自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

皇国召喚 ~壬午の大転移~10

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    シュフの王宮では、ライランス他連合国との講和に向けた会議が行われていた。
    国王ボードワン四世、王太子ヴルス=ボードワン、王女エレーナの他、国務卿のジオード、軍務卿のメリーが列席している。
    エレーナは紅一点ではあるものの、軍事に関しては軍務卿以上に理解が深いところがある。

    「エシュケールの戦いは皇国の大勝利であった」
    「観戦武官の報告によると、まさに一方的な戦闘だったとか」
    「俄かには信じられぬが……」
    「陛下、宜しいでしょうか」
    「エレーナか、申せ」
    「はい。観戦武官の報告を総合するに、皇国軍の1人あたりの火力は我が軍の少なくとも5倍はあると思われます。
     例の、皇国製小銃の見本も拝見しましたが、この仮説を裏付ける決定的な証拠です」
    「連発銃のことだな?」
    「単に連発できるというだけであの銃を見るのは誤りです」
    そう言うと、エレーナは独楽を取り出した。周囲が呆気に取られているのをよそに、テーブルの上で独楽を回す。
    「このように、独楽は一点で立っているにもかかわらず、非常に安定しています。高速で回転しているためです」
    「ふむ、続けよ」
    「皇国製の小銃を検証した結果、銃身内部に銃弾が高速回転する仕組みがある事が判明しました。
     簡単な事ですが、銃身内部に螺旋状の溝を切るのです。銃弾は、独楽のように回転して発射されます」
    「つまり、弾道が安定する?」
    「そのとおりです、陛下。しかも皇国製小銃弾は、球形ではありません」
    「球形こそ理想の形。一番安定する形であろう?」
    「それが、実地検証の結果そうではないことが判明しました。先端が尖った、椎の実のような形の弾丸は、
     空気を切るように進み、故にその影響を受け難く、つまり遠距離で速度が落ち難くいのです」
    「何と……」
    「皇国軍の兵が射撃演武をしましたが、その結果は陛下もご存知でしょう」
    「知っておるよ。凄まじい命中率だったとか」
    「私が自前のマスケットで、同じ距離条件で射撃してみましたが、4発しか命中しません。皇国兵は5発命中させております」
    「殿下よりも、皇国の兵卒の方が成績が良いというのですか!」
    「事実です、軍務卿。しかも5発撃つのにかかった時間が問題です。私は1分弱、皇国兵は15秒足らずでした」
    「それが連発銃の威力か」
    「さらに、銃弾そのものの威力です。先程、皇国製小銃は遠距離で速度が落ち難いと申しました。
     対して、我々が常識的に使用している球形弾は、遠距離になると予想以上に速度が落ちる事が判明しました。
     速度が落ちるという事は、そうです。弾丸の破壊力が落ちる事に他なりません。
     木板、鉄板を使い、我が軍のジリールと皇国軍の三八式の威力を比較して見ますと、
     遠距離になる程威力に差が出ています。弾丸の持つ破壊力は、三八式銃弾はジリール弾の倍以上です」
    「倍も違うのか!」
    「特に遠距離での鉄の板に対する貫通力は3倍近くありました。
     我が軍の近衛胸甲騎兵が使う最高級の胸甲を、距離1シウス(≒200m)で難なく貫通しました」
    「近衛胸甲騎兵を、1シウスで撃ち抜くというのか!」
    「はい。胸甲を貫通後にも破壊力が残っている事が確認されました。
     むしろ……胸甲を貫通する際に弾丸が変形した状態で体内に進入するため、怪我の度合いは大きくなる可能性が」
    「皇国兵が鎧を着込まないのは、まさかそのような理由があっての事か?」
    「解りませんが、その可能性はあるでしょう。
     最高級の鎧でも銃弾は防げず、下手に防ごうとするとかえって傷が酷くなるとすれば、鎧は無いほうが良いでしょう」
    「では、皇国製小銃を防ぐ鎧は作れないのか?」
    「厚みを増せば、いかな皇国製小銃といえども貫通不能な事も確認しました。
     ただ、その厚みで胸甲を製作すると値段はともかく、重すぎて実用的ではないでしょう」
    「重装騎兵でも無理か?」
    「全く無理とは申しません。最高級の素材で、厚みを増せば……ただ馬を狙撃されたら?
     馬にも同様な鎧を付けるのは、不可能です。重すぎて馬は歩く事すら出来ないでしょう」
    「皇国兵は、馬を狙撃するのか!?」
    「はい。馬の方が的が大きいですので……戦場には、かなりの数の馬の死体があったと、報告にあります」
    「それでは、戦利品として馬を持ち帰る事が出来なくなるが?」
    「皇国軍は、それ程戦利品に固執しないようです。皇国馬の体格は我々のよりも格段に良く、
     おそらくは質の劣るライランス馬を戦利品としても意義を見出せないのでしょう。
     あれ程補給に苦慮する皇国です。質の劣る馬を食べさせる飼葉は無いのでは?」
    「ほう……」

