自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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 オベア将軍が留守にしているフォリシア首都ジェルークスから南へ数十キロ程度のところに、普段は交易船が行き交う商業港があった。貨物を満載した貨物船が次々と寄港し、出港するその湾の一角には、場違いな軍船が多数並んでいた。
 それは喫水の深い横帆の外洋軍艦、輸送船だった。桟橋に接岸した軍艦に兵糧、武器等を積み込む兵士が絶え間なく行き来していた。街には普段の様を一変させるほどの大量の兵士が待機しており、立ち並ぶ商店などを冷やかす者もいた。
 港の全貌を一望できる塔が港湾施設の端に立っていた。灯台も兼ねるその塔の展望室に作業の進捗状況を、陽の進み具合と比べながらやきもきしている司令官がいた。
「遅いなあ…まだ搬入作業が終わらんか…」
 黒い海軍の制服を纏ったフォリシア海軍総司令マルケル・タビラス提督は嘆息した。十センチほども伸ばしたあごひげが特徴の、五十代の大柄な男だった。後ろに撫で付けた髪の毛にも大分白いものが混じってきた。体格といかつい顔に反するような穏やかな性格であったため、慕う者も多かった。
「失礼致します」
 一人の参謀が静かに室内へ入ってきた。彼はタビラスの側に立ち、たった今受けた連絡員から報告を小声で伝えた。
「日暮れまでに完了します」
「うむ…今夜にもすぐ発つ。兵員の収容も急いでくれ」
「はっ」
 参謀はタビラスと同じ光景を見渡し呟いた。
「しかし随分と慌しく兵を集められましたな。もう少し時間があればちゃんと…」
「陸の方が持ちこたえてる間に行かないとね。オベア君との約束があるでな」
 彼は先日首都に戻ってきているオベアと会った際に交わした言葉を思い出した。

 首都郊外の一等地にそびえるタビラスの巨大な邸宅の一室。幼い孫とまだ若い息子夫婦に挨拶するオベアを自室に引き込んだ彼は、茶色がかった蒸留酒を水で割り、グラスをオベアに手渡した。
「城では随分こっぴどくやられてきたようだなあ」
 渡されたグラスを握り締めて、立ったままオベアは薄笑いを浮かべた。
「いえいえ、提督がご心配なさるほどのことはありませんよ」
「心配なんかしてないさ」
 タビラスはいたずらっぽく笑うと、最寄の椅子にすとんと腰を下ろした。五十を過ぎた彼の目尻にはすでに幾筋もの皺が刻まれていた。彼が目を細めると、さらにくっきりとそれは浮かび上がった。
「陸軍ばかり楽しそうじゃないの。海軍もそろそろ混ぜて欲しいところだね」
 オベアはかぶりを振った。
「楽しくなんかありませんよ?負け戦とは言いませんが正直、希望なき戦いですからね」
「そこからひっくり返したら、さぞかし楽しい戦になるだろう」
 オベアは渡されたグラスの中身を少しだけ口に流し込んだ。喉を鳴らして飲み込むと、仕方ないなというようにひとしきり大きく息をつき、言った。
「簡単に言ってくれますねえ…それじゃあ一つお願いしましょうか」

「また軍議も通さず独断専行ですか?提督。大体、陸軍総司令のクリミ殿にまず話を通すのが筋ではないですか。オベア殿と勝手に話を進めちゃって…後で面倒なことになっても知りませんよ?」
 おもむろにひげを撫でながらタビラスは答えた。
「クリミ殿が病身で軍の指揮からは離れておられるのは知っているだろう。サイキタイ君はお留守番と事務管理が仕事だ。今の陸の実権はオベア君が握ってる、問題ないよ」
 フォリシアの陸軍は総司令のロビリオ・クリミが一年ほど前に体調を崩してから二人の上級将軍カルダー・オベアとドーマ・サイキタイの二頭体制となっていた。が、サイキタイは元よりデスクワークを好む性質であり、ほとんど部隊の指揮を執ることはなく交渉、事務の専任といっていい状態だったため「書き物将軍」などと揶揄されたりもしていた。ただ、オベアや内部の人間は理想的な役割分担と評価していた。
 タビラスは再び窓の方に振り返り、輸送船に積み込まれていく騎馬を見下ろした。陽が地平線へ近付き、光の赤みを増していた。
「さて、下に降りてハッパでもかけてこようかな。君は魔導処理を施した鎖の配置を確認してくれ」
 扉を開けてゆっくりと階下へ降りる司令官を見ながら、参謀は呆れたようにため息をついた。

