自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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帝國南方征討領軍ジャボール兵団本営 『ルルェド』近郊
2013年 2月10日 13時25分


兵団本営は兵理に則り、周囲を見渡すことのできる小高い丘に設けられていた。そこからならば、彼らが攻め落とそうとしている『ルルェド』と、周囲に展開する麾下の部隊の殆どを一望することができる。
中州にそびえ立つ奇怪な台地に築かれた『ルルェド』は今や完全な包囲下にあった。南北に流れるマワーレド川の両岸を守っていた支城は、勇猛さをもって鳴らすオーク重装歩兵団によって占領され、敵の本城は川の中で孤立している。
だが、その様子を眺める将軍の表情は、如何にも不満そうであった。

「ふん、粘りよるわ」
ごつごつとした彫りの深い顔に苛立ちを隠そうともせず、南方征討領軍『ルルェド』攻略部隊の将ゾラータ・ジャボールは吐き捨てた。
もともと歴戦の将にふさわしい厳つい外見な上に、一族の掟に沿った隈取りをしているせいでますます凶悪な人相になっている。分厚い体躯を持つゾラータは、足元の床几を蹴り飛ばした。戦塵に薄汚れた金色の口ひげが怒りに震えている。
「そう焦るな兄者。ああなれば、いずれは必ず落ちる」
隣に立つ副将のシリブロー・ジャボールが宥めるように言った。双子の兄によく似た外見を持つ彼は、兄よりやや細身で背が高い。銀髪に銀の口ひげを持つその表情は、口調に反してやはり苛立ちを隠せずにいた。
「いずれ……いずれか。そうだな、いずれは陥落しよう」ゾラータは地団駄を踏んだ。「だが、その頃には儂の首も地面に落ちておるわ! 儂らが攻略を命ぜられてから幾日が過ぎたと思っておるのだ!」

ルルェドを巡る戦いは、近郊での野戦軍同士の会戦と、その後の遊撃戦、そして城塞攻略戦を含めればすでに2ヶ月を数えていた。これは彼らが事前に必要と見積もった日数の倍である。鎧袖一触と考えていたゾラータたちの目論見は、予想以上の抵抗を受け大きく外れていた。
「儂らは一万余の兵を預かっておるのだ。対して蛮族どもは数百があの城に籠もるのみ。儂らはそこまで戦下手か? うん?」
兄の怒りを受け流すようにシリブローはルルェドに目をやった。
「そうではない。忌々しい話だが、あの城はよくできておるし、兵も良い」
「敵を褒めてなんとする! 一万の兵を食わせるのにどれだけの金がかかると思っている? うん? 周辺の村はもう消え去ったぞ」
「確かに、雑草すら残っておらんな……おぅ、飛行騎兵の攻撃が始まるぞ」
シリブローの声にゾラータはルルェド上空を見た。南西から複数の黒い影が城塞に向かっている。飛行騎兵の操る有翼蛇だ。それは彼に預けられた一個飛行騎兵隊の一部だった。
「今度こそ、城塞を破壊してみせい!」

南瞑同盟会議軍の間で空から来る災厄として忌み嫌われていた有翼蛇の編隊が、頑強に抵抗を続けるルルェドに向けて突入しようとしていた。



ちぃ、何とも面倒な地形だ。
有翼蛇を操る魔獣遣いは内心で舌打ちした。彼は城塞の遥か高空、矢も攻撃魔法もの届かぬ高みから、思念波をとばしている。
確かに面倒だった。北面を〈戦神の床几〉に預けた城塞は、上空から見ると一部を切り分けた後のパン、その切れ込み部分に埋め込まれるように築かれている。
つまり、北面のみならず北西、北東部分も盾状地の壁面に守られていた。

彼の操る有翼蛇は3頭。同様の任を負った魔獣遣いが他に3名いるので、突撃する蛇は12頭だ。これは騎兵隊の三分の一にあたる戦力だった。
蛇たちは南西方向から緩やかに高度を落とし、城塞に迫っている。思念波を通した視界の中で、そそり立つ岩壁と城塞が次第に大きくなる。魔獣遣いの額に汗が流れた。蛇の速度はいつもより遅い。
岩壁が邪魔だ。城塞を掠めるようにしか飛べん。

有翼蛇は機敏な動きが苦手とされている。もちろん個体差や魔獣遣いの技量にも依るが、翼龍のような動きはできない。
南から進入すれば最も攻撃効果は上がるが、火焔弾を放った後に岩壁に激突する可能性が高い。自ずと進入経路は限られた。

