『ディギル海賊団』
東大陸では名を知らぬものは居ないと言われるほどの海賊団である。
目を付けられた船は軍艦であろうと只では済まないと言われる。
そのディギル海賊団が見つけた“獲物”が、皇国軍の仮装巡洋艦安国丸であった。
安国丸は本来リンド軍艦を釣り上げるのが目的で派遣されたのだが、本物の海賊と出遭ったのだ。
「お頭! あれは皇国船に間違いありませんぜ!」
「おう。それにしてもデカイ船だ。この前のよりさらにデカイ」
立派な軍服に身を包んでいる海軍の艦長とは違い、着古したシャツを身に纏うお頭――ディギル船長――は、
その鋭い目つきや立派な体格、体中にある傷跡から並みの海軍士官以上の威厳が漂う。
「目標は3マーシュで、逃げに入ってます!」
「この快速ディギル海賊団から逃げられると思っているのか! 追いかけるぞ! 面舵一杯!」
旗艦リバイド号に続き、2隻のスループ――ラジャタ号とレジシア号――もそれに従う。
安国丸では、先程から自艦を追尾してくるフリゲートの確認作業していた。
「あの旗はどこの国のものでも、軍のものでもない」
「だとすると海賊……でしょうな」
「うむ、ええと……あれは、ディギル? そう、ディギル海賊団というそうだ」
艦長は元世界では見たことも無い旗が羅列された資料に目を通しながら口にした。
ディギル海賊団と。
「ディギル海賊団?」
「この資料だけでは、名前と規模以外のことはわからん。
資料に載っているということはそれなりに有名な海賊なのだろう。
もう少し様子を見る。いつでも戦闘を始められるように準備をしておけ」
「了解」
「お頭、そろそろ獲物を射程に入れられますぜ」
「よし、全砲門開け! 威嚇射撃からだ、船体に当てるなよ!」
ディギルは興奮していた。
船を襲うときには気持ちが昂ぶるものだが、今回の獲物はあの“皇国”。
積荷はおろか、船自体にも相当の価値があるはずで、拿捕できればその利益は計り知れない。
しかも海賊団が所有する船の中で最も大型のリバイド号ですら小さな子供のように見えてしまうほどの超大型船である。
それに乗り込んで略奪するのだと思うと、武者震いが止まらない。
「敵が砲窓を開けた。速度を16ktに上げろ! こちらも攻撃準備!」
擬装された船体から姿を現したのは14cm単装砲が4門。40mm連装機関砲2基、12.7mm機銃12丁。
「お頭、奴ら武器を持ってます。ハメられた!」
気付いたときにはもう遅い。
安国丸は14cm砲と40mm機関砲で先頭を進むリバイド号を攻撃する。
距離は約2000m。必中距離だ。
大量の砲弾を受けたリバイド号は穴だらけで、甲板上は船員の血に染まっていた。
程なく、マストが折れたリバイド号は速度を失っていく。
付き従っていたラジャタ号とレジシア号も、反撃する間もなく安国丸のゼロ距離射撃に沈黙した。
30分程で、3隻の海賊船は完全に停止し、波間を漂うのみになってしまった。
「接舷して敵船を拿捕しろ。相手が海賊なら下っ端は殺してもいいが、
船長は殺すな。何か情報を持っているかもしれん」
この世界では慣習法として、正規軍の将兵であれば降伏した場合捕虜として扱われる権利があるが、
海賊のような非合法の組織の場合はその限りではない。その場で即殺されても文句は言えないのである。
「海賊を捕まえたとなれば、賞金が出るかもしれないですね」
「皮算用はよせ。もし賞金が出るとしても、それは結果であって目的ではない。
そもそも、我々の本来の目的は海賊狩りではないのだしな」
海賊狩りは勿論海軍の任務であるが、少なくとも安国丸の任務としては、それは従であり主ではない。
あくまでもリンド王国正規軍の戦列艦なりフリゲートを釣り上げるのが、安国丸の本来の任務なのである。
リバイド号に接舷した安国丸から、海兵隊1個小隊が移乗する。
安国丸はその任務の性質上、臨時編成の陸戦隊ではなく専門の海兵隊を乗せている。
安国丸は後続の2隻に対しても接舷し、それぞれ1個小隊の海兵を乗り込ませる。
リバイド号に乗り込んだ海兵隊は手際良く船内各所を制圧し、後甲板の艦橋に居た船長と思しき人物を確保した。
「中尉。敵船長、船員の無力化、完了しました」
「よし、船長と会わせろ」
「はい!」
「お前が船長か?」
童話に出てくる海賊のような風貌の体格の良い男に、海兵中尉は訊ねた。
「俺を知らないのか? 俺の名はディギル! この海賊団の頭領よ!」
「そうか、では国際海洋法も知っているな?」
「海賊は皆殺しなんて法、悪趣味だぜ」
捕らえられて両手を後ろ手に縛られているディギルは、だが強気な態度を崩さない。
全く悪びれた様子の無いディギルに対して、海兵中尉は淡々と対応する。
「海賊稼業の方が、余程悪趣味だ。さて、本題に入ろう。
貴様等、皇国船に的を絞って襲っている海賊か?」
「海賊ってのは風の吹くまま気の向くまま、目に付いた船は分け隔てなく襲うもんだぜ」
「ほう、ではリンド王国の商船も、目に付いたら襲うんだな?」
「当然だぜ。俺達海賊に対して安全な船なんてもんは無ぇ」
「では、これは何だ?」
そう言って海兵中尉が見せたのは、ディギルから没収した拳銃。
それは正に、FN-M1910拳銃であった。
「たまたま襲った船の船長が持ってたんだ」
皇国商船の船員は、海賊対策として拳銃の携行が許可されている。
この拳銃は恐らく、襲われた船の船長の私物だったのだろう。
「中尉、宜しいでしょうか?」
船内を捜索していた海兵が、小隊長を呼び止めた。
海兵の手には何かが握られている。
「これは、皇国の煙草です」
「こっちには皇国の酒瓶が」
「そうか……」
つまり、ディギル海賊団に襲われた皇国船がいるという事だ。
「中尉、船長室の奥から、こんなものが……」
「何、見せてみろ。これは……」
海兵は、一通の文書を持ってきた。
リンド文字に精通している訳ではないが、全く読めないわけ
ではない中尉は、その内容を半分程度だが理解した。
