自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

皇国召喚 ~壬午の大転移~8

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Turo428

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    「捜索連隊より報告です。敵の規模は歩兵、騎兵、砲兵合わせて10万以上。戦竜は約750、飛竜は不明。
     ただし海軍からの情報で、敵の最も近い飛竜陣地はシェルスで、現在見える範囲では40騎程度を確認。
     その他にも複数の飛竜陣地を確認だそうです。閣下、海軍に飛竜陣地の爆撃を要請しますか?」
    「シェルス陣地は、数日前に海軍が爆撃をした飛竜陣地だったな?」
    「はい」
    「そこにもう40騎配備か……敵の航空兵力の展開速度は、かなり早いな」


    この世界での飛竜の運用方法とは、まず国土の深く、敵から空襲を受けないような安全な場所に恒久的な「飛竜基地」を造る。
    飛竜基地は規模が大きく、平時には数十~数百の飛竜を集中管理して、哨戒や訓練等を行う。
    しかし、これでは飛竜を本土決戦には使えても国境紛争や敵国への侵攻に使えない。
    飛竜の航続距離は150km程度、作戦行動半径は60km程度しかないからだ。

    戦時には、敵国との国境近くに「飛竜陣地」を造る。これは飛竜基地から飛んできた飛竜を
    一時的に休ませておくための野戦陣地であり、国境付近の戦闘出撃はこの飛竜陣地から行われる。

    なので、空軍(飛竜軍)には「飛竜陣地設営連隊」という、特殊な工兵連隊が必ず存在する。
    だいたい、飛竜陣地の飛竜運用能力は数騎から数十騎であり、戦時には国内各所に
    飛竜陣地が多数造営されて飛竜は実質的に分散配備されることになる。

    このような事情から、「他国との国境付近に飛竜陣地の建設を始める」ということは、
    「敵対宣言」「宣戦布告」とほぼイコールと見做されている。


    皇国海軍が宣戦布告の翌日に爆撃したのは「飛竜基地」であった。
    「飛竜陣地」は戦時中でも必要に応じて位置が変わるし、仮に全滅させたとしても飛竜の損害は大したこと無い。
    対して飛竜基地は永久陣地だから、位置は判明しているし、大損害を与えることが出来る。

    実際は、飛竜基地の多数の飛竜は既に前線の飛竜陣地に転属済みだったために予想より低い戦果しか上げられなかった。
    だが、ライランスにとっては(イルフェスにとっても)これは死活問題である。
    飛竜陣地は、所詮一時的な仮基地でしかない。飛竜や竜士の休養などは、飛竜基地へ戻って行うのが通例だ。
    その飛竜基地が空襲を受けるということは、即ち「飛竜にとって安全な場所が無い」という事になる。

    飛竜は、その威圧的な外観とは裏腹に、かなり神経質でデリケートである。
    肉体的疲労だけでなく、心的ストレスが溜まると、戦闘力は目に見えて落ちる。
    ストレスが行き過ぎると、“ボーっとして竜士が手綱を操作してもピクリとも反応しない”ようになる。
    実際、過剰な訓練が元の事故は各国で毎年のように起こっている。
    竜付きの調教師や獣医は、軍に「頼むから限界を超えるような訓練はさせないでくれ」と言い、
    軍は「実戦以上に過酷な状況を想定して訓練を行わなければいけない」と、両者譲らず数百年である。

    だが、両者とも「飛竜に定期的な休養は絶対必要」という点では意見が一致している。
    人間だけでなく飛竜にとっても、「休養は任務のうち」なのだ。
    だが、その「安全な休養場所」が国内に存在しないとなったらどうだろう。
    飛竜戦力の頭数はあっても、みるみる実戦力を失い、形骸化する。
    飛竜戦力が無くなったら、それはもはや「列強国」とは見做されなくなるだろう。

    勿論、単に「飛竜を多数保有しているから列強国」なのではない。
    「飛竜を多数運用できる国力がある(=経済力なども強い)から列強国」なのだが、
    しかしこの世界での飛竜の位置づけは、元世界の「戦艦」のように、
    それ自体が国家の威信を象徴するものとなっている。