奇怪な鳴き声を響かせながら、3頭で鏃形の陣形を組んだ蛇が城塞に迫った。連日の空襲で尖塔は破壊した。だが、堅い城壁に護られた敵兵はいまだ戦闘力を維持している。これを叩くことが彼の任であった。

この経路しかない。この経路なら鈍い有翼蛇でも襲撃を済ませ、岩壁を回避して離脱できる。そう──この経路しか。


城塞外縁から一斉に光弾が打ち上がった。上空からは決して見通せない位置だ。複数の光弾は突進を続ける有翼蛇の目の前で炸裂した。閃光。猛烈な光が有翼蛇と魔獣遣いの眼を灼いた。3頭が体勢を崩して離脱を余儀なくされた。無事な蛇も速度を落としている。
ぐ、小癪なまねを……。
魔獣遣いが気分を立て直す間もなく、城塞から矢が放たれた。機力を用いて放たれる据え付け型のバリスタだ。まともに当たれば有翼蛇を一撃で屠ることのできる矢が、飛来する。
『う……回避する』耐えかねた仲間が操る有翼蛇が、くねる体躯を翻す。残る6頭はそのまま進入を継続するが、思念波を通して蛇の動揺が伝わってきた。

閃光と矢弾をくぐり抜けた有翼蛇が火焔弾を放った。喉を震わせ吐き出された焔が城塞に飛ぶ。撃ち出された火焔弾の半数はマワーレド川の水面に落ちて派手に水蒸気を噴き出すか、城壁に当たってあえなく砕け散った。 
残りの半数。その行方を確認した魔獣遣いは、うなり声をあげた。城内に飛び込んだ火焔弾は大した数では無く、敵の被害は殆ど無いように見えた。火災は発生している。だが、見かけが派手なだけだ。
敵の閃光と矢のせいで、腰が引けた攻撃になっちまった。俺の蛇を含めて、有翼蛇はすでに離脱に入っている。墜とされたやつは──いないようだ。だが、攻撃は失敗した。



ルルェド城内
2013年 2月10日 14時07分

「敵は去ったぞ!」
「火を消せ! 早く火を消すんだ! 砂を持って来い!」
「重傷者を神殿に運べ!」

有翼蛇の攻撃直後、城塞内では守備兵たちがせわしなく駆け回っていた。幸いにも死者は出ておらず、重要な施設も全て無事である。迎撃が効果を上げたのだった。

「進入経路を限定できれば、妨害程度なら充分効果があるな」
ハンズィールが満足げに言った。彼は地上部隊にとって悪夢的存在となりつつあった有翼蛇への対抗手段を考案し、実行に移していた。
「地形に助けられましたな」負傷者の手当てを命じ終えたホーポーが言った。
「それに、この城の守備兵だからこそだ。これほどまでに魔術士や神官戦士が多い城もそうないぞ」
「先代ルルェド公の遺された徳ですな」
「たいした人だったよ」

ルルェドには冒険者や武芸者が多い。それは先代ルルェド公ストーラが彼らを手厚く保護していたからであった。その遺訓が、他には見られないほどの魔法火力の集中を支えている。
ハンズィールは彼らを予想進入経路に配置し、ただ『邪魔をすること』だけに集中して魔法を使用させていた。もとより撃墜は狙っていない。彼は攻撃魔法の威力を買い被ってはいなかった。
バリスタも同じである。命中はまず不可能。その冷徹な評価の下で彼はバリスタを運用している。
ハンズィールの防御手段は、可燃物の徹底的な除去と救護消火体制の構築、部隊の掩蔽と組み合わせることにより、満足のいく結果を守備隊に与えていたのだった。



