リンド王国陸軍総司令部では、参謀団が軍司令官に“対皇国戦”の作戦計画を説明していた。
「陸軍24個師団、38万4000の戦力でリア公国に布陣する皇国軍を叩き潰します。
今回の作戦では飛竜陣地も完成していますから、飛竜の援護も見込めます。
4個師団で1個軍団を編成し、6個の軍団がリア公国を完全包囲、皇国軍をすり潰すのです」
「24個師団? 戦力過剰ではないか?」
「皇国軍を殲滅するためには、この程度の戦力が必要だと元帥閣下はお考えです。皇国陸軍は約5万強。
約7倍の戦力差ですが、西大陸での戦争の結果から見ると、これくらいでないと皇国軍に返り討ちになります」
ライランス王国との戦闘では、皇国軍は3倍から6倍程度の兵力の劣勢を跳ね返して勝利している。
つまり7倍でも優位かどうかはギリギリなのだ。
6個軍団が共同歩調を取れなければ、各個撃破される危険もある。
だが、こうでもしない限り正攻法で皇国軍を何とかするのは不可能だ。
そして正攻法以外(例えばゲリラ戦)で何とかするのは、練度や火力的にさらに不可能だ。
「しかし40万近い兵力となると、少しでも戦線が膠着すれば補給がままならなくならないか」
「一応、前線近くには6箇所の補給物資集積所を手配しています」
「能力は?」
「1箇所につき、1個軍団の1週間分です」
「1週間か、ではやはり速攻が必要だな」
人間の食糧や弾薬より量が必要なのが、戦竜や騎兵、砲牽引用、輜重隊用の馬の飼葉である。
補給部隊を構成する荷馬車は、それ自体が大量の飼葉を消費するものだ。
補給基地から前線の距離が遠ければ遠いほど、輜重隊の積荷の
多くが自身を維持するための飼葉として消費されてしまう。
戦竜も飼葉の消費が激しい。体重あたりの消費量は馬より少なくて済むが、
絶対量が違うので、結局戦竜隊は大量の飼葉を消費する部隊になる。
大部隊となると補給の問題は疎かに出来ないのだ。
「皇国を撃破後は、そのままユラか?」
「リアを併合出来ればユラは無視して良いでしょうが、ユラが兵を出すというのなら
受けて立ちます。そのために10万以上の予備兵力を用意していますから」
「わかった。可能な限り速やかに皇国軍を排除し、リアの地を奪還する。
噂の皇国軍を破れば、ユラも萎縮して反撃には出て来ないだろう」
各部隊に出撃命令が下されると、6個の軍団が3つの大街道を進軍する。
この大街道はリア公国を経由してユラ神国へと続く西海岸道路の動脈だ。
歩兵、砲兵、騎馬兵、戦竜兵……。
濃紺の制服に身を包む将兵達は、必勝を期して南進していった。
戦竜は地上最強の“兵器”である。
鉄砲や大砲の発達、歩兵陣形の改良によって、古代の時ほどの圧倒的な
力は発揮できなくなったものの、現在でもその軍事的な価値は失われていない。
馬の3倍以上の体長に10倍以上の体重、頭には巨大な角。
数十、数百の戦竜による突進は圧巻である。
長らく、何人たりともその歩みを止める事はできないと思われてきた。
「敵の大砲は、威力も精度も桁外れだ!」
「鉄の戦竜に大砲なんて、反則だ!」
恐慌状態に陥っているのは、無敵と言われたリンド王国戦竜部隊。
500m以上の距離から放たれた速射砲や戦車砲は、戦竜の頑丈な肉体を貫き、ミンチにしてしまう。
重戦竜は銃砲弾から身を守るために鉄製の鎧を付けているのだが、それがまったく無意味と化していた。
今までは、遠距離から放たれた小型の大砲であれば軽い怪我だけで済むこともあった。
だが、今はそんなことは無い。当たればほぼ即死である。
500騎以上居た戦竜は、15分もしないうちに半分以上が死傷していた。
皇国軍の戦車部隊は、突進してくる戦竜を遠距離から迎撃し、主砲や機銃を撃ちまくった。
戦竜隊の側面を守っていた騎兵隊は、皇国軍の歩兵部隊の手厚い歓迎に進むも退くも不可能な状態になっていた。
遠距離では歩兵砲に迫撃砲と重機関銃、さらに近距離になると軽機関銃に
小銃、擲弾筒まで加わり、まさに鉄の雨で騎兵隊を蹂躙している。
そもそも、作戦の前提が狂ったのが問題だった。
頼みの綱であった飛竜基地、飛竜陣地は皇国海軍による
断続的な空襲によって壊滅し、多くの飛竜が出撃前に死傷した。
3日間の空襲で飛竜の損害は800騎以上になる。
これは前線にあった飛竜のほぼ全騎である。
空軍が壊滅し、制空権を握られた後の陸軍部隊は悲惨だった。
まず狙われたのが砲兵隊である。
リンド王国の各師団は、配下に1個砲兵連隊を編成している。
