第278話 爆撃の後で
1485年(1945年)12月9日 午後8時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル
シホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイは、謁見の間にある玉座に座り、陸海軍首脳の到着を待っていた。
「陛下……あと10分で、レンス提督とラヴォンソ将軍が来られます」
「わかった」
「わかった」
オールフェスは侍従に感情のこもらぬ口調で返してから、服の裾の皴を直した。
彼の表情は固く、感情を表していないように見える。
しかし、内心では、唐突な奇襲攻撃を行ったアメリカ軍に対して強い憎悪を抱いていた。
彼の表情は固く、感情を表していないように見える。
しかし、内心では、唐突な奇襲攻撃を行ったアメリカ軍に対して強い憎悪を抱いていた。
今から1時間前の午後7時、オールフェスは1人、自室で頭を抱えていた。
「なんでだよ……ようやく、切り札が完成して、いざこれからという時に……空襲だと!?」
頭に添えていた手を放し、それをテーブルに叩きつける。
「最悪のタイミングで空襲だと!?ふざけんなよ糞ったれ!」
湧き上がる激情を抑えきれないオールフェスは、あらん限りの声音で叫んだ。
「シギアル港や首都に爆撃を食らっただけでも大事だが、よりによって空中艦隊も全滅させるとはな!ホント、
アメリカさんのご丁寧さには惚れ惚れするってもんだ、糞が!!」
アメリカさんのご丁寧さには惚れ惚れするってもんだ、糞が!!」
オールフェスは席から立ち上がり、目の前のテーブルをひっくり返す。
「俺の気に入っていた空中艦隊を全滅させる原因を作った首都の害虫共にも腹が立つ!いつの間にあんな大規模魔法を施される
までになってたんだ!」
までになってたんだ!」
彼は叫びながら、傍にあった屑籠を蹴り飛ばした。
「軍や国内省の連中は、敵のスパイ網は全滅したと抜かしていたが、その結果がこれだと!?仕事がなってないんだよ!!」
後ろにあった椅子も回し蹴りで蹴飛ばされ、壁に当たって破損する。
「いっそのこと、軍の高官連中も降格して前線に放り出してやろうか!役立たず共が!!」
落ちた分厚い本を壁に投げ、そこにあったコートハンガーに当たり、音を立てて倒れた。
「くそ!どうして……どうして思い通りにならないんだ……!」
オールフェスは呻くような声で言葉を紡いでいく。
「確かに、俺のやってきた事は全部が良い事ばかりではなかった。だが、戦乱を鎮めるためにはそうするしかなかったんだ。
その筈だったんだ……」
その筈だったんだ……」
彼は息を切らせながらそう言いつつ、ベッドの上に腰を下ろした。
「このベルリィク大陸を外敵から守るためには、突出した技術力を持つシホールアンルが統一し、それが成されれば、インビステウ大陸や
レーフェイル大陸にも一定の睨みを利かせる事ができる。この2大陸も影響下に収めれば、他の大陸や国家連合もおいそれと
動き出せずに済む。無論、魔人共も、深海同盟の連中だって、こいつらと組んでこっちに手を出すような事を考えずに
大人しくしてくれるだろう」
レーフェイル大陸にも一定の睨みを利かせる事ができる。この2大陸も影響下に収めれば、他の大陸や国家連合もおいそれと
動き出せずに済む。無論、魔人共も、深海同盟の連中だって、こいつらと組んでこっちに手を出すような事を考えずに
大人しくしてくれるだろう」
オールフェスはそう読後した後、しばし無言になった。
そして……乾いた笑い声をあげてから、再び口を開き始めた。
そして……乾いた笑い声をあげてから、再び口を開き始めた。
「いや……こっちはプライドをかなぐり捨ててまで、あの異形の連中の力を借りようとした……無論、そいつらと秘密の
パイプを持つフリンデルド帝国を通して……ハハ」
パイプを持つフリンデルド帝国を通して……ハハ」
彼は再び覇気のない笑いを浮かべると、そのままベッドに寝そべった。
「……このような、一大事の時に、急にお邪魔したことを心からお詫び申し上げます」
今から30分前。オールフェスは、秘密裡にフリンデルド帝国より訪れた特使と会談を行っていた。
この会談は事前に予定されていたもので、フリンデルド側は首都空襲という異常事態が起きたことを考慮して、この会談の
予定を延期してはどうかと提案してきたが、オールフェスは予定通りに行う事を決めた。
これは、ある意味、オールフェスの意地ともいえたが、同時に、彼はこの特使の訪問を心待ちにしていた。
この会談は事前に予定されていたもので、フリンデルド側は首都空襲という異常事態が起きたことを考慮して、この会談の
予定を延期してはどうかと提案してきたが、オールフェスは予定通りに行う事を決めた。
これは、ある意味、オールフェスの意地ともいえたが、同時に、彼はこの特使の訪問を心待ちにしていた。
「いや。別に構わない。1年も待ったのだからね……それで、ウディンヒエヌ魔教国の反応は如何だったかな?かの国の
軍備は相当に向上していると聞いたが」
「軍備に関しては、陛下のおっしゃる通り、質の向上はかなりのものです。無論、シホールアンルや旧マオンドと比べると
幾分見劣りしますが、それでも60年前と比べると、大きく見違えます」
「ウディンヒエヌの連中には、シホールアンルも苦しめられたが、連中のしつこさと向う見ずともいえる勇猛果敢さは、
味方にすれば非常に心強くなる」
「かの国の猊下も、そのお言葉を聞けば大喜びされるでしょう。何しろ、世界最強の技術力と軍事力をお持ちになられる
シホールアンルの誇る英雄王のお言葉ですからな。まさに無敵といっても」
軍備は相当に向上していると聞いたが」
「軍備に関しては、陛下のおっしゃる通り、質の向上はかなりのものです。無論、シホールアンルや旧マオンドと比べると
幾分見劣りしますが、それでも60年前と比べると、大きく見違えます」
「ウディンヒエヌの連中には、シホールアンルも苦しめられたが、連中のしつこさと向う見ずともいえる勇猛果敢さは、
味方にすれば非常に心強くなる」
「かの国の猊下も、そのお言葉を聞けば大喜びされるでしょう。何しろ、世界最強の技術力と軍事力をお持ちになられる
シホールアンルの誇る英雄王のお言葉ですからな。まさに無敵といっても」
その言葉に、オールフェスは一瞬真顔になった。
それを察した特使は、慌てて頭を下げた。
それを察した特使は、慌てて頭を下げた。
「こ……これは失礼いたしました。首都がこのような状況下にあるときに」
「いや……いいんだよ」
「いや……いいんだよ」
オールフェスはハッとなり、慌てて笑みを浮かべた。
「戦争をやっていれば、こういうこともある。だが、即座に国が敗北するわけではない。このシホールアンルの辿ってきた
歴史がそれを物語っている」
「その通りでございますな」
歴史がそれを物語っている」
「その通りでございますな」
特使も笑みを浮かべて、そう相槌を打った。
「して……本題に入るが……ウディンヒエヌはやる気がありそうか?連中が動けば、ヲリスラ深海同盟も同調してくれるはずだ。
今は連中の仲は宜しくないが、元々、ウディンヒエヌとヲリスラは同盟を組んでこの世界で暴れていた時期もあった。ここ最近は
国同士の交流も再開しているしな」
今は連中の仲は宜しくないが、元々、ウディンヒエヌとヲリスラは同盟を組んでこの世界で暴れていた時期もあった。ここ最近は
国同士の交流も再開しているしな」
「……陛下」
特使は、一瞬間を置いてからオールフェスに話す。
「ウディンヒエヌ側としては、我が軍の軍備がアメリカ軍のそれと比べて、明らかに劣っているうえに、貴国、シホールアンルですら
圧倒しうるアメリカと事を構えるのは自殺行為と判断され、貴国から要請された、この戦争への参戦は出来ぬと、我が国に伝えられました」
「な……」
圧倒しうるアメリカと事を構えるのは自殺行為と判断され、貴国から要請された、この戦争への参戦は出来ぬと、我が国に伝えられました」
「な……」
オールフェスは愕然となった。
空中艦隊が全滅した時よりは、幾分ショックは軽かったが、脈はあると伝えられただけに、そのショックは少なからぬものがあった。
空中艦隊が全滅した時よりは、幾分ショックは軽かったが、脈はあると伝えられただけに、そのショックは少なからぬものがあった。
「我が国としては、ウディンヒエヌ側に話を通すとともに、ヲリスラ側にもこの話を持ち掛けましたが……やはり、参戦は拒否されました」
「ヲリスラにも話を通したのか……私はウディンヒエヌだけで良いと思っていたが……とはいえ、無理だったか」
「ヲリスラにも話を通したのか……私はウディンヒエヌだけで良いと思っていたが……とはいえ、無理だったか」
オールフェスは怒りすら滲ませた表情で、特使の顔を見据えた。
「ウディンヒエヌは、特殊な魔法で軍を限定的に転移させて同時多発的な攻撃ができるはずだ。それをアメリカにもやれば、
かなりの打撃を与えられるはずだが」
「私もうそう思います。ですが……彼らはそれも踏まえたうえで、無理であると判断されたのです。」
「連中は魔界に居るんだぞ?こちらとは限定的にしか繋がっていないんだぞ……!あの島はまだアメリカも発見できていないし、
参戦すれば、ウディンヒエヌがこの世界に新たな領土を得る機会も巡ってくる。連中の得意分野を生かすことは可能であるはずだが」
「確かに……ですが、島を失うことを、彼らは非常に恐れているのです。あそこは、彼らにとっても生命線ともいえる場所です。
あそこがなければ、この世界で行える軍の転移攻撃もできません。お忘れですかな?ウディンヒエヌは……エルフによってこの世界から
叩き出されたことを」
「ぐ……」
かなりの打撃を与えられるはずだが」
「私もうそう思います。ですが……彼らはそれも踏まえたうえで、無理であると判断されたのです。」
「連中は魔界に居るんだぞ?こちらとは限定的にしか繋がっていないんだぞ……!あの島はまだアメリカも発見できていないし、
参戦すれば、ウディンヒエヌがこの世界に新たな領土を得る機会も巡ってくる。連中の得意分野を生かすことは可能であるはずだが」
「確かに……ですが、島を失うことを、彼らは非常に恐れているのです。あそこは、彼らにとっても生命線ともいえる場所です。
あそこがなければ、この世界で行える軍の転移攻撃もできません。お忘れですかな?ウディンヒエヌは……エルフによってこの世界から
叩き出されたことを」
「ぐ……」
特使の容赦のない言葉を前に、オールフェスは言い返す事ができなかった。
「正直に申します………貴国がアメリカを倒せぬのなら、ウディンヒエヌやヲリスラが束になって挑んでも無理な話です。信じられますか?
こちらが兵器を1作る間に、あちらは5どころか、10……いや、30以上と作っているんですぞ。海軍戦力の拡充速度もはっきり言って、異常です!」
「……」
こちらが兵器を1作る間に、あちらは5どころか、10……いや、30以上と作っているんですぞ。海軍戦力の拡充速度もはっきり言って、異常です!」
「……」
「貴国から提供された資料は、既にウディンヒエヌ側は勿論、ヲリスラ側にも渡りましたが、彼らはこの資料を見た時点で参戦不可を判断したとのことです」
「しかし……」
「しかし、ではありませんぞ」
「しかし……」
「しかし、ではありませんぞ」
特使は尚も話し続ける。
「敵がアメリカのみであれば……もしかしたら、両国は参戦していた可能性はあります。ですが……ミスリアルやバルランドといった、
南ベルリィク大陸各国がアメリカと強固な同盟関係にあるとならば、話は全くもって別です。特に、エルフに対して苦手意識のある
ウディンヒエヌは尚更不利を悟るでしょう」
「ミスリアル……」
南ベルリィク大陸各国がアメリカと強固な同盟関係にあるとならば、話は全くもって別です。特に、エルフに対して苦手意識のある
ウディンヒエヌは尚更不利を悟るでしょう」
「ミスリアル……」
オールフェスは呻くように呟く。
シホールアンル帝国が建国されてから400年が経った1105年。
帝国は、西方から魔術を用いて侵攻してきたウディンヒエヌ魔教国との戦争に突入した。
当時、この世界に版図を広げつつあったウディンヒエヌ魔教国は、北大陸で一大勢力を築き上げたシホールアンル帝国に目標を定めると、
魔術転移を用いてシホールアンル全土に侵攻を開始した。
これには、当時同盟を結んだばかりのヒーレリ公国と、南大陸で迫害され、流浪の身となっていたエルフ族の一部がシホールアンル側に
同盟として加わり、戦争開始当初は押されていた物の、1107年にはエルフ族の協力の甲斐あって、ウディンヒエヌ軍を北大陸から
叩き出すことに成功した。
この時、シホールアンルに協力したエルフ族は、ウディンヒエヌから呪いをかけられている。
その呪いと言うのが、吸血鬼化による魔法使用の制限であった。
この呪いを受けたエルフ族は、後に襲い来る吸血衝動によって自我を失ったものが多数に上り、シホールアンルやヒーレリ各地に被害を
もたらしている。
後に、吸血衝動を克服したあるエルフ族の一部は、各地に手の施しようが無くなった元仲間を求めて討伐し、1115年には最後の吸血鬼化
エルフが、当時の北大陸エルフ第4氏族長であったルィリス・レスタンに討ち果たされる事で、一連の騒動は終結している。
後に、彼女は北大陸にあるエルフ族国家、レスタン王国を築く事になる。
この間、甚大な損害を受けて北大陸から追い出されたウディンヒエヌは、再度の侵攻を試みようとするが、当時はウディンヒエヌ魔教国の
支配下にあったインビステウ大陸にシホールアンル側が逆侵攻を行い、激戦の末、インビステウ大陸すらも陥落する羽目に陥った。
ここにして、戦況の不利を悟ったウディンヒエヌ魔境国は、1121年にシホールアンル帝国に講和を持ち掛け、16に及ぶ戦争は幕を閉じた。
帝国は、西方から魔術を用いて侵攻してきたウディンヒエヌ魔教国との戦争に突入した。
当時、この世界に版図を広げつつあったウディンヒエヌ魔教国は、北大陸で一大勢力を築き上げたシホールアンル帝国に目標を定めると、
魔術転移を用いてシホールアンル全土に侵攻を開始した。
これには、当時同盟を結んだばかりのヒーレリ公国と、南大陸で迫害され、流浪の身となっていたエルフ族の一部がシホールアンル側に
同盟として加わり、戦争開始当初は押されていた物の、1107年にはエルフ族の協力の甲斐あって、ウディンヒエヌ軍を北大陸から
叩き出すことに成功した。
この時、シホールアンルに協力したエルフ族は、ウディンヒエヌから呪いをかけられている。
その呪いと言うのが、吸血鬼化による魔法使用の制限であった。
この呪いを受けたエルフ族は、後に襲い来る吸血衝動によって自我を失ったものが多数に上り、シホールアンルやヒーレリ各地に被害を
もたらしている。
後に、吸血衝動を克服したあるエルフ族の一部は、各地に手の施しようが無くなった元仲間を求めて討伐し、1115年には最後の吸血鬼化
エルフが、当時の北大陸エルフ第4氏族長であったルィリス・レスタンに討ち果たされる事で、一連の騒動は終結している。
後に、彼女は北大陸にあるエルフ族国家、レスタン王国を築く事になる。
この間、甚大な損害を受けて北大陸から追い出されたウディンヒエヌは、再度の侵攻を試みようとするが、当時はウディンヒエヌ魔教国の
支配下にあったインビステウ大陸にシホールアンル側が逆侵攻を行い、激戦の末、インビステウ大陸すらも陥落する羽目に陥った。
ここにして、戦況の不利を悟ったウディンヒエヌ魔境国は、1121年にシホールアンル帝国に講和を持ち掛け、16に及ぶ戦争は幕を閉じた。
この戦争において、シホールアンルの精強ぶりは無論の事、対魔族戦に優れたエルフ族戦士団は一躍注目の的となったが、その後は、
エルフ達の強大な力を恐れた各国によって、再び迫害されるという悲運に見舞われる事になる。
エルフ達の強大な力を恐れた各国によって、再び迫害されるという悲運に見舞われる事になる。
エルフ族迫害の話はひとまず置きつつ。
この一連の経緯からして、ウディンヒエヌ魔教国は米国との戦争を拒否したのである。
この一連の経緯からして、ウディンヒエヌ魔教国は米国との戦争を拒否したのである。
「本当に、アメリカは上手い事をやっていますな。魔法が使えぬなら、その筋に詳しい国に味方する。互いに不利な面をしっかりと
補い合っているあの同盟は、もはや、手が付けられないと思われますが……」
「だが、我が軍はまだ戦闘を続けている。完全に負けたわけではない」
補い合っているあの同盟は、もはや、手が付けられないと思われますが……」
「だが、我が軍はまだ戦闘を続けている。完全に負けたわけではない」
オールフェスは強気に言う。
「望みは完全にない、という訳ではないのですな?」
「そういう事だ」
「なるほど……ひとまず、もう1度だけお伝えします。ウディンヒエヌ側に参戦の意思はありません。そこの所は既に我が国も確認しましたので、
どうかご理解願います」
「そうか……」
「そういう事だ」
「なるほど……ひとまず、もう1度だけお伝えします。ウディンヒエヌ側に参戦の意思はありません。そこの所は既に我が国も確認しましたので、
どうかご理解願います」
「そうか……」
特使はきっぱりと言い放った。
それに対し、オールフェスは自分が出来ぬことはないと確信していた。
それに対し、オールフェスは自分が出来ぬことはないと確信していた。
「ならば仕方ない。この戦争は、引き続き、我がシホールアンルで行おう。例え、敵に深く攻め入れられようとも……徹底抗戦するつもりだ!」
「陛下の固いご決意、しかと確認いたしました。色よい返事をお伝えできなく、申し訳なく思う次第でございます」
「陛下の固いご決意、しかと確認いたしました。色よい返事をお伝えできなく、申し訳なく思う次第でございます」
特使は恭しく頭を垂れた。
「……この件に関しては、これで以上になります。次に」
「?」
「?」
オールフェスは、そのまま特使が帰るのかと思ったが、特使は何故か話を続けていた。
「我が国からも、貴国に対して通達する事がございます」
「通達だと……?」
「は。実は……ルキィント列島、ノア・エルカ列島の件に関してでございますが」
「通達だと……?」
「は。実は……ルキィント列島、ノア・エルカ列島の件に関してでございますが」
「そこは我が国が、貴国と50年租借の条約を結んでいる。ルキィント、ノア・エルカはまだ21年ほど、我が国も使えるはずだが」
「……帝国元老院は、皇帝陛下隣席の下、議会を開き、来年の3月をもって貴国と結んだルキィント、ノア・エルカ両列島の租借を解消する事を
決定致しました。これに伴い、フリンデルド帝国は、来年3月15日までに両列島に駐留する軍部隊、並びに民間人の段階的な退去を要請いたします」
「なんだと!?」
「……帝国元老院は、皇帝陛下隣席の下、議会を開き、来年の3月をもって貴国と結んだルキィント、ノア・エルカ両列島の租借を解消する事を
決定致しました。これに伴い、フリンデルド帝国は、来年3月15日までに両列島に駐留する軍部隊、並びに民間人の段階的な退去を要請いたします」
「なんだと!?」
唐突な要請に、オールフェスは仰天してしまった。
ルキィント列島とノア・エルカ列島は共に、シホールアンル本土西岸から西に500ゼルド(1500キロ)離れた場所にある。
ルキィント列島は大小6、ノア・エルカ列島は大小5個の島で構成されており、特にノア・エルカ列島は、北から2つめのロアルカ島とその南に
あるクヴァクルタ島の規模が大きく、ロアルカ島は、東西に50ゼルド(150キロ)、南北に18ゼルド(54キロ)、クヴァクルタ島は
東西に20ゼルド(60キロ)、南北に64ゼルド(192キロ)と、島にしてはそこそこの規模を有している。
ルキィント列島とノア・エルカ列島は、様々な鉱物資源が取れる重要な資源産出地である。
特にロアルカ、クヴァクルタ両島は、帝国本土と同様の、良質な魔法石が取れる上に、本土ほどでは無い物の、中規模な魔法石精錬工場を有し、
ここから加工済みの魔法石を帝国本土に送り続けている。
帝国本土の魔法石鉱山が米軍の戦略爆撃で次々に潰されている中、この両列島の鉱物資源……特に魔法石の価値は必然的に高まりつつあった。
また、両列島には、68万人の民間人と、二線級とはいえ陸軍6個師団相当の守備隊が配備されており、海軍も駆逐艦、哨戒艦主体の海上部隊を置いている。
航空部隊も2か月前までは置かれていたが、現在は本土決戦に備えるため、戦力集中を名目に帝国本土へ戻されていた。
なお、この航空部隊というのが、海軍所属の第161空中騎士隊であり、今日の戦闘では味方の空中騎士隊が次々と壊滅状態に陥る中、
161空中騎士隊はよく奮戦し、纏まった戦力を有し続けていた。
シホールアンルは、70年前にフリンデルドとの間で、この2つの列島を巡って戦争状態に突入したが、後に戦線不拡大を唱えた両国軍首脳の
訴えもあり、講和が成立。
以降は関係改善が図られ、今から29年前の1456年に租借条約が締結され、潜在的な主権はフリンデルド帝国に置かれたまま、
シホールアンルは両列島を租借した。
ちなみに、両列島の租借は元々話が上がらず、ルキィント列島はフリンデルドに、ノア・エルカ列島はシホールアンルが折半する形で割譲する予定であった。
だが、当時のフリンデルド帝国が慢性的な財政難にあったことや、相次ぐ内乱で疲弊していたこと、そして、距離が離れていた事もあって
(フリンデルド本土から800ゼルド(2400キロ))、ルキィント列島を管理することが難しいと判断し、代わりに、主権は維持する形
(最初に両列島を見つけたのはフリンデルド側であった)にし、国力のあるシホールアンルに“開発を押し付ける形”で租借に同意したのである。
とはいえ、フリンデルドは両列島を確かにシホールアンルへ“押し付けたが”、技術力、国力ともに開きがある現状では、租借の期間切れで
フリンデルドに返還される事は難しいであろうと思われていた。
それを知ってか知らずか、シホールアンル帝国もまた、租借の期限切れと共に返還するという口約束を結びながら、両列島に少なからぬ数の
帝国臣民を入植させている。
これを直に見てきたフリンデルド側は、表面上では頼りになる同盟国と言いつつも、シホールアンルの実効支配化にある両列島は、このまま
シホールアンルが保持し続け、遠くない未来にはシホールアンル側に併合されるであろうと、フリンデルド帝国の首脳部すらもそう確信していた。
そう……最近までは……
ルキィント列島とノア・エルカ列島は共に、シホールアンル本土西岸から西に500ゼルド(1500キロ)離れた場所にある。
ルキィント列島は大小6、ノア・エルカ列島は大小5個の島で構成されており、特にノア・エルカ列島は、北から2つめのロアルカ島とその南に
あるクヴァクルタ島の規模が大きく、ロアルカ島は、東西に50ゼルド(150キロ)、南北に18ゼルド(54キロ)、クヴァクルタ島は
東西に20ゼルド(60キロ)、南北に64ゼルド(192キロ)と、島にしてはそこそこの規模を有している。
ルキィント列島とノア・エルカ列島は、様々な鉱物資源が取れる重要な資源産出地である。
特にロアルカ、クヴァクルタ両島は、帝国本土と同様の、良質な魔法石が取れる上に、本土ほどでは無い物の、中規模な魔法石精錬工場を有し、
ここから加工済みの魔法石を帝国本土に送り続けている。
帝国本土の魔法石鉱山が米軍の戦略爆撃で次々に潰されている中、この両列島の鉱物資源……特に魔法石の価値は必然的に高まりつつあった。
また、両列島には、68万人の民間人と、二線級とはいえ陸軍6個師団相当の守備隊が配備されており、海軍も駆逐艦、哨戒艦主体の海上部隊を置いている。
航空部隊も2か月前までは置かれていたが、現在は本土決戦に備えるため、戦力集中を名目に帝国本土へ戻されていた。
なお、この航空部隊というのが、海軍所属の第161空中騎士隊であり、今日の戦闘では味方の空中騎士隊が次々と壊滅状態に陥る中、
