自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

368 第273話 栄光と絶望

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
第273話 栄光と絶望

1485年(1945年)12月8日 午後4時 シホールアンル帝国ウェルバンル

首都ウェルバンル中枢にある海軍総司令部の中では、いつもと同じように、司令部内に努める職員や士官達が忙しなく働いていた。
そんな中、リリスティ・モルクンレル大将は、1人だけ休憩室で僅かばかりの休息を取っていた。
ここ数日の激務で、彼女の表情には疲労が滲んでおり、軍服も着崩れている。

「……」

5階建ての4階部分に位置する休憩室の窓際からは、晴れている日なら司令部周辺の風景が見られる筈だが、この日は運悪く雪が降っており、
周囲の視界はいまいちな状態となっている。
彼女は、無言のまま外の風景を見つめつつ、淹れたての香茶を啜った。

「………疲れた。」

リリスティはぽつりとそう漏らした。

「人生の中で、これほど肉体的、精神的に疲れた事はあったかな……」
「何1人で黄昏てるの。」

背後から聞き慣れた友人の声が響くが、リリスティはその方向に振り返らぬまま答える。

「黄昏てないよ。ただ、何も考えずにボーっと外の風景を見てるだけ。」
「んな事言うのが黄昏ているって事だよ。」

呆れたような声でリリスティに言った友人が、背後でお茶を入れてからリリスティの座っているソファーの真ん前に腰を下ろす。

「泣いても笑っても、あと2分で休憩終了ですよ。モルクンレル提督?」

嫌味ったらしい言葉にムッとなったリリスティは、顔を目の前の眼鏡姿の友人に向ける。

「本当。あんたのマイペースぶりには感心するわね……まぁ、私としては“そうしたい”ようにしか見えないけどね。」
「はは……流石は歴戦のリリィ。」

ヴィルリエ・フレギル大佐は、自らの内心を見透かしたリリスティに、やれやれとばかりに首を横に振った。

「まぁ、あたしも思ったさ。本当、絵に描いたような最悪な状況だよね、今は。」
「ええ。しかも、その最悪の状況は、海から陸にと続いている訳。」

リリスティはため息交じりに言いながら、カップの香茶を啜る。

「……少し早いけど、作戦室に戻りますかね。」
「え?あたし、まだこれを1口も飲んでいないんだけど……」

リリスティが飲みかけのカップを目の前のテーブルに置いて席を立つ。それを見たヴィルリエが苦笑交じりに言う。
もう少し休んでいこうじゃないかと、言外に現したのだが…

「あっちで飲めばいいんじゃない?」
「いやいや……あそこは空気が悪いよ。司令部の主役であるレンス司令官もあんなザマだし。あたしとしては、ここで気を軽くしながら飲みたいな」
「ふむ。一理あるね。」

リリスティは頷くと、親指をパチンと鳴らした。

「じゃあ、特別に待ってあげる。」
「お、流石はリリィ。感謝しますね!」

喜色を浮かべたヴィルリエは、のんきに鼻歌を鳴らしながら、ぐいっと香茶を飲んだ。


程無くして、作戦室に入った2人は、中の雰囲気に心中で不快気になりつつも、努めて平静な表情で部下達に顔を向けた。

「お疲れ様です、次官。」
「ああ……貴方達は休憩は取らないの?」
「休憩は私も取ろうと思ったのだがね……残念ながら、そう言う気分ではなくなってしまったよ。」

リリスティは、背後から聞こえて来る掠れ声を聞くや、やや眉を顰めながら振り向いた。
海軍総司令官であるレンス元帥が、濃い疲労で皺の多くなった顔を俯かせながら、1枚の紙をリリスティに手渡した。

「たった今、シェルフィクル工業地帯を守備する陸軍部隊から届いた通信だ。」
「拝見致します……」

リリスティは渡された紙に書かれた文面を見るや、表情が硬くなった。

「シェルフィクル……敵艦載機に攻撃さる……我防戦に努めるも、工場地帯の被害発生しつつあり……」
「シェルフィクルは、朝方から昼にかけて天候が悪化していたため、敵の空襲は無かった筈だが、15分前に……陸軍からこの魔法通信が送られて来た。」

レンス元帥はリリスティの紙を人差し指で突いてから、新たに5枚の紙を差し出した。

「そして、この15分の間にこれだけの追加情報が送られて来ている」
「……」

リリスティは無言で紙を受けとり、1枚1枚、目を通しながら言った。

「敵艦載機集団、防空陣地に襲撃。高射砲部隊の損害少なからず。」
「造船所に爆弾命中。建造中の竜巣母艦の被害甚大なり。」
「装備品貯蔵施設に大火災発生。消火活動を展開するも、敵の空襲により消火作業進まず。」
「敵攻撃隊第2波、シェルフィクルに接近中。ワイバーン隊が迎撃するも効果なし。」
「シェルフィクル第1工業区画の損害甚大なり。敵艦載機隊は尚も工場、並びに対空陣地への攻撃を続行しつつあり。」