1個砲兵中隊で大砲4門、4個砲兵中隊16門で1個砲兵大隊を成し、
2個砲兵大隊32門(1/2バルツ砲16門、1バルツ砲8門、2バルツ砲8門)で
1個砲兵連隊であるが、その全部が皇国軍による事前の空襲と砲兵連隊の対砲兵射撃で損壊してしまった。
特に、嵐のように過ぎ去っていった空襲後の、皇国軍砲兵連隊による
断続的な砲撃は、リンド王国軍将兵を恐慌状態に陥れた。
皇国軍の一般的な砲兵連隊は4個砲兵大隊から成り、1個砲兵大隊は4個砲兵中隊から成る。
第1、第2大隊は重榴弾砲大隊で、それぞれ4個重榴弾砲中隊から成り、1個中隊は4門の155mm榴弾砲を装備する。
第3、第4大隊は中榴弾砲大隊で、それぞれ4個中榴弾砲中隊から成り、1個中隊は4門の105mm榴弾砲を装備する。
その他、各中隊は中隊本部、本部小隊、弾薬小隊、通信小隊、観測小隊、他から成る。
つまり砲兵連隊の砲数は155mm榴弾砲32門、105mm榴弾砲32門となる。
単純な砲の数だけで見てもリンド王国軍砲兵連隊の倍の門数であるが、
その射程と破壊力は倍では済まない。
射程については10倍以上、破壊力については比較が馬鹿馬鹿しくなる程である。
歩兵師団では砲兵連隊の他に、高射砲連隊(76.2mm高射砲×16)、
高射機関砲連隊(40mm機関砲×16、20mm機関砲×32)があり、
歩兵連隊には速射砲大隊(57mm速射砲×8)、歩兵砲大隊(75mm歩兵砲×8)と、
中迫撃砲大隊(81mm迫撃砲×8)が編成され、
歩兵大隊にも速射砲中隊(57mm速射砲×4)、歩兵砲中隊(75mm歩兵砲×4)と、
軽迫撃砲中隊(60mm迫撃砲×4)が編成されている。
1個師団は3個歩兵連隊他から成り、1個歩兵連隊は3個歩兵大隊他から成るので、
つまり、皇国軍歩兵師団は20mm口径以上の砲、機関砲を合計で308門
(高射砲、機関砲を除くと244門。155mm榴弾砲32門、105mm榴弾砲32門、57mm速射砲24+36門、
75mm歩兵砲24+36門、81mm迫撃砲24門、60mm迫撃砲36門)保有しているという事になり、
リンド王国軍8個師団分の砲が配備されている計算になる。
ただし、東西両大陸派遣軍に関しては、砲兵連隊の榴弾砲は全て105mm砲、
速射砲も全て47mm砲、迫撃砲も全て60mm砲と、本国の一線級師団より“軽量”である。
ともかく、圧倒的な砲火力には変わり無いが。
故に砲戦は一方的に推移し、皇国軍の大砲が1門も鹵獲や破壊をされていないのに対し、
リンド王国軍は反撃や移動もままならず、鉄の雨の中、自軍の崩壊を見守るしかなかった。
リンド王国軍の砲兵隊が壊滅すると、皇国軍の砲兵隊はリンド王国軍の歩兵や騎兵、戦竜兵を執拗に砲撃する。
数時間の砲撃戦で、皇国軍は合計1万発近い砲弾をリンド王国軍の各師団に向けて放った。
1個師団あたり平均1200発を浴びせられたリンド王国軍は、戦う前から崩壊していた。
通常の会戦で撃ち合う砲弾の数と1桁違う(リンド王国軍の師団が保有する砲兵連隊の
弾丸の定数は、1門あたり50発。つまり合計1600発であり、しかも一度の会戦で全部
使う事など無い)上に、砲弾そのものの威力がまた桁違いなのだから当然である。
だが、2人の軍団長は撤退命令が出せずにいた。
この状態で背を向けたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。
故に突撃命令を発した。
戦竜連隊を先頭に、両脇を胸甲騎兵連隊が護る楔形の突撃陣形。
軍団配下の各師団の生き残りを集めて、ようやく本来の
1個連隊の定数になる程度にまで兵力が落ち込んでいたが、
今は突撃するしか士気を維持する方法が無い。
直撃を受けずとも、砲撃の爆音と爆風で頭がおかしくなった将兵も多い。
撤退を許可してしまえば、待っているのは混沌とした壊走のみ。
だが、リンド王国軍部隊が憎き皇国軍砲兵や歩兵に迫る前に、戦車連隊が立ち塞がった。
死ぬ気で突撃していたリンド王国軍は、そのとおりに屍を増やしていく。
戦竜と騎兵を先頭に、後方から歩兵が銃剣突撃の態勢で駆けるが、
戦車砲と速射砲、機関銃によって先頭から順に撃ち殺されていく。
一兵でもいいから皇国兵を道連れにと思っても、銃の射程に入れない。
リンド王国兵が持つマスケットの有効射程距離は50m~100m程度だが、
戦車砲や速射砲の有効射程距離はその10倍程度あるのだから。
降伏するか?
