「殿下、敵は痺れを切らしようですぞ。歩兵部隊が前進して来ます」
「銃撃戦用意。横隊の整列を徹底させよ」
砲兵による攻撃も飛竜による攻撃も芳しくない同盟軍は、歩兵隊の数に頼んで一気に決着を付けることを考えたようだ。
赤い服や白い服、青い服などを着た様々な国の兵士たちが様々な連隊旗を伴い、進軍する。
お互いの距離が300mを切った。
「全部隊、射撃準備! ただし、命令があるまで発砲は禁止!」
それまで沈黙を保っていたイルフェスの兵士たちは、肩に捧げていた銃を射撃体勢に構える。
しばらくすると、お互いの歩兵隊の距離は100mに迫っていた。
同盟軍歩兵が銃を射撃体勢に構える。
「射撃開始!」
凡そ60mから70m付近に接近したとき、両者の火花が散り、白煙が立ち込める。
これだけ接近して数千の兵士が撃ち合っても、一度の射撃で倒される人数は数十人程度である。
しかし、同盟軍に狙われたイルフェスの中央では、事態はもっと悲観的である。
その数十人のうちの約半分は、中央の部隊の損害だった。
が、イルフェスの方も負けてはおらず、お互いに敵の中央を攻撃している。
歩兵同士の十数斉射目が終わる頃に、ライランス軍戦竜隊の突撃が始まった。
綻びはじめたイルフェス軍中央に殺到するつもりなのであろう。
イルフェス軍は両翼の小銃兵と砲兵で戦竜の衝力を受け流しつつ、自軍の戦竜隊を向かわせる。
そこかしこで戦竜同士の決闘が始まる。
戦竜兵は対戦竜用の大型の槍を持つ。これで敵の戦竜を串刺しにするのだ。
重騎兵と同等の速度で、10倍の体重にのせられた槍の一撃は非常に重い。
長く重い槍を片腕で操作する関係上、戦竜兵は選抜されたエリートだ。
当然、上級将校だけではなく末端の戦竜兵も騎士階級である。
討ち取れば、戦利品や身代金は多くのものが見込めた。
双方の戦竜兵達は高い士気を保ったまま、相手の戦竜隊を突破して敵の歩兵陣を狙わんとする。
「戦竜隊には悪いが、囮になってもらう。敵の中央もガタガタだ。残った歩兵と騎兵で、突撃をかける」
歩兵の横隊は、お互いににじり寄りながらさらに数回の射撃の応酬を経て、両軍の距離が徐々に縮まっていく。
「全軍突撃させ、重騎兵隊も投入せよ」
エレーナの命令は速やかに太鼓を介して伝えられる。
指揮官の号令で、イルフェスの全軍は最後の射撃を行うと騎兵部隊と共に突撃に移る。
鼓笛隊の鼓舞によって全軍が射撃から白兵の体勢へ移行した。
イルフェスの横隊が駆け足で同盟軍の横隊に突撃する。
勝敗を決定付ける重要な銃剣突撃である。
お互いの兵士が銃剣を突き刺し、銃床で殴りつけ、サーベルで斬り合う。
十数分に渡る壮烈などつきあい。
お互いに敵の中央を攻撃したが、先に崩れ始めたのは同盟軍側であった。イルフェス軍の突撃によって
完全に崩壊する前に戦闘を切り抜けようとした同盟軍の指揮官によって、同盟軍中央が撤退していく。
同盟軍の中央を守っていたのは主力のライランス軍だったが、他の同盟諸国との間に亀裂が生じ、そこから崩壊した。
イルフェス軍中央部隊は、ギリギリの所で持ち応えた。
あと数分長く敵の攻撃に晒されていれば、同盟軍と同じく崩壊していたであろう。
ライランス軍を中心とした同盟軍は攻撃を成功させられなかった。同盟軍の敗北である。
しかしイルフェス側も少なくない損害を負い、両軍は決定的な結果を残せぬまま撤退した。
反イルフェス同盟軍の損害(戦傷、戦死)は8553、対するイルフェス軍の損害は6417であった。
皇国は決断を迫られていた。
西大陸(サウシェスト大陸)のイルフェス王国とは先日通商条約を結んだばかりだ。
それが突然『戦争を始めたので支援して欲しい』と来た。
皇国がこの世界で今すぐ獲得可能で、今すぐ欲する資源、食糧。
それの安定供給のためには、大内洋に面するイルフェス王国の協力は欠かせない。
西大陸随一の穀倉地帯であるイルフェス王国の協力なしに、皇国臣民の腹は満たせない。
「この世界は、武力でも経済力でも何でも、力を見せつけねば生きて行けぬ戦国時代のようなものでしょう」
首脳会議の席で、臨席したある学者が言った言葉である。
「この世界が戦国時代だというのなら、我々はどう動くべきでしょうか?」
「天下を取る……これに尽きます。実際に天下を取った徳川幕藩体制は色々不備もあり、