    少なくとも中等、高等教育を受けていない平民(初等教育すら満足ではない)にとっては、
    「どれだけ質の良い飛竜を多く保有しているか」で、国のランクが決まる。

    国王や大臣、貴族などの“学のある”上流階級でも、当たり前のようにそのように考えているふしがある。

    何故、ここまで飛竜のみが特別扱いされるのかについては、この世界の人々自身も解らないだろう。
    昔からのことで、「飛竜は特別」というのは当たり前すぎて、考える事すらしていない人が殆どだ。

    そんな「特別」な飛竜を運用する飛竜基地を、参戦直後に一方的に叩きのめした皇国軍。
    これは例えて言うなら、東京湾要塞に守られた、首都に程近い
    横須賀の海軍基地に停泊中の戦艦を撃沈されたようなものだ。

    ライランス王国の受けたショックが計り知れるだろう。

    主要な列強国での飛竜の数は、戦艦と違って千以上の単位で運用されている。
    の割りに、大会戦でも飛竜の投入数がせいぜい二百程度なのは、飛竜の作戦行動半径が短い事と無関係ではない。

    飛竜の作戦行動半径は50km~60km程度である。逆に言えば、決戦場から60km以内の飛竜陣地に存在する
    以外の飛竜は、遊兵と同じだ。しかも、飛竜陣地は簡単に造れる即席基地とは言っても、それは
    飛竜基地と比較しての話で、やはりそこに陣地を造ると決めてから工兵隊を回し、
    工事をして完成するまでには少なくとも1~2週間はかかる。
    工兵隊や資材も無限ではないのだから、そう気軽に造れるものでも無い。

    そうすると、当然飛竜陣地は敵国に近い場所に重点的に造られるが、
    リスク分散の観点からすると程近い場所に幾つもの飛竜陣地を造るのも考え物だ。
    だから前線の飛竜陣地も、お互いがある程度離れた場所にポツポツと造られる事になる。

    その結果、一つの戦場に投入可能な飛竜数は飛竜陣地2~5箇所分程度になってしまう。
    大規模な基地で1箇所あたり60騎運用可能だとしても、300騎がいいところだ。
    これは列強国の運用する飛竜数の凡そ10%~20%程度に相当する。

    これが、飛竜基地から直接出撃可能な場合は上記の2倍から3倍程度を一度に投入できる。
    飛竜の投入という面に限って言えば、防御側が圧倒的に有利なのだ。

    だから、お互いに国境線近くで小競り合いや決戦をやって、相手の国土の奥深くまでは侵入したがらない。
    補給面でも勿論だが、飛竜戦力の展開という面で攻撃側が圧倒的に不利なのは千年前から変わらないのだから。


    このように、列強国に限れば前線にいる飛竜というのは国家が保有する飛竜の20%程度でしかない。
    前線に近い飛竜基地や飛竜陣地を攻撃されても、後方にはまだそれに倍する飛竜がいるから、戦力の補充は容易なのだ。


    「海軍とて爆弾が無限にあるわけではないだろう。弾薬補給艦の分も含めて、陸用爆弾を多めに
     持って来たという話は聞いているが、それでも各地の飛竜陣地を爆撃すれば空母の爆弾庫は早々に空になる」
    「はい。空母機動部隊とは言っても、2航戦のみですから、火力も限定的ですし」
    「海軍の機動部隊には、まだ当分各地の基地を爆撃して敵を休ませないようにしてもらう必要がある。
     敵の飛竜が襲撃した場合にはこちらの高射砲と機関砲で対処する事にして、
     シェルス陣地への爆撃要請は見送る事にする」
    「了解です。シェルス陣地への爆撃要請は見送ります」
    「しかし、それにしても敵軍10万以上に戦竜750か。
     ライランスの動かせる戦力の全てという事になるか?」
    「恐らくそうでしょう。敵は本気です」
    「そうか……決戦になるな」

