱した鉄を鍛造する装置がある。
職人に頼らずとも均一に大量に製鉄できるが、これも“それなりの品質のものを安価に”という
方向では上手く行けたが、高品質のものとなると結局専用の工房に熟達した鍛冶師が必要になる。

もし、本気でこの“鉄の棒”を12.5シンク規格で量産するつもりならば、かなりの資金を投じて専用の工房を造り、職人を育成する必要がある。
採算度外視なら造れるが、投資に見合った利益が得られないというのであれば造れないのと同じ。

どれくらいの量(長さ)造る見込みなのか、またそれは今後も継続的に必要とされる物なのか。
その辺りが不確実な段階では採算ラインも含めて何とも返答しかねる。伯爵は女王宛の請願書を認めた。

2週間程後、女王から届いた返信の内容は驚くべきものだった。
曰く――

『利用形態は、貨物や人員輸送の為の新式陸上交通路用の誘導路。
 必要量は、今後の国内動向にもよるが少なくとも1000シリル(4000マシル)分。
 釘の方は少なくとも500万個。どちらも情勢によって発注数は倍以上増える。
 リンド王国内での新式陸上交通路の建設期間は新規で30~50年を予定し、
 建設後も補修などで必要になるので、継続供給能力は是非に必要』

4000マシルという事は、12.5シンクの棒に換算すれば19万2000本という事になる。
それがミニマムな数値で、場合によっては倍以上の需要になるというのは俄かには信じがたいが。
ただし、興味深い註釈があった。
『誘導路の上を走る車両も鋼鉄製であり、そちらの製造も必要。
 この件について関心があれば王都ベルグを経由し皇国への渡航を許可する。費用は王家が負担する』

やはり皇国関係の話だったかと思うと同時に、先代国王から受けた屈辱に対し掌返しもいいところだ。
が、先代国王が賢者の石を求める必要に迫られるほど、リンド王国を追い詰めた皇国について興味が無いと言えば嘘になる。
何より、未知の“皇国鋼”が新式陸上交通路に使用されているであろう土地に、他人の金で行けるというのは凄い餌だ。
それだけ、シュトルミーセンが期待されていると素直に喜びたいところだが、国庫ではなく王家というのが気がかりだ。
1万マシルの交通路ともなれば、評議会を通さず国王の独断で行う事業とも考え難いが……。

しかし、これが事実だとすれば今までにない程の鋼鉄需要だ。
誘導路となる鉄の棒だけでも1920バルマ。他に釘と、車両製造も引き受けられれば相当な長期間、利益を上げられるだろう。
これを全部シュトルミーセンで捌く事は土台不可能だろうが、新技術について中心的な役目を維持できれば十分だ。
「渡航許可が出るならば好都合。皇国に学び、同じ物を、いやそれ以上の物を造って差し上げようではないか!」


これが後に、東大陸の近代製鉄業の中心となる『シュトルミーセン製鉄/車両』である。

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