リンド王国東部国境に近いポゼイユに建つポゼイユ城。
城という名前ではあるが、軍事的な価値は殆ど無い、貴族の館である。
「で、戦の方は?」
お茶を飲みつつ話し始めたのは、ポゼイユ侯爵リアン=シャニィ。名門ニュールモン家の若き女当主である。
戦況を聞かれた執事のサントは、一呼吸置いてから話し始めた。
「端的に言いますと、ダメですな」
「やっぱり……」
「しかし、想像以上にダメなようで……
なんでも、従来の十倍の威力と射程の大砲だとか、たった数分で数十人数百人を打ち倒す悪魔の銃だとか。
恐るべき威力の大砲を備えて戦竜を捻り潰す鉄の機械に、飛竜の数倍の速度で飛ぶ鉄の翼を持った機械とか。
……そういうものを敵国である皇国は持っているそうです」
「確かに、想像以上ね」
「あまりに突飛で……どの話が本当でどの話が嘘なのか見当もつきませんが、
かなりの誇張が含まれていることは事実でしょう。敗残兵の言い訳です。敵が強かったから負けたのだと」
「案外、全部本当の話かもしれないわよ?」
「まさか……それこそ本当に、神か悪魔の力でも借りねばとても」
「デュヴィ先生のお話によるとね、気球に動力をつければ風任せでなく進める飛行船が造れるんですって」
「またデュヴィ師のお話ですか。あの方のお話も、少し空想というか、妄想というか……」
馬鹿と天才は紙一重という言葉がこれ程似合う人物も居ないだろう。
「考えても見なさい。人類は、100年前には飛竜以外に自力で空を飛ぶことすらできなかったのに、
今では気球というものがあるわ。そして、いつかはもっと速く、自由に空を飛べるようになる。
ということは、飛竜より速く飛ぶ機械があっても不思議ではないんじゃない?」
「人間が飛竜より速く飛ぶなど、神がお許しなるでしょうか」
「偉大な神は寛大よ。きっとお許しになるわ。気球の時も、神は我らをお許し下さった。
そもそも、創造の神がお許しにならないものなら、初めから人間にお与えにならないはずよ?
良い事も悪い事も、全ては神が与えてくださったものでしょう?」
「楽観的なのですね」
「そうかしら?」
ユラ神は創造の神だ。人間が魔法に拠らずに作り出したものを認めないという理由は無い。
「リアン様は女性だというのに、何故そんなに気球だとか、
戦争だとか……それでお父上も大層悩まれたようですよ」
「文句は父様に言って欲しいわ。毎日のようにそんな話を聞かされていたし、
そもそもデュヴィ先生をお雇いになったのも父様だったじゃない。
私だって、ドレスを着て社交界に出ることは人並みにしていると思うけれど」
「まあ、確かにそうですが……」(まさに、あの親にしてこの子ありだな)
博識と言えば聞こえはいいが、実態は変人に近い。
デュヴィは水と薪あるいは木炭で馬の何倍もの仕事をこなす機械を研究している。
蒸気機関であるが、今までもボイラーの爆発事故で何度死にそうになった事か。
今でもぴんぴんして研究を続けているのが不思議なくらいである。
リアンは蒸気自動車の模型を見せられており、皇国軍の鉄甲車もそのようなものだろうと考えていた。
王国での人や荷物を載せて走れる大型の蒸気自動車の実用化も、確信しているくらいである。
特に、大型の蒸気自動車であれば確実に馬車を上回る輸送力が得られると、デュヴィから刷り込まれている。
問題は、道路の殆どが舗装されていないため、蒸気自動車は安定した走行が難しい事だが、
これは馬車でも同じだ。特に雨が降ってぬかるんだ道では、どんな車両も立ち往生する。
むしろパワーのある蒸気自動車の方が、馬車よりもぬかるみを抜けやすいだろう。
馬と違い、蒸気自動車は常時水を欲しがるが、大型の水槽を用意してやればいい。
何なら、水槽車を別途牽引するという手もある。
煤煙による煙害やボイラー爆発事故の危険性という問題はあるが、
今まで馬4頭で牽引していた大砲を自動車1台で牽引できる目途が付けば、十分な成果だろう。
実際、皇国軍はそうしているらしいのだから。
まだ現物は完成していないが、デュヴィは『5年以内に実現可能』として国王や軍に
資金援助を仰いでいるが、一部の物好きな貴族から百数十リルス程度の寄付や貸付が行われただけだ。
ポゼイユ侯爵であるリアンも、その物好きな貴族の1人である。
師であるデュヴィに対して、50リルスの無償援助を2年間、100リルス。
デュヴィの家の庭には、“機械の館”とでも言えるような巨大な蒸気機関が建造された。
井戸から水を汲み上げるポンプとして使うらしいが、いささかオーバースペックだ。
毎日大量の水を汲み上げては、その水で蒸気機関を動かして様々な実験をしている。
デュヴィの弟子の仕事は、薪と水の調達となった。
むせ返るほどの熱気の“機械の館”で、リアンは巨大な鉄の機械を恍惚とした表情で眺めていたのである。
皇国との接近を望む貴族は、リンド王国にも確実に存在した。
