草は緑色をしていた。空は青い。呼吸に不都合もなかった。しかし生き物の姿だけはどこか見慣れぬものばかりであった。トカゲに翼が生えたようなのが空を舞っていた。虫は良く見る昆虫類の類とは姿は似ているようで、決定的に違う。巨大なのであった。
「古生代は地球もこんな感じだったのかもな」
森林の中に幾人が踏み固めて作った小道を装甲車とトラックが数台列を作り、土煙を上げて走っていた。上部のハッチから辺りを一通り見回して、まだらの迷彩服とヘルメットを被った若者がポツリとつぶやいた。
「古生代ってなんだっけ?」
「中生代の前だよ。中学の時にやったろ?」
「ああ、思い出した。恐竜のいた時代の前のやつだ」
少し草木の丈が低くなり開けた場所に出たところで、車両の列は停止し、巻き上がっていた埃も多少落ち着いた。
「よし、降りてみるぞ」
中年と呼ぶにはまだ早そうだが、中肉中背、物静かな風体からすでに貫禄を感じさせる。この先遣隊の総責任者、久口1等陸尉が隊員達を車から降ろし整列させた。ぞろぞろと車両後方の扉から出てきた隊員達は総勢30名前後。みな独身者ばかりである。
「息苦しい奴いないかー? 体が重いとか、異常を感じる者はすぐ言って」
特に名乗り出る者もいなかったため、彼はとりあえず安堵した。酸素濃度が足りない、気圧が変だ、など基本条件が違えば立てられる作戦もずっと制限されてしまうのは明白だ。
「環境面はあまり変わらないようですね…まあ変わっているのなら、あなたがあっちでけろっとしている訳はないですから、当然ですか」
彼は少し離れて隊の様子をうかがっていた、珍妙な服装──肩に尖ったパッドを付けた詰め襟のような服を着た人間に声をかけた。
「ですから助けを求められる、とも言えます」
こちらの国の軍服を着た男は、フフ、と口元を緩ませた。
「我が国は今、危機に瀕しています。どうか異界の力をお貸し下さい!」
使者と名乗った赤目の異人は訴えた。
20XX年、日本の某地域で異人と共に発見された一かけらの鉱石──彼は『賢者の石』と呼んだ──は研究者達を仰天させた。その石は巨大な磁界を思うように操ることが可能で、超電導を恐るべき低コストで実用化させることができ、さらに悲願の核融合さえ手の届くところにあるかと、彼らの期待を留まることなく膨らませた。学会で発表して世界を驚嘆の渦に巻き込みたいと誰もが興奮した。しかしそれが異世界のものであると知れるや、この件は闇のうちに葬り去られたのである。表向きは。
「興味深いことだが…うちもそうホイホイと軍隊を出せるわけでもないのでねぇ…」
都内某所。内閣と主な自衛隊幹部が円卓に集う秘密会議の席で切々と訴える使者の声を前に、内閣総理大臣は苦笑いをしながらつぶやいた。
「…ま、研究者なんかが騒いでるけど賢者の石は驚いたよ。あれが無かったらただの変な人だったからね、君も…ああ、こりゃ失礼。バカにする気はないんだ」
「いえ、それはこちらも理解しております…」
内心を全く顔に出さずに使者は答えた。時折、蛍光灯が珍しいのか、視線を上方に向けることが何度かあった。
「親書は読ませてもらったよ。これにしても君の喋ってる言葉にしても翻訳魔法っていうの? 面白いねぇ、君の世界じゃ言葉が通じなくて困るってないんだろうな」
「いえ…魔法を使えなければやはり言葉は通じません」
使者は他愛の無い質問に少々苦笑いを浮かべた。
「まあうちの近くにも某覇権国家があるからよくわかるんだよ、言うことは。君の国は実際に攻められててとてもまずい状況だ、と」
使者は手応えありと考えたのか、一気呵成に訴えた。
「このままでは国の存亡の危機。私どもの世界には、もはや助けを求められる国はありません。異界の国にでも助けを求めるより他は無かったのです」
「フフフ…ねぇアソーさん、まるで漫画の話のようじゃないかな、大好きだったでしょそういうの」
総理は一つの席の方を見ておかしさをこらえきれないように、目元をニヤつかせた。名指しされた強面の閣僚は笑いながら手を振った。
「やめてくださいよ…真面目な話ですって。失礼ですよ」
「ふむ、じゃあ真面目に話しましょうか」
ニヤけた表情は消え、眼光が使者を指した。頭の中で推敲する時間を少しだけ取ったかのように間をあけ、言った。
「率直にいきましょう。君の来た方法ね、あれを見返りに提供して欲しいんだ」