軍団長や各師団長、連隊長は、その命令を出す事すら出来ぬ程に混乱していた。
降伏するかどうか迷っている間にも、屍の数は加速度的に増えていく。
自分達が囮になり皇国軍の弾薬を消耗させる事で、残りの4個軍団の突撃が成功するかもしれない……。
そんな悲壮な考えも浮かぶ。
だが、皇国軍の弾薬は底無しに思える。
猛烈な銃砲撃を数時間、殆ど絶え間なく行っているのだ。
皇国陸軍は、自動車化されていない一般的な歩兵師団でも、捜索連隊(騎兵連隊)用の軍馬や将校の乗馬用の軍馬、
砲兵用の軍馬を除いて、輜重連隊のものだけを数えても5000頭以上の軍馬と1500両以上の馬車を保有している。
馬車1両あたりの輸送量を500kgとし、弾薬が3/5の300kgとすると、弾薬の量は450tになる。
凄まじい量にも思えるが、これでも全力で大体2~3回戦闘を行えば弾薬はゼロになる。
また、食糧や燃料、消耗品等もこの程度の馬車列では2~4日分程度しか輸送できない。
皇国陸軍は、毎日必死でユラ沖の補給艦から物資を輸送し続けねば維持出来ないのである。
独立戦車連隊は、歩兵師団とは別に独自の輜重大隊を引き連れている。
部隊の全部が馬匹ではなくトラックの優良部隊だが、その分“重い”部隊だ。
弾薬だけでなく、戦車とトラックに必要な燃料や予備部品の量が“重い”。
輸送船の数は問題無いのだが、港の陸揚げ能力の限界から維持が非常に危うくなっている。
派遣部隊の数が半数以下だった西大陸での作戦では、何とかギリギリ保ったのだが、
この東大陸での作戦行動については、既に燃料弾薬の補給が追いついていない。
ユラ神国の主要な港の殆ど全てを使って物資を陸揚げしているにも関わらずだ。
リンド王国軍の将軍達が真っ青になっている裏で、皇国軍の将軍も真っ青になっていたのだ。
リンド王国が攻勢に回せるほぼ全軍を決戦に出してくれたから良かったものの、
もし持久戦に持ち込まれていたら、皇国軍は動けなくなっていただろう。
リンド王国軍部隊の突撃が完全に跳ね返され、戦場が死体で埋め尽くされると、皇国軍の攻撃が止んだ。
乗馬し、白旗を持った皇国軍の軍使が、リンド王国軍の司令部へ向かって歩み寄っていく。
リンド王国軍の軍団長には、すぐにその意味が解った。降伏勧告に来たのである。
「リンド軍の将軍はおられるか? 私は皇国陸軍大佐、繁原重蔵と申す!」
繁原大佐が時代がかった口調でリンド王国軍の司令官を呼びつけると、
リンド王国軍の陣地からも白旗を持った軍人が徒歩で出向いてきた。
「私はリンド王国陸軍大佐、ケレル=ストックレイ。歓迎します、皇国軍の軍使殿」
「ありがとうございます。では早速ですが、司令官の将軍はおられますかな?」
「後方の司令部にて指揮下部隊の降伏の準備をしています。
私は軍団長であるデュール中将の代理として来ました」
「では、貴軍は我が軍に対して降伏をするという事で宜しいのですな?」
「はい。降伏します。先任であるデュール中将の第3軍団、レイル中将の第4軍団双方ともです」
「では、軍旗と軍刀、軍服を頂きたいのですが」
「用意しています。両中将の軍刀、軍服、そして王旗……」
ストックレイ大佐は俯き加減で降伏の確認を行っている。
王旗を奪われるとは、死罪にも等しい屈辱だが、
これだけ一方的にやられたのでは仕方がない。
「まあ、そう気を落とされるな。貴方達はよく戦いました。
何も恥じる事はない。もっと堂々とされて宜しいのですよ」
「ありがとうございます。しかし、敵国の将校に説教されるとは……」
デュール将軍とレイル将軍の2個軍団の降伏が行われた2時間後、
戦場に別の4個軍団が接近中という偵察報告が寄せられた。
「今さっき戦った軍の規模の倍という事になるな」
「航空支援が得られたとしても、弾薬が保つか?」
「既に持ち運んだ弾薬の半分近くを消耗しています。
この上で倍の規模の軍隊と戦闘になれば、弾薬は払底します」
「とりあえず、海軍に情報を提供して出来る限り叩いて貰う。
その後の陸戦は……撤退も視野に入れねばならんかもしれない」
「はい……」