城という名前ではあるが、軍事的な価値は殆ど無い、貴族の館である。
「で、戦の方は?」
お茶を飲みつつ話し始めたのは、ポゼイユ侯爵リアン=シャニィ。名門ニュールモン家の若き女当主である。
戦況を聞かれた執事のサントは、一呼吸置いてから話し始めた。
「端的に言いますと、ダメですな」
「やっぱり……」
「しかし、想像以上にダメなようで……
なんでも、従来の十倍の威力と射程の大砲だとか、たった数分で数十人数百人を打ち倒す悪魔の銃だとか。
恐るべき威力の大砲を備えて戦竜を捻り潰す鉄の機械に、飛竜の数倍の速度で飛ぶ鉄の翼を持った機械とか。
……そういうものを敵国である皇国は持っているそうです」
「確かに、想像以上ね」
「あまりに突飛で……どの話が本当でどの話が嘘なのか見当もつきませんが、
かなりの誇張が含まれていることは事実でしょう。敗残兵の言い訳です。敵が強かったから負けたのだと」
「案外、全部本当の話かもしれないわよ?」
「まさか……それこそ本当に、神か悪魔の力でも借りねばとても」
「デュヴィ先生のお話によるとね、気球に動力をつければ風任せでなく進める飛行船が造れるんですって」
「またデュヴィ師のお話ですか。あの方のお話も、少し空想というか、妄想というか……」
馬鹿と天才は紙一重という言葉がこれ程似合う人物も居ないだろう。
「考えても見なさい。人類は、100年前には飛竜以外に自力で空を飛ぶことすらできなかったのに、
今では気球というものがあるわ。そして、いつかはもっと速く、自由に空を飛べるようになる。
ということは、飛竜より速く飛ぶ機械があっても不思議ではないんじゃない?」
「人間が飛竜より速く飛ぶなど、神がお許しなるでしょうか」
「偉大な神は寛大よ。きっとお許しになるわ。気球の時も、神は我らをお許し下さった。
そもそも、創造の神がお許しにならないものなら、初めから人間にお与えにならないはずよ?
良い事も悪い事も、全ては神が与えてくださったものでしょう?」
「楽観的なのですね」
「そうかしら?」
ユラ神は創造の神だ。人間が魔法に拠らずに作り出したものを認めないという理由は無い。
「リアン様は女性だというのに、何故そんなに気球だとか、
戦争だとか……それでお父上も大層悩まれたようですよ」
「文句は父様に言って欲しいわ。毎日のようにそんな話を聞かされていたし、
そもそもデュヴィ先生をお雇いになったのも父様だったじゃない。
私だって、ドレスを着て社交界に出ることは人並みにしていると思うけれど」
「まあ、確かにそうですが……」(まさに、あの親にしてこの子ありだな)
博識と言えば聞こえはいいが、実態は変人に近い。
デュヴィは水と薪あるいは木炭で馬の何倍もの仕事をこなす機械を研究している。
蒸気機関であるが、今までもボイラーの爆発事故で何度死にそうになった事か。
今でもぴんぴんして研究を続けているのが不思議なくらいである。
リアンは蒸気自動車の模型を見せられており、皇国軍の鉄甲車もそのようなものだろうと考えていた。
王国での人や荷物を載せて走れる大型の蒸気自動車の実用化も、確信しているくらいである。
特に、大型の蒸気自動車であれば確実に馬車を上回る輸送力が得られると、デュヴィから刷り込まれている。
問題は、道路の殆どが舗装されていないため、蒸気自動車は安定した走行が難しい事だが、
これは馬車でも同じだ。特に雨が降ってぬかるんだ道では、どんな車両も立ち往生する。
むしろパワーのある蒸気自動車の方が、馬車よりもぬかるみを抜けやすいだろう。
馬と違い、蒸気自動車は常時水を欲しがるが、大型の水槽を用意してやればいい。
何なら、水槽車を別途牽引するという手もある。
煤煙による煙害やボイラー爆発事故の危険性という問題はあるが、
今まで馬4頭で牽引していた大砲を自動車1台で牽引できる目途が付けば、十分な成果だろう。
実際、皇国軍はそうしているらしいのだから。
まだ現物は完成していないが、デュヴィは『5年以内に実現可能』として国王や軍に
資金援助を仰いでいるが、一部の物好きな貴族から百数十リルス程度の寄付や貸付が行われただけだ。
ポゼイユ侯爵であるリアンも、その物好きな貴族の1人である。
師であるデュヴィに対して、50リルスの無償援助を2年間、100リルス。
デュヴィの家の庭には、“機械の館”とでも言えるような巨大な蒸気機関が建造された。
井戸から水を汲み上げるポンプとして使うらしいが、いささかオーバースペックだ。
毎日大量の水を汲み上げては、その水で蒸気機関を動かして様々な実験をしている。
デュヴィの弟子の仕事は、薪と水の調達となった。
むせ返るほどの熱気の“機械の館”で、リアンは巨大な鉄の機械を恍惚とした表情で眺めていたのである。
皇国との接近を望む貴族は、リンド王国にも確実に存在した。