帝國南方征討領軍ジャボール兵団本営
2013年 2月10日 14時12分


『敵ノ反撃ハ激烈。攻撃成果不十分。第二次攻撃ノ要アリト認ム』

 魔獣遣いからの導波通信を受け取った魔術士が、平坦な声で報告した。

「また失敗か! 飛行騎兵隊は無能揃いか!」
ゾラータの罵声が飛んだ。魔術士は私に申されましても、と後ずさった。飛行騎兵隊長が頭を下げる。
「兄者、そうは言っても有翼蛇とて無敵ではないぞ」シリブローが窘める。「敵の火線はよく整備されている。よほどの上手が手配しているな」
「感心している場合か、弟よ! 今はまたとない好機であるのだぞ。あの小癪なサヴェリューハがしくじったのだ。今こそ儂らの株を上げるとき! それなのに、たかが城塞ひとつにてこずっている有り様よ」
怒り狂った将の姿は本営の幕僚たちを萎縮させていた。そんな中、ひとりの将校が静かに進み出た。シリブローに視線を送る。シリブローは静かに頷くと、兄に向かって声をかけた。
「兄者、おい兄者よ。怒りを鎮めてくれ。良い手立てがあるのだ」
ゾラータは収まらない。手当たり次第に蹴飛ばしては、罵声をあげている。
「兄者よ。これにある男の部隊がきっとあの城塞を陥としてみせよう」
ゾラータは初めて動きを止めた。視線の先には、シリブローの隣に控える小柄な将校の姿がある。
「申せ」ゾラータが言った。
「はい」将校は一礼すると、顔をあげた。刀傷だらけのその顔は、全く油断ならない面構えだった。

「飛行騎兵隊の使い道、我が猟兵隊にお任せ下されば、一晩でルルェドを陥落せしめてみせましょう」

将校はそう言って不敵に笑った。



第1河川舟艇隊 マワーレド川河口
2013年 2月10日 16時30分


第1河川舟艇隊先任幕僚、久宝健(くほう・たける)一等海尉は書類の束から目を上げると、凝った肩をぐるぐると回した。実直さと丁寧な仕事ぶりが売りの彼である。4日後の作戦発動日を前に、所属舟艇の準備状況を全て見直していたのだった。
準備は完了していた。
運貨船も特別機動船も完璧に整備され、燃料と弾薬は満載されている。艇長を集めて水路図の読み合わせと案内役の妖精族との打ち合わせも済んでいる。符丁の確認も、不測事態発生時の取り決めも確認した。
明日には再度陸自西部方面普通科連隊の指揮官と南瞑同盟会議軍部隊長の作戦会議が予定されている。
自分のヘルメットとカポック、書類ケース、筆記用具に報告書作成用のノートパソコンと予備バッテリー、迷彩服に下着の替えも揃えて防水パックに詰めた。酔い止めも持ったし、好物の羊羹も補給に頼んで山ほど積んだ。
大丈夫、完璧だ。

久宝が拳を握ったその時、10メートルほど先で軽快なブレーキ音とともに高機動車が停車したのが見えた。
海士が駆け寄りドアを開ける。高機動車の武骨な車内から、遠目にも派手な人物が優雅な仕草で降り立った。何も悪いことはしていないのに、久宝の胃袋がごろりと音を立てた。
その人物──第1河川舟艇隊司令西園寺麗華(さいおんじ・れいか)三等海佐は、準備作業中の隊員たちに声を掛けながらこちらへと歩いてきた。声を掛けられた隊員たちは、好意的な反応を返しているようだった。
普段何かと苦労させられている久宝としてはあまり認めたくないのだが、西園寺三佐はそれなりに部下の好意を勝ち取っているらしい。
まぁ、あのひとは女性幹部にありがちな張り切りすぎるタイプじゃないからなぁ。
メリハリをつけられる指揮官は曹士に好かれる。その上、西園寺が着任して以来、何故か糧食の質が向上したようだった。飯が旨い部隊の士気は総じて良好なのは洋の東西を問わない、海軍の常識である。 
その上、中身はともかく美人である。やはり誰しも自分の上司の見栄えが良くて嬉しくないことは無い。

──それに、胸大きいしな。

久宝は何気なく目線を向けた。すぐ近くに、作業服を思い切り押し上げ主張する胸があった。

「先任幕僚、あたくしがいま何を思っているのかおわかりになるかしら?」
「はぁ、わかりかねます」久宝は正直に答えた。
「驚嘆しているの、めずらしいことに。あたくしは少々のことじゃ驚かないのよ?」
西園寺は楽しげだった。
「何にそこまで驚嘆しているのでしょう?」久宝は首をひねった。
「先任幕僚が、こんなにも度胸のある方だったということに、よ」
「は? 私がですか? そこまでの勇気を示したことなど有りませんが。人並み程度かと」
「まだ、おわかりにならない?」
西園寺はますます楽しげに言った。
そこで久宝はようやく自分がまだ目の前の司令の胸に目線を置いたままであることに気付いた。慌てて顔を上げる。なんてこった、疲れてぼーっとしていた。