明治維新で倒れましたが……それにしても200年以上の平和で安定的な体制を築きました」
「日本国内の天下取りと、世界の天下取りは訳が違うのではありませんか?」
外務大臣である。各国と戦争なり外交折衝なりを進める最前線だから、学者の言葉が気になるのも当然だろう。
「そもそも、そんな世界中を武力統治するような能力は我が国には無いでしょう。
西大陸だけでも広大なのに、大内洋の東にはさらに大きな東大陸(ロナルナ大陸)があります」
国防大臣の言葉だ。至極もっともである。
皇国軍は基本的に国防軍であって、遠征軍ではない。
「何も、直接統治だけが支配力を広げる手段ではありません。諸国と同盟するのです。
丁度、我々が元居た世界で英国や米国と手を結んでいたように。
そして、この世界ではリロ王国やオレス王国、イルフェス王国と結んだように」
「待って下さい。皇国は通商条約は結んだが、軍事同盟まで結んだ覚えはありませんよ」
「では、何もしないのですか? そうしたら諸国は『皇国とは付き合う価値なし』と判断する公算が高いですが。
円安も進むでしょうし、最悪食糧が全く入って来なくなる可能性まで考えねばなりません」
皇国は新参者も新参者。一ヶ月ほど前に『突然』大内洋の真中に現れた国家である。
それが、通商条約を結んでくれた相手に戦争の手助けも出来ないとあっては、
今後の国際関係にマイナス面の影響は避けられないし、今ある条約さえ反故にされる可能性がある。
内政は出来て当然、その上で外交と戦争が出来て一等国。そのどちらが欠けても、この世界では二等国以下だ。
現実的な問題もある。
イルフェス王国から輸出される穀物を載せた船が、反イルフェス同盟の軍艦や私掠船に襲われる事件が何件も起きている。
穀物の1tも無駄に出来ない皇国にとって、これは現実的な脅威であり、参戦理由にもなった。
総理大臣、外務大臣、国防大臣らを中心とした政府首脳は、『イルフェス王国の防衛と西大内洋の通商保護』
を目的とした軍事的な行動を決定し、天皇もそれに異を唱えることは無かったという。
昭和17年――新暦1542年――の2月上旬の事だった。
「銃撃戦用意。横隊の整列を徹底させよ」
砲兵による攻撃も飛竜による攻撃も芳しくない同盟軍は、歩兵隊の数に頼んで一気に決着を付けることを考えたようだ。
赤い服や白い服、青い服などを着た様々な国の兵士たちが様々な連隊旗を伴い、進軍する。
お互いの距離が300mを切った。
「全部隊、射撃準備! ただし、命令があるまで発砲は禁止!」
それまで沈黙を保っていたイルフェスの兵士たちは、肩に捧げていた銃を射撃体勢に構える。
しばらくすると、お互いの歩兵隊の距離は100mに迫っていた。
同盟軍歩兵が銃を射撃体勢に構える。
「射撃開始!」
凡そ60mから70m付近に接近したとき、両者の火花が散り、白煙が立ち込める。
これだけ接近して数千の兵士が撃ち合っても、一度の射撃で倒される人数は数十人程度である。
しかし、同盟軍に狙われたイルフェスの中央では、事態はもっと悲観的である。
その数十人のうちの約半分は、中央の部隊の損害だった。
が、イルフェスの方も負けてはおらず、お互いに敵の中央を攻撃している。
歩兵同士の十数斉射目が終わる頃に、ライランス軍戦竜隊の突撃が始まった。
綻びはじめたイルフェス軍中央に殺到するつもりなのであろう。
イルフェス軍は両翼の小銃兵と砲兵で戦竜の衝力を受け流しつつ、自軍の戦竜隊を向かわせる。
そこかしこで戦竜同士の決闘が始まる。
戦竜兵は対戦竜用の大型の槍を持つ。これで敵の戦竜を串刺しにするのだ。
重騎兵と同等の速度で、10倍の体重にのせられた槍の一撃は非常に重い。
長く重い槍を片腕で操作する関係上、戦竜兵は選抜されたエリートだ。
当然、上級将校だけではなく末端の戦竜兵も騎士階級である。
討ち取れば、戦利品や身代金は多くのものが見込めた。
双方の戦竜兵達は高い士気を保ったまま、相手の戦竜隊を突破して敵の歩兵陣を狙わんとする。
「戦竜隊には悪いが、囮になってもらう。敵の中央もガタガタだ。残った歩兵と騎兵で、突撃をかける」
歩兵の横隊は、お互いににじり寄りながらさらに数回の射撃の応酬を経て、両軍の距離が徐々に縮まっていく。