リリスティは顔を上げ、レンス元帥をまじまじと見つめる。

「シェルフィクルが、我が帝国の中でも第1位の工業地帯である事は、君も知っているな?」
「はい……。」

「つまり、シェルフィクルは生命線であり、心臓部という事だ。そこに、アメリカ軍の機動部隊が迫り、猛攻を加えている。」

レンスは、自らの胸元を指さす。

「つまり、我々は今、この帝国の心臓部を敵に串刺しにされようとしているのだ。」

彼は、淡々とした口調でそう言い放った。

「……抵抗する術を失った我々には、もはやどうする事も出来ん。出来るのは、ただこうやって、シェルフィクル工業地帯が破壊されて
いく様子を確認するだけだ。」

レンスは、ふらついた足取りで席に座ると、天井を見上げた。

「……私は、陛下に何とお詫びすれば良いか……やれるだけの事はやった筈なのに……なぜこうなったのだ。」

レンス元帥の言葉は、作戦室内に居る全ての者達が心中で呟き続けている言葉と全く同じ物であった。

出来る限りの人員、ワイバーン、兵器を整備し、満を持して投入された第4機動艦隊は、この第2次レビリンイクル沖海戦で、
奮戦の末に壊滅してしまった。

参加竜母17隻中、9隻が沈み、戦艦部隊も新鋭の戦艦5隻と巡戦2隻、その他の護衛艦艇も多数が撃沈された。
航空部隊の損害は深刻であり、損失したワイバーン、並びに飛空艇は1100騎以上にも上る。
艦隊のワイバーン隊はほぼ潰滅状態であり、シェルフィクル防空の任を担う陸軍航空隊も、今や敵艦隊の反撃能力はおろか、敵艦載機に
対する抵抗力すら大幅に失われている。
この海戦の損害は、シホールアンル海軍始まって以来の物であり、海軍は連合国海軍に対して、大規模な反撃手段を喪失してしまったのである。
海戦の敗報を聞いた時、レンスはショックのあまり、しばらく自室に閉じこもった。
リリスティも今回の惨敗に少なからぬ衝撃を受け、楽天家のヴィルリエでさえもが、思わず頭を抱えてしまった。
アメリカ太平洋艦隊は、第1次レビリンイクル沖海戦の雪辱を晴らし、シホールアンルの心臓部を思う存分叩きのめしつつある。
誰もが口にはしないが、この時点でシホールアンル帝国の命運が決した事は、火を見るよりも明らかであった。

「どうしてだ……一体、どこで間違った……」

レンスの苦痛めいた独語が室内に響いて行く。それに対して、リリスティは口を開く。

「閣下。主力部隊が壊滅した事は……私自身、信じられぬ気持ちで一杯であります。しかし、戦争は終わった訳ではありません。
過去の事を後悔し続けるより、今は、そのあとの事を考えましょう。」
「……次官の言う通りではあるな。」

レンスは、掠れた声で返しながら、ゆっくりと頷く。

「して……今後、我が帝国海軍はどのように動けば良いと思うかね。次官?」
「まずは、こちらから打って出ず、敵重爆撃機が定期的に港へ投下する機雷の除去に力を注ぐべきでしょう。」
「海上輸送路の確保ですか。しかし、本土西部沿岸の制海権は、先の海戦の結果、もはや連合国軍に奪われたも同然です。」

作戦参謀がリリスティに言うが、彼の声音にも若干、覇気が欠けているように感じられた。

「西部沿岸の残存艦艇は全て、北部沿岸に回航し、敵の襲撃をやり過ごすべきだと考えますが。」
「海上輸送路を捨てると言うの?無防備な輸送船だけを残して。」
「……モルクンレル次官。最近、私は海上交通路を放棄し、国民の輸送や生活消費物資等は陸上輸送で良いのではないかと考え始めているのだが。」
「陸上輸送と海上輸送では、輸送効率に差があります。」

レンス元帥の考えを、情報参謀であるヴィルリエ・フレギル大佐が否定した。

「我が国の陸上輸送は、馬車隊を並べて陸路を行きますが、それで運べる物資の数は多くありません。ですが、輸送船は馬車隊よりも遥に多くの
物資を運ぶ事が可能です。」
「だがな、情報参謀。」

ヴィルリエにしかめっ面を向けながら、作戦参謀が食って掛かる。

「もはや、わが国には、頼れる主力艦隊は居なくなってしまった。後は、生き残った若干の主力艦艇や小型の補助艦艇ぐらいだ。
敵の制海権の真っ只中を、君は弱体な護衛しか持たない護送船団で航行しろと言うのか?」
「……別に、護送船団がすぐに損害を受けるとは限らないかもしれない。」

ヴィルリエがそう言うと、リリスティを除く司令部の幕僚達が一様に目を剥く。

「現在、シェルフィクルが攻撃を受けている最悪の事態を、我が帝国は迎えています。ですが、先の海戦で消耗したのはアメリカ軍と言えど同じで、
シェルフィクル攻撃が終了してしばらくの間は、西部沿岸に主力部隊を置く事も無いでしょう。その間、未だに保持しているヒーレリ領北西部の
住民避難や物資輸送を行うのです。」
「……それは希望的観測に過ぎないのではないか?」

レンス元帥がそう批判するが、

「情報参謀の言われる通りかと思われます。」

リリスティが助け舟を出した。

「西部沿岸の海上交通は。ここ2週間途絶えています。この間、ヒーレリ領の臣民の避難や、戦略物資の移動は陸上輸送で行われていますが、
陸地では丁度冬季に入り、天候も思わしくないため、輸送効率は芳しくないとの事です。このままでは、連合軍の新たなる攻勢の前に帝国臣民を
避難させられぬまま、戦闘に巻き込んでしまう恐れがあります。」

現在、ヒーレリ領西北部には、450万人の帝国臣民が残留しており、その避難が細々と続けられているが……状況はリリスティが説明した通り、
芳しくない。
海軍は、この状況を打開するために、30~40隻程の輸送船団を定期的に派遣して、ヒーレリ領からの戦略物資輸送も兼ねて、避難民を
帝国本土まで送り届ける事を実行しようとしていた。
だが、そこに米機動部隊来襲が重なったため、これら一連の大規模輸送は中止されていた。
輸送作戦開始は、海戦終了直後に実施される筈であったが、迎撃に出た第4機動艦隊が壊滅状態となった今、輸送作戦の実施は不可能であると
誰もが考えていた。
しかし、リリスティとヴィルリエは、米機動部隊の弾薬消費量を推測するに、近い内に西部沿岸区域から撤退すると確信しているようだ。

