自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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匿名ユーザー

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 ボレアリア軍の斥候が描いてきた似顔絵を見て、日本にある自衛隊の作戦本部に緊張が走った。
「間違いないか」
「面影がありますね。名前も同じですし、間違いないでしょう」
 幹部の一人は十数年前に撮られた写真と見比べて言った。
 フォリシア軍幹部に異界人の、つまりこちらの世界の妻を持つ人間がいるという情報が入ったのは、つい先日のことだった。自衛隊はボレアリア軍に対し、敵の首都に潜む斥候から当該人物と思われる女性を調査し、似顔絵を送ってくれるよう、協力を要請していた。
 それが先程届いたのである。
「十年前に捜索願が出ていました。旧姓名、里吉 遥、現在はフォリシア陸軍上級将軍カルダー・オベアと結婚してハルカ・オベア。…家族は両親、弟が健在です」
 作戦本部は困惑の空気に包まれていた。異世界に定住していた日本人が明らかになったのはこれが初めてだったが、毎年数千数万と発生する行方不明者のどれくらいが異世界に住み着いているのか見当が付かなかったからだ。ボレアリアからの説明では、迷い人はすぐ送り返していたが他国のことはわからない、との返答であった。
「あっちに住んでる人が勝手にこっちに戻ってきて、我々の行動に難癖をつける、などということは『起こらない』だろう」
 ボレアリアからの返答では送り返していた人数はそれなりに上る、とのことだった。異世界から戻ってきて、そのことを知人友人に語った者もそれなりにいるのだろう。しかしそれが世間に信じられた例は一度もない。
「とはいえ、彼女の知識は銃と戦車と戦闘機、ミサイル。そのくらいでしょう。特段、注意するほどのことはないかと」
「ま、一応上にあげておこう。これが日本に帰りたいとか言ってきたらまた面倒が起こる」

「お母さぁん、今まで友達だったのに、あいつら、僕のこといじめるんだ!」
 オベアの息子はまだ午前中にもかかわらず、早々に自宅に帰ってくると母に泣きながら訴えた。
「…お母さんにもわかるように、落ち着いて、ゆっくり話して頂戴?」
 興奮してわめきたてる息子に、母は含めるようにゆっくりと話しかけた。べそをかいていた息子も徐々に落ち着きを取り戻してきた様子だった。彼は戦が始まってから級友達の態度が急変したことを少しずつ語りだした。
「…お母さんがね、異界人だから異界軍の密偵なんじゃないかって言われたんだ。それで僕が違うよって言ったら、おまえは異界の血が混じってるから汚いって…」
 彼の通う学校は元々貴族の子息達を通わせる学校だった。今は上級将軍とはいえ、元は平民のオベア家では場違いと言われても仕方のないところだった。元々疎外される種はあったのだが、彼の社交性と明るさで芽が出ないでいたのである。それが戦争というきっかけで、周囲の子供達の中にむくむくと湧き上がってきたのだ。
「今まで仲良くしてくれてたアミールも急に冷たくなっちゃったんだ!僕、何にも悪いことしてないのに!」
 同級生から無視されたり、陰口を叩かれたりするくらいなら我慢できたが、親友が逃げていくのは八歳の子供には辛かった。
 何度か家に遊びに来たこともある友達の名前を聞いて、ハルカはさらに顔を曇らせた。
「僕、もう一人ぼっちだよ!?お母さんは異界の人だけど、全然悪人じゃないよね?何でみんなお母さんや僕まで異界軍の仲間にするんだ…」
 幼い息子にはまだその辺の事情を理解することはできなかった。母はただこの事がきっかけで子供の心が歪まないようにフォローしなければ、と思案した。
「とりあえず学校はしばらく行かなくていいから…」
 戦が始まってからあまり外には出ていないが、薄々ながら周囲の自分を見る目も変わった気はしていた。大人だから直接的には態度に出ないかもしれない。しかし子供は容赦がない。
 息子にこれ以上子供の純粋な悪意を浴びさせると良くないと判断したハルカは、学校を休ませることにした。
 父はまだ遠く大森林で静かに戦いを続けていた。

