転移前、皇国の仮想敵国は第一にソヴィエト連邦、第二にドイツ帝国だった。
両者とも強大な陸軍国であり、海軍力は従に位置する国柄だったが、
皇国は皇露戦争の教訓から、西太平洋を含む皇国近海。特に皇列島~皇海~東支那海~朝鮮半島~
支那大陸までの制海権が保持されなければ、大陸における皇国陸軍が活動できない事を痛感していた。
故に、世界第三位と言われるほどの強大な海軍を整備し、仮にソ連のバルト海艦隊、
黒海艦隊、太平洋艦隊が合同して皇国近海に現れたとしても打ち勝てる能力を整備してきた。
また、ソ連やドイツは太平洋艦隊に大量の潜水艦を配備していた事から、日本軍の軽巡洋艦、駆逐艦、海防艦、
駆潜艇等の対潜能力の向上が求められ、高性能ソナーや新型爆雷、対潜誘導魚雷等の開発が行われていた。
多数の爆弾、爆雷を搭載可能な電探装備の陸上攻撃機や対潜哨戒機も百機以上が配備されていた。
陸軍に目を移せば、こちらは敵の得意とする所で戦うわけだから、力の入れようも海軍とは気迫が違った。
戦車戦力、砲兵戦力の質の面での向上とその大量生産。歩兵部隊の機械化、装甲化。
ソ連軍は満州平原を数百万の規模で怒涛のように攻め上がって来るだろう。
一部では米英による支援が望めるとは言え、この方面での主力が皇国軍であることは疑いなく、
その奔流を押し留めるには精々20万の支那大陸派遣軍ではまったく力不足と考えられていた。
本土から100万の増援が得られるとしても、120万。敵はその5倍。5倍の戦力差を何とかするため、
陸軍は新型航空機の開発から新型砲の開発、手榴弾、機関銃、小銃の開発まで、何でもやった。
米国が得意とする、大規模で効率的な兵器生産技術も広範囲に導入された。
総力戦研究所の試算では、皇ソ戦争(第二次皇露戦争)が起きれば、大陸防衛に
必要な戦車は中戦車以上で1500両、軽戦車や装甲車を含めた軽装甲車両は6000両。
その他の自動車、トラックは10万両、重迫撃砲、重野戦砲等の砲戦力は5万門。
対空戦や陣地防御に必要な機関銃、機関砲は10万丁以上。
航空戦力は大陸に展開する陸軍のものだけでも戦闘機480機、爆撃機960機、偵察機240機、輸送機120機。
海軍艦艇は戦艦、空母を中心として総排水量50万トン規模の艦隊が必要で、艦隊航空隊は360機。
これは皇海に展開し、ウラジオストクなどの大陸の敵海軍拠点を早期に制圧する。
その他、海上護衛総隊に必要な護衛空母と護衛駆逐艦が日本近海の護衛任務で総排水量20万トン、護衛空母搭載の航空機は360機。
戦闘と部隊維持に必要な燃料、物資類は陸海軍合わせて1日あたり平均20万t以上。
目が飛び出るほどの数量だが、これでも総力戦研究所曰く「最低限必要な」見積もりである。
数百万規模の軍が押し寄せてくると言う最悪のケースを想定すれば、勝利するためには
この数倍の量が必要とされるだろうという、非常に悲観的なデータが示されていた。
ソ連軍の軍用機は、戦闘機、爆撃機、偵察機から輸送機などの支援機を各種合わせれば3万機を超える。
半数以上は旧式機だが、残りの有力な半数未満だけで見ても皇国陸海軍が保有する全航空戦力より多いのだ。
また、極東ソ連海軍の主力である潜水艦は、皇国軍の巡潜型に相当する大型潜水艦が4隻居るが、
これは数的に大した脅威ではない。最大の脅威は90隻以上存在する中型~小型潜水艦である。
これらは太平洋を広く暴れまわる事は出来ないが、皇海を荒らし回るには十分な性能を持っている。
つまり、本格的な総力戦になれば、年間航空機生産量は数千から万のオーダーであり、
戦車や装甲車、各種車両は数十万両の補充がないと立ち行かず、海軍の消耗品である
艦隊駆逐艦や護衛駆逐艦なども、年間20万トン程度のペースで生産しないと損失の穴埋めが出来ない。
勿論、こんな大量生産は皇国の国力的に不可能であるので、補充戦力の大半は米国に依存する事になる。
だが、米国や英国の本格的な増援が到着するまで2週間はかかり、その間皇国は孤立無援である。
また、米国の工業生産が本格始動するまで少なくとも1ヶ月はかかり、実際の製品が
納入されるまでは半年以上はかかるから、皇国はその間損失を極力避けねばならない。
唯一の希望は、「敵の動員速度の遅さ」である。ソ連軍の主力は欧州方面にあり、
鉄道を使って極東に兵力を集めるには時間がかかる。