「450万もの帝国臣民を避難させるには、海上輸送は是が非でもやらねばなるまいかと、小官は確信する所であります。」
「………」

リリスティの押しの一言に、レンス元帥は再び押し黙る。
連日の激務のせいで、彼の顔はどす黒く染まっている。

頼りにしていた主力部隊が壊滅に陥ったのだから、致し方の無い事であろうが……

「……敵機動部隊は、本当に沿岸部から離れそうかね?」
「いかな強大な敵と言えど、弾が無ければ戦えません。沿岸部の空白は必ず生まれます。どうか、ご決断を……」
「次官がそこまで言うのなら……よろしい。許可しよう。」
「!?か、閣下!」

異論を述べようとした作戦参謀だが、レンス元帥は片手をあげて制した。

「まぁ待て。確かに、貴官のいう事も最もだ。だが、事は急を要する……私は、次官と情報参謀に賭けてみようと思う。」
「では……」

ヴィルリエが俯きがちだった顔を上げる。

「護送船団指揮官に命令を送りたまえ。敵機動部隊が西部沿岸海域より離れ次第、直ちに、ルィシュク港(ヒーレリ領北西部にある港である)
に向かえ、とな。」
「……は。直ちに送ります。」

ヴィルリエはそう返事すると、速足で会議室から退出していった。

「……シェルフィクルの工業地帯が壊滅すれば、もはや、艦隊の再建は出来なくなってしまうな。次官、これからのシホールアンル海軍は、ただの
沿岸海軍に成り下がってしまう訳だが……これから、我々はどう戦えば良いと思うかね?」
「……生き残った正規竜母がクリヴェライカと、大破したランフックのみでは、竜母機動部隊として大々的行動する事は不可能です。閣下の言われる
通り、沿岸部の航路防衛を主体に作戦行動をする以外、他に道は無いでしょう。」

リリスティがスラスラと答えていく。

「首都近郊には、未だに複数の主力艦がおりますが、これらは近代化改装を終えたとはいえ、いずれも20年以上前に竣工した旧式艦ばかりです。
それ以前に、首都近郊の沿岸部には、首都防衛の第6艦隊以外は、全てが駆逐艦、哨戒艇等が主力の沿岸防衛部隊ばかりです。艦艇の数は少なからぬ物が
ありますが、米太平洋艦隊相手には、やはり正面から戦える代物ではありません。」

「シギアル港には第6艦隊の戦艦7隻初めとする最後の主力艦隊が居るが……作戦参謀の言う通りだな。」

レンス元帥はそう言ってから、右手で後頭部を一際激しく掻いた。

「……ゼイルファルンザ級やジュンレーザ級で、敵のアイオワ級やサウスダコタ級に立ち向かう等……自殺せよと命じるに等しいだろうな。」
「サウスダコタ級は愚か、格下のアラスカ級……いや、例の新型巡洋艦、デ・モイン級ですら敵うかどうか……ですね。」

レンス元帥と、リリスティの冷めたい一言に、作戦参謀がムッとなる。

「司令官閣下のみならず……次官まで……!それでは……第6艦隊がアメリカ艦隊に対して、一方的に打ち負かされるとでも仰りたいのですか!?」
「作戦参謀は、地の利を生かせばアメリカ軍の新鋭戦艦相手に戦えるとでも言いたいのかね?」
「無論であります!」

レンス元帥の言葉に、作戦参謀は胸を張って答える。

「シギアル港は、首都近郊の軍港……または、強固な軍事要塞として古来より機能しております。特に、シギアル港周辺に張り巡らされた要塞砲群は、
各所にネグリスレイ級戦艦と同等の大口径砲を配置し、いかな敵艦とは言え容易に近付けさせません!こ」
「敵艦……だけ?」

作戦参謀の説明を、リリスティが強引に区切った。

「敵の飛行機は……?」
「……む、無論。シギアル港にも強力な対空火器と、温存している陸軍ワイバーン隊」
「ベアキャットと、スカイレーダーでも、その対空火器とワイバーン隊は充分機能する?」
「う……」
「ハッキリ言って、作戦参謀はまだまだ甘い。航空援護の少ない第6艦隊が沖で艦隊決戦を挑む前に、無数の敵艦載機に襲われてお終いになるだけ。
第4機動艦隊の被害が、敵機動部隊の攻撃力を明確に現しているのに、貴方はまだ、そんな考え方しかできないの?」
「……次官こそ!そんな悲観的な事ばかり考えてどうするのでありますか!?貴方こそ栄えある帝国海軍軍人でありましょうが!」

リリスティの指摘を受けた作戦参謀が、顔を赤くしながらそう聞き返した。

「どんなに絶望的になろうとも、戦力を注ぎ込んで帝国の勝利に貢献しなければならん筈です!それなのに……レビリンイクル沖の英雄とも謳われた
次官からそのような言葉を聞くとは……私は失望しましたぞ……!」
「それはこちらのセリフだね。現実を見ない参謀なぞ、使えない。」
「な……!?何を世迷言を……」