    「陛下、もしも我が国と皇国が戦争になった場合の事をお考えですか?」
    「鋭いな。さすが我が娘だ」
    「必敗です。これはヴルス、軍務卿も意見を同じくしています」
    「“腹が減っては戦は出来ぬ”という格言がある。そして皇国は腹を空かせている」
    「ですが皇国民が餓死するまでは数ヶ月以上を要するでしょう。
     その間に我が国は滅ぼされ、肥沃な大地は皇国の手に落ちます」
    「今後も、皇国とは適度な距離を置きつつも同盟を続けるべきです、陛下」
    「ヴルスもそう申すか」
    「はい。陛下には誤った道を進んで欲しくはありません」
    「そうか。余の次はそなたが王だからな」
    「そのような事……私は父である陛下の治世が末永く続く事を願っております」
    「ヴルスは、陛下が長生きをされれば自分が王である時間が短くなるので、楽を出来ると申しております」
    「エレーナ! 私は、別にそのような意味でだなぁ……」
    「まあ良い。誰が国王であろうが、イルフェスを善い方向に導きさえすればよい」
    「そのような陛下の高潔な志、感服いたします」
    「国務卿は世辞が多くて困るな」
    「いえ、事実を申したまで……」
    「そうか? で、国務卿。フェルリア他の連合国をどう見る?」
    「ライランス以外の諸国は、日和見でライランス側についていたに過ぎません。
     最初の決戦で兵を供出して以降は非常に弱気になり、殆ど戦場には姿を見せないのがその証拠です」
    「つまり、他国は無視しても構わない……」
    「ライランスが降伏すれば、フェルリアや他の国も降伏するでしょう」
    「軍務卿も同意見かな?」
    「はい、陛下。フェルリアは補給が良くありません。軍の規模は大きくとも、実体は形骸です」
    「エレーナ、そなた近衛軍を率いてライランスに止めの一撃を食らわしてみたくはないか?」
    「それは腕が鳴ります。近衛胸甲騎兵連隊を2個、お任せいただければ……」
    「幾ら近衛兵といっても、たったそれだけで良いのか?」
    「陛下、殿下が負けた戦はありません。それにライランス軍は皇国軍との戦闘で殆ど散り散りです」
    「だが、ライランスはまだ無傷の近衛軍があるぞ。飛竜に要塞もだ」
    「そのための騎兵連隊です。各個撃破すればよい事。予告の皇国軍の爆撃が行われた後に、王都を攻めます。
     ライランス王都に、銀獅子の旗を打ち立てて御覧に入れましょう」
    「そうか。そこまで自信があるのであれば、任せよう。近衛胸甲騎兵連隊の出陣を命ずる」
    「はっ! ボードワン陛下とイルフェス王国のために!」
    『ボードワン陛下とイルフェス王国のために!』
    王以外の全員が起立し、敬礼をすると各々退室していった。


    「果たして、上手く行くか……」
    エレーナの戦果を疑っているわけではない。
    エレーナの連隊がライランス王都に到着するまでに戦争が決着してしまうのではないかと疑っているのだ。
    皇国軍という未知数の存在のために……。

