自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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 自衛隊が制圧した国境近くの一つの町。久口1尉はボレアリア軍に引き継ぐまでの暫定統治としてこの町の警備にあたっていた。この地の言葉を解するのは隊の中ではフワンから指輪をもらった彼だけとあって、広報から交渉から何から何まで彼は引っ張りだこだった。おかげで今では町中の人から「異界のおじさん」として知られる存在になっていた。
 町の人との交流会と称した科学文明の利器の見せ物会では、ライターが大人気だった。火炎魔法を使えない多くの一般人達は火打ち石で火をつけていた。一瞬で火がつくそれを町の皆が大騒ぎしたので、駐屯隊は町の家々にジッポーライターを配って回った。地球世界の事が恐れられ、謎に包まれていることもあって、たちまちに彼らは神様が遣わした軍として崇められることになった。
 ある日は集まってきた子供達にアイスクリームを振舞った。氷菓子など貴族や大金持ち以外は食べられない世界だったので、大人達はぶったまげたが子供達は喜んで食べた。数日で彼らへの住民の信頼は揺るぎないものになっていった。
 肩先に振り上げた久口の手の先には白い紙飛行機が握られていた。そのまま前に腕を振り下ろすと、紙飛行機はふわりと空中を滑り、数メートル先に落ちた。側にいた一人の子供が歓声をあげた。
「すごい、紙が空を飛んだよ!魔法みたいだ!」
「元気なもんだ。今日の夕方には家に帰せるな」
 大きなテントの前で隊の医療を引き受ける栗橋医官が呆れたように苦笑した。子供ははしゃぎながら目の前に落ちた紙飛行機を拾いにいった。
 実は街の人が最も喜んだのが、この医療提供であった。治癒系の魔法は怪我や毒は治せても感染症は治せないのだ。未知の世界の細菌ウィルスにこちらの薬がどれだけ効くものか、と戦々恐々だった自衛隊医官の心配は杞憂だった。耐性のない細菌しかいないため、抗生物質は非常によく効いた。ここに駐屯してから数名、重篤な患者を全快させて、彼ら医官らは家族から泣いて感謝され、嬉しくもこそばゆい思いをしていた。
 この子供もその一人である。肺炎を重症化させ自衛隊が来なければ死ぬしかなかった。今はすっかり回復して周りの隊員に遊んでくれとねだる始末である。
「紙をあっという間に空飛べるようにするなんて、カガクって異界の魔法なの?と」
 久口がいちいち子供の言葉を通訳して伝えると、
「魔法みたく見えるけど魔法じゃないんだ」
 栗橋はそう言うと紙飛行機を飛ばす腕の動きを繰り返した。子供は足を蹴って勢いよく投げ飛ばした。が、角度が悪かったのかそれはすぐに急降下して落ちた。しょげる子供に栗橋はもう一度紙飛行機を持たせて、落ち着いて投げるように動作を見せた。
 次はきちんと飛んだ。風に乗って先程久口が投げたときよりもかなり遠くまで滑空して落ちた。子供はそれが飛ぶ様をうっとりと見つめていた。
「君にもできたろう?やり方を知ってれば誰でもできる」
 栗橋は久口に通訳させ、子供の肩にぽんと手を置いた。久口は次の子供の台詞を聞いて危うく吹き出しそうになるのをこらえた。笑いをこらえながら栗橋に伝えた。
「カガク使いになるにはどうすればいいの?って」
 栗橋は声をあげて笑った。久口もつられ、ついに笑ってしまった。子供はきょとんとしていた。ひとしきり笑い終えると、子供の前で手を合わせこすり始めた。
「君の国にも科学はあるんだよ。手をこすり合わせると暖かくなるのはわかるかな?」
「栗橋さん、ほんとそういうウンチク語りとか説教とか好きですよねえ」
 いいから早く訳せ、と急きたて訳させた言葉を聞いて子供は頷いた。栗橋は手をこするスピードを上げた。
「じゃあもっと激しくこすると熱くなるのはどうかな?」
 再び子供は頷いた。すると栗橋は胸に差していたペンとハンカチを取り出し、ハンカチでペンを激しくこすり始めた。ペンはたちまちに熱を帯びた。
「ペンと布をこすっても熱くなったね。触ってごらん」
 子供にペンを触らせて熱くなったのを確認させると、栗橋は楽しそうに子供の目の前で人差し指を立てた。
「さて、手と手をこすり合わせると熱くなりました。ペンと布でも熱くなりました。今までのことからなーにがわかったでしょうか?」
 子供はしばらく考えて自信なさそうに答えた。
「…ものとものをこすると熱くなる…?」
「そーう正解!えらい!君もうカガク使い!」