彼はそう言いながら、徐々に目を吊り上げていく。

「世迷言では無い。貴方は本当に使えない……えぇ、本当につっかえない。この役職を辞めたら?」
「ふざけないで頂きたい!!」

激怒し、リリスティに一気に詰め寄る作戦参謀。誰もが、作戦参謀がリリスティに殴り掛かると思い、慌てて後ろから羽交い絞めにしようとした……が。

「それは……」

リリスティは、そう唸ると同時に、拳を振り上げようとしていた作戦参謀の胸ぐらを右手で掴んでいた。

「こっちのセリフだって言ってるのよ!!」
「ヒッ!」

驚きのあまり、作戦参謀の口から悲鳴が出るが、リリスティは彼の目を見ながら言葉を発していく。

「私はね、ここに来るまでは前線で体を張って来たんだよ!部下や仲間たちが傷付き、命を落とし、私自身何度も傷付いた。一時は致命傷を受けて
完全に死ぬ寸前まで行った。過去に数えきれないほどに味わった、苦い経験を活かす為に、まだ若いながら、ここで不慣れな次官と言う仕事をやらせて
貰ってる。作戦参謀……ここは前線にいる以上に神経を使わないといけないんだ。何故だか分かるか?」
「……全体を見据え、帝国の安泰をもたらすためです……」
「それだけなの……?」
「………」

リリスティは更に聞くが、作戦参謀は忌々しげに目で逆に睨み付ける。

「名誉ある……戦いをさせるためでもあります。」

「名誉ある戦い……ね。」

彼女はそう言った後、右手のみならず、左手も使って彼の胸ぐらを掴んだ。

「それが、先程の戦訓を無視した提案なのか!?だから使えないって言ってるんだ!!ここから放り出して前線に送り込んでやる……!」
「モルクンレル次官!もうやめろ!!」

見かねたレンス元帥が2人の間に割って入り、リリスティと作戦参謀を引き剥がした。

「こんな非常時に何たる様だ!ここは喧嘩場ではないぞ!!」
「……は。お見苦しい所をお見せして申し訳ありません。」

リリスティは作戦参謀から手を放し、熱くなった頭を2,3度振りかぶってから、レンス元帥に頭を下げる。
作戦参謀も同様に会釈するが、リリスティには顔を合わせぬまま距離を置いた。

「作戦参謀の案は、確かに思慮に欠ける部分が多かった。だが、モルクンレル次官の返事もよろしくない。君の返事は、そこらの野盗が喧嘩を
吹っかけているようにしか思えなかったぞ。」
「は……」
「君は帝国海軍の大将であり、序列第2位の指揮官でもあるのだ。くれぐれも気を付けたまえ。」
「は。重ねて承知いたします。」

リリスティは、思わず熱くなってしまった自分を心底恥じた。

(まずいな……あたしも、第4機動艦隊の敗報を聞いてからどこかおかしくなってしまったのかもしれない。ここはいつも以上に冷静でいられるように
努めなければ……)

彼女は、心中でそう反省してから、作戦参謀に顔を向ける。
その時、会議室のドアが開かれた。

「レンス閣下。陸軍よりヒーレリ戦線の最新情報が届けられました。」
「陸軍から……」

先程、命令を伝えに行ったヴィルリエが紙片を持ちながらレンス元帥の所まで歩み寄った。
紙を手渡されたレンス元帥は、一通り目を通すや否や、険しい表情のまま額を抑えた。

「諸君、ヒーレリ戦線の続報だが……」

レンスは咳払いをしてから言葉を続ける。

「たった今届けられた情報によると、本日午後2時50分、ロプトンヌ方面でアメリカ軍機械化師団の猛攻を受けていた陸軍部隊は決死の抵抗を
試みるも、先程、敵に戦線を突破されたようだ。」
「ロプトンヌが……突破されたですと!?」

作戦参謀が思わず声を裏返してしまった。
彼のみならず、作戦室に居る幕僚達は、誰もが驚きを現していた。

「ロプトンヌはクロートンカに通じる拠点で、防備も万全であった筈。それに、この地方の敵の急襲は何とか抑えられていたと、朝方に伝えられた
情報にありましたが。」
「その事だが……クロートンカ、ロプトンヌ共に、来襲した敵は非常に強力であり、特にロプトンヌを急襲した敵は、噂のパーシングと言われる
新型戦車を前面に押し出し、前線の突破を図ったようだ。」
「防戦支援の手筈は取れていないのですか?」

リリスティはすかさず質問するが、レンス元帥は頭を横に振った。

「陸軍は手を打とうとしたようだが、あまりにも急な攻撃であったため、ロプトンヌ、クロートンカ周辺の防戦支援は間に合わないようだ。」
「それじゃあ……陸軍の侵攻部隊は丸々、敵に包囲されてしまうではありませんか!」

作戦参謀は半ば悲鳴に近い声音で言う。

「侵攻軍本隊は、未明に戦力を分断されてから各々、必死の防戦に努めるだけで、攻勢発起地点であるロプトンヌやクロートンカへ向ける戦力を
抽出できない……閣下……もはや、南部地方は……」

他の幕僚が呻くような声でレンスに言う。
それに対して、彼は無言のまま、小さく頷いた。

(……滅びの時が来る。人は一様にして絶望に打ちひしがれ、やがてはあらゆる物が瓦解す……か)

より、重い沈黙に包まれた会議室を眺め回しながら、リリスティはふと、過去に読んだ書物の一文を心中で呟く。

(昔、家の地下書庫で読んだ神話の一文だけど……まさか、あたしが生きている時に、この文を思い起こす光景を目の当たりにするとはね……)

1485年(1945年)12月8日午後11時15分 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ大将は、太平洋艦隊司令部内にある作戦室で、淹れたてのコーヒーを飲んでいる所に、
情報参謀のロシュフォート大佐から報告を受け取った。

「長官。第5艦隊司令部より入電であります。」
「来たか……読んでくれ。」

ニミッツはカップをテーブルに置き、腕を組んでロシュフォートの説明に聞き入った。

「我、水上部隊を用いてシェルフィクル工業地帯の艦砲射撃を敢行。本日0305時をもって工業地帯の砲撃を終了せり。敵工業地帯は
昼間の空襲並びに、水上部隊の砲撃によって完全破壊された物と確認せり。第5艦隊は作戦を終了し、今より帰投する物なり。0315……」
「そうか……遂にやったか……彼らは困難な任務をよくぞこなしてくれた。本当に……良くやってくれた。」