161空中騎士隊はよく奮戦し、纏まった戦力を有し続けていた。
シホールアンルは、70年前にフリンデルドとの間で、この2つの列島を巡って戦争状態に突入したが、後に戦線不拡大を唱えた両国軍首脳の
訴えもあり、講和が成立。
以降は関係改善が図られ、今から29年前の1456年に租借条約が締結され、潜在的な主権はフリンデルド帝国に置かれたまま、
シホールアンルは両列島を租借した。
ちなみに、両列島の租借は元々話が上がらず、ルキィント列島はフリンデルドに、ノア・エルカ列島はシホールアンルが折半する形で割譲する予定であった。
だが、当時のフリンデルド帝国が慢性的な財政難にあったことや、相次ぐ内乱で疲弊していたこと、そして、距離が離れていた事もあって
(フリンデルド本土から800ゼルド(2400キロ))、ルキィント列島を管理することが難しいと判断し、代わりに、主権は維持する形
(最初に両列島を見つけたのはフリンデルド側であった)にし、国力のあるシホールアンルに“開発を押し付ける形”で租借に同意したのである。
とはいえ、フリンデルドは両列島を確かにシホールアンルへ“押し付けたが”、技術力、国力ともに開きがある現状では、租借の期間切れで
フリンデルドに返還される事は難しいであろうと思われていた。
それを知ってか知らずか、シホールアンル帝国もまた、租借の期限切れと共に返還するという口約束を結びながら、両列島に少なからぬ数の
帝国臣民を入植させている。
これを直に見てきたフリンデルド側は、表面上では頼りになる同盟国と言いつつも、シホールアンルの実効支配化にある両列島は、このまま
シホールアンルが保持し続け、遠くない未来にはシホールアンル側に併合されるであろうと、フリンデルド帝国の首脳部すらもそう確信していた。
そう……最近までは……
「フレルに中継ぎさせずに、直接会いたいといったのはこのためか……?」
「何かと無礼であると、我が国も判断しております。ですが、帝国首脳部の間では、ルキィント、ノア・エルカの帝国領復帰は是が非でも
果たすべきという意見で一致しております」
「このような状況で領土を返せだと?無礼千万にも程がある!」
「何かと無礼であると、我が国も判断しております。ですが、帝国首脳部の間では、ルキィント、ノア・エルカの帝国領復帰は是が非でも
果たすべきという意見で一致しております」
「このような状況で領土を返せだと?無礼千万にも程がある!」
オールフェスは思わず声を荒げてしまった。
「条約ではあと21年は有効となっている!申し訳ないが、貴国の要請には答えられない」
「……同盟国の要請であってもですかな?」
「無論だ!」
「……同盟国の要請であってもですかな?」
「無論だ!」
特使の言葉に、オールフェスは即答した。
「……お聞きしますが、正式な領有権は、我が国にありますな?」
「その通りだ。あそこは我が国が借りて開発してやってるが、所有国は貴国だ。そこは変わりようのない事実だ」
「その通りだ。あそこは我が国が借りて開発してやってるが、所有国は貴国だ。そこは変わりようのない事実だ」
オールフェスは腕を組み、ふんぞり返りながら特使にそう言い放った。
「所有国が貸していた物を返すように言うのは、当然の事ではありませんか?」
「それが早すぎるといっているだろう」
「それが早すぎるといっているだろう」
特使の問いに、オールフェスは睨みを利かせながら返した。
「……率直に申し上げます。我が帝国首脳部は、かの地がアメリカ軍に占領される前に、いかなる手段を用いてでも帝国領への復帰を成し遂げる
べきであると判断しております。そう……“如何なる手段を用いて”でも、です」
「つまり……フリンデルドは、このシホールアンルと戦争をする気という事か?」
べきであると判断しております。そう……“如何なる手段を用いて”でも、です」
「つまり……フリンデルドは、このシホールアンルと戦争をする気という事か?」
オールフェスは感情を殺した声で特使に問うた。
彼は確かに無表情であったが……その口調からは、明らかな殺気が滲んでいた。
彼は確かに無表情であったが……その口調からは、明らかな殺気が滲んでいた。
「復帰の準備をするだけです。無論、我が国は貴国との戦争を望みません」
「ならば、なぜルキィント、ノア・エルカを来年の3月までに返せという?」
「それは簡単です。貴国が租借したままアメリカに占領されれば、我が国への復帰が果たせなくなるからです」
「なぜそんな事がわかる!?」
「ならば、なぜルキィント、ノア・エルカを来年の3月までに返せという?」
「それは簡単です。貴国が租借したままアメリカに占領されれば、我が国への復帰が果たせなくなるからです」
「なぜそんな事がわかる!?」
オールフェスは再び声を荒げた。
それに対し、特使は相変わらず、冷静な声音で答えた。
それに対し、特使は相変わらず、冷静な声音で答えた。
「アメリカが“そういう国”だからです。」
「なんだと……?」
「我々もいろいろと調べましたが……なんともまぁ……アメリカもなかなかお黒い国のようですな。特に、国土の拡張に関しては素晴らしい
ほどです。お手本にしたいぐらいですな」
「まさか……捕虜からの情報をどこで仕入れた?」
「独自ルートで、とだけお答えいたします。実際、私には情報の入手ルートは明かされておりません。外交官ですからな」
「なんだと……?」
「我々もいろいろと調べましたが……なんともまぁ……アメリカもなかなかお黒い国のようですな。特に、国土の拡張に関しては素晴らしい
ほどです。お手本にしたいぐらいですな」
「まさか……捕虜からの情報をどこで仕入れた?」
「独自ルートで、とだけお答えいたします。実際、私には情報の入手ルートは明かされておりません。外交官ですからな」
特使は肩を竦めて言った。
「入手した情報を分析しそれを基にして判断した結果、アメリカは両列島を占領後、軍部隊を駐留させて実効支配を行い、我が国への
返還要求を受けないとの結論が下されています。くどいようですが、これは、アメリカという国が、元いた世界で行った行動を基にして
判断したものです」
「し、しかし……その判断は早いんじゃないのか?」
「確かに早いかもしれません」
返還要求を受けないとの結論が下されています。くどいようですが、これは、アメリカという国が、元いた世界で行った行動を基にして
判断したものです」
「し、しかし……その判断は早いんじゃないのか?」
「確かに早いかもしれません」
特使は頷いた後、オールフェスの顔を真っ直ぐ見つめた。
「ですが、事が起こってからでは遅すぎます。私が得た情報では、シェルフィクル地方の工場地帯がアメリカ海軍と思しき艦隊の攻撃を受け、
地獄の様相を呈していると伝えられています。シェルフィクルがそのような惨事に見舞われてもなお、ルキィント、ノア・エルカに
アメリカ軍は侵攻しないと言えるのでしょうか?」
「シェルフィクルから両列島まではかなり遠い。幾ら何でも、あの僻地までは足は運ばんと思うが」
「私はそうは思えませんな。ルキィント、ノア・エルカは重要な鉱物資源産出帯であると同時に、重要な戦略拠点でもあります。
もし、ここに敵が侵攻し、制圧すれば……海で大暴れしているアメリカ高速機動部隊とやらは、ここを拠点として我が帝国本土すらも
その射程圏内に収めることができます。我が国はまだアメリカと交戦状態には無く、敵ではありません。ですが、同時に……
味方でもありません」
地獄の様相を呈していると伝えられています。シェルフィクルがそのような惨事に見舞われてもなお、ルキィント、ノア・エルカに
アメリカ軍は侵攻しないと言えるのでしょうか?」
「シェルフィクルから両列島まではかなり遠い。幾ら何でも、あの僻地までは足は運ばんと思うが」
「私はそうは思えませんな。ルキィント、ノア・エルカは重要な鉱物資源産出帯であると同時に、重要な戦略拠点でもあります。
もし、ここに敵が侵攻し、制圧すれば……海で大暴れしているアメリカ高速機動部隊とやらは、ここを拠点として我が帝国本土すらも
その射程圏内に収めることができます。我が国はまだアメリカと交戦状態には無く、敵ではありません。ですが、同時に……
味方でもありません」
「……やはり、貴国も恐れているのだな?」
「無論です!」
「無論です!」
それまで、冷静さを保ってきた特使が、初めて感情をあらわにした。
「我が帝国は、ようやく国が安定し、国力もつき始めたところです。陸海軍の戦力に関してもようやく、目処がつき始めたところです。
この辺りは、貴国の絶え間ない援助のお陰であると私は思います。しかし、それだけに……それだけに、潜在的敵国ともいえるアメリカ軍が、
近場に拠点を構えるのは何としてでも避けたいのです」
「アメリカと接触してもいないのに、そう思うのは早計であると思うが」
「実を言いますと……使者は既に、アメリカ側にも送っております」
「……」
この辺りは、貴国の絶え間ない援助のお陰であると私は思います。しかし、それだけに……それだけに、潜在的敵国ともいえるアメリカ軍が、
近場に拠点を構えるのは何としてでも避けたいのです」
「アメリカと接触してもいないのに、そう思うのは早計であると思うが」
「実を言いますと……使者は既に、アメリカ側にも送っております」
「……」
オールフェスは押し黙ってしまった。
「まずはレーフェイル大陸に使者を差し向け、アメリカとその同盟国と交渉を行いたい旨をお伝えする予定です。しかし、我が国の体制からして、
かの国と相容れないのは明らかです。我が国も貴国やアメリカと同等か、それ以上に黒いですからな」
「……汚いな」
「ご失望させるような振る舞いを行い、大変無礼であるとは存じます。しかし」
かの国と相容れないのは明らかです。我が国も貴国やアメリカと同等か、それ以上に黒いですからな」
「……汚いな」
「ご失望させるような振る舞いを行い、大変無礼であるとは存じます。しかし」
特使は、鋭い目つきでオールフェスと目を合わせた。
「外交というものは、そういう物ではありませんか?」
「自国の国益を重視する……筋としては通っているな。まぁ、汚いが」
「自国の国益を重視する……筋としては通っているな。まぁ、汚いが」
オールフェスは苦笑交じりにそう言い放った。
「両列島に関してだが……しばらく考える時間を貰いたい。よろしいかな?」
「いいでしょう。期限に関しては、なるべく早くといいたいですが、2日ほどで良いでしょうか?」
「短けぇな……」
「いいでしょう。期限に関しては、なるべく早くといいたいですが、2日ほどで良いでしょうか?」
「短けぇな……」
オールフェスは不快気な表情を浮かべたが、それで行くしかないと決意した。
「いいだろう。それまでに決める」
「畏まりました。では……私の今日の役目はこれで終いとなります。陛下、今日は多分に不快な思いをさせてしまいましたが……私個人としては、
シホールアンルの現状に関して、強く共感する次第でございます」
「フリンデルドの立場もある事だ。仕方のない……ことでは済ましたくないが、そうせざるを得ないのかもしれないな。今日は遠いところから
来てくれて、私からも礼を申し述べる。ひとまず、返事が出るまでは、ゆっくりと休んでもらいたい」
「過分な配慮、深く感謝いたします……それでは、これで」
「畏まりました。では……私の今日の役目はこれで終いとなります。陛下、今日は多分に不快な思いをさせてしまいましたが……私個人としては、
シホールアンルの現状に関して、強く共感する次第でございます」
「フリンデルドの立場もある事だ。仕方のない……ことでは済ましたくないが、そうせざるを得ないのかもしれないな。今日は遠いところから
来てくれて、私からも礼を申し述べる。ひとまず、返事が出るまでは、ゆっくりと休んでもらいたい」
「過分な配慮、深く感謝いたします……それでは、これで」
特使は席から立ち上がる。オールフェスも立ち上がり、互いに握手を交わしあった。
「フリンデルドの領土返還要求か。連中としては、今の状況は願ってもいない好機という事なんだろうな」
ベッドに仰向けになったオールフェスはそう呟くなり、深く溜息を吐く。
だが、フリンデルド側の思惑も理解できぬ事ではない。
異界から突如現れたアメリカは、その強大な工業力と軍事力でもって2正面作戦を制しつつある。
シホールアンル、マオンドは、この世界の水準から見れば1、2を争う規模の国力を有しており、フリンデルドはその次以降の国力しか有していなかった。
言うなれば、シホールアンルはその意志さえあれば、フリンデルドなど容易に屈服させることができるのだ。
フリンデルドも人口だけは1億を超え、広大な領土も持ち、自国を賄うだけの資源も産出できている。
だが、純粋な技術力や軍事力に関しては、シホールアンルと比べて劣っていた。
大目に見ても、マオンドに迫るか、迫らないかといった程度である。
しかし、強大な筈であったシホールアンルは、この戦争で大きく疲弊した。
今や、かつて恐れていた強国は、アメリカをはじめとする連合国軍との戦いで精一杯であり、たとえ、フリンデルドがシホールアンルとの同盟を破棄し、
戦端を開いたとしても、今のシホールアンルには満足に対処できるだけの力は残されていない。
フリンデルドとしては、今が好機であると判断し、領土返還を求めて来たのであろう。
だが、フリンデルド側の思惑も理解できぬ事ではない。
異界から突如現れたアメリカは、その強大な工業力と軍事力でもって2正面作戦を制しつつある。
シホールアンル、マオンドは、この世界の水準から見れば1、2を争う規模の国力を有しており、フリンデルドはその次以降の国力しか有していなかった。
言うなれば、シホールアンルはその意志さえあれば、フリンデルドなど容易に屈服させることができるのだ。
フリンデルドも人口だけは1億を超え、広大な領土も持ち、自国を賄うだけの資源も産出できている。
だが、純粋な技術力や軍事力に関しては、シホールアンルと比べて劣っていた。
大目に見ても、マオンドに迫るか、迫らないかといった程度である。
しかし、強大な筈であったシホールアンルは、この戦争で大きく疲弊した。
今や、かつて恐れていた強国は、アメリカをはじめとする連合国軍との戦いで精一杯であり、たとえ、フリンデルドがシホールアンルとの同盟を破棄し、
戦端を開いたとしても、今のシホールアンルには満足に対処できるだけの力は残されていない。
フリンデルドとしては、今が好機であると判断し、領土返還を求めて来たのであろう。
「本当に、汚い連中だな!」
オールフェスは憎らし気に叫んだ。
だが……シホールアンルが、その返還要求を一蹴できないのもまた事実だ。
海軍は既に、主力部隊が壊滅し、制海権は完全に喪失した。
だが……シホールアンルが、その返還要求を一蹴できないのもまた事実だ。
海軍は既に、主力部隊が壊滅し、制海権は完全に喪失した。
海軍が壊滅すれば、陸軍の輸送もできない。
そして、フリンデルドがシホールアンルに宣戦布告を行えば、ルキィント、ノア・エルカ両列島の資源地帯は奪取されるばかりか、両列島にいる
軍民75万は、増援はおろか、救援すら受けられぬまま全滅するであろう。
要求を一蹴すれば、それが現実となる可能性は極めて高い。
かと言って、条約を破棄にされ、同地で苦労しながら開発した資源地帯を奪われるのもまた気に入らない。
そして、フリンデルドがシホールアンルに宣戦布告を行えば、ルキィント、ノア・エルカ両列島の資源地帯は奪取されるばかりか、両列島にいる
軍民75万は、増援はおろか、救援すら受けられぬまま全滅するであろう。
要求を一蹴すれば、それが現実となる可能性は極めて高い。
かと言って、条約を破棄にされ、同地で苦労しながら開発した資源地帯を奪われるのもまた気に入らない。
「……国同士の付き合いでは、真の友人は居ない……か。本当にその通りだな」
オールフェスは、同盟国の傲慢な要求を一蹴できない現状に、内心、嫌気が指していたが、同時にまた、選択肢が極度に限られているという
現実を認識せざるを得なかった。
現実を認識せざるを得なかった。
そして、時間は戻る。
「皇帝というのも、難儀な仕事だ」
オールフェスはぽつりと呟くが、それが侍従の耳に入ってしまった。
「陛下、何かおっしゃられましたか?」
「あ、いや。ただの独り言だ。気にしないでくれ」
「あ、いや。ただの独り言だ。気にしないでくれ」
オールフェスは苦笑しつつ、片手を振りながら侍従にそう言った。
この時、ドアが開かれた。
この時、ドアが開かれた。
「陛下、ご到着されました」
ドアの傍に立っていた侍従がオールフェスに伝えた後、謁見の間に2人の軍人が現れ、オールフェスの眼前まで歩み寄った。
1人は海軍のレンス元帥であり、もう1人は、負傷のため軍務を離れたウインリヒ・ギレイル元帥の代わりに、総司令官代理を務める事となった、
ホルゾ・ラヴォンソ大将である。
ラヴォンソ大将は陸軍総司令部次官であるが、先の空襲の影響で急遽代理を務めている。
1人は海軍のレンス元帥であり、もう1人は、負傷のため軍務を離れたウインリヒ・ギレイル元帥の代わりに、総司令官代理を務める事となった、
ホルゾ・ラヴォンソ大将である。
ラヴォンソ大将は陸軍総司令部次官であるが、先の空襲の影響で急遽代理を務めている。
「先の空襲で多忙な所、呼び出して申し訳ない。早速だが……状況を聞きたい。ラヴォンソ将軍から話を聞こう」
「は、それでは説明致します」
「は、それでは説明致します」
ラヴォンソ将軍は、その痩身を直立させたまま口を開き始めた。
「現在、首都防衛軍団は依然として、敵の新たな空襲に備えて対空警戒任務を続けておりますが、海軍からの報告では、敵機動部隊は東方に
離脱しつつあるという点を考慮し、間もなく戦闘配置を解除する予定です。それから、先の空襲による損害でありますが……首都周辺の練兵場、
第22親衛師団の駐屯地に敵の空襲が集中し、戦死者98名、負傷者202名を出している他、練兵場の施設は甚大な損害を被りました。
第22親衛師団の駐屯地も無視しえぬ損害を受けていますが、基地機能に関してはまだ維持ができております。また、陸軍総司令部へ爆撃を
受けた事により、総司令部内の各部署の被害もかなりのものとなっております。このままでは、情報収集並びに、各部隊への補給の割り当て
など、前線への悪影響も考えられるため、できる限り速やかに、司令部機能の復旧に当たります」
離脱しつつあるという点を考慮し、間もなく戦闘配置を解除する予定です。それから、先の空襲による損害でありますが……首都周辺の練兵場、
第22親衛師団の駐屯地に敵の空襲が集中し、戦死者98名、負傷者202名を出している他、練兵場の施設は甚大な損害を被りました。
第22親衛師団の駐屯地も無視しえぬ損害を受けていますが、基地機能に関してはまだ維持ができております。また、陸軍総司令部へ爆撃を
受けた事により、総司令部内の各部署の被害もかなりのものとなっております。このままでは、情報収集並びに、各部隊への補給の割り当て
など、前線への悪影響も考えられるため、できる限り速やかに、司令部機能の復旧に当たります」
ラヴォンソ大将は淀みない口調で説明していく。
オールフェスもまた、表情に感情を表すことなく、彼の説明を聞き続ける。
オールフェスもまた、表情に感情を表すことなく、彼の説明を聞き続ける。
「次に、敵機動部隊への攻撃を敢行したワイバーン隊の損害でありますが、敵艦隊への攻撃には第664空中騎士隊、第771攻撃飛行団が参加し、
664空中騎士隊は68騎中48騎が未帰還となり、771攻撃飛行団は、18機中13機が未帰還となりました。523空中騎士隊も52騎中、
22騎が敵に撃墜され、首都周辺に展開する陸軍航空戦力は壊滅状態に陥っております。これに加えて、ドシュダムで編成された飛空艇隊も戦力の
過半を喪失しております。また、シギアル港に展開していた3個空中騎士隊180騎はほぼ全滅しております。他の地域よりこの首都方面への
新たなる増派を行わぬ限り、陸軍航空部隊はまともに作戦行動を取れません。精々、防空戦闘並びに、偵察が限度であります」
664空中騎士隊は68騎中48騎が未帰還となり、771攻撃飛行団は、18機中13機が未帰還となりました。523空中騎士隊も52騎中、
22騎が敵に撃墜され、首都周辺に展開する陸軍航空戦力は壊滅状態に陥っております。これに加えて、ドシュダムで編成された飛空艇隊も戦力の
過半を喪失しております。また、シギアル港に展開していた3個空中騎士隊180騎はほぼ全滅しております。他の地域よりこの首都方面への
新たなる増派を行わぬ限り、陸軍航空部隊はまともに作戦行動を取れません。精々、防空戦闘並びに、偵察が限度であります」
ラヴォンソ大将はしばし間を置いてから、締めの言葉を放つ。
「私からの報告は以上となります」
「……次に、海軍から報告を聞きたいが」
「は……」
「……次に、海軍から報告を聞きたいが」
「は……」
レンス元帥は重々しく口を開く。
ふと、オールフェスは部屋の外で何かの気配を感じ取ったが、それを気にせずに説明に耳を傾けた。
ふと、オールフェスは部屋の外で何かの気配を感じ取ったが、それを気にせずに説明に耳を傾けた。
「海軍は、早朝から受けた敵の空襲により甚大な損害を受けております。現在判明した被害状況によりますと、シギアル港に展開していた
第6艦隊の主力は全滅し、司令部要員もほぼ全滅。巡洋艦部隊、駆逐艦部隊も大半を撃沈破され、守備艦隊自体も作戦行動力を損失しております。
また、シギアル港も脱出中の艦艇を出入り口付近で撃沈されたため、実質的に閉塞状態にあります。現在、着底した艦の除去を考えておりますが、
それの準備、並びに、除去には相当の時間がかかるかと思われます」
第6艦隊の主力は全滅し、司令部要員もほぼ全滅。巡洋艦部隊、駆逐艦部隊も大半を撃沈破され、守備艦隊自体も作戦行動力を損失しております。
また、シギアル港も脱出中の艦艇を出入り口付近で撃沈されたため、実質的に閉塞状態にあります。現在、着底した艦の除去を考えておりますが、
それの準備、並びに、除去には相当の時間がかかるかと思われます」
オールフェスはレンス元帥の説明を聞きながら、それが遠くから発せられているような錯覚に囚われつつあった。
あまりにも損害が大きすぎる。
奇襲を受けたとはいえ、かなりの規模を有し、それなりの防御力も有する艦隊や拠点が、こうも簡単に破壊し尽くされてしまうのか。
一体、自分たちと戦っている相手は、本当に生きている人間なのか。
もしかしたら、人間の形をした異形のようなものと戦っているのではないのか。
奇襲を受けたとはいえ、かなりの規模を有し、それなりの防御力も有する艦隊や拠点が、こうも簡単に破壊し尽くされてしまうのか。
一体、自分たちと戦っている相手は、本当に生きている人間なのか。
もしかしたら、人間の形をした異形のようなものと戦っているのではないのか。
「軍港機能も甚大な損害を受けており、復旧を成し得ようにもその目処が立ちません」
オールフェスは思案する事を一旦やめ、ひたすら説明に聞き入っていく。
「総司令部の損害も陸軍同様甚大で、人員にも少なからぬ犠牲が出ております。今は司令部機能の復旧、並びに、連絡体制の再建が急務となります。
それから、海軍ワイバーン隊の損害でありますが、シギアル港に駐屯していた2個空中騎士隊140騎は迎撃に飛び立つ間もなく壊滅しており、
敵機動部隊攻撃に向かった第414空中騎士隊、551空中騎士隊は共に壊滅状態に陥り、414空中騎士隊は72騎中58騎、551空中騎士隊は
68騎中38騎が未帰還となり、戦力は出撃前と比べ、2個空中騎士隊を合わせても3割しか残っていません。損失は2個空中騎士隊合わせて96騎
に上ります。また、首都近郊で迎撃戦闘に従事した第161空中騎士隊も戦力の半数を喪失しており、海軍も陸軍同様、敵機動部隊に対する攻撃手段を
