自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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357 名前:始末記[sage] 投稿日:2015/11/21(土) 08:16:36.01 ID:LushcZma [1/5]
第4話『青木ヶ原・オブ・ザ・デッド』

転移5年目
山梨県鳴沢村

人口六千人ほどのこの村は、日本転移後に人口が激増した。
食糧の増産と確保の為に村を出ていった住民の家族や親族が戻ってきたからである。
この傾向は日本中の田舎で見られていた。
この村でもジャガイモやキャベツ、トウモロコシの増産で比較的豊かな生活を送っていた。
だがこの豊かな地には忌まわしい歴史のある地域が存在する。
自殺の名所、青木ヶ原の樹海である。
転移後、大量の第三次産業の営業が不可能になったことにより大量の失業者が発生した。
その結果、何が起きたかというと全国の自殺の名所が例年に無い賑わいを見せる羽目になっていたのである。

「また、自殺志願者の保護かねぇ・・・」
「駐在さん達も大変だな・・・」

畑を耕し、農作業に従事していた農家の方々がパトカーで連行されていく若者を見ながら休憩している。
最早こんな光景は日常茶飯事で、取り立てて驚く話ではないが村の評判に傷が付くと眉をひそめていた。
だが樹海の向こうから呻き声が聞こえて振り返る。

「また、自殺志願者かね?」
「駐在さん達も大変だな ・・・」

完全に他人事のつもりだが樹海の外から出てきた人間の姿に顔を青ざめさせる。
顔は土気色、首が変なふうに曲がっていて腐臭を漂わせて、顔から蛆が沸いて出ている。

「こ、これは・・・ひょっとしてゾンビ?」
「ち、駐在さん助けて!!」

正確にはリビングデッドなのだが、日本人的には一律でゾンビである。
悲鳴を聞いた警官達がパトカーから拳銃を握って駆け付けてくる。
日本の各所がモンスターに襲われる事態が多発していた為に警官達も銃を抜くのも発砲するのもためらいはない。
だがそれは拳銃二丁で倒すことができる相手ならばだ。
ゾンビ程度、銃弾12発もあれば十分のはずだ。
弱点は頭部、映画ではそうだった。
そして、警官達は拳銃を構えてグールを狙うがすぐに回れ右してパトカーまで逃げ出す。

「逃げろ!!」

樹海の奥から数十体、数百体のグールが姿を現したからだ。
パトカーには先ほど拘束した自殺志願者がグールの群れを見ていた。

「ああは、なりたくないな・・・もうちょっと頑張ってみるか。」

パトカーに警官達が乗り込んでくる。

「こちら鳴沢PC02、青木ヶ原樹海から大量のゾンビが発生、応援を求む、至急応援を求む!!」



山梨県富士吉田市
富士吉田警察署

署長室では鳴沢村からの報告に対応策が練られていた。

「幸いゾンビ達は普通の人間が歩くよりは足が遅い。
地域住民を避難させつつ、遠距離から銃撃と車両による体当たりで足留めしろ。」
「現場の警官達の銃弾では足りないかもしれません。」


「河口湖交番と河口駐在所からもゾンビの発生が報告されました。
警官が応戦しながら、消防団や役場の人間が休館した富士急ハイランドに住民を避難させています。
あそこなら周囲をゲートや柵で取り囲まれて封鎖できるからです。」

署長は現場の警官では対処が不可能と判断した。
県警本部の応援など待ってはいられない。
電話を富士吉田市市長に直接掛ける。

「署長の北村です。
すでに報告は聞いておられていると思いますが・・・
はい、現有の戦力では市民の安全を守るのは無理と判断しました。
自衛隊の出動の要請をお願いします。」



静岡県御殿場市
板妻駐屯地
第34普通科連隊

県知事からの防衛出動の要請を受けて、隊員達が73式トラックや高機動車に乗り込み順次出撃している。
今回はゾンビの発生と事態が判明しているので、即応性が求められたので準備が出来た分隊、小隊単位で出発させた。

「連隊長、忍野村から第一特科連隊が出たそうですが、砲の類いが使えないのでこちらの到着を至急とのことです。」

幕僚の言葉に連隊長市川一等陸佐が首を傾げる。

「砲が使えないとはどういうことだ?」
「山梨県庁や農林水産省からの要請で田畑での戦闘は避けて欲しいと。となると市街地で迎え撃つことになるのですが、やはりここでも砲撃は行えません。1特連の隊員は小銃だけで応戦している模様です。」