ディギル海賊団は、リンド王国の私掠許可証を持っていたのだ。
「この文書は何だ。リンド船も襲うんじゃなかったのか?」
「俺達ゃ、リンド人だからなぁ……」
「それが答えか?」
「昔はリンドの船も襲ってたが、リンド海軍に目を付けられてこのザマよ」
「それでリンド王国の忠犬になったのか」
「そうだよ! そもそも元海賊の俺達に、日の当たる職なんか無ぇ。
海賊を続けるためには、仕方無かったんだ」
「文書には皇国船を襲えと書いてあるが、この件に関しては?」
「皇国船の場合、実入りが良いんだ。武器や機械は、他の国の船の10倍くらいで、リンド国王が買い取ってくれる」
「襲った皇国船と、その乗組員はどうした?」
「…………」
「答えろ!」
「あいつ等が悪いんだぞ。俺達ゃ、別に殺しが好きでやってるわけじゃねえ。
やつ等は、拿捕されたくせに俺達の命令に従わなかった。だから皆殺しにして、船も沈めた」
「……!!」
中尉は、鬼のような形相でディギルを見つめた。
理性が無ければ、持っている拳銃でディギルを射殺していただろう。
「待て! リンド国王からの命令なんだぜ。拿捕してリンドの港に連れ帰れない場合は、船を沈めろって」
「国王からの……命令だと?」
「そうだよ。その文書の一番下のは、国王の直筆だよ」
つまり勅令という訳だ。
「そうか、解った……。
貴様等はこれからユラ神国に居る我々の捕虜収容船に移送される。
そこで裁判を行い、判決に従って刑罰が下される。
今の私と貴様の遣り取りは、証言として証拠の一部になるからそのつもりで」
「ま、待て……皇国の裁判って何だ!」
「心配するな。死刑判決が出ても、生きたまま火炙り等にはしないからな」
「そうじゃねぇ! 誰が裁判するんだ?」
「全権大使の下、派遣されている我が国の裁判官が行う。弁護人も付くぞ」
「弁護人だと? 笑わせるぜ。何を弁護してくれるんだ?」
「それはプロの弁護士が考える事だ」
「どうせ処刑されるなら、いっそ今撃ち殺して欲しいくらいだぜ」
「わからんぞ。貴様等がリンド王国に対して重要な情報でも提供すれば、
恩赦で減刑される可能性もある。そうしたら死刑でなくなるかも知れん」
「ふん、どうだかね」
「捕虜は全員拘束の上、猿轡を噛ませておけ」
「はっ!」
中尉は自殺防止の命令まで出して、海賊の捕虜を全員安国丸に移送した。
ディギル海賊団の一件は、皇国政府の対リンド感情を険悪にさせた。
リンド王国が海賊を雇って皇国船を襲わせたわけだから、当然だろう。
それまでは、政府も軍も国民も「外交の延長としての戦争」だと認識していた。
つまり、制服を着た正規軍人による、正々堂々の戦である。
しかし、こうなると単なる「外交」ではなく「懲罰」としての戦争に発展しかねない。
皇国政府では「直ちに報復攻撃をすべきだ」という論が主流となりつつあった。
第一航空艦隊を派遣して主要都市を灰に! などという極論もあったが、
「油……」
の一言で派遣される船は旧式戦艦畝傍と金峰、護衛の旧式駆逐艦4隻に決まった。
石炭で動く戦艦二隻であれば、重油やガソリンの消費を最小限に抑えられる。
しかも戦艦であるから火力は十分。万一喪失しても痛くない旧式艦。
標的にされたのは港湾都市メッソール。リンド王国最大の貿易港がある都市である。
リンド王国に対し、1週間以内に皇国への謝罪と賠償を行わない場合、
メッソール港の沿岸要塞と停泊中の船舶を攻撃する旨を打診した。
「ディギルの奴らめ、ヘマをしおって……」
リンド王国では、皇国の要求に対し、断固拒否の意見が大勢を占めていた。
「しかし、呑まなければメッソール港を攻撃すると言っている。そうなれば一大事ですぞ」
今まで、皇国とリンド王国の戦争はユラ神国を経由しての陸戦が主で、リンド王国の港が標的になる事はなかった。
皇国がリンド海軍を追い払った後、リンド王国の港をそのまま使えるようにわざと攻撃を手控えていた面もあるが、
どちらにせよ、リンド王国は無傷の港を経由して同盟国や友好国からの戦略物資獲得に成功していた。
それが、リンド王国が今も劣勢な戦争を粘り続けられる原動力となっている。
リンド王国海運貿易量の4割近くを賄うメッソールを攻撃されるとなれば、一大事である。
「主要な戦列艦もフリゲートも殆どが皇国船狩りに出撃中。これでどうやって港を守るか」
「沿岸砲台と、飛竜しかあるまい」
「沿岸砲台は射程が足りない。飛竜は……この国全体で残り何騎だね?」
「おそらく500騎もいないかと」
事実だった。この時点でリンド王国に存在する戦闘用飛竜は全部で733騎。
うち255騎は負傷しており、実働飛竜は478騎であった。
開戦時には3361騎居た、誇り高き王国軍飛竜隊の末路であった。
「少なくとも60騎は王都防衛に必要だ。さらに360騎程度は各戦線の偵察、爆撃任務に必要。
これは本当に必要な最低限の数なので、実際に必要な数はもっと多いが……
それで、残りの数十騎をメッソールに向かわせるか?」
「勝算があるならば……」
「何をもって我々の勝ちとするかだ。敵に何らかの被害を与えれば良いというのなら、勝算はある。
だが、敵を追い返すことを我々の勝ちとするなら、勝算は殆ど無いだろう」
その言葉に、出席者の多くが不満げだ。当然、敵を追い返すことが求められているのだから。
「ユラの沖に投錨している皇国の大型甲鉄艦を見たものは居るか?」
質問に手を上げたものは一人も居ない。
「そうか。これがその軍艦の絵だ。これで全長は65シンク程だそうだ」
各々がその絵を眺め、隣の人に渡していく。
そして、リューム沖海戦の敗北は必然だったのだと思い当たるようになる。
たった数枚の絵ではあるが、明らかに“強さ”というものが感じ取れた。
こんなに巨大な鉄の塊が本当に浮くのか? と半信半疑の者もいたが。
「メッソールを攻撃するとなると、この艦が出てくる可能性が高い」
「何故分かる? 皇国の本国艦隊がやってくる可能性も否定できないのでは?」
