まさかの連敗に、皇国軍司令部では緊急対策会議を開いた。
このままでは、皇国への威信が揺らいでしまう。
ユラ神国を経由して、その他の列強国や大国と話をつけるという
予定も、場合によっては不可能になってしまうかも知れない。
「決定的な勝利が必要です」
そう切り出したのは、軍司令部の参謀長。
彼はリア公国に駐留するリンド王国軍を完膚なきまでに叩きのめすしか、皇国が威信を取り戻す術は無いと断言した。
それに対し、軍司令官である佐藤中将は、次の話を切り出した。
「リンド王国への侵攻については、どう考える?」
「リア公国で野戦軍を撃破すれば、その必要は無いでしょう。
第一、リンド王国侵攻を行えば補給計画の大幅な見直しが必要になります」
「具体的に言うと?」
「輸送トラックと荷馬車の数を、今の倍以上にしなければ、遥か北に位置するリンド王国への遠征は不可能です」
「では、何としてもリアの地で決戦し、圧倒的に勝利する必要があるのだな」
「はい。“圧倒的勝利”以外は、選択肢に無いでしょう」
「気軽に言ってくれるが、実戦は何が起こるかわからんからな」
佐藤中将は、常々そう思っている。
先の戦闘もそうだ。
皇国軍が圧倒的に勝利すると思いきや、弾薬不足で自ら撤退。
結局“勝ったのはリンド王国軍”というのが事実だ。
皇国軍は、負けないまでも果たして勝てるだろうか。
この“勝利”は、“戦術的・戦略的勝利”の事だ。
リンド王国を降伏させるために必要な“勝利”。
それを、本国もユラ神国も望んでいるのだ。
ユラ神国に潜入していたリンド王国軍軽騎兵連隊の偵察隊が皇国軍の野営陣地を発見したのは、
皇国軍がユラを経ってから5日、日が沈み夜も更けつつある頃だった。
「皇国軍の前衛でしょうか」
「ディッチ曹長、戻ってこの事を本部に伝えろ。我々はここから監視を続ける」
「解りました。本部に戻り、皇国軍の接近を報告します」
ディッチ曹長は3名の兵を選抜すると、早馬で連隊本部へと戻っていった。
騎兵連隊本部では、遂にその時が来たと幹部将校が慌しくなり始めた。
「慌てる事は無い。皇国軍がリアに到着するまで、まだ4日半ある。それだけあれば本隊は撤収可能だ。
伝令隊を1個小隊編成し、本部へ向けろ。小隊長にはマシス大尉を充てる」
騎兵連隊長は数十名の伝令隊を編成すると、それをリア公国に駐留する本隊に向けて放った。
その伝令には、皇国軍の接近を知らせる文書が持たされていた。
ユラ神国の首都ユラに置かれた陸軍東大陸派遣軍司令部。
執務室では、軍司令官の佐藤中将が緊急の報告を受けていた。
「リンド軍がリア公国から撤退しつつあるだと?」
「はい。司令部偵察隊の写真偵察によって、リンド王国軍はリア公国の陣内で撤収作業中であると判明しました」
「それは不味いぞ……それではこちらはリンド王国内へ部隊を追撃させねばならなくなる。
戦争を早期に解決するためとは言え、リンド王国への侵攻は想定されていない」
主に食糧、飼葉の補給の問題で、皇国軍はリンド王国内への進軍は難しいと判断されている。
だが、リア公国へ進軍しながら撤退するリンド王国軍を見逃して再びユラ神国に帰還するのは、政治的に不可能だ。
“皇国軍の撤退”が再び発生すれば、ユラ神国からの信頼が地に落ちる事も十分考えられる。
圧倒的な軍事力の提供を大見得を切って約束したのだ。
敗北は勿論、勝利しないという選択肢も無い。
しかしリンド王国への侵攻となると、補給線が1000km近く延びる事になる。
西大陸での戦いでも、ライランス王国の国境を越えて侵攻した事はあったが、
それでも進軍したのは国境から十数kmくらいなものだ。
本格的な侵攻には、準備が足りない。
リンド王国を完全に降伏させるとなれば、王都ベルグへの侵攻が不可欠だろう。
リア国境からベルグへと至る道は一番近い街道で約800kmあり、1日50km行軍するとしても2週間以上かかる。
実際、戦闘するとなれば全てが順調に行くとは限らないから、余裕を見れば片道で最低1ヶ月分の食糧が欲しい。