喪失いたしました。新たな増援を得られぬ限り、敵の再空襲を防ぐのは困難であると、海軍は判断しております」
「元帥……例の奴は、やはり駄目だったか?」
「……空中艦隊ですが、再度確認したところ、どの艦も建造ドックごと完全に破壊されていたとの報告が入っています。艦隊司令部は、ハヴォンソ司令官以下
全員が死傷して全滅状態であり、乗組員の被害も甚大であります。恐らく、再建の見込みは無いと、確信いたします」
「……そうか」
それから、海軍ワイバーン隊の損害でありますが、シギアル港に駐屯していた2個空中騎士隊140騎は迎撃に飛び立つ間もなく壊滅しており、
敵機動部隊攻撃に向かった第414空中騎士隊、551空中騎士隊は共に壊滅状態に陥り、414空中騎士隊は72騎中58騎、551空中騎士隊は
68騎中38騎が未帰還となり、戦力は出撃前と比べ、2個空中騎士隊を合わせても3割しか残っていません。損失は2個空中騎士隊合わせて96騎
に上ります。また、首都近郊で迎撃戦闘に従事した第161空中騎士隊も戦力の半数を喪失しており、海軍も陸軍同様、敵機動部隊に対する攻撃手段を
喪失いたしました。新たな増援を得られぬ限り、敵の再空襲を防ぐのは困難であると、海軍は判断しております」
「元帥……例の奴は、やはり駄目だったか?」
「……空中艦隊ですが、再度確認したところ、どの艦も建造ドックごと完全に破壊されていたとの報告が入っています。艦隊司令部は、ハヴォンソ司令官以下
全員が死傷して全滅状態であり、乗組員の被害も甚大であります。恐らく、再建の見込みは無いと、確信いたします」
「……そうか」
オールフェスは無表情のままで、そう答えた。
「この他にも、シギアル軍港が壊滅し、港が閉塞されたことで洋上の監視艇も一時、周囲の港に拠点を移すなどして哨戒網の維持に努めますが、
シギアル港が使えぬため、以前よりも効率の良い哨戒を行う事はできぬかと思われます。また、海軍工廠も爆撃を受けた事により、建造中の艦艇にも
被害が生じています。この爆撃で、マルバンラミル級巡洋艦13番艦ノマイントルェ並びに、新鋭のオリスティス級大型正規竜母の1番艦オリスティス、
フェリウェルド級戦艦5番艦ラヴィアイネが被害を受け、建造スケジュールの修正を余儀なくされています。私からの報告は以上となります」
「住民の被害に関しては、お前達が来る前に侍従武官から聞いているが……実に痛ましい事だと思う。それに、軍の被害も想像を絶する物だ」
シギアル港が使えぬため、以前よりも効率の良い哨戒を行う事はできぬかと思われます。また、海軍工廠も爆撃を受けた事により、建造中の艦艇にも
被害が生じています。この爆撃で、マルバンラミル級巡洋艦13番艦ノマイントルェ並びに、新鋭のオリスティス級大型正規竜母の1番艦オリスティス、
フェリウェルド級戦艦5番艦ラヴィアイネが被害を受け、建造スケジュールの修正を余儀なくされています。私からの報告は以上となります」
「住民の被害に関しては、お前達が来る前に侍従武官から聞いているが……実に痛ましい事だと思う。それに、軍の被害も想像を絶する物だ」
オールフェスは表情を険しくしながら、2人の将帥に語り掛けていく。
「俺達は、敵にまんまとしてやられたことになるな。恐らく、敵機動部隊の艦内では戦勝祝いが開かれているに違いない」
「陛下……この度の失態につきまして、私は深く恥じております。敵の奇襲を受けたとはいえ、敵機動部隊が接近しつつある事を全く察知できず、
このような事態を招いた事は、万死に値するものであると、私は確信しております。陛下……覚悟は決めております。なんなりと、処分を申し付けください」
「……私も、ギレイル閣下からお言葉を頂いております。この度の失敗に関しては、陸軍にも責任の一旦があると存じます。処分を申し付けられるのなら、
どうか、このギレイルに申していただきたい。如何なる処罰も受ける所存であります、と、私は承っております。しかし、私自身、この度の失態に関して
責任を痛感しております」
「陛下……この度の失態につきまして、私は深く恥じております。敵の奇襲を受けたとはいえ、敵機動部隊が接近しつつある事を全く察知できず、
このような事態を招いた事は、万死に値するものであると、私は確信しております。陛下……覚悟は決めております。なんなりと、処分を申し付けください」
「……私も、ギレイル閣下からお言葉を頂いております。この度の失敗に関しては、陸軍にも責任の一旦があると存じます。処分を申し付けられるのなら、
どうか、このギレイルに申していただきたい。如何なる処罰も受ける所存であります、と、私は承っております。しかし、私自身、この度の失態に関して
責任を痛感しております」
ラヴォンソ将軍も覚悟を決め、鋭い目つきでオールフェスと目を合わせていた。
「ギレイル閣下共々、私も処罰を受ける所存でございます。陛下……なんなりとお申し付けください!」
2人の将帥は、共に責任を痛感していた。
その表情には悲壮さがにじみ出ると共に、敵の空襲に対して、いいようにしてやられたという悔しさも同時に表れていた。
オールフェスは、2人をじっと見据えた後……玉座からゆっくりと立ち上がった。
傍らに置いていた剣を片手に持つと、彼は口を開いた。
その表情には悲壮さがにじみ出ると共に、敵の空襲に対して、いいようにしてやられたという悔しさも同時に表れていた。
オールフェスは、2人をじっと見据えた後……玉座からゆっくりと立ち上がった。
傍らに置いていた剣を片手に持つと、彼は口を開いた。
「そうか……では、その命を貰い受ける」
オールフェスは、怒るでもなく、そして、別段感情をにじませるでもなく。
だが、凍えるような冷たい、かつ、はっきりとした口調で言い放った。
この時、ドアの外から感じる気配が明らかに変わった。
オールフェスはそれを感じつつ、剣の鞘の先を床に付ける。
小気味よい音が鳴り、2人の将帥は一瞬だけ、体を震わせた。
だが、凍えるような冷たい、かつ、はっきりとした口調で言い放った。
この時、ドアの外から感じる気配が明らかに変わった。
オールフェスはそれを感じつつ、剣の鞘の先を床に付ける。
小気味よい音が鳴り、2人の将帥は一瞬だけ、体を震わせた。
「と、言うのは安い。だが、俺からはお前達に、それを行う資格はない」
「「………」」
「「………」」
レンス元帥とラヴォンソ大将は、一瞬戸惑った。
「正直、今回の空襲に関しては、陸海軍だけの責任だけではない。俺も含めた国全体の責任であると確信している。それに加え、唐突に発せられた
あの大規模な通信妨害魔法の前では、例えどんなに優秀な軍人が対応したとしても、まともに戦える代物ではない。何しろ、手足ばかりではなく、
目と耳を塞がれた状態で戦わざるを得なかったからな」
あの大規模な通信妨害魔法の前では、例えどんなに優秀な軍人が対応したとしても、まともに戦える代物ではない。何しろ、手足ばかりではなく、
目と耳を塞がれた状態で戦わざるを得なかったからな」
オールフェスは、顔に失望の色を浮かべていた。
「……エルフを味方にすれば勝つ。だが、エルフを味方しなければ、戦には勝てない、か……昔の偉人が言ったこの諺の意味がようやく分かった気がする」
「陛下……我らの処罰に関しては……?」
「処罰は行わない」
「陛下……我らの処罰に関しては……?」
「処罰は行わない」
レンスの問いに対して、オールフェスは即答した。
「むしろ……俺自身、余計な手出しをしてしまった。一時の激情に駆られて、貴重な航空戦力を無駄に消耗させてしまった。この件に関しては、
完全にミスだった。すまない」
完全にミスだった。すまない」
この時、2人の将帥は信じられない光景を目の当たりにした。
「なっ!」
「陛下!?」
「陛下!?」
オールフェスは、2人に対して頭を下げていた。
そう、英雄王ともいわれた、偉大なるシホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイが、高官とはいえ、臣下に頭を下げたのである。
前代未聞の出来事であった。
そう、英雄王ともいわれた、偉大なるシホールアンル帝国皇帝オールフェス・リリスレイが、高官とはいえ、臣下に頭を下げたのである。
前代未聞の出来事であった。
「もう、遅すぎるかもしれないが」
「とんでもありません!」
「そのような勿体なき事なぞ……!どうかお顔をお上げください!」
「とんでもありません!」
「そのような勿体なき事なぞ……!どうかお顔をお上げください!」
彼らは慌てた口調で、オールフェスに顔をあげるように懇願する。
「……慌てさせたようだな。どうだ、これでいいかな?」
「どうもこうも、陛下が頭を下げらえるような事はありませぬ」
「どうもこうも、陛下が頭を下げらえるような事はありませぬ」
ラヴォンソが動転した口ぶりで言う。
「むしろ、頭を下げるのは我らの方です。このような無様な戦いをしでかした以上、陛下がそのような事をされる必要はありません」
レンス元帥も同調したように言う。
彼の口調はラヴォンソの物と比べて、悲壮感が強く滲んでいるようにも思えた。
彼の口調はラヴォンソの物と比べて、悲壮感が強く滲んでいるようにも思えた。
「そうか……はは、変な物を見せてしまったようだな」
慌てる2人をよそに、オールフェスは苦笑しつつも、再び玉座に座った。
「とにかく、今回の空襲に関しては、陸海軍の責任は問わない事にする。一連の敗戦で、もはや帝国軍の実情は深刻な物となりつつあるが、
今は現状で有している兵力でいかに戦い、どこまで耐えるかに帝国の未来が掛かっている。軍には苦しい戦いをしてもらう事になるが、
諦めずに戦ってもらいたい。2人にはより苦労を掛けるが……無闇やたらに戦力を消費することなく、じっと耐えるようにして敵と
戦ってもらう。戦力の供給源が生きている限りは、まだ戦える。今後とも、敵を大いに苦しめてほしい」
「そのように……そのように、努力いたします」
今は現状で有している兵力でいかに戦い、どこまで耐えるかに帝国の未来が掛かっている。軍には苦しい戦いをしてもらう事になるが、
諦めずに戦ってもらいたい。2人にはより苦労を掛けるが……無闇やたらに戦力を消費することなく、じっと耐えるようにして敵と
戦ってもらう。戦力の供給源が生きている限りは、まだ戦える。今後とも、敵を大いに苦しめてほしい」
「そのように……そのように、努力いたします」
ラヴォンソは、必死に紡ぎ合わせるかのような口調でオールフェスに答えた。
「そのお言葉、しかと拝聴させて戴きました。今や、寡兵となりましたが、海軍もまた、最善を尽くしつつ、陛下のお言葉の通りにするよう、
努力する所存でございます」
努力する所存でございます」
レンスはラヴォンソよりもはっきりと、かつ、力のこもった言葉をオールフェスに送る。
オールフェスはそれに、深く頷く事で答えた。
オールフェスはそれに、深く頷く事で答えた。
陸海軍首脳の現状報告を終えた後、オールフェスは玉座から2人が退出するのを見送った。
その後、オールフェスは侍従に連れられながら執務室に向かった。
途中、オールフェスは歩みを止め、執務室の間にある休憩室に目を向けた。
途中、オールフェスは歩みを止め、執務室の間にある休憩室に目を向けた。
「陛下、どうされました?」
「……すまないが、ここからは1人で行く。下がっていいぞ」
「は。それでは……」
「……すまないが、ここからは1人で行く。下がっていいぞ」
「は。それでは……」
侍従はオールフェスの指示を受けると、恭しく頭を垂れから、オールフェスの傍を離れていった。
オールフェスはゆったりとした足取りで休憩室に入ると、小さなソファーに座って水を飲んでいる女性士官を見つけた。
女性士官はオールフェスを見るなり、立ち上がって敬礼を送ってきた。
オールフェスはゆったりとした足取りで休憩室に入ると、小さなソファーに座って水を飲んでいる女性士官を見つけた。
女性士官はオールフェスを見るなり、立ち上がって敬礼を送ってきた。
「これは陛下」
「……モルクンレル次官か。珍しいな」
「……モルクンレル次官か。珍しいな」
オールフェスはやはりと思いつつ、答礼しながら仕事言葉で彼女に接した。
「次官、少し待ってくれ」
オールフェスは尊大そうな口調で言ってから、休憩室のドアを閉め、鍵をかけた。
「陛下、どうして鍵をかけられるのでしょうか?私はそう間を置かぬ内にここから退出します」
「その割には、何か言いたそうな顔をしているが?」
「あら……やはりお分かりになられますか」
「その割には、何か言いたそうな顔をしているが?」
「あら……やはりお分かりになられますか」
オールフェスの質問を受けたリリスティは、苦笑しながら敬礼を解いた。
「では、少々お話をさせていただきます」
「……いつもの通りでいいよ。ここは防音も利いてるぜ、リリスティ姉」
「……いつもの通りでいいよ。ここは防音も利いてるぜ、リリスティ姉」
リリスティはそれを聞くなり、溜息を吐きながら両肩を竦めた。
「水でも飲む?」
「ああ……すまんね」
「ああ……すまんね」
リリスティはオールフェスに水を注いだコップを手渡した。
彼はリリスティの隣に座った。
彼はリリスティの隣に座った。
「ふぅ……あんたも余裕が全く無いって顔してるわね」
「やっぱり、分かっちまうか?」
「やっぱり、分かっちまうか?」
オールフェスは引きつった笑いを浮かべた。
「一発でわかるわね。精神的にも来てると、私は思う」
「……こんな状況じゃ、冷静さを装うにも苦労しちまうな」
「それで、あんなクソみたいな命令を出したわけ?」
「……こんな状況じゃ、冷静さを装うにも苦労しちまうな」
「それで、あんなクソみたいな命令を出したわけ?」
リリスティは容赦ない口調で聞いてきた。
「いや……あれは必要な事だと思ったんだ。リリスティ姉は反対だったのか?」
「猛反対したわ。なんで自殺攻撃なんかに賛成しなきゃなんねーの」
「猛反対したわ。なんで自殺攻撃なんかに賛成しなきゃなんねーの」
リリスティの目つきが次第に変わってくる。
「アメリカ機動部隊に攻撃隊を送ったら、ああなるのは既に分かってた。特に、未熟なワイバーン隊を送れば丸ごと消滅する事すらあり得たわ。
だから、あたしは防御に徹しようと考えた。それをぶち壊しにしたのが、オールフェスよ」
「しかし、あのまま守ってばかりいたら、シギアル市街の市民や、首都の臣民たちは何を思うか?ただただ、殴られるのに何も反撃しない
帝国軍は情けないと思われかねないぞ」
「んなの知ったことではないね」
「な……リリスティ姉は元々」
「攻撃一辺倒な性格だから、あの攻撃にも賛同してくれると思って突っ込みを入れたの?」
だから、あたしは防御に徹しようと考えた。それをぶち壊しにしたのが、オールフェスよ」
「しかし、あのまま守ってばかりいたら、シギアル市街の市民や、首都の臣民たちは何を思うか?ただただ、殴られるのに何も反撃しない
帝国軍は情けないと思われかねないぞ」
「んなの知ったことではないね」
「な……リリスティ姉は元々」
「攻撃一辺倒な性格だから、あの攻撃にも賛同してくれると思って突っ込みを入れたの?」
リリスティはオールフェスの言葉を遮った。
「気持ちは分からないでもないけど……余計な事してんじゃないよ」
「……皇帝の命令には従えないとでも言うのか?」
「そんな事は……無いけど。でも、あんな向こう見ずな命令だけは、あなたから出して欲しくはなかった」
「そんな事は……無いけど。でも、あんな向こう見ずな命令だけは、あなたから出して欲しくはなかった」
リリスティは、抑えるような口調でオールフェスに返答していく。
「それに、あたしは常に攻撃一辺倒という訳ではない。その認識は間違っていると、ここではっきり言わせて貰うわ」
「それは……すまなかったな、リリスティ姉」
「それは……すまなかったな、リリスティ姉」
オールフェスは慌てて頭を下げようとしたが、そこをリリスティが彼の額を片手で抑えた。
「……皇帝陛下が軽々と頭を下げてんじゃないよ…そんなに、あんたは安い存在じゃないんだよ?」
「チッ、俺としたことがなぁ」
「チッ、俺としたことがなぁ」
途端に、オールフェスは表情を緩めて舌打ちする。
「かといって、急に生意気ヅラになるのも腹立つ」
リリスティは元の性格を露にするオールフェスに対し、抑えていた片手で彼の額を押した。
「うぉ……地味に力入れて押したな……まぁ、可愛いもんだけどね」
「ん?ぶん殴ってほしいの?」
「ん?ぶん殴ってほしいの?」
リリスティは急に爽やかな表情を見せつつ、握り拳を上げながら聞いてきた。
「いや、遠慮します」
オールフェスは、こめかみにうっすらと冷や汗を流しつつ、綺麗な返事で答えた。
「それにしても、あたしはオールフェスが、レンス提督を解任するかと思ってたけど、そうならなくて少し安心したな」
リリスティは語調を直しながら、意外そうな口ぶりでオールフェスへ言う。
「解任するって……まぁ、報告を聞いた後は流石に怒ったけど……状況的にあいつらを責める事は出来ないよ」
オールフェスはズイッと身を乗り出した。
「リリスティ姉だったらこの状況をうまく切り抜けられたか?」
「うーん……無理だね」
「そうだよなぁ……こんなバカみたいな状況で、あんなうじゃうじゃと敵の大群に襲われたら、そりゃ、ああなっちまうわな。
今回のは、完全に敵が上手だったよ」
「……せめて、あと6隻。あと6隻、正規竜母があれば……」
「うーん……無理だね」
「そうだよなぁ……こんなバカみたいな状況で、あんなうじゃうじゃと敵の大群に襲われたら、そりゃ、ああなっちまうわな。
今回のは、完全に敵が上手だったよ」
「……せめて、あと6隻。あと6隻、正規竜母があれば……」
リリスティは目を細め、悔しげにそう呻いた。
「あの敵機動部隊にも好き勝手にさせなかったものを」
「……竜母が欲しいのは山々さ。だが、今回の戦いは、うちとアメリカの国力の差が、これまで以上に表れた形だよな」
「……竜母が欲しいのは山々さ。だが、今回の戦いは、うちとアメリカの国力の差が、これまで以上に表れた形だよな」
オールフェスは溜息を吐いた後、コップの水を半分ほど飲んだ。
「レビリンイクル沖に20隻。そして、こっちに10隻以上。どう考えても頭おかしい戦力ね」
「しかし、なんで連中は、こっちに空母10隻以上も動員する事が出来たんだ……」
「……ヴィルリエの話では、恐らく……練習空母として使っていた正規空母…ヨークタウン級やレキシントン級といった旧式の正規空母を、
余っていたエセックス級空母と小型空母数隻で組ませたんでしょうね。でないと、空母10隻以上とかいう大機動部隊なんて無理よ。
艦載機を操っていた搭乗員の腕も一級で、最初に戦艦を魚雷で攻撃してきたスカイレイダーは、魚雷投下で生じた水柱と同じぐらいの
超低空飛行で襲い掛かってきたという報告も上がっている」
「しかし、なんで連中は、こっちに空母10隻以上も動員する事が出来たんだ……」
「……ヴィルリエの話では、恐らく……練習空母として使っていた正規空母…ヨークタウン級やレキシントン級といった旧式の正規空母を、
余っていたエセックス級空母と小型空母数隻で組ませたんでしょうね。でないと、空母10隻以上とかいう大機動部隊なんて無理よ。
艦載機を操っていた搭乗員の腕も一級で、最初に戦艦を魚雷で攻撃してきたスカイレイダーは、魚雷投下で生じた水柱と同じぐらいの
超低空飛行で襲い掛かってきたという報告も上がっている」
今度は、リリスティが溜息を吐いた。
「序盤で空母を沈めきれなかったのが、ここで響いてるなぁ。あたしもある意味、戦犯かもしれない」
「……敵の機動部隊は明日以降も来るかな」
「来ようと思えば、いつでも」
「……敵の機動部隊は明日以降も来るかな」
「来ようと思えば、いつでも」
リリスティは何気ない口調でそう答える。
しかし、オールフェスにとって、それは非常に重い言葉に感じられた。
「アリューシャン列島にあるダッチハーバーを拠点にすれば、あの機動部隊は好きにこの東海岸沖を蹂躙できる。情けない話だけど、制海権は完全に、
連合国側に握られてしまったね」
「………」
連合国側に握られてしまったね」
「………」
オールフェスは押し黙り、背中をソファーに委ねた。
「リリスティ姉……俺、わかんなくなっちまったな」
「何が?」
「落としどころさ」
「……戦争は始めるは安し。しかし、終わらせるは難し。と言うからね」
「何が?」
「落としどころさ」
「……戦争は始めるは安し。しかし、終わらせるは難し。と言うからね」
リリスティはそう言ってから、オールフェスに顔を向けた。
「あと……あたしは政治家じゃないから、そっち方面の助言を求められても無理だよ」
「そんなの、初めから期待してねーよ」
「おっと、これは失礼」
「そんなの、初めから期待してねーよ」
「おっと、これは失礼」
オールフェスのぶっきらぼうな返答に、リリスティは肩を竦めながら顔を背けた。
「しかし、あの反乱騒ぎのせいで、リリスレイ家の最後の生き残りになりつつ、必死こいて皇帝やりながらこのザマたぁ……あの世に
行ってもロクなことにならんな」
「ま……出来ることやればいいんじゃねーの」
行ってもロクなことにならんな」
「ま……出来ることやればいいんじゃねーの」
リリスティは思わせぶりな口調でオールフェスに言った。
「国民がまともだと思われるような事を、さ」
「……ま、色々考えるかな」
「……ま、色々考えるかな」
オールフェスは幾度目かになる苦笑を浮かべて、そう答えた。
「あと、余計なお世話かもしれないけど……隠し事が発覚したら……覚悟はしとくべきかな」
「隠し事?ああ、もしや……空中艦隊か」
「あと、余計なお世話かもしれないけど……隠し事が発覚したら……覚悟はしとくべきかな」
「隠し事?ああ、もしや……空中艦隊か」
リリスティは再びオールフェスに顔を向ける。
顔には微笑みこそ浮かんでいたが……その目つきはいつになく鋭かった。
顔には微笑みこそ浮かんでいたが……その目つきはいつになく鋭かった。
「……まぁ、ああいう新兵器なら隠すのも仕方ないかな。もっとも……使い物にならないと、その分の資材、人員、予算は無意味になるけどね」
「………」
「………」
リリスティは立ち上がり、彼の肩をたたきながら退出しようとした。
ドアを開けると、彼女は足を止めた。
ドアを開けると、彼女は足を止めた。
「今日のオールフェス……いつも以上に皇帝らしかったよ」
「ん、あぁ……ありがとう。リリスティ姉」
「それじゃ、また」
「ん、あぁ……ありがとう。リリスティ姉」
「それじゃ、また」
リリスティはややにやけながら片手を振り、休憩室から退出していった。
オールフェスがベッドに横になったのは、それから5時間後の、日付もすっかり変わった午前0時30分であった。
彼が滅茶苦茶にした寝室は、いつの間にか片付けられていた。
彼は荒れた部屋を念入りに掃除してくれたメイド達に感謝しつつ、ほどほどに着替えてからベッドに入った。
オールフェスは、海軍側から入手した敵機動部隊に関する情報を思い出す。
情報によると、アメリカ機動部隊は夕方までには針路を西に向け、シギアル港から急速に離れつつあるようだ。
また、10日……今日の正午からは天候が悪化するため、しばらくの間、東海岸地域は敵機動部隊の食指が届かなくなるとの事だ。
彼が滅茶苦茶にした寝室は、いつの間にか片付けられていた。
彼は荒れた部屋を念入りに掃除してくれたメイド達に感謝しつつ、ほどほどに着替えてからベッドに入った。
オールフェスは、海軍側から入手した敵機動部隊に関する情報を思い出す。
情報によると、アメリカ機動部隊は夕方までには針路を西に向け、シギアル港から急速に離れつつあるようだ。
また、10日……今日の正午からは天候が悪化するため、しばらくの間、東海岸地域は敵機動部隊の食指が届かなくなるとの事だ。
「海軍の情報を見た限り、当分は敵の機動部隊は首都周辺には来ないだろう。しかし……問題は山積みだな」
オールフェスは頭の中に次々と浮かぶ、膨大な案件の数に頭がおかしくなりそうだと思った。