「今までの全ての戦争についてだが、皇国は本国の主力艦隊を一度も動かしていないらしい」
事実だった。実際、第一艦隊も、第一航空艦隊も、転移以降は外征していない。
リンド戦に派遣された第三航空戦隊が、おそらく皇国が派遣した最大規模の戦力だろう。
つまり、ライランス王国やリンド王国を始め、今まで皇国に敗北してきた海軍は、
敵の主力と戦って負けたのではなく一段劣る戦力に負けた事になる。
「それが事実ならば、こちらは助かるが……我々も舐められたものですな」
皇国本国には、ユラ沖に停泊しているものの数倍の戦力が存在している
という情報は、不確定情報とされながらもリンド王国に存在していた。
実際は、主力艦隊を“出さない”のではなく“出せない(燃料事情のため)”というのが事実だったが。
「しかし、何もせずに手を拱いているというわけにも行かない……国家や軍の面子にも関わる。
いっそのこと錨泊中の今、奇襲的に攻撃してはどうだろう?」
「皇国艦が停泊しているのはユラの領海だ。それをやると、我々はユラ海軍とも戦争をせざるを得なくなる」
今までは全て公海か、リア公国かリンド王国の領土あるいは領海内での戦闘だった。
ユラ神国の領海内でリンド王国が戦闘行為を行えば、ユラ神国海軍とて重い腰を上げざるを得なくなる。
沈黙を保っていたユラ神国海軍が本格的に攻め上ってくると、本土防衛戦力の激減しているリンド王国海軍は分が悪すぎる。
「メッソール沖に水雷を撒くというのはどうだろう」
「民間の貿易船も通れなくなるぞ」
「この際仕方が無い。民間船の航路とは別の場所に、
1週間で可能な限り水雷を撒いて、事が済んだら回収だ」
「敵を水雷原におびき寄せるために、飛竜の攻撃も加えよう」
ここで言う“水雷”とは、中空の鉄製の球体に鉄製の棘を付けたものである。1m程度の深度で安定し、爆発するものではない。
船がある程度の速度でこの“水雷”にぶつかればそこに穴が開き、浸水するというものである。
「では、そのように取り計らおう」
規定の1週間が経過した頃、畝傍と金峰はメッソール沖の射撃地点まであと5kmといった所を航海していた。
周囲には旧式の艦隊駆逐艦が4隻、輪形陣で畝傍と金峰を護衛している。
合計6隻の艦隊(小隊)であるが、致命的なのは全ての艦について索敵用のレーダーが
搭載されていない(逆探すら搭載されていなかったが、この世界では電波を使った機器
など存在しないため、未装備でも不利にならなかったのは救いである)ことだった。
故に、飛竜の発見が遅れた。
「右舷30度より、飛行物体!」
「飛竜か? 距離と数は!?」
「距離は約8000m、数は20騎! おそらく全て爆装飛竜!」
艦隊がリンド王国の飛竜部隊を発見した時、その距離は既に10kmを切っていた。
戦闘機よりもやや大型な程度で、表皮の色が薄青色の“迷彩色”で、しかも飛行中も
殆ど無音の飛竜を、双眼鏡程度の補助具のみで発見するのは、難しいのだ。
8000mという遠距離で飛竜を発見できたのは素晴らしい結果とも言えた。
「速度を18ktに上げろ! 対空射撃開始!」
旧式戦艦に無理矢理高角砲と対空機銃を増設した故、畝傍型戦艦にはやっつけ程度の防空指揮所しか存在しない。
防空指揮官も、専門の防空長が配置されるのではなく艦長の兼任である。当然、防空戦の効率は落ちる。
新型戦艦や新型空母等で装備される電探連動射撃など夢のまた夢。効果的な弾幕を張るのも精一杯だ。
しかも、対空火器そのものの数も少ない。畝傍と金峰合わせても、12.7cm高角砲8門に20mm機銃32門。
護衛の駆逐艦に至っては、4隻合わせても20mm機銃16門のみ(高角砲は装備していない)である。
駆逐艦の12.7cm砲は一応、対空射撃も可能であったが、基本的に平射砲であるため効果的な弾幕を張る事はできない。
艦隊合計で、12.7cm高角砲8門に、20mm機銃48門。しかも数がある20mm機銃は個艦防御用で、射程も短い。
これでは遠距離で仕留める事は困難だ。最低でも20門程度の高角砲が無ければ、効果的な弾幕にならない。
飛竜との距離はどんどん縮まっていく。
「1騎も落とせないか……直掩戦闘機さえあればなんて事無い数なんだが」
飛竜は散開しつつ、回避行動を取りながら接近してくるためお世辞にも
追従性が良いとは言えない旧式の高角砲では撃ち損じが続いている。
ユラ神国に展開している戦闘機は、全てリンド王国主力部隊との戦闘に
投入されているため、このような作戦に参加する余裕は
無かったし、何より航続距離が足りなかった。
水上機の1機でも搭載していれば追い払えたかもしれないが、
あいにく畝傍も金峰も水上機の搭載はしていなかった。
水上機母艦は、間が悪い事に修理中だった。
畝傍と金峰は、主砲と副砲に対空用にも使える榴弾を装備していた(今回の作戦では、砲弾の
6割が榴弾、2割が焼夷榴散弾、徹甲弾は2割である)が、仰角が足りずに撃つ事ができないでいた。
撃てたとしても、遠距離での1、2撃に貢献する程度で、近距離の
間合いでは追従性の問題で使えないことには変わりないが。
既に、飛竜の全騎が20mm機銃の射程内である。
今度は先程のちびちびとした高角砲射撃とは違い、全艦から雨霰と機銃弾がそそがれる。
だが、各銃座がバラバラに射撃を行う、統制された射撃とは言いがたい対空射撃では効果の程は少ない。
「7騎撃墜!」
待望の戦果であったが、それまでだった。
13騎の飛竜が、輪形陣の中心に位置し准将旗を掲げる畝傍に殺到し、
各々が20kg爆弾と数個の手榴弾を落としていったのだ。
「被害は!」
「爆弾7発と手榴弾24発を受け、右舷を中心に被害がありました。高角砲1門と連装機銃座が2つやられました。
17名の死亡を確認。負傷者は重軽傷者合わせて50名以上に上る模様」
「そうか。負傷者の手当てと、機銃座の応急修理を迅速にな」
「はっ!」
飛竜による空襲は、誰もが予想はしていた。