それでも第一特科連隊は転移後の再編と増強を行っており樹海と隣接する山中湖村、忍野村、富士吉田市、富士河口湖村で掃討と警戒に当たっていた。
また、現在はゾンビの発生は確認されていないが富士山を挟んで静岡県側は普通科教導連隊が派遣されるて警戒にあたることになる。

「そして現在確認されているゾンビの規模なのですが、最大で二千体はいるとの報告です。やはり映画のように噛まれると感染するらしく、樹海に何故かいたヤクザや自殺志願者がゾンビに変化したそうです。」

青木ヶ原の樹海は転移前の2010年には250人が自殺を試み、50名近くが実際に命を落としている。
転移後の失業者の増大から自殺志願者が大量に押し掛けて問題になっていた。
だがこれまではゾンビなどは発生したことは無かった。
同じように死体が安置される警察や病院、葬儀会場、墓場、もしくは殺人や事故の現場では発生していない。
大陸でも同様であるが、戦場や虐殺現場など死体が溢れ放置されているような場所では、死体が甦って人を襲うことは稀にあるという。
また、死霊魔術や暗黒神の神官の神聖魔法で故意に発生させることは出来るという。

「横浜の残党の仕業でしょうか?」
「連中は神奈川県警のSATと機動隊が全員射殺か逮捕したんだろ?原因を考えるのは専門の連中に任せればいい。我々のやることは掃討と国民の安全を守ることだ。第一特科連隊の手が回らない鳴沢村に我々は展開する。途中で連中と遭遇したら迷わず成仏させてやれ、以上!!」

幕僚達も車両に乗り込んでいく。
市川連隊長も高機動車に乗り込むが思わずため息をつく。

「この世界で発生する現象は日本も例外じゃないか、当然だな。しかし、二千体か・・・よくもまあ白骨化もせずに・・・もう少し命を大事にしようぜ。」

各地の隊員達はそれでも危なげなくゾンビを討伐していた。

「頭を完全に撃ち抜けなんて、一発じゃ無理だよな。」
「車両で壁を作って分断して潰していこう。」

89式小銃で1体1体仕留めていく。
歩くよりは遅い相手に遠距離から攻撃出来る自衛隊は特に損害も出さずに任務をこなしていった。



富士吉田市
富士急ハイランド
市民の大半を収容した富士急ハイランドにも二百体近いゾンビが押し掛けていた。
幸い柵や壁にゲート、外周に配置した車両で中への侵入は防いでいた。
そして、50名程度の警官が柵をよじ登ろうとするゾンビを拳銃で仕留めていくが、それほど豊富でも無い弾薬は底を尽き始めていた。

「よ、よく狙え!!」

また1体仕留めるが使用した弾丸は4発。
頭部に弾丸が命中したゾンビはよじ登ろうとしていた柵から落ちていった。

「課長・・・今のが最後の弾丸です」

富士急ハイランドの警備に駆り出されて指揮をとっていた総務課長の和田は残りのゾンビの数を確認させる。

「120体か、市民は鍵の掛かる施設に避難させたがまだ足りないな。観覧車とか、絶叫マシーンにも乗せて発進させろ。動いてる限り連中には捕まらん。」

この富士急ハイランドは、地球でも有数の絶叫マシーンを多数設置していた。
連続運転にしておけばゾンビ達が群がっても弾き飛ばされるだけだ。
元従業員の避難民の協力をへて、女子供老人を絶叫マシーンに乗せて稼働させていく。

「課長、正面ゲートが突破されそうだと・・・」

かつては数十万人の入場客を迎えるための大きく建設された正面ゲートはバスや車両で封鎖されていた。
だがゾンビ達は車両の下を潜ったり、屋根に登ってきて突破を試みていた。
警官達や青年団は警棒やバットやスコップで頭部を潰して防いでいたが押し寄せる数が増えてきて限界に達していた。
若い警官の一人が老人のゾンビに足首を噛まれて倒れこむ。

