黒田軍の捕虜となった自衛隊員たちは石垣の基礎の上に木造の建造物を置いた小規模な城に監禁されていた。
頑丈そうな木材で壁や格子の作られた地下牢は、窓なども無く明かりは蝋燭だけと薄暗い。
が、湿度も温度も不快というわけではなく、床も畳が敷かれてどちらかといえば座敷牢に近い物になっている。
この地下牢に自衛隊員たちは数名ずつに分けてそれぞれの牢に入れられていた。
食事は質素ながら一日二回出ている…とはいえ、牢といい食事といい、これが最低基準以下なのかどうか正確な判断は付かない。
ただ分かるのは、麦飯が茶碗一杯と味噌汁のようなものと、副菜に焼いた魚か野菜の煮た物が
どちらか一品という献立からすると食べ物は日本と似た文化であるらしい。
一部の詳しい隊員をして驚かせたのは、出された味噌汁にどうみてもじゃが芋やタマネギとしか思えないような物が入っていた時だ。
日本史ではじゃが芋が日本に入ってきたのは1600年代、タマネギは江戸時代に入ってからとなっている。
番兵にこれはなんだ、と尋ねると馬鈴薯と葱頭(タマネギの古い呼び方)だと答えたので、じゃがいも・タマネギと見て
間違いはないだろうが、そうだとするとこの日本の戦国時代風の奇妙な世界は少なくとも史実の日本でいう
16~17世紀ぐらいに相当する状態と思われる。
が、もっと昔から輸入されていたり元々この世界の”日本”では自生していた可能性も一概に否定できない。
また、自分達の知る日本の歴史よりももっと長く戦国時代が続いているのかもしれない。
頑丈そうな木材で壁や格子の作られた地下牢は、窓なども無く明かりは蝋燭だけと薄暗い。
が、湿度も温度も不快というわけではなく、床も畳が敷かれてどちらかといえば座敷牢に近い物になっている。
この地下牢に自衛隊員たちは数名ずつに分けてそれぞれの牢に入れられていた。
食事は質素ながら一日二回出ている…とはいえ、牢といい食事といい、これが最低基準以下なのかどうか正確な判断は付かない。
ただ分かるのは、麦飯が茶碗一杯と味噌汁のようなものと、副菜に焼いた魚か野菜の煮た物が
どちらか一品という献立からすると食べ物は日本と似た文化であるらしい。
一部の詳しい隊員をして驚かせたのは、出された味噌汁にどうみてもじゃが芋やタマネギとしか思えないような物が入っていた時だ。
日本史ではじゃが芋が日本に入ってきたのは1600年代、タマネギは江戸時代に入ってからとなっている。
番兵にこれはなんだ、と尋ねると馬鈴薯と葱頭(タマネギの古い呼び方)だと答えたので、じゃがいも・タマネギと見て
間違いはないだろうが、そうだとするとこの日本の戦国時代風の奇妙な世界は少なくとも史実の日本でいう
16~17世紀ぐらいに相当する状態と思われる。
が、もっと昔から輸入されていたり元々この世界の”日本”では自生していた可能性も一概に否定できない。
また、自分達の知る日本の歴史よりももっと長く戦国時代が続いているのかもしれない。
何にせよ、この世界には謎ばかりが多かった。
情報不足は自分達のおかれた状況と、これから先の展望を不透明にさせ、彼ら一人一人を不安にさせた。
佐野3尉や鹿嶋3尉は既に自分達が指揮官と補佐だと名乗っているので、ここ二日ほど何度か侍たちに呼ばれ取調べを受けている。
今のところは拷問などの危害を加えられそうな様子は無い。
負傷者も必要な手当てなどは施されている。
だが、武器を取り上げられ行動の自由もままならない状態では、明日にも殺されかねないという恐怖は牢内全体に蔓延していた。
既に、この昔の日本に似た奇妙な世界に迷い込んだ直後に殉職者を出している。
家族の写真などを取り出しては見つめ、声を殺して涙を流す者も少なくなかった。
佐野3尉や鹿嶋3尉は既に自分達が指揮官と補佐だと名乗っているので、ここ二日ほど何度か侍たちに呼ばれ取調べを受けている。
今のところは拷問などの危害を加えられそうな様子は無い。