なにせ、こちらは攻める時と場所を公表しているのだから。
だが、戦闘機による直掩が望めない状況では個艦の対空射撃を頑張る以上のことは出来ないのも事実だった。
先の飛竜の襲撃では、飛竜の帰り際にさらに5騎を墜としたので、戦果は12騎になる。
その襲撃から10分が経った頃。メッソール沖の射点に着こうとしていた矢先であった。
「右舷90度より、飛行物体!」
「また飛竜か?」
「はっ! 今度は24騎!」
「対空射撃開始!」
艦隊は回避運動を取りながら対空射撃に専念する。
皆、空を見上げているのだ。当然、海中に潜む“モノ”のことなど、想像だにしない。
異変が起こったのは飛竜を発見してから2分後だった。
前方を進んでいた駆逐艦蓬の速度が18ktから急に10ktに落ちたのだ。
「蓬より入電。我、触雷せり」
「触雷だと!?」
「蓬は浸水している模様です。艦首が少し沈んでいます」
「このままでは蓬に衝突する。全艦、取り舵一杯!」
「蓼より入電!」
「今度は何だ?」
「はっ。触雷のようです」
「またか! まんまと機雷原に誘い込まれたという事か……」
小隊司令の准将は、薄ら寒い予感がした。
「敵飛竜2騎撃墜!」
「残り22騎か……畝傍には来んのか?」
「12騎が蓬に、10騎が蕨に向かいます!」
飛竜はまだダメージの無い小型艦――葦と蕨――に狙いを定めたのだ。
畝傍と金峰は手に余ると踏んでのことだろう。
この2隻は、というより随伴している4隻の駆逐艦は、艦隊型としては最小の1000tクラスの旧式艦である。
武装は12.7cm単装砲3基に、20mm連装機銃2基、53.3cm連装魚雷発射管2基(ただし、今回の作戦では魚雷は搭載していない)。
主砲は最大仰角70度で、対空射撃も一応可能だが、弾丸の装填時には
砲の角度を水平近くまで戻す必要があるため、断続的な対空射撃は不可能。
その上、防空指揮所も存在しないのだから、対空戦闘力は殆どゼロに等しかった。
そこを狙われた。
「葦、爆弾3発を被弾! さらに手榴弾7発を被弾した模様!」
「蕨、爆弾5発と手榴弾10発を被弾!」
「葦より入電。我、触雷せり」
「蕨より入電。爆撃により艦橋中破。艦長負傷にて先任将校が指揮を続行せり」
旗艦畝傍の司令塔には残酷な現実が突きつけられていた。
「飛竜は!?」
「さらに5騎墜としましたが、爆撃を終えて逃げ帰っていきます」
「そうなると今は機雷が問題だ……おそらく敵は沖に機雷を敷設したのだろう。
機雷を避けるには敵の沿岸砲台の射程内に入る必要がある。座礁の危険も増える」
「航路を機銃掃射しながら進みますか?」
「それでは、更なる飛竜の襲撃に遭った時の弾薬が不安だ。触雷……と言いながら、
水柱は立たなかった。ということは、敵の機雷は爆発しないタイプなのだろう」
「喫水線下に穴を開けるだけということですね。
確かに、爆発されていたら1000t級の旧式駆逐艦など一発で沈没でしょうな」
「駆逐艦は、航行に支障は無いのか?」
「全艦10ktから12kt程度に速度は落ちましたが、航行は可能だそうです。
艦首に少し穴が開いただけで機関は無事ですから、30分の応急修理で
18kt程度には回復する見込みで、ユラまで辿り着ければ、工作艦もあります。
葦と蕨の損害も見た目程酷くなく、航行に支障は無い程度だそうですから」
「よし。では駆逐隊は4隻全てユラに撤退だ。残りの任務は畝傍と金峰のみでやる。
遣ユラ艦隊司令長官に応援を寄越して欲しいと打電しろ。海防艦4隻で撤退掩護して欲しいと」
「しかし、それでは畝傍と金峰の護衛が……」
「小型の老朽艦とはいえ貴重な艦隊型駆逐艦だ。東大陸方面艦隊の貴重な、な。ここで無理して沈める必要は無い。
畝傍と金峰は曲がりなりにも戦艦だ。そう簡単に沈没はしない。畝傍の被害は軽微で、金峰は無傷だ」
駆逐隊の撤退を確認すると、畝傍と金峰の2隻は、低速で機雷原を避けながら約30分で射点に着いた。
速力を12ktに上げて畝傍を先頭に、左舷にリンド王国の国土を見る形に進んでいく。
陸地からの距離5000m。リンド軍沿岸砲台の限界射程を超えている。
「左舷対地砲戦準備!」
「敵、沿岸砲台発砲!」
准将の対地戦闘準備命令とほぼ同時に、リンド軍陣地の数箇所から砲煙が上がった。
「敵弾8発、弾着! いずれも本艦の手前1800mから2000m程度です」
「安心しろ。この距離では敵弾は届かないし、届いたとしてもこちらの装甲は9インチのクルップ鋼だ。
だが油断は禁物だな。まずは沿岸砲台から黙らせる。両艦、砲撃始め!」
と、まだ畝傍も金峰も一発も撃っていないのに、リンド砲台の一部が爆発した。
砲弾を畝傍に届かせるため、装薬の量を目一杯増やした結果、砲身が破裂したのだ。
「敵砲台、どうしたんでしょうか。自爆でしょうか?」
「分からんが、まだ砲台は残っている。全力で破壊しろ」
その後20分で、畝傍と金峰は主砲と副砲を存分に使ってリンド王国メッソール近隣の沿岸砲台を一掃した。
司令は標的を港湾部に向ける。
明らかに軍とは無関係な民間船を攻撃するのは心が痛むが、これも命令である。
皇国の民間輸送船を攻撃し、船員を虐殺した海賊を支援していた国家に対する報復なのである。
攻撃場所と日時は予め告知しており、それでも避難しない船がいたら、それはその船の船長(或いは船主)か、
港に避難勧告を出さなかったリンド王国が悪いのだ……と思うようにして、命令を発する。
「主砲、副砲は榴弾、焼夷榴散弾攻撃を行え。港に停泊中の船は全て焼き払え」
焼夷榴散弾は木造船に効果的の一言であった。
広範囲の標的を一斉に炎上させ、水をかけたくらいで火は消えない。
標的になった船は灰になるまで燃え続けるしかないのだ。
港には火災旋風が巻き起こっていた。
それがさらに火災を延焼させ、炎の柱は夜になっても赤々と港を照らし出す事になる。
結局、それ以上の飛竜の襲撃も触雷も無く、畝傍と金峰、そして4隻の駆逐艦は無事にユラの港へと帰還した。