「全軍突撃させ、重騎兵隊も投入せよ」
エレーナの命令は速やかに太鼓を介して伝えられる。
指揮官の号令で、イルフェスの全軍は最後の射撃を行うと騎兵部隊と共に突撃に移る。
鼓笛隊の鼓舞によって全軍が射撃から白兵の体勢へ移行した。
イルフェスの横隊が駆け足で同盟軍の横隊に突撃する。
勝敗を決定付ける重要な銃剣突撃である。
お互いの兵士が銃剣を突き刺し、銃床で殴りつけ、サーベルで斬り合う。
十数分に渡る壮烈などつきあい。
お互いに敵の中央を攻撃したが、先に崩れ始めたのは同盟軍側であった。イルフェス軍の突撃によって
完全に崩壊する前に戦闘を切り抜けようとした同盟軍の指揮官によって、同盟軍中央が撤退していく。
同盟軍の中央を守っていたのは主力のライランス軍だったが、他の同盟諸国との間に亀裂が生じ、そこから崩壊した。
イルフェス軍中央部隊は、ギリギリの所で持ち応えた。
あと数分長く敵の攻撃に晒されていれば、同盟軍と同じく崩壊していたであろう。
ライランス軍を中心とした同盟軍は攻撃を成功させられなかった。同盟軍の敗北である。
しかしイルフェス側も少なくない損害を負い、両軍は決定的な結果を残せぬまま撤退した。
反イルフェス同盟軍の損害(戦傷、戦死)は8553、対するイルフェス軍の損害は6417であった。
皇国は決断を迫られていた。
西大陸(サウシェスト大陸)のイルフェス王国とは先日通商条約を結んだばかりだ。
それが突然『戦争を始めたので支援して欲しい』と来た。
皇国がこの世界で今すぐ獲得可能で、今すぐ欲する資源、食糧。
それの安定供給のためには、大内洋に面するイルフェス王国の協力は欠かせない。
西大陸随一の穀倉地帯であるイルフェス王国の協力なしに、皇国臣民の腹は満たせない。
「この世界は、武力でも経済力でも何でも、力を見せつけねば生きて行けぬ戦国時代のようなものでしょう」
首脳会議の席で、臨席したある学者が言った言葉である。
「この世界が戦国時代だというのなら、我々はどう動くべきでしょうか?」
「天下を取る……これに尽きます。実際に天下を取った徳川幕藩体制は色々不備もあり、
明治維新で倒れましたが……それにしても200年以上の平和で安定的な体制を築きました」
「日本国内の天下取りと、世界の天下取りは訳が違うのではありませんか?」
外務大臣である。各国と戦争なり外交折衝なりを進める最前線だから、学者の言葉が気になるのも当然だろう。
「そもそも、そんな世界中を武力統治するような能力は我が国には無いでしょう。
西大陸だけでも広大なのに、大内洋の東にはさらに大きな東大陸(ロナルナ大陸)があります」
国防大臣の言葉だ。至極もっともである。
皇国軍は基本的に国防軍であって、遠征軍ではない。
「何も、直接統治だけが支配力を広げる手段ではありません。諸国と同盟するのです。
丁度、我々が元居た世界で英国や米国と手を結んでいたように。
そして、この世界ではリロ王国やオレス王国、イルフェス王国と結んだように」
「待って下さい。皇国は通商条約は結んだが、軍事同盟まで結んだ覚えはありませんよ」
「では、何もしないのですか? そうしたら諸国は『皇国とは付き合う価値なし』と判断する公算が高いですが。
円安も進むでしょうし、最悪食糧が全く入って来なくなる可能性まで考えねばなりません」
皇国は新参者も新参者。一ヶ月ほど前に『突然』大内洋の真中に現れた国家である。
それが、通商条約を結んでくれた相手に戦争の手助けも出来ないとあっては、
今後の国際関係にマイナス面の影響は避けられないし、今ある条約さえ反故にされる可能性がある。
内政は出来て当然、その上で外交と戦争が出来て一等国。そのどちらが欠けても、この世界では二等国以下だ。
現実的な問題もある。
イルフェス王国から輸出される穀物を載せた船が、反イルフェス同盟の軍艦や私掠船に襲われる事件が何件も起きている。
穀物の1tも無駄に出来ない皇国にとって、これは現実的な脅威であり、参戦理由にもなった。
総理大臣、外務大臣、国防大臣らを中心とした政府首脳は、『イルフェス王国の防衛と西大内洋の通商保護』
を目的とした軍事的な行動を決定し、天皇もそれに異を唱えることは無かったという。
昭和17年――新暦1542年――の2月上旬の事だった。