    皇国軍が予告した王都爆撃までの期限はあと5日であった。

    ライランス王と近衛軍司令官が2人きりで真剣に話し合いをしている。
    議題は勿論、皇国軍の『王都を灰塵にする』宣言についてだ。
    「軍務大臣は相当悲観的になっている。一つでも良い。
     何とか勝ち戦を収めてからでなければ、負けるものも負けられぬ」
    「そのとおりでございます。陛下」
    「策はあるのか?」
    「王都の防衛は万全です。
     空からの攻撃には飛竜連隊が、陸からの攻撃には砲兵連隊が先制打撃を与え、敵の意図を挫きます」
    「敵の飛竜は、我が飛竜の数倍の速度、数倍の強さと聞くが?」
    「口から出まかせでしょう。第一、そんな速度で飛べばどんな強靭な飛竜とて骨折します。全くナンセンスです」
    「此度の皇国騎侵入では、飛竜連隊は迎撃に出なかったな?」
    「監視体制の不備と、情報伝達の遅さがありました。しかし、現在は改善されております。
     今度皇国軍の空襲があっても、飛竜連隊は迎撃に出撃可能です」
    「では王都の防衛体制は信頼して良いのだな?」
    「はい。仮に勝てないまでも、一方的に負けることは絶対ありませぬ。
     1人でも多くの皇国兵を、地獄に引きずり込んでやります」
    「……わかった。今回の降伏の件は見送る事にする。必ず皇国に手痛い一撃を与えよ。
     さすればより良い条件での降伏の道も開けるやもしれんからな」

    皇国の首相は、頭を抱えていた。
    「ライランスから返答は?」
    「ありません……」
    「何度も打診しているのに、梨の礫か」
    「こちらは、それなりにこの世界の国際法に則った外交をしているつもりですが、馬鹿にされた気分です」
    「期限の1週間は過ぎた。こうなった以上、二航戦には王都を爆撃してもらう必要がある」
    「はい」
    「予定通り、目標は王都郊外の飛竜基地、歩兵、騎兵、砲兵の駐屯地だ。
     市街地は外させろ。勿論、王宮にも爆弾を落としてはならん」
    「二航戦には十分徹底させています」
    「近衛飛竜連隊を潰せば、幾らなんでも降伏するだろう……」
    「もし、それで降伏しなかったら……」
    「我々に出来る事はもう無いよ」

    第2航空戦隊から発艦したのは第一次攻撃隊の零戦24機、九九式艦爆24機、九七式艦攻24機の72機。
    全て爆装(零戦は60kg爆弾×2、九九式艦爆は250kg爆弾、九七式艦攻は800kg爆弾)である。

    コレィ上空に到達した航空隊は、零戦は飛竜基地、九九式艦爆は歩兵陣地、九七式艦攻は砲兵陣地へと向かった。

    「飛竜が出てくる。爆撃後は速やかに格闘戦に移行せよ」
    零戦隊の隊長機は急降下して爆弾を落とし終えると、機を翻して急上昇。各機もそれに続く。
    24機から投下された48発の60kg爆弾は、吸い込まれるように飛竜基地の各所に命中、基地施設を大きく損傷させた。

    続いて待機場所から離陸しようとしていた飛竜十数騎を機銃掃射で射殺。
    合間を縫って離陸した飛竜数騎も、まだ速度が不十分な所を射撃されて墜落する。

    零戦隊は、とにかく飛竜の数を1騎でも減らすために機銃を撃ちまくる。
    迎撃に飛び立とうとする飛竜は、片っ端から零戦に射殺され、遂には残りの飛竜は竜舎から出て来なくなった。

    とどめに、まだ破壊が不十分だった竜舎を20mm機関砲で射撃し、石造りの建物を次々と廃墟にしていく。
    建物の中で怯えていた飛竜も、20mmの集中射撃で死んだか大怪我をしたであろう。