東大陸では名を知らぬものは居ないと言われるほどの海賊団である。
目を付けられた船は軍艦であろうと只では済まないと言われる。
そのディギル海賊団が見つけた“獲物”が、皇国軍の仮装巡洋艦安国丸であった。
安国丸は本来リンド軍艦を釣り上げるのが目的で派遣されたのだが、本物の海賊と出遭ったのだ。
「お頭! あれは皇国船に間違いありませんぜ!」
「おう。それにしてもデカイ船だ。この前のよりさらにデカイ」
立派な軍服に身を包んでいる海軍の艦長とは違い、着古したシャツを身に纏うお頭――ディギル船長――は、
その鋭い目つきや立派な体格、体中にある傷跡から並みの海軍士官以上の威厳が漂う。
「目標は3マーシュで、逃げに入ってます!」
「この快速ディギル海賊団から逃げられると思っているのか! 追いかけるぞ! 面舵一杯!」
旗艦リバイド号に続き、2隻のスループ――ラジャタ号とレジシア号――もそれに従う。
安国丸では、先程から自艦を追尾してくるフリゲートの確認作業していた。
「あの旗はどこの国のものでも、軍のものでもない」
「だとすると海賊……でしょうな」
「うむ、ええと……あれは、ディギル? そう、ディギル海賊団というそうだ」
艦長は元世界では見たことも無い旗が羅列された資料に目を通しながら口にした。
ディギル海賊団と。
「ディギル海賊団?」
「この資料だけでは、名前と規模以外のことはわからん。
資料に載っているということはそれなりに有名な海賊なのだろう。
もう少し様子を見る。いつでも戦闘を始められるように準備をしておけ」
「了解」
「お頭、そろそろ獲物を射程に入れられますぜ」
「よし、全砲門開け! 威嚇射撃からだ、船体に当てるなよ!」
ディギルは興奮していた。
船を襲うときには気持ちが昂ぶるものだが、今回の獲物はあの“皇国”。
積荷はおろか、船自体にも相当の価値があるはずで、拿捕できればその利益は計り知れない。
しかも海賊団が所有する船の中で最も大型のリバイド号ですら小さな子供のように見えてしまうほどの超大型船である。
それに乗り込んで略奪するのだと思うと、武者震いが止まらない。
「敵が砲窓を開けた。速度を16ktに上げろ! こちらも攻撃準備!」
擬装された船体から姿を現したのは14cm単装砲が4門。40mm連装機関砲2基、12.7mm機銃12丁。
「お頭、奴ら武器を持ってます。ハメられた!」
気付いたときにはもう遅い。
安国丸は14cm砲と40mm機関砲で先頭を進むリバイド号を攻撃する。
距離は約2000m。必中距離だ。
大量の砲弾を受けたリバイド号は穴だらけで、甲板上は船員の血に染まっていた。
程なく、マストが折れたリバイド号は速度を失っていく。
付き従っていたラジャタ号とレジシア号も、反撃する間もなく安国丸のゼロ距離射撃に沈黙した。
30分程で、3隻の海賊船は完全に停止し、波間を漂うのみになってしまった。
「接舷して敵船を拿捕しろ。相手が海賊なら下っ端は殺してもいいが、
船長は殺すな。何か情報を持っているかもしれん」
この世界では慣習法として、正規軍の将兵であれば降伏した場合捕虜として扱われる権利があるが、
海賊のような非合法の組織の場合はその限りではない。その場で即殺されても文句は言えないのである。
「海賊を捕まえたとなれば、賞金が出るかもしれないですね」
「皮算用はよせ。もし賞金が出るとしても、それは結果であって目的ではない。
そもそも、我々の本来の目的は海賊狩りではないのだしな」
海賊狩りは勿論海軍の任務であるが、少なくとも安国丸の任務としては、それは従であり主ではない。
あくまでもリンド王国正規軍の戦列艦なりフリゲートを釣り上げるのが、安国丸の本来の任務なのである。
リバイド号に接舷した安国丸から、海兵隊1個小隊が移乗する。
安国丸はその任務の性質上、臨時編成の陸戦隊ではなく専門の海兵隊を乗せている。
安国丸は後続の2隻に対しても接舷し、それぞれ1個小隊の海兵を乗り込ませる。
リバイド号に乗り込んだ海兵隊は手際良く船内各所を制圧し、後甲板の艦橋に居た船長と思しき人物を確保した。
「中尉。敵船長、船員の無力化、完了しました」
「よし、船長と会わせろ」
「はい!」
「お前が船長か?」
童話に出てくる海賊のような風貌の体格の良い男に、海兵中尉は訊ねた。
「俺を知らないのか? 俺の名はディギル! この海賊団の頭領よ!」
「そうか、では国際海洋法も知っているな?」
「海賊は皆殺しなんて法、悪趣味だぜ」
捕らえられて両手を後ろ手に縛られているディギルは、だが強気な態度を崩さない。
全く悪びれた様子の無いディギルに対して、海兵中尉は淡々と対応する。
「海賊稼業の方が、余程悪趣味だ。さて、本題に入ろう。
貴様等、皇国船に的を絞って襲っている海賊か?」
「海賊ってのは風の吹くまま気の向くまま、目に付いた船は分け隔てなく襲うもんだぜ」
「ほう、ではリンド王国の商船も、目に付いたら襲うんだな?」
「当然だぜ。俺達海賊に対して安全な船なんてもんは無ぇ」
「では、これは何だ?」
そう言って海兵中尉が見せたのは、ディギルから没収した拳銃。
それは正に、FN-M1910拳銃であった。
「たまたま襲った船の船長が持ってたんだ」
皇国商船の船員は、海賊対策として拳銃の携行が許可されている。
この拳銃は恐らく、襲われた船の船長の私物だったのだろう。
「中尉、宜しいでしょうか?」
船内を捜索していた海兵が、小隊長を呼び止めた。
海兵の手には何かが握られている。
「これは、皇国の煙草です」
「こっちには皇国の酒瓶が」
「そうか……」
つまり、ディギル海賊団に襲われた皇国船がいるという事だ。
「中尉、船長室の奥から、こんなものが……」
「何、見せてみろ。これは……」
海兵は、一通の文書を持ってきた。
リンド文字に精通している訳ではないが、全く読めないわけ
ではない中尉は、その内容を半分程度だが理解した。