 久口が訳す間もなく栗橋は笑いながらぐりぐり子供の頭を撫でた。子供も久口の言葉を聞いて無邪気に笑った。
「昔の人も同じ事を考えた。それでみんながそれを知るとそのうちに、どんどん速くこすると火がつくくらいまで熱くなるんじゃないか、と思いつく人も出てきたんだ。そうして、昔の人は火っていう便利なものを自分で起こせるようになった」
 栗橋は小さな子供を言い含めるようにゆっくり語った。
「どうしてそうなるのか、をまとめていくのが科学。覚えておくんだよ。いつか大きくなったら便利なものをたくさん作って、魔法使えない人も幸せにしてあげるんだよ」
「それじゃあまるで魔法を使えない人は不幸と言ってるようじゃないか」
 いつの間にかテントの脇にはフワンが立っていた。彼はわざとらしく不機嫌そうな顔を久口らに見せつけ、そのまま側まで歩み寄ってきた。栗橋は頭に手をやりばつが悪そうに言った。
「ありゃ…そう取られたなら失敬。子供への『授業』だ。聞き流してくれ」
「こちらこそ冗談だ」
 相好を崩したフワンは、気にするなというように手を小さく振った。
「それにしても、二つのゲートを介すだけでこの国境地帯まで一瞬で来れるとは…君らがゲートを欲しがるのがよくわかった」
「近衛隊はほっといていいのか?」
 質問する久口にフワンは少し顔を曇らせた。
「ああ…身内の恥を他人に言うのは気が引けるけど…軍を見張らなきゃいけない。ヴァリアヌスがやらかさないようにね」
 フワンは困ったもんだ、と肩をすくめた。

「これじゃあ異界の軍に治めてもらったほうがよっぽど良かったわい」
「全くだよ。フォリシアの軍隊を異界軍が追い出して、やっと本国の統治に戻るのかと思ったら、何だよ徴用って。異界の軍はそんなもの要求しなかったし、崩れた堤防まで直していってくれたぜ?こんな程度の低い軍だからフォリシアに負け続けたんだよ」
 久口らの町から東方、無事自衛隊からボレアリア国軍へ引渡しが終わった町では住民があちこちで愚痴をこぼしていた。
 その頃、ちょうど視察に訪れていた護国卿ヴァリアヌス・スピラールは一時的に接収した町の集会所に陣取り、革の椅子に腰掛け部下に当り散らしていた。その顔は怒りに満ち満ちていた。
「クソ忌々しい!皆、異界の軍異界の軍とほめそやしおって!」
 先日もこの町の住民が徴用の事について何とか軽くしてくれないかと、嘆願しにきたのを戦時だからと追い返したばかりだった。町の人間がその度に裏で文句を言っているのはわかっている。物資不足はどうにもならず徴用はせざるを得ないのだが、進んで供出し生活に困窮するのを嬉しがる住民がいるはずもない。
 ただでさえ、無能と言われてきたヴァリアヌスにとって今回の戦は汚名返上のチャンスでもあった。自衛隊のバックアップがあるのだからこれほど楽な勝ち戦はない。早々に決着を付けて各重臣の支持を得たいところだった。しかし、陰から響いてくるのはやはり罵声のみである。彼のフラストレーションは日々高まっていた。
「二十万騎を誇る我が軍が勝てないのは物が足りなかったからに他ならない!中央がもっと潤沢に軍費を出してくれさえいれば…フォリシアに負け続けることもなく、このような屈辱を味わうこともなかった!そうであろう!?」
 側近達は冷や汗をたらしながら頷くばかりであった。律儀に諫言する者からクビを飛ばしていった果て、今では彼の側にはイエスマンしか残っていない。
「とにかくこの戦でいいところを見せねば、いつ解任の動議が出るかわからぬ」
 ヴァリアヌスは椅子を立つと、壁にかけてあったこの地方の地図を拳でごんごんと叩いた。
「講和とか甘っちょろいことを言っては駄目なのだ!ジェルークスを落とす!我々が!」
「少し落ち着きください…講和は王宮の意向と聞いておりますし」
「わぁーかっているっ!んなこたぁ!」
 なだめる部下を叱り飛ばして、彼は椅子に戻り、パイプに葉を詰め魔法で指先に作った火を近づけた。しばらく煙を口の中で遊ばせた後、彼は戯れに煙の輪を数個空中に吐き出した。
「…王宮の意向など知ったことか!異界軍ばかり活躍して、ここで戦果をあげねば俺の顔が立たん!敵の首都を落とせば流石にジジイどもも認めざるを得まい!」
「しかし、近衛の監察隊が…」
「それだ」
 渋い顔で彼はくわえたパイプを上下に揺らした。
「敵を蹴散らす前にあれを排除しないことには自由に軍を動かせん…くそっ、フワンめ」
 窓から差し込む傾きかけた夕日が、パイプから立ち上る煙を橙色に染めていた。

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