船での輸送は、皇国海軍が存在する以上リスクが高い。
皇国陸軍は、“敵が集まりきる前”に決戦し、戦力の逐次投入に
ならざるを得ないソ連陸軍を、各個撃破する算段でいた。
そのために、決戦を強要するために必要な、敵の後背を突く長距離爆撃機や、
鉄道路線を精密爆撃するための急降下爆撃機(襲撃機)の開発に特に熱心だった。
勿論、戦闘機開発も力の入る所だ。防空戦闘機、爆撃隊の護衛戦闘機として、海軍で
採用されて高い性能を示した零式艦上戦闘機を陸上型に改造した一式戦闘機を採用した。
しかしそれでも、主導権が終始皇国側にある筈がない。
ソ連の兵力、潜在国力からすれば、皇国は緒戦で勝ててもすぐに押される側になるだろう。
圧倒的な兵力を押し返すか、最低でも押し倒されては困る。そのための各種新型兵器群と、
それらを有効に戦力化するための総合国力、工業基盤が是非とも必要だった。
「自由」や「国力」、「社会基盤」という言葉が盛んに宣伝され、皇国を米英のような
軍備だけでなく、あらゆる分野で“豊かな”国とするというのが国是とされていた。
「富国強兵」とは、「富国」があってはじめて意味がある。単なる「強兵」では片方の車輪が無い車だ。
皇国中が、同盟国である米国や英国の先進思想や技術を輸入し、解析し、自分のものにするのに躍起になっていた。
農業や商工業、運輸業の機械化、効率化、都市や農村の発展、内需拡大と供給力の増大、
科学、化学技術研究の推進、工業製品の厳格な統一規格、生産管理、品質管理、物流管理、
米英を中心とした所謂お雇い外国人の大量雇用、行政改革、それらに必要な法整備、等々……。
国家予算における国防費の比率を20%未満にする。という財政健全化も達成された。
次の目標は国家予算における国防費の比率を15%未満にする! である。
それらが、全て無駄になってしまったのだ。
いや、無駄というのは言いすぎであろうか。
実際皇国はここ20年で急速に「効率的」で「豊か」になってきたのだから。
しかし転移後の世界に、強大な陸軍、海軍は無い。戦車も潜水艦も無い。
だが、皇国は前進を続けた。
『突然この世界に転移したのだから、また突然元の世界に戻る可能性を、誰が否定できようか』
両者とも強大な陸軍国であり、海軍力は従に位置する国柄だったが、
皇国は皇露戦争の教訓から、西太平洋を含む皇国近海。特に皇列島~皇海~東支那海~朝鮮半島~
支那大陸までの制海権が保持されなければ、大陸における皇国陸軍が活動できない事を痛感していた。
故に、世界第三位と言われるほどの強大な海軍を整備し、仮にソ連のバルト海艦隊、
黒海艦隊、太平洋艦隊が合同して皇国近海に現れたとしても打ち勝てる能力を整備してきた。
また、ソ連やドイツは太平洋艦隊に大量の潜水艦を配備していた事から、日本軍の軽巡洋艦、駆逐艦、海防艦、
駆潜艇等の対潜能力の向上が求められ、高性能ソナーや新型爆雷、対潜誘導魚雷等の開発が行われていた。
多数の爆弾、爆雷を搭載可能な電探装備の陸上攻撃機や対潜哨戒機も百機以上が配備されていた。
陸軍に目を移せば、こちらは敵の得意とする所で戦うわけだから、力の入れようも海軍とは気迫が違った。
戦車戦力、砲兵戦力の質の面での向上とその大量生産。歩兵部隊の機械化、装甲化。
ソ連軍は満州平原を数百万の規模で怒涛のように攻め上がって来るだろう。
一部では米英による支援が望めるとは言え、この方面での主力が皇国軍であることは疑いなく、
その奔流を押し留めるには精々20万の支那大陸派遣軍ではまったく力不足と考えられていた。
本土から100万の増援が得られるとしても、120万。敵はその5倍。5倍の戦力差を何とかするため、
陸軍は新型航空機の開発から新型砲の開発、手榴弾、機関銃、小銃の開発まで、何でもやった。
米国が得意とする、大規模で効率的な兵器生産技術も広範囲に導入された。
総力戦研究所の試算では、皇ソ戦争(第二次皇露戦争)が起きれば、大陸防衛に
必要な戦車は中戦車以上で1500両、軽戦車や装甲車を含めた軽装甲車両は6000両。
その他の自動車、トラックは10万両、重迫撃砲、重野戦砲等の砲戦力は5万門。
対空戦や陣地防御に必要な機関銃、機関砲は10万丁以上。
航空戦力は大陸に展開する陸軍のものだけでも戦闘機480機、爆撃機960機、偵察機240機、輸送機120機。