ロシュフォートの説明を聞き終えたニミッツは、別段喜ぶまでもなく、ただただ、激戦を制した第5艦隊を労った。

「1年前、志半ばで散ったパウノールと、部下将兵達も、この復讐を成し遂げた事を素直に喜んでくれているだろう。いや……
フレッチャーはよくやってくれた。」
「これで、シホールアンル帝国の戦争遂行能力は大きく削がれました。連合国はまた一歩、有利になりましたな。」
「ああ……少なく無い犠牲を払ってしまったがな……」

ニミッツはそう言うと、深い溜息を吐いた。

シホールアンル海軍の主力である第4機動艦隊を撃滅した米第5艦隊は、その翌日からシェルフィクル攻撃を開始した。
まず、午前8時20分には、シェルフィクルから300マイル離れた海域に進出した第58任務部隊が、第1次攻撃隊180機を発艦させた。
ここから断続的に攻撃隊を送り続けたTF58は、午後4時58分にTG58.5から94機の第7次攻撃隊が発艦するまで、実に7波、
計1290機もの艦載機を送り出した。
シェルフィクル工業地帯は、米艦載機群の猛爆により甚大な損害を被り、この日の夕方までには、港湾部の造船所や、製鉄所等が壊滅し、
他の物資製造工場や加工工場も少なからぬ打撃を受けた。
だが、艦載機隊の攻撃だけでは、工場の約4割弱を破壊しただけに留まったため、第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー中将は、
残存していたTG58.7に、温存していた戦艦ミズーリ、ウィスコンシン、アラバマ、重巡2隻、軽巡4隻を加えて、工場地帯の艦砲射撃を命じた。

午後10時40分。TG58.7は、昨夜の海戦で戦列に留まった、戦艦ケンタッキーを始めとした戦力でもって艦砲射撃を開始した。
アイオワ級戦艦3隻、サウスダコタ級戦艦1隻を始めとする砲撃部隊は、工場の沿岸部は勿論の事、20キロ程の内陸部まで片端から叩きまくった。
空襲を受けつつも、何とか健在であった工場はともかく、ほぼ無傷であった内陸部の工場も、無数に飛来する大口径砲弾や、重巡、軽巡、駆逐艦群の
砲弾に隙間なく耕され、生産したばかりの物や破壊された残骸も分け隔てなく吹き飛ばされ、微塵に粉砕されていった。
シホールアンル帝国の心臓部でもあるシェルフィクル工業地帯は、150年前から発展を続け、今日までこの大帝国を支え続けていた。
だが、戦艦部隊は機械的に砲弾を送り続け、歴史ある建造物の数々を吹き飛ばし続けた。
砲撃開始から3時間20分が経った午前3時5分には、観測機から敷地内全域に大規模な火災が発生中との知らせを受けた事で、第5艦隊司令部は
シェルフィクル工場地帯の完全破壊成功を確信し、砲撃を終了した。
ここにして、第5艦隊は任務を全うした訳だが……犠牲も少なくなかった。

「第5艦隊はシホールアンル海軍の主力部隊を撃滅しましたが、引き換えに戦艦、空母各1、巡洋艦1、駆逐艦7を喪失し、中破以上の損傷艦が35隻。
航空機損失は、今日のシェルフィクル空襲時に受けた被害も含めると、900機に上ります。一応、第5艦隊司令部からは、補給と再編成を行えば、
次の任務をこなせるとの報告は入っておりますが、それでも2週間ほどは動けないでしょう。」
「うむ……」

ニミッツは表情をこわばらせながら頷いた。

「撃沈艦船数から見ればこちらの圧勝かもしれんが……損傷艦も含めると、やはり敵も健闘した物だな。」
「最盛期から衰えたとはいえ、敵も精鋭を可能な限りかき集めてきていますからな。むしろ、これだけの規模の大海戦で、損失艦が10隻に抑えられた事は
奇跡と言えます。」
「事前の予想では、空母4,5隻、戦艦2隻、護衛艦14,5隻程度の損失は覚悟していたからな。」
「前線からの報告を見る限り、やはり、こちら側も積極的に最新鋭の装甲空母や新型艦載機を配備した事が功を奏しているようです。」

ニミッツに対して、レイトン少将がテーブルに置いてあった紙を見つめながら説明する。

「リプライザル級空母は、キティホークが中破の損害を受けた物の、爆弾、魚雷は重装甲で良く食い止められています。それに、新型艦載機の
F8Fは敵に対して効果的な空戦を行い、AD-1は桁外れの搭載量で敵機動部隊撃滅に大きく貢献しました。この事から、敵は艦船、航空戦力共に、
戦力を著しく損失し、帝国本土西部沿岸の制海権喪失に繋がったものと見られます。それから……」

ロシュフォートは別の紙片を取り出してから説明を続ける。

「水上艦同士の戦闘でも、我が方の個艦性能が優っていたため、敵水上部隊の撃滅も果たせています。特に、改アイオワ級戦艦である
モンタナ、イリノイ、ケンタッキーは相当の損害を負ったようですが、前期型と比べて戦訓を反映させた改良を施したおかげで損失には
繋がりませんでした。また、唯一、マサチューセッツが撃沈された事が痛手でしたが、サウスダコタ級も新式の50口径16インチ砲を搭載したお蔭で、
2隻のネグリスレイ級戦艦相手に互角以上に戦い、2隻とも大破、航行不能に陥れています。そして……巡洋艦、駆逐艦部隊もほぼ同様で、
我が方のデ・モイン級重巡やギアリング級駆逐艦は、期待に違わぬ活躍を見せてくれました。」
「ふむ……つまり、我が艦隊の総合力が敵を上回った事が、今回の大勝利を呼び込んだという事だな。」
「そうなりますな。」
「陸軍の方でも、反撃は順調に推移しており、既に敵侵攻部隊は連合国軍によって包囲されたようです。」