ディギル海賊団は、リンド王国の私掠許可証を持っていたのだ。
「この文書は何だ。リンド船も襲うんじゃなかったのか?」
「俺達ゃ、リンド人だからなぁ……」
「それが答えか?」
「昔はリンドの船も襲ってたが、リンド海軍に目を付けられてこのザマよ」
「それでリンド王国の忠犬になったのか」
「そうだよ! そもそも元海賊の俺達に、日の当たる職なんか無ぇ。
海賊を続けるためには、仕方無かったんだ」
「文書には皇国船を襲えと書いてあるが、この件に関しては?」
「皇国船の場合、実入りが良いんだ。武器や機械は、他の国の船の10倍くらいで、リンド国王が買い取ってくれる」
「襲った皇国船と、その乗組員はどうした?」
「…………」
「答えろ!」
「あいつ等が悪いんだぞ。俺達ゃ、別に殺しが好きでやってるわけじゃねえ。
やつ等は、拿捕されたくせに俺達の命令に従わなかった。だから皆殺しにして、船も沈めた」
「……!!」
中尉は、鬼のような形相でディギルを見つめた。
理性が無ければ、持っている拳銃でディギルを射殺していただろう。
「待て! リンド国王からの命令なんだぜ。拿捕してリンドの港に連れ帰れない場合は、船を沈めろって」
「国王からの……命令だと?」
「そうだよ。その文書の一番下のは、国王の直筆だよ」
つまり勅令という訳だ。
「そうか、解った……。
貴様等はこれからユラ神国に居る我々の捕虜収容船に移送される。
そこで裁判を行い、判決に従って刑罰が下される。
今の私と貴様の遣り取りは、証言として証拠の一部になるからそのつもりで」
「ま、待て……皇国の裁判って何だ!」
「心配するな。死刑判決が出ても、生きたまま火炙り等にはしないからな」
「そうじゃねぇ! 誰が裁判するんだ?」
「全権大使の下、派遣されている我が国の裁判官が行う。弁護人も付くぞ」
「弁護人だと? 笑わせるぜ。何を弁護してくれるんだ?」
「それはプロの弁護士が考える事だ」
「どうせ処刑されるなら、いっそ今撃ち殺して欲しいくらいだぜ」
「わからんぞ。貴様等がリンド王国に対して重要な情報でも提供すれば、
恩赦で減刑される可能性もある。そうしたら死刑でなくなるかも知れん」
「ふん、どうだかね」
「捕虜は全員拘束の上、猿轡を噛ませておけ」
「はっ!」
中尉は自殺防止の命令まで出して、海賊の捕虜を全員安国丸に移送した。
ディギル海賊団の一件は、皇国政府の対リンド感情を険悪にさせた。
リンド王国が海賊を雇って皇国船を襲わせたわけだから、当然だろう。
それまでは、政府も軍も国民も「外交の延長としての戦争」だと認識していた。
つまり、制服を着た正規軍人による、正々堂々の戦である。
しかし、こうなると単なる「外交」ではなく「懲罰」としての戦争に発展しかねない。
皇国政府では「直ちに報復攻撃をすべきだ」という論が主流となりつつあった。
第一航空艦隊を派遣して主要都市を灰に! などという極論もあったが、
「油……」
の一言で派遣される船は旧式戦艦畝傍と金峰、護衛の旧式駆逐艦4隻に決まった。
石炭で動く戦艦二隻であれば、重油やガソリンの消費を最小限に抑えられる。
しかも戦艦であるから火力は十分。万一喪失しても痛くない旧式艦。
標的にされたのは港湾都市メッソール。リンド王国最大の貿易港がある都市である。
リンド王国に対し、1週間以内に皇国への謝罪と賠償を行わない場合、
メッソール港の沿岸要塞と停泊中の船舶を攻撃する旨を打診した。
「ディギルの奴らめ、ヘマをしおって……」
リンド王国では、皇国の要求に対し、断固拒否の意見が大勢を占めていた。
「しかし、呑まなければメッソール港を攻撃すると言っている。そうなれば一大事ですぞ」
今まで、皇国とリンド王国の戦争はユラ神国を経由しての陸戦が主で、リンド王国の港が標的になる事はなかった。
皇国がリンド海軍を追い払った後、リンド王国の港をそのまま使えるようにわざと攻撃を手控えていた面もあるが、
どちらにせよ、リンド王国は無傷の港を経由して同盟国や友好国からの戦略物資獲得に成功していた。
それが、リンド王国が今も劣勢な戦争を粘り続けられる原動力となっている。
リンド王国海運貿易量の4割近くを賄うメッソールを攻撃されるとなれば、一大事である。
「主要な戦列艦もフリゲートも殆どが皇国船狩りに出撃中。これでどうやって港を守るか」
「沿岸砲台と、飛竜しかあるまい」
「沿岸砲台は射程が足りない。飛竜は……この国全体で残り何騎だね?」
「おそらく500騎もいないかと」
事実だった。この時点でリンド王国に存在する戦闘用飛竜は全部で733騎。
うち255騎は負傷しており、実働飛竜は478騎であった。
開戦時には3361騎居た、誇り高き王国軍飛竜隊の末路であった。
「少なくとも60騎は王都防衛に必要だ。さらに360騎程度は各戦線の偵察、爆撃任務に必要。
これは本当に必要な最低限の数なので、実際に必要な数はもっと多いが……
それで、残りの数十騎をメッソールに向かわせるか?」
「勝算があるならば……」
「何をもって我々の勝ちとするかだ。敵に何らかの被害を与えれば良いというのなら、勝算はある。
だが、敵を追い返すことを我々の勝ちとするなら、勝算は殆ど無いだろう」
その言葉に、出席者の多くが不満げだ。当然、敵を追い返すことが求められているのだから。
「ユラの沖に投錨している皇国の大型甲鉄艦を見たものは居るか?」
質問に手を上げたものは一人も居ない。
「そうか。これがその軍艦の絵だ。これで全長は65シンク程だそうだ」
各々がその絵を眺め、隣の人に渡していく。
そして、リューム沖海戦の敗北は必然だったのだと思い当たるようになる。
たった数枚の絵ではあるが、明らかに“強さ”というものが感じ取れた。
こんなに巨大な鉄の塊が本当に浮くのか? と半信半疑の者もいたが。
「メッソールを攻撃するとなると、この艦が出てくる可能性が高い」
「何故分かる? 皇国の本国艦隊がやってくる可能性も否定できないのでは?」