将兵が持つ食糧は通常の米やパンと缶詰やカンパン等の副食合わせて2週間分強なので、補給が無ければ到底実現出来ない。
手持ちを出来るだけ節約しつつ、途中の街で物資を購入するという手は良い案のようだが、
街道の数は限りがあり、同じ道をリンド王国軍も通るわけだから、先に通った
リンド王国軍が既に徴発済みであるというふうに考えた方が良いだろう。
つまり、ユラ神国からの補給は不可欠だ。
「その事は、輜重連隊本部に伝えたか?」
「いえ、まだですが……」
「えらい事になったぞ。トラックと馬車の数が足らなくなる」
「確かに。補給線が1000km延びたら、補給が立ち行かなくなります」
「燃料弾薬もそうだが、食糧だ。腹が減っては戦は出来ぬ」
「とりあえず、1日3食を2食に減らすか、1度の量を減らしましょう」
「将兵にはそうしてもらうより他無いだろう。私も節約する。
だが問題は馬車の飼葉だ。竜ほどではないが、馬は大食らいだ」
「毎日少しずつ減らして騙すとか……」
「それは無いな。馬は案外頭が良い。ストライキでも起こされたらたまらん」
「ですが、少しでも減らしませんと……」
「そうだな。試しに減らしてみて、駄目だったら鞭を使ってでも言う事を聞かせねばなるまい。心苦しいが」
乗馬が趣味の佐藤中将にとっては、異国の駄馬とは言え食事の量を減らさせるのは心が痛む。
勿論、軍の将兵の食事制限(間食も制限)を命令せねばならないのも同様に心苦しい。
娯楽の殆ど無い軍隊生活では、食事は唯一の楽しみといっても良い。
その楽しみを過度に制限するというのは、夢中になって遊んでいる子供から玩具を取り上げるようなものだ。
「この事を、前線の師団司令部と海軍、そして本国に報告しろ。至急の対策が必要だと」
「はい。至急報告します」
「頼んだぞ。下がって良い」
(戦車連隊に全速力で追撃させるか? しかしそれでは燃料が保たん)
佐藤中将は次の手を考えざるを得なくなった。
いかにしてリンド王国軍を追撃するか?
リンド王国軍は、本国で待ち受けて飛竜基地も使える場所に皇国軍を引きずり込むという作戦で撤退を続けていた。
「皇国軍の快速部隊の追撃は無いようだな」
「今の所、そのような部隊の追撃は受けていません」
「このまま行けば、あと2週間でベルグ近郊だ。そうなれば近衛飛竜連隊も戦列に加われる」
皇国とユラ神国は、リア公国における2度の会戦で2度とも勝てなかった。
つまり、皇国軍は勝利を手にするべく焦って来る可能性が高い。
リア公国の原状回復のためには、リンド王国軍の殲滅が是非とも必要なのだ。
リンド王国内は、リア公国と違って完全にリンド王国軍の土俵である。
12万5000の軍に、戦略予備である10万の軍を加え、さらに各地の飛竜基地、
飛竜陣地の飛竜約980騎が加われば、皇国軍に止めを刺せるだろう。
「ユラ軍を破り、皇国軍を破れば、名実共にリンド王国は東大陸の覇者です。
リアの地も、自然と転がって来るでしょう」
「フッ、そうだな。皇国軍は我々の手で引導を渡してくれよう」
皇国陸軍航空隊は、少ない爆撃部隊を繰り出して連日、リンド王国軍を爆撃している。
九七式重爆撃機が飛竜基地を叩き、九七式戦闘機と九九式襲撃機が飛竜陣地や歩兵部隊を叩く。
だが増槽を装備している関係で、爆弾搭載量が半分になっている。効率は悪い。
さらに、基地に備蓄してあるガソリンも減り方が激しくなってきた。
ガソリン自体は沖合いの油槽船にあるのだが、それの陸揚げが未だに捗らないのが問題だった。
数千のリンド兵や飛竜、司令部施設等の破壊を行っていたが、
その暴風雨のような爆撃も威力が弱まって来ている。
空爆だけでは、リンド王国軍の撤退を阻止する事は出来ない。
敵は決戦を回避し、リンド王国自体を戦場にしようとしている。
そのような意図はもう明白である。
肉を切らせて骨を断つつもりなのだろう。
既に皇国軍は、リア公国を越えてリンド王国の内部に進出していた。