4個軍団、25万6000のリンド王国軍は、リア公国を北西方から半包囲するように接近していた。
連絡を受けた海軍艦隊航空隊が全力で襲撃を行うが、その数は未だ24万以上を数える。
「砲兵連隊は砲撃開始!」
皇国軍の砲兵連隊は、広く展開するリンド王国軍を満遍なく砲撃する。
1ヶ所に集中攻撃するより、1発あたりの損害を増やせるからだ。
2個連隊で105mm榴弾砲が128門。これが敵軍の16個師団に向けて放たれる。1個師団辺り平均8門だ。
「怯むな! 進軍せよ!」
先程から激しい空襲と砲撃に晒され、兵の士気がみるみる落ちていくのが解かる。
敵の大砲の密度はそれ程でもないものの、一撃一撃の火力が凄まじく、
精度も高いため、爆音がすれば確実に多数の死傷者が生まれる。
「伝令! 中将閣下に伝令です!」
「何かあったか?」
「はい、こちらを御覧下さい」
伝令将校から手渡された手紙を、第1軍団の軍団長が見る。
内容は、第3軍団と第4軍団が降伏したというものだった。
「この事は伏せておけ。第3軍団と第4軍団は未だ健在だ、解ったな?」
「はっ!」
相変わらず激しい砲撃だ。
1分間で何人が死傷しているだろうか。
敵との距離はまだ5マシル(≒6km)以上あるのだが、これでは
接近して布陣する間に何千人、いや何万人が死傷してしまう。
しかも敵砲兵隊の姿が見えないというのが不気味だ。
どこから砲撃されているのかが解らないと、不安は増大する。
「全軍停止、戦闘陣形へ変更せよ」
「連隊、止まれ! 二列横隊に整列せよ!」
他の軍団でも同様に、砲撃の中、戦闘段列への陣形変更が行われている。
中央に歩兵隊、歩兵の後に戦竜隊、側面に砲兵隊、砲兵隊の後、戦竜隊の側面に騎兵隊。
「全軍、進撃せよ」
「連隊、前へ進め!」
抜刀した各々の連隊長を先頭に、太鼓に合わせて歩兵戦列が速足で行進していく。
他の兵科も、それに従って歩みを進める。
距離が近づいて来た事によって、歩兵砲と迫撃砲による砲撃が加わる。
先程以上の苛烈な砲撃に、リンド王国軍戦列には動揺が走るが、それでも進軍は止まらない。
その頃、決戦を前に皇国軍の砲兵連隊は力尽きてしまっていた。
「後方の砲兵連隊より報告です。弾薬が尽きた模様です……撤収準備に入っているとの事」
「そうか、よくやってくれた。無事にユラまで帰還しろと返信しろ」
その後、歩兵砲、迫撃砲による射撃で刈り取られていく
リンド王国軍だったが、まだ人数は半分に減った程度だ。
「頃合だな。全軍、ユラに向けて撤退だ」
彼我の距離が約3kmを切ったところで、皇国軍の軍団長は撤退を決意した。
30分に渡る死の行軍を乗り切ったリンド王国軍兵士は約12万。
しかも、これだけ痛めつけられてもまだ撤退する気配がない。
12万と至近距離からぶつかれば、5万の皇国軍は分が悪いのは事実だ。
命令が下された皇国軍は、戦車隊を殿に整然と退却を開始した。
「何だ、敵は撤退していくぞ!」
「やった、俺達は勝ったんだ!」
リンド王国軍では撤退する皇国軍を見て、自分達が“勝利”したのだという事実に湧いていた。
「騎兵隊に追撃させますか?」
「いや、いい。今はリアの地を確保する事が重要だ。補給も必要だろう」
リア公国における大会戦では、リンド王国は多大な出血を出しながらも勝利を手にした。
対する皇国軍はリア王国第3、第4軍団の捕虜を引き連れながらユラ神国へと帰還して行った。
「陸軍24個師団、38万4000の戦力でリア公国に布陣する皇国軍を叩き潰します。
今回の作戦では飛竜陣地も完成していますから、飛竜の援護も見込めます。
4個師団で1個軍団を編成し、6個の軍団がリア公国を完全包囲、皇国軍をすり潰すのです」
「24個師団? 戦力過剰ではないか?」
「皇国軍を殲滅するためには、この程度の戦力が必要だと元帥閣下はお考えです。皇国陸軍は約5万強。
約7倍の戦力差ですが、西大陸での戦争の結果から見ると、これくらいでないと皇国軍に返り討ちになります」
ライランス王国との戦闘では、皇国軍は3倍から6倍程度の兵力の劣勢を跳ね返して勝利している。