 フォリシアの宮城では、魔道評議会からの使者ヴィアーノ・パーブルジュージが苦虫を噛み潰したような顔で、国王アンクヴァール4世へ批判をぶつけていた。謁見の間の空気は重く苦しかった。
「あれほど異界軍との接触を批判していた貴国が、まさかその仲間入りをしてしまうとは…正直、失望しましたぞ」
「…君らは大きな隠し事をしたね。我が国の都合も考えてくれたのか?向こうが賠償金は無くてもいいと言っているのを前から教えてくれていれば、こうはならなかった」
 国王は白い目で使者を見ながら、静かに呟いた。
「それは…異界の者がこの地に留まる選択肢は許されないからだ!貴国にもこの世界の安寧のための犠牲、負担は負って頂かねばならん!」
「そんなことは知ったことではない!」
 国王は声を荒げて使者の答えを否定した。彼は慌てる周りの侍従を見て小さく咳払いをし、呼吸を整えると再び強く語りだした。
「君らの都合で我が民の血税を差し出せとはどういう了見だ?全てはこの国、我が民がより豊かに暮らすため、始めたこと。今更民に、失敗したのでツケを払ってくれ、などと言えぬわ!そのためなら誰と組もうが…悪魔に魂を売ったとしてもこの国を守る。それとも異界の軍と互角に戦える戦力を評議会は持っているのですかな?もしそうならば、その戦力を貸して頂けるなら考え直さんでもないが…」
 以前交渉に訪れた時と同じく、顔を下げたまま深く深くため息をついた使者は、パッと顔を上げると言った。
「もはや話し合いの余地は無き様。では、これにて話は終わりですな。…失礼」
 反転しそのまま謁見の間を出ようとした使者の背中に国王が声をかけた。
「引き上げる評議会の研究員、駐在員達は責任を持って送り届ける。残る者の処遇も心配無用だ」
「…お心遣い感謝致します」
 使者は後ろを見ないまま頭を下げ、間を出た。
 宮城の出口へと向かう廊下の途中、待っていた部下を見つけた彼は首を横に振った。
「駄目だったよ。君は先に宿に帰って念話の魔方陣の用意を」
 精神系の最高クラスの魔法、念話を使える者はごく僅かに限られていた。この魔法は精神感応の適性が無い者は習得できず、莫大な魔力、複雑な魔方陣を使う、相手の体の一部を持っていなければいけないと、ハードルが高い魔法であるためだ。最高の魔道師をかき集めることのできる軍であっても、フォリシア軍が三名、ボレアリア軍が四名、といった具合だ。もちろん魔法の研究機関でもある評議会では、それより少しだけ習得者は多かったが、それでも二十人に満たない程度だった。
 城を出て馬車に乗り込み、投宿する高級旅館へと戻ったパーブルジュージは着替えもせず、魔方陣を引くよう指示した部屋に向かった。
 暗く光の入らぬように締め切られた部屋の絨毯の上には、両手を真横に広げた程度の円の中に複雑な文字文様が魔道用の塗料で描き込まれていた。
「用意は整っております、副議長」
「うむ…」
 部屋の隅で先程の部下が恭しく頭を下げた。
 パーブルジュージは魔方陣の中心にどかりと腰を下ろし、懐から小さな布の包みを取り出した。中にはこれから会話する相手の髪の毛が入っている。彼はそれを胸に当てて呪文を口の中で呟き始めた。念を持ち主へと遡らせ、精神の入り口を少しだけつなぐ工程だ。
(ヨーラ、私だ)
 呟きを聞きつけた相手が心の中で声を返してきた。
(これは副議長、少々お待ちを…)
 自分も習得していることはもちろんだが、念話を受ける方は魔方陣こそ要らないとはいえ、魔力を使う上に精神集中しなければ一、二言交わすこともままならない。念話に集中できる環境を整えねばならなかった。
(お待たせ致しました)
 しばらく後、相手から心の声が返ってきたのを確認したパーブルジュージは今日あったことの顛末をかいつまんで話した。
(…そういう訳でこちらの世界に異界の大国の軍が二つも駐留することはもはや避けられぬ。この話が広がったら…)
(…長老の立場がまずくなりますね)
(私が戻るまで、反長老派を抑えていてもらえるか?ヨーラ。長老に責を負わせるわけにはいかん。あくまで交渉に失敗した私の責任だ)
(は…お任せを。なるべく早めにお戻り下さい)
(よろしく頼む)
 パーブルジュージはすっくと立ち上がると隅に控えていた部下に言った。
「私は明朝出立する。研究員などへの連絡、事後処理は任せる」
 彼は魔方陣の引かれた部屋を出て自室へ戻った。陽はまだ高く正午を過ぎたばかりだった。