首都では、今日の空襲がきっかけで住民の流出が増えたと、国内省から伝えられている。
現在までに、推定で2万人が家財道具を持ち出して首都から脱出しており、今もなお、その数は増えているという。
また、今日の空襲では、巻き込まれた市民も少なくなく、国内省の発表では、一般住民の被害は、死者89名、負傷者682名に上ると言われている。
特に官庁街付近で爆撃に巻き込まれた住民が多く、付近の診療所には多くの死傷者が担ぎ込まれたとの情報も入っている。
また、これ以外にも問題は多い。
首都に入り込み、大規模な妨害魔法を展開した連合軍のスパイを摘発しなければならないが、国内省では首都の治安維持や住民の対応のため、
スパイ摘発に人員が割けない上に、国内省自体も本部が爆撃を受けて全壊しているため、効率的な活動ができない状態だ。
また、首都の物流も鉄道本部が爆撃を受けた事で、首都へ出入りする列車の運行が不可能となったため、10日からは物流も大幅に悪化し、
首都に残留する市民達の生活面でも悪影響が生じると見込まれている。
現在までに、推定で2万人が家財道具を持ち出して首都から脱出しており、今もなお、その数は増えているという。
また、今日の空襲では、巻き込まれた市民も少なくなく、国内省の発表では、一般住民の被害は、死者89名、負傷者682名に上ると言われている。
特に官庁街付近で爆撃に巻き込まれた住民が多く、付近の診療所には多くの死傷者が担ぎ込まれたとの情報も入っている。
また、これ以外にも問題は多い。
首都に入り込み、大規模な妨害魔法を展開した連合軍のスパイを摘発しなければならないが、国内省では首都の治安維持や住民の対応のため、
スパイ摘発に人員が割けない上に、国内省自体も本部が爆撃を受けて全壊しているため、効率的な活動ができない状態だ。
また、首都の物流も鉄道本部が爆撃を受けた事で、首都へ出入りする列車の運行が不可能となったため、10日からは物流も大幅に悪化し、
首都に残留する市民達の生活面でも悪影響が生じると見込まれている。
極め付きは、外交の失敗だ。
要請していた第三国への参戦要請は、先方に拒否されたばかりか、要請の仲介をを求めた同盟国までもが、領土要求を行うという、とんでもない
おまけまで付いてきてしまった。
どこもかしこも、最悪レベルの事態に陥っいたと言って過言ではなかった。
要請していた第三国への参戦要請は、先方に拒否されたばかりか、要請の仲介をを求めた同盟国までもが、領土要求を行うという、とんでもない
おまけまで付いてきてしまった。
どこもかしこも、最悪レベルの事態に陥っいたと言って過言ではなかった。
(今回の空襲のせいであちこちに混乱が生じまくっている。その対処を考えようにも、あまりにも多すぎるな。そして、ウディンヒエヌの
要請拒否と、フリンデルドの領土要求……末期じみて来たな)
要請拒否と、フリンデルドの領土要求……末期じみて来たな)
オールフェスは、頭に浮かんでくる様々な案件を前にして、考えすぎて寝付けないのではと思った。
だが、心身ともに疲れ切った体は思いのほか早く眠りに落ち、オールフェスは険しい表情を浮かべたまま、翌朝まで熟睡したのであった。
だが、心身ともに疲れ切った体は思いのほか早く眠りに落ち、オールフェスは険しい表情を浮かべたまま、翌朝まで熟睡したのであった。
1945年12月10日 午前5時55分 シギアル沖北東40マイル地点
この時点で、シギアル港前面に展開していた哨戒艇は、母港壊滅による拠点変更のため、一時的に全艇帰投を命ぜられており、シギアル港周辺の
警戒網はがら空きとなっていた。
既に、アメリカ機動部隊は高速で反転し、帰途に付いたことが偵察で明らかになったため、海軍上層部は敵機動部隊の襲撃は当分無いと判断し、
哨戒艇隊の再編成のため、洋上監視の任を解いたのである。
警戒網はがら空きとなっていた。
既に、アメリカ機動部隊は高速で反転し、帰途に付いたことが偵察で明らかになったため、海軍上層部は敵機動部隊の襲撃は当分無いと判断し、
哨戒艇隊の再編成のため、洋上監視の任を解いたのである。
しかし
しかし、その判断は……
「ヴォールク1よりヴァルキリー1へ。前衛駆逐艦は敵水上艦、並びに敵哨戒艇と思しき艦影を未だに探知できず。シギアル港まで距離40マイルを切りつつあり」
「アパッチ1よりヴァルキリー1へ。レーダーに敵らしき艦影探知できず。現在、24ノットで依然航行中。」
「アパッチ1よりヴァルキリー1へ。レーダーに敵らしき艦影探知できず。現在、24ノットで依然航行中。」
通常であれば、間違っていなかった。
「ヴァルキリー3よりヴァルキリー1へ。対空レーダーに敵航空機の反応なし。進撃は順調に推移しつつあり」
「ヴァルキリー5よりヴァルキリー1へ。アパッチ4のレーダー修理が完了。敵の奇襲らしきものなし」
「ヴァルキリー5よりヴァルキリー1へ。アパッチ4のレーダー修理が完了。敵の奇襲らしきものなし」
だが……
「司令……間もなくです」
「そのようだな」
「そのようだな」
敵……アメリカ第3艦隊は、その予想を裏切る形で、艦隊を運用していた。
シギアル港より40マイル……昼間であれば、陸地がはっきりと見える目と鼻の先と言ってもよい海域。
いわゆる、帝国の聖域とも言える場所に……その艨艟達は、艦首に白波を蹴立てながら、威風堂々と、洋上を疾駆している。
その艦影は、このシギアル沖で今までに見てきた物とは似て非なるものばかりだ。
何よりも、その艦艇群には、シホールアンル艦に無い物……煙突が付いていた。
いわゆる、帝国の聖域とも言える場所に……その艨艟達は、艦首に白波を蹴立てながら、威風堂々と、洋上を疾駆している。
その艦影は、このシギアル沖で今までに見てきた物とは似て非なるものばかりだ。
何よりも、その艦艇群には、シホールアンル艦に無い物……煙突が付いていた。
「こちらヴァルキリー1より、各艦へ」
司令と呼ばれた男……第21戦艦戦隊指揮官兼第38任務部隊第4任務群指揮官、フランクリン・ヴァルケンバーグ中将は、ゆっくりとした口調で
命令を伝え始めた。
命令を伝え始めた。
「これより……シギアル港に向けて突入する!各隊はそれぞれの目標に接近後、適宜砲撃を開始せよ!」
米第3艦隊旗艦エンタープライズの艦橋では、第3艦隊司令長官であるウィリアム・ハルゼー大将が、司令官席で眠気覚ましのコーヒーを啜った
ところに、通信員からTG38.4のシギアル港突入を伝えられた。
ところに、通信員からTG38.4のシギアル港突入を伝えられた。
「ほう、今から突っ込むか。仮眠から起きたばかりだから、これはいい眠気覚ましになったぞ」
ハルゼーはニヤリと笑いながら、通信員を下がらせた。
それは、昨日の午後8時頃の事であった。
ハルゼーは、この日の空襲の戦果に概ね満足していた。
ハルゼーは、この日の空襲の戦果に概ね満足していた。
「ラウス、これからシホールアンルはどうなると思う?さっさと白旗をあげちまうかな?」
「あげてくれれば、自分も楽にはなりますね」
「あげてくれれば、自分も楽にはなりますね」
彼は何気ない口調でラウスに聞き、ラウスも、いつもののんびりとした口調で答えた。
「ただ……シホールアンルはかなりしぶとい事で有名でもありますね。あの国は、通常は国家崩壊レベルの損害を受けていても、耐え切って
戦争に勝ったこともあります」
「そいつはガッツがあっていい事だ。だが……昔と今じゃ大きく違うぞ。何よりもでかいのは、首都のシホット共に戦場の仕組みという奴を
叩き込んでやった事だ。これを見たシホットの一般市民達も、この戦争はもう勝てんと確信し、戦意を喪失するかもしれんぞ」
「それは同意ですよ。僕もこれで決まったとは思っています」
戦争に勝ったこともあります」
「そいつはガッツがあっていい事だ。だが……昔と今じゃ大きく違うぞ。何よりもでかいのは、首都のシホット共に戦場の仕組みという奴を
叩き込んでやった事だ。これを見たシホットの一般市民達も、この戦争はもう勝てんと確信し、戦意を喪失するかもしれんぞ」
「それは同意ですよ。僕もこれで決まったとは思っています」
ラウスはそう言ってから、ただし、と付け加え始めた。
「シホールアンルは、考えのつかない所で持ち直す事もありますね。中途半端にインパクトが少なかったりすると、逆効果になって却って
猛りあがって……と言うのが案外多いですね。あの国がらみの戦争では」
「インパクトねぇ……まぁ、俺たちの空襲は強烈だったと思うぞ。あんな大空襲を受けたら、誰だってちびるぞ」
猛りあがって……と言うのが案外多いですね。あの国がらみの戦争では」
「インパクトねぇ……まぁ、俺たちの空襲は強烈だったと思うぞ。あんな大空襲を受けたら、誰だってちびるぞ」
ハルゼーはそう言ってから、快活そうな笑い声をあげた。
「とはいえ、俺達が大戦果を挙げたことは、紛れもない事実だ。ダッチハーバーに帰還したら、祝勝パーティーを開いて次の作戦に
備えようじゃねえか」
「同感ですな」
備えようじゃねえか」
「同感ですな」
彼の後ろにいる参謀長のロバート・カーニー中将も軽く頷く。
「そういや、帰還して再編成を行い、航空機の補充も終えたとして……次の出撃はいつになる?」
「航空参謀の話では、シホールアンル本土東海岸は、明日から天候が悪化するため、次に東海岸攻撃を行えるのは、早くても年末辺りに
なるとのことです」
「そんなに間が空くのか……となると、艦隊の将兵は年末まで出撃はないのか?」
「その可能性は極めて大かと」
「航空参謀の話では、シホールアンル本土東海岸は、明日から天候が悪化するため、次に東海岸攻撃を行えるのは、早くても年末辺りに
なるとのことです」
「そんなに間が空くのか……となると、艦隊の将兵は年末まで出撃はないのか?」
「その可能性は極めて大かと」
それを聞いたハルゼーは、不満気に眉を顰める。
「12月24日ぐらいに東海岸が晴れていたら、艦隊を出撃させて、シホット共にクリスマスプレゼントをあげようと思ってたんだが……
そうなると、ちとつまらんなぁ」
「今日の空襲だけでも戦果は充分です。クリスマスプレゼントの分もたっぷりと与えられたと思いますぞ」
「ハハ、それなら気分が良いな」
そうなると、ちとつまらんなぁ」
「今日の空襲だけでも戦果は充分です。クリスマスプレゼントの分もたっぷりと与えられたと思いますぞ」
「ハハ、それなら気分が良いな」
カーニーからそう聞いたハルゼーは、上機嫌で返答する。
「今年のクリスマスは、ダッチハーバーで迎えそうになりそうっすね」
ラウスもどこか気の抜けた言葉をハルゼーに投げかけた。
「あぁ。気分の良いホワイトクリスマスだ。バーボンを飲みながらのんびりと過ごせそうだ」
彼はそう言って、くわえていた葉巻を灰皿に置いた。
そしてふと、ハルゼーは思い至った。
そしてふと、ハルゼーは思い至った。
「……上陸作戦は確か、空襲の後に、戦艦部隊で事前砲撃をしていたな」
「長官、どうされましたか?」
「長官、どうされましたか?」
唐突に独り言を発したハルゼーを、カーニーは怪訝な顔つきで見つめながら声をかける。
だが、ハルゼーはカーニーを無視し、ひたすら思案に耽った。
だが、ハルゼーはカーニーを無視し、ひたすら思案に耽った。
5分ほど黙考したハルゼーは、唐突に言い放った。
「なぁ、カーニー……俺達は確かに、シギアルやウェルバンルを手酷く叩き、敵に第3艦隊の恐ろしさを伝えたとは思う。
だが、まだ足りないと思わんか?」
「長官……足りないと言われておりますが、何が足りぬのでしょうか」
だが、まだ足りないと思わんか?」
「長官……足りないと言われておりますが、何が足りぬのでしょうか」
カーニーは幾分戸惑いながら、逆に聞き返す。
「インパクトだよ。インパクト」
「?」
「?」
理解できぬとばかりの参謀長に対して、ハルゼーは苦笑しつつ、その答えを言う。
「要するに、まだ空襲だけだ、としか、敵に思われているんじゃないか?という事だ」
「まだもなにも、我々は大空襲を行う事でその目的は達しておりますが」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃないんだ」
「まだもなにも、我々は大空襲を行う事でその目的は達しておりますが」
「いや、俺が言いたいのはそうじゃないんだ」
ハルゼーは立ち上がると、カーニーに獰猛な笑顔を振り向けた。
「シホット共には、相手は空襲だけしかしないで、後は何もしないと思われているのではないか?俺達が港まで近づいて“中指を立てて罵声を放つ事”
もできるという事実を、相手はまだ理解していないんじゃねえのか、という事だ」
「……もしや、長官は」
もできるという事実を、相手はまだ理解していないんじゃねえのか、という事だ」
「……もしや、長官は」
カーニーはようやく、ハルゼーの言わんとしていることが理解できた。
「さすがに分かったようだな」
ハルゼーはカーニーの肩を叩いた。
「アイオワに居るヴァルケンバーグに連絡を取れ。」
ハルゼーは、すかさず命令を下した。
「首都に居る皇帝陛下に、戦艦の号砲を聞かせてやろうぜ」
こうして、臨時編成としてシギアル港砲撃部隊である第38任務部隊第4任務群が編成された。
この新たなタスクグループは、3個任務群から抽出された艦で構成された。
TG38.4は、戦艦アイオワ、ニュージャージー、プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レナウン、アラスカ、コンスレーションを主力に据え、
これを各任務群から抽出された巡洋艦、駆逐艦が護衛している。
TG38.4の指揮官は、アイオワ、ニュージャージーで構成された第21戦艦戦隊を指揮するフランクリン・ヴァルケンバーグ中将が臨時に任命され、
この急ごしらえの水上打撃部隊を指揮することになった。
TG38.4は、午後10時には集合を終えると、一路、シギアル港に向けて進撃を開始。
途中、ヴァルケンバーグは各任務群で構成された艦ごとに、TG38.4.1、TG38.4.2、TG38.4.3の3つのグループを編成し、
シギアル港到達時には各隊に目標を振り分け、同時に攻撃することで敵の抵抗を短時間で排除する事を目標に定めた。
また、この編成に際して、ヴァルケンバーグは各艦へ新たに呼び出し符牒を割り当て、戦艦部隊には北欧神話にあやかってヴァルキリーの符牒をつけ、
各グループを護衛する巡洋艦部隊にはそれぞれヴォールク、アパッチ、ランスロットの符牒を付けた。
また、各グループに属する6個駆逐隊も、それぞれアーサー、アベンジャー、シャルン、ゼウス、バイター、ヘルバウンドという符牒が付けられ、
これを受けた全艦の乗員は意気盛んであった。
この新たなタスクグループは、3個任務群から抽出された艦で構成された。
TG38.4は、戦艦アイオワ、ニュージャージー、プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レナウン、アラスカ、コンスレーションを主力に据え、
これを各任務群から抽出された巡洋艦、駆逐艦が護衛している。
TG38.4の指揮官は、アイオワ、ニュージャージーで構成された第21戦艦戦隊を指揮するフランクリン・ヴァルケンバーグ中将が臨時に任命され、
この急ごしらえの水上打撃部隊を指揮することになった。
TG38.4は、午後10時には集合を終えると、一路、シギアル港に向けて進撃を開始。
途中、ヴァルケンバーグは各任務群で構成された艦ごとに、TG38.4.1、TG38.4.2、TG38.4.3の3つのグループを編成し、
シギアル港到達時には各隊に目標を振り分け、同時に攻撃することで敵の抵抗を短時間で排除する事を目標に定めた。
また、この編成に際して、ヴァルケンバーグは各艦へ新たに呼び出し符牒を割り当て、戦艦部隊には北欧神話にあやかってヴァルキリーの符牒をつけ、
各グループを護衛する巡洋艦部隊にはそれぞれヴォールク、アパッチ、ランスロットの符牒を付けた。
また、各グループに属する6個駆逐隊も、それぞれアーサー、アベンジャー、シャルン、ゼウス、バイター、ヘルバウンドという符牒が付けられ、
これを受けた全艦の乗員は意気盛んであった。
そして、時間は戻り……ハルゼーはエンタープライズの艦橋でTG38.4の突入を伝えられた。
「ハルゼーさん、砲撃部隊は攻撃位置に付いたようですね」
「ああ。ヴァルケンバーグはそう間を置かんうちに、シホット共に特大の目覚ましをくれてやるだろう。それにしても」
「ああ。ヴァルケンバーグはそう間を置かんうちに、シホット共に特大の目覚ましをくれてやるだろう。それにしても」
ハルゼーは感心した口調でラウスに言う。
「ヴァルケンバーグも所属艦の呼び出し符牒に、なかなか粋な名前を付けるじゃないか。特に6隻の戦艦、巡戦に付けたヴァルキリーという
符牒には恐れ入ったものだ」
「確か、昔……アメリカの図書館で読んだ北欧神話という本に出てきた神様の名前でしたね、そのヴァルキリーという名前は」
「神話の中では、ヴァルキリーは戦場で勇猛果敢に戦い、散っていった戦士達の魂を集めるという、辛い役割を背負った戦乙女だ。そして、
シギアル港に迫っている6隻の戦艦、巡戦も、かつては数々の激戦を潜り抜け、横目では僚艦の戦没という苦い経験も持っている。最大戦力である
アイオワ、ニュージャージーも、レーミア湾沖海戦では僚艦ノースカロライナ、ワシントンの戦没という悲しい現実も目の当たりにしている。
ヴァルキリーと軍艦は相容れないようにも思えるが、軍艦自体が元々女性名詞である事。そして、海戦で僚艦が戦没し、その艦の乗員が生き残った
僚艦に加わり、次の勝利に向けて戦いに臨むという点を見れば、ある意味では共通するともいえる」
符牒には恐れ入ったものだ」
「確か、昔……アメリカの図書館で読んだ北欧神話という本に出てきた神様の名前でしたね、そのヴァルキリーという名前は」
「神話の中では、ヴァルキリーは戦場で勇猛果敢に戦い、散っていった戦士達の魂を集めるという、辛い役割を背負った戦乙女だ。そして、
シギアル港に迫っている6隻の戦艦、巡戦も、かつては数々の激戦を潜り抜け、横目では僚艦の戦没という苦い経験も持っている。最大戦力である
アイオワ、ニュージャージーも、レーミア湾沖海戦では僚艦ノースカロライナ、ワシントンの戦没という悲しい現実も目の当たりにしている。
ヴァルキリーと軍艦は相容れないようにも思えるが、軍艦自体が元々女性名詞である事。そして、海戦で僚艦が戦没し、その艦の乗員が生き残った
僚艦に加わり、次の勝利に向けて戦いに臨むという点を見れば、ある意味では共通するともいえる」
ハルゼーは、ラウスに顔を向ける。
これまでの海戦で撃沈された艦の乗員は、就役しつつある新鋭艦に配属される者が多いが、乗員が戦死し、その穴を埋める形で、
既存の大型艦に配置される事も少なくない。
この6隻の戦艦、巡戦にも、乗艦沈没という苦難を味わい、それを糧にして任務をこなす乗員は多い。
これまでの海戦で撃沈された艦の乗員は、就役しつつある新鋭艦に配属される者が多いが、乗員が戦死し、その穴を埋める形で、
既存の大型艦に配置される事も少なくない。
この6隻の戦艦、巡戦にも、乗艦沈没という苦難を味わい、それを糧にして任務をこなす乗員は多い。
「軍艦にとって、乗員とは、その船の魂ともいえるからな」
「となると……6隻の大型艦は、一緒に戦没した艦の乗員達の願いも込めて、この砲撃に挑むことになるんですね」
「その通りだ」
「となると……6隻の大型艦は、一緒に戦没した艦の乗員達の願いも込めて、この砲撃に挑むことになるんですね」
「その通りだ」
ハルゼーはラウスの言葉を聞くなり、深く頷いた。
「6隻のヴァルキリーと、その従者達は、敵の本拠地に対して決死の突貫を試みる。俺達は、TG38.4が派手に暴れ回ってくれる事を、
期待して待っていようじゃないか」
期待して待っていようじゃないか」
午前6時10分 シギアル沖北東20マイル地点
TG38.4は、3つの部隊に分かれてシギアル港の接近を続けていた。
「司令。シギアル港の沿岸要塞まで、距離20マイルに接近しました」
TG38.4旗艦である戦艦アイオワのCICで戦況を見守っているヴァルケンバーグ中将は、その声に対し、無言で頷く。
情報によると、シギアル港の沿岸要塞は、港の出入り口付近と、その左右に砲兵部隊、並びに要塞砲を配置しており、特に出入り口付近……
要塞中央付近には15インチ相当の規模を有する要塞砲が7門配置されていると言われている。
また、地上付近の沿岸要塞にも、それぞれ5門の大口径砲が配置されており、それらは連動して1つの目標を叩けるように設置されていた。
これに対して、TG38.4は6隻の戦艦を2隻ずつに分け、その2隻ずつを主力とした艦隊を3つ編成し、それぞれの要塞砲、並びに砲兵陣地を
叩く事で敵の対処能力を飽和させることを狙っていた。
情報によると、シギアル港の沿岸要塞は、港の出入り口付近と、その左右に砲兵部隊、並びに要塞砲を配置しており、特に出入り口付近……
要塞中央付近には15インチ相当の規模を有する要塞砲が7門配置されていると言われている。
また、地上付近の沿岸要塞にも、それぞれ5門の大口径砲が配置されており、それらは連動して1つの目標を叩けるように設置されていた。
これに対して、TG38.4は6隻の戦艦を2隻ずつに分け、その2隻ずつを主力とした艦隊を3つ編成し、それぞれの要塞砲、並びに砲兵陣地を
叩く事で敵の対処能力を飽和させることを狙っていた。
戦力編成に関しては、まず、中央砲撃隊であるTG38.4.1が戦艦アイオワ、ニュージャージー、重巡洋艦クインシー、サンフランシスコ、
軽巡洋艦ブルックリン、ナッシュヴィル、ホノルル、駆逐艦フレッチャー以下の2個駆逐隊で構成されている。
次に、左翼砲撃隊であるTG38.4.2が戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レナウン、軽巡洋艦クリーブランド、ケニア、ナイジェリア、
駆逐艦トライバル以下の2個駆逐隊で編成されている。
最後の右翼砲撃隊であるTG38.4.3は巡洋戦艦アラスカ、コンステレーション、重巡洋艦ロチェスター、オレゴンシティ、軽巡洋艦バッフォロー、
ポーツマス、駆逐艦ジョンストン以下の2個駆逐隊で編成され、それぞれが、前方に4隻、側面に2隻ずつの駆逐艦を展開させ、巡洋艦を先頭にした
単縦陣を形成して目標に迫りつつあった。
軽巡洋艦ブルックリン、ナッシュヴィル、ホノルル、駆逐艦フレッチャー以下の2個駆逐隊で構成されている。
次に、左翼砲撃隊であるTG38.4.2が戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レナウン、軽巡洋艦クリーブランド、ケニア、ナイジェリア、
駆逐艦トライバル以下の2個駆逐隊で編成されている。
最後の右翼砲撃隊であるTG38.4.3は巡洋戦艦アラスカ、コンステレーション、重巡洋艦ロチェスター、オレゴンシティ、軽巡洋艦バッフォロー、
ポーツマス、駆逐艦ジョンストン以下の2個駆逐隊で編成され、それぞれが、前方に4隻、側面に2隻ずつの駆逐艦を展開させ、巡洋艦を先頭にした
単縦陣を形成して目標に迫りつつあった。
「司令、右翼砲撃隊がやや突出しております。速力26ノット」
「ふむ……リーチ艦長は手早く、右翼の要塞砲を無力化しようという腹だな」
「ふむ……リーチ艦長は手早く、右翼の要塞砲を無力化しようという腹だな」
ヴァルケンバーグはそう言いつつ、あまり無茶はしないでくれよと心中で呟いた。
艦隊速力は25ノットを保つように命じていたが、右翼隊は敵の砲撃が開始され、TG38.4.1に砲撃が集中する前に、敵の注意を
引き付けようと考えたのであろう。
各艦に搭載されていた観測機は既に発艦を終え、敵の沿岸要塞上空で旋回待機している。