「今までの全ての戦争についてだが、皇国は本国の主力艦隊を一度も動かしていないらしい」
事実だった。実際、第一艦隊も、第一航空艦隊も、転移以降は外征していない。
リンド戦に派遣された第三航空戦隊が、おそらく皇国が派遣した最大規模の戦力だろう。
つまり、ライランス王国やリンド王国を始め、今まで皇国に敗北してきた海軍は、
敵の主力と戦って負けたのではなく一段劣る戦力に負けた事になる。
「それが事実ならば、こちらは助かるが……我々も舐められたものですな」
皇国本国には、ユラ沖に停泊しているものの数倍の戦力が存在している
という情報は、不確定情報とされながらもリンド王国に存在していた。
実際は、主力艦隊を“出さない”のではなく“出せない(燃料事情のため)”というのが事実だったが。
「しかし、何もせずに手を拱いているというわけにも行かない……国家や軍の面子にも関わる。
いっそのこと錨泊中の今、奇襲的に攻撃してはどうだろう?」
「皇国艦が停泊しているのはユラの領海だ。それをやると、我々はユラ海軍とも戦争をせざるを得なくなる」
今までは全て公海か、リア公国かリンド王国の領土あるいは領海内での戦闘だった。
ユラ神国の領海内でリンド王国が戦闘行為を行えば、ユラ神国海軍とて重い腰を上げざるを得なくなる。
沈黙を保っていたユラ神国海軍が本格的に攻め上ってくると、本土防衛戦力の激減しているリンド王国海軍は分が悪すぎる。
「メッソール沖に水雷を撒くというのはどうだろう」
「民間の貿易船も通れなくなるぞ」
「この際仕方が無い。民間船の航路とは別の場所に、
1週間で可能な限り水雷を撒いて、事が済んだら回収だ」
「敵を水雷原におびき寄せるために、飛竜の攻撃も加えよう」
ここで言う“水雷”とは、中空の鉄製の球体に鉄製の棘を付けたものである。1m程度の深度で安定し、爆発するものではない。
船がある程度の速度でこの“水雷”にぶつかればそこに穴が開き、浸水するというものである。
「では、そのように取り計らおう」
規定の1週間が経過した頃、畝傍と金峰はメッソール沖の射撃地点まであと5kmといった所を航海していた。
周囲には旧式の艦隊駆逐艦が4隻、輪形陣で畝傍と金峰を護衛している。
合計6隻の艦隊(小隊)であるが、致命的なのは全ての艦について索敵用のレーダーが
搭載されていない(逆探すら搭載されていなかったが、この世界では電波を使った機器
など存在しないため、未装備でも不利にならなかったのは救いである)ことだった。
故に、飛竜の発見が遅れた。
「右舷30度より、飛行物体!」
「飛竜か? 距離と数は!?」
「距離は約8000m、数は20騎! おそらく全て爆装飛竜!」
艦隊がリンド王国の飛竜部隊を発見した時、その距離は既に10kmを切っていた。
戦闘機よりもやや大型な程度で、表皮の色が薄青色の“迷彩色”で、しかも飛行中も
殆ど無音の飛竜を、双眼鏡程度の補助具のみで発見するのは、難しいのだ。
8000mという遠距離で飛竜を発見できたのは素晴らしい結果とも言えた。
「速度を18ktに上げろ! 対空射撃開始!」
旧式戦艦に無理矢理高角砲と対空機銃を増設した故、畝傍型戦艦にはやっつけ程度の防空指揮所しか存在しない。
防空指揮官も、専門の防空長が配置されるのではなく艦長の兼任である。当然、防空戦の効率は落ちる。
新型戦艦や新型空母等で装備される電探連動射撃など夢のまた夢。効果的な弾幕を張るのも精一杯だ。
しかも、対空火器そのものの数も少ない。畝傍と金峰合わせても、12.7cm高角砲8門に20mm機銃32門。
護衛の駆逐艦に至っては、4隻合わせても20mm機銃16門のみ(高角砲は装備していない)である。
駆逐艦の12.7cm砲は一応、対空射撃も可能であったが、基本的に平射砲であるため効果的な弾幕を張る事はできない。
艦隊合計で、12.7cm高角砲8門に、20mm機銃48門。しかも数がある20mm機銃は個艦防御用で、射程も短い。
これでは遠距離で仕留める事は困難だ。最低でも20門程度の高角砲が無ければ、効果的な弾幕にならない。
飛竜との距離はどんどん縮まっていく。
「1騎も落とせないか……直掩戦闘機さえあればなんて事無い数なんだが」
飛竜は散開しつつ、回避行動を取りながら接近してくるためお世辞にも
追従性が良いとは言えない旧式の高角砲では撃ち損じが続いている。
ユラ神国に展開している戦闘機は、全てリンド王国主力部隊との戦闘に
投入されているため、このような作戦に参加する余裕は
無かったし、何より航続距離が足りなかった。
水上機の1機でも搭載していれば追い払えたかもしれないが、
あいにく畝傍も金峰も水上機の搭載はしていなかった。
水上機母艦は、間が悪い事に修理中だった。
畝傍と金峰は、主砲と副砲に対空用にも使える榴弾を装備していた(今回の作戦では、砲弾の
6割が榴弾、2割が焼夷榴散弾、徹甲弾は2割である)が、仰角が足りずに撃つ事ができないでいた。
撃てたとしても、遠距離での1、2撃に貢献する程度で、近距離の
間合いでは追従性の問題で使えないことには変わりないが。
既に、飛竜の全騎が20mm機銃の射程内である。
今度は先程のちびちびとした高角砲射撃とは違い、全艦から雨霰と機銃弾がそそがれる。
だが、各銃座がバラバラに射撃を行う、統制された射撃とは言いがたい対空射撃では効果の程は少ない。
「7騎撃墜!」
待望の戦果であったが、それまでだった。
13騎の飛竜が、輪形陣の中心に位置し准将旗を掲げる畝傍に殺到し、
各々が20kg爆弾と数個の手榴弾を落としていったのだ。
「被害は!」
「爆弾7発と手榴弾24発を受け、右舷を中心に被害がありました。高角砲1門と連装機銃座が2つやられました。
17名の死亡を確認。負傷者は重軽傷者合わせて50名以上に上る模様」
「そうか。負傷者の手当てと、機銃座の応急修理を迅速にな」
「はっ!」
飛竜による空襲は、誰もが予想はしていた。
