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皇国召喚 ~壬午の大転移~19

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Turo428

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    新月の夜、東大内洋を航行していた輸送船熱海丸は危機に陥っていた。
    “皇国船狩り”をしていたリンド王国のフリゲート、フェーディン号に発見されてしまったのである。

    熱海丸が本来自分よりも劣速の帆船に追い掛け回されているのは、機関の故障のためであった。
    修理中で3~4kt程度しか出せない現状。相手が幾ら黒船以上の旧式艦と
    言っても、非武装で非装甲の輸送船で軍艦に立ち向かうのは自殺行為だ。
    順風で8ktは出してくるから、現状の熱海丸の最高速度では逃げられない。
    救援要請の無電は打ったが、到着まで最低でも3時間はかかるそうだ。

    「こんな時、機関銃の1丁でもあれば……」
    「大分違ったでしょうな。こちらの武装は船長がお持ちの拳銃だけですか、お寒い限りですが」
    「まあ、軽快な蒸気船が帆船に追い掛け回されるなど普通は考え付かないからな。
     こっちは旧式の石炭専焼艦とは言え、風上に向けても12ktは出る。このようなトラブル時を除いてだが」
    「トラブルさえ無ければですか。確かに、トラブルに遭わないということは航海が無事に終わるということです」
    「禅問答のようだ。で、航海長、敵の船をどう見る?」
    「向こうもプロですね。上手く風を読んでますし、こちらの動きも読まれてます」
    「まったくだ。一筋縄では行かないが……せめて機関の修理が完了すればな」


    だが天は熱海丸に微笑まず、1時間の逃走の後、ついにフェーディン号の砲列の射程圏に入ってしまった。
    「砲窓が開きます。万事休すですな」
    「修理は間に合わなかったか。マストに白旗と私の上着をかざしてくれ。これで降伏の意が通るはずだ」


    接舷された熱海丸には、リンド王国の海軍士官数名と海兵隊が乗り込んできた。
    「リンド王国海軍、フェーディン号の二等海尉(大尉)、モルネイです。船長はいらっしゃるか?」
    「私が船長の岡村です」
    「賢明なる皇国の船長はお解かりかと思うが、この船は我々が掌握した。これより、この船の指揮権は私が預かる」

    拿捕されてしまった熱海丸は、フェーディン号のモルネイ二等海尉によって運行されていた。
    船橋にはマスケットを持った海兵が数人、その他にも船の各所をリンド王国の海兵が見張っている。

    駆けつけた駆逐艦灘潮は、到着が既に遅かったことを思い知らされた。
    「熱海丸に揚がっているのは、リンドの国旗だな」
    「はい……リンドの制服を着た兵が、熱海丸の甲板に居ます」
    「ということは、熱海丸は拿捕されたと見て間違いないな」
    艦長はいちいち確認するように、部下達に言った。
    熱海丸は拿捕されて敵の手の内にあると。

    「敵艦は既に射程圏内だが……」
    「熱海丸が人質同然です。発砲すれば、敵が熱海丸の乗員に危害を加える可能性大です」
    「勿論解かっている。ただ、強気に出て脅すことも交渉術の一つだということだよ。
     熱海丸は前線では貴重な食糧を運んでいる船だ。今や貴重品となってしまった米だ。内地産の米は一升すら
     無駄にはできない。それに、船自体も精密機械の塊。敵に調べられると色々と不味い。最悪の場合は……」
    そこまで言って、艦長は一呼吸入れた。
    「熱海丸の船員には申し訳が立たんが、魚雷で処分も有り得る。だからこそ事を上手く進める必要がある」

    「船長、あのフネは皇国の軍艦だな?」
    「はい、そのようです」
    「何故こんなタイミングで来る? あなたが呼び寄せたのではないか?」
    「呼び寄せるとは、どうやって? 伝書鳩を使ったとしてもこんな短時間では呼べません。
     あなた方海軍がこのような所業を行うから、我が国の海軍も警戒して航路の警備を行っているのです。
     あの軍艦がここを通ったのは、必然的な理由があってのことです。
     いわばあなた方の自業自得なのですよ、二等海尉殿」
    自業自得という言い回しに多少含むところはあったが、確かに皇国側としての言い分ではそうなるだろう。
    モルネイはそれ以上の詮索を止めた。