    「近衛飛竜連隊は何をやっているのだ!」
    王都の邸宅から郊外の飛竜基地を眺めていた近衛飛竜名誉連隊長の公爵は、配下の部隊のあまりの不甲斐無さに怒り狂っていた。
    「こ、皇国軍に1騎の損害も与えられないなど……全員鞭打ちだ!」
    持っていた望遠鏡を床に叩き付け、執事に指示する。
    「連隊長以下連隊員全員の鞭打ち刑を準備しろ!」


    近衛歩兵師団が駐屯する基地を空襲した九九式艦爆隊は、まず大威力の250kg爆弾で建造物を集中的に狙った。
    一部の爆弾は対艦用の徹甲爆弾であり、石造りの建物を貫通後に内部で大爆発する。

    対空砲など無く、対空ロケット弾陣地も大したものが存在しない歩兵基地に対して、
    艦爆隊は爆撃機としては良好な運動性能をもって機銃掃射を行う。
    屋外のテント群は勿論、倒壊した建物から命辛々脱出してきた兵士にも、機銃の洗礼は行われた。

    数百人の死体が転がり、それ以上の数の負傷者が呻き声を上げたり、あるいは無言で助けを求める光景がまた繰り返される。


    砲兵連隊が駐屯するのは、王都を防衛する要塞砲群とも言うべき堅牢な砲兵陣地であった。
    だが、九七式艦攻の800kg徹甲爆弾に対してはその防護力も無きに等しかった。
    露出している砲台や砲兵陣地は勿論、堅牢な防護が施された強大な要塞砲も、800kg爆弾によって完膚なきまでに破壊される。

    爆弾投下高度である高度1500mは対空砲や対空ロケット弾の射程外。
    厳重な対空防御陣地も、何の反撃も出来ぬままに破壊された。

    そして不運にも、爆弾の1発が要塞の主弾薬庫に命中、誘爆し、
    数年の歳月と数百万デュカの資金をかけて建造された要塞は大爆発を起して沈黙した。

    だが、ライランス軍の苦難はまだ終わらない。
    第二次攻撃隊の空襲が始まったのだ。

    第二次攻撃隊は第一次攻撃隊と同じく零戦24機、九九式艦爆24機、九七式艦攻24機の72機。
    零戦隊は再び飛竜基地へ、艦爆隊はまだ手を付けていなかった近衛騎兵連隊駐屯地へ、
    艦攻隊の半数は近衛歩兵師団駐屯地、残りの半数は再び砲兵陣地へと向かう。


    最初の空襲から約1時間半が経過した飛竜基地。
    また、あの羽虫のような音が遠くから鳴り響いてくる。

    「ああ、まただ……またあの音だ」
    ただ無言で空を見上げる者、恐怖に慄く者、神に祈りを捧げる者……。
    様々な人間達の思いを打ち砕く一撃が、また放たれた。

    今回は迎撃に出てくる飛竜は居ない。
    出ても無駄だと悟ったのか、土嚢や瓦礫で防護した簡易陣地に生き残った飛竜と竜士を匿っている。

    だが、遠方の爆発に対しては陣地も機能したが、至近距離に着弾した爆弾には土嚢ごと吹き飛ばされるだけであった。
    また天井を覆うものは殆ど何も存在しないため、陣地に篭る飛竜は機銃掃射の良い的になってしまう。

    飛竜や竜士が血に染まり、腕が千切れたり、頭が吹き飛んだような死体もあった。


    近衛歩兵師団駐屯地では、250kg爆弾を抱えた艦攻隊がとどめの爆撃を加えていた。
    既に死傷者合わせて2千人以上。施設も殆ど破壊し尽くされ、第一次攻撃を生き延びた兵士に隠れる場所は存在しない。
    そこを艦攻隊は後部機銃を使って地上を掃射していく。
    本来防御用の機銃を使って、逃げ惑う兵士を次々と射殺していくのだ。


    近衛騎兵連隊の駐屯地の状況は、近衛歩兵師団の状況と似通っていた。
    特に堅牢な防御陣地も存在しない駐屯地は、250kg爆弾の爆撃に対して無防備であり、
    7.62mm機銃に対しても装甲として機能するのは石造りの建物くらい。
    木造の建物などは機銃弾も貫通し、内部の人間の幾人かを射殺した。