ロシュフォート大佐がそう言ってから、ニミッツは彼に視線を向ける。

「反撃には確か、海兵隊も参加していたな。」
「はい。第5水陸両用軍団の第3、第5海兵師団です。この2個師団はグレンキア軍の第19装甲軍団と共に敵の攻勢発起地点を攻撃し、同地を
確保しています。既に、敵侵攻部隊は陸軍の反撃部隊によって分断されています。更に、別働隊5個師団が包囲の蓋を閉じた今、長くは持たないでしょう。」
「流れは、完全に連合国に来ている。」

ニミッツは、ゆっくりと後ろを振り返り……壁に賭けられている大きな地図に目を向けた。

「……シェルフィクルは壊滅し……敵の乾坤一擲の反撃も、連合軍の決死の猛反撃でこれまた潰えようとしている。」

ニミッツはそう独語しながら、ゆっくりと地図の前に近づいた。

「恐らく、シホールアンル本土南部は、西部の連合軍と、東海岸から来ている味方が近い内に合流する事によって完全に包囲されるだろう。
シェルフィクルを失い、主力艦隊を失った敵には致命的な打撃と言える。」

彼は、地図上の一点……アリューシャン南方沖に右手の一指し指を当てた。

「これでようやく、作戦の第1段階は完了したと言える。次は、オリンピック作戦第2段階……」

ニミッツは、指先をアリューシャン南方沖から一気に西へ……シホールアンル帝国東海岸の近くまでなぞらせた。

「シホールアンル帝国の本拠地、シギアル港ならびに……帝国首都、ウェルバンルを爆撃する。この大作戦が成功するか否かは、ハルゼーが実行する
コロネット作戦の成果如何にかかっている。諸君……第3艦隊の奮闘に期待しよう。」

1485年(1945年)12月9日 午前2時 シギアル沖北東360マイル沖

目が覚めた時、そこはいつもの狭い艦長室の中であった。

「……ん……今何時だ?」

彼はすぐ側にある電球の明かりをつけて時間を確認する。時刻は午前2時を過ぎたばかりだ。

「2時か……予定の時刻まであと2時間はあるな。」

空母イラストリアス艦長ファルク・スレッド大佐は予定の時刻まで時間があるため、もう1度寝なおす事にしたが……どうした物か、
なかなか寝付けなかった。
2時20分を過ぎても一向に寝付けないため、彼は仕方なく、予定よりも早く起きる事にした。
クローゼットにかけてある軍服を取り出し、それを身に付けていく。
軍服はアメリカ海軍のカーキ色の服だ。

「そう言えば、久しぶりにイギリスに居た頃の夢を見たな……懐かしい物だ。」

スレッドは苦笑しながらも、過去の記憶に思いを馳せる。
服を来たスレッドは、制帽と防寒コートを羽織ってから艦長室から出る。
艦橋に向かおうと思ったが、予定の時間まで間があるため、スレッドは格納甲板の様子を見るべく、そこへ足を向かわせた。
程無くして、格納甲板に辿り着いたスレッドは、そこでイラストリアス飛行隊長であるジーン・マーチス中佐とばったり出くわした。

「おお、これは艦長。」
「マーチスじゃないか。」

互いに微笑みを浮かべながら、敬礼する。
先に手を降ろしたマーチスは、スレッドに意外そうな口調で話しかけた。

「艦長はまだご就寝中だった筈ですが。どうかされましたか?」
「いやぁ……何故か目が冴えてしまってな。なかなか寝付けないので、暇潰しに艦内をぶらついておるのだよ。そう言う君こそ、今はベッドで
眠っている筈じゃないのかね。」

「実を言いますと……私も地味に気分が高揚しているのか。艦長と同じく寝付けないのです。」
「ハハハハハ。お互い、似た者同士だな。」

スレッドはそう言いながら、マーチスの肩を叩いた。

「いや、ごもっともです。」

2人は互いに苦笑し合うと、視線を格納庫内に収納されている艦載機群と、それを整備する整備員達に向ける。
格納庫内では、ひっきりなしに機体を整備する機械音や整備員達の声が響き渡っていた。

「皆、良く頑張ってくれているな。」
「ええ。明日は本番ですからな。1機の故障機も出さぬとばかりに、整備員達は気合を入れていますよ。」
「そう言えば、君は第2次攻撃隊の指揮官だったな。部下達の具合はどうだね?」
「良好です。あとは本番を待つだけですね。」
「本番か……それにしても、転移してからは、俺達はどうなるかと思っていたが……まさか、ここまで来るとは思っても見なかったな。」
「敵国首都を爆撃とは、こりゃとんでもない大仕事ですな。」
「本当、参った物だな……」

やや気軽な口調で話していたスレッドだが、ここで彼は語調を変える。

「しかし、その大仕事をこなせるパイロットはここに集まった。そして、艦隊も集まった。ダッチハーバーを出港する時は、生憎の霧で視界が
良くなかったが、イラストリアスの属している機動部隊だけで正規空母3、軽空母2。第3艦隊全体では計12隻もの空母が居る。私は、歴戦の
僚艦と共にこの大作戦に参加した事を、誇りに思えるよ。」
「同感ですな。」

マーチス少佐が顔を頷かせる。

「それにしても……航空団の編成を見る度に思いますが、これまでと違ってやはり攻撃力重視の面が強いですな。なにしろ、このイラストリアスだけで、
スカイレイダーを36機も搭載しとります。普通なら、F8Fを48機搭載して、24機をスカイレイダーにすると言う感じになりますが……」
「他の空母も似たような物だ。航空団の半数は攻撃機で占められている。」