「高松!!」

同僚の警官がバットで高松巡査に噛み付いているゾンビの頭を叩き割り、高松巡査を後方に引き摺っていく。

「しっかりしろ、傷は浅い!!」
「いやだあ、ゾンビにはなりたくない・・・なあ、その前に・・・その前に・・・」

高松巡査と警察学校からの同期であり友人であった宮村巡査は目を閉じて決意する。

「すまん・・・」

バットを持っ手を握り締め振りかぶる。

「銃弾があればよかったな。あれなら一発で逝ける・・・」
「全くだ・・・せめて早く逝けるように力いっぱいやるな。」

憎んでも無い相手どころか、友人を全力でバットで殴り殺して頭を潰す。
考えてみるだけで憂鬱な気分になる。
次の瞬間、殴り倒されてるのは宮村巡査だった。

「か、課長?」


高松巡査の困惑する声が聞こえる。

「馬鹿野郎、よく確認しろ。高松巡査を噛んだゾンビは総入れ歯じゃないか!!」

宮村巡査が倒した老人のゾンビの口からは、あきらかに総入れ歯だった物体がプラスチックの物体が飛び出て転がっている。

「・・・」
「・・・」

高松巡査も宮村巡査も立ち上がり、ばつが悪そうな顔をしている。

「俺、もうちょっと頑張ってみるよ。」
「そ、そうだな」

二人は再びバットと警棒を持って、正面ゲートの防衛ラインに戻っていった。
和田総務課長も警戒杖を持って走りだす。

「押し戻せ、ここが正念場だぞ!!」


第一特科連隊が樹海越しにゾンビ達の流入を防いでる間に第34普通科連隊は街中をうろつくゾンビを蹴散らしながら富士吉田市の南端にある富士急ハイランドの正面ゲート外側まで進出していた。

「隊長、あれを!!」

部下に促され小隊長の木原二等陸尉は高機動車の助手席の窓を開ける。
双眼鏡で確認できたのは正面ゲートに押し寄せる百体以上のゾンビだった。

「小銃だけじゃきついな。車を傍に着けて手榴弾をばらまく。」

高機動車がゾンビの群れに最接近し、窓から乗っていた隊員達が持っていた手榴弾を全部ばらまいて一目散に逃げ出す。
ゾンビの群れは高機動車を追おうとするが、手榴弾の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。

「やったか?」

だが爆炎の数十体のゾンビが四肢を損壊させ、体に炎を纏いながらもこちらに向かってくる。
後続の73式トラックから降りてきた隊員達もこの光景に戦慄している。

「数は減らしてこちらに引き付けることは出来たか。小隊射撃用意、なるべく頭部を撃ち抜け・・・撃て!!」



鳴沢村
いまだに封鎖し切れていない鳴沢村では駐在と応援に駆け付けてきた近隣の警官15名が奮戦していた。
すでに隣町の河口湖町まで自衛隊の部隊が到着しているのは無線でわかっている。
400体近いゾンビをこの人数で捌けたのは奇跡に近い。
住民は公民館に避難させて猟銃を持った村民が僅かに抵抗できているだけだ。
銃弾も無くなり駆け付けてきてくれた警官達含めて13人が奴らの仲間入りをしている。
生き残ったのは最初にゾンビの襲来を通報した駐在の二人と今だにパトカーから出してもらえない自殺志願者の今井だけだった。
その今井も拾ったシャベルでパトカーの中から必死に戦っている。

「し、死んでたまるかあ!!」

公民館からの猟銃の援護を受けて、三人はパトカーでゾンビを跳ねとばしながら逃げ惑う。
ちょうどそこに第34普通科連隊の高機動車や73式トラックが数台到着する。
隊員達が降車しながら射撃を始めてゾンビ達の数が減っていく。


自衛隊は富士スバルラインから北富士演習場を基準に展開し、封鎖ラインを敷いて掃討にあたっていた。
だがこの封鎖ラインが敷かれる前に負傷者を多数乗せたマイクロバスが、中央自動車道河口湖インターチェンジ入り口から高速道路に乗り込み岩殿トンネル上り側出口で不自然に蛇行したあとにガードレールに車を擦り付けて横転した。

横転したマイクロバスの中からいかつい顔をして、彫り物をしたガタイのよいゾンビ達24体が這い出てくる。
その群れは高速道路から大月市に侵入しようとしていた。
その光景はトンネル出口に設置してある道路公団のカメラで捉えられている。
通報を受けた大月市に防災サイレンが鳴り響く。



府中刑務所
富士吉田市や河口湖町、鳴滝村での惨劇の映像が、同拘置所での視聴覚室で流されていた。
観客は拘置所の囚人服を着た金髪碧眼の青年だ。

「なるほど興味深い。一つ質問なんだが青木ヶ原の樹海とやら戦場か何かかね?なんであんなに死体が放置されてたんだ?」
「あそこは自殺の名所と呼ばれててな。転移後の混乱でますます数が増えて手がつけれなかった。」