負傷者も必要な手当てなどは施されている。
だが、武器を取り上げられ行動の自由もままならない状態では、明日にも殺されかねないという恐怖は牢内全体に蔓延していた。
既に、この昔の日本に似た奇妙な世界に迷い込んだ直後に殉職者を出している。
家族の写真などを取り出しては見つめ、声を殺して涙を流す者も少なくなかった。
伊庭1曹もこの二日間、膝を抱えて家族や恋人の事ばかりを考えていた。
伊庭は3人兄弟の次男として生まれ、我がままで暴君的な兄と勉学のできて優秀な弟に挟まれて育った。
腕力では兄に、頭の出来では弟に適わず、自分に取り立てて長所といえるものはない、そう思い込んで
幼少期を凄した伊庭は、内向的でで無口な少年に成長する。
高校の3年生の夏ごろになっても自分の未来というものに自信をもてず、兄は既に就職し、
弟は有名大学の付属高校に入学したのと対照的に伊庭はいまだ進路すら決めかねていた。
自分はどうせ兄にも弟にも適わない。
自分に良いところは何もなく、何かをしたくても、挑んだところで兄弟に差を見せ付けられるし、両親は
常に自分と兄弟を比較して「お前も頑張りなさい」と言う。
自分が存在している意義が見出せない。 自分がいなくても、両親には兄と弟がいるからそれでいいんじゃないかと思う。
兄と弟という超えられない壁、挑む前に見えている結果と実らない努力。
思春期らしく迷い、逡巡していた伊庭に未来を指し示したのは、ふとしたことで出会った地連の主任広報官だった。
伊庭は3人兄弟の次男として生まれ、我がままで暴君的な兄と勉学のできて優秀な弟に挟まれて育った。
腕力では兄に、頭の出来では弟に適わず、自分に取り立てて長所といえるものはない、そう思い込んで
幼少期を凄した伊庭は、内向的でで無口な少年に成長する。
高校の3年生の夏ごろになっても自分の未来というものに自信をもてず、兄は既に就職し、
弟は有名大学の付属高校に入学したのと対照的に伊庭はいまだ進路すら決めかねていた。
自分はどうせ兄にも弟にも適わない。
自分に良いところは何もなく、何かをしたくても、挑んだところで兄弟に差を見せ付けられるし、両親は
常に自分と兄弟を比較して「お前も頑張りなさい」と言う。
自分が存在している意義が見出せない。 自分がいなくても、両親には兄と弟がいるからそれでいいんじゃないかと思う。
兄と弟という超えられない壁、挑む前に見えている結果と実らない努力。
思春期らしく迷い、逡巡していた伊庭に未来を指し示したのは、ふとしたことで出会った地連の主任広報官だった。
強く誘われて入った自衛隊で、伊庭は自分の居場所らしきものを見つけた。
ここには誰にも比較されない自分がある。
ありのままの自分が試され、そして必要とされる。
一人一人が自分の果たすべき事を要求され、それを果たし、そして一種の結束、連帯感がそこにある。
厳しい訓練の毎日だったが、充実した生き方がそこにあった。
ここには誰にも比較されない自分がある。
ありのままの自分が試され、そして必要とされる。
一人一人が自分の果たすべき事を要求され、それを果たし、そして一種の結束、連帯感がそこにある。
厳しい訓練の毎日だったが、充実した生き方がそこにあった。
入隊して1年後には恋人もできた。
飲食店でウェイトレスをやっている千春という、いかにも今風といった感じの娘だった。
隊の先輩や同僚達と行った店でたまたま千春が働いていたのが知り合ったきっかけだった。
付き合ってもう何年にもなるが、そろそろ結婚しようかという話が出たことは無い。
ただ、指輪を贈った事があった。 そして千春はそれを婚約指輪だと思っている節はあった。
飲食店でウェイトレスをやっている千春という、いかにも今風といった感じの娘だった。
隊の先輩や同僚達と行った店でたまたま千春が働いていたのが知り合ったきっかけだった。
付き合ってもう何年にもなるが、そろそろ結婚しようかという話が出たことは無い。