    砲兵連隊要塞陣地では、先程と同じく800kg爆弾を抱えた艦攻隊が要塞を完全破壊するために猛爆を加えていた。
    既に要塞としては機能しないであろう陣地を、2度と使用不能なように爆撃する。
    陣地に設置してあった数十門の大砲は悉く破壊され、使用可能な大砲はほぼ存在せず、
    仮に大砲があったとしても弾薬庫の大爆発で弾薬が無い以上、この砲台群はもはや何の戦術的価値も持たないだろう。


    二波に渡る皇国軍航空隊の攻撃により、ライランス王都を守る“最後の盾”である近衛軍が壊滅した。
    各基地から上がる炎は王都のどこからでも見え、その煤煙は王都を覆いつくした。

    ライランス王国は、この1日で王都の防衛力を丸裸にされてしまった。
    だが、第2航空戦隊の爆弾、ガソリンもほぼ払底してしまったのである。

    「陛下、迎撃は失敗しました。我が軍は完全に機能不全です」
    「陛下、イルフェス軍の騎兵2個連隊が我が王都に向け進軍中との報告が……」
    ライランス王は遣り切れない気持ちで一杯であった。
    そもそも、この戦争はイルフェスによるアランシア地方の侵略がきっかけではなかったか。
    この世に正義は無いのだろうか?

    だが、感傷に浸っている場合ではない。
    「軍務大臣、軍は事実上機能しなくなったという事で良いのだな?」
    「はい。陛下……」
    「わかった。イルフェスの目的はアランシア地方なのであろう。くれてやる他無くなったな」
    ライランス王がふっと笑うと、外務大臣が遮るように言葉を発した。
    「しかし陛下。イルフェスはアランシア地方だけでなく、戦争の賠償金を要求してきています。
     賠償金が払われなければ、軍を進めると」
    「盗人猛々しいとはこの事か! 幾らだ。賠償金とやらは」
    「……金3億リルスです」
    「3億? 3億リルスだと……? どこの口からそんな……」
    「事実です。さらに皇国も金2億5000万リルスと金1億デュカ、
     さらに別途捕虜返還の際の身代金500万リルスを要求してきています」
    「何を馬鹿な……合計5億5500万リルスに1億デュカなど、東大陸のユラでさえ払えぬわ!」
    「しかし、放置すればイルフェスの軍勢が手当たり次第に略奪をし、国土は荒れ果てるでしょう」
    「だが、5億5500万リルスと1億デュカなど、余にどう用立てろというのだ?」
    「奴等は20年で完済せよと申しております……。
     国中の商人、さらにフェルリアやソクトの商人にも頭を下げて金を借りるしかありますまい」
    「当然、王室費も大幅に削る必要があるな」
    「陛下、それは……」
    「よい。余は贅沢な暮らしに飽きた。後は、死ぬまで質素な暮らしというものも良かろう」
    「陛下、皇国は通商条約の締結と近海航路の安全確保、さらにカレーン島の割譲までも要求しておりますが……」
    「仕方あるまい……余が愚かだっただけだ。すまぬな」
    「……ライランス王国万歳! ゼートップ陛下万歳!」

    「くっ、皇国の力これ程とは……急げ! このままでは戦争が終わってしまう」

    イルフェス軍近衛胸甲騎兵連隊の第1中隊は、ライランス軍近衛歩兵師団の駐屯地に到着した。
    建物はあらかた破壊され、多くの負傷兵が居るが、イルフェス軍の奇襲に多くの将兵が迎撃に出てくる。

    軍旗が降ろされ、白旗の掲げられた建物。
    再び軍旗が掲揚されることも、司令官の軍服が翻ることもない。


    「中隊、突撃!」
    司令官であるエレーナの号令で胸甲騎兵隊は騎槍を構え、混乱するライランス軍に突撃を開始する。
    猛者揃いの胸甲騎兵隊の前に、ライランス兵は反撃もおぼつかない。