 大森林の中のオベア将軍は苦い顔で報告を聞いた。
「結局、戦果があったのは初日だけという訳か」
 魔法の灯りで煌々と照らされた洞窟の中、顔を伏し意気消沈した魔道師隊の様子を見て、オベアは顔を緩めて頭を振った。
「立案したのは私だ。元より君らを責める気は全くない。見通しが甘かった、それだけだ」
 事件の翌日には動物達の持ち帰った自衛隊員の髪の毛は全て人工毛になっていた。もちろんそれは彼らが日本から急遽持ち込んだものだ。
「この人工の髪の出来はどうだ。本物とまるで見分けがつかないじゃないか。全く…素晴らしい」
 オベアは髪をつまんで皆の前に差し出した。魔道師が魔術をかけるまで、誰も人工のものだとは誰一人として気付かなかったものである。
「我々が戦っているのはこんなものを油から作り出す怪物だ。だが、その怪物どもはあそこに陣を張ったまま一向に前に出てこない。ということは、異界の軍は森林戦をする気はさらさらないということだな。用心深いことだ…本当に頭にくるな」
 この大森林に届くまでにかなりの補給部隊が自衛隊の爆撃機に壊滅させられていた。食料、武具にはかなりの余裕があったが、魔道部材はまさかこれほど大量に必要になるとの見通しがなく、本拠からの補給に頼る他はなかった。いずれ対ゲート結界網の補修が追いつかなくなるのは時間の問題だった。
 オベアは腕組みをしたまま洞窟の壁に寄りかかった。戦いが始まってから無数についた深いため息を、彼は再び繰り返した。肺の空気を全て吐き出して、言った。
「行くも地獄、留まるも地獄と。どうする、退くかね?」
「まさか」
 部下は皆、苦笑しながら否定した。ランプの灯りが点る洞窟の中の緊迫した雰囲気が少しだけ和らいだ。
「大臣達の前でタンカ切ってきたんでしょう?聞きましたよ」
 オベアはやめてくれよと言いたげに小さく手を振った。
 このまま為す術なく山の中で朽ち果てるというのは、誰も望んでいない。場では次第に打って出るべきの声も出始めていた。一人の幹部が勢いにまかせて言った。
「霧を張って奇襲をかけるのはどうだ。こちらの距離まで接近してしまえば、数は我らの方が多い」
 オベアは彼らを何度も諭し抑えた。
「やめろやめろ。奴らはこちらが焦れて平地に出てくるのを待っているんだぞ?霧なんか出たらそれこそ奇襲に絶好の機会、逆に言うと喜び勇んで這いずり出てきた阿呆を一掃する機会ということだ」
 しばらくして、座の片隅で考え込んでいた魔道師部隊の幹部が開き直ったように大きく声を出した。
「では、一世一代の大バクチといきましょうか」
 彼はテーブルに広げられた大森林の地図に筆で印を入れた。それは大森林で最も戦地に近い小高い山の位置だった。
「地精湧昇五芒陣の使用、お認め頂けますね」
 その単語を聞いて皆の眼の色が変わった。
「溶岩招来を使う気か!?我らもただでは済まんぞ!」
 幹部の一部は露骨に怒り出し、怒声を彼にぶつけた。洞窟の中は一気にざわめき始めた。
「溶岩を喚ぶほど魔力はかけません。あれは制御できぬものですから…魔力を調整して火山煙を喚んでみせましょう」
 この世界の魔法の中でも最高クラスに位置する、マグマを操り地上に噴出させる溶岩招来は、大規模な魔方陣と大量の賢者の石を消費するため元々戦闘には向かない魔法である。噴火してしまえば敵も味方もない大災害を引き起こすそれを使おうというのだから、他の人間が色めき立つのも当然というものだった。
 オベアは場を静めて聞いた。
「煙を喚んでどうするつもりかね?」
「火山の煙の中には有毒なものもありますれば…溶岩は流れる方向を操ることはできませんが、煙であれば風魔法にて風量風向を変えることによって制御可能です」
 火山ガスを利用した作戦を前々から温めていた魔道師は、ここぞとばかり熱を込めて面前の幹部らに説明した。幹部達の疑問はあれほどの高度な技術を持つ異界の軍が有毒ガスなど意に介するだろうかと、いうことだった。彼は自衛隊がまだこちらのやれることを全て把握している訳ではない、とした上で言った。
「ですから、最初の一撃で大打撃を与えねばなりません。決して気付かれぬ様、霧と、風と、溶岩招来の三種複合魔法陣をもって」
 荒唐無稽とも思われるその案をオベアは黙って聞いていた。他の幹部達もオベアの判断に一任したようであった。
「敵に近付かずに倒さねばならないのでしょう?普通にやって普通に負けるのでよろしいので?」
 ランプの光に小虫が群れる中、魔道師が決断を促すように言った。オベアはしばらく考え込んだ後、首を縦に振った。
「…何日かかる」
「三十…いえ二十五日でなんとか」
「陣払いされたら終わりだな」
「はい、ですから大バクチです。が、それで森に入ってきてくれるならそれは望むところですし、そうでなければ結界網が突破されたときでしょう」
 オベアは深く頷くと、坊主頭をぼりぼりとかいて手を頭の後ろに組み、椅子に寄りかかった。
「二十五日、結界網をもたせればいいんだな…しょうがねえなあ。全員で槍持って突撃した方がどれだけ楽かわからんなあ」
 洞窟の中の皆で声を出して笑った。