背広にサングラスの無個性な中年が答える。
もう一年もの付き合いになるが青年は彼が笑ったり怒ったりするところを見たことがない。

「だからといって一地域に数千人も・・・交通機関の発達のせいか・・・で、何が聞きたい、佐々木主任調査官殿?」
「いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように、どのくらいだ。」
「要点をまとめた簡潔な質問の仕方だな。まあ、アンデットのことは学術都市や魔術師ギルドでも詳細はわかっていない。研究したがる人少ないのだよね。死体の扱うの嫌だし。」

それに関しては青年も佐々木も同感であった。

「だが、長年の変人共の研究の成果はある程度蓄積されている。まずは『どこで』だな。これは答えるまでも無い。すでに現場で事態は起きてるからな。次は『なぜ』は目的かな?まあ、日本に対立する以外に無いだろう。一種の騒乱だしね、これは。ああ、諸君はあれをリビングデッドと考えてるのだろうが少し違う。あれはワイトだ。『どのように』は屍に邪悪なる魔法で悪霊を込めて作り出す屍人さ。君等は屍人をなんでもゾンビと呼ばれる種で分類してるだろ。実に乱暴な分類だ。ところで・・・これ、『何を』に被らない?」

地球ではフィクションの中だけだった存在の分類なんてマニアしかやらんだろうなと佐々木は考えていた。

「つまり事態を引き起こした『だれか』がいることになる。ああ、心当たりは無いよ?ご存知の通り、私はもう一年近くここに拘留されてるからね。だから『いつ』と聞かれると、事件の発生前の数日の間だろう、としか答えられない。」



山梨県
大月市

岩殿山トンネル出口の高速道路から降りた屍人の一団は、国道139号線から市街地のある大月駅方向に向かっていた。
途中の住民達は家の中で息を潜めているか、駅の方向に避難している。
避難民に誘導されるように屍人が追いて行ってるのだが、桂川を渡る高月橋に大月警察署の警官隊がパトカーで封鎖して待ち構えていた。
同時に近所の自衛隊山梨地方協力本部大月地域事務所から、三人しかいない自衛官が89式小銃を構えている。

「私は空自の人間なんだけどね。」

所長の大下三佐が溜息を吐く。
燃料不足でロクに活動出来ない空自の隊員がこういった機関への出向が増えていた。
反対に陸自の隊員が機関からの原隊復帰が増えていた。
事務所の他の隊員も空自でレーダーサイトなどで働いていた者達ばかりだ。

「来たぞ!!」

警官の声に自衛官達がパトカーが小銃を構える。
警官達も拳銃を構える。

「目標、数18・・・撃て!!」



府中刑務所

「次はなんだっけ?多分君たちが一番気にしてるのは『どのくらい』か、これは終息までの時間や拡大する規模と解釈できるな?普通、大陸ではあんな大規模なアンデット災害は起きないんだ。戦場跡は司祭や神官達が浄化するし、放置されてた虐殺現場だって死体の悪霊数十体が存在して屍人が1体作り出される程度。普通の闇司祭や死霊魔術師が魔力を込めても1日1体が限界じゃないかな?私なら30体はいけるけど。だからあの場所の悪霊の数とそれに魔力を注ぎ込んだ術者の力は以上だ。少なくとも大陸には存在しない。」

「こつこつ毎日作り上げていたんじゃないか?」

佐々木主任調査官は自分で言っておいて、それは無いなと思っていた。
話に聞くかぎりでは、不可能では無いが毎日死体に囲まれて根気のいる作業だと思った。
第一、樹海近辺は県警や自警団がパトロールをしているのだ。
そんな死霊軍団がうろついて見つからない筈がない。

「腐敗した集団と四六時中いるわけだからな。先に病気になりそうだ。報告書も見せて貰ったが、噛まれた負傷者からは屍人になった者はいないのだろう?君達のレンタルビデオからゾンビ映画を見せて貰ったが、我々の世界とは少し違う。君達の世界では、噛まれたら死んでゾンビになる。この世界では噛まれて死んだら屍人になる。」

「それはどう違うんだ?」

「一口噛まれた具合じゃ人間死なないよ。と、いう意味だ。その後、病気か殺人か事故か老衰か。別の死因で死んでから屍人になる二次的な現象だ。ああ、屍人に噛まれまくって死んだらさすがにその場で屍人だけどね。これは病気の類いじゃなく呪いの類いなのさ。」