    マスケットが上手く胴体に命中しても、それは頑丈な胸甲に弾き返されてしまう。
    マスケットの銃剣は騎槍よりも短いために、集団で槍衾を形成するならともかく、
    このように散り散りになっている状態では有効な防御兵器とはなりえない。

    「蹴散らせ! 敵は近衛とは名ばかりの烏合の衆だ!」
    胸甲騎兵は馬の速度を乗せての騎槍突撃で次々とライランス兵を屍にしていく。

    エレーナの副官が持つ大きな軍旗が目に入ったのか、1人のライランス兵がエレーナの副官を狙撃した。
    幸い命中はしなかったが、若い副官は弾丸が風を切る音に一瞬慄く。
    副官を狙撃したライランス兵に対し、エレーナは馬上から冷静にマスケットを構えて一撃で仕留めた。
    「怪我は無いか、少尉」
    「はい。殿下!」

    副官は胸甲を身に着けているが、司令官であるエレーナは鎧の類を身に着けていない。
    エレーナの銀色の“全身鎧”は、厚さ1mmも無い板金製で、軽量だが鎧としての効果は無く、
    黒い羽飾りの付いた兜共々“美しく勇ましい見た目”を演出するための小道具に過ぎない。

    エレーナは馬を走らせながら馬上で再装填をする。
    揺れる馬上で、周囲に気を配りつつ普通の歩兵が再装填するより素早くだ。

    胸甲騎兵隊でマスケット(しかも短銃ではなく長銃)を装備しているのはエレーナただ一人である。
    一般将兵はピストルとランスにサーベルが基本装備で、ピストルも基本的に戦場での再装填は考えていない。

    エレーナは集中的に狙われないように頻繁に位置を変えつつ、
    半シウス(≒100m)からの狙撃でライランス兵を次々と刈り取っていく。

    比較的安全な後方から大軍を率いるのとは違う、自分自身も一戦士として戦場を駆けるのは
    エレーナにとって久しぶりの事で、普段以上の興奮を覚えていた。


    「あの旗の隣にいるのが大将だ! 銀色の鎧の女だ!」
    なんとか集まった兵で1列横隊を作り、エレーナを狙撃する態勢に入る。
    といっても、たった数名の横隊では効果的な弾幕が形成できるのか疑問ではあったが。
    「全員狙え、撃て!」
    命令を下す伍長自らも引き金を引く。
    だが、馬を走らせながら不意に変針するエレーナには1発も命中しなかった。

    「次はあそこだ、少尉。抜刀せよ」
    「はい、殿下!」
    エレーナは自分を狙った伍長を狙撃する。そしてマスケットを左手に持ち替えると、鞘から剣を引き抜いた。
    歩兵隊にマスケットの再装填をする時間を与えてはならない。エレーナと副官は、全速力で“横隊”に突っ込む。
    その勢いのまま、エレーナと副官は剣を振り下ろし、一瞬で2人のライランス兵を斬殺した。
    そして恐慌状態になった数名のライランス兵を次々に斬り刻んでいく。
    「2人斬ったか。褒めてやるぞ、少尉」
    「あ、ありがとうございます。殿下!」

    エレーナを狙うという身の程知らずなライランス兵達を葬ると、すぐに馬を走らせる。
    剣を鞘に戻し、マスケットを再装填しつつ、素早く射点に着く。
    そしてまた1発。マスケットを準備していた軍曹を射殺した。

    馬を走らせながら再装填、そして狙撃。
    さすがに銃を撃つ瞬間は馬を止めるが、それ以外の状況では常に走りっぱなし。
    エレーナだけでなく、エレーナの愛馬もタフである。

    「私はライランス軍近衛歩兵師団長、グリー=ゲーベック中将だ。“白銀の魔女”とお見受けする!」
    「その名で呼ばれるのはあまり好きではない。私の名はエレーナ=シャルリーヌ=ワースレイ」
    馬に乗って駆け寄ってきた将軍は、エレーナと、そして副官の持つ軍旗を見ながら、ゆっくりとサーベルを抜刀する。