    皇国軍2万、ライランス軍12万5000の陣営は、ライランス領のエシュケール平原で顔を合わせた。
    ライランス軍は皇国軍の射程外に布陣し、隊列を整える。

    「例の、鉄竜がいるな」
    「あの鉄竜の鎧が1/4シクル(≒5mm)もあれば、マスケットで撃ち抜けないのは致し方ありません。
     しかしカノン砲であればどんな鎧とて無意味です。鉄竜の駆逐は砲兵連隊にお任せを」
    「うむ。期待している。歩兵連隊の展開はどうか」
    「全連隊、配置に着いております。騎馬兵、戦竜兵も配置完了です」
    「では飛竜隊に伝令、目標は敵歩兵」


    南西方向から現れた飛竜隊の第一波は、皇国軍陣地からの距離約5000mで最初の射撃を受けた。
    飛竜部隊を包む爆発音と黒い煙。爆発音が何発か響くと、1騎の竜が血塗れになって墜落する。
    「何だ、皇国軍か!?」
    飛竜隊の指揮官は“まだ戦場に到着していない”段階での被害に一瞬うろたえたが、
    今の彼に出来る事は、ただ“戦場”に到着して爆弾を投下する事だけだ。


    皇国軍陣地には高射連隊が配備され、76.2mm高射砲から始まり、
    対空噴進弾、40mm機関砲、20mm機関砲、12.7mm機関銃と、
    距離が近づくにつれて濃密な対空砲火が形成される。


    1騎、また1騎と、血祭りを上げて墜落していく飛竜。
    飛竜にとって、対空射撃というのは鳴子程度のものだ。“今まで”は。
    時速100kmで進む飛竜に、2発/分程度の射撃速度の砲や銃で出来る事は少ない。
    連装式の対空ロケット弾といっても、命中率はさほど高いものではない。
    飛竜は、上空数百メートルから地上部隊を自由に偵察し、自由に攻撃できる。

    例の、「機械竜」による攻撃ではない以上、飛竜を攻撃しているのは地上部隊の対空砲だ。
    実際、皇国軍陣地からは発射による光と煙が見える。
    (地上部隊がこれ程の対空砲火を行えるとなれば、飛竜は戦場の上空から駆逐されてしまう!)
    指揮官の思ったとおりに、周りを飛ぶ飛竜の数は次第に減っていく。
    (せめて、敵陣に爆弾を落とすまでは当たるな!)
    だが、その指揮官の思いも虚しく、34騎の精鋭騎竜士は上空で、あるいは墜落による衝撃で命を落とした。

    想定の範囲の一部にはあったとはいえ、常識的に考えればありえない結果にライランス軍の司令官は驚いていた。
    飛竜隊の全滅。それも“戦場に到着する前”の全滅である。

    白地に赤丸の旗の、皇国を名乗る軍隊は強い強いと“逃げ帰ってきた”
    将兵が言うのを、半分以上は“敗者の言い訳”だと考えていたのだ。
    “相手が強かったから負けた”、“あの火力では負けて当然”。
    そんな“言い訳”を、ライランス軍を預かる彼も聞いていた。

    だが現実は、まさにその“敗者の言うとおり”であった。
    「閣下、まもなく飛竜隊の第二波が戦場に到着する頃ですが……」
    「予定では第一波34騎、第二波42騎、第三波36騎、第四波40騎……そして第一波は全滅した」
    「はい……しかしまだ100騎以上の波状攻撃があります」
    「いや、駄目だ。これでは波状攻撃ではなく各個撃破される」
    「あんな火力が、そう長く続くとは思えません。敵ももう弾薬が底を突いているのでは?」
    「そんな希望的観測で貴重な飛竜隊を消耗させて良いものか。
     対空信号弾で飛行中の飛竜隊へ伝令。撤退せよ。即時撤退だ」
    「はっ。対空信号弾にて、飛竜隊に撤退を命じます」