敵は既に、こちらの接近に気が付いているはずだが、どういう訳か、砲をまだ撃ってはいない。
艦隊速力は25ノットを保つように命じていたが、右翼隊は敵の砲撃が開始され、TG38.4.1に砲撃が集中する前に、敵の注意を
引き付けようと考えたのであろう。
各艦に搭載されていた観測機は既に発艦を終え、敵の沿岸要塞上空で旋回待機している。
敵は既に、こちらの接近に気が付いているはずだが、どういう訳か、砲をまだ撃ってはいない。
「右翼隊、さらに増速します!速力27ノット!」
「……頃合いか」
「……頃合いか」
さらに報告を受け取ったヴァルケンバーグは、意を決し、命令を伝え始めた。
「上空の観測機に通信!照明弾投下はじめ!」
TG38.4.2に所属している軽巡洋艦クリーブランドの艦橋上で、ドーセットシャーから臨時に旗艦を移動したヘンリー・ハーウッド少将は、
敵の沿岸要塞の上空に照明弾の眩い光が発せられるのをしかと確認していた。
敵の沿岸要塞の上空に照明弾の眩い光が発せられるのをしかと確認していた。
「艦長!」
「ええ、遂にですな!」
「ええ、遂にですな!」
軽巡洋艦クリーブランド艦長、アーネスト・エヴァンス大佐は自信ありげな表情を浮かべつつ、艦内電話の受話器を握った。
「航海長!そろそだ、変針の準備をしておけ!」
「アイ・サー。いよいよですね!」
「アイ・サー。いよいよですね!」
受話器の向こう側にいるクリーブランド航海長、レルフト・ヴィレンスカヤ少佐が快活の良い声音でそう返してきた。
「ああそうだ。いよいよだ。カンザスシティの乗員達のためにも、この勝負、負けられんぞ」
「勿論です。レーミア湾の仇をシギアルで討つとはまさにこの事です。死力を尽くして艦長を補佐します!」
「おう、頼んだぞ!」
「勿論です。レーミア湾の仇をシギアルで討つとはまさにこの事です。死力を尽くして艦長を補佐します!」
「おう、頼んだぞ!」
エヴァンス艦長は部下の頼もしい発言に満足しながら受話器を置いた。
「……そういえば、艦長は巡洋艦の艦長として砲撃戦を指揮するのは、今回が初めてだったな」
「はい。元は駆逐艦乗りでしたからな。正直、クリーブランドの操艦にはまだ不安をぬぐえないですが」
「はい。元は駆逐艦乗りでしたからな。正直、クリーブランドの操艦にはまだ不安をぬぐえないですが」
ハーウッド少将はその言葉を聞くや、意外だと思ってしまった。
「インディアン艦長と呼ばれるほどの、勇猛な君にしては、随分と弱気な事を言うじゃないか」
「駆逐艦と巡洋艦では勝手が違いすぎますからな。まぁ……私には優秀な部下達が乗り込んでくれていたお陰で、この艦を何とか
使いこなす事が出来ましたが」
「駆逐艦と巡洋艦では勝手が違いすぎますからな。まぁ……私には優秀な部下達が乗り込んでくれていたお陰で、この艦を何とか
使いこなす事が出来ましたが」
エヴァンス艦長は苦笑しながら、クリーブランドの艦長に任命された時の事、そして、病院でヴィレンスカヤ航海長と出会った時を
思い出した。
思い出した。
アーネスト・エヴァンス大佐は、開戦時は駆逐艦ベンソンの艦長として最初は大西洋戦線に従軍し、42年からは太平洋戦線で機動部隊の
護衛任務などに従事した。
ネイティブアメリカンであるチェロキー族が祖先であるエヴァンスは、その積極果敢な姿勢と同時に、臨機応変な対応のできる士官として
実績を上げ続けた。
44年1月からはフレッチャー級駆逐艦ジョンストンの艦長に任ぜられ、その後のエルネイル上陸作戦や第1次レビリンイクル沖海戦では
機動部隊の護衛艦として活動し、翌年1月のレーミア湾沖海戦では味方の駆逐艦と共に敵駆逐艦部隊と交戦している。
この戦闘の最中、ジョンストンは艦橋付近に被弾し、エヴァンスを含めた艦橋要因の殆どが死傷するという最悪の事態に見舞われたが、
唯一生き残ったエヴァンスは、重傷の身であるにもかかわらず、衣服が破れ、血にまみれた半身を外気に晒しながらも、しっかりとした
口調で命令を発し続け、艦の指揮を執り続けた。
後に、その雄々しい姿は、彼を手当てしていた衛生兵から艦の乗員、そして、艦隊の各艦へと伝わっている。
この海戦で、ジョンストンは中波の損害を受け、乗員24名が戦死し、52名が負傷したものの、ジョンストンはエヴァンスの指揮の下で
敵駆逐艦1隻撃沈、1隻撃破、2隻損傷という戦果を挙げていた。
後に、エヴァンスの勇猛な指揮ぶりは本国でも取り上げられ、新聞には
護衛任務などに従事した。
ネイティブアメリカンであるチェロキー族が祖先であるエヴァンスは、その積極果敢な姿勢と同時に、臨機応変な対応のできる士官として
実績を上げ続けた。
44年1月からはフレッチャー級駆逐艦ジョンストンの艦長に任ぜられ、その後のエルネイル上陸作戦や第1次レビリンイクル沖海戦では
機動部隊の護衛艦として活動し、翌年1月のレーミア湾沖海戦では味方の駆逐艦と共に敵駆逐艦部隊と交戦している。
この戦闘の最中、ジョンストンは艦橋付近に被弾し、エヴァンスを含めた艦橋要因の殆どが死傷するという最悪の事態に見舞われたが、
唯一生き残ったエヴァンスは、重傷の身であるにもかかわらず、衣服が破れ、血にまみれた半身を外気に晒しながらも、しっかりとした
口調で命令を発し続け、艦の指揮を執り続けた。
後に、その雄々しい姿は、彼を手当てしていた衛生兵から艦の乗員、そして、艦隊の各艦へと伝わっている。
この海戦で、ジョンストンは中波の損害を受け、乗員24名が戦死し、52名が負傷したものの、ジョンストンはエヴァンスの指揮の下で
敵駆逐艦1隻撃沈、1隻撃破、2隻損傷という戦果を挙げていた。
後に、エヴァンスの勇猛な指揮ぶりは本国でも取り上げられ、新聞には
「インディアン艦長、瀕死になりながらも、奮戦の末に敵駆逐艦を撃沈」
という見出しが一面を飾るまでになった。
文字通り、身命を賭してレーミア湾海戦の勝利に貢献したエヴァンスであったが、彼は海戦終了後、病院船に収容され、1月末にはミスリアル王国内に
作られた海軍病院に収容され、そこで本国移送までの間、治療を受ける事となった。
この時、彼の隣のベッドに横たわっていたのが、現クリーブランド航海長……元は重巡洋艦カンザスシティ航海長を務めていたヴィレンスカヤ少佐であった。
ヴィレンスカヤ少佐は、ロシア系移民夫婦の息子として生まれたロシア系アメリカ人であり、開戦時には海軍省航海局の大尉として、
現太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ少将(当時)の下で働いていた。
当初は後方勤務であったヴィレンスカヤも、42年5月からは重巡洋艦アストリアの航海科将校として前線に勤務し始め、エヴァンス艦長同様、
太平洋戦線で行われた主要な海戦に参加し、多くの経験を積み重ねてきた。
44年9月には、少佐に昇進後、当時、最新鋭の重巡洋艦であったカンザスシティ(ボルチモア級重巡洋艦の改良型で準同型艦。カンザスシティ級
ともいわれている)の航海長に任ぜられ、同艦の航海科員達を存分に鍛え上げた。
艦長からは
文字通り、身命を賭してレーミア湾海戦の勝利に貢献したエヴァンスであったが、彼は海戦終了後、病院船に収容され、1月末にはミスリアル王国内に
作られた海軍病院に収容され、そこで本国移送までの間、治療を受ける事となった。
この時、彼の隣のベッドに横たわっていたのが、現クリーブランド航海長……元は重巡洋艦カンザスシティ航海長を務めていたヴィレンスカヤ少佐であった。
ヴィレンスカヤ少佐は、ロシア系移民夫婦の息子として生まれたロシア系アメリカ人であり、開戦時には海軍省航海局の大尉として、
現太平洋艦隊司令長官であるチェスター・ニミッツ少将(当時)の下で働いていた。
当初は後方勤務であったヴィレンスカヤも、42年5月からは重巡洋艦アストリアの航海科将校として前線に勤務し始め、エヴァンス艦長同様、
太平洋戦線で行われた主要な海戦に参加し、多くの経験を積み重ねてきた。
44年9月には、少佐に昇進後、当時、最新鋭の重巡洋艦であったカンザスシティ(ボルチモア級重巡洋艦の改良型で準同型艦。カンザスシティ級
ともいわれている)の航海長に任ぜられ、同艦の航海科員達を存分に鍛え上げた。
艦長からは
「君の指導ぶりは最高に素晴らしい。海軍大学の教官も君ほど上手くはないぞ」
と太鼓判を押されたほどであった。
ヴィレンスカヤも大いに自信を付け、レーミア湾海戦では、これ以上ないほどの準備万端で戦闘に臨んだ。
ヴィレンスカヤも大いに自信を付け、レーミア湾海戦では、これ以上ないほどの準備万端で戦闘に臨んだ。
だが……結果は残酷であった。
カンザスシティは敵巡洋艦に有効打を与えつつも、何故か敵巡洋艦部隊の集中射撃を受け、遂には撃沈されてしまったのだ。
ヴィレンスカヤ自信も重傷を負い、彼が手塩にかけて育ててきた優秀な航海科員も、ほぼ全滅状態という悲惨な状態であった。
カンザスシティは、レーミア湾沖海戦で艦長以下、戦死者298名、負傷者560名を出したうえ、沈没確実の損害を受け、海戦終了から1時間後に、
同艦はレーミア湾沖の海底に沈んでいった。
海軍に奉職して18年目で、ヴィレンスカヤは深い絶望感に囚われてしまった。
海戦から1週間後にはミスリアルにある海軍臨時病院に収容され、そこで治療を受けていたが、その隣にいたのが、後の上官となるエヴァンス艦長であった。
ヴィレンスカヤ自信も重傷を負い、彼が手塩にかけて育ててきた優秀な航海科員も、ほぼ全滅状態という悲惨な状態であった。
カンザスシティは、レーミア湾沖海戦で艦長以下、戦死者298名、負傷者560名を出したうえ、沈没確実の損害を受け、海戦終了から1時間後に、
同艦はレーミア湾沖の海底に沈んでいった。
海軍に奉職して18年目で、ヴィレンスカヤは深い絶望感に囚われてしまった。
海戦から1週間後にはミスリアルにある海軍臨時病院に収容され、そこで治療を受けていたが、その隣にいたのが、後の上官となるエヴァンス艦長であった。
2月10日には、より設備の整ったサンディエゴ海軍病院に移送されたが、その時、偶然にも2人は同じ病院、そして、その隣のベッドに寝かされる事となった。
当初は、エヴァンスとヴィレンスカヤは最小限の会話しかしなかったが、やがて、互いにレーミア湾海戦に参加したことがわかると、次第に会話が増えていった。
特に、失意に暮れていたヴィレンスカヤは、エヴァンスの励ましもあって、徐々に気持ちを取り戻していき、遂には前線復帰を熱望するまでになった。
そして、いつの間にか、2人の海軍士官は、これまでに積み重ねてきた経験を基に、どうすれば艦を運用できるか、どれほどの戦闘に対応できるかなど、
盛んに議論を重ねるまでになり、気が付けば、深い信頼関係を築くまでになっていた。
また、見舞客が来たときも、2人は互いを友人や家族に紹介し合い、楽しく会話する事も多くなった。
そんな中、ヴィレンスカヤは45年6月に、先に海軍病院を退院した。
一方で、エヴァンスはその時まで傷が完治していなかったため、まだ入院中であったが、ヴィレンスカヤが退院するときは
当初は、エヴァンスとヴィレンスカヤは最小限の会話しかしなかったが、やがて、互いにレーミア湾海戦に参加したことがわかると、次第に会話が増えていった。
特に、失意に暮れていたヴィレンスカヤは、エヴァンスの励ましもあって、徐々に気持ちを取り戻していき、遂には前線復帰を熱望するまでになった。
そして、いつの間にか、2人の海軍士官は、これまでに積み重ねてきた経験を基に、どうすれば艦を運用できるか、どれほどの戦闘に対応できるかなど、
盛んに議論を重ねるまでになり、気が付けば、深い信頼関係を築くまでになっていた。
また、見舞客が来たときも、2人は互いを友人や家族に紹介し合い、楽しく会話する事も多くなった。
そんな中、ヴィレンスカヤは45年6月に、先に海軍病院を退院した。
一方で、エヴァンスはその時まで傷が完治していなかったため、まだ入院中であったが、ヴィレンスカヤが退院するときは
「退院おめでとう。もし前線に出ても、必ず生還するんだぞ。妹のエレナさんだったかな?彼女を悲しませんためにも、必ず、生き残れよ」
と、熱いエールを送った。
それに対して、ヴィレンスカヤも
それに対して、ヴィレンスカヤも
「勿論、死ぬつもりはありません。私も、中佐の1日も早い復帰を願っております。私も生き残りますから、中佐も必ず、生き延びてください。
インディアン艦長の前線復帰を待ってますよ」
インディアン艦長の前線復帰を待ってますよ」
と、これまた粋な言葉をエヴァンスに送った。
その後、45年7月中旬に退院したエヴァンスは、しばらく待命状態にあったが、8月1日付けで大佐に昇進と同時に、軽巡洋艦クリーブランド艦長に任命された。
元々、駆逐艦しか乗ってこなかったエヴァンスは、今度もまた、駆逐艦に乗るであろうと思っていたが、予想に反して、海軍上層部は、エヴァンスを
巡洋艦の艦長に任命したのだ。
元々、駆逐艦しか乗ってこなかったエヴァンスは、今度もまた、駆逐艦に乗るであろうと思っていたが、予想に反して、海軍上層部は、エヴァンスを
巡洋艦の艦長に任命したのだ。
仰天した彼は海軍航海局に問い合わせたところ
「貴官の戦績は優秀であり、操艦術も際立っている。その貴官を駆逐艦だけに乗せ続けるのは忍びないと判断し、検討の結果、艦長の異動が決定した
巡洋艦クリーブランドの新艦長として、貴官を選任した次第だ。歴戦の貴官ならば、同じく、歴戦の戦乙女であるクリーブランドをそつなく乗りこなせるだろう。
これは、決定事項である」
巡洋艦クリーブランドの新艦長として、貴官を選任した次第だ。歴戦の貴官ならば、同じく、歴戦の戦乙女であるクリーブランドをそつなく乗りこなせるだろう。
これは、決定事項である」
という返事がもたらされた為、エヴァンスは内心不本意ながらも、巡洋艦クリーブランド艦長を拝命する事にした。
その後、クリーブランドが停泊しているレンベルリカ領ジヴェスコルグ港に移動し、正式にクリーブランド艦長として前線復帰を果たした。
そして、艦長交代式の際に、エヴァンスはある人物と、予想外の再会を果たす事となった。
その後、クリーブランドが停泊しているレンベルリカ領ジヴェスコルグ港に移動し、正式にクリーブランド艦長として前線復帰を果たした。
そして、艦長交代式の際に、エヴァンスはある人物と、予想外の再会を果たす事となった。
「軽巡洋艦クリーブランド航海長を務めます、レルフト・ヴィレンスカヤ少佐であります」
「……エヴァンスだ。よろしく頼むぞ」
「……エヴァンスだ。よろしく頼むぞ」
この時、2人の海軍士官は、互いに力強い握手を交わした。
クリーブランドの主要幹部は、ヴィレンスカヤ航海長の他に、副長のメルビー・ウォーレンス中佐と、砲術長のエリント・ハルヴェット少佐がおり、
砲術長はエヴァンス同様、他艦からの移動組だが、彼もまた、開戦時には駆逐艦リヴァモアの砲術長として、中盤からは同じく、クリーブランド級
軽巡洋艦ビロクシーの砲術長として数々の海戦を戦い抜いたベテランであり、副長はクリーブランドが就役して以来、同艦で経験を積んだ古強者である。
クリーブランドに着任してからしばらくの間は、不慣れな面も多々あったものの、ウォーレンス副長やヴィレンスカヤ航海長、ハルヴェット砲術長の
的確な補佐のお陰もあって、着任から1か月が経つ頃には、クリーブランドの操艦をそつなくこなすまでに成長していた。
クリーブランドの幹部面々からは、もはや言う事なしと言われるまでに上達したのは確かであった。
クリーブランドの主要幹部は、ヴィレンスカヤ航海長の他に、副長のメルビー・ウォーレンス中佐と、砲術長のエリント・ハルヴェット少佐がおり、
砲術長はエヴァンス同様、他艦からの移動組だが、彼もまた、開戦時には駆逐艦リヴァモアの砲術長として、中盤からは同じく、クリーブランド級
軽巡洋艦ビロクシーの砲術長として数々の海戦を戦い抜いたベテランであり、副長はクリーブランドが就役して以来、同艦で経験を積んだ古強者である。
クリーブランドに着任してからしばらくの間は、不慣れな面も多々あったものの、ウォーレンス副長やヴィレンスカヤ航海長、ハルヴェット砲術長の
的確な補佐のお陰もあって、着任から1か月が経つ頃には、クリーブランドの操艦をそつなくこなすまでに成長していた。
クリーブランドの幹部面々からは、もはや言う事なしと言われるまでに上達したのは確かであった。
とはいえ、水上砲雷撃戦を行うのは実に11か月ぶりである。
駆逐艦とは違い、勝手の違う巡洋艦で満足に任務をこなせるか否かはいまだに分からなかった。
駆逐艦とは違い、勝手の違う巡洋艦で満足に任務をこなせるか否かはいまだに分からなかった。
「ご期待にお応えできるよう、努力いたします」
「……期待しているぞ、艦長」
「……期待しているぞ、艦長」
ハーウッドは、エヴァンスにそう語りかけたあと、そのまま前を見据え続けた。
「司令……CICで指揮を執られてはいかがです?万が一の時もあります」
エヴァンスは念のため、ハーウッドに聞いてみた。
「いや。私はここで戦隊の指揮を執る。どうも、あの空間は窮屈でかなわんからな」
ハーウッドはそう言うなり、エヴァンスに微笑んだ。
「それに、砲戦の指揮を執るなら、ここが良い。CICに居ても、死ぬときは死ぬのだからな」
「おっしゃる通りです」
「おっしゃる通りです」
そこに旗艦から命令が伝えられた。
「ヴァルキリー3より通信!戦隊針路230度!」
「了解。ヴォールク1より各艦へ、戦隊針路230度!」
「了解。ヴォールク1より各艦へ、戦隊針路230度!」
ヴァルキリー3こと、TG38.4.2旗艦プリンス・オブ・ウェールズより伝えられた命令が各艦に伝達されていく。
「航海長!変針、針路230度、取り舵いっぱい!」
「針路230度、取り舵一杯、アイ・サー!」
「針路230度、取り舵一杯、アイ・サー!」
受話器越しにヴィレンスカヤ航海長の張りの良い声音が響く。
この時、前衛駆逐艦は目標である敵の沿岸要塞まで距離14000メートル。クリーブランドは15000メートルまで接近していた。
敵がいつ発砲してもおかしくない距離だが、敵は依然として沈黙を保っている。
やがて、クリーブランドの艦体がするすると回頭し始めた。
それまで、沿岸要塞に艦首から突き進む形で進んでいたクリーブランドは、回頭によって側面を晒す形になっていく。
基準排水量10000トンの艦体は、駆逐艦に比べると旋回速度は重い物の、曲がり出せば思いのほか早く回頭していく。
この時、前衛駆逐艦は目標である敵の沿岸要塞まで距離14000メートル。クリーブランドは15000メートルまで接近していた。
敵がいつ発砲してもおかしくない距離だが、敵は依然として沈黙を保っている。
やがて、クリーブランドの艦体がするすると回頭し始めた。
それまで、沿岸要塞に艦首から突き進む形で進んでいたクリーブランドは、回頭によって側面を晒す形になっていく。
基準排水量10000トンの艦体は、駆逐艦に比べると旋回速度は重い物の、曲がり出せば思いのほか早く回頭していく。
「各艦へ。右砲戦、目標……右舷方向の沿岸要塞」
ハーウッドの新たな命令が下ると、エヴァンスも頷き、命令を伝達していく。
「砲術長!主砲、右砲戦。目標、右舷方向の沿岸要塞。距離、15000!」
「右砲戦。目標、右舷方向の沿岸要塞、距離15000、アイ・サー!」
「右砲戦。目標、右舷方向の沿岸要塞、距離15000、アイ・サー!」
ハルヴェット砲術長は命令を受けるや、クリーブランドの主砲を目標に指向させ始める。
艦の前部と後部に設置された54口径6インチ3連装砲4基12門は、駆動音を発しながら右舷側に指向される。
ブルックリン級の6インチ砲と比べて、より長くなった長砲身砲が指向され、砲身の1本1本が上下し、狙いを定めていく。
上空に灯っていた照明弾が海面、または地上に落下し、沿岸要塞が真っ暗闇に包まれる。
エヴァンスはすぐに、観測機が代わりの照明弾を落とすと確信していたが、その時、沿岸要塞の一角から小さな発砲炎が見えた。
艦の前部と後部に設置された54口径6インチ3連装砲4基12門は、駆動音を発しながら右舷側に指向される。
ブルックリン級の6インチ砲と比べて、より長くなった長砲身砲が指向され、砲身の1本1本が上下し、狙いを定めていく。
上空に灯っていた照明弾が海面、または地上に落下し、沿岸要塞が真っ暗闇に包まれる。
エヴァンスはすぐに、観測機が代わりの照明弾を落とすと確信していたが、その時、沿岸要塞の一角から小さな発砲炎が見えた。
「敵陣より発砲炎!」
見張りの報告が響いた直後、艦隊の上空に幾つもの青白い光が煌めいた。
「上空に照明弾!」
その刹那、沿岸要塞があると思しき場所から多数の発砲炎が灯った。
「敵陣よりさらに発砲!」
「ヴァルキリー3より各戦隊へ、砲撃開始!」
「ヴァルキリー3より各戦隊へ、砲撃開始!」
無線機のマイク越しに、プリンス・オブ・ウェールズから命令が伝えられた。
それを聞いたハーウッドがすかさず命令を飛ばす。
それを聞いたハーウッドがすかさず命令を飛ばす。
「各艦、砲撃開始!」
その命令を、エヴァンスは砲術長に伝える。
3秒後、クリーブランドの主砲が火を噴いた。
夜目にも鮮やかな発砲炎が艦前部と艦後方に煌めき、6インチ砲弾が各砲塔の1番砲から勢い良く弾き出される。
5秒後、敵弾が落下してきた。
クリーブランドの右舷側400メートルほどの海面に幾つもの水柱が吹き上がった。
3秒後、クリーブランドの主砲が火を噴いた。
夜目にも鮮やかな発砲炎が艦前部と艦後方に煌めき、6インチ砲弾が各砲塔の1番砲から勢い良く弾き出される。
5秒後、敵弾が落下してきた。
クリーブランドの右舷側400メートルほどの海面に幾つもの水柱が吹き上がった。
「敵の砲撃です!」
「後方のケニア、ナイジェエリアも砲撃を受けています!」
「ヴァルキリー3、4、砲撃始めました!」
「後方のケニア、ナイジェエリアも砲撃を受けています!」
「ヴァルキリー3、4、砲撃始めました!」
敵弾落下の情報が伝わると同時に、後方に占位する2隻の戦艦、巡戦も主砲を放ったようだ。
「ヴォールク2発砲!続けてヴォールク3も発砲を開始しました!」
「前衛の駆逐艦部隊も発砲を開始しました!」
「前衛の駆逐艦部隊も発砲を開始しました!」
先ほどの照明弾落下が合図であったかのように、アメリカ、シホールアンル両軍は全部隊が交戦を開始していた。
「第1射、弾着!すべて遠弾です!」
見張りの報告を聞きつつ、エヴァンスは砲術長の腕を頼りに戦況を見守り続ける。
敵陣からも発砲があるが、特に、陸地に近い台形状の作りになっている沿岸陣地の砲撃は激しい。
恐らく、その辺りに多数の野砲を敷き並べ、盛んに砲撃を行っているのであろう。
クリーブランドの照準は、偶然にも、最初からその野砲陣地の付近に向けられていた。
目くるめく発砲炎を頼りに、クリーブランドは4基12門の砲をその野砲陣地に向け直した。
敵弾が、今度は艦の左舷方向に落下してきた。
敵陣からも発砲があるが、特に、陸地に近い台形状の作りになっている沿岸陣地の砲撃は激しい。
恐らく、その辺りに多数の野砲を敷き並べ、盛んに砲撃を行っているのであろう。
クリーブランドの照準は、偶然にも、最初からその野砲陣地の付近に向けられていた。
目くるめく発砲炎を頼りに、クリーブランドは4基12門の砲をその野砲陣地に向け直した。
敵弾が、今度は艦の左舷方向に落下してきた。
「敵弾落下!左舷方向に水柱10以上!」
「プリンス・オブ・ウェールズ、レナウンの付近に弾着あり!要塞砲の砲撃を受けている模様!」
「中央隊、北方隊も交戦を開始した模様です!」
「プリンス・オブ・ウェールズ、レナウンの付近に弾着あり!要塞砲の砲撃を受けている模様!」
「中央隊、北方隊も交戦を開始した模様です!」
様々な報告が艦橋に送られる中、クリーブランドは第2射を放った。
直後、野砲陣地からも砲撃が行われ、それがクリーブランドの周囲に落下してきた。
ケニア、ナイジェリアも交互打ち方を繰り返している。