    「私に一騎打ちを挑むとは、命知らずも居たものだな」
    エレーナは、だが嬉しそうに笑みを浮かべるとマスケットを副官に預け、鞘から華麗な装飾の施された剣を引き抜いた。

    エレーナの剣は、サーベルより細身のレイピアである。
    ただし見た目とは裏腹に頑丈な造りで重く、かなり鍛えた男でも片手で扱うのは梃子摺るような代物だ。
    刺突だけでなく、斬撃にも対応している。切れ味も鋭いが、敵を“撲殺”することも可能だ。
    この何とも野生的な片手剣を、エレーナは日頃から愛用している。

    「参る!」
    ゲーベックは両足で馬の腹を蹴り、エレーナに向けて馬を走らせる。
    対してエレーナは動かない。

    だが斬撃の瞬間、すっと馬を動かすと、ゲーベックの一撃をギリギリのところで避わし、
    エレーナは剣を持たない左手の拳でゲーベックを殴りつけた。
    幾ら防御効果の無い薄い板金鎧とはいえ、金属には違いない。
    しかもエレーナは普段からかなり体を鍛えている。その一撃は重い。
    制服はダブルの燕尾服であって鎧を着ていないゲーベックは、故に酷い打撲を負うことになった。

    「な、何故一思いに殺さん!」
    「殺してしまっては、捕虜に出来ない。それに秩序だった降伏もな」
    「だが、私はお前を殺すつもりだぞ? 我が国王陛下は、“白銀の魔女”であれば首だけでも良いと仰った」
    「殺せるものなら、殺してみよ……今の一撃で解ったが、貴殿では私は倒せん」
    「馬鹿にしおって……!」
    ゲーベックはサーベルを振り下ろすが、エレーナは冷静に剣で対処する。
    サーベルを逸らされ、次の一撃に移ろうと思ったときには既に遅かった。
    エレーナの剣が、ゲーベックの喉元に突きつけられていたのだ。
    神速の如き剣捌きに、ゲーベックは冷や汗を流した。
    「こういうことだ。降伏するか?」
    「こ、降伏する……」
    そう言いながら、ゲーベックはサーベルをエレーナに渡した。
    「軍服も脱げ。少尉、中将の上着を受け取れ」
    「はい、殿下」
    「…………」
    いそいそと上着を脱ぎ、エレーナの副官に渡すゲーベック。
    エレーナは、勝者の余裕を見せるようにマントを翻しゲーベックに背を向ける。
    そして駐屯地のそこかしこでイルフェス兵がライランス兵を追い散らすのを満足げに見つめた。

    司令官であるゲーベックが上着を着ていないのに気付いたライランス兵達は、皆銃や剣を捨てて両手を上げる。

    「少尉、将兵全員の降伏を確認しろ。抵抗するものは殺せ」
    次々と武器を捨てて降伏していくライランス兵。抵抗するものはいなかった。

    その様子を見ていたゲーベックは、エレーナに近づき言葉をかけた。
    「エレーナ王女。一言、言いたいことがある」
    「ん。何かな、中将?」
    「我々は、皇国軍に敗北したのだ。断じてイルフェス軍ではない」
    「……! それは負け惜しみというものだ、中将」
    「そうかな? 私の軍刀も軍服も、そして我が軍の軍旗も、皇国軍が受け取るのが筋というものだ」
    「現実を見ろ、中将。貴殿等の軍旗を持つのはイルフェスだ。あれを見よ、この地に翻るのは我が軍旗のみだ」
    「皇国軍の猛爆で既に壊滅した部隊を攻めて軍旗を奪う。まるで盗人ではないか。
     皇国が捏ね、焼いたパンをイルフェスが食う。イルフェス軍の近衛連隊に、武人の誇りは無いのか?」
    「近衛への侮辱は、我が陛下への侮辱と受け取る……ここで斬り捨ててやってもよいのだぞ、中将?」
    「降伏した丸腰の将校を斬り捨てるだと? 蛮族と同じだな。貴女が魔女と呼ばれる所以が解った」
    「戯事を……負け犬の遠吠えも程々にするのだな、中将」