    (さて、飛竜を逃がす“言い訳”は出来た……だがこれだけの規模の陸軍が何もせずに撤退するのは政治的に不可能だ)
    数では圧倒的に勝っている。
    全軍が一斉に突撃すれば、数の力で揉み潰す事も可能だろう。
    だが、10万以上の大軍を統制して突撃させる事は不可能だし、勝ったとしても
    敵の反撃で出血が多ければイルフェス軍との決戦に支障が出る。
    少ない出血で勝たねばならないのだ。

    「砲兵と戦竜が鍵だな……」
    敵の鉄竜には小銃が効かないのは確認済み。
    とすれば砲兵に頼る部分が大きくなる。
    さらに戦竜。特に今回は装甲した重戦竜が50騎いる。
    これで敵の歩兵隊を蹂躙できれば、勝利は確実だ。

    「各師団砲兵隊の全力を持って、敵陣地を砲撃せよ」
    先に動いたのはライランス軍。
    砲兵隊が前進し、展開を急ぐ。

    だが、敵の砲撃を待ってやる皇国軍ではない。
    「敵の砲兵隊が前進しつつあります」
    「我が方の砲兵連隊は準備完了しているな?」
    「はい。準備完了です」
    「では、敵砲兵に対して砲撃させろ。他の隊は無視して構わん」
    「はっ。砲兵連隊に、敵砲兵隊への砲撃を命じます」


    展開途中の砲兵隊陣地に、爆発音が響いた。
    数次に渡る爆発は、砲や砲兵、馬を吹き飛ばす。
    皇国軍の砲撃だ! 誰もがそう思うのにさして時間はかからなかった。

    (敵の射程外に陣を構えたつもりが、射程内だったとは……甘かったか!)
    つまり、敵の砲兵の射程はこちらの砲兵の倍以上はあるという事だ。

    威力も凄まじい。撃たれる弾全てが炸裂弾だ。
    だが、砲兵隊が猛攻撃を受けている反面、歩兵隊は狙われていない。
    砲兵隊を外れた流れ弾が僅かに飛んでくる程度である。
    皇国軍の狙いが砲兵隊であることは明白だ。

    (こうなったら、砲兵隊には悪いが、囮になってもらおう……)
    「歩兵隊は横隊のまま速足で前進! 戦竜隊は中央、騎馬隊は歩兵隊の両脇を固めて前進!」

    ついに、ライランス10万の軍が動き出した。

    「敵軍は総攻撃の様子だな」
    「あんな大軍を相手にするのは、満州以来です」
    「今回の相手はソ連ではない。相手に戦車は無いが、だがあの数は脅威だぞ」
    「はい。満州の時と違って、我々の数が圧倒的に少数です」
    「敵の飛竜の動向が不明なのが気にかかるが、場合によっては高射砲兵も対地支援射撃に使う」
    「了解です」
    「戦車隊、対戦車隊、歩兵砲隊、機銃隊、射撃を開始せよ。小銃隊も各個に応戦しろ」
    「はっ!」


    腹を殴るような地響きを立てながら、敵軍の砲弾は炸裂する。
    吹き飛ばされる人、人、人。全て味方の兵士である。

    歩兵隊が命令されたのは1秒間に2歩のペースで歩き、射点に着くことだ。
    だが、射点までは4シウス(≒800m)はある。速足でも8分以上はかかる距離だ。

    敵兵士1万が1分に3発撃つと考えれば、1分で3万発。命中率0.5%とすると150人。8分で1200人が死ぬ。
    1200人である。1個連隊が全滅するに等しい。しかも、敵はそれを射点に着く遥か手前で成し遂げる。
    それに……これは悪い冗談のようだが、敵の射撃速度は1分に3発どころではない。
    “1秒に3発撃っている”と言われても信じてしまえる程の激しい銃砲撃だ。
    “1分で1個連隊が壊滅”しているのではないだろうか?