つまり加速度的に屍人が増加するわけではなく、今回の事態が終息すれば一段落ということだ。
あとは噛まれた負傷者達を拘束或いは監視すれば解決である。
長い時間が掛かるが、仕方がないだろう。

「だから早く治療してあげたまえ。そうすれば屍人になることも無い。」
「治療出来るのかよ!!」

青年は初めて佐々木主任調査官の表情が変わったところを見て興味深そうに笑いだした。

「ああ、僕なら出来る。だから現場に連れて行きたまえ。たまには外の空気も吸いたいしね。」



大月市
中央自動車道
岩殿山トンネル出口

山梨県県警交通機動隊のパトカーや白バイが横転したマイクロバスを包囲していた。


さらに到着した山梨県警機動隊員が慎重に拳銃を構えながらマイクロバスに侵入する。
中には食い散らされている死体や食い散らされすぎて動けなくなっている屍人がいる。

「1体クリアー」
「こちらも1体クリアー」
安全を確認してから中に刑事達も入ってくる。
まだ、どうにか確認できる死体の顔から身元を洗っているのだ。
今だに高月橋の戦いは続いているようで、銃声がこちらまでこだましている。

「あ、こいつ前科者だ。甲州会系石和黒駒一家の小池だ。」
「こっちもですね。やはり石和黒駒一家の小宮山です。」
「連中が樹海で何をしてたか聞き出す必要があるな、令状をとれ。こいつら樹海で何をしてたんだ?」


高月橋から反対側の道には岩殿山城跡に続く坂道が存在する。
住宅が幾つかあるがすでに住民は避難しており、山道も通れば警察の警戒線を抜けることも可能だった。
そんな山道を7体の屍人が岩殿山を越えて賑岡町に到達していた。
賑岡町は避難地域に指定されていなかった。
地元の寺円法寺は先日亡くなった老人の葬儀が行われていた。
集まった参列者も老人が多く。
転移後に日本に存在した宗教団体は、『彼等』の神々が創世した地球とは別の世界であることから、その団体としての存在意義を多いに喪失していた。
それでも神道に関して言えば日本列島が存在していれば基本的に問題がなかった。
仏教は葬儀という生活に密着した世俗的な団体としてどうにか成立していた。
円法寺の住職円楽は転移前は大学生として青春を謳歌していたが、就活中に日本が転移した。
その結果、就職を希望していた会社が軒並み営業停止になったことから実家の寺を継ぐこととなった。
それなりに修行して、先年亡くなった父の跡を継いで住職にもなった。
だがはっきりいって生臭坊主もいいところで、石和温泉で芸者遊びや隣町のスナックでホステスを口説いていたりした。
そんな円楽も葬儀の為にお経を唱え、木魚を叩いていた。
だが参列者達が急に騒ぎはじめた。
お経を止め、注意しようと振り替えると寺の敷地に屍人が乱入したのだ。
参列者達は逃げ出すが本堂にいた円楽はその場から動かなかった。
正座で足が痺れていたからだ。
寺は壁に囲まれていて、参列者達は右往左往逃げまわっている。
やがて本堂に集まって追い詰められていく。

「住職!?」
「お坊さん助けて!!」
「ひぃー」

参列者達が次々と彼に助けを求めてくる。

『おいおい、どんな無茶ぶりだよ。無理に決まっているだろ。』

聖職者は心の中で悪態をついていた。
型通りの儀式や経文を唱えることは出来るが、仏僧でありながら信仰とはほど遠い人生を送ってきた自分に出来るわけがない。
だが襲われる参列者達、自分に迫ってくる屍人をみて思わず経を唱えはじめていた。

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中・・・」

般若心経を無我夢中で唱える。
ふと目を開けると屍人達の動きが止まっている。
参列者達も不思議そうに見ている。
だが円楽の口が止まると屍人達がまた動き出す。

「無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法
無眼界 乃至無意識界 無無明亦 無無明尽
乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得」

慌てて般若心経を再び唱えると屍人達の動きも止まる。
止まるだけだ。
やっくりと経を唱えながら円楽と参列者もお堂から離れて門から逃げようとする。
だが門を離れて経が聞こえない距離になると屍人が追ってくる。
参列者達は円楽が引き付けている間に逃げ出して円楽は一人になってゆく。
参列者達から警察に通報はいっただろうからもう少しの辛抱の筈だ。

『まるで達磨さんが転んだだな。』

追い駆けっこは続いていた。
やがてヘリコプターが2機が、大月自動車学校に着陸した。
佐々木主任調査官と金髪碧眼の青年、そして10名ほどの黒装束の小銃を持った男達が降りてくる。