ただ、指輪を贈った事があった。 そして千春はそれを婚約指輪だと思っている節はあった。
ふと伊庭は、自分の携帯のメールの着信音が鳴った様な幻聴にとらわれた。
ポケットから取り出してみてみるが、当然の如く着信などない。 圏外表示のままだ。
千春は、心配しているだろうか。
演習などで連絡が取れない時などは事前にそれを伝えるようにしているから、まる二日何の予定も断りも無しに
メールのやり取りをしていないから当然、千春は自分に何かあったのかと思っているだろう。
ポケットから取り出してみてみるが、当然の如く着信などない。 圏外表示のままだ。
千春は、心配しているだろうか。
演習などで連絡が取れない時などは事前にそれを伝えるようにしているから、まる二日何の予定も断りも無しに
メールのやり取りをしていないから当然、千春は自分に何かあったのかと思っているだろう。
すまない。 もう帰れないかも知れない。
伊庭は待ち受け画像の中の二人でとった写真のなかの千春を見つめ、目頭が熱くなるのを感じた。
その時、ちょうど地下牢に下りてくる階段の方で複数の足音が聞こえた。
牢の前にやって来た侍はいつもと違う人間だった。
その時、ちょうど地下牢に下りてくる階段の方で複数の足音が聞こえた。
牢の前にやって来た侍はいつもと違う人間だった。
「ジエイタイの大将、若殿がおよびじゃ、でませい」
いつもの取調べの時間ではないはずなのをいぶかしがりながら、佐野3尉が牢から出される。
侍は付いてまいられよ若殿が話があると申される、とだけ言って階段へ向かう。
佐野3尉も素直にそれに従い、後に続いた。
なにか、事態に変化があったのか。 勘の良い隊員の数名は空気の変化を微妙に感じ取った者もいた。
牢に再び鍵がかけられ、侍たちが去った後も一部の隊員は格子にすがり付いて体調の安否を気遣うように薄暗い通路の向こう側を見つめていた。
侍は付いてまいられよ若殿が話があると申される、とだけ言って階段へ向かう。
佐野3尉も素直にそれに従い、後に続いた。
なにか、事態に変化があったのか。 勘の良い隊員の数名は空気の変化を微妙に感じ取った者もいた。
牢に再び鍵がかけられ、侍たちが去った後も一部の隊員は格子にすがり付いて体調の安否を気遣うように薄暗い通路の向こう側を見つめていた。
佐野が通された部屋は屏風など室内の模様が今まで取調べを受けていた部屋よりも幾分か豪華で、客間のような雰囲気があった。
部屋の中に先にいて座っていたのは身なりの良さそうな10代半ばに見える少年で、両脇に近侍の者を座らせている。
若殿、というところから佐野は身分の高い人物の子息だろうかと推測した。
部屋の中に先にいて座っていたのは身なりの良さそうな10代半ばに見える少年で、両脇に近侍の者を座らせている。
若殿、というところから佐野は身分の高い人物の子息だろうかと推測した。
「佐野、と申したか。 俺は黒田家の跡取りで、黒田上総介憲長という。 まあ座られよ」
胡坐をかいて座りふてぶてしく頬杖をつく少年の口から発せられた声は澄んだよく通る声だった。
声の調子からすればだいぶ活発で物怖じしない性格という印象を受ける。
少年の表情も明るく、自信に満ち溢れたものとなっていた。
佐野は勧められるままに、一礼してから少年と向き合うように正座で座った。
声の調子からすればだいぶ活発で物怖じしない性格という印象を受ける。
少年の表情も明るく、自信に満ち溢れたものとなっていた。
佐野は勧められるままに、一礼してから少年と向き合うように正座で座った。
「柴田が問いただしたところによると…お主らはニホンという国の兵だそうじゃな」
「兵士、兵隊という呼び方はしておりませんが、そうなります」
ふむ、と少年は頷いた。
少年の言葉の中に出てきた柴田というのはここ二日ほど佐野たちを取り調べていた侍で、彼らを待ち伏せして捕らえたのも柴田である。