    中央部隊では戦竜隊が盾となり、歩兵の損害を抑えているが、その分戦竜の損害が酷い。
    皇国軍の攻撃は重戦竜の鎧すら貫通し、血祭りに上げる。
    だがライランス軍歩兵隊の必死の行進は続く。
    あと数分耐え抜けば射点に着けるのだ。


    「もう嫌だ! 俺は故郷(くに)に帰るんだ!」
    1人の兵士が戦列を抜けて逃げ出し、隊に動揺が走る。
    兵士はその場で上官によって射殺されたが、動揺は収まらない。
    むしろ「故郷に帰る」と言った兵士の言葉に刺激され、顔面蒼白になる兵士もいた。

    「俺達は圧倒的多数で、勝つ戦じゃなかったのか!」
    「おい、中隊長! 撤退命令を出せ!」
    兵士の一人が先頭を歩く中隊長に銃を向けた。
    「貴様等……抗命罪は死刑だと知っての事か!」
    「このまま進んでも、皇国軍に殺される! 隊長も死にたくは無いだろ?」
    「…………」
    中隊長は無言で兵士を斬殺した。
    「前進しろ! 皇国軍の陣地まであと少しだ!」
    「嫌だ! 皇国軍の小銃は1分間に10発撃てるって話だ。1分間に2発の俺達に何が出来るってんだ!」
    「曹長!」
    「はっ!」
    中隊長は自分の剣に付着した血糊を拭き取りながら言った。
    「この臆病者を射殺しろ!」
    「はっ!」
    臆病者の兵士はその場で射殺された。
    「いいか貴様等、前進しないものは死罪だ! 例外は無い! ……では前進再開!」

    「敵は逃げませんね……」
    「よく訓練された兵士なのか、敵前逃亡罪が怖いだけか」
    「どちらにせよ、向かってくる敵は撃てとの命令です。
     戦竜は戦車隊の攻撃でもう殆ど残っていませんから、問題は敵歩兵の数ですね」
    「敵はまだ10万の兵力が残っているだろう。突撃されたら
     幾ら何でも、こんな簡易野戦陣地では持ち堪えられない。
     敵の士気を挫いて、逃げ散ってくれれば簡単なんだが、そうはさせてくれないようだ」
    「弾薬の残りも気がかりです。一会戦分はありますが……
     10万を相手するにはギリギリか、もしかすると足りない可能性も」
    「一撃必殺を言葉どおりに実践せねばならんという事か」

    ライランス軍の砲兵隊は早々に壊滅し、歩兵隊との距離は300mになる。
    皇国軍小銃兵の射程内であるが、“必中”を期す為にこの距離まで引き付けたのだ。
    大急ぎで作った浅い蛸壺に入って、膝撃ちの格好でライランス兵を狙撃していく。
    それまでの戦車砲や機関銃のような“大雑把”な射撃と違い、
    一撃の火力こそ低いが狙い澄ました射撃はライランス軍の歩兵を恐怖に駆り立てる。
    皇国兵はこの距離から“狙って撃っている”のだ。ライランス兵には出来ない芸当。
    前列の兵士が倒れ、次は自分かもしれないと思えば、恐怖は何倍にもなる。

    迫撃砲、榴弾砲、重機関銃、軽機関銃、小銃、手榴弾……
    今や、皇国軍の装備する殆どの火力がライランス軍の歩兵部隊に叩き込まれる形になっている。
    その鉄量たるや同じ規模のライランス部隊の数十倍はあり、ライランス兵の屍は加速度的に増えていく。

    機を見計らって突撃しようとした騎馬兵隊も、機関銃や小銃に狙撃されて倒されていく。
    何か目立った行動を行ったものは、即座に鎮圧されてしまうような状況に、
    ライランス軍の司令官は胆を冷やしていた。
    前線に撤退命令を伝える伝令隊さえ出せないような状況なのだ。

    前線では、“後ろ向きで撃たれる”人数が増えてきた。
    前線指揮官の、あるいは兵士の独断で退却する部隊が増えているのだ。
    それは退却というより、逃走といった方が的を射ているだろう。