    「では、あの軍艦と通信は出来るか?」
    「軍民共通の信号旗がありますから、目視できる距離なら通信は出来ます。あなた方もそうしているでしょう?」
    岡村船長が指示したのは、信号旗による通信である。
    皇国には無線通信というものが存在するという事実を秘匿するために、あえて信号旗による通信を選択したのだ。
    通信長や他の船員も船長の意図を理解したようで、何故無線を使わないのかと問うたりはしない。
    信号旗なら、この世界の各国海軍や商船も使っている。
    旗の模様こそ違うが、リンド軍の士官にも熱海丸が何をやっているか理解が出来る。
    「では、あの軍艦に通信を送れ。内容は、『3日以内の皇国軍のリンド王国内での戦闘停止と1週間以内の
    完全なる撤退、賠償金5億リルスを用意すること。この約束が為されない場合は船員を皆殺しにする』だ」
    「5億……5億リルスですか!?」
    「そうだ。間違いなく送れ。お前達の命が懸かっているのだからな」


    「艦長、熱海丸が信号旗を掲げています」
    「信号旗? そうか。無線通信の存在をばらさないためだな。いい判断だ。通信の内容は?」
    「『本船は貴船との旗旒通信を求める。信号旗を確認されたら“肯定”の返答を願う』です」
    「こちらも信号旗で送れ。『肯定。我、灘潮』だ」


    少しすると熱海丸は次の通信を送ってきた。
    「熱海丸より『本船は船橋を始め各所に敵軍が配置されており、敵軍の手中にあり。
     敵軍の規模は、小銃と剣を持った兵が20名程度、最上甲板に。拳銃と剣を持った兵が船内各所に十数名。
     彼等の要求は3日以内の皇軍のリンド王国内での戦闘停止と1週間以内の完全なる撤退、賠償金5億リルス。
     従わない場合は我々熱海丸の船員を皆殺しにすると脅迫されている』です」

    「撤退要求はともかく、賠償金は5億リルスだと? 5億リルスと言えば……」
    「約80億円から90億円、相場によっては100億円を超えます」
    「100億円だぞ。主力艦隊が新たに造れる」
    「破廉恥な……艦長、幾らなんでも熱海丸1隻に100億は出せませんでしょう。政府も……」
    「待ちたまえ。確かに敵の要求は破廉恥だが、まだ結論を出すには早い。
     本国でも検討しているはずだから、今は時間を稼ぐことを最優先しろ」
    「はい、軽率でした……」
    「味方を見捨てて自らの手で沈没させるというのも、後味が悪い。
     政治的にも拙い。幸い、敵は我々の無線を傍受することができない。
     こちらはじっくり待って本国と意見交換できるが、敵の艦長は孤独だ」

    「敵にとって、1万tの積荷はある意味どうでも良く、欲しいのは船だろう」
    実際、そうであった。高性能な皇国船の実物をどうしても手に入れたいリンド王国は、皇国船に莫大な賞金を懸けた。
    そしてその『皇国船の拿捕賞金』は、普通の木造帆船と比べると桁が2つ3つ違うものだったのだ。
    拿捕賞金のうち20%が艦長の取り分なので、皮算用してしまうのも無理からぬ事である。

    「本国政府からの回答です。『熱海丸とその船員を救助し、敵戦列艦を撃沈し、敵将兵は全て殺害するように』と……」
    「全て殺害……? ということは捕虜を取るなということか」
    そう、“全て”だ。全てと言うからには、当然生き残った負傷兵等も含まれる。
    ハイジャック犯を生かして返すなということだろう。

    「水雷長、酸素魚雷を隠密発射して敵戦列艦を沈め、同時に編成した救出部隊で
     闇夜に乗じて熱海丸に乗り移って奪還する……というのはどうだ?」
    「この距離からであれば、魚雷2本で仕留められるでしょう。1本でも命中すれば、あんな木造船は木っ端微塵です。
     あとは救出部隊が敵に発見されないか、部隊投入のタイミングも重要でしょうね。
     敵に発見される危険があるので、音の出る内火艇は使えないでしょう」

    敵艦を沈めるだけなら容易い。
    問題は、熱海丸の救出なのだ。

    「砲術長、君の意見は?」
    「熱海丸の運航に関して、熱海丸を制圧中の敵水兵は何もタッチできないはず。
     タッチしても、近代的な工業技術の塊にちんぷんかんぷんでしょう。
     ですから、実質的に彼等は人質を殺す事はできません。
     彼らにはそれらの機械を解からないままで、リンド本国の者に少しでも機械の
     何たるかを教える機会を与えるべきではない。となれば、やはりリンド兵皆殺しでしょうな。
     ただ、敵はおそらく海兵。言わば“艦内戦闘のプロ”です。
     我々も一通りの陸戦訓練は受けていますが、実戦経験が違います。
     我々が猛訓練してきたのは敵の戦艦への水雷突撃と対空、対潜哨戒で、陸戦など次の次の次以下ですから。
     熱海丸の船内で敵だけを倒して船員を全員救出……というのは相当難しいでしょう」
    「味方に犠牲が出ることは避けられないか」
    何せ敵と味方で艦内戦闘経験が違う。
    武器はこちらの方が圧倒的に優れているだろうが、狭い艦内で小銃は使えない。
    短機関銃はあるが数が少ない。拳銃と軍刀程度では、接近戦になってリンド兵に分があるだろう。