スレッドは腕を組みながら、マーチスに自らの心境を語る。

「やはり、長官はヤル気だ。シギアル港とウェルバンルにある目ぼしい物は、片端からぶち壊そうしているぞ。」
「ブル・ハルゼーの采配、ここに極まれり。という事ですな。」
「まぁ、そうなるな。」

スレッドは苦笑しながらそう返しつつ、改めて格納庫内の機体をじっくりと見回す。
翼を折り畳まれたベアキャットとスカイレイダーの周囲には、整備員が張り付いている。
寝る間を惜しんで整備する彼らも、恐らくは明日の攻撃成功を心から祈っているに違いない。

「気象班の報告では、天候も程良く晴れつつあると言うから、明日は絶好の攻撃日和となるだろう。マーチス……明日は頼んだぞ。」

スレッドはそう言ってから、再び彼の肩を叩いた。
それを受けたマーチスは、自信満々の笑みを浮かべながら返した。

「お任せ下さい。連中にこのスカイレイダーの威力と……ジョンブル魂の意地を見せてやります。」
「おう、その意気だ。」

マーチスの答えを聞いたスレッドは、密やかに作戦の成功を確信したのであった。


1485年(1945年)12月9日 午前3時30分 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

帝国首都ウェルバンルは、深い眠りに付いていた。
町の灯は少なく、外の通りには人の往来もほぼ無い状況だ。
冬の寒い風だけが音たてて鳴るだけの寂しい時間帯。
そんな、ある意味では無機質とも言えるこの時間に、ウェルバンルに東地区の中にある1軒屋では、ここを住処にしている住民達が密かに動き始めていた。

雑貨屋フヴィスの支配人であるウィリ・ケヴェルシ……もとい、本名ハヴィス・クシンクは、地下室に繋がる部屋にポツンと置かれた椅子に座り、
読書をしながら待機していた。

「あれから30分経つが……グリンゲルさんの置いた魔石はちゃんと起動するかな。」

ハヴィスは地下に繋がる階段を見据えながら、そう呟いた。
魔導士、レイリー・グリンゲルが、この敵地ウェルバンルに派遣されてから1カ月半が経過している。
レイリーは、表向きはハヴィスが経営する雑貨屋フヴィスの住込み従業員として、そして裏ではミスリアル王国の魔道士、レイリー・グリンゲルとして
首都全域と、港湾都市シギアルを回って来た。
レイリーは、本国で持たされた特殊な魔法石、約200個を首都とシギアルの要所にばら撒いている。
彼からの説明では、この魔法石は一見、何の変哲もない石ころに見えるが、実際はシホールアンル側の魔法通信を妨害する通信妨害魔法が
組み込まれており、レイリーが特別に作った魔法を起動すれば、首都から半径100ゼルド(300キロ)は、4時間ほどの間、シホールアンル側は
一切の魔法通信が出来なくなるようだ。
今、レイリーは地下の個室で術式起動の最終確認を行っている。
最終確認は、グレンキアから派遣された魔導士、サミリャ・クサンドゥス中尉も同伴して行われているが……

「予定では10分少々で確認が終わると言っていた。だが……予定の時刻を過ぎているという事は、何かあったんだろうか。」

ハヴィスは、不安を滲ませた口調で呟く。そこに、ピンク色のショートヘアの女性が彼の下に歩み寄って来た。

「班長……レイリーさんとサミリャちゃん大丈夫ですか……?」
「大丈夫だと信じたいが……」

ハヴィスは、部下であるレビンク・ヒセクヴェスに返すが、口調に不安感が滲んでいる。
レビンクはクサンドゥスと共に行動する事が多く、いつしか、2人とも互いのファーストネームで呼び合う程仲が良くなっていた。
彼女達は、今日までの間、首都から20ゼルド北西に離れた、不可思議な建物群の調査を行っていた。
この建物群には、日々多くの労働者が出入りしているのだが、彼らに中で何が作っているのか聞いても、異口同音に知らないと答えが返って来るばかりだ。
建物の外見は、7階建ての長方形状の大きな箱のような物で、周囲には珍しく、警備兵が置かれている。
最初は、何度聞いても分からぬと返す労働者たちの反応に、彼女たちは口止めをされているのかと勘繰ったが、よく聞くと、労働者たちの口調には、
口止めされたような感じが全く見られなかった。
普通、人間という物は、決して口外せぬように命じられても、何がしかの反応は見せてしまう物だ。
特に軍人でもない一般人となれば、その傾向はよく見られる。
しかし、労働者たちは、まるでその建物の中で働いた時間だけ、記憶が丸ごと抜けているような感じで知らぬと答えていた。

彼らの言によれば、朝8時に工場に出勤し、そこで働いたという感覚は残る物の、気が付いたら程良い疲労感と共に外に出ている……となっている。
精神操作の魔法に知識がある2人は、工場の中に大規模な精神操作の魔法が展開されている事を確信した。
通常、工場内にそのような大規模な魔法を展開する筈がない。
では、何故、外見上はただの大きな建物で働く労働者たちの記憶が一部消失し、そればかりか、彼らが……

“何の疑問も持たずに、そこで働き続ける”のか……

「それはつまりー……」
「起死回生の何かを作っているという事の証……だね!」

ある時、その不可思議な工場群の事で話し合っていたサミリャとレビンクは、そう結論付けた。
そして、普通ならここで、多少の無理をしてでも内部を調査しようとする物だが……そこからはグレンキア流スパイ術の通りとなった。