直後、野砲陣地からも砲撃が行われ、それがクリーブランドの周囲に落下してきた。
ケニア、ナイジェリアも交互打ち方を繰り返している。
「左舷方向に弾着!」
「右舷方向に弾着あり!」
「右舷方向に弾着あり!」
見張りの声を聞いたエヴァンスは、クリーブランドを狙っていた砲兵陣地が、遂にクリーブランドを捕捉したと確信していた。
「第2射弾着!敵陣地に火災発生!」
それを聞いたエヴァンスは、微かに頷いた。
「砲術長!斉射に入れ!かっ飛ばせ!!」
「アイ・サー!」
「アイ・サー!」
エヴァンスは半ば乱暴な口調で命令を伝えた。
砲術長も待ってましたとばかりにそう返事し、クリーブランドは斉射に移行するため、しばし沈黙する。
その間、野砲陣地の砲撃が続けられる。
どういう訳か、敵野砲陣地はクリーブランドに的を絞ったのか、飛来してくる敵弾の数が急に増えた。
砲術長も待ってましたとばかりにそう返事し、クリーブランドは斉射に移行するため、しばし沈黙する。
その間、野砲陣地の砲撃が続けられる。
どういう訳か、敵野砲陣地はクリーブランドに的を絞ったのか、飛来してくる敵弾の数が急に増えた。
「左舷方向に弾着!水柱20確認!」
「右舷方向に水柱20、いや、30確認!集中射撃です!」
「右舷方向に水柱20、いや、30確認!集中射撃です!」
それを聞いたハーウッドは、思わず目を丸くしてしまった。
「おいおい……かなりの数の野砲がこっちを狙ってるようだが」
「クリーブランド級やブルックリン級は、シホットの連中にとって悪魔同然の存在です。正体が判明すればこうなることは分かっていました」
「クリーブランド級やブルックリン級は、シホットの連中にとって悪魔同然の存在です。正体が判明すればこうなることは分かっていました」
エヴァンスは覚悟を決めたようにそう言い放った。
「ただし……我々はやられるつもりなぞ、毛頭ありませんがね」
直後、クリーブランドの右舷側方向が真っ赤に染まる。
12門の6インチ砲が斉射を開始した瞬間であった。
TG38.4.2所属の巡洋艦部隊旗艦を務めるヴォールク1こと、クリーブランドには、4つある砲兵陣地のうち、3つまでもが、持てるだけの砲を
指向して盛んに撃ちまくっていた。
沿岸要塞の第1陣地帯(米側は左翼陣地と呼んでいる)には、13ネルリ要塞砲5門に、陸軍より分派された1個砲兵連隊(4個砲兵大隊)そして、
中口径要塞砲が20門配備されている。
要塞砲は敵艦列の後方にいる戦艦2隻を狙い、中口径要塞砲と砲兵連隊は巡洋艦、駆逐艦を狙っていたが、敵艦列の先頭がクリーブランド級軽巡と
わかるや、砲兵連隊は大半の砲をクリーブランド級に向け、集中砲火を浴びせ始めた。
砲兵連隊の指揮官は、見える敵巡洋艦の中で、最も早い発射速度を誇るクリーブランド級が最大の脅威であるとみなしたのである。
指揮下にある砲兵4個大隊のうち、3個大隊計64門の野砲がクリーブランド級に向けられ、敵艦の真横、並びに艦首方向、そして、やや右斜めの
3方向から猛然と放たれる。
砲兵隊の指揮官は、これでクリーブランド級も早々に黙らせられると確信していた。
だが、その時には、目標としていた敵クリーブランド級も斉射を放っていた。
真っ先に狙われたのは、敵艦の真横に位置していた第3大隊の野砲陣地であった。
12門の6インチ砲が斉射を開始した瞬間であった。
TG38.4.2所属の巡洋艦部隊旗艦を務めるヴォールク1こと、クリーブランドには、4つある砲兵陣地のうち、3つまでもが、持てるだけの砲を
指向して盛んに撃ちまくっていた。
沿岸要塞の第1陣地帯(米側は左翼陣地と呼んでいる)には、13ネルリ要塞砲5門に、陸軍より分派された1個砲兵連隊(4個砲兵大隊)そして、
中口径要塞砲が20門配備されている。
要塞砲は敵艦列の後方にいる戦艦2隻を狙い、中口径要塞砲と砲兵連隊は巡洋艦、駆逐艦を狙っていたが、敵艦列の先頭がクリーブランド級軽巡と
わかるや、砲兵連隊は大半の砲をクリーブランド級に向け、集中砲火を浴びせ始めた。
砲兵連隊の指揮官は、見える敵巡洋艦の中で、最も早い発射速度を誇るクリーブランド級が最大の脅威であるとみなしたのである。
指揮下にある砲兵4個大隊のうち、3個大隊計64門の野砲がクリーブランド級に向けられ、敵艦の真横、並びに艦首方向、そして、やや右斜めの
3方向から猛然と放たれる。
砲兵隊の指揮官は、これでクリーブランド級も早々に黙らせられると確信していた。
だが、その時には、目標としていた敵クリーブランド級も斉射を放っていた。
真っ先に狙われたのは、敵艦の真横に位置していた第3大隊の野砲陣地であった。
第1斉射弾を放ってから、きっかり6秒後に第2斉射が撃ち放たれる。
そのまた6秒後には第3斉射弾が、12門の砲身から轟然と弾き出された。
第3大隊に12発ずつの6インチ砲弾が降り注ぎ始めた。
弾着のたびに野砲が吹き飛ばされ、砲を操作していた兵員も共に叩き潰される。
別の砲では、6インチ弾の炸裂を至近で受けた兵が微塵に吹き飛び、同時に高く積み上げられていた弾薬が誘爆を起こして夜目にも鮮やかな爆炎が吹き上がる。
残った砲は果敢にクリーブランド級へ砲撃を続ける。
敵の砲弾がクリーブランドの周囲に降り注ぐ。唐突に、2度の異音が鳴ると同時に爆発音が艦橋内に響いた。
そのまた6秒後には第3斉射弾が、12門の砲身から轟然と弾き出された。
第3大隊に12発ずつの6インチ砲弾が降り注ぎ始めた。
弾着のたびに野砲が吹き飛ばされ、砲を操作していた兵員も共に叩き潰される。
別の砲では、6インチ弾の炸裂を至近で受けた兵が微塵に吹き飛び、同時に高く積み上げられていた弾薬が誘爆を起こして夜目にも鮮やかな爆炎が吹き上がる。
残った砲は果敢にクリーブランド級へ砲撃を続ける。
敵の砲弾がクリーブランドの周囲に降り注ぐ。唐突に、2度の異音が鳴ると同時に爆発音が艦橋内に響いた。
「後部甲板に被弾!損傷軽微!」
「右舷中央部付近に着弾!3番機銃座損傷!」
「航海長!面舵10度!敵野砲の狙いをずらす!」
「右舷中央部付近に着弾!3番機銃座損傷!」
「航海長!面舵10度!敵野砲の狙いをずらす!」
エヴァンスは咄嗟に航海長へ命じた。
「面舵10度、アイ・サー!」
ヴィレンスカヤ航海長もエヴァンスの意図を汲み取り、クリーブランドの針路を変更し始めた。
「艦長、艦の針路を変更しては砲の照準が狂うと思うが」
「それは承知の上です」
「それは承知の上です」
ハーウッドに対して、エヴァンスは顔を向け、真剣な眼差しで見据えながら答えた。
「そのために、修正射の訓練も入念に積んでおります」
「……よろしい。好きにやりたまえ」
「……よろしい。好きにやりたまえ」
エヴァンスの自信に満ちた口調に、ハーウッドはクリーブランドのクルー達を信じる事にした。
敵の野砲弾がまたもや降り注ぎ、3度の衝撃がクリーブランドに伝わる。
直後、クリーブランドは右に舵を切り始めた。
艦首は右に振られていくが、急回頭ではなく、どちらかというと緩やかに回っている感じである。
クリーブランドは徐々に回頭しつつも、第6斉射を撃ち放った。
その直後、敵の砲弾も着弾してきた。
敵の野砲弾がまたもや降り注ぎ、3度の衝撃がクリーブランドに伝わる。
直後、クリーブランドは右に舵を切り始めた。
艦首は右に振られていくが、急回頭ではなく、どちらかというと緩やかに回っている感じである。
クリーブランドは徐々に回頭しつつも、第6斉射を撃ち放った。
その直後、敵の砲弾も着弾してきた。
「敵弾落下!左舷方向です!」
「右舷方向に敵弾落下せず!」
「右舷方向に敵弾落下せず!」
クリーブランドの変針に気が付かなかった敵野砲陣地の将兵は、発射した砲弾が全て外れ弾となった事に歯噛みした。
その一方で、クリーブランドの放った砲弾も敵野砲陣地を外れてしまった。
エヴァンスは頃合い良しとばかりに、舵を修正し、再び艦を直進させる。
その間、砲術科員はすぐに砲の向きを修正し、新たな斉射弾を放った。
この第7斉射も外れとなったが、位置は第6斉射弾が落下したところよりもかなり近い。
ハルヴェット砲術長は新たに砲の向きを修正させる。
程なくして、測的が終わる。
第8斉射弾が12門の砲から放たれ、12発の6インチ砲弾が弧を描いて敵野砲陣地に落下する。
斉射弾が弾着するや、野砲陣地にまたもや爆炎が上がり、同時に砲身と思しき物が吹き上がる様子も確認できた。
その一方で、クリーブランドの放った砲弾も敵野砲陣地を外れてしまった。
エヴァンスは頃合い良しとばかりに、舵を修正し、再び艦を直進させる。
その間、砲術科員はすぐに砲の向きを修正し、新たな斉射弾を放った。
この第7斉射も外れとなったが、位置は第6斉射弾が落下したところよりもかなり近い。
ハルヴェット砲術長は新たに砲の向きを修正させる。
程なくして、測的が終わる。
第8斉射弾が12門の砲から放たれ、12発の6インチ砲弾が弧を描いて敵野砲陣地に落下する。
斉射弾が弾着するや、野砲陣地にまたもや爆炎が上がり、同時に砲身と思しき物が吹き上がる様子も確認できた。
「よし!素晴らしい腕前だ!」
エヴァンスは拳を握り締めながら、砲術科員に賛辞の言葉を贈る。
弾着が正確になるまでは、12秒置きに放たれていた斉射だが、第8斉射弾が放たれた後は、再び急斉射を開始した。
ブルックリン・ジャブと由来される中口径砲弾の速射が遺憾なく発揮され、敵砲兵陣地は6秒置きに使える砲が減少していく。
敵野砲も反撃するのだが、針路を変更したクリーブランドに対して命中弾を出せないでいた。
また、前衛の駆逐艦部隊が、クリーブランドを砲撃する別の野砲陣地に対して援護射撃を開始した。
4隻のトライバル級駆逐艦は、5インチ砲を撃ちまくって砲兵陣地の制圧を試みるが、敵側も要塞砲の一部を駆逐艦に向け、これに応戦した。
そこを、ヴォールク2、ヴォールク3こと、ケニア、ナイジェリアがそれぞれ12門の6インチ砲を用いて要塞砲の制圧にかかる。
ケニア、ナイジェリアは、クリーブランドほどの速射性能を持っていないが、それでも10秒から12置きに12発ずつの6インチ弾を撃ち放つため、
その投射弾量はクリーブランドに迫るものがある。
2隻の軽巡は、駆逐艦部隊を掩護するため、計24門の主砲をもって要塞砲を1つ、また1つと叩き潰していった。
クリーブランドが第15斉射を放つと、敵野砲陣地は最後の野砲を吹き飛ばされ、完全に沈黙した。
弾着が正確になるまでは、12秒置きに放たれていた斉射だが、第8斉射弾が放たれた後は、再び急斉射を開始した。
ブルックリン・ジャブと由来される中口径砲弾の速射が遺憾なく発揮され、敵砲兵陣地は6秒置きに使える砲が減少していく。
敵野砲も反撃するのだが、針路を変更したクリーブランドに対して命中弾を出せないでいた。
また、前衛の駆逐艦部隊が、クリーブランドを砲撃する別の野砲陣地に対して援護射撃を開始した。
4隻のトライバル級駆逐艦は、5インチ砲を撃ちまくって砲兵陣地の制圧を試みるが、敵側も要塞砲の一部を駆逐艦に向け、これに応戦した。
そこを、ヴォールク2、ヴォールク3こと、ケニア、ナイジェリアがそれぞれ12門の6インチ砲を用いて要塞砲の制圧にかかる。
ケニア、ナイジェリアは、クリーブランドほどの速射性能を持っていないが、それでも10秒から12置きに12発ずつの6インチ弾を撃ち放つため、
その投射弾量はクリーブランドに迫るものがある。
2隻の軽巡は、駆逐艦部隊を掩護するため、計24門の主砲をもって要塞砲を1つ、また1つと叩き潰していった。
クリーブランドが第15斉射を放つと、敵野砲陣地は最後の野砲を吹き飛ばされ、完全に沈黙した。
「右舷側方の野砲陣地沈黙!壊滅した模様!」
見張りの声が響いた直後、敵野砲弾が落下し、新たに命中弾炸裂の衝撃と轟音が艦を軋ませた。
「取り舵10度!」
エヴァンスはすかさず変針を命じた。
流石に、敵野砲陣地も狙いを修正してきたようだ。
弾着が再び正確になっている。
弾着が再び正確になっている。
「クリーブランドが針路を変えて5分と経たぬうちに命中弾を出すとは……敵の砲兵隊も腕利きが揃っているようだな」
ハーウッドが驚くような言葉を漏らす。
「私も驚いています。流石に首都防衛を任されているだけあって、腕は一流のようです。とはいえ」
エヴァンスは前方に顔を向けながら、ハーウッドにそう言い放った。
「このクリーブランドにも、数々の激戦を潜り抜けてきた一流の船乗りが集っております。どちらの一流が勝っているか、はっきりとさせましょう」
エヴァンスはそう言い終えると、新たな命令を発した。
「主砲、右砲戦!目標、右舷前方の敵野砲陣地。距離14000、撃ち方用意!」
エヴァンスの命令が発せられるや、壊滅した野砲陣地に向いていた12門の6インチ砲が、新たな目標に砲身を向けていく。
砲兵陣地からは、間断無く砲弾が発射され、クリーブランドの至近に幾度となく砲弾が落下する。
後部甲板に新たな1発が命中し、火災が発生するが、エヴァンスはダメコン班に対処指示を飛ばし、被害の拡大を抑えようとする。
上空の観測機から投下された新たな照明弾が煌めくと同時に、敵野砲陣地からも照明弾が打ち上げられ、アメリカ、シホールアンル軍双方は、
互いに照らし合いながら激戦を繰り広げていく。
敵の砲弾が飛来する直前になって、クリーブランドの艦首が回り始める。
その刹那、艦首右舷側付近の海面に水柱が吹き上がった。
それに倣うように、ドカドカと砲弾が落下してくるが、今度は、敵弾の大半は右舷側海面に着弾し、4、5発の砲弾だけが左舷側付近に落下していた。
砲兵陣地からは、間断無く砲弾が発射され、クリーブランドの至近に幾度となく砲弾が落下する。
後部甲板に新たな1発が命中し、火災が発生するが、エヴァンスはダメコン班に対処指示を飛ばし、被害の拡大を抑えようとする。
上空の観測機から投下された新たな照明弾が煌めくと同時に、敵野砲陣地からも照明弾が打ち上げられ、アメリカ、シホールアンル軍双方は、
互いに照らし合いながら激戦を繰り広げていく。
敵の砲弾が飛来する直前になって、クリーブランドの艦首が回り始める。
その刹那、艦首右舷側付近の海面に水柱が吹き上がった。
それに倣うように、ドカドカと砲弾が落下してくるが、今度は、敵弾の大半は右舷側海面に着弾し、4、5発の砲弾だけが左舷側付近に落下していた。
「艦長!回頭中でありますが、威嚇がてらに砲撃します!」
「よし、やれ!」
「よし、やれ!」
エヴァンスは砲術長に同意し、発砲を許可した。
回頭中の砲撃は精度が落ちるため、命中は望めない。
だが、それは相手も機動している海戦での話であり、相手が動かない地上目標なら、問題もある程度緩和される。
クリーブランドが放った第1射弾は全て外れ弾となったが、その位置は敵陣地からかなり近かった。
敵の砲弾も落下してくるが、弾着は完全に右舷側海面に固まっており、クリーブランドを叩く砲弾は1発もなかった。
だが、それは相手も機動している海戦での話であり、相手が動かない地上目標なら、問題もある程度緩和される。
クリーブランドが放った第1射弾は全て外れ弾となったが、その位置は敵陣地からかなり近かった。
敵の砲弾も落下してくるが、弾着は完全に右舷側海面に固まっており、クリーブランドを叩く砲弾は1発もなかった。
「舵戻せ!直進!」
「舵修正、直進!アイ・サー!」
「舵修正、直進!アイ・サー!」
エヴァンスが指示を飛ばし、それを航海長が受け取り、すかさず部下達に命令を飛ばす。
クリーブランドの航海科員達は機械さながらの的確さで艦を操っていく。
艦は直進に戻り、12門の主砲は新たな目標に向けて修正射を叩き込もうとしていた。
クリーブランドの航海科員達は機械さながらの的確さで艦を操っていく。
艦は直進に戻り、12門の主砲は新たな目標に向けて修正射を叩き込もうとしていた。
「第2射行きます!余裕が無いので斉射を行います!」
「任せる!」
「任せる!」
ハルヴェット砲術長の言葉を聞いたエヴァンスは即座に許可し、砲撃を再開させる。
12門の54口径6インチ砲が咆哮し、その衝撃が基準排水量10000トンの艦体を揺さぶる。
クリーブランドは、艦の大きさなら前級のブルックリン級を凌駕するが、12門の6インチ砲はブルックリン級にも勝るとも劣らぬ砲声を発し、
その強烈な衝撃は、前級から砲が3門減ったとは思えぬほどに、艦体をびりびりと揺らしていた。
第2斉射弾は、過たず、敵砲兵陣地に着弾した。
着弾の瞬間、台形状の敵陣地に閃光が煌めき、その直後、無数の破片が爆炎と共に吹き上がるのが確認できた。
第2斉射からきっかり6秒後に、次の斉射弾が放たれる。
そして、第4斉射、第5斉射、第6斉射と、クリーブランドは容赦なく砲弾を放ち続ける。
敵砲兵陣地はみるみる内に着弾の渦に包みこまれ、交戦開始前は20門以上の砲を敷き並べていたのにもかかわらず、クリーブランドが主砲を
撃ち始めてからは、使用可能な野砲は半数にまで撃ち減らされていた。
しかし、敵もただやられている訳ではなかった。
第7斉射弾が放たれると同時に、新たな被弾がクリーブランドに降り注ぐ。
その瞬間、艦橋のスリットガラスにオレンジ色の光が灯ったと思いきや、爆裂音と共に、艦橋部分に無数の破片が突き当たった。
これまでに感じた事のない強い衝撃に、エヴァンスは艦の重要部位をやられてしまったのかと思った。
12門の54口径6インチ砲が咆哮し、その衝撃が基準排水量10000トンの艦体を揺さぶる。
クリーブランドは、艦の大きさなら前級のブルックリン級を凌駕するが、12門の6インチ砲はブルックリン級にも勝るとも劣らぬ砲声を発し、
その強烈な衝撃は、前級から砲が3門減ったとは思えぬほどに、艦体をびりびりと揺らしていた。
第2斉射弾は、過たず、敵砲兵陣地に着弾した。
着弾の瞬間、台形状の敵陣地に閃光が煌めき、その直後、無数の破片が爆炎と共に吹き上がるのが確認できた。
第2斉射からきっかり6秒後に、次の斉射弾が放たれる。
そして、第4斉射、第5斉射、第6斉射と、クリーブランドは容赦なく砲弾を放ち続ける。
敵砲兵陣地はみるみる内に着弾の渦に包みこまれ、交戦開始前は20門以上の砲を敷き並べていたのにもかかわらず、クリーブランドが主砲を
撃ち始めてからは、使用可能な野砲は半数にまで撃ち減らされていた。
しかし、敵もただやられている訳ではなかった。
第7斉射弾が放たれると同時に、新たな被弾がクリーブランドに降り注ぐ。
その瞬間、艦橋のスリットガラスにオレンジ色の光が灯ったと思いきや、爆裂音と共に、艦橋部分に無数の破片が突き当たった。
これまでに感じた事のない強い衝撃に、エヴァンスは艦の重要部位をやられてしまったのかと思った。
「前部甲板に被弾!火災発生!」
「右舷1番両用砲損傷!火災発生!」
「右舷1番両用砲損傷!火災発生!」
その知らせを聞いたエヴァンスは、一瞬だけ表情を歪めた。
敵の砲兵部隊は、クリーブランドが変針したにもかかわらず、短時間で狙いを修正し、砲弾を当ててきたのだ。
この被弾で右舷の5インチ連装両用砲1基が全壊し、艦首甲板にも穴を穿たれ、火災が発生している。
時間は午前6時40分を過ぎたところであり、空も明るみ始めているが、それでもまだ暗く、夜は完全に終わってはいない。
そこに火災が発生したのでは、敵に格好の射撃目標を与えてしまうことになる。
敵の砲兵部隊は、クリーブランドが変針したにもかかわらず、短時間で狙いを修正し、砲弾を当ててきたのだ。
この被弾で右舷の5インチ連装両用砲1基が全壊し、艦首甲板にも穴を穿たれ、火災が発生している。
時間は午前6時40分を過ぎたところであり、空も明るみ始めているが、それでもまだ暗く、夜は完全に終わってはいない。
そこに火災が発生したのでは、敵に格好の射撃目標を与えてしまうことになる。
(さっきもそうだったが、敵の砲兵部隊はかなり腕がいい。これでは、どっちが先に力尽きるかわからんぞ)
エヴァンスは心中で敵のしたたかさに舌を巻いた。
この時点では、全体の戦況としては、TG38.4.2が優勢に進めている。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、敵の要塞砲と激しく撃ち合っているが、既に要塞砲2門を沈黙させている。
残りの駆逐艦群は野砲陣地や要塞砲とこれまた激しく撃ち合いながらも、要塞砲と野砲陣地にも相当の損害を与えており、クリーブランドに
降り注ぐ砲弾の数もにわかに減ってきている。
ケニア、ナイジェリアも要塞砲を相手に一歩も引かぬ姿勢で砲戦を続け、今しも、5つめの中口径要塞砲がナイジェリアの命中弾によって
沈黙を余儀なくされた。
だが、残った敵野砲や要塞砲は、尚も熾烈な抵抗を見せており、クリーブランドに狙いを定めた野砲部隊も、依然として砲火を集中し続けている。
砲兵部隊指揮官がクリーブランドの撃沈、または無力化を諦めていなければ、勝負はどう転ぶか分からない。
だが、この危機を脱するには、残った野砲を6インチ砲の射撃で片端から叩き潰すしか無い。
クリーブランドは敵弾を受けつつも、新たに斉射弾を撃ち放つ。
この時点では、全体の戦況としては、TG38.4.2が優勢に進めている。
プリンス・オブ・ウェールズとレナウンは、敵の要塞砲と激しく撃ち合っているが、既に要塞砲2門を沈黙させている。
残りの駆逐艦群は野砲陣地や要塞砲とこれまた激しく撃ち合いながらも、要塞砲と野砲陣地にも相当の損害を与えており、クリーブランドに
降り注ぐ砲弾の数もにわかに減ってきている。
ケニア、ナイジェリアも要塞砲を相手に一歩も引かぬ姿勢で砲戦を続け、今しも、5つめの中口径要塞砲がナイジェリアの命中弾によって
沈黙を余儀なくされた。
だが、残った敵野砲や要塞砲は、尚も熾烈な抵抗を見せており、クリーブランドに狙いを定めた野砲部隊も、依然として砲火を集中し続けている。
砲兵部隊指揮官がクリーブランドの撃沈、または無力化を諦めていなければ、勝負はどう転ぶか分からない。
だが、この危機を脱するには、残った野砲を6インチ砲の射撃で片端から叩き潰すしか無い。
クリーブランドは敵弾を受けつつも、新たに斉射弾を撃ち放つ。
「駆逐艦部隊が野砲陣地の1つを壊滅させた模様です!」
スピーカー越しに、CICから艦橋に報告がもたらされる。
前衛駆逐艦4隻は、巡洋艦部隊援護のためにクリーブランドから見て右斜めに位置していた野砲陣地を砲撃していたが、先述の通り、駆逐艦部隊も
要塞砲や、第4の野砲陣地の砲撃を受けていた。
前衛駆逐艦4隻のうち、2隻は、この第4の野砲陣地に目標を変更し、戦闘を開始。
また、側面援護にあたっていたベンソン級駆逐艦2隻も応援に駆け付け、計4隻の駆逐艦は野砲陣地相手に獅子奮迅の活躍を見せた。
エヴァンス艦長が抱いたように、敵砲兵隊は見事な射撃を見せつけ、駆逐艦トライバルは5発、駆逐艦ベンソンは6発を被弾して炎上し、残りの
2隻の駆逐艦も相次ぐ至近弾落下の影響で大なり小なり損傷を受けていた。
だが、4隻のトライバル級、ベンソン級駆逐艦は敵の気迫に負ける事無く砲撃を続けた。
各艦に搭載された5インチ両用砲は、5秒おきに砲撃を繰り返し、その投射量でもって次第に敵陣地を押し始めた。
砲戦開始から10分が経過したころには、敵陣地から放たれる発砲炎も僅かとなり、遂には沈黙させることに成功した。
前衛駆逐艦4隻は、巡洋艦部隊援護のためにクリーブランドから見て右斜めに位置していた野砲陣地を砲撃していたが、先述の通り、駆逐艦部隊も
要塞砲や、第4の野砲陣地の砲撃を受けていた。
前衛駆逐艦4隻のうち、2隻は、この第4の野砲陣地に目標を変更し、戦闘を開始。
また、側面援護にあたっていたベンソン級駆逐艦2隻も応援に駆け付け、計4隻の駆逐艦は野砲陣地相手に獅子奮迅の活躍を見せた。
エヴァンス艦長が抱いたように、敵砲兵隊は見事な射撃を見せつけ、駆逐艦トライバルは5発、駆逐艦ベンソンは6発を被弾して炎上し、残りの
2隻の駆逐艦も相次ぐ至近弾落下の影響で大なり小なり損傷を受けていた。