「あら、ごきげんよう。あたくしの顔はここよ」
西園寺の声は楽しげだったが、瞳は笑っていなかった。久宝は全身から冷や汗が吹き出るのを感じ、大急ぎで言葉を組み立てた。

「会議お疲れ様でした司令! い、いかがでしたでしょう? バールクークの将校とは初顔合わせだったと思いますが」
慌てて取り繕った久宝を西園寺はじっと見つめた。森で虎か何かに出くわした気分になった。
「まあいいわ。ひとつ貸しにしてあげる」
西園寺はそういうと華やかな顔に渋面を浮かべ、唇を尖らせた。
「まあ、あまり気持ちのよい方たちではなかったわ。文句ばかりおっしゃるし」
西園寺は堰を切ったように会議でのやりとりを話し始めた。
2月14日に発動される『ブラック・サンダー』作戦について、日本国自衛隊、ブンガ・マス・リマ軍、バールクーク王国遠征軍の三者間で調整会議が行われたのだが、そこでの内容は紛糾したらしい。
諸都市奪還作戦の『ブラック』において主力となるのは、陸上自衛隊第5普通科連隊戦闘団とバールクーク王国遠征軍である。両者は協力して戦う必要があるのだが、バールクーク王国側は指揮権その他について一歩も譲る気が無いようだった。

全軍の指揮は最大兵力を持つバールクーク国王が持つべきであると強硬に主張し、自衛隊の示した作戦案についても一蹴したのだ。彼らは自衛隊との協同を行う考えに乏しく、独力で帝國軍を撃退するつもりでいるらしい。
「あの方たち、そもそもあたくしたちをどこかの馬の骨だと思ってらっしゃるみたい。ブンガ・マス・リマの皆さんは協力的なのだけど」
「ブンガ・マス・リマ防衛戦で見ていますからね。しかし、バールクーク王国遠征軍にも我々の装備と能力は展示したはずだったのでは?」
「見せたわよ。90式戦車や野砲でいろいろと。それでも『我らに助勢は不要』って言い張るのよ」
久宝はもしやと思った。
「まさか、あまりにも異質すぎて現代兵器の威力が理解できなかったというのでしょうか?」
「先任、ほんとにそう思っていて?」西園寺が試すように言った。
「いえ」久宝は答えた。いくら剣と魔法の異世界だからといって、120ミリ滑腔砲の威力が理解できない筈がない。そんな馬鹿では将軍になれない。ならば何故?
「ばかね。すごいものはすごいとおっしゃればいいのに。そんな意地のために無用に死ぬ兵士がたくさん出るのよ。あたくしなら耐えられない」
「武功を我々に持って行かれるのを良しとしないからこその、頑なな態度ですか……自衛隊が敵を全て蹴散らしてしまえば、部隊長は国王に面目が立たず、バールクーク王は盟主たるザハーラ諸国王に面目が立たない」
つまりは、政治が現実を縛っているのだった。
西園寺は心底うんざりした態度で続けた。
「でも兵站はあたくしたち自衛隊が受け持つのよ。三万の兵士が放っておいたら『現地調達』を始めるわ。敵ならまだしも味方がそんなことしてご覧なさい? あたくしたちの評判まで地に落ちるわ。『ブラック』を指揮する松永さんはかわいそうね」
あたくしは聞き分けのよい妖精族と水軍の皆さんでよかったわ。西園寺はぷっくりとした唇をほころばせた。
「バールクーク王国遠征軍との協同、上手く行きますかね?」
「先任、あなたまたあたくしを試そうとしていない? あたくしたち、米海軍と毎回スムーズに訓練できていたかしら? 他の国とは?」
「いえ、散々調整しても当日何かしらのトラブルは付き物でしたね」
「なら、おわかりよね。きっとひどいことになるわ」西園寺は剣呑な声色で言った。「あたくしの舟艇隊がそんなことになるのはいやよ」

「準備には万全を期します。西方普連他作戦参加部隊との調整も綿密に行います」
久宝は胸を張って言った。調整には自信がある。
「期待しているわ、先任。あなたそういう仕事は得意そうだから」
「はい」
威勢良く言った久宝に西園寺は微笑んだ。嫣然として美しい笑みだった。
「でも、次あんな目であたくしを見たら許さないから」

久宝は棒を呑み込んだような姿勢になって、回れ右をする羽目になった。仕事に追われる方がよほどましだと思った。


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