あの時、佐野たち部隊は黒田と浅野(と、それぞれ後に分かった)の両勢力の合戦場を避けて道を選んだつもりだったが、
それは合戦場から黒田領内の後方基地のある城へと続く道だったのだ。
加えて黒田勢は斥候を放って浅野の部隊の動向をいちいち掴んでおり、浅野の偵察部隊と自衛隊が接触した事も、
自衛隊が追われる様に黒田領内に入ってきた事も斥候を通じて監視済みだったのである。
そして、追跡と待ち伏せをした上で黒田の兵士は自衛隊に気づかれないように周囲を包囲し、奇襲で持って彼らを制圧し捕虜にしたのだった。
ちなみに、自衛隊が浅野の部隊に襲撃を受けた理由は浅野勢が戦場を迂回して黒田の後方に奇襲をかけようとして、
その先行偵察隊とたまたまそこにいた自衛隊が遭遇してしまったからという事らしかった。
まったく不運と、選択の迂闊さが重なったものである。
少年は続けて問うた。
少年の言葉の中に出てきた柴田というのはここ二日ほど佐野たちを取り調べていた侍で、彼らを待ち伏せして捕らえたのも柴田である。
あの時、佐野たち部隊は黒田と浅野(と、それぞれ後に分かった)の両勢力の合戦場を避けて道を選んだつもりだったが、
それは合戦場から黒田領内の後方基地のある城へと続く道だったのだ。
加えて黒田勢は斥候を放って浅野の部隊の動向をいちいち掴んでおり、浅野の偵察部隊と自衛隊が接触した事も、
自衛隊が追われる様に黒田領内に入ってきた事も斥候を通じて監視済みだったのである。
そして、追跡と待ち伏せをした上で黒田の兵士は自衛隊に気づかれないように周囲を包囲し、奇襲で持って彼らを制圧し捕虜にしたのだった。
ちなみに、自衛隊が浅野の部隊に襲撃を受けた理由は浅野勢が戦場を迂回して黒田の後方に奇襲をかけようとして、
その先行偵察隊とたまたまそこにいた自衛隊が遭遇してしまったからという事らしかった。
まったく不運と、選択の迂闊さが重なったものである。
少年は続けて問うた。
「兵ではあるが、軍ではないそうじゃな」
「わが国の法制度上、軍隊ではないということになっています。」
今度は少年は上手く理解出来ていなさそうな、奇妙だ、というような表情で、ふうん、と答えた。
「…つまりは百姓農民が身を守る為に武器を持って集まったのと同じか」
「民間の組織する自警団、のようなものとは少し違います。 我々は国家によって正式に組織された特別国家公務員です」
少年はますますわからないという顔を露骨にしだした。
これは佐野の説明のしかたがあまりにも型通りすぎるし、少年やこの世界の人間には「時代的に無い言葉」は
特にわかりづらいからというのもある。
こういうのは鹿嶋3尉の方が、かいつまんで分かり易く説明するのが得意なのだが、と佐野は思った。
つまり佐野は不得手なのである。 現代日本的な言い方をどう言い直して彼らに説明すればいいかわからない。
これは佐野の説明のしかたがあまりにも型通りすぎるし、少年やこの世界の人間には「時代的に無い言葉」は
特にわかりづらいからというのもある。
こういうのは鹿嶋3尉の方が、かいつまんで分かり易く説明するのが得意なのだが、と佐野は思った。
つまり佐野は不得手なのである。 現代日本的な言い方をどう言い直して彼らに説明すればいいかわからない。
「まあそれは置いておくとして、お主らの主君は何年かごとに代わるそうじゃな」
「制度上の最高指揮官は任期が過ぎれば退任します。 それ以前に辞職することもありますが」
「つまり特定の主君がいるわけではないのじゃな」
少年は特定のはない、の部分を強く確認するように言った。
佐野がはい、と答えると我が意を得たり、というように笑顔を浮かべた。
佐野がはい、と答えると我が意を得たり、というように笑顔を浮かべた。
「どこかの譜代の家臣でもなく、主君が代わればそれに従う軍…なるほどなるほど」
少年はどこか面白そうに笑った。
佐野はなんとなく、答えを誘導されたような、あるいは相手の都合よく解釈できる解答を引き出されたような