なにせ、こちらは攻める時と場所を公表しているのだから。
だが、戦闘機による直掩が望めない状況では個艦の対空射撃を頑張る以上のことは出来ないのも事実だった。
先の飛竜の襲撃では、飛竜の帰り際にさらに5騎を墜としたので、戦果は12騎になる。
その襲撃から10分が経った頃。メッソール沖の射点に着こうとしていた矢先であった。
「右舷90度より、飛行物体!」
「また飛竜か?」
「はっ! 今度は24騎!」
「対空射撃開始!」
艦隊は回避運動を取りながら対空射撃に専念する。
皆、空を見上げているのだ。当然、海中に潜む“モノ”のことなど、想像だにしない。
異変が起こったのは飛竜を発見してから2分後だった。
前方を進んでいた駆逐艦蓬の速度が18ktから急に10ktに落ちたのだ。
「蓬より入電。我、触雷せり」
「触雷だと!?」
「蓬は浸水している模様です。艦首が少し沈んでいます」
「このままでは蓬に衝突する。全艦、取り舵一杯!」
「蓼より入電!」
「今度は何だ?」
「はっ。触雷のようです」
「またか! まんまと機雷原に誘い込まれたという事か……」
小隊司令の准将は、薄ら寒い予感がした。
「敵飛竜2騎撃墜!」
「残り22騎か……畝傍には来んのか?」
「12騎が蓬に、10騎が蕨に向かいます!」
飛竜はまだダメージの無い小型艦――葦と蕨――に狙いを定めたのだ。
畝傍と金峰は手に余ると踏んでのことだろう。
この2隻は、というより随伴している4隻の駆逐艦は、艦隊型としては最小の1000tクラスの旧式艦である。
武装は12.7cm単装砲3基に、20mm連装機銃2基、53.3cm連装魚雷発射管2基(ただし、今回の作戦では魚雷は搭載していない)。
主砲は最大仰角70度で、対空射撃も一応可能だが、弾丸の装填時には
砲の角度を水平近くまで戻す必要があるため、断続的な対空射撃は不可能。
その上、防空指揮所も存在しないのだから、対空戦闘力は殆どゼロに等しかった。
そこを狙われた。
「葦、爆弾3発を被弾! さらに手榴弾7発を被弾した模様!」
「蕨、爆弾5発と手榴弾10発を被弾!」
「葦より入電。我、触雷せり」
「蕨より入電。爆撃により艦橋中破。艦長負傷にて先任将校が指揮を続行せり」
旗艦畝傍の司令塔には残酷な現実が突きつけられていた。
「飛竜は!?」
「さらに5騎墜としましたが、爆撃を終えて逃げ帰っていきます」
「そうなると今は機雷が問題だ……おそらく敵は沖に機雷を敷設したのだろう。
機雷を避けるには敵の沿岸砲台の射程内に入る必要がある。座礁の危険も増える」
「航路を機銃掃射しながら進みますか?」
「それでは、更なる飛竜の襲撃に遭った時の弾薬が不安だ。触雷……と言いながら、
水柱は立たなかった。ということは、敵の機雷は爆発しないタイプなのだろう」
「喫水線下に穴を開けるだけということですね。
確かに、爆発されていたら1000t級の旧式駆逐艦など一発で沈没でしょうな」
「駆逐艦は、航行に支障は無いのか?」
「全艦10ktから12kt程度に速度は落ちましたが、航行は可能だそうです。
艦首に少し穴が開いただけで機関は無事ですから、30分の応急修理で
18kt程度には回復する見込みで、ユラまで辿り着ければ、工作艦もあります。
葦と蕨の損害も見た目程酷くなく、航行に支障は無い程度だそうですから」
「よし。では駆逐隊は4隻全てユラに撤退だ。残りの任務は畝傍と金峰のみでやる。
遣ユラ艦隊司令長官に応援を寄越して欲しいと打電しろ。海防艦4隻で撤退掩護して欲しいと」
「しかし、それでは畝傍と金峰の護衛が……」
「小型の老朽艦とはいえ貴重な艦隊型駆逐艦だ。東大陸方面艦隊の貴重な、な。ここで無理して沈める必要は無い。
畝傍と金峰は曲がりなりにも戦艦だ。そう簡単に沈没はしない。畝傍の被害は軽微で、金峰は無傷だ」
駆逐隊の撤退を確認すると、畝傍と金峰の2隻は、低速で機雷原を避けながら約30分で射点に着いた。
速力を12ktに上げて畝傍を先頭に、左舷にリンド王国の国土を見る形に進んでいく。
陸地からの距離5000m。リンド軍沿岸砲台の限界射程を超えている。
「左舷対地砲戦準備!」
「敵、沿岸砲台発砲!」
准将の対地戦闘準備命令とほぼ同時に、リンド軍陣地の数箇所から砲煙が上がった。
「敵弾8発、弾着! いずれも本艦の手前1800mから2000m程度です」
「安心しろ。この距離では敵弾は届かないし、届いたとしてもこちらの装甲は9インチのクルップ鋼だ。
だが油断は禁物だな。まずは沿岸砲台から黙らせる。両艦、砲撃始め!」
と、まだ畝傍も金峰も一発も撃っていないのに、リンド砲台の一部が爆発した。
砲弾を畝傍に届かせるため、装薬の量を目一杯増やした結果、砲身が破裂したのだ。
「敵砲台、どうしたんでしょうか。自爆でしょうか?」
「分からんが、まだ砲台は残っている。全力で破壊しろ」
その後20分で、畝傍と金峰は主砲と副砲を存分に使ってリンド王国メッソール近隣の沿岸砲台を一掃した。
司令は標的を港湾部に向ける。
明らかに軍とは無関係な民間船を攻撃するのは心が痛むが、これも命令である。
皇国の民間輸送船を攻撃し、船員を虐殺した海賊を支援していた国家に対する報復なのである。
攻撃場所と日時は予め告知しており、それでも避難しない船がいたら、それはその船の船長(或いは船主)か、
港に避難勧告を出さなかったリンド王国が悪いのだ……と思うようにして、命令を発する。
「主砲、副砲は榴弾、焼夷榴散弾攻撃を行え。港に停泊中の船は全て焼き払え」
焼夷榴散弾は木造船に効果的の一言であった。
広範囲の標的を一斉に炎上させ、水をかけたくらいで火は消えない。
標的になった船は灰になるまで燃え続けるしかないのだ。
港には火災旋風が巻き起こっていた。
それがさらに火災を延焼させ、炎の柱は夜になっても赤々と港を照らし出す事になる。
結局、それ以上の飛竜の襲撃も触雷も無く、畝傍と金峰、そして4隻の駆逐艦は無事にユラの港へと帰還した。