ユラ神国からの情報提供と、陸軍の司令部偵察機、海軍の巡潜型
搭載の小型水上機による写真偵察等によって街道や都市の位置は
判明しているが、敵国内である。部隊には、ユラ神国内を行軍していた時よりも一層高い緊張が走る。
「糧は敵に求めよ、だ」
「は?」
「王都ベルグを制圧し、そこで物資を調達するしかない」
「強引な解決方法ですね」
「この世界の軍隊は、皆似たような事をやっているだろう」
佐藤中将は、その後ユラ神国から出来る限りの馬車を購入し、あるいは借り受け、本国から
輸送トラックの増援を受けてまで北へ北へと進む皇国軍本隊へ向けて輜重隊列を組織していた。
荷馬車隊の積荷は殆どが食糧で、日用消耗品が少々。燃料弾薬は無い。
燃料弾薬はトラック部隊に全てを預け、荷馬車隊は何より不足しつつある食糧と飼葉を運ぶ事に特化させている。
「だが、これでも2週間分の食糧、飼葉にしかならん。
早急に決戦して敵の野戦軍を撃ち破り、ベルグに白旗を掲げさせねば」
予想どおりというか、リア公国からリンド王国へ入った皇国軍を待っていたのは、
既に殆どの食糧を徴発された都市や村々だった。
大都市であれば、それでもまだ余裕があったので皇国軍も金塊と引き換えに食糧を調達したりしたが、
人口数百や数千程度の町や村では、とても5万を数える皇国軍を養うだけの食糧は残されていなかった。
食糧のある場所を彷徨い、敵を追うよりも食糧を探す事に血眼になっていたのが
中世の軍隊だが、今の皇国軍は中世の軍隊に近づきつつあった。
先に村に着いた連隊が残り少ない食糧を全部調達してしまって、
後から来た連隊が食べ物にありつけないという事態も発生した。
師団長や歩兵団長は、購入した食糧は師団内で平等に分配せよと命じたが、
2万を数える師団で平等に分配すれば、1人あたりの量は一口、二口といった程度になってしまう。
連隊間に険悪な雰囲気が発生しては、戦うものも戦えなくなる。
師団長は、ベルグに着けば必ず食糧があるから、それまでの我慢だと言うしかなかった。
このままでは、皇国への威信が揺らいでしまう。
ユラ神国を経由して、その他の列強国や大国と話をつけるという
予定も、場合によっては不可能になってしまうかも知れない。
「決定的な勝利が必要です」
そう切り出したのは、軍司令部の参謀長。
彼はリア公国に駐留するリンド王国軍を完膚なきまでに叩きのめすしか、皇国が威信を取り戻す術は無いと断言した。
それに対し、軍司令官である佐藤中将は、次の話を切り出した。
「リンド王国への侵攻については、どう考える?」
「リア公国で野戦軍を撃破すれば、その必要は無いでしょう。
第一、リンド王国侵攻を行えば補給計画の大幅な見直しが必要になります」
「具体的に言うと?」
「輸送トラックと荷馬車の数を、今の倍以上にしなければ、遥か北に位置するリンド王国への遠征は不可能です」
「では、何としてもリアの地で決戦し、圧倒的に勝利する必要があるのだな」
「はい。“圧倒的勝利”以外は、選択肢に無いでしょう」
「気軽に言ってくれるが、実戦は何が起こるかわからんからな」
佐藤中将は、常々そう思っている。
先の戦闘もそうだ。
皇国軍が圧倒的に勝利すると思いきや、弾薬不足で自ら撤退。
結局“勝ったのはリンド王国軍”というのが事実だ。
皇国軍は、負けないまでも果たして勝てるだろうか。
この“勝利”は、“戦術的・戦略的勝利”の事だ。
リンド王国を降伏させるために必要な“勝利”。
それを、本国もユラ神国も望んでいるのだ。
ユラ神国に潜入していたリンド王国軍軽騎兵連隊の偵察隊が皇国軍の野営陣地を発見したのは、
皇国軍がユラを経ってから5日、日が沈み夜も更けつつある頃だった。
「皇国軍の前衛でしょうか」
「ディッチ曹長、戻ってこの事を本部に伝えろ。我々はここから監視を続ける」
「解りました。本部に戻り、皇国軍の接近を報告します」
ディッチ曹長は3名の兵を選抜すると、早馬で連隊本部へと戻っていった。