気がしたが、他に答えようも無い、と思ったのでそのままにした。
訂正を重ねたところで、正確に自衛隊や日本の法制度の仕組みを相手に理解させる自信もなかったからだ。
なにより、民主主義という概念からして少年や他の侍たちに理解できるものなのかどうか。
この世界が日本とほぼ同じような歴史をたどり、同じような社会制度の変遷をなぞっているならば、戦国期の日本は
つまり封建制度であり、そんな時代の人間に平成日本という世界は随分特殊に写るだろうことは想像だに難くない。
会話にある程度の齟齬や誤解が生じる事になるだろうが、どうしようもない。
せめて自衛隊の不利にならないように都合よく誤解してくれる事を祈るばかりだ。
佐野はなんとなく、答えを誘導されたような、あるいは相手の都合よく解釈できる解答を引き出されたような
気がしたが、他に答えようも無い、と思ったのでそのままにした。
訂正を重ねたところで、正確に自衛隊や日本の法制度の仕組みを相手に理解させる自信もなかったからだ。
なにより、民主主義という概念からして少年や他の侍たちに理解できるものなのかどうか。
この世界が日本とほぼ同じような歴史をたどり、同じような社会制度の変遷をなぞっているならば、戦国期の日本は
つまり封建制度であり、そんな時代の人間に平成日本という世界は随分特殊に写るだろうことは想像だに難くない。
会話にある程度の齟齬や誤解が生じる事になるだろうが、どうしようもない。
せめて自衛隊の不利にならないように都合よく誤解してくれる事を祈るばかりだ。
「ところで、話は変わるが…折り入ってお主らに相談がある」
少年は部屋を移し、武器蔵へと佐野を案内した。 近侍の者も下がらせ、人払いをした上である。
武器蔵には黒田勢に取り上げられた自衛隊の装備や戦車を始めとした車両が全て安置されている。
佐野は寸鉄一つ身につけていないが、特に拘束されてもいない。
ここに置いてある装備や車両を使って脱走、あるいは重要人物の子息らしい少年に危害を加えたり人質にとって
部下の解放を要求したりという疑いは抱かないのか?と疑念に感じたが、隠れた監視ぐらいは残しているのだろう、と結論付けた。
武器蔵には黒田勢に取り上げられた自衛隊の装備や戦車を始めとした車両が全て安置されている。
佐野は寸鉄一つ身につけていないが、特に拘束されてもいない。
ここに置いてある装備や車両を使って脱走、あるいは重要人物の子息らしい少年に危害を加えたり人質にとって
部下の解放を要求したりという疑いは抱かないのか?と疑念に感じたが、隠れた監視ぐらいは残しているのだろう、と結論付けた。
「お主らの乗ってきた、車のような物…牛や馬に牽かせずとも動くそうじゃな。 ”業隷武”の一種か?」
佐野にはごうれいむ、と聞こえた。 この世界の独自の言葉なのか、昔の日本にもあった古語なのか、佐野にはわからない。
黙ったままでいると、答えたくないなら良い、と少年は言って、話を続けた。
黙ったままでいると、答えたくないなら良い、と少年は言って、話を続けた。
「お主らの使っておる武器らしきもの、これは噂にのみ耳にしたことがある。 鉄砲というものであろう?」
そういって少年は床に並べられてある89式小銃の一丁を手に取った。
佐野が目で確認すると、安全装置はかけられている。
武装解除の際に自衛隊員自らの手で弾倉は取りはずされ弾丸も入っていないはずだが、もし万が一弾丸が
装填されたまま残っていても暴発の危険性は無いだろう。
それにしても、少年が鉄砲の存在を知っていて、自衛隊の装備を鉄砲であると理解するとは。
いや、戦国期の日本にも鉄砲はあり、後に当時で世界有数の鉄砲保有国となったこともあるそうだから、こちらの
世界でも同じように鉄砲は存在しててもおかしくは無いのだろう。
佐野が目で確認すると、安全装置はかけられている。
武装解除の際に自衛隊員自らの手で弾倉は取りはずされ弾丸も入っていないはずだが、もし万が一弾丸が