海軍艦艇は戦艦、空母を中心として総排水量50万トン規模の艦隊が必要で、艦隊航空隊は360機。
これは皇海に展開し、ウラジオストクなどの大陸の敵海軍拠点を早期に制圧する。
その他、海上護衛総隊に必要な護衛空母と護衛駆逐艦が日本近海の護衛任務で総排水量20万トン、護衛空母搭載の航空機は360機。
戦闘と部隊維持に必要な燃料、物資類は陸海軍合わせて1日あたり平均20万t以上。
目が飛び出るほどの数量だが、これでも総力戦研究所曰く「最低限必要な」見積もりである。
数百万規模の軍が押し寄せてくると言う最悪のケースを想定すれば、勝利するためには
この数倍の量が必要とされるだろうという、非常に悲観的なデータが示されていた。
ソ連軍の軍用機は、戦闘機、爆撃機、偵察機から輸送機などの支援機を各種合わせれば3万機を超える。
半数以上は旧式機だが、残りの有力な半数未満だけで見ても皇国陸海軍が保有する全航空戦力より多いのだ。
また、極東ソ連海軍の主力である潜水艦は、皇国軍の巡潜型に相当する大型潜水艦が4隻居るが、
これは数的に大した脅威ではない。最大の脅威は90隻以上存在する中型~小型潜水艦である。
これらは太平洋を広く暴れまわる事は出来ないが、皇海を荒らし回るには十分な性能を持っている。
つまり、本格的な総力戦になれば、年間航空機生産量は数千から万のオーダーであり、
戦車や装甲車、各種車両は数十万両の補充がないと立ち行かず、海軍の消耗品である
艦隊駆逐艦や護衛駆逐艦なども、年間20万トン程度のペースで生産しないと損失の穴埋めが出来ない。
勿論、こんな大量生産は皇国の国力的に不可能であるので、補充戦力の大半は米国に依存する事になる。
だが、米国や英国の本格的な増援が到着するまで2週間はかかり、その間皇国は孤立無援である。
また、米国の工業生産が本格始動するまで少なくとも1ヶ月はかかり、実際の製品が
納入されるまでは半年以上はかかるから、皇国はその間損失を極力避けねばならない。
唯一の希望は、「敵の動員速度の遅さ」である。ソ連軍の主力は欧州方面にあり、
鉄道を使って極東に兵力を集めるには時間がかかる。
船での輸送は、皇国海軍が存在する以上リスクが高い。
皇国陸軍は、“敵が集まりきる前”に決戦し、戦力の逐次投入に
ならざるを得ないソ連陸軍を、各個撃破する算段でいた。
そのために、決戦を強要するために必要な、敵の後背を突く長距離爆撃機や、
鉄道路線を精密爆撃するための急降下爆撃機(襲撃機)の開発に特に熱心だった。
勿論、戦闘機開発も力の入る所だ。防空戦闘機、爆撃隊の護衛戦闘機として、海軍で
採用されて高い性能を示した零式艦上戦闘機を陸上型に改造した一式戦闘機を採用した。
しかしそれでも、主導権が終始皇国側にある筈がない。
ソ連の兵力、潜在国力からすれば、皇国は緒戦で勝ててもすぐに押される側になるだろう。
圧倒的な兵力を押し返すか、最低でも押し倒されては困る。そのための各種新型兵器群と、
それらを有効に戦力化するための総合国力、工業基盤が是非とも必要だった。
「自由」や「国力」、「社会基盤」という言葉が盛んに宣伝され、皇国を米英のような
軍備だけでなく、あらゆる分野で“豊かな”国とするというのが国是とされていた。
「富国強兵」とは、「富国」があってはじめて意味がある。単なる「強兵」では片方の車輪が無い車だ。
皇国中が、同盟国である米国や英国の先進思想や技術を輸入し、解析し、自分のものにするのに躍起になっていた。
農業や商工業、運輸業の機械化、効率化、都市や農村の発展、内需拡大と供給力の増大、
科学、化学技術研究の推進、工業製品の厳格な統一規格、生産管理、品質管理、物流管理、
米英を中心とした所謂お雇い外国人の大量雇用、行政改革、それらに必要な法整備、等々……。
国家予算における国防費の比率を20%未満にする。という財政健全化も達成された。
次の目標は国家予算における国防費の比率を15%未満にする! である。
それらが、全て無駄になってしまったのだ。
いや、無駄というのは言いすぎであろうか。
実際皇国はここ20年で急速に「効率的」で「豊か」になってきたのだから。
しかし転移後の世界に、強大な陸軍、海軍は無い。戦車も潜水艦も無い。
だが、皇国は前進を続けた。
『突然この世界に転移したのだから、また突然元の世界に戻る可能性を、誰が否定できようか』