『た、助かった・・・』

円楽は安堵の気持ちがあったが様子がおかしい。
武装した男達は全員が青年に銃を向けている。
自衛隊なのか警察なのかも円楽には区別がつかない。青年はそんな自分のおかれた状況を無視してこちらを凝視していた。

「これは驚いた。彼の唱える呪文が屍人の動きを封じている。」
「あれはお経だ。魔法ではない。」

背広の男が解説している。
『そんなことはいいから、早くなんとかしてくれ~』

喉がもう限界に近かった。

「確かにあの呪文、経だっけ?『力ある言葉』になってないな。魔力の高まりも感じられない。どれ一つ、門を開いてあげよう。」
「何をする気だ?」
「彼に僕の魔力をちょっと分けてあげるだけさ。」

青年は円楽の背中に手を当てると、呪文を唱えはじめた。
円楽の体が何かの力が溢れるような感覚。
その瞬間、般若心経が『力ある言葉』になった。
屍人から離れる悪霊の姿が、佐々木や武装した隊員、様子を伺っていた住民達の目にもはっきりと見えていた。
悪霊の離れた屍人はただの死体に戻っていた。

「仏様・・・」

その光景をみていた住民達が手を合わせている。

「ど、どうなったのだ。」
「驚いた。ちょっと背中を押すだけのつもりだったんだが・・・この世界に30番目の神『仏様』の降臨したようだ。」
「なんだと?」
「君らがこの世界に来てから三回目かな?まあ、詳しいことは今後の研究次第だろう。それより、そこの聖職者さん・・・気を失ってるよ。大事なサンプルだ、丁重に扱いたまえ。」

青年と佐々木は大月市の負傷者の有無を確かめると、事後処理を警察に任せて再びヘリコプターに乗って富士吉田市に向かった。


ヘリコプターの中から岩殿山で酌んだ湧き水で青年は聖水を造り上げている。

「これを負傷者の傷口に塗れば呪いから浄化される。散布すれば土地も浄化されていくよ。」
「お前さんそんなことも出来るのかよ。」
「貴族の義務でね。神殿に多額の寄進をしたら名誉司祭の枠を貰ってしまったのさ。で、ちょっと興味出たんで学んでみたのさ。」

信仰とはほど遠い聖水に佐々木は不安になった。

「後は発生源になんらかの祭壇か、魔方陣とかあるはずたから破壊すれば完全に終わりかな?」
「樹海中を探すのか?」
「屍人がやってくる方向を辿ればいい。死体の方が先に尽きるかもしれないがな。」
「自衛隊には苦労を掛けそうだ。術者もそこにいるのか?」
「私ならとっくに逃げてるね。」



転移九年
府中刑務所

佐々木統括調査官がいつものようにノックもせずに入室してくる。
刑務所の牢屋とは思えない72畳ほどの広さ。
ベッドからソファーに台所、本棚やVHSビデオテープからDVD、大型テレビにパソコンまで置かれている。
テーブルには水晶玉が置かれてい。
金髪の青年はベッドで寝ているが、ソファーに座った佐々木は構わず水晶玉に話掛けている。

「起きてるか?」
「ああ、問題ない。
今日は何か御用かな佐々木統括調査官殿?」

水晶玉から声がする。
青年は普段は水晶玉に意識を移して、肉体の時間を停止させて保存している。
それでも完全に停止しているわけでなく、1日に30分だけ肉体が老化するらしい。
年間で7日と半日程度だ。

「退官の挨拶に来た。
今後、二度と会うことは無いだろう。」
「ああ、少し待ちたまぇ。」

水晶玉が色を失ったように黒くなり、青年が目を覚まして起き上がる。

「何かと世話になった相手に玉の中からでは失礼だからな。
しかし、定年までは少し早いのではないか?
退官したらどうするのかね?」
「早期退職というやつさ、大陸で農業にでもチャレンジしてみようかと思う。
今なら政府からの支援と指導があるからな、体力のあるうちに始めようと思ってな。」
「それはいい。
日本人農家なら免税処置もあるんだろ?」
「年金が破綻してるから、早期退職による上乗せも加えて土地と一軒家と農地の現物至急さ。
まあ、軌道に載せる迄が大変なんだろうがな。」

青年は会話しながら自らの手でお茶を用意している。

「そうそう、途中までは円楽さんも同行する。
彼は修行として、冒険者になるそうだ。
岩殿山で三年籠っていたから何をするかと思えば・・・
日本人が魔法を使えるかの研究は政府も諦めてるしな。」