 かつて皇帝一族の居城だった建物があった。代々の皇帝が少しずつ改装し、増築してきたその建物は城砦と呼ぶには全く華美なものであった。やがて革命で皇帝一族は国を追われ、革命者らがその居城を乗っ取ったが、そこはやはり政治の中心地として使用された。他に類のないその威を破壊してしまうのは、やはり共産主義者でも惜しかったのだ、と誰もが思うだろう、レンガ積みの尖塔と白亜の寺院が立ち並ぶ様。まるでファンタジーの王宮を思わせるが、城壁の中では世界中からやってきた観光客でひしめいていた。
 通称クレムリン。ロシア共和国の政治を一手に司る地である。多々ある宮殿の中の一室では、ハゲ上がった頭の目つきの鋭い男がまさに室内に入室したばかりだった。使者が恐れ入るように自国の最敬礼を取ると、彼は手を振って顔を上げるように促し、きつい顔を最大限に緩めて右手を差し出した。
「待っていたよ。ようこそ、異世界の友人よ」
 使者の右手を優しく握ると、彼は室内の中央にあったテーブルの前の椅子にドンと腰を下ろした。彼は唐突に話を切り出した。
「で、欲しいものは何だい?」
 まるで話す前から内容がわかっているかのような言い草に使者はうろたえた。震える声で、
「せ、世界に冠たるロシア共和国大統領閣下にご挨拶申し上げ…」
「御託はいい。内容と要求を簡潔に」
「はっ、はいっ!」
 フォリシア王から派遣されてきた使者は大統領に今までの経緯を洗いざらいぶちまけた。大統領は普段のきつい表情が一変、終始緩んだ顔で、ときおり微笑さえ浮かべながら使者の話を聞いていた。
 話の最中に一言二言質問を入れた。使者は彼の知識の中でできるかぎり説明した。一通り話が終わると、合点がいった大統領は自らの手で優しく使者の手を握り込んだ。
「任せなさい。我がロシア軍が侵略者たちを蹴散らしてあげよう。こちらの武器も欲しいんだね?小銃に弾、訓練要員もすぐに派遣しよう。もう恐れなくてもいい。安心して下さい。我々は味方になります」
 優しくかけられたその言葉に使者は涙を流して喜んだ。さっそく細部を詰めるために別室での協議が開かれることになった。大統領は始終使者に優しく振舞い、協議は他に任せ官邸に戻るため、迎えの車に乗り込んだ。
「後で奴らがアメリカへ行かなかったことに乾杯しよう」
 車内で上機嫌の大統領は側近にグラスを傾けるジェスチャーを見せた。
 ゲート技術を手に入れればアメリカでも欧州でも、どこでも頭上にゲートを開くことができる。そんな技術が日本に、ひいてはアメリカ側だけに確保されてしまったのではたまったものではない。薄々日本が何かやっているということは聞き及んでいたが、その決定的な技術が独占されかかっていたことに大統領は驚き、されなかったことに心から安堵した。
「しかし今自衛隊とやり合うことは避けたいな…我がロシア陸軍が負けるとは思わんが無傷で済む訳がないし…さて、どうやって話をつけようか」
 側近は恐ろしい計画を語った。
「日本が拠る国を滅ぼさせてしまえば、ゲート技術はロシアが独占できますね」
 かつてKGBで暗躍した大統領はふふん、鼻で笑い答えた。
「今度は異世界で代理戦争か。君らも好きだな」
「異世界で『何か』があってもお互いこちらでは他言無用ということに…まあ、それは日本もわかっているとは思いますが」
「とりあえずまだブチ当たるのは早い。近日中に首脳会談を要請しておいてくれ」
「畏まりました」
 言うと側近は手早く彼のスケジュールの整理を始めた。

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