騎兵連隊本部では、遂にその時が来たと幹部将校が慌しくなり始めた。
「慌てる事は無い。皇国軍がリアに到着するまで、まだ4日半ある。それだけあれば本隊は撤収可能だ。
伝令隊を1個小隊編成し、本部へ向けろ。小隊長にはマシス大尉を充てる」
騎兵連隊長は数十名の伝令隊を編成すると、それをリア公国に駐留する本隊に向けて放った。
その伝令には、皇国軍の接近を知らせる文書が持たされていた。
ユラ神国の首都ユラに置かれた陸軍東大陸派遣軍司令部。
執務室では、軍司令官の佐藤中将が緊急の報告を受けていた。
「リンド軍がリア公国から撤退しつつあるだと?」
「はい。司令部偵察隊の写真偵察によって、リンド王国軍はリア公国の陣内で撤収作業中であると判明しました」
「それは不味いぞ……それではこちらはリンド王国内へ部隊を追撃させねばならなくなる。
戦争を早期に解決するためとは言え、リンド王国への侵攻は想定されていない」
主に食糧、飼葉の補給の問題で、皇国軍はリンド王国内への進軍は難しいと判断されている。
だが、リア公国へ進軍しながら撤退するリンド王国軍を見逃して再びユラ神国に帰還するのは、政治的に不可能だ。
“皇国軍の撤退”が再び発生すれば、ユラ神国からの信頼が地に落ちる事も十分考えられる。
圧倒的な軍事力の提供を大見得を切って約束したのだ。
敗北は勿論、勝利しないという選択肢も無い。
しかしリンド王国への侵攻となると、補給線が1000km近く延びる事になる。
西大陸での戦いでも、ライランス王国の国境を越えて侵攻した事はあったが、
それでも進軍したのは国境から十数kmくらいなものだ。
本格的な侵攻には、準備が足りない。
リンド王国を完全に降伏させるとなれば、王都ベルグへの侵攻が不可欠だろう。
リア国境からベルグへと至る道は一番近い街道で約800kmあり、1日50km行軍するとしても2週間以上かかる。
実際、戦闘するとなれば全てが順調に行くとは限らないから、余裕を見れば片道で最低1ヶ月分の食糧が欲しい。
将兵が持つ食糧は通常の米やパンと缶詰やカンパン等の副食合わせて2週間分強なので、補給が無ければ到底実現出来ない。
手持ちを出来るだけ節約しつつ、途中の街で物資を購入するという手は良い案のようだが、
街道の数は限りがあり、同じ道をリンド王国軍も通るわけだから、先に通った
リンド王国軍が既に徴発済みであるというふうに考えた方が良いだろう。
つまり、ユラ神国からの補給は不可欠だ。
「その事は、輜重連隊本部に伝えたか?」
「いえ、まだですが……」
「えらい事になったぞ。トラックと馬車の数が足らなくなる」
「確かに。補給線が1000km延びたら、補給が立ち行かなくなります」
「燃料弾薬もそうだが、食糧だ。腹が減っては戦は出来ぬ」
「とりあえず、1日3食を2食に減らすか、1度の量を減らしましょう」
「将兵にはそうしてもらうより他無いだろう。私も節約する。
だが問題は馬車の飼葉だ。竜ほどではないが、馬は大食らいだ」
「毎日少しずつ減らして騙すとか……」
「それは無いな。馬は案外頭が良い。ストライキでも起こされたらたまらん」
「ですが、少しでも減らしませんと……」
「そうだな。試しに減らしてみて、駄目だったら鞭を使ってでも言う事を聞かせねばなるまい。心苦しいが」
乗馬が趣味の佐藤中将にとっては、異国の駄馬とは言え食事の量を減らさせるのは心が痛む。
勿論、軍の将兵の食事制限(間食も制限)を命令せねばならないのも同様に心苦しい。
娯楽の殆ど無い軍隊生活では、食事は唯一の楽しみといっても良い。
その楽しみを過度に制限するというのは、夢中になって遊んでいる子供から玩具を取り上げるようなものだ。
「この事を、前線の師団司令部と海軍、そして本国に報告しろ。至急の対策が必要だと」
「はい。至急報告します」
「頼んだぞ。下がって良い」
(戦車連隊に全速力で追撃させるか? しかしそれでは燃料が保たん)
佐藤中将は次の手を考えざるを得なくなった。
いかにしてリンド王国軍を追撃するか?
