自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

外伝的掌編『侮れない女傑』

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Turo428

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    「殿下直々の閲兵式か、緊張するなぁ」
    「形式的なものさ。いつもどおりやればいいんだよ」
    そのような会話も、門が開くと静まり返った。

    「近衛歩兵連隊長、王女エレーナ=シャルリーヌ殿下の御成り!」
    兵士達は全員あれっ? と思った。
    そう、連隊長は「殿下」だと聞いていた。そして殿下とは当然、王子のヴルスのことだと思っていたのだ。
    確かにヴルスは病弱で、残念だが戦場に出られるような体ではない。
    しかし王族の連隊長など形式的なもので、実際戦場で指揮を取るのは副連隊長なのだから、問題無い筈だ。

    白馬に跨った王女エレーナは、帽子は被らず、純白の燕尾服に身を包み、腰にはレイピアを下げている。
    両胸の膨らみはそれ程大きなものではないが、それでも腰の括れと合わせて遠目からでも女性と判る格好だ。
    「捧げ銃!」
    大尉の号令に、隊の兵士達はスッとマスケットを体の前に構える。
    エレーナは胸の前に右手を当てて返礼した。
    「立て銃!」
    号令で兵士達はマスケットを地面に立てた。


    「大尉、良き将校とは何か?」
    エレーナは中隊長の大尉に唐突に質問をぶつけた。
    「はっ……国王陛下の御命令を忠実に遂行する事です。殿下!」
    「そうか、陛下が死ねと命じれば死ぬのか?」
    「はい! それが軍人の勤めであります。殿下!」
    「……貴様のような将校は我が隊に必要ない。一兵卒からやり直せ」

    言葉を失った大尉を尻目に、エレーナは曹長の前に進み出た。
    「曹長、良き兵士とは何か?」
    「はい……上官の命令に絶対服従し、規律を破らない事であります。殿下!」
    「ほう……では貴様の部下はさぞかし扱いやすいのだろうな」
    「…………」
    「全員、上半身裸になれ!」

    エレーナの命令に、全員がぎょっとした。
    目の前の上官は女性だ。それが上半身裸になれとの命令。
    「な、何故そのような……」
    「大尉、全員の服を脱がせろ。命令だ」
    「は、はい! 全員早く脱げ!」
    命令に従い、しぶしぶながらも上着とシャツ、下着を脱いだ兵士達。

    「全員後ろを向け」
    それで、兵士達はエレーナの意図が解った。
    「これは何だ曹長。殆ど全員、鞭打ちの痕があるではないか」
    「それは、規律に反する兵士が多く……」
    「ということは、この部隊の兵士は“良き兵士”ではないのだな?」
    「いえ、決してそのような事は……」
    「フッ……曹長、貴様前歴は?」
    「猟師をしておりました」
    「これは鞭打ちの痕だな。何回受けた?」
    「兵士になってからは、もう何十回も……」

    「貴様も素行不良か。よく曹長になれたな」
    「お言葉ですが殿下。私は猟師時代から銃の扱いには自信があります。
     狙撃手としての自負があります。曹長になれたのも、この腕のおかげだと思っております」
    「勝手に自慢していろ……大尉、他の中隊もこんなものなのか?」
    「はっ……殿下、恥ずかしながら。しかし――」
    「そうか、誇り高きイルフェス王国の近衛連隊が、クズばかりか」
    エレーナは嘲笑をもって言った。クズばかりと。
    そして向き直って服を着ていいぞと言った。

    「殿下、それは我々に対する侮辱です! 我々は――」
    「クズをクズと言って、何が悪い?」
    「だ、断じて我々は、クズなどでは!」
    「自分達が、軍の精鋭だと信じているのか? おめでたいな。
     では……この部隊で一番の狙撃手は誰だ?」
    「ダマン、前へ出ろ!」
    大尉が1人の兵士を呼び出した。

    「貴様が持つ銃はジリール。王国で最も性能の良いマスケットだ。近衛しか使っていない。
     つまり一般歩兵が持つコルールよりも良い成果が出て当然だな?」
    「はい、殿下!」
    「あそこに木が1本立っているな。あの幹の中央を撃ってみろ。距離はだいたい……半シウス(≒100m)弱だろう」
    木の直径は約半シンク(≒1m)だが、問題は距離と風だ。突風というほどではないが、先程からやや強い風が吹いている。
    「やってみます」
    ダマンは手順どおりにマスケットを装填し、狙いを定めた。不発でありませんように。
    「撃ちます!」
    真っ白い煙が上がった。エレーナは自前の望遠鏡で、木の幹を入念に調べた。