装填されたまま残っていても暴発の危険性は無いだろう。
それにしても、少年が鉄砲の存在を知っていて、自衛隊の装備を鉄砲であると理解するとは。
いや、戦国期の日本にも鉄砲はあり、後に当時で世界有数の鉄砲保有国となったこともあるそうだから、こちらの
世界でも同じように鉄砲は存在しててもおかしくは無いのだろう。
「鉄砲は大陸で作られた”火槍”という武器を基に改良されてこの国で作られた。 だが…お主らの鉄砲は伝え聞くわが国の鉄砲とは随分違う」
「鉄砲がこの国で?」
意外そうな佐野の驚きを他所に、少年は続ける。
「火縄も火蓋もない。 握るところと肩に付ける所が別々にある。 使っている鉄は随分上質なものじゃ。
加えて…何で作っておるのか皆目見当もつかん部分がある」
加えて…何で作っておるのか皆目見当もつかん部分がある」
少年が言ったのは、89式小銃のプラスチックでできている部分の事だ。
樹脂製の部品はいくらなんでもこの世界の文明レベルでは存在しないだろう。
未知の材質とわかっただけでも相当な物だが。
樹脂製の部品はいくらなんでもこの世界の文明レベルでは存在しないだろう。
未知の材質とわかっただけでも相当な物だが。
「なによりじゃ。 鉄砲は一発撃つたびに弾込めをせんといかん。 もう一度撃てるまでに時間がかかるという。
だが斥候の見たお主らの鉄砲は、何発でも撃てるそうじゃな。 このフソウにそのような鉄砲を作れる人間も
作ったという話も聞かぬ。 恐ろしい事よ、お主らのニホンという国は」
だが斥候の見たお主らの鉄砲は、何発でも撃てるそうじゃな。 このフソウにそのような鉄砲を作れる人間も
作ったという話も聞かぬ。 恐ろしい事よ、お主らのニホンという国は」
少年は小銃を抱えながらあちこち触って見回しながら、微妙に畏怖の混じった声で言った。
彼は自分達の世界と現代日本との間に横たわるいくつもの技術の世代の差を感じ取り、それが意味するところをほぼ正確に理解したのだ。
15歳、現代日本なら中学から高校に上がるくらいでしかない年若い身にしては随分と発達した理解力である。
そして、黒田憲長の理解力はそれで留まらなかった。
彼は自分達の世界と現代日本との間に横たわるいくつもの技術の世代の差を感じ取り、それが意味するところをほぼ正確に理解したのだ。
15歳、現代日本なら中学から高校に上がるくらいでしかない年若い身にしては随分と発達した理解力である。
そして、黒田憲長の理解力はそれで留まらなかった。
「真に恐ろしいのは…これだけの物を作れる鉄砲鍛冶がおる国ならば、これだけの武器を使って戦をすることにも長けておるじゃろうのう?」
そう、武器の発達はつまりは戦術の発達である。
自動小銃ひとつにさえ、それまでの技術の発展と共に蓄積してきた戦術、戦争の積み重ねがある。
武器は一世代違えば、それだけ発展し洗練された戦いの技術を習得しているという証明になるのだ。
それを理解できるのは、この静かな武器蔵という狭い場の中にはたった二人。
佐野と、自衛隊の装備を見て触っただけで尋常ならざる理解力を示したこの少年だけである。
少年は佐野の方を、その内心を窺うような視線でねめつけてきている。
佐野は背中を冷たいものが流れ落ちるような感覚に囚われた。
自動小銃ひとつにさえ、それまでの技術の発展と共に蓄積してきた戦術、戦争の積み重ねがある。
武器は一世代違えば、それだけ発展し洗練された戦いの技術を習得しているという証明になるのだ。
それを理解できるのは、この静かな武器蔵という狭い場の中にはたった二人。
佐野と、自衛隊の装備を見て触っただけで尋常ならざる理解力を示したこの少年だけである。
少年は佐野の方を、その内心を窺うような視線でねめつけてきている。
佐野は背中を冷たいものが流れ落ちるような感覚に囚われた。
そして、憲長がこれから切り出そうとする話の本題に、とても不安な予感がするのを強く自覚していた。