    兵士達を繋ぎとめているのは、国王や国家への忠誠心、自らの誇りなどではなく、
    敵を倒して得られるであろう戦利品や、逃走した場合に上官に殺される恐怖である。
    指揮官陣頭の隊列。既に多くの部隊で“逃走する部下を射殺する立場にある上官”は戦死している。
    あるいは上官自ら、逃走を図ろうとしている。
    そして前進すれば死あるのみ。
    となれば我先に戦場から逃げ出そうとする兵士達が大量発生するのも自然な事だ。

    銃声と爆音の響く堵殺場と化した戦場で、ライランスの兵士達は
    どこに逃げれば良いのかすら判らないまま、ただどこかに逃げ続けた。

    皇国軍歩兵隊の一部は戦車に跨乗し、時速15km以上の速度でライランス軍に迫る。
    残りの歩兵隊も駆足で戦車部隊を追いかける。
    対するライランス軍は無統制の状態で各々が逃げ惑うばかり。
    これならライランス軍追撃に間に合うだろう。
    「走れ走れ! 歩兵は歩くだけが仕事じゃないぞ!」


    ライランス兵の中には、少しでも身軽になって逃げるために武器や背嚢を捨てる者もいた。
    それでも、平原を疾走する戦車から逃げる事はできない。
    57mm砲や6.5mm機関銃、6.5mm小銃で次々と打ち倒されていく。

    密集隊列で進軍していた10万の大軍は、1/3を失い、残りの2/3は右往左往。
    走ってきた味方に踏み潰されて死んだ者もいる。

    「降伏だ。すぐに降伏の旗をかざせ」
    ライランス軍司令官は上着を脱ぎ、部下に“白旗”の準備をさせた。

    司令部に翻る軍旗に、司令官の上着が掲げられた。
    また、それとは別の旗竿に、ベッドに使っていた白いシーツを結び付け、“白旗”を作った。

    二人の旗手が司令部から歩み出て、それぞれの旗を目一杯振る。
    数分後、皇国軍からの“鉄の暴風”は止んだ。

    軍司令官は、各級部隊に混乱の収拾と秩序の維持、堂々たる降伏を命令すると、
    馬に乗り、数名の衛兵と軍旗を伴って皇国軍部隊へと向かった。


    皇国軍派遣部隊司令部では、安堵と共に今後の対応を検討していた。
    「なんとか燃料、弾薬は保ちました。ただ、敵が降伏した事で、数万の捕虜を
     得る事になるわけですが、彼らに与える水や食糧が足りるかどうか……」
    「それは不味いな。この辺りで買い付けられないものか?」
    「おそらく、ライランス軍が既に買い占めていて、現地民はこれ以上の
     食糧の売却には応じてくれない可能性が高いでしょう。交渉はしてみますが」
    「敵の主力が降伏した事で、イルフェスまで戻る事になるが……イルフェス国内で買い付けるか?」
    「それは、イルフェスが嫌がるでしょうね。10人や100人ならともかく、
     数は数万で、しかもイルフェスが得た捕虜ではないのですから」
    「こういう時、イルフェス軍ならどうすると考えるか?」
    「ライランスの将兵なのですから、ライランス国内からの買い付けか略奪で食わせるでしょうね」
    「買い付けは良いとしても、陛下の臣である皇軍の将としては、略奪はまかりならん」
    「はい。いっそ将軍や将校のみを捕虜として、兵士は捕虜にしないという事では如何でしょう?
     数万の兵を食わせてやる負担を考えれば、その分の身代金を取れるとしても割に合うかどうか」
    「確かに将校だけであれば、負担は少なくなるな。だが、それでイルフェスは納得するか?
     敗残兵がこの地域の住民を襲う可能性も否定できない。野放しにするのは危険だ」
    「司令部に問い合わせてみます」
    「どちらにせよ、今は敵軍の将兵全員を捕虜として扱うしかないだろう。
     まだ敵軍は混乱を収拾できていない。そのまま逃亡する兵も多かろうが、
     速やかに隊列を整えさせ、捕虜を伴ってイルフェスの司令部へ帰還する」
    「了解です」

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