あの事件のあと、円楽に再び仏の力が発動することは無かった。
円楽自身に魔力がなかったからと考えられている。
その後、修験者の修行の場としても名高い地元の岩殿山に三年籠ってすっかり逞しくなっていた。
その後は青木ヶ原の樹海のアンデットにお経が効果があることがわかり、自衛隊の祭壇探しに協力をしていた。

「その祭壇も先日、破壊できた。
ワイトが取り憑く死体の方が先に尽きたので探し出すのは難儀したようだが。」

「で、犯人はわかったのかい?」「国家の最高機密に指定されたよ。
公安調査庁の上級職の俺のところにすら情報が降りてこない。」
この部屋の会話は全て録音、録画されているので迂闊なことは言えない。

「そろそろ時間か、名残惜しいが君との仕事は楽しかったよ。」

一服し、佐々木はソファーから立ち上がり握手を求める。

「私もですよ、貴方との協力の間の司法取引で懲役が21年減刑された。
残りは772年分頑張ってみるよ。」

彼に与えられた待遇と減刑は彼からの情報提供によるものだ。
若くして帝国宮廷魔術師団団長だった青年の知識はこの世界に放り込まれた日本には貴重なものだった。
たとえ青年が横浜みなとみらいを焼き払った戦犯の一人だったとしてもだ。

「じゃあな、マディノ子爵ベッセン君。」



静岡県御殿場市
板妻駐屯地

駐屯地に設置されている掲揚ポールから、第34普通科連隊の連隊旗が下ろされていく。
下にいた隊員が連隊旗を外すと、綺麗に畳んで収納ケースに納めていく。
その光景を第34普通科連隊の隊員一同、東部方面総監、第一師団団長、防衛大臣などの自衛隊関係者。
静岡県、山梨県の両知事、御殿場市、富士吉田市の市長、河口湖町町長、鳴滝村村長など自治体の長が招かれて見守っている。
周辺には隊員の家族が皆集まっている。
駐屯地の周辺には地元や周辺自治体の住民達が、34普連との別れを惜しんでいる。

「向こうでも頑張れよ!!」
「世話になったなあ!!」
「吉田のうどん持っていきなさい!!」

隊員達も長年慣れ親しみ、守り抜いた地を離れるのを惜しんでいる。

「総員、板妻駐屯地に対し、敬礼!!



      • 乗車!!」

1200名の隊員が一斉に割り当てられたBTR-80装甲兵員輸送車、73式トラック、高機動車に乗り込んでいく。
これより横須賀に向かい集結している3隻のおおすみ型輸送艦に乗艦し、大陸に渡ることになる。

「大臣、経験豊富な彼等が大陸に行ってこの地の守りは大丈夫なのだろうか?」

見送る富士吉田市市長が不安を口にする。

「ご心配には及びません。
34普連の隊員で実家が農家や漁師など政府指定の仕事を行っている隊員200名ほどが、54普連の隊員と入れ代わっています。
先日、事態の原因である祭壇も破壊しました。
事態は終息し、現有戦力でも十分に対処出来るでしょう。」
「そうか、全員が大陸に行くわけでは無いのですな、安心しました。
じゃあ、あとは一連の事件の犠牲者への慰霊碑に対する予算の分担ですな。」

知事や市長など、自治体の長がその場で話し合いを始める。
大臣はそんな彼等を呆れるように見ながら、駐屯地の建物に入っていく。
トイレに入り、SPがトイレの外で待機している間に用を足そうとチャックを下げたところで声を掛けられる。

「大臣・・・」
「うおっ!?」

大臣の声を聞いてSP達が拳銃を背広にコートを着た男に向ける。
SP達はトイレに誰もいないのを確実に確認していたのに、どこから入ってきたのかわからない男に困惑している。

「ああ、いいんだ。
知り合いだ、問題ない。」

大臣の執り成しでSP達がトイレの外に戻っていく。

「脅かすな、手に掛かるかと思ったぞ。」
「あとでちゃんと手を洗ってくださいね。」
「だから掛かってねぇって・・・何の用だ。」
「例のホシ、山形の酒田で見つけました。
うちでやっていいんですね?」
「構わん、見つけたら即殺れ。
後処理にうちの部隊も出そう。」