    エレーナが降伏の確認を終えた頃、早馬に乗った伝令将校が駆け寄ってきた。
    「殿下、朗報です。ライラインス軍の、王都近隣の基地、駐屯地は全て降伏とのことです」
    「全て? 随分早いな」
    「我が軍が到着した時には、既に降伏の旗が掲げられていたと」
    「降伏の旗?」
    「白旗です。皇国式の……旗竿からは既に軍旗が降ろされておりました」
    「それで、降伏の確認が行えたのか? では軍旗と、指揮官の軍服と剣は!」
    「不明です……」
    「不明だと? 愚か者が! それでは“我が軍が降伏させた”事にならんではないか!
     貴様も将校なら、陛下が何をお考えか解っているだろう! 何を伝え聞いてきた!」
    「い、急ぎ指揮官の軍服と軍刀の回収を命じます!」
    「もうよい。下がれ……いや、ここで斬り捨ててやる」
    「はっ……?」
    「貴様のような無能者、近衛には存在せぬ」
    「で、殿下……ご冗談を!」
    エレーナの一太刀で、伝令将校は首から大量の血を噴出させて絶命した。
    「大佐!」
    「はっ、殿下!」
    「皇国の手の者が来ぬうちに各地の連隊の軍旗、指揮官の軍服と軍刀を回収しろ。
     ただし、皇国軍が現れた場合は何もせずに引き返せ。“同士討ち”はするなよ?」
    「はい。そのように手配致します」
    「ライランス王国が降伏するまでにだ。急げ!」
    「はっ!」

    鮮血を散らしながら落馬した伝令将校から目を背けながら、ゲーベックは改めて確信した。
    目の前の女性は軍人ではなく“魔女”だと。


    「さて、これでは私も陛下に合わせる顔が無い。
     鞭で打たれる用意はしておかねばな。その時は手加減はしてくれるなよ、少尉?」
    「そのようなご命令、陛下が下すとは思えませんが……」
    「そうか? だが鞭打ち120回は受けねば、私の気が治まらん」
    「ひ、120回ですか!? 多すぎでは……?」
    「そうか、多すぎるか。ならその半分ならばやってくれるか?」
    「はっ!? いえ、それは冗談というか、私は! 私は……
     殿下のその……宝石のようにお美しい御身を鞭打つなど、できません!」
    「できぬか。命令だとしてもか?」
    「その御命令は……その、秩序に反しています! 無効な命令です! 陛下が直接、私に御命令されれば別ですが……」
    「ならば私から直接陛下に頼み込むとしよう」
    「勘弁して下さい、殿下。鞭打ち120回など、死んでしまいます」
    「フッ、やさしいのだな、少尉」
    「いえ……」
    「では少尉、王都に凱旋するぞ」
    「はい、殿下!」

    皇国軍の王都爆撃と、それに続くイルフェス軍による不意打ちから2日後、
    軍務大臣は事後処理を息子に託すと王都の自宅にて服毒自殺。
    外務大臣も敗戦の事後処理を終えると服毒自殺を試みたが、死にきれずに全身麻痺状態でその後1ヶ月を生きた。

    近衛軍司令官は王都を守りきれなかったとして服毒自殺。
    近衛飛竜名誉連隊長は何処かへ逃亡した。

    ライランス国王ゼートップⅡ世はイルフェス王国、皇国との降伏文書調印式にて正式に降伏をした後に
    全身麻痺の外務大臣を見舞い、王宮の自室で服毒自殺をした。享年57歳。

    ライランス王位は一人息子のゾシュフォーが継ぎ、疲弊した王国を立て直す事業に生涯を尽くした。



    皇国軍はギリギリのところでボロを出さずに済んだ。
    派遣軍の陸軍、海軍部隊が本国に帰国すると、首相や国防大臣は冷や汗をかいたものだ。
    何せ、燃料弾薬の9割以上が消費され、残りは1割に満たなかったのだ。

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