だが、4隻のトライバル級、ベンソン級駆逐艦は敵の気迫に負ける事無く砲撃を続けた。
各艦に搭載された5インチ両用砲は、5秒おきに砲撃を繰り返し、その投射量でもって次第に敵陣地を押し始めた。
砲戦開始から10分が経過したころには、敵陣地から放たれる発砲炎も僅かとなり、遂には沈黙させることに成功した。
「流れはこちらに傾きつつあるな」
先の報告を聞いたハーウッドはやや安堵したが、新たな被弾に伴う衝撃がクリーブランドの艦体を容赦なく揺さぶった。
「艦尾に被弾!航空機収容クレーンが破壊されました!」
「憎たらしく思えるほどのいい腕前だ!」
「憎たらしく思えるほどのいい腕前だ!」
エヴァンスは率直にそう呟きつつ、第2砲兵陣地の壊滅を今か今かと待ち続ける。
第2砲兵陣地は既に、オレンジ色の炎で包まれており、傍目から見れば敵の野砲は全滅したようにも見える。
しかし、敵陣地からは尚も発砲炎が確認されている。
クリーブランドは15回の斉射を放っているのだが、それでもまだ、敵は残っているのだ。
第16斉射弾が放たれ、弾着した後もなお、敵陣地は応戦してきた。
幾度目かの敵弾落下がクリーブランドの周囲で起こり、新たな1発が艦体を叩く。
第2砲兵陣地は既に、オレンジ色の炎で包まれており、傍目から見れば敵の野砲は全滅したようにも見える。
しかし、敵陣地からは尚も発砲炎が確認されている。
クリーブランドは15回の斉射を放っているのだが、それでもまだ、敵は残っているのだ。
第16斉射弾が放たれ、弾着した後もなお、敵陣地は応戦してきた。
幾度目かの敵弾落下がクリーブランドの周囲で起こり、新たな1発が艦体を叩く。
「後部甲板より火災発生!」
「まずいな、徐々に被害が積み重なっている」
「まずいな、徐々に被害が積み重なっている」
クリーブランドは既に、13発の敵弾を受けており、前部甲板と右舷中央部の火災はまだ完全に消火できていない。
それに加え、後部甲板にも新たな火災が発生している。
早急に消し止めたいところだが、ダメコン班も相次ぐ被弾を前にして、思うように動けぬのだろう。
第17斉射を放つと同時に、敵弾も降り注いでくる。
今度は命中弾は無かったが、それでも3発の敵弾がクリーブランドの右舷中央部と左舷側後部付近に至近弾として落下し、水中爆発の衝撃は
容赦なく艦体を叩いた。
唐突に、艦内電話の呼び出しベルが鳴った。
エヴァンスはすかさず、電話を取る。
それに加え、後部甲板にも新たな火災が発生している。
早急に消し止めたいところだが、ダメコン班も相次ぐ被弾を前にして、思うように動けぬのだろう。
第17斉射を放つと同時に、敵弾も降り注いでくる。
今度は命中弾は無かったが、それでも3発の敵弾がクリーブランドの右舷中央部と左舷側後部付近に至近弾として落下し、水中爆発の衝撃は
容赦なく艦体を叩いた。
唐突に、艦内電話の呼び出しベルが鳴った。
エヴァンスはすかさず、電話を取る。
「こちら艦長!」
「艦長、聞こえますか!航海長です!」
「艦長、聞こえますか!航海長です!」
電話の主はヴィレンスカヤ航海長であった。
「敵の弾が当たり過ぎているようです。ここは一時変針して、敵の狙いをずらすべきかと!」
エヴァンスはそうしようと思ったが、すぐに、それは無駄だと判断した。
彼は2度、艦を変針させ、敵砲兵隊の狙いを狂わせたが、敵も然る者で、即座に狙いを修正して次々と命中弾を浴びせてきた。
ここにきて、エヴァンスは変針を繰り返して射撃機会を減らすよりは、被弾を多少覚悟しながらも、1秒でも早く、かつ、1発でも多くの弾を
打ち込むために、野砲陣地を壊滅させるまでは、あえて回避行動をとらぬ事に決めた。
彼は2度、艦を変針させ、敵砲兵隊の狙いを狂わせたが、敵も然る者で、即座に狙いを修正して次々と命中弾を浴びせてきた。
ここにきて、エヴァンスは変針を繰り返して射撃機会を減らすよりは、被弾を多少覚悟しながらも、1秒でも早く、かつ、1発でも多くの弾を
打ち込むために、野砲陣地を壊滅させるまでは、あえて回避行動をとらぬ事に決めた。
「いや、駄目だ!敵砲兵隊はかなりの凄腕だ。こちらが狙いをずらしてもすぐに修正して当ててくる。ならば……ここは我が艦の速射力を生かして、
敵がこちらに致命弾を与える前に、先に敵を叩き潰す。この砲戦に勝つにはそれしかない!」
「……了解しました。私は、艦長の判断を信じます!」
「OK。また近いうちに指示を出すかもしれん、それまで気を抜かずに待機していろ!」
「アイ・サー!」
敵がこちらに致命弾を与える前に、先に敵を叩き潰す。この砲戦に勝つにはそれしかない!」
「……了解しました。私は、艦長の判断を信じます!」
「OK。また近いうちに指示を出すかもしれん、それまで気を抜かずに待機していろ!」
「アイ・サー!」
航海長との会話はそれで終わりとなり、エヴァンスは受話器を置いた。
「第2砲兵陣地沈黙!」
見張りから朗報が飛び込んだのはその時であった。
「艦長!目標を変更しよう」
「了解です!」
「了解です!」
エヴァンスは、ハーウッドの言われる通りに、狙いを第3砲兵陣地に変更させていく。
エヴァンスはまず、敵第3砲兵陣地が艦首側に位置しているため、艦の向きを変えて全ての主砲を使う事に決めた。
エヴァンスはまず、敵第3砲兵陣地が艦首側に位置しているため、艦の向きを変えて全ての主砲を使う事に決めた。
「航海長、変針だ!面舵30度!」
「面舵30度、アイ・サー!」
「砲術長、右砲戦。目標、第3砲兵陣地!距離13700!」
「右砲戦。目標、第3砲兵陣地、距離13700、アイ・サー!」
「面舵30度、アイ・サー!」
「砲術長、右砲戦。目標、第3砲兵陣地!距離13700!」
「右砲戦。目標、第3砲兵陣地、距離13700、アイ・サー!」
エヴァンスの新たな命令を受けたクルー達は、戦闘中の疲れを感じさせぬ動きで艦を動かしていく。
敵第3砲兵陣地から砲撃を受けつつも、クリーブランドは左に回答していき、12門の6インチ砲を敵陣地に向ける。
エヴァンスは頃合い良しと判断し、艦の回頭を止め、直進に移らせた。
この時、後続のケニア、ナイジェリアから中口径要塞砲の完全破壊に成功との報告が届いた。
敵第3砲兵陣地から砲撃を受けつつも、クリーブランドは左に回答していき、12門の6インチ砲を敵陣地に向ける。
エヴァンスは頃合い良しと判断し、艦の回頭を止め、直進に移らせた。
この時、後続のケニア、ナイジェリアから中口径要塞砲の完全破壊に成功との報告が届いた。
「ヴォールク2、ヴォールク3、目標、第3野砲陣地!急ぎ撃て!」
「アーサー、アベンジャー、敵第3砲兵陣地に砲撃開始!」
「アーサー、アベンジャー、敵第3砲兵陣地に砲撃開始!」
今までクリーブランドの右舷後方で側面警戒に当たりつつ、ケニア、ナイジェリアの援護に回っていた2隻のベンソン級駆逐艦も、先に
トライバル級駆逐艦の援護に向かった2隻の僚艦と共に第3砲兵陣地に向けて砲撃を開始した。
やがて、測的を終えたクリーブランドも、第3砲兵陣地に向けて砲を撃ち放った。
同時に、ケニア、ナイジェリアもそれぞれ12門の砲を撃ち放つ。
エヴァンスは、3隻の軽巡、8隻の駆逐艦から一斉に砲撃されては、さしもの敵砲兵陣地も壊滅したであろうと確信した。
だが、直後に彼は驚かされた。
トライバル級駆逐艦の援護に向かった2隻の僚艦と共に第3砲兵陣地に向けて砲撃を開始した。
やがて、測的を終えたクリーブランドも、第3砲兵陣地に向けて砲を撃ち放った。
同時に、ケニア、ナイジェリアもそれぞれ12門の砲を撃ち放つ。
エヴァンスは、3隻の軽巡、8隻の駆逐艦から一斉に砲撃されては、さしもの敵砲兵陣地も壊滅したであろうと確信した。
だが、直後に彼は驚かされた。
「敵陣地より発砲炎!」
彼は、見張りからの報告を待つまでもなく、肉眼でその砲撃を確認していた。
そして、クリーブランドの周囲に4つの水柱が上がり、そして、新たな1発が右舷中央部に命中した。
そして、クリーブランドの周囲に4つの水柱が上がり、そして、新たな1発が右舷中央部に命中した。
「右舷中央部付近に被弾!新たに火災発生!」
「まだ粘るか!」
「まだ粘るか!」
エヴァンスは敵の脅威的な粘りを前に、驚きを隠せなかった。
彼自身、レーミア湾海戦で負傷した際は、瀕死の重傷を負いながらも、乗員を鼓舞するために指揮を執り続けたことがある。
だが、通常ならば、それは容易に成し得ぬ事であり、エヴァンス自身、後に軍医からいつ死んでもおかしくないほどの怪我であったと言われていたほどだ。
同時に、敵砲兵隊の指揮官がかつての自分のように、満身創痍になりながらも砲戦の指揮を執る様子が脳裏に浮かんだ。
恐らく、敵の指揮官は、あの時の自分と同じような感覚を味わっているのだろう。
応戦した敵砲兵陣地に対し、クリーブランドはさらに斉射弾を送り込む。
ケニア、ナイジェリア、駆逐艦8隻も矢継ぎ早に砲弾を叩き込んでいく。
敵陣地は、多数の中口径砲弾によって満遍なく耕されているといっても過言ではない状態だ。
しかし……それでも敵は砲撃を放った。
彼自身、レーミア湾海戦で負傷した際は、瀕死の重傷を負いながらも、乗員を鼓舞するために指揮を執り続けたことがある。
だが、通常ならば、それは容易に成し得ぬ事であり、エヴァンス自身、後に軍医からいつ死んでもおかしくないほどの怪我であったと言われていたほどだ。
同時に、敵砲兵隊の指揮官がかつての自分のように、満身創痍になりながらも砲戦の指揮を執る様子が脳裏に浮かんだ。
恐らく、敵の指揮官は、あの時の自分と同じような感覚を味わっているのだろう。
応戦した敵砲兵陣地に対し、クリーブランドはさらに斉射弾を送り込む。
ケニア、ナイジェリア、駆逐艦8隻も矢継ぎ早に砲弾を叩き込んでいく。
敵陣地は、多数の中口径砲弾によって満遍なく耕されているといっても過言ではない状態だ。
しかし……それでも敵は砲撃を放った。
「!?」
エヴァンスは一瞬、目が点になった。
そして、次の瞬間……クリーブランドの右舷前方に水柱が吹き上がった。
位置は限りなく近く、水中爆発の衝撃はクリーブランドの腹を叩いた。
位置は限りなく近く、水中爆発の衝撃はクリーブランドの腹を叩いた。
「右舷側前部第3甲板より報告!至近弾により若干の浸水あり!」
「ダメコン班、至急、浸水防止に努めろ!」
「ダメコン班、至急、浸水防止に努めろ!」
エヴァンスはすかさず指示を飛ばす。
第3斉射が12門の主砲から撃ち放たれる。
斉射弾が弾着する前に、既に敵陣地は僚艦の放つ砲撃によってオレンジ色の炎に包まれていた。
やがて、敵陣地から発せられる発砲炎は確認できなくなった。
第3斉射が12門の主砲から撃ち放たれる。
斉射弾が弾着する前に、既に敵陣地は僚艦の放つ砲撃によってオレンジ色の炎に包まれていた。
やがて、敵陣地から発せられる発砲炎は確認できなくなった。
「第3砲兵陣地沈黙!敵野砲は壊滅した模様!」
「ヴォールク1より各艦へ、撃ち方やめ!」
「ヴォールク1より各艦へ、撃ち方やめ!」
ハーウッドは、指揮下にある巡洋艦部隊に命令を下す。
程なくして、砲兵陣地に向けて砲撃していた3隻の巡洋艦は射撃を中止し、駆逐艦8隻も砲撃を終えた。
程なくして、砲兵陣地に向けて砲撃していた3隻の巡洋艦は射撃を中止し、駆逐艦8隻も砲撃を終えた。
「……あれだけの砲撃を受けても、戦い続けるとはな。敵の指揮官もよい仕事をする物だ」
エヴァンスは、心の底から敵の腕前と、その強靭な精神力に対し、尊敬の念を抱いた。
恐らくは、あの砲撃で砲兵隊は全滅したであろうが、戦争が終われば、どの部隊があの壮絶な砲撃戦を行い、どのような指揮官が指揮し、
ここまで壮絶に戦い抜けたのか……是非知りたいと、エヴァンスは心中に思ったのであった。
恐らくは、あの砲撃で砲兵隊は全滅したであろうが、戦争が終われば、どの部隊があの壮絶な砲撃戦を行い、どのような指揮官が指揮し、
ここまで壮絶に戦い抜けたのか……是非知りたいと、エヴァンスは心中に思ったのであった。
午前6時45分 シギアル港沖12マイル地点
南方部隊が敵要塞砲と砲兵陣地相手に激しい撃ち合いを繰り広げる中、中央部隊も同様に、敵沿岸要塞との激戦を展開していた。
「ナッシュヴィル被弾!新たに火災発生の模様!」
「クインシー、サンフランスシスコより報告!敵沿岸砲台の砲火力、尚も減少中!」
「クインシー、サンフランスシスコより報告!敵沿岸砲台の砲火力、尚も減少中!」
見張りからもたらされる報告と、CICから届く状況報告が同時に響き渡った。
戦艦アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐は、左舷方向に見える敵沿岸要塞をじっと見据えていた。
中央隊は、南方部隊の発砲開始にやや遅れる形で戦闘を開始している。
敵は大口径の要塞砲の他に、堤防の側面に設置した多数の中口径砲と、5つの砲兵陣地から中央部隊を砲撃した。
ヴァルキリー1、2こと、戦艦アイオワ、ニュージャージーは、主目標を大口径要塞砲に定め、ランスロットと符牒が付けられた
重巡洋艦クインシー、サンフランシスコ、軽巡洋艦ブルックリン、ナッシュヴィル、ホノルルは、護衛のフレッチャー級駆逐艦4隻と
シムス級駆逐艦4隻と共同で、中口径要塞砲と砲兵陣地の制圧を試みた。
当初、戦闘はアイオワ、ニュージャージーを擁するアメリカ側が圧倒するかと思われたが、敵側も激しく応戦してきたため、被弾、損傷
する艦が続出した。
アイオワ、ニュージャージーは既に6発ずつの命中弾を受けており、火災も発生している。
巡洋艦部隊は、先頭を行くクインシーが第1砲塔を使用不能にされており、サンフランシスコ、ブルックリン、ナッシュヴィルもそれぞれ8発の
砲弾を受けて損傷している。
メイヤーは、あまりにも激しく撃ち合うために、双方が共倒れになるのではないかと思った。
しかし、戦況は徐々にアメリカ側に傾いた。
まず、アイオワ、ニュージャージーが相次いで大口径要塞砲を破壊し、ついで、巡洋艦部隊が砲兵陣地2つを撃破した。
直後、クインシーが第1砲塔を使用不能にされ、他艦も続々と被弾して先が危ぶまれたが、それでも米艦隊は、敵沿岸要塞との交戦を続けた。
戦艦アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐は、左舷方向に見える敵沿岸要塞をじっと見据えていた。
中央隊は、南方部隊の発砲開始にやや遅れる形で戦闘を開始している。
敵は大口径の要塞砲の他に、堤防の側面に設置した多数の中口径砲と、5つの砲兵陣地から中央部隊を砲撃した。
ヴァルキリー1、2こと、戦艦アイオワ、ニュージャージーは、主目標を大口径要塞砲に定め、ランスロットと符牒が付けられた
重巡洋艦クインシー、サンフランシスコ、軽巡洋艦ブルックリン、ナッシュヴィル、ホノルルは、護衛のフレッチャー級駆逐艦4隻と
シムス級駆逐艦4隻と共同で、中口径要塞砲と砲兵陣地の制圧を試みた。
当初、戦闘はアイオワ、ニュージャージーを擁するアメリカ側が圧倒するかと思われたが、敵側も激しく応戦してきたため、被弾、損傷
する艦が続出した。
アイオワ、ニュージャージーは既に6発ずつの命中弾を受けており、火災も発生している。
巡洋艦部隊は、先頭を行くクインシーが第1砲塔を使用不能にされており、サンフランシスコ、ブルックリン、ナッシュヴィルもそれぞれ8発の
砲弾を受けて損傷している。
メイヤーは、あまりにも激しく撃ち合うために、双方が共倒れになるのではないかと思った。
しかし、戦況は徐々にアメリカ側に傾いた。
まず、アイオワ、ニュージャージーが相次いで大口径要塞砲を破壊し、ついで、巡洋艦部隊が砲兵陣地2つを撃破した。
直後、クインシーが第1砲塔を使用不能にされ、他艦も続々と被弾して先が危ぶまれたが、それでも米艦隊は、敵沿岸要塞との交戦を続けた。
特に、3隻のブルックリン級軽巡洋艦の投射量は凄まじく、第2の砲兵陣地と交戦を開始して、僅か3分足らずで沈黙に追い込んだ時などは、
ブルックリン・ジャブと呼ばれる速射砲術の真価が発揮された瞬間であった。
6時50分には、新たに大口径要塞砲2つが撃破され、残るは3つとなった。
第10斉射弾がアイオワの主砲から放たれる。
48口径17インチ3連装砲3基9門の重火力は、この砲戦においても遺憾なく発揮されている。
敵の有する大口径要塞砲は、中央陣地付近に数が集中していることもあって特に頑丈な作りになっているらしく、遠目で見ても航空爆弾を
受けた程度では容易に破壊できない事がわかる。
だが、アイオワ、ニュージャージーの主砲弾は、その要塞砲を、箱形の砲塔ごと粉砕していた。
今しも、また1つの要塞砲が17インチ砲弾の直撃によって、派手に爆炎を噴き上げた。
いかにも頑丈そうに見える箱形の単装砲塔が無残に爆砕され、夥しい破片を周囲に撒き散らしている。
残った敵要塞砲は、尚も砲撃を行っている。
アイオワの艦体に被弾の衝撃が伝わる。
衝撃自体は、今年1月のレーミア湾海戦で感じたものと比べて大きく感じないが、それでも足をガクガクと揺さぶる程の衝撃が伝わる。
ブルックリン・ジャブと呼ばれる速射砲術の真価が発揮された瞬間であった。
6時50分には、新たに大口径要塞砲2つが撃破され、残るは3つとなった。
第10斉射弾がアイオワの主砲から放たれる。
48口径17インチ3連装砲3基9門の重火力は、この砲戦においても遺憾なく発揮されている。
敵の有する大口径要塞砲は、中央陣地付近に数が集中していることもあって特に頑丈な作りになっているらしく、遠目で見ても航空爆弾を
受けた程度では容易に破壊できない事がわかる。
だが、アイオワ、ニュージャージーの主砲弾は、その要塞砲を、箱形の砲塔ごと粉砕していた。
今しも、また1つの要塞砲が17インチ砲弾の直撃によって、派手に爆炎を噴き上げた。
いかにも頑丈そうに見える箱形の単装砲塔が無残に爆砕され、夥しい破片を周囲に撒き散らしている。
残った敵要塞砲は、尚も砲撃を行っている。
アイオワの艦体に被弾の衝撃が伝わる。
衝撃自体は、今年1月のレーミア湾海戦で感じたものと比べて大きく感じないが、それでも足をガクガクと揺さぶる程の衝撃が伝わる。
「左舷中央部付近に被弾!3番両用砲損傷!火災発生!!」
どうやら、左舷側の5インチ両用砲座が直撃を受けたようだ。
恐らく、3番両用砲は跡形もなく粉砕されたであろう。
第10斉射を放ってから、きっかり35秒後に第11斉射を撃ち放つ。
17インチ砲9門の斉射は凄まじく、被弾の衝撃よりも明らかに大きいと感じるほどだ。
アイオワの目標に定めた要塞砲の周囲に、17インチ砲弾が落下し、複数の爆炎や水柱が吹き上がる。
その中に、要塞砲に命中したと思しき閃光が煌めくが、周囲の煙に覆い隠されてしまった。
恐らく、3番両用砲は跡形もなく粉砕されたであろう。
第10斉射を放ってから、きっかり35秒後に第11斉射を撃ち放つ。
17インチ砲9門の斉射は凄まじく、被弾の衝撃よりも明らかに大きいと感じるほどだ。
アイオワの目標に定めた要塞砲の周囲に、17インチ砲弾が落下し、複数の爆炎や水柱が吹き上がる。
その中に、要塞砲に命中したと思しき閃光が煌めくが、周囲の煙に覆い隠されてしまった。
「やったか……?」
ブルースは、確かに手応えを感じていた。
今の斉射弾は要塞砲を粉砕したに違いないと、彼は心中で確信する。
やがて、周囲を覆っていた煙が晴れ、要塞砲の姿が露になる。
要塞砲は、分厚い天蓋を大きく抉り飛ばされ、長く突き出ていた砲身は消え失せていた。
今の斉射弾は要塞砲を粉砕したに違いないと、彼は心中で確信する。
やがて、周囲を覆っていた煙が晴れ、要塞砲の姿が露になる。
要塞砲は、分厚い天蓋を大きく抉り飛ばされ、長く突き出ていた砲身は消え失せていた。
「敵要塞砲撃破!残りはあと1つの模様!」
「よし!」
「よし!」
ブルースは満足気に呟いた。
彼はアイオワの修理が完了して以来、乗員の練度維持を心掛けてきたが、今日の砲戦ではその結果が如実に表れ、定められた目標を次々と撃破していた。
今、アイオワが撃破した要塞砲はこれで3つ目になる。
ニュージャージーも要塞砲を3つ撃破しているため、残りはあと1つだ。
アイオワはこの砲戦で、交互打ち方8回、後に斉射11回を繰り返し、今の要塞砲撃破には3度の斉射を行っている。
相方であるニュージャージーもほぼ同様だ。
彼はアイオワの修理が完了して以来、乗員の練度維持を心掛けてきたが、今日の砲戦ではその結果が如実に表れ、定められた目標を次々と撃破していた。
今、アイオワが撃破した要塞砲はこれで3つ目になる。
ニュージャージーも要塞砲を3つ撃破しているため、残りはあと1つだ。
アイオワはこの砲戦で、交互打ち方8回、後に斉射11回を繰り返し、今の要塞砲撃破には3度の斉射を行っている。
相方であるニュージャージーもほぼ同様だ。
「ニュージャージー、砲撃再開!」
「初弾命中となるかな?」
「初弾命中となるかな?」
ブルースはそう呟きながら、ニュージャージーの砲弾の成果を見届ける。
今日の砲戦では、アイオワ、ニュージャージー共に、初弾命中は果たせていない。
ここで初弾命中が果たせれば、ニュージャージーのスコアはアイオワを上回ることになる。
彼は僚艦の成果を見届けつつも、砲の狙いを最後の要塞砲に定めさせた。
今日の砲戦では、アイオワ、ニュージャージー共に、初弾命中は果たせていない。
ここで初弾命中が果たせれば、ニュージャージーのスコアはアイオワを上回ることになる。
彼は僚艦の成果を見届けつつも、砲の狙いを最後の要塞砲に定めさせた。
「ニュージャージーの初弾、今着弾!」
見張りの声を聞きながら、要塞砲の周囲に次々と17インチ砲弾が弾着する様子を直に確認する。
「やはり斉射でぶっ放したか」
ブルースが呟く中、弾着の中に一際大きな爆発が生じたのを確認した、と思いきや、これまでにない大爆発が起こった。
何が起きたのかは明らかだ。
何が起きたのかは明らかだ。
「砲弾、敵要塞砲に命中!大爆発を起こしました!!」
「ヒュゥ……やるな!」
「ヒュゥ……やるな!」
ブルースは思わず、口笛を吹いてしまった。
ニュージャージーは、大砲屋なら誰もが理想とする初弾命中をやってのけたのだ。
相手が動かぬ地上目標とはいえ、洋上を動く水上艦からの砲撃であると、最初から弾を当てるのは難しい。
だが、ニュージャージーはこの壮挙を見事に成し遂げたのである。
ニュージャージー乗員がアイオワに負けず劣らず、高練度である事を認識させる瞬間であった。
ニュージャージーは、大砲屋なら誰もが理想とする初弾命中をやってのけたのだ。
相手が動かぬ地上目標とはいえ、洋上を動く水上艦からの砲撃であると、最初から弾を当てるのは難しい。
だが、ニュージャージーはこの壮挙を見事に成し遂げたのである。
ニュージャージー乗員がアイオワに負けず劣らず、高練度である事を認識させる瞬間であった。
中央部隊が、敵中央陣地との戦闘にほぼ決着をつけた頃、北方部隊との戦闘も終息に向かっていた。
北方部隊は、ヴァルキリー5、6こと、巡洋戦艦アラスカ、コンステレーションを主力に据え、これをアパッチこと、重巡洋艦ロチェスター、
オレゴンシティ、軽巡洋艦バッファロー、ポーツマス、護衛のフレッチャー級駆逐艦8隻が護衛に付き、敵沿岸要塞相手に、これまた激しく交戦していた。
ここの戦闘も当初の予定とは裏腹に、互いに砲弾を撃ち合う激戦が繰り広げられ、旗艦アラスカを筆頭に多数の艦艇が損害を受けた。
特に軽巡洋艦バッファローは、後部の第3、第4砲塔が敵弾を受けて全壊し、砲戦火力が半減するほどの被害に見舞われた。
また、重巡洋艦オレゴンシティはこの戦争で初めての損害を受け、航空機収容クレーンや両用砲、機銃座に相当の打撃を受けた。
だが、北方部隊も先の2部隊同様、よく踏ん張って敵の砲撃に耐え、逆に敵沿岸要塞の戦力を次々とすり潰していった。
北方部隊の活躍もまた目覚ましいものがあったが、特に巡戦アラスカ、コンステレーションのペアは巧みな連携を発揮して大口径要塞砲を