会話の間に用を足し、手をしっかりと洗ってから出口に向かう。

「おまえ、どっから入ってきたんだ?」

振り返って問い質すがすでに男はトイレにはいなかった。




山形県酒田市
酒田港

黒装束のいかにも特殊部隊の隊員のような格好で、五人の男達が一台のハマーを包囲した。
彼等は公安調査庁の実働部隊で、普段は地元の警備会社で一般業務に当たっている。
すでに所轄の警察署が現場を封鎖し、私服の調査官達が車両でハマーの前後を塞いで動けなくしている。
周辺のビルには狙撃チームも待機している。

「アメリカ空軍中佐チャールズ・L ・ホワイト!!
貴官を破壊活動防止法、米兵12名の殺害並びに脱走、女性8名の猟奇殺人容疑で逮捕状が出ている。
大人しく車から出て地面に伏せろ!!」

転移後に法改正によって、公安調査庁の職員にも特別司法警察職員して、逮捕状、捜索差押許可状等を裁判所に請求したり、発付された令状を執行する権限を与えられていた。
ハマーから出てきた白人男はアメリカ空軍の軍服を着たまま、アメリカ人的な『What!?』なジェスチャーを繰り広げている。
神経を逆なでされて、隊員のMP5の引き金に掛かる指に力が少しこもる。

「青木ヶ原で少し遊びすぎたかな?
あの後は結構大人しくしてたのだが・・・だが駄目だね、撃ちたいと思ったら、さっさと撃たないと。」

一瞬で距離を詰められ、隊員の一人が羽交い締めにされて全員が銃撃を躊躇う。
人間にはあり得ない早さであり、狙撃チームの銃弾も外されてしまっていた。

「護りを!!」

チャールズが『祈りを』唱えると、同時に隠し持っていた装置のボタンを押す。
爆弾が積まれていたハマーが爆発して隊員や調査官達が吹き飛ばされる。
破片でその場にいたほとんどの人間が怪我をするが、不可視の力に護られてチャールズは掠り傷、羽交い締めにされた隊員は打撲ですんでいる。
そのままMP5を拾い上げて、隊員や調査官達を射殺しながら、桟橋の船に向かう。
ハマーの爆発の煙で狙撃も不可能になっていた。

「お前たち素人だな?
本職の自衛官やSATならここまであっさりとやられないぞ。」

隊員を『麻痺』させて肩に担いで盾かわりにする。
転移後に大増員を行った自衛隊の矛先が真っ先に向かったのは民間の警備会社であった。
何しろ自衛隊を任期満了で退役した元自衛官が大量に就職しているのだ。
公安調査庁も実働部隊を創るのに彼等に目をつけていたのだが、軒並み引き抜かれた後になっていた。
次に目を付けたのが元警察官であるが,警備会社にいる元警察官は概ね2種類に分類される。
天下りか、元問題警官である。
警察で不祥事を起こして追放された人間を公安調査庁はスカウトして訓練を施してきたのだが、練度不足は結果となって現れていた。
路地に封鎖の為にパトカーを停車させていた所轄の警官達が拳銃で発砲してくる。
半分パニックになっており、肩に担がれた隊員の姿も目に入っていない。
チャールズからすれば、下手に訓練を受けた人間よりこっちの方が厄介だった。
だが路地からベンツが飛び出してパトカーごと警官達を弾き飛ばす。


「中佐、こっちだ。」

チャールズは車に乗り込むと、南米系と思われる男が車をバックさせて路地を戻る。

「いい車だな、どうしたんだ?」
「組長さんの車、前に分獲ったやつさ」

車なら桟橋までものの二分で到達した。
隊員を海に放り込み、元ロシアの貨物船に乗り込み出港する。
船員達は日本で不法就労し、恩赦でも相殺出来ない罪を犯した者達だ。

「海自や海保には気を付けろよ。
まあ、それどころじゃないだろうがな。」

チャールズは甲板に飛び出すと『祈り』を空に向かって唱え続ける。
すると、別の外国船籍の船からワイト達が飛び出してきて警察はその対処に追われることになる。
待機していた巡視船もワイト退治の為に動員されて貨物船を取り逃がすことになる。

「凄いな、死体は用意させていたが、一瞬でゾンビとか創れるものなのか?」
「私には120万の怨念が取憑いていたからな。
まだ、ストックが118万ほどある。
さあ、我らの背徳と腐敗の都の建設だ。
大陸に向かうぞ!!」


      • だがいつかはこの日本に戻ってくる。
汚れた異世界人こと地球人の根絶を・・・それこそが我等の神の望み・・・


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