    「熱海丸へ、リンドの指揮官に『皇国の船舶は、敵対国に拿捕された場合
     自沈し、船員は全て自決すると既定されている』と言えと、伝えてくれ」
    「……自決ですか?」
    「そうだ。それで敵の反応を見る。熱海丸の船員が死んで困るのは、我々よりも敵の筈だからな」
    灘潮艦長は心理戦に出た。
    勿論、『間違っても本当に自決するな』という注意も送信して。

    「モルネイ二等海尉」
    「なんだね、船長」
    「我々皇国の船舶は、敵対国に拿捕された場合に自沈し、船員は全て自決するべしとされています」
    「なっ……野蛮な!」
    「今から、この伝声管で各所に自沈と自決の命令を出します」
    「待ちたまえ、船長。もし自沈したら、フェーディン号は貴国の軍艦を砲撃する」
    「いいでしょう。では砲撃して御覧なさい。反撃されて沈没するのは貴艦です。皇国の軍艦を甘く見ない事です」
    岡村船長とモルネイは、一歩も譲らない。


    「熱海丸より通信、『敵将兵は、我が方の自沈命令に動揺している。自沈すれば灘潮を砲撃すると言っている』です」
    「中尉、陸戦隊30名を召集し、短艇にて熱海丸に隠密接近、乗り込んで熱海丸を解放せよ。敵兵は全て殺して構わん」
    「はい、艦長。陸戦隊30名を召集し、熱海丸解放の任に就きます」

    10分後、灘潮から2隻の短艇に分乗した32名の陸戦隊がゆっくりと熱海丸に近づいていく。
    音を立てずに忍び寄り、まんまと熱海丸に乗り込んだ陸戦隊は、まず最上甲板から照明弾を撃った。
    最上甲板を警備しているリンド海兵を素早く確認すると、短機関銃で射殺していく。

    「銃声!? 何事か!」
    「はい、皇国兵がこの船に乗り込んで来たようです、モルネイ海尉!」
    「船長、皇国兵に戦闘を止めるように命令しろ。でなければ貴様を殺す!」
    「いいのですか? 私を殺したらこの船は動きませんよ?」
    「いいからさっさと命令しろ!」
    「そもそも、私は軍人でも軍属でもありませんから、軍隊に対する命令権はありません」
    岡村船長は、モルネイの恫喝をのらりくらりとかわし続けた。

    船内各所で銃撃戦が行われ、リンド海兵は慣れぬ近代船舶の内部構造に戸惑いながらも何とか反撃を試みている。
    だが、形勢は徐々に皇国側に傾き、艦内各所を次々と制圧奪還していく。

    遂に、皇国海軍陸戦隊が熱海丸の船橋に辿り着いた。
    艦橋の入り口を警備していたリンド兵も、ピストルを構えたところで皇国兵に撃たれた。

    「動くな! 動いたら船長を殺す!」
    「船長を殺したら、お前も死ぬ」
    陸戦隊長の中尉は拳銃を片手に、岡村船長を盾にするモルネイと向き合う。

    一瞬の静寂の後、岡村船長は渾身の力でモルネイの腕を振り解く。
    中尉は一瞬の隙を突き、モルネイの胸部を狙撃した。

    「終わったか……」
    「はい、艦内のリンド兵は全て射殺したとの事です」
    「警戒は怠るな。まだどこかに潜んでいる敵兵が居るかも知れないからな」

    熱海丸の艦内戦闘は幕を閉じた。
    戦果は、熱海丸船員の負傷者2名、皇国軍の死者3名、負傷者8名。リンド海兵の死者42名であった。


    「灘潮へ通信、敵艦を砲撃、撃沈してくれと!」
    それからの戦闘は一方的に進んだ。
    灘潮の12.7cm砲に滅多撃ちされたフェーディン号は、満足な反撃も出来ぬまま船体が崩壊して沈没した。
    船から投げ出された“まだ息のある者”は、機銃掃射されて命を絶った。

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