    「外れだ、ダマン」
    隊からは残念そうな声が聞こえる。
    「確かに半シウスの距離というのは遠かったな。だが、敵は1/4シウス、こちらは半シウスで命中を得られるとしたらどうだ?
     半シウスの距離から一方的に敵を倒せる。敵が1/4シウスに接近するまでに敵を壊走させられる」
    「殿下、それは机上の空論です」
    「そう思うか? 実戦経験の無い、ぽっと出の指揮官の妄想だと」
    「残念ながら殿下、実戦では雨も降れば風も吹きます。地形も複雑で射撃演習場のようには行きません」
    「では大尉、貴様が指揮官ならば部下を1/4シウスの距離まで行進させるか?」
    「はい。それが最も敵に効果的な打撃を加えられる戦法です」

    それを聞いたエレーナは、ダマンを見ながら馬を下りた。
    「銃と弾薬箱を貸せ」
    「は、はい……」
    エレーナはダマンからマスケットとその弾薬が入った箱を受け取った。
    「手入れはされているな」
    そう言いながら、エレーナは弾薬を装填する。慣れた手つきで、ダマンが装填するよりも随分早い。

    「大尉、時計は持っているか?」
    「はい、大したものではありませんが、一応」
    「では時間を計って欲しい。1分経ったら教えろ。
     曹長、望遠鏡を貸すから、あの木をよく見ておけ」
    「はい、殿下」
    「大尉、準備は良いか?」
    「はい、いつでもどうぞ」
    「計測を始めてくれ」

    引き金を引くと、白い煙が辺りに広がる。
    「命中です!」
    曹長が驚いている間にも、エレーナは素早く2発目を装填し、一瞬で狙いを付けて撃った。
    「ま、また命中です!」
    あれよあれよという間に3発目を装填し、すぐさま発砲。
    「……命中です」
    「40秒経ちました」

    エレーナは大尉の声を聞きながら、素早く、しかし正確に装填を続ける。そして発砲。
    「命中!」
    エレーナは危険な程熱くなってきた銃身に、暴発しませんようにと祈りながら5発目を装填し発砲した。
    「命中!」
    「55秒です」
    「……このくらいか」
    大尉と曹長は勿論、隊の全員が呆気に取られていた。55秒で5発も撃って、しかも全部命中したのだから。

    「ジリールの潜在能力を限界まで引き出せば、この程度の事ができる」
    エレーナは銃と弾薬箱を返しながら、言った。
    「まあ、さすがにこれ以上の連発は暴発の危険があるので勧められないが……」
    「お見事です。殿下!」
    「お見事です。ではないぞ。貴様等もやるのだ」
    兵士達はまた呆気に取られている。
    自分達が教えられたのは、1分間に2発のペースで1/4シウスの距離の敵を撃つことだ。

    「いいか。私が連隊長である間は、1分間に3発、半シウスの距離の的を正確に狙い撃てるようになるまで訓練をする。
     1分間に2発、1/4シウスの距離の敵を撃つ事など、一般の戦列歩兵に任せておけば良いのだ
     我々は何だ? 近衛だろう! 実体はお粗末なものだが、一般的には精鋭だと見られている。
     見かけも重要だが、実体が無ければ話にならん。私は、この連隊を真の精鋭にする。
     そしてそのためには、狙撃術だけでは不十分だ。剣術もそうだが、知力、体力、精神力、全てが必要だ」

    エレーナは馬に跨ると、剣を抜いた。
    「この剣に誓え。真の精鋭になるために、如何なる艱難辛苦をも乗り越えると。
     誓えぬ者は近衛には必要ない。今すぐ一般部隊に転属を願い出るか、軍を抜けろ」
    大尉が捧げ刀をすると、曹長も捧げ銃をする。
    一般兵達も、最初は戸惑っていたが次々と捧げ銃をしていく。
    最後の1人が捧げ銃をすると、エレーナは言った。
    「では行こうか、早速訓練を開始する」

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