つまり7倍でも優位かどうかはギリギリなのだ。
6個軍団が共同歩調を取れなければ、各個撃破される危険もある。
だが、こうでもしない限り正攻法で皇国軍を何とかするのは不可能だ。
そして正攻法以外(例えばゲリラ戦)で何とかするのは、練度や火力的にさらに不可能だ。
「しかし40万近い兵力となると、少しでも戦線が膠着すれば補給がままならなくならないか」
「一応、前線近くには6箇所の補給物資集積所を手配しています」
「能力は?」
「1箇所につき、1個軍団の1週間分です」
「1週間か、ではやはり速攻が必要だな」
人間の食糧や弾薬より量が必要なのが、戦竜や騎兵、砲牽引用、輜重隊用の馬の飼葉である。
補給部隊を構成する荷馬車は、それ自体が大量の飼葉を消費するものだ。
補給基地から前線の距離が遠ければ遠いほど、輜重隊の積荷の
多くが自身を維持するための飼葉として消費されてしまう。
戦竜も飼葉の消費が激しい。体重あたりの消費量は馬より少なくて済むが、
絶対量が違うので、結局戦竜隊は大量の飼葉を消費する部隊になる。
大部隊となると補給の問題は疎かに出来ないのだ。
「皇国を撃破後は、そのままユラか?」
「リアを併合出来ればユラは無視して良いでしょうが、ユラが兵を出すというのなら
受けて立ちます。そのために10万以上の予備兵力を用意していますから」
「わかった。可能な限り速やかに皇国軍を排除し、リアの地を奪還する。
噂の皇国軍を破れば、ユラも萎縮して反撃には出て来ないだろう」
各部隊に出撃命令が下されると、6個の軍団が3つの大街道を進軍する。
この大街道はリア公国を経由してユラ神国へと続く西海岸道路の動脈だ。
歩兵、砲兵、騎馬兵、戦竜兵……。
濃紺の制服に身を包む将兵達は、必勝を期して南進していった。
戦竜は地上最強の“兵器”である。
鉄砲や大砲の発達、歩兵陣形の改良によって、古代の時ほどの圧倒的な
力は発揮できなくなったものの、現在でもその軍事的な価値は失われていない。
馬の3倍以上の体長に10倍以上の体重、頭には巨大な角。
数十、数百の戦竜による突進は圧巻である。
長らく、何人たりともその歩みを止める事はできないと思われてきた。
「敵の大砲は、威力も精度も桁外れだ!」
「鉄の戦竜に大砲なんて、反則だ!」
恐慌状態に陥っているのは、無敵と言われたリンド王国戦竜部隊。
500m以上の距離から放たれた速射砲や戦車砲は、戦竜の頑丈な肉体を貫き、ミンチにしてしまう。
重戦竜は銃砲弾から身を守るために鉄製の鎧を付けているのだが、それがまったく無意味と化していた。
今までは、遠距離から放たれた小型の大砲であれば軽い怪我だけで済むこともあった。
だが、今はそんなことは無い。当たればほぼ即死である。
500騎以上居た戦竜は、15分もしないうちに半分以上が死傷していた。
皇国軍の戦車部隊は、突進してくる戦竜を遠距離から迎撃し、主砲や機銃を撃ちまくった。
戦竜隊の側面を守っていた騎兵隊は、皇国軍の歩兵部隊の手厚い歓迎に進むも退くも不可能な状態になっていた。
遠距離では歩兵砲に迫撃砲と重機関銃、さらに近距離になると軽機関銃に
小銃、擲弾筒まで加わり、まさに鉄の雨で騎兵隊を蹂躙している。
そもそも、作戦の前提が狂ったのが問題だった。
頼みの綱であった飛竜基地、飛竜陣地は皇国海軍による
断続的な空襲によって壊滅し、多くの飛竜が出撃前に死傷した。
3日間の空襲で飛竜の損害は800騎以上になる。
これは前線にあった飛竜のほぼ全騎である。
空軍が壊滅し、制空権を握られた後の陸軍部隊は悲惨だった。
まず狙われたのが砲兵隊である。
リンド王国の各師団は、配下に1個砲兵連隊を編成している。
1個砲兵中隊で大砲4門、4個砲兵中隊16門で1個砲兵大隊を成し、
2個砲兵大隊32門(1/2バルツ砲16門、1バルツ砲8門、2バルツ砲8門)で
1個砲兵連隊であるが、その全部が皇国軍による事前の空襲と砲兵連隊の対砲兵射撃で損壊してしまった。
特に、嵐のように過ぎ去っていった空襲後の、皇国軍砲兵連隊による