「は…ゲートですか…?」
もっと具体的な『もの』を想像していたのだろうか、使者は質問の意図を取れず、怪訝な顔をした。
「ゲートとやらは、こちらで扱えるものなのかな?」
ここで意図をつかんだ使者は首を横に振った。
「…私がこちらから自由に開けるかと言われれば、それは否、です。こちらの世界には魔素が世界に満ちていないので。魔素を集めて具現化させる能力が魔法と言われています。向こうで魔力を賢者の石に貯めて、こちらで使うというのであればそれはできますが…」
「帰るときはどうするの?」
「期日に向こうから開けてもらう手はずになっています」
「うーん、一方通行ですか…」
総理は一度大きく頷くと、椅子を閣僚の方にガタリと回した。
「どうでしょう、皆さん」
彼は周囲に視線を二度、三度振り回し、発言を促した。話の内容自体が普通人にはとても真剣味を感じさせないものである。雑談に興じる人間も少なくなかった。一時雑談を止めて口にした意見もやはり軽口の延長のような言い方のものが多かった。
「自衛隊を出したとして、魔法とやら得体の知れない攻撃にどの程度対応できるのか…」
「オイシイかもしれませんが、さてリスクは…」
「二つ開けば通り道になるんでしょう?相対性理論破れたり! というのはまあ科学者に任せておくとしましょうか、ハハハ」
「軍事、産業、宇宙開発…全て日本が革命を起こせますね。検討する価値はあるのでは、総理」
「まあ今回は地球の他国が絡むわけではないですから、専守防衛には問題ないかと…ンフフフ。実戦さながらの演習ということで…」
戸惑う者もいたが、閣僚は口々に肯定の意見を述べた。
「よし!」
騒がしくなった室内を再び静寂に戻したのは、パチンと手を打って言った総理の一声だった。
「じゃあまず交渉してみて、いい感触だったら魔法がどんなもんか、先遣隊を出して調べてきてもらいましょうか。データを元に統幕の方で作戦をお願いします」
彼は先程からかった閣僚の一人を見ると再び目元を緩ませた。
「漫画でいろいろあったよねぇ、こういうの。アドバイスお願いしますよ」
閣僚は苦笑いしながら答えた。
「私ならドラマチックな展開は避けますが…漫画だと間違いなくボツでしょうな」
意味のわからない使者をよそに、室内は笑い声で包まれた。
「古生代は地球もこんな感じだったのかもな」
森林の中に幾人が踏み固めて作った小道を装甲車とトラックが数台列を作り、土煙を上げて走っていた。上部のハッチから辺りを一通り見回して、まだらの迷彩服とヘルメットを被った若者がポツリとつぶやいた。
「古生代ってなんだっけ?」
「中生代の前だよ。中学の時にやったろ?」
「ああ、思い出した。恐竜のいた時代の前のやつだ」
少し草木の丈が低くなり開けた場所に出たところで、車両の列は停止し、巻き上がっていた埃も多少落ち着いた。
「よし、降りてみるぞ」
中年と呼ぶにはまだ早そうだが、中肉中背、物静かな風体からすでに貫禄を感じさせる。この先遣隊の総責任者、久口1等陸尉が隊員達を車から降ろし整列させた。ぞろぞろと車両後方の扉から出てきた隊員達は総勢30名前後。みな独身者ばかりである。
「息苦しい奴いないかー? 体が重いとか、異常を感じる者はすぐ言って」
特に名乗り出る者もいなかったため、彼はとりあえず安堵した。酸素濃度が足りない、気圧が変だ、など基本条件が違えば立てられる作戦もずっと制限されてしまうのは明白だ。
「環境面はあまり変わらないようですね…まあ変わっているのなら、あなたがあっちでけろっとしている訳はないですから、当然ですか」
彼は少し離れて隊の様子をうかがっていた、珍妙な服装──肩に尖ったパッドを付けた詰め襟のような服を着た人間に声をかけた。
「ですから助けを求められる、とも言えます」
こちらの国の軍服を着た男は、フフ、と口元を緩ませた。
「我が国は今、危機に瀕しています。どうか異界の力をお貸し下さい!」
使者と名乗った赤目の異人は訴えた。
20XX年、日本の某地域で異人と共に発見された一かけらの鉱石──彼は『賢者の石』と呼んだ──は研究者達を仰天させた。その石は巨大な磁界を思うように操ることが可能で、超電導を恐るべき低コストで実用化させることができ、さらに悲願の核融合さえ手の届くところにあるかと、彼らの期待を留まることなく膨らませた。学会で発表して世界を驚嘆の渦に巻き込みたいと誰もが興奮した。しかしそれが異世界のものであると知れるや、この件は闇のうちに葬り去られたのである。表向きは。