グレンキア軍諜報部曰く

「何がしかの証拠を掴んだのなら、それで十分。10割成功して次の0となるより、8割成功して次の8割を目指せ。」

彼女たちは、その理を忠実に守った。

この不可思議な建物群に関しては、レイリーが魔法通信によって詳細な位置情報を第3艦隊付の魔道参謀に送っており、これらも、今日予定されて
いるであろう、アメリカ機動部隊の空襲によって目標に選ばれているだろう。

不意に、地下の個室のドアが開く音がした。
そこから、誰かの足音が聞こえて来る。

「サミリャちゃん……それにレイリーさん……!!」

サミリャの顔を見、次にレイリーを見たレビンクは、顔を凍り付かせた。

「レイリーさん……」

「ああ、術式は問題なく起動する。ただ……」

彼は、左手で自らの耳……変装魔法が解除され、元に戻ったエルフ耳を触る。
そして、彼の右手には包帯が巻かれており、包帯には血が滲んでいる。

「ドジしてしまったな……まさか、術式に不具合が生じていたとはね。」
「レイリーさん。姿が元に……」
「……仕方が無かったんだ。」

驚愕の表情を浮かべる2人を前にして、レイリーは苦笑しながら答える。

「うちの大元が用意した術式は見事な物だった。そして、俺はそれを元に更に術式を改良した……出力は問題ないさ。予定通りの展開距離は
これで確保でき、その通りに作動する。」

レイリーは不意に顔をやや歪める。彼は、右手を痛々しげに上げながら説明を続けた。

「だが……持続時間が短かった。さっき持続時間を見積もったら、まさかの2時間しか魔法が展開できないと出た。」
「2時間しか……それでは、アメリカ軍の攻撃隊が辿り着く前に、シホールアンル側に察知されてしまう。」
「そこで……裏技を使ったのさ。」

レイリーは、右手の甲をさすりながらハヴィスに説明する。

「エルフの血は、古来より大魔法の良き触媒として作用すると言われている。そう……生贄を使って大規模な術式を展開する。それはいわば、
エルフを犠牲にして行われる魔の蛮族に劣らぬおぞましき儀式。“魔法”と言われた由縁さ。」

レイリーはため息を吐きながら、言葉を紡いでいく。

「それを、俺はやったのさ……術式展開の元となる、聖石に自分の血を塗りたくってね。」

「そんな……」

レビンクは悲痛めいた口調で、レイリーの献身ぶりに口を開くが、レイリーは手をあげて制した。

「目標を達成するには、必要な犠牲さ。最も……本国の魔道院から渡された聖石は予想以上の大食らいで、俺のマナをかなり持って行きやがったが……」

レイリーは、右手から伝わる痛みに時折顔を歪めるが、その双眸は鋭くなっていた。

「持続時間の問題は解決できた。これで、敵を予定の時間まで目くらましできる。」
「レイリーさん……そこまでして……」
「ミスリアルの諜報部隊は、グレンキアと違って相当に厳しくてね。」

彼は、どこか愉快さを感じさせる口調で言った後、不意に表情を変え、頭を何処かに向けた。

「……来たか。」
「レイリーさん、何が来たんですか?」

ハヴィスの問いに、レイリーは淀みなく答えた。

「味方がやって来たのさ。世界最強の空母機動部隊がね。」

ウェルバンル・シギアル港攻撃部隊 編制図


第3艦隊司令長官ウィリアム・ハルゼー大将(旗艦エンタープライズ)
第38任務部隊 司令官ジョージ・マレー中将(旗艦イラストリアス)

第38任務部隊第1任務群 マサイアス・ガードナー少将指揮 群旗艦 空母ヨークタウン
正規空母ヨークタウン エンタープライズ ワスプ
軽空母フェイト
戦艦アイオワ ニュージャージー
重巡洋艦サンフランシスコ クインシー
軽巡洋艦ブルックリン ナッシュヴィル ホノルル アトランタ 
駆逐艦20隻
(搭載機 ヨークタウン F8F48機 AD-1A38機 S1A10機
     エンタープライズ F8F48機 AD-1A38機 S1A10機
     ワスプ F8F36機 AD-1A32機 S1A6機
     フェイト F8F18機 AD-1A18機 TBF9機) 

航空戦力 311機

第38任務部隊第2任務群 ジェラルド・ボーガン少将指揮 群旗艦 空母ベニントン
正規空母レキシントン イラストリアス ベニントン
軽空母インディペンデンス ハーミズ
戦艦プリンス・オブ・ウェールズ 巡洋戦艦レナウン
重巡洋艦ドーセットシャー ウィチタ ポートランド
軽巡洋艦ケニア ナイジェリア クリーブランド ツーソン フレスノ
駆逐艦21隻 
(搭載機 レキシントン F8F42機 AD-1A36機 S1A8機
     イラストリアス F8F36機 AD-1A36機
     ベニントン F8F56機 AD-1A42機 S1A12機
     インディペンデンス F8F18機 AD-1A18機 TBF9機)
     ハーミズ F8F18機 AD-1A12機)

航空戦力 343機

第38任務部隊第3任務群 ドナルド・ダンカン少将指揮 群旗艦 空母エセックス
正規空母エセックス イントレピッド ボクサー
巡洋戦艦アラスカ コンステレーション
重巡洋艦ロチェスター コロンバス オレゴンシティ
軽巡洋艦ウラナスカ バッファロー ポーツマス
駆逐艦24隻
(搭載機 エセックス F8F56機 AD-1A42機 S1A12機
     イントレピッド F8F56機 AD-1A42機 S1A12機
     ボクサー F8F56機 AD-1A42機 S1A12機)

航空戦力 330機

第3艦隊航空戦力 計984機

攻撃支援 グレンキア軍諜報部、並びにミスリアル王国魔道院

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー