自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

382 第282話 鍵のカケラ

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第282話 鍵のカケラ

1485年(1945年)12月30日 午後11時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

ウェルバンルは26日から天候が崩れ、今では雪が降っていた。
夜も深くなり、帝都は真冬の冷気に覆われてより寂しい雰囲気を醸し出している。
特に、12月初旬からは、米軍の2回にわたる首都襲撃の影響で首都の人口が加速度的に減り、12月30日までには70万人が
帝都より脱出したと言われていた。
このため、ただでさえ人通りの少なかった夜間の大通りは、完全に人の姿はおろか、明かりの付いた家もかなり少なくなっている。
区画によっては全く明かりの灯っていない場所もあるため、ゴーストタウンと化していた。

その人の少なくなった首都を抜け、1ゼルド北に離れた森林の中に、古めかしい小屋があった。
その小屋の側に、今しがた、1台の馬車が横付けし、そこから慌ただしく1人の男が降りてドアの前に立った。
暗闇で分かり難いが、一目見れば明らかに高級とわかる毛皮に身を包み、帽子を目深く被った男は、小屋のドアを2度ノックした。
軋み音と共に、ドアがわずかに開かれる。
掌ほどの広さに開かれたドアの間から、口ひげを生やした痩身の男が姿を現す。

「こちらへ」

男が小声で言うと、ドアを更に大きく開く。
毛皮を着た男は、頷きながら中に入っていった。
痩身の男は、馬車の御者と目を合わせ、こくりと頷いてからドアを閉める。
御者はドアが閉められたのを確認するや、小屋の側から離れてどこかに走り去ってしまった。

小屋は、中に地下へ繋がる隠し階段があった。
毛皮の男は、痩身の男と共に階段を下りていくと、地下室に到達し、痩身の男が目の前のドアを重々しそうに開いた。

「ウリスト侯爵。お待ちしておりました」

中には、眼鏡を付けた中年の男がおり、彼は席から立ち上がると、毛皮の男に対して、恭しく頭を下げながら挨拶を送る。

「ホーウィロ導師、久しいな」

コホヴモ・ウリスト侯爵は、渋面を浮かべたまま、挨拶を送ったオルヴォコ・ホーウィロ導師に言葉を返す。
彼は、身に纏っていた毛皮を、室内で待機していたホーウィロ導師の従者に預ける。
従者は毛皮コートを部屋の隅にあったハンガーにかけた後、香茶を淹れて2人に振舞った。

「ありがとう」
「その様子では……10貴族会議は、貴方にとってよろしくない物になられたようですな」
「よろしくないも何も……大多数が腑抜けになっておる」

ウリスト侯爵は不快感を露わにしながら、ホーウィロ導師に言う。
ウリスト侯爵は、シホールアンル10貴族と呼ばれる帝国内有数の大貴族の1つである、ウリスト家の当主である。
今日の夕方から、帝都では10貴族会議と呼ばれる、帝国内の有力貴族当主や随員を集めた会議が開かれた。
シホールアンル帝国には、皇帝であるオールフェス・リリスレイが当主を務めるリリスレイ家を始めとして、エルファルフ、モルクンレル、
ハーヴィンエル、トレンツォス、ウリスト、バイケラ、ピルッスグ、ロイスコ、カリペリウ家がある。
この10の貴族は、過去に大臣や、皇帝を輩出した名門中の名門であり、ウリスト家は建国当初よりシホールアンルの国政に携わってきた伝統ある貴族だ。
500年前にはウリスト家出身の皇帝が即位し、凡庸ながらも堅実な政治で国内を安定させた実績を持つ。
そのウリスト家当主である彼は、他の10貴族の当主達と共に今日の会談に臨んだ。
ウリストは、皇帝陛下であるオールフェスと共に、主戦派として国体の維持や、徹底抗戦を声高に唱えた。
ウリストとオールフェスの意見には、カリペリウ家やロイスコ家の当主が賛同したが、残った6貴族のうち、3貴族の当主たちは、逆に停戦すべしと
明確に言い放った。
その急先鋒はバイケラ家当主である、ヴリヒルド・バイケラ侯爵であった。
バイケラ侯爵は、シホールアンル本土中部に領地をもつ大貴族だが、その領都であるランフック市は、今年8月30日に行われた、アメリカ軍の
無差別戦略爆撃によってかなりの被害を出しており、12月初旬に出された最終報告では、空襲時に死亡、並びに、空襲に関連する死者は11月末時点で
7万2千人、負傷者18万人、罹災者数83万人となっている。
死者、負傷者、罹災者を含めた被害者数は100万人以上にも及び、市街地の損害も甚大となり、バイケラ家の財政も大打撃を受けた。
無差別戦略爆撃の恐ろしさを間近に体験したバイケラ侯爵は、

「もはや、敵の爆撃による被害は、帝国南部、中部領のみならず、首都にまで及んでおります。これまで分かっただけでも、敵の戦略爆撃の
犠牲になった帝国臣民の数は、実に15万人にも及び、負傷者、罹災者を含めた被害人員は700万に上る勢いです!陛下……陸海軍の主力が
壊滅したうえに、対抗不可能な爆撃機が現れた以上……我が国の敗北は必至かと思われます。かくなる上は……連合軍に対して、和議を請うしか
道は無いと、私は確信致します!」

と、皇帝であるオールフェスに向けてそう力説した。

バイケラ侯爵に続き、トレンツォス家やハーヴィンエル家の当主も同様の意見を述べた。
モルクンレル家の当主であるモヴェスト・モルクンレル侯爵(リリスティの父である)と、エルファル家当主ルナリア・エルファルフ女爵は、
明言こそしなかったものの、言下には、やはり終戦を匂わす様な意見を述べた。
ピルッスグ家当主、メリヴェ・ピルッスグ女爵は中立的な意見を述べるだけで、停戦か、または継戦に賛同する否かすらも判断せず、
ただ静観しているだけであった。
3時間にも及ぶ会議の結果、オールフェス自身が皇帝の権限を利用し、徹底抗戦を押し通す形で決まってしまったが、講和派や、講和派寄り
とされる貴族は依然多いままである。
ウリストはこの状況が全く気に入らなかった。

「帝国本土は広い。陸軍は確かに痛手を被ったが……敵の進撃を遅らせることぐらいはできるであろうが。その間に戦力を立て直し、
進撃する連合軍を皆殺しにすればよい事だ!」
「閣下の仰るとおりであります」

早口でそうまくしたてるウリストに、ホーウィロは相槌を打つ。

「ですが、先の決戦では痛手を被りすぎたのもまた事実のようです。噂では……陸軍の主力部隊が丸ごと包囲殲滅されるか、南部領に
閉じ込められてしまった……と」
「やられて当然だ!あんな、すぐに撃破されてしまうようなヤワな兵器しか持たん現状ではな!」
「そのための……ですな」

ホーウィロは満面の笑みを浮かべる。

「うむ。貴公を読んだのはそのためだ」

ウリストは真顔でホーウィロの目を見つめる。

「いつまでに投入できそうか?」
「3月下旬には何とか間に合いますな。今のままでも、戦場に立たすことはできますが」
「兵器としてはまだ使い物にならんのだろう?」
「ええ。幾分、調整中ですので」
「それだけではない」

ウリストが首を横に振りながら付け加える。

「移転地にある施設の建築がまだ途中だ。私としては、今の場所から早く移動させたい」
「閣下……本当にあの場から移動されるのですか?あそこは天然の要塞であり、守備も万全です。閣下が秘密裏に備えさせた沿岸要塞も
機能しておりますぞ」
「……先日の首都襲撃さえなければ、わしも君と同じ気持ちでいられたのだがな」

ホーウィロは、ウリストが見せた表情に対し、幾分驚いてしまった。
ウリストは常に自信に満ち溢れた熱血漢でもあり、弱味らしい物を見せた事も無ければ、弱音を吐いたことも無かった。
その彼が弱音を吐こうとしている。

(閣下も、この戦争で大分参られてしまったか?)

ホーウィロは心中で疑問を抱く。

「施設は首都よりも北に遠く離れた僻地にあるから、敵の目も向いてはいないとは思う。だが……東の海を隔てれば、そこにはアリューシャン列島が
ある。わしらがミスを犯せば、敵はこちらにも監視の目を向けるかもしれんぞ」
「ご心境、お察しいたします。しかしながら……」

ホーウィロはウリストを見据えながら自らの心境を打ち明けた。

「施設の備えは万全であり、守備兵力も揃っております。それに加えて、施設は“口の中”にあるため、どのような攻撃も受け付けませぬ。連絡に
使う魔法通信も、細心の注意を払い、昨年より配布の始まった軍の暗号を基にして行い続けています。皇帝陛下すら知らない程にまで施された隠蔽……
敵が見破る事は不可能でありますぞ」
「余計な心配はせんでほしい、と言っておるのだな?」

ウリストはホーウィロに尋ねたが、彼は無言のまま頷いた。

「貴公の言う通りだ。だが……移転の準備は続ける。これも、カケラを大々的に運用可能にするための布石だ。山の顎の中であれば、
例のコンカラーとやらが来ても歌を歌いながらやり過ごす事ができよう」
「閣下の意思は固いようで……とはいえ、これも計画の内ですからな」
「鍵計画の遺産はしっかりと引き継いだ。ただの戦術兵器にしかならぬのが問題ではあるが……むしろ、前よりも前線向きになった分、
使いやすいと言えるだろう」
「そういえば、今日は施設で調整が行われております。今頃は、調整も終盤にさしかかっておるでしょう」

ウリストはそれ聞くなり、小さな笑みを浮かべる。

「材料をよく調達できたな」
「今は戦時です。材料なぞいくらでもあります。それに……閣下のご尽力の賜物でもあります」
「苦労したぞ。だが、これも一重に、偉大なる帝国の為だ」

ウリストの笑みは、自然に怪しげなものに変わっていく。

「1人で1個大隊……それを量産すれば……必ず、帝国は勝てる。そう、この大戦争に勝てるのだ」
「いずれは、南大陸をも飲み込む事ができますかな」
「無論だ!」

ウリストは即答する。

「何が戦略爆撃だ。何が機械化師団だ……そんな烏合の衆が作ったガラクタは、我が偉大なる帝国の魔法技術が作り上げた最強の魔導兵によって、
全て無に帰してくれるわ。そして、いずれは、アメリカ本土をも……」
「アメリカ本土は流石に、無理があるのではないですかな?」
「……やはりそう思うかね」

ウリストは途端に、乾いた笑いを浮かべた。

「調整が済んだ魔導兵といえど、海を渡る事は不可能だな。それを行うには、やはり海軍力が必要になる……か」
「その前に、まずは連合軍の地上戦力を一掃する事です。海軍の再建等は、その後の話です」
「ふむ。それもそうだな」

ウリストは自信ありげにそう答えた。

(うむ。やはりこのお方はこうでなければ……)

ホーウィロはそう思い、帝国の前途は明るいと確信した。
だが、彼は再び、意外な物を目の当たりにする。

「……と、なれば、どれほど幸せであろうか」
「……閣下?」
「導師……現実を嫌というほど見せつけられると、自信という物は大きく揺らいでしまう物だ。先ほどの話も……今の帝国の状況では……」

ウリストは、両手で自らの顔を覆う。

「ただの妄想にすぎんものだ」
「か……閣下……」
「せめて……せめて、講和にさえ持ち込めば」
「閣下は……弱気になられたのですか?」

ホーウィロは、ウリストに恐る恐る尋ねた。

「貴公がそう思うのなら、そうなっているのだろう」

ウリストは答える。そして、勢いよく椅子から立ち上がった。

「だが、この偉大なる帝国に対する気持ちは、何ら変わらぬ!導師、何としてでも、鍵のカケラ計画は完遂させるのだ。敗北が必至であろうが
もはや構わぬ……最後まであがき、シホールアンル帝国の底力を世界に示してやろうぞ!」
(そして、いずれは皇帝の座を……)

ウリストは僅かな間、自らが抱く野望の成就に思いを馳せた。

怒号と悲鳴があがり、直後に床に液体が飛び散る音が響く。
目の前を全身傷だらけになり、慢心創痍となった男がこちらを睨みつけている。
連合軍の捕虜であるその兵士は、右腕と左足が無くなっているにもかかわらず、闘志だけはなんら衰えていない。

私は……それを壊してしまうのが好きだ。

剣を振りかぶり、そして、力いっぱい振り下ろす。
男の胸に剣の先が深々と突き刺さり、そこから赤黒い血が迸る。
それが全身に振りかかった時……私は体の奥から熱い物を感じた。

「ああ……いい……」

体にかかった血を両手でふき取り、それを顔に塗りたくる。
そして、体中に血を塗っていく。
程よく鍛えられ、引き締まったお腹と、施設の男達が羨ましげに見る突き出た双丘にも。

「もっと……もっと…」

たまらない。
獲物をもっと狩りたくてしょうがない。
周囲からは、悲鳴と共に人が次々と殺されていく。
仲間達が私と同じように“調節”を行っているのだ。

「もっと……えぇ、もっとぉ」

不意に、後ろから殺気を感じ取る。
瞬時に向きを変え、私は右の掌を、後ろから迫ってきた材料に向け

「もっとぉ!!」

それを材料……捕虜の男の腹に向けて赤黒い光を放った。
光は男の腹を貫き、反対側に飛び出る。
隙を衝いたはずの敵は、血を吐きながら両膝を付いたが……直後、体を貫いた光が男の体を取り巻いたと思いきや、縦横に動き回り、
一瞬にして無数の肉片に変えてしまった。

大量の血しぶきと共に、肉片や臓物の欠片が周囲に撒き散らされた。

愉しい……

闘技場に放置された男女300人の捕虜……施設の者が言っていた“材料”達は、私を含む5人の特殊魔導兵によって一方的に虐殺されている。
誰もが、この凄惨な光景に顔を顰め、中には目を背ける物すらいる。
でも、私は楽しい。
そう、実に楽しい。

「ああ……いい……ふ、ふふ」

逃げようとする若い捕虜を、ゆっくりと歩きながら追い詰めていく。
捕虜は、武器を持っていた。

「ねぇ。何してるのー?」

私は笑いながら聞いた。
捕虜は、手に持っている拳銃を向けたまま腰を抜かし、片手で必死に這いずり回っている。

「使わないの?」

捕虜は罵声を放ちながら拳銃を撃ってきた。
それをわかっていた私は、瞬時に術式を暗唱し、防御結界で銃弾を弾き飛ばす。

「ふ……ふふ」

捕虜は目を丸くし、そして、叫びながら拳銃を撃ちまくった。
でも、銃弾は残らず結界に弾かれ、捕虜の拳銃は弾切れとなった。

「終わりィ……?なら……」

私は捕虜の間合いを詰めると、相手の首を掴む。

「今度はこっちの番……ね?」

囁くようにして相手に言ってから、私は首をへし折った。

「ふふふふ……はは」

首をへし折り、そして、引き千切り、体を切り刻んで血を噴出させる。

「ははははは!楽しくてたまらない!こんなちっぽけな弾じゃ結界を弾くなんて無理!せいぜい、大砲でも持ってくる事ねぇ!」

言いようのない高揚感に身を任せ、私は高々と笑う。
頭を何度も上下させ、長い赤髪を振り乱す。

「ハハハハハハ!あああああああ!たまらないいいいいいいィィィィィ!」

笑う…笑う…そう、殺人を楽しめる事に笑い、それを与えてくれたヤツラに笑い…




そんな取り返しのつかないことをした自分を……



「う…んぐ……ぶっ」

唐突に、彼女は嘔吐した。

「またか……不調ばかり起こすものだな」

闘技場の隅に置かれた観測室で、施設長のナリョキル・ロスヴナは渋い表情を浮かべながらそう吐き捨てた。

「ですが、成績は3番が一番良いですね。確認殺害戦果72は特筆すべきかと」
「奴は前回の“調節”でも正気に戻りよった……志願してこの任務に就いたというのに、何とも不器用な奴だ」
「それでも、前回は38人で、今回は72人です。調節の甲斐はあったかと」

副施設長は、ロスヴナに意見する。

「その点は認める。だが……私はまた“不調”を出している事が気に入らんのだ。あれではただの不良品にしかならん」

ロスヴナは、堀の深い痩せ顔に苛立ちを滲ませた。

「まぁ……今回の調節はもう終わりだ。ちょうど、殺しつくしておるし……あとは闘技場の掃除を行い、連中を部屋に戻すとしよう」
「了解いたしました。それでは施設長……帝都のウリスト卿にはどのように報告いたしましょうか?」
「ふむ……調節自体は上手く行ってはいる」

ロスヴナは、施設の守備兵に連れていかれる黒い戦闘服の5人……今は返り血で赤黒く染まった志願兵達の1人に注視しながら、ウリスト卿に送る言葉を考える。
志願した魔導兵5人のうち、2人は女性兵だ。
その中の、長い赤髪の女性兵はこの5人の中で一番の戦果を出していた。
そして、功労者である彼女は、顔を真っ青に染め、口元を抑えながら、守備兵と共に闘技場を後にした。

「こう送ろう。第4回目の調節は無事成功。魔導兵に少しばかりの不安を残るも、目的はおおむね達成。戦力化は予定通り行える見込み……とな」
「了解いたしました」

副施設長は、ロスヴナの言葉をメモに書き記すと、隣に待機していた魔導士に通信を送るように命じた。

また私は……ろくに抵抗のできない人々を殺してしまった。
なぜ、こんな地獄の苦しみを味わうのか。



帝国のため?
最初はそうだった。



自分のため?
最初はそうだった。




空襲で死んだ家族のため?
それもそうだった。


ランフックで家族を失った復讐がしたかった。
だからあたしは、自らの体を掛けてもいいと、あの男の誘いに乗った。

「その結果が、この地獄……復讐を願う人間としては、妥当な姿……という訳か」

でも、受け入れるしかない。
本当はいやだ。
だが……それでも、あたしは前に進むしかない。



ああ……なんて事だろうか。



血と臓物から発せられるむせ返るような死臭に、私はもう慣れてしまった。
そして、それだけ……ヒトという生き物から離れてしまった。
今度の調節では、何を得て、何が失われるのか?




あの急な吐き気が無くなれば……わたしは人間では無くなるだろうか?

1485年(1945年)12月30日 午後8時 カリフォルニア州サンディエゴ

アメリカ太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥は、年末が迫るこの日も、太平洋艦隊司令部において、
幕僚と共に定例会議を開いていた。

「長官。第3艦隊としては、来年の1月上旬頃に、再びシホールアンル帝国東海岸沖に展開し、残存する沿岸部の工場地帯、または軍事施設等を叩くようです」
「第3艦隊は先のウェルバンル空襲の損失は既に補充済みであり、次の作戦においても、十二分にその力を発揮できることでしょう」

太平洋艦隊参謀長を務めるフォレスト・シャーマン中将と、航空参謀のウィンクス・レメロイ大佐がニミッツに説明する。

「第5艦隊はどうかね?」

ニミッツは、最も気がかりであった、第5艦隊の状況について問うた。
それにシャーマン中将が答える。

「第5艦隊は既に戦力の再編を終え、今は艦載機の補充を行っておる最中ですが、これは1月初旬までには完了する見込みです。ただ、西海岸沖も
天候不良が続いており、機動部隊が行動に移れるのは、早くても来年の1月下旬からになるようです」
「ふむ。幾ら世界最強の艦隊とは言え、自然の前には無力……あとは、お天気頼みをするしかないという訳か」

ニミッツは腕組みしながら、そう独語する。
第2次レビリンイクル沖海戦に大勝し、後のシェルフィクル工場地帯潰滅も成功させた第5艦隊は、リーシウィルムに帰還後は戦力の再編に当たり、
現在では正規空母8隻、軽空母7隻、航空兵力1300機を有している。
正規空母8隻のうち、2隻は大損害を免れた大型装甲空母リプライザルとサラトガⅡであり、残る6隻はエセックス級正規空母だ。
軽空母7隻はインディペンデンス級であり、こちらは第2次レビリンイクル沖海戦前と同様、全艦が健在である。
第5艦隊はこれらの母艦戦力を基に、4つの機動部隊を編成し、損傷した空母が修理を終えて戻るまでは、第58任務部隊はこの4つの空母群を率いて戦う事になる。
第58任務部隊は、1つのタスクフォースとしては依然巨大な戦力を誇る物の、最盛期と比べると幾分、見劣りを感じてしまう。
とはいえ、先の決戦で敵主力をほぼ全滅させた今となっては、TF58を遮る物は天候以外にないと言っても過言ではなかった。
その第58任務部隊は、第3艦隊が有する第38任務部隊と同様、今後しばらくは天候不順のため出撃できず、行動を再開するのは来年の1月下旬からとなる。
太平洋艦隊司令部としては、北大陸西海岸沖の第5艦隊と、東海岸沖の第3艦隊を連動させて、シホールアンル側にさらなる圧力を掛けようと考えている。
だが、それが実行に移されるのは、まだしばらく先になりそうであった。

「陸軍は今のところ、前線での動きを止めておりますが、早くても1月3日までには行動を再開すると思われます」
「地上部隊は冬季装備が行き渡っているからな。戦力の再編と補充が済めば、すぐに行動ができる点に関しては、陸軍が羨ましく感じるな」
「長官、機動部隊はすぐに動けませんが……その代わり、潜水艦部隊は既に、次の行動に移りつつあります」

作戦参謀を務めるヤン・ウィルキンソン中佐が、壁に掛けられた地図の一点を指示棒でなぞる。

「シホールアンル帝国西端から西に900マイル離れた場所にあるルィキント列島、ノア・エルカ列島からは、同地で生産される魔法石を始めとした
各種資源や軍需物資が帝国本土に向けて運ばれています。ロックウッド提督指揮下の潜水艦部隊の一部は、既に出撃を終えており、1月の初旬には、
アイレックス級潜水艦2隻を含む18隻が、ルィキント、ノア・エルカ列島の航路に布陣し、敵輸送艦の捜索、並びに、攻撃を行い、この海上交通路の
遮断を狙います」

現在、太平洋艦隊は西海岸沖に28隻、東海岸沖に26隻の潜水艦を投入している。
第2次レビリンイクル沖海戦時には、西海岸沖に68隻の潜水艦を投入していたが、大半の艦は第2次レビリンイクル沖海戦時に救出したパイロットを
リーシウィルムに送り届けるか、整備や補給のため散開線から離れている。
ちなみに、第2次レビリンイクル沖海戦では、潜水艦部隊は89名のパイロットを救出しており、この働きは艦隊司令官であるフレッチャーやニミッツのみ
ならず、キング提督をも大いに喜ばせていた。
地味ながらも、大任を果たした潜水艦部隊の新たな任務は、ウィルキンソン中佐が述べた通り、今まで手付かずとなっていたルィキント列島、ノア・エルカ列島
の海上交通網の遮断となる。
その手始めとして送られたのが、アイレックス級潜水艦2隻、バラオ級潜水艦16隻の計18隻だ。
派遣される潜水艦の数はローテーションを行いつつ、今後は漸増される見込みであり、計画では32隻の潜水艦が、先述の海上交通路に展開する予定だ。
また、状況次第では、第5艦隊所属の第58任務部隊がルィキント列島、ノア・エルカ列島の根拠地に空母艦載機でもって攻撃を仕掛け、同地の在泊艦船の
殲滅を実行する事も検討されている。

「この交通路の遮断が成されれば、シホールアンル側の窮状がより深刻な物になる事は、ほぼ確実かと思われます」

ウィルキンソン中佐がそう言うと、ニミッツも顔を頷かせた。

「魔法石は、魔道銃を扱う敵にとっては必需品だ。ただでさえ、帝国本土はB-29の戦略爆撃によって国力を削がれつつある。つい先日、新型機である
B-36も登場してからは、シホールアンル本土は、国土のほぼ全てを、B-36の作戦行動半径内に収められている。そこから辛うじて逃れられていた
ルィキント、ノア・エルカからの資源輸入も断たれれば……敵地上部隊はまともに戦う事すら難しくなるだろう」

「ただでさえ、制空権を失われているというのに、そこに魔法石の供給不足か……敵とはいえ、いささか同情してしまいますな」

シャーマン参謀長が哀し気な口調で言う。

「仕方ありません。ありとあらゆる手段を用いて敵を弱体化するのも、戦争のやり方の1つです。シホールアンル軍には、たっぷりと弱って頂きます」
「作戦参謀の言う通りだ。シホールアンル海軍主力が壊滅したとはいえ、太平洋艦隊にもまだまだやるべき仕事はあるという事だ。これまで通り、堅実にこなしていこう」


同日、午後9時。太平洋艦隊情報部

太平洋艦隊情報副参謀兼、戦闘情報班指揮官を務めるジョセフ・ロシュフォート大佐は、司令部地下にある情報部のデスクで、ミスリアル側から派遣された
ダークエルフの士官と共に幾つかの本を見ながら会話を交わしていた。
室内には幾つもの無線機が設置されており、そこに係の兵や、同盟国から派遣された特殊補助員である魔導士官が詰めて情報の分析に当たっている。

「大佐。やはり、この本からも符号しそうな言葉は見つかりませんな」

ミスリアル海軍の魔導士官であるヴェンス・レンティオ少佐は、最後のページを捲りながらロシュフォート大佐に言う。

「うーむ……フェミス・レイヴァーン族は諜報においては右に出る物がないと言われていたようだが、その氏族出身の君ですらヒントを見つけるに至らずか」
「そもそも、敵の暗号が思った以上に難解なのも、我々手古摺る原因となっています。ただ単に書物に出てくる内容を当てはめたのかと思いきや、そうでもない。
では、敵の魔法用語やそれに付随する物から付けたと思いきや、それも違う……」
「カイトロスク会戦では、我々連合軍が勝利したとはいえ、奇襲を許してしまったのは顕然たる事実だ。それを今後も起こさぬためには、敵の暗号を
解かねばならんのだが……そう簡単に行かんものだ」
「大佐。ここらで小休止と行きませんか?かれこれ5時間はこうして暗号解読のヒントを探しております。本国で鍛えた私でも、流石に応えてきましたね」
「おお、もう夜の9時なのか。思えば、夕食もまだ食べてないな」

ロシュフォートは、今更ながら感じ始めた空腹感に苦笑を浮かべる。

「何か食べる前に、コーヒーでも淹れましょうか?」
「そうだな。では、いつもの奴を頼む」
「了解です」

レンティオ少佐は微笑みながら席を立ち、コーヒーを淹れに行った。

「それにしても、ここに着任当初はやたらに頭が固くて融通の利かん印象が強かったが……どうしてどうして、奴さんはあっという間にここの環境に
順応してしまった。本当、世の中は面白い物だ」

ロシュフォートは、レンティオ少佐がこの太平洋艦隊司令部に着任した当初を思い出しながら、半ば微笑ましい気持ちになった。

ミスリアル王国はアメリカ合衆国と同盟を結んでから早3年以上が経つが、エルフ族国家であるミスリアル国内には、未だに人間蔑視の風潮を残す
氏族が少なくないと言われている。
レンティオ少佐の属しているフェミス・レイヴァーン族は、その傾向が最も強いとされており、米軍内でも同氏族出身の者には最大限の注意を払うように
と通達が出ているほどだ。
レンティオ少佐も、渡米前まではそういった派閥で幅を利かせていた人物として知られていたため、太平洋艦隊司令部では何らかの軋轢が生まれる事を恐れていた。
だが、レンティオ少佐は司令部に着任するや、当初の予想を大幅に裏切る形で任務に励んだ。
着任当初こそは、その口ぶりからしてガチガチのエルフ至上主義者と思われた物の、人間蔑視を公言することも無く、それどころか、分らぬところは
素直に言い伝え、ロシュフォートらと相談して問題の解決を試みるなど、実際は聞き分けが良く、性格も良い好青年というのが、皆がレンティオ少佐に
対して抱いた印象である。
そんな彼が一番気に入っているのが、コーヒーである。
最初は差し出されたコーヒーを見るなり、

「何か仕込んだのですか?」

と、あからさまに怪しんでいたが、一口飲むと、彼はその味が気に入ってしまった。
それ以来、レンティオはコーヒーの虜となっており、今では、休日にサンディエゴ市内でコーヒー豆を探す彼の姿がたびたび見られる程になっている。
やや間を置いてから、レンティオが両手にコーヒーの入ったカップを持って戻ってきた。

「大佐。コーヒーが入りました。どうぞ」

レンティオはロシュフォートにカップを差し出し、ロシュフォートはそれを受け取る。

「ありがとう」

レンティオは席に座り、淹れたコーヒーを一口すする。

「はぁ……このほろ苦い味わいがなんとも言えませんな。特に、仕事の合間に飲むコーヒーは格別です」
「少佐もすっかり、アメリカ文化に染まってしまったな」
「ええ。最初の頃が恥ずかしく思えます。エルフも人間も、しがらみを捨てて吹っ切れた方が、色々と得になる物が多いという事を学びましたよ」
「そりゃそうだ……そうやって学び続けていく事で、初めて理解できる事も多い。人生は死ぬまで勉強の連続だよ」

ロシュフォートはそう言ってから、コーヒーを啜った。

「失礼します!」

小休止を取る横から、警備兵の張りの良い声が飛び込んできた。
声のした方向を見ると、入口に警備兵が立ち、その横に1人の青年がこちらを向く形で立っていた。

「バルランド王国よりカーリアン魔導士がご到着されました。どうぞ、こちらへ」
「おお、来たか!」

ロシュフォートは顔に喜色を滲ませながら、席を立った。
室内に入室してきた青年は、そこで立ち止まってから室内の一同に向けて着任の挨拶を行った。

「申告します。バルランド王国海軍魔導技術部より参りました。ヴェルプ・カーリアン少佐であります。本日をもって、アメリカ太平洋艦隊司令部へ
出向した事を、ここにお伝えします。以後、よろしくお願いします」
「ご苦労」

ロシュフォートは幾分固い口調で返した後、破顔してからカーリアン少佐に握手を求めた。

「ロシュフォート大佐。しばらくですな」
「君も元気そうで何よりだ」

2人は互いに握手を交わした。

「クレーゲル魔導士もそうだったが、君もやはり軍に入る事になったのかね」

「はい。階級が付いていた方が何分やり易いであろうと言われ、及ばずながら、海軍少佐の位を承った次第です」

ヴェルプとロシュフォートは、魔法通信傍受機を合衆国海軍艦艇に配備する際、専用の通信員の事で協議するため幾度か顔を合わせており、互いに
見知った間柄となっていた。

「紹介しよう。こちらはミスリアル軍から派遣されたヴェンス・レンティオ少佐だ」
「レンティオです。よろしく」
「カーリアンです。私の事はヴェルプと呼んで貰っても構いませんよ」
「君がバルランド王国で暗号魔法の提案をしたという魔導士か……かなり若いな」
「よく言われますよ」

ヴェルプは苦笑しながらレンティオに返す。
彼は、他のメンバーと一通り自己紹介を終えた後、ロシュフォートに頭を下げた。

「大佐。この度は予定の時間に遅れてしまい、申し訳ありませんでした」
「飛行機のトラブルで遅れたんだろう。それは仕方ない事だ。むしろ、私としては、まだ離陸しないうちにエンジントラブルが発生した事が、不幸中の
幸いだと思っている」

ロシュフォートはヴェルプの肩を叩く。

「この状況を打破するきっかけとなる重要人物が、飛行機ごと海にドボンとなっては非常にまずいからな」
「まだ私がきっかけになるとは限りませんよ」

ヴェルプは頭を掻きながら、苦笑いを浮かべる。

「ですが、出来る限りの事はやります」
「いい返事だ。君の机はここだ」

ロシュフォートは、開いていた机を掌で叩いた。

「ありがとうございます。では、早速ですが、本題に入ってもよろしいでしょうか?」

「今から晩飯にしようかと思ったが……君の話を聞いてからにしよう」

ロシュフォートはレンティオと共にヴェルプの近くに椅子を移動する。
腰を下ろした2人に、ヴェルプは説明を始めた。

「私がバルランド本国で魔法通信の暗号化という提案を持ち出したのは、バルランド軍増援部隊の派遣が2カ月後に迫った1477年の事でした。
当時、若輩ながらもバルランド王国魔導院において新たな魔法の開発に携わっていた私は、近い将来、魔法通信を傍受する魔法が出てきた時に備え、
魔法の暗号化を提案し、実用化に向けた準備も行っておりました。当時、私の直属の上司であったイボルィス・ヴェイロイ魔導士は実質的に暗号化の
責任者として私を含めた魔導院の魔導士と共に、精力的に術式の開発に励みました。ですが、軍の上層部からは魔法の暗号化は手間がかかる上に、
現状では実用的ではないと判断され、暗号魔法の開発は3ヵ月で中断してしまいました」
「そういう経緯があったのか……初耳だな」
「何分、かなり昔の話でしたので、本国の魔導士も殆どが暗号魔法を開発していたことを忘れていました。ですが、シホールアンル側が暗号魔法を用いて、
前線部隊へ攻勢計画の通達を行った事が明らかになると、本国の上層部も事態の重大さを認識するようになりました」
「ふむ……確かに、事は極めて重大ではある。だが、君の口ぶりからすると、バルランドは何かしら、慌てているようにも思えるが」
「は……実は、先の話は続きがあるのです」

ヴェルプは、真剣な眼差しで2人に説明を続ける。

「私の上司であったヴェイロイ魔導士は、その2ヵ月後に軍部隊と共に北大陸へ派兵されましたが、結果はシホールアンル軍に敗北し、ヴェイロイ魔導士は
戦闘中に負傷し、殿部隊と共に最後の戦闘を行った末に行方不明となりました。軍上層部では戦死したものと見なされており、私達も酷く悲しみました」
「だが……シホールアンルは君の恩師が死ぬ前に、聞きたいことは全て聞き出した。という事かな」
「まだそう判断する事はできません。あれから7年以上も経っています。ただ、まさか……と、思う事はあります」
「敵が魔法通信の暗号化を実用した結果は、そのヴェイロイ魔導士から情報を聞き出し、そこから本格的に術式の開発を行った……と言う事だな」