リンド王国軍は、本国で待ち受けて飛竜基地も使える場所に皇国軍を引きずり込むという作戦で撤退を続けていた。
「皇国軍の快速部隊の追撃は無いようだな」
「今の所、そのような部隊の追撃は受けていません」
「このまま行けば、あと2週間でベルグ近郊だ。そうなれば近衛飛竜連隊も戦列に加われる」
皇国とユラ神国は、リア公国における2度の会戦で2度とも勝てなかった。
つまり、皇国軍は勝利を手にするべく焦って来る可能性が高い。
リア公国の原状回復のためには、リンド王国軍の殲滅が是非とも必要なのだ。
リンド王国内は、リア公国と違って完全にリンド王国軍の土俵である。
12万5000の軍に、戦略予備である10万の軍を加え、さらに各地の飛竜基地、
飛竜陣地の飛竜約980騎が加われば、皇国軍に止めを刺せるだろう。
「ユラ軍を破り、皇国軍を破れば、名実共にリンド王国は東大陸の覇者です。
リアの地も、自然と転がって来るでしょう」
「フッ、そうだな。皇国軍は我々の手で引導を渡してくれよう」
皇国陸軍航空隊は、少ない爆撃部隊を繰り出して連日、リンド王国軍を爆撃している。
九七式重爆撃機が飛竜基地を叩き、九七式戦闘機と九九式襲撃機が飛竜陣地や歩兵部隊を叩く。
だが増槽を装備している関係で、爆弾搭載量が半分になっている。効率は悪い。
さらに、基地に備蓄してあるガソリンも減り方が激しくなってきた。
ガソリン自体は沖合いの油槽船にあるのだが、それの陸揚げが未だに捗らないのが問題だった。
数千のリンド兵や飛竜、司令部施設等の破壊を行っていたが、
その暴風雨のような爆撃も威力が弱まって来ている。
空爆だけでは、リンド王国軍の撤退を阻止する事は出来ない。
敵は決戦を回避し、リンド王国自体を戦場にしようとしている。
そのような意図はもう明白である。
肉を切らせて骨を断つつもりなのだろう。
既に皇国軍は、リア公国を越えてリンド王国の内部に進出していた。
ユラ神国からの情報提供と、陸軍の司令部偵察機、海軍の巡潜型
搭載の小型水上機による写真偵察等によって街道や都市の位置は
判明しているが、敵国内である。部隊には、ユラ神国内を行軍していた時よりも一層高い緊張が走る。
「糧は敵に求めよ、だ」
「は?」
「王都ベルグを制圧し、そこで物資を調達するしかない」
「強引な解決方法ですね」
「この世界の軍隊は、皆似たような事をやっているだろう」
佐藤中将は、その後ユラ神国から出来る限りの馬車を購入し、あるいは借り受け、本国から
輸送トラックの増援を受けてまで北へ北へと進む皇国軍本隊へ向けて輜重隊列を組織していた。
荷馬車隊の積荷は殆どが食糧で、日用消耗品が少々。燃料弾薬は無い。
燃料弾薬はトラック部隊に全てを預け、荷馬車隊は何より不足しつつある食糧と飼葉を運ぶ事に特化させている。
「だが、これでも2週間分の食糧、飼葉にしかならん。
早急に決戦して敵の野戦軍を撃ち破り、ベルグに白旗を掲げさせねば」
予想どおりというか、リア公国からリンド王国へ入った皇国軍を待っていたのは、
既に殆どの食糧を徴発された都市や村々だった。
大都市であれば、それでもまだ余裕があったので皇国軍も金塊と引き換えに食糧を調達したりしたが、
人口数百や数千程度の町や村では、とても5万を数える皇国軍を養うだけの食糧は残されていなかった。
食糧のある場所を彷徨い、敵を追うよりも食糧を探す事に血眼になっていたのが
中世の軍隊だが、今の皇国軍は中世の軍隊に近づきつつあった。
先に村に着いた連隊が残り少ない食糧を全部調達してしまって、
後から来た連隊が食べ物にありつけないという事態も発生した。
師団長や歩兵団長は、購入した食糧は師団内で平等に分配せよと命じたが、
2万を数える師団で平等に分配すれば、1人あたりの量は一口、二口といった程度になってしまう。
連隊間に険悪な雰囲気が発生しては、戦うものも戦えなくなる。
師団長は、ベルグに着けば必ず食糧があるから、それまでの我慢だと言うしかなかった。