断続的な砲撃は、リンド王国軍将兵を恐慌状態に陥れた。
皇国軍の一般的な砲兵連隊は4個砲兵大隊から成り、1個砲兵大隊は4個砲兵中隊から成る。
第1、第2大隊は重榴弾砲大隊で、それぞれ4個重榴弾砲中隊から成り、1個中隊は4門の155mm榴弾砲を装備する。
第3、第4大隊は中榴弾砲大隊で、それぞれ4個中榴弾砲中隊から成り、1個中隊は4門の105mm榴弾砲を装備する。
その他、各中隊は中隊本部、本部小隊、弾薬小隊、通信小隊、観測小隊、他から成る。
つまり砲兵連隊の砲数は155mm榴弾砲32門、105mm榴弾砲32門となる。
単純な砲の数だけで見てもリンド王国軍砲兵連隊の倍の門数であるが、
その射程と破壊力は倍では済まない。
射程については10倍以上、破壊力については比較が馬鹿馬鹿しくなる程である。
歩兵師団では砲兵連隊の他に、高射砲連隊(76.2mm高射砲×16)、
高射機関砲連隊(40mm機関砲×16、20mm機関砲×32)があり、
歩兵連隊には速射砲大隊(57mm速射砲×8)、歩兵砲大隊(75mm歩兵砲×8)と、
中迫撃砲大隊(81mm迫撃砲×8)が編成され、
歩兵大隊にも速射砲中隊(57mm速射砲×4)、歩兵砲中隊(75mm歩兵砲×4)と、
軽迫撃砲中隊(60mm迫撃砲×4)が編成されている。
1個師団は3個歩兵連隊他から成り、1個歩兵連隊は3個歩兵大隊他から成るので、
つまり、皇国軍歩兵師団は20mm口径以上の砲、機関砲を合計で308門
(高射砲、機関砲を除くと244門。155mm榴弾砲32門、105mm榴弾砲32門、57mm速射砲24+36門、
75mm歩兵砲24+36門、81mm迫撃砲24門、60mm迫撃砲36門)保有しているという事になり、
リンド王国軍8個師団分の砲が配備されている計算になる。
ただし、東西両大陸派遣軍に関しては、砲兵連隊の榴弾砲は全て105mm砲、
速射砲も全て47mm砲、迫撃砲も全て60mm砲と、本国の一線級師団より“軽量”である。
ともかく、圧倒的な砲火力には変わり無いが。
故に砲戦は一方的に推移し、皇国軍の大砲が1門も鹵獲や破壊をされていないのに対し、
リンド王国軍は反撃や移動もままならず、鉄の雨の中、自軍の崩壊を見守るしかなかった。
リンド王国軍の砲兵隊が壊滅すると、皇国軍の砲兵隊はリンド王国軍の歩兵や騎兵、戦竜兵を執拗に砲撃する。
数時間の砲撃戦で、皇国軍は合計1万発近い砲弾をリンド王国軍の各師団に向けて放った。
1個師団あたり平均1200発を浴びせられたリンド王国軍は、戦う前から崩壊していた。
通常の会戦で撃ち合う砲弾の数と1桁違う(リンド王国軍の師団が保有する砲兵連隊の
弾丸の定数は、1門あたり50発。つまり合計1600発であり、しかも一度の会戦で全部
使う事など無い)上に、砲弾そのものの威力がまた桁違いなのだから当然である。
だが、2人の軍団長は撤退命令が出せずにいた。
この状態で背を向けたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。
故に突撃命令を発した。
戦竜連隊を先頭に、両脇を胸甲騎兵連隊が護る楔形の突撃陣形。
軍団配下の各師団の生き残りを集めて、ようやく本来の
1個連隊の定数になる程度にまで兵力が落ち込んでいたが、
今は突撃するしか士気を維持する方法が無い。
直撃を受けずとも、砲撃の爆音と爆風で頭がおかしくなった将兵も多い。
撤退を許可してしまえば、待っているのは混沌とした壊走のみ。
だが、リンド王国軍部隊が憎き皇国軍砲兵や歩兵に迫る前に、戦車連隊が立ち塞がった。
死ぬ気で突撃していたリンド王国軍は、そのとおりに屍を増やしていく。
戦竜と騎兵を先頭に、後方から歩兵が銃剣突撃の態勢で駆けるが、
戦車砲と速射砲、機関銃によって先頭から順に撃ち殺されていく。
一兵でもいいから皇国兵を道連れにと思っても、銃の射程に入れない。
リンド王国兵が持つマスケットの有効射程距離は50m~100m程度だが、
戦車砲や速射砲の有効射程距離はその10倍程度あるのだから。
降伏するか?
軍団長や各師団長、連隊長は、その命令を出す事すら出来ぬ程に混乱していた。
降伏するかどうか迷っている間にも、屍の数は加速度的に増えていく。
自分達が囮になり皇国軍の弾薬を消耗させる事で、残りの4個軍団の突撃が成功するかもしれない……。
そんな悲壮な考えも浮かぶ。
だが、皇国軍の弾薬は底無しに思える。
猛烈な銃砲撃を数時間、殆ど絶え間なく行っているのだ。
皇国陸軍は、自動車化されていない一般的な歩兵師団でも、捜索連隊(騎兵連隊)用の軍馬や将校の乗馬用の軍馬、
砲兵用の軍馬を除いて、輜重連隊のものだけを数えても5000頭以上の軍馬と1500両以上の馬車を保有している。
馬車1両あたりの輸送量を500kgとし、弾薬が3/5の300kgとすると、弾薬の量は450tになる。
凄まじい量にも思えるが、これでも全力で大体2~3回戦闘を行えば弾薬はゼロになる。
また、食糧や燃料、消耗品等もこの程度の馬車列では2~4日分程度しか輸送できない。
皇国陸軍は、毎日必死でユラ沖の補給艦から物資を輸送し続けねば維持出来ないのである。
独立戦車連隊は、歩兵師団とは別に独自の輜重大隊を引き連れている。
部隊の全部が馬匹ではなくトラックの優良部隊だが、その分“重い”部隊だ。
弾薬だけでなく、戦車とトラックに必要な燃料や予備部品の量が“重い”。
輸送船の数は問題無いのだが、港の陸揚げ能力の限界から維持が非常に危うくなっている。
派遣部隊の数が半数以下だった西大陸での作戦では、何とかギリギリ保ったのだが、
この東大陸での作戦行動については、既に燃料弾薬の補給が追いついていない。
ユラ神国の主要な港の殆ど全てを使って物資を陸揚げしているにも関わらずだ。
リンド王国軍の将軍達が真っ青になっている裏で、皇国軍の将軍も真っ青になっていたのだ。
リンド王国が攻勢に回せるほぼ全軍を決戦に出してくれたから良かったものの、
もし持久戦に持ち込まれていたら、皇国軍は動けなくなっていただろう。
リンド王国軍部隊の突撃が完全に跳ね返され、戦場が死体で埋め尽くされると、皇国軍の攻撃が止んだ。
乗馬し、白旗を持った皇国軍の軍使が、リンド王国軍の司令部へ向かって歩み寄っていく。
リンド王国軍の軍団長には、すぐにその意味が解った。降伏勧告に来たのである。
「リンド軍の将軍はおられるか? 私は皇国陸軍大佐、繁原重蔵と申す!」
繁原大佐が時代がかった口調でリンド王国軍の司令官を呼びつけると、
リンド王国軍の陣地からも白旗を持った軍人が徒歩で出向いてきた。
「私はリンド王国陸軍大佐、ケレル=ストックレイ。歓迎します、皇国軍の軍使殿」
「ありがとうございます。では早速ですが、司令官の将軍はおられますかな?」
「後方の司令部にて指揮下部隊の降伏の準備をしています。
私は軍団長であるデュール中将の代理として来ました」
「では、貴軍は我が軍に対して降伏をするという事で宜しいのですな?」
「はい。降伏します。先任であるデュール中将の第3軍団、レイル中将の第4軍団双方ともです」
「では、軍旗と軍刀、軍服を頂きたいのですが」
「用意しています。両中将の軍刀、軍服、そして王旗……」
ストックレイ大佐は俯き加減で降伏の確認を行っている。
王旗を奪われるとは、死罪にも等しい屈辱だが、
これだけ一方的にやられたのでは仕方がない。
「まあ、そう気を落とされるな。貴方達はよく戦いました。
何も恥じる事はない。もっと堂々とされて宜しいのですよ」
「ありがとうございます。しかし、敵国の将校に説教されるとは……」
デュール将軍とレイル将軍の2個軍団の降伏が行われた2時間後、
戦場に別の4個軍団が接近中という偵察報告が寄せられた。
「今さっき戦った軍の規模の倍という事になるな」