「興味深いことだが…うちもそうホイホイと軍隊を出せるわけでもないのでねぇ…」
都内某所。内閣と主な自衛隊幹部が円卓に集う秘密会議の席で切々と訴える使者の声を前に、内閣総理大臣は苦笑いをしながらつぶやいた。
「…ま、研究者なんかが騒いでるけど賢者の石は驚いたよ。あれが無かったらただの変な人だったからね、君も…ああ、こりゃ失礼。バカにする気はないんだ」
「いえ、それはこちらも理解しております…」
内心を全く顔に出さずに使者は答えた。時折、蛍光灯が珍しいのか、視線を上方に向けることが何度かあった。
「親書は読ませてもらったよ。これにしても君の喋ってる言葉にしても翻訳魔法っていうの? 面白いねぇ、君の世界じゃ言葉が通じなくて困るってないんだろうな」
「いえ…魔法を使えなければやはり言葉は通じません」
使者は他愛の無い質問に少々苦笑いを浮かべた。
「まあうちの近くにも某覇権国家があるからよくわかるんだよ、言うことは。君の国は実際に攻められててとてもまずい状況だ、と」
使者は手応えありと考えたのか、一気呵成に訴えた。
「このままでは国の存亡の危機。私どもの世界には、もはや助けを求められる国はありません。異界の国にでも助けを求めるより他は無かったのです」
「フフフ…ねぇアソーさん、まるで漫画の話のようじゃないかな、大好きだったでしょそういうの」
総理は一つの席の方を見ておかしさをこらえきれないように、目元をニヤつかせた。名指しされた強面の閣僚は笑いながら手を振った。
「やめてくださいよ…真面目な話ですって。失礼ですよ」
「ふむ、じゃあ真面目に話しましょうか」
ニヤけた表情は消え、眼光が使者を指した。頭の中で推敲する時間を少しだけ取ったかのように間をあけ、言った。
「率直にいきましょう。君の来た方法ね、あれを見返りに提供して欲しいんだ」
「は…ゲートですか…?」
もっと具体的な『もの』を想像していたのだろうか、使者は質問の意図を取れず、怪訝な顔をした。
「ゲートとやらは、こちらで扱えるものなのかな?」
ここで意図をつかんだ使者は首を横に振った。
「…私がこちらから自由に開けるかと言われれば、それは否、です。こちらの世界には魔素が世界に満ちていないので。魔素を集めて具現化させる能力が魔法と言われています。向こうで魔力を賢者の石に貯めて、こちらで使うというのであればそれはできますが…」
「帰るときはどうするの?」
「期日に向こうから開けてもらう手はずになっています」
「うーん、一方通行ですか…」
総理は一度大きく頷くと、椅子を閣僚の方にガタリと回した。
「どうでしょう、皆さん」
彼は周囲に視線を二度、三度振り回し、発言を促した。話の内容自体が普通人にはとても真剣味を感じさせないものである。雑談に興じる人間も少なくなかった。一時雑談を止めて口にした意見もやはり軽口の延長のような言い方のものが多かった。
「自衛隊を出したとして、魔法とやら得体の知れない攻撃にどの程度対応できるのか…」
「オイシイかもしれませんが、さてリスクは…」
「二つ開けば通り道になるんでしょう?相対性理論破れたり! というのはまあ科学者に任せておくとしましょうか、ハハハ」
「軍事、産業、宇宙開発…全て日本が革命を起こせますね。検討する価値はあるのでは、総理」
「まあ今回は地球の他国が絡むわけではないですから、専守防衛には問題ないかと…ンフフフ。実戦さながらの演習ということで…」
戸惑う者もいたが、閣僚は口々に肯定の意見を述べた。
「よし!」
騒がしくなった室内を再び静寂に戻したのは、パチンと手を打って言った総理の一声だった。
「じゃあまず交渉してみて、いい感触だったら魔法がどんなもんか、先遣隊を出して調べてきてもらいましょうか。データを元に統幕の方で作戦をお願いします」
彼は先程からかった閣僚の一人を見ると再び目元を緩ませた。
「漫画でいろいろあったよねぇ、こういうの。アドバイスお願いしますよ」
閣僚は苦笑いしながら答えた。
「私ならドラマチックな展開は避けますが…漫画だと間違いなくボツでしょうな」
意味のわからない使者をよそに、室内は笑い声で包まれた。