ヴェンティオが言うと、ヴェルプはやや顔を俯かせた。

「本国では……そう認識する者も少なくありません。自分達の技術がきっかけで、あの大苦戦を生み出してしまったのではないか……と」
「だが、ちょっと待ってほしい」

暗澹たる表情を浮かべるヴェルプに対し、ロシュフォートが右手を上げながら言う。

「情報を聞き出して、暗号魔法の実用化に至るまで7年。新技術の実用化には手間がかかるとはいえ、7年は幾分長いな。もしかしたら、
今使われている暗号通信は、連中が独自に開発した技術かもしれんぞ」
「確かに、大佐の言われる通りかもしれません……ですが、いずれにせよ、私は暗号魔法の基礎を作った魔導士の1人です。暗号魔法を作成するには、
必ず越えなければならない難関があり、その特徴は暗号文の文面に出る事もあります」
「難関だと?それに特徴とは一体……?」
「まず、暗号には平文とは異なった文字の羅列を組み込み、それを引き当てて解読していきますが、魔法通信には異なった魔法波というのも組み込み、
同時に発信しています。これは送り先の味方魔導士に暗号の“答え”を同時に送り込んでおり、受信した魔導士は暗号文と、その答えを同時に頭の中で
照らし合わせて、その内容を口頭で伝えるようになっていました。そして、文面にも一定の間隔を開けたり、または古代語に因んだ文字を不定期に組み込むなど、
敵が傍受した際に解読を困難にさせる工夫を凝らしています」

ヴェルプは、持ち込んだ鞄を開けると、そこから何枚もの紙を取り出した。

「これは、連合軍情報部より譲り受けた例の暗号文の写しです。ご覧のように、昔ながらの言葉等が組み込まれたり、文字の間隔があいたり、所によっては、
脈絡のない頭文字を一字だけ書いて、それを何行も書き続けているのもあります。英語で言えば、A、B、Cで始まるアルファベットが、Z、R、A、P、
O、I、Q、Gと、デタラメに並べているような物です」
「その訳のわからん文面も多いな。こいつも、暗号解読が一向に進まない原因の1つだよ」

ロシュフォートが忌々し気に言い放つ。
だが、彼は同時に意味ありげな笑みも浮かべた。

「だが、これも暗号解読を行うに当たっては、避けては通れない道だ。簡単に解ける暗号なぞ、暗号とは呼べんからな」

それにヴェルプが相槌を打とうとした時、背後にあった魔法通信傍受機が急に作動し始めた。
隣にいたバルランド軍所属の特殊補助員が慌てて魔法通信傍受機に取り付く。
やがて、傍受機からは細長い紙が吐き出された。

「大佐。シホールアンル本土から新たな魔法通信を傍受しました。暗号文です」

それを聞いたロシュフォートは、ヴェルプに顔を向ける。

「噂をすれば何とやら、だ」

ロシュフォートはバルランド軍の魔導士から紙を受け取ると、その内容を読み始めた。

「ホイロンスの悪魔は悪魔のままにありけり。さりとて、成長への過程に点、また点が在する物なり。しかして、点を穿ち抜くのは、それ次第でしかあらず。
われ、尚も悪食に身をゆだねる。贄は未だに豊富にありけり」

ロシュフォートは読み終えると、ヴェルプとレンティオの顔を交互に見やった。

「分かりやすい文面だと思うが、こういうのでも解読ができんのが現状だ」
「なるほど……確かに難解です」

ヴェルプは、表情をやや暗くする。
本国上層部からは、暗号の解読は想像以上に難しいであろうと伝えられていたが、実際に傍受した暗号魔法を見ると、その難しさが改めて分かってしまった。

「ですが……やらなければなりませんね」
「その通りだな」

ヴェルプはそれでも、この困難な任務に挑むつもりであった。
彼の固い意志を感じたレンティオはそう相槌を打ち、更に、ロシュフォートから紙を受け取って、それをヴェルプの前で伸ばした。

「それに……シホールアンルの連中もこうして、君の着任を“歓迎”しているじゃないか」
「歓迎というよりは、挑発とも受け取れるな。さあ、解読してみろという暗然たる挑発だ」

ロシュフォートが幾分おどけた口調で言うと、彼らは思わず失笑してしまった。

「ならば……やっちまうしかないな」

ロシュフォートは笑みを浮かべつつも、鋭い目付きで紙片をじっと見据えた。

「大佐、先ほども申しましたが……私も出来る限りの事をやらせていただきます。必ずや……敵の暗号を解読し、シホールアンルの度肝を抜いてやりましょう」
「無論だ。敵の企みを叩き潰し、この戦争を必ず終わらせてやる」

ヴェルプの決意を耳にしたロシュフォートは、そう返答しつつ、この暗号を必ず解読してやると、沸き起こる闘志を感じながら、ヴェルプ同様、固く決意したのであった。

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