「航空支援が得られたとしても、弾薬が保つか?」
「既に持ち運んだ弾薬の半分近くを消耗しています。
この上で倍の規模の軍隊と戦闘になれば、弾薬は払底します」
「とりあえず、海軍に情報を提供して出来る限り叩いて貰う。
その後の陸戦は……撤退も視野に入れねばならんかもしれない」
「はい……」
4個軍団、25万6000のリンド王国軍は、リア公国を北西方から半包囲するように接近していた。
連絡を受けた海軍艦隊航空隊が全力で襲撃を行うが、その数は未だ24万以上を数える。
「砲兵連隊は砲撃開始!」
皇国軍の砲兵連隊は、広く展開するリンド王国軍を満遍なく砲撃する。
1ヶ所に集中攻撃するより、1発あたりの損害を増やせるからだ。
2個連隊で105mm榴弾砲が128門。これが敵軍の16個師団に向けて放たれる。1個師団辺り平均8門だ。
「怯むな! 進軍せよ!」
先程から激しい空襲と砲撃に晒され、兵の士気がみるみる落ちていくのが解かる。
敵の大砲の密度はそれ程でもないものの、一撃一撃の火力が凄まじく、
精度も高いため、爆音がすれば確実に多数の死傷者が生まれる。
「伝令! 中将閣下に伝令です!」
「何かあったか?」
「はい、こちらを御覧下さい」
伝令将校から手渡された手紙を、第1軍団の軍団長が見る。
内容は、第3軍団と第4軍団が降伏したというものだった。
「この事は伏せておけ。第3軍団と第4軍団は未だ健在だ、解ったな?」
「はっ!」
相変わらず激しい砲撃だ。
1分間で何人が死傷しているだろうか。
敵との距離はまだ5マシル(≒6km)以上あるのだが、これでは
接近して布陣する間に何千人、いや何万人が死傷してしまう。
しかも敵砲兵隊の姿が見えないというのが不気味だ。
どこから砲撃されているのかが解らないと、不安は増大する。
「全軍停止、戦闘陣形へ変更せよ」
「連隊、止まれ! 二列横隊に整列せよ!」
他の軍団でも同様に、砲撃の中、戦闘段列への陣形変更が行われている。
中央に歩兵隊、歩兵の後に戦竜隊、側面に砲兵隊、砲兵隊の後、戦竜隊の側面に騎兵隊。
「全軍、進撃せよ」
「連隊、前へ進め!」
抜刀した各々の連隊長を先頭に、太鼓に合わせて歩兵戦列が速足で行進していく。
他の兵科も、それに従って歩みを進める。
距離が近づいて来た事によって、歩兵砲と迫撃砲による砲撃が加わる。
先程以上の苛烈な砲撃に、リンド王国軍戦列には動揺が走るが、それでも進軍は止まらない。
その頃、決戦を前に皇国軍の砲兵連隊は力尽きてしまっていた。
「後方の砲兵連隊より報告です。弾薬が尽きた模様です……撤収準備に入っているとの事」
「そうか、よくやってくれた。無事にユラまで帰還しろと返信しろ」
その後、歩兵砲、迫撃砲による射撃で刈り取られていく
リンド王国軍だったが、まだ人数は半分に減った程度だ。
「頃合だな。全軍、ユラに向けて撤退だ」
彼我の距離が約3kmを切ったところで、皇国軍の軍団長は撤退を決意した。
30分に渡る死の行軍を乗り切ったリンド王国軍兵士は約12万。
しかも、これだけ痛めつけられてもまだ撤退する気配がない。
12万と至近距離からぶつかれば、5万の皇国軍は分が悪いのは事実だ。
命令が下された皇国軍は、戦車隊を殿に整然と退却を開始した。
「何だ、敵は撤退していくぞ!」
「やった、俺達は勝ったんだ!」
リンド王国軍では撤退する皇国軍を見て、自分達が“勝利”したのだという事実に湧いていた。
「騎兵隊に追撃させますか?」
「いや、いい。今はリアの地を確保する事が重要だ。補給も必要だろう」
リア公国における大会戦では、リンド王国は多大な出血を出しながらも勝利を手にした。
対する皇国軍はリア王国第3、第4軍団の捕虜を引き連れながらユラ神国へと帰還して行った。