「…大幅に手を変えねばならんなあ!…まいったね、こりゃ…」
 都内、某料亭の一室。陽も地平線の下に落ちてしばらく経った頃、首相は賓客を待つテーブルの一角に陣取り、側近に愚痴をこぼしていた。
「奴さんら、向こうから東京へお出ましだとさ。よっぽどこの件について話したかったんだろうなあ」
 つい先日、ロシアとアメリカの首脳筋から早急に来日したいと立て続けに要請があったのだった。東アジアの核問題について会談を持つというのが表向きの内容である。この三国で、衛星写真から某国に有事の兆候などが見られる、などと強引にでっち上げて急な日程に都合をつけていた。
「客人のご到着でございます」
 陰から小さく囁かれた声で首相は部屋の入り口に目をやった。
 しばらくして多数の供を引き連れて米国の大統領が姿を現した。首相は立ち上がり、ニヤリと笑い右手を差し出した。大統領は笑みを浮かべつつも、フーと小さくため息をついた。一息おいて差し出された手を握った。
「ロシアが噛み付いてくるとは計算外だったろう?私としても、もう少し様子を見てから口を出すかな、というつもりだったのだが…もう、そうもいかないな」
「…ま、続きは全員揃ってから…」
 数分後、頭のハゲ上がったロシアの支配者も無愛想な顔をして現れた。先にいた二人に手早く挨拶をすませると、彼はさっと座布団に腰を下ろした。
 落ち着いたところで、首相は胡坐をかいたまま両手をテーブルについた。
「…えー、では御二方、昼間の偽会談お疲れ様でした」
 そう言って軽く頭を下げた。通訳の間が一瞬おかれた後、相手の二人はクックックと小さく声を出しニヤついた。
「では、メシでも頂きながら本番と参りましょうか」
 ほどなく前菜の季節野菜の盛り合わせと食前酒が卓に並び始めた。
 首相は再び口を開いた。
「食前酒は皆さんシャンパンなど召されるようですが、せっかく日本に来たのですから、今日は梅酒などいかがかな」
 小さなグラスに注がれた琥珀色の液体を、露大統領はグラスに目を寄せて覗き込み、一口くっと飲んだ。
「随分甘い酒だ」
 彼はそう呟き、口元をむずむずさせた。
「氷砂糖を使う酒ですから…甘いのは苦手ですかな?別のものに取替えさせましょうか」
「いや、いい」
 首相が店の者を呼ぼうとすると、露大統領は手を小さく振った。
「日本では最後にやらかすことを『詰めが甘い』と言うんだろう?そのお陰で我々も助かったという話さ」
 彼はそのまま酒を口に流し込み続けた。
「まったく…恐るべき『核の運搬方法』を独占されるところだったとは」
「やっぱりそれか」
 米大統領が顔を険しく変えて口を開いた。
「相手の直上にゲートを開けば爆発するまでわずか数秒、迎撃などできようはずがないからね。我が合衆国が大金をはたいて開発した弾道弾防衛もすっかり無駄になった」
 と、首相に視線を向けた。首相は肩をすくめて言った。
「余計なことをしたな、とでも言いたいのですかな?日本政府はそんな事を考えたことはない。移動時間の短縮に目を付けただけだ」
「誰かが考えれば一緒だ。一人だけ善人面されても困る」
 すかさず合いの手が入った。
 前菜を口にする少しだけの時間、室内に静寂が訪れた。露大統領は器用に箸で食べていたが、米大統領はフォークを使った。
 しばらくの間の後、唐突に米大統領が口を開いた。
「まあ、今日ここに言いに来たのはね。率直に言わせてもらうと、ロシアが軍を駐留させるなら合衆国もさせてもらうよ、と、そういう事だ」
「おや、アメリカは中東だので忙しいんではないのかな?それほど軍の予算が有り余ってるとは羨ましい」
 露大統領がすかさず皮肉を返した。
「安いものだろう?兵器の開発費用に比べたらね。軍事援助なんかいくらやっても全然安いよ」
 米大統領が見透かしたように鼻を鳴らし、口元を緩めた。
 過熱しかけた空気を察した首相が柔らかい口調で言った。
「重要なのは、これ以上話が広がるのを避ける事。他国には決して漏らさないよう…それは御二方とも承知してますかな?」
「無論」
「もちろん。参入者が増えると、向こうのコントロールが難しくなるしね」
 二人は時をおかず答えた。
「では刺身でも食いながら、今後のことについて語りましょうか。『和やか』にね」
 首相がパン、と手を鳴らすと様子を窺っていた店の者が次の皿を手早く並べ始めた。

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