1つずつ確実に、かつ、思いのほか短時間で破壊しており(南方、中央隊よりも早かった)、終いには敵砲兵陣地や中口径要塞砲にも、
55口径14インチ砲の連射を浴びせて壊滅に追いやっている。
そして、最後の沿岸砲台がオレゴンシティに向けて応戦したあと、北方部隊の艦艇全てから反撃を受け、瞬時に粉砕されたのを最後に、
シギアル港沿岸要塞は完全に沈黙したのであった。
北方部隊は、ヴァルキリー5、6こと、巡洋戦艦アラスカ、コンステレーションを主力に据え、これをアパッチこと、重巡洋艦ロチェスター、
オレゴンシティ、軽巡洋艦バッファロー、ポーツマス、護衛のフレッチャー級駆逐艦8隻が護衛に付き、敵沿岸要塞相手に、これまた激しく交戦していた。
ここの戦闘も当初の予定とは裏腹に、互いに砲弾を撃ち合う激戦が繰り広げられ、旗艦アラスカを筆頭に多数の艦艇が損害を受けた。
特に軽巡洋艦バッファローは、後部の第3、第4砲塔が敵弾を受けて全壊し、砲戦火力が半減するほどの被害に見舞われた。
また、重巡洋艦オレゴンシティはこの戦争で初めての損害を受け、航空機収容クレーンや両用砲、機銃座に相当の打撃を受けた。
だが、北方部隊も先の2部隊同様、よく踏ん張って敵の砲撃に耐え、逆に敵沿岸要塞の戦力を次々とすり潰していった。
北方部隊の活躍もまた目覚ましいものがあったが、特に巡戦アラスカ、コンステレーションのペアは巧みな連携を発揮して大口径要塞砲を
1つずつ確実に、かつ、思いのほか短時間で破壊しており(南方、中央隊よりも早かった)、終いには敵砲兵陣地や中口径要塞砲にも、
55口径14インチ砲の連射を浴びせて壊滅に追いやっている。
そして、最後の沿岸砲台がオレゴンシティに向けて応戦したあと、北方部隊の艦艇全てから反撃を受け、瞬時に粉砕されたのを最後に、
シギアル港沿岸要塞は完全に沈黙したのであった。
午前6時55分 シギアル港沖10マイル地点
「撃ち方やめ!」
戦艦アイオワのCICで、砲戦の指揮を執っていたヴァルケンバーグ中将は、敵要塞砲沈黙の報を受けるや、直率しているTG38.4.1の
各艦に対して、砲撃中止を命じた。
沿岸要塞中央陣地は、完全に沈黙しており、洋上に展開する米艦艇に対する発砲は全く見受けられなかった。
各艦に対して、砲撃中止を命じた。
沿岸要塞中央陣地は、完全に沈黙しており、洋上に展開する米艦艇に対する発砲は全く見受けられなかった。
「作戦の第1段階は成功だな……よろしい、これより第2段階に移る」
「司令。砲撃態勢に移るため、一度は陣形を整えてから再度、シギアル港に接近すべきかと思われますが」
「司令。砲撃態勢に移るため、一度は陣形を整えてから再度、シギアル港に接近すべきかと思われますが」
ヴァルケンバーグは、参謀が示した提案に対し、顔を頷かせる。
「うむ。そうすべきだな。その後は、一番初めに砲撃準備を完了した部隊から、順次砲撃を再開させよう。砲撃目標は……敵の海軍工廠だ」
ヴァルケンバーグは、地図の一点を指さした。
そこは、数々のシホールアンル海軍艦艇を生み出してきたシギアル海軍工廠があった。
そこは、数々のシホールアンル海軍艦艇を生み出してきたシギアル海軍工廠があった。
TG38.4の中で、最も早く砲撃準備を終えたのは、TG38.4.2であった。
敵の右翼陣地との戦闘を制したTG38.4.2は、他の部隊が交戦している最中、一足早く隊形を立て直し、午前7時までには突入準備を終えていた。
艦隊は先の陣形を維持したまま一斉回頭したため、主力艦列の先頭はレナウンが務める事になり、しんがりはクリーブランドが受け持つことになった。
敵の右翼陣地との戦闘を制したTG38.4.2は、他の部隊が交戦している最中、一足早く隊形を立て直し、午前7時までには突入準備を終えていた。
艦隊は先の陣形を維持したまま一斉回頭したため、主力艦列の先頭はレナウンが務める事になり、しんがりはクリーブランドが受け持つことになった。
「ヴァルキリー3よりヴァルキリー1へ、これよりシギアル港に接近し、砲撃を開始する!」
TG38.4.2を臨時に指揮するリーチ艦長は、旗艦アイオワに通信を送った後、巡戦レナウンを先頭に置く形でシギアル港の沿岸要塞に向かっていた。
程なくして、沿岸要塞から2000メートルほどにまで迫った所で、各艦は一路変針し、堤防とほぼ並走する形になると、そのまま直進し始めた。
既に、夜は完全に明けており、艦の左舷側方向には、炎上する敵沿岸要塞と、その向こう側に見える異界の港が見えた。
程なくして、沿岸要塞から2000メートルほどにまで迫った所で、各艦は一路変針し、堤防とほぼ並走する形になると、そのまま直進し始めた。
既に、夜は完全に明けており、艦の左舷側方向には、炎上する敵沿岸要塞と、その向こう側に見える異界の港が見えた。
「上空に味方機接近!上空直掩に付く模様です!」
「時間通りだな」
「時間通りだな」
リーチ大佐は腕時計を見ながら、護衛機の到着に満足した表情を見せた。
事前の打ち合わせでは、TF38本隊よりF8F180機からなる護衛戦闘機隊が送られることが決まっており、到着時刻は午前7時を予定していた。
時計の針はちょうど午前7時を過ぎた所であり、護衛戦闘機隊はきっちりと、時間を守ったのである。
艦隊は敵の反撃を受ける事もなく、砲撃位置に近付いた。
時計の針はちょうど午前7時を過ぎた所であり、護衛戦闘機隊はきっちりと、時間を守ったのである。
艦隊は敵の反撃を受ける事もなく、砲撃位置に近付いた。
「艦長、目標との距離18000メートル!」
見張りの声を聞いたリーチは、次の命令を下し始めた。
「主砲、左砲戦!目標……敵海軍工廠、距離18000!」
プリンス・オブ・ウェールズの前部に設置されている50口径14インチ4連装砲塔1基と、連装砲1基、後部甲板の4連装砲塔1基が目標に指向される。
そして、第1、第3砲塔の1番砲と3番砲、第2砲塔の1番砲が仰角を上げ、射撃に備える。
そして、第1、第3砲塔の1番砲と3番砲、第2砲塔の1番砲が仰角を上げ、射撃に備える。
「測的完了!撃ち方用意よろし!」
「レナウンより通信。我、砲撃準備完了す!」
「ケニア、ナイジェリアより通信、砲撃準備完了。続いてクリーブランドより通信、砲撃準備完了、いつでも命令されたし」
「レナウンより通信。我、砲撃準備完了す!」
「ケニア、ナイジェリアより通信、砲撃準備完了。続いてクリーブランドより通信、砲撃準備完了、いつでも命令されたし」
リーチはふと、ハーウッドの顔を思い出す。
今回の砲戦では、ハーウッドがTG38.4.2の指揮を執ると思われていたが、意外にも、ハーウッドは戦艦部隊の指揮はリーチに一任すると言ったのだ。
このため、リーチは要塞砲との撃ち合いに集中でき、見事に制圧できた。
彼は、ハーウッドのこれまでの計らいに感謝しつつ、命令を発した。
今回の砲戦では、ハーウッドがTG38.4.2の指揮を執ると思われていたが、意外にも、ハーウッドは戦艦部隊の指揮はリーチに一任すると言ったのだ。
このため、リーチは要塞砲との撃ち合いに集中でき、見事に制圧できた。
彼は、ハーウッドのこれまでの計らいに感謝しつつ、命令を発した。
「各艦、撃ち方始め!」
リーチの号令が発せられるや、プリンス・オブ・ウェールズは4門の14インチ砲から主砲弾を撃ち放った。
艦体に衝撃が伝わり、重装甲で覆われた艦がびりびりと震える。
ふと、リーチは腕時計に視線を送る。
時計の針は午前7時12分を指していた。
艦体に衝撃が伝わり、重装甲で覆われた艦がびりびりと震える。
ふと、リーチは腕時計に視線を送る。
時計の針は午前7時12分を指していた。
「……この時刻は、歴史的な時間として記憶に残るだろう。シホールアンル帝国首都に近い、シギアル港が艦砲射撃を受け始めた時間として
のみならず、敗北が決定的になったその瞬間として……」
のみならず、敗北が決定的になったその瞬間として……」
やがて、主砲弾は海軍工廠に着弾した。
海軍工廠からは、派手な爆炎が吹き上がり、同時に夥しい破片が宙高く舞い上がる様子も確認された。
海軍工廠からは、派手な爆炎が吹き上がり、同時に夥しい破片が宙高く舞い上がる様子も確認された。
同時刻 シホールアンル帝国シギアル近郊
最初に敵の船が見えた時、シギアル市街地よりやや離れた丘の上に避難した住民達は誰もが驚きの声を上げていた。
「見ろ……軍艦だ!」
「煙突だ……煙突が付いているぞ!」
「あれが沿岸要塞をぶっ壊した連中なのか」
「煙突だ……煙突が付いているぞ!」
「あれが沿岸要塞をぶっ壊した連中なのか」
住民達は、初めて目にする異世界の軍艦に畏怖し始めていた。
この日の早朝、突然の空襲警報にたたき起こされた住民達は、国内省の官憲隊の誘導で町から避難し始めた。
まだ夜も明けきらぬ、真っ暗な闇の中、住民達は敵が夜間空襲を仕掛けてきたのだと思い、一目散にシギアル市から逃げていった。
その途中、シギアル港の沿岸要塞が一斉に砲撃を始めた時、住民達はこれが空襲ではないとわかった。
沿岸要塞は多数の火砲が配置されており、空襲でないのならば敵は撃退されるだろうと、大多数の住民は思い始めた。
しかし、沿岸要塞は住民の予想と期待に反して、敵艦隊と思しき砲撃の前に次々と撃破され、遂には完全に沈黙してしまった。
この残酷な現実を、住民達は半ば受け入れられなかったが、シギアル港の出入り口付近に表れたアメリカ艦隊を見た今となっては、
それが現実であると痛感せざるを得なかった。
この日の早朝、突然の空襲警報にたたき起こされた住民達は、国内省の官憲隊の誘導で町から避難し始めた。
まだ夜も明けきらぬ、真っ暗な闇の中、住民達は敵が夜間空襲を仕掛けてきたのだと思い、一目散にシギアル市から逃げていった。
その途中、シギアル港の沿岸要塞が一斉に砲撃を始めた時、住民達はこれが空襲ではないとわかった。
沿岸要塞は多数の火砲が配置されており、空襲でないのならば敵は撃退されるだろうと、大多数の住民は思い始めた。
しかし、沿岸要塞は住民の予想と期待に反して、敵艦隊と思しき砲撃の前に次々と撃破され、遂には完全に沈黙してしまった。
この残酷な現実を、住民達は半ば受け入れられなかったが、シギアル港の出入り口付近に表れたアメリカ艦隊を見た今となっては、
それが現実であると痛感せざるを得なかった。
「本当に要塞は全滅しちまったのか……」
「てことは、第1要塞にいた、あのお姫様砲兵連隊もやられたのか!?」
「ああやって敵の軍艦が堂々としているんだから、そうなんだろうよ」
「てことは、第1要塞にいた、あのお姫様砲兵連隊もやられたのか!?」
「ああやって敵の軍艦が堂々としているんだから、そうなんだろうよ」
住民達が思い思いに会話してる最中、唐突に敵艦が主砲を撃ち始めた。
その轟音は丘の上にも響き、住民たちは即座に押し黙ってしまった。
やがて、耳にねじ込まれるような爆裂音が、海軍工廠の辺りから響いてきた。
その轟音は丘の上にも響き、住民たちは即座に押し黙ってしまった。
やがて、耳にねじ込まれるような爆裂音が、海軍工廠の辺りから響いてきた。
「海軍工廠が砲撃を受けたぞ!」
誰かがそう言うと、住民たちの視線は一斉に海軍工廠へ向けられる。
昨日の空襲で損害を受けた海軍工廠は、日が落ちた後に火災が鎮火したが、そこからまた火の手が上がり始めていた。
敵艦は更に砲撃を行った。
今見える敵艦は、大型の戦艦らしき物が2隻に、中型艦が3隻、その周囲に7隻か8隻ほどの小型艦が見える。
そのうち、大型艦2隻と中型艦3隻が、ややゆっくりとした速度で航行しながら砲撃していた。
昨日の空襲で損害を受けた海軍工廠は、日が落ちた後に火災が鎮火したが、そこからまた火の手が上がり始めていた。
敵艦は更に砲撃を行った。
今見える敵艦は、大型の戦艦らしき物が2隻に、中型艦が3隻、その周囲に7隻か8隻ほどの小型艦が見える。
そのうち、大型艦2隻と中型艦3隻が、ややゆっくりとした速度で航行しながら砲撃していた。
4回目の砲撃では、大型艦2隻がこれまでの物とは比べ物にならない閃光を発した。
「斉射に入った!」
元海軍の水兵だった住民が声高に叫んだ。
海軍工廠に落下する砲弾は更に増え、被害が拡大し、火災も徐々に延焼し始めている。
大型艦の射撃も凄まじい物の、中型艦の射撃も発射間隔が短く、頻繁に放つ砲弾が海軍工廠の被害をより大きな物にしていた。
7時30分には、被害は海軍工廠のみならず、民間の港湾区画にも及び始めていた。
海軍工廠に落下する砲弾は更に増え、被害が拡大し、火災も徐々に延焼し始めている。
大型艦の射撃も凄まじい物の、中型艦の射撃も発射間隔が短く、頻繁に放つ砲弾が海軍工廠の被害をより大きな物にしていた。
7時30分には、被害は海軍工廠のみならず、民間の港湾区画にも及び始めていた。
「おい!俺の船があるあたりに弾が落ちたぞ!」
「あぁ………あたしの家の所が燃えてる!」
「あぁ………あたしの家の所が燃えてる!」
住民達に次々と悲鳴が上がり始めた。
敵は軍事施設だけでは飽き足らず、民間の港湾施設にも砲撃を浴びせ、その流れ弾が市街地に落下して被害を生じさせているのだ。
ふと、上空に味方のワイバーン隊が現れた。
よく見ると、ワイバーンのみならず、小型の飛空艇の姿も見える。
住民達は分からなかったが、この小型飛空艇は、ワイバーンの護衛の為に随伴してきたドシュダムで、12機が出撃していた。
これを見た住民達は、たちまち歓声を上げた。
敵は軍事施設だけでは飽き足らず、民間の港湾施設にも砲撃を浴びせ、その流れ弾が市街地に落下して被害を生じさせているのだ。
ふと、上空に味方のワイバーン隊が現れた。
よく見ると、ワイバーンのみならず、小型の飛空艇の姿も見える。
住民達は分からなかったが、この小型飛空艇は、ワイバーンの護衛の為に随伴してきたドシュダムで、12機が出撃していた。
これを見た住民達は、たちまち歓声を上げた。
「敵艦隊を全部沈めろ!」
「早くあいつらを追っ払え!!」
「早くあいつらを追っ払え!!」
彼らはあらん限りの声援を送り、味方ワイバーン隊の奮闘を期待した。
だが、ワイバーン隊と飛空艇隊は敵艦隊に近付く前に、待機していたアメリカ軍の護衛戦闘機隊に阻まれ、艦隊に近付く事すらままならなかった。
シホールアンル側の最後の反撃手段が封じられた中、敵艦隊は尚も砲撃を続けていく。
午前7時40分には、この艦隊は半島の陸地側に完全に隠れたが、それと入れ替わるように、半島側から新たな艦隊が現れた。
だが、ワイバーン隊と飛空艇隊は敵艦隊に近付く前に、待機していたアメリカ軍の護衛戦闘機隊に阻まれ、艦隊に近付く事すらままならなかった。
シホールアンル側の最後の反撃手段が封じられた中、敵艦隊は尚も砲撃を続けていく。
午前7時40分には、この艦隊は半島の陸地側に完全に隠れたが、それと入れ替わるように、半島側から新たな艦隊が現れた。
「おい!また来たぞ!」
「なんだあれ……さっきの奴とは形が違うぞ」
「塔みたいな物が立っている船が大きいようだな。あ、大砲を撃った!」
「なんだあれ……さっきの奴とは形が違うぞ」
「塔みたいな物が立っている船が大きいようだな。あ、大砲を撃った!」
その艦隊は、半島側から南下してきたTG38.4.3であった。
2隻のアラスカ級巡戦は、先頭を巡洋艦ロチェスターに据えながら、単縦陣のまま、沿岸要塞から距離3000を維持しつつ、
敵施設砲撃を敢行した。
これに加えて、ボルチモア級重巡の8インチ砲とクリーブランド級軽巡の6インチ砲が猛然と咆哮し、海軍工廠、軍港施設、
民間港湾施設に砲弾が降り注いでいく。
戦艦の大口径砲弾は、目標に命中すれば一撃で粉砕し、巡洋艦の中口径砲弾は、固い目標を一撃で破壊するほどの力は無い物の、
投射弾量が多いために一寸刻みのなぶり殺しのような様相を呈していく。
小型の倉庫や、小さな施設ならば、中口径砲弾でさえも一撃のもとに叩き潰し、破片を周囲にばら撒いていく。
この敵艦隊も盛んに砲撃を繰り返し、狙われた区画は文字通り、地獄と化している。
住民達は、その様子を黙って見過ごすしかない。
この艦隊も、20分ほど射撃を繰り返してから南に去っていった。
それから5分ほど間が空き、誰もがこれで終わりかと思った。
敵施設砲撃を敢行した。
これに加えて、ボルチモア級重巡の8インチ砲とクリーブランド級軽巡の6インチ砲が猛然と咆哮し、海軍工廠、軍港施設、
民間港湾施設に砲弾が降り注いでいく。
戦艦の大口径砲弾は、目標に命中すれば一撃で粉砕し、巡洋艦の中口径砲弾は、固い目標を一撃で破壊するほどの力は無い物の、
投射弾量が多いために一寸刻みのなぶり殺しのような様相を呈していく。
小型の倉庫や、小さな施設ならば、中口径砲弾でさえも一撃のもとに叩き潰し、破片を周囲にばら撒いていく。
この敵艦隊も盛んに砲撃を繰り返し、狙われた区画は文字通り、地獄と化している。
住民達は、その様子を黙って見過ごすしかない。
この艦隊も、20分ほど射撃を繰り返してから南に去っていった。
それから5分ほど間が空き、誰もがこれで終わりかと思った。
しかし……
「……まただ。また来やがった」
敵はまだ去っては居なかった。
誰かが失望したような声を上げる。
見ると、先ほど、敵艦隊が去っていった南から、また敵艦と思しき艦影が見え始めたのだ。
誰かが失望したような声を上げる。
見ると、先ほど、敵艦隊が去っていった南から、また敵艦と思しき艦影が見え始めたのだ。
「さっきの艦隊が戻ってきたのか?」
「……敵艦の姿を見る限り、そのようだが……」
「……敵艦の姿を見る限り、そのようだが……」
住民達は、艦列の先頭を行く大型艦2隻を見るなり、先ほど去っていった艦隊が反転したのかと思った。
大型艦は、先程見た戦艦と同じように塔型の艦橋を備えており、大砲と思しき物前部2基を後部に1基、計3基有している。
全体的な姿からして、先の敵艦隊とみて間違いないように思えた。
しかし、その2隻の戦艦からは違和感を感じられた。
大型艦は、先程見た戦艦と同じように塔型の艦橋を備えており、大砲と思しき物前部2基を後部に1基、計3基有している。
全体的な姿からして、先の敵艦隊とみて間違いないように思えた。
しかし、その2隻の戦艦からは違和感を感じられた。
「おい……あの戦艦、煙突が2つ付いているな」
「本当だ」
「本当だ」
住民達は、その違いに気付き始めた。
そして、全体の大きさも、先の戦艦と比べて妙に大きく感じられる。
そして、全体の大きさも、先の戦艦と比べて妙に大きく感じられる。
「あれは……」
その時、元海軍上がりの住民が表情を凍りつかせながら、必死に言葉を紡ごうとしていた。
「あれは……まさか!」
「おい、どうしたい?あの戦艦に何かあるのか?」
「大ありだ!」
「おい、どうしたい?あの戦艦に何かあるのか?」
「大ありだ!」
海軍上がりの住民は、恐怖に顔を青く染めながら叫んだ。
「あれはアイオワ級戦艦だ!俺がレーミア湾で戦った時、軍務に付けない体にされたのは、あいつのせいなんだ!!」
元海軍上がりの住民は、今年の1月までは、戦艦ロンドブラガの水兵であったが、同月下旬に行われたレーミア湾海戦で重傷を負い、
左足を失った。
彼は海軍を退役し、今はシギアルで内職をしながら生活している。
左足を失った。
彼は海軍を退役し、今はシギアルで内職をしながら生活している。
「あいつら……俺から左足を奪っただけではなく、生活すらも奪いに来やがったのか……!」
元水兵は悔し涙を流し、目の前にいるアイオワ級戦艦に呪詛の言葉を吐き続けた。
その時、アイオワ級戦艦が砲撃を放った。
砲声が丘にも届くが、その音たるや、これまでに聞いた戦艦の発砲音が子供騙しに思えるほどに強烈であった。
その時、アイオワ級戦艦が砲撃を放った。
砲声が丘にも届くが、その音たるや、これまでに聞いた戦艦の発砲音が子供騙しに思えるほどに強烈であった。
「なんだこの砲声は!?」
住民達は、初めて耳にするアイオワ級戦艦の砲声に度肝を抜かれた。
そして、その弾着音も凄まじい。
爆発音が鳴るや、その轟音に思わず耳を塞ぐ者が続出し、大地がこれまでにない程に揺れた。
先の艦砲射撃も凄まじく、耳を塞ぐ者はいたが、今回の砲撃はそれ以上だ。
そして、その弾着音も凄まじい。
爆発音が鳴るや、その轟音に思わず耳を塞ぐ者が続出し、大地がこれまでにない程に揺れた。
先の艦砲射撃も凄まじく、耳を塞ぐ者はいたが、今回の砲撃はそれ以上だ。
敵戦艦は、破壊され、炎上している目標に対して、容赦なく斉射弾を叩きつけた。
2隻のアイオワ級戦艦が斉射弾を送り込むごとに、大地は揺れ、目標は瞬時に粉砕されて無数の塵屑となって周囲に撒き散らされる。
奇跡的に原型を保っていたフェリウェルド級戦艦の建造ドックが、たった1斉射で叩き潰され、中に鎮座していた艦体を17インチ砲弾が
あっさりと刺し貫き、爆発エネルギーが艦体を寸断していく。
アイオワ級戦艦の他に、続行していた5隻の巡洋艦も砲撃に加わる。
シギアル港に広がる破壊の渦は、収まるどころか、勢いを増して拡大していく。
重巡の8インチ弾を受けた漁船が叩き潰され、瞬時に沈没していく。
軽巡の6インチ弾は、6秒おきに桟橋に降り注ぎ、木製の桟橋ごと係留されていた漁船や貨物船が爆砕され、火災を発生して濛々たる
煙を上げていく。
17インチ砲弾に直撃された建造用の昇降機が瞬時に撃砕され、音たてて建造中の駆逐艦の上に落下した。
その艦にも17インチ弾が落下し、艦体の半分を粉々に打ち砕かれた。
軍港施設にも艦砲射撃が加えられ、昨日の空襲で既に壊滅状態に陥った軍港も、まだ原型留めていた施設が次々と狙い撃ちにされ、
再び膨大な煙を上げて燃え始めていく。
シギアル市街地への流れ弾も多く、住民はおろか、市内で消火活動にあたる民間消防団すらも纏めて避難したため、市街地の火災は
徐々に延焼し始めていた。
2隻のアイオワ級戦艦が斉射弾を送り込むごとに、大地は揺れ、目標は瞬時に粉砕されて無数の塵屑となって周囲に撒き散らされる。
奇跡的に原型を保っていたフェリウェルド級戦艦の建造ドックが、たった1斉射で叩き潰され、中に鎮座していた艦体を17インチ砲弾が
あっさりと刺し貫き、爆発エネルギーが艦体を寸断していく。
アイオワ級戦艦の他に、続行していた5隻の巡洋艦も砲撃に加わる。
シギアル港に広がる破壊の渦は、収まるどころか、勢いを増して拡大していく。
重巡の8インチ弾を受けた漁船が叩き潰され、瞬時に沈没していく。
軽巡の6インチ弾は、6秒おきに桟橋に降り注ぎ、木製の桟橋ごと係留されていた漁船や貨物船が爆砕され、火災を発生して濛々たる
煙を上げていく。
17インチ砲弾に直撃された建造用の昇降機が瞬時に撃砕され、音たてて建造中の駆逐艦の上に落下した。
その艦にも17インチ弾が落下し、艦体の半分を粉々に打ち砕かれた。
軍港施設にも艦砲射撃が加えられ、昨日の空襲で既に壊滅状態に陥った軍港も、まだ原型留めていた施設が次々と狙い撃ちにされ、
再び膨大な煙を上げて燃え始めていく。
シギアル市街地への流れ弾も多く、住民はおろか、市内で消火活動にあたる民間消防団すらも纏めて避難したため、市街地の火災は
徐々に延焼し始めていた。
時計の針が午前8時30分を過ぎる頃には、敵艦隊は砲撃を終え、シギアル港から去っていった。
その5分後には、敵艦隊の上空援護を行っていた敵戦闘機隊も、頃合い良しとばかりに港の上空を離れ、シギアル港には静寂が戻った。
丘の上の住民達は、誰1人として声を上げられなかった。
シギアル港は、民間の港湾施設含めて潰滅状態に陥り、市街地にもあちこちで火災が生じ、徐々に延焼し始めていた。
丘の上の住民達は、誰1人として声を上げられなかった。
シギアル港は、民間の港湾施設含めて潰滅状態に陥り、市街地にもあちこちで火災が生じ、徐々に延焼し始めていた。
シギアル港には、まさに地獄が現出されている。
昨日の空襲に引き続き、早朝に堂々と敢行されたアメリカ戦艦部隊による艦砲射撃は、住民達に対して否応なしに、偉大なる帝国の敗戦が
近い現実を知らしめる事となった。
近い現実を知らしめる事となった。