対戦車狙撃兵というのは、歩兵科の職種の中でも非常に寿命の短いものであった。
欧州大戦で戦車というものが発明されて以来、歩兵は常に戦車の脅威に晒されてきた。
戦車の開発目的が、敵の塹壕線を突破して歩兵を蹂躙することだからである。
歩兵部隊が戦車に対する反撃部隊を組織するのは自然な流れだった。
初期の戦車は装甲も薄く、強装弾を使用した歩兵銃や専用の狙撃銃で撃ち取ることも可能だった。
しかし、内燃機関と装甲材の急激な進歩は戦車の大型強力化を促進し、
盾と矛の関係上、対戦車銃も大型高威力化を余儀なくされる。
やがて、銃の口径は10mmを超え、15mmを超え、遂に20mmに達した。
皇国の陸軍と海兵隊で採用されている九六式対戦車狙撃銃は口径20mm。
だが20mm口径というのは、皇国軍の分類上は砲になる。
杓子定規に当て嵌めれば、この九六式は“対戦車狙撃砲”とされるような代物だ。
実際、運用上もどんどん砲に近づき、初期の対戦車銃であれば2人から4人程度で
運用可能だったのが、20mmの九六式になると最低8人、通常は10人から12人での運用になる。
組織としてどんどん重くなってきた対戦車銃部隊は、昨今は殆ど息の根を止められた形になっている。
原因は、戦車の更なる強力化だ。
初期の戦車、中戦車が100馬力かせいぜい150馬力程度だったのに、
この10年くらいの間の中戦車は200馬力から300馬力程度が普通。
そして最新鋭の中戦車になると、400馬力を超すのだ。
これはもう、人間の持てる武器では対抗できない。
現代戦車の装甲を撃ち抜くには、少なくとも47mm以上の対戦車砲が必要になる。
37mmだと旧式戦車や軽戦車は相手に出来るが、中戦車には荷が重い。
しかもそれですら、皇国軍の最新鋭中戦車や重戦車は撃ち抜けない。
75mm以上の、高射砲クラスの対戦車砲でないと対抗できないのだ。
砲の口径が10年間で倍必要なるような戦場で、20mmの狙撃銃など殆ど何の役にも立たない。
確かに、存在すれば何かの時に役に立つ事もあろう。
しかし中戦車や重戦車が突進してきたら、20mmではこちらの居場所を教えるだけだ。
戦車を狩るはずが、戦車に狩られるだけの存在に成り下がってしまう。
しかも成型炸薬弾という新型弾頭を利用した軽量無反動の対戦車砲や
対戦車噴進弾が開発され、従来の対戦車銃の位置に割り込んできた。
銃よりも射程が短いので敵戦車に肉薄する必要はあるものの、
通用しない銃よりは通用する新型弾の方が良いだろう。
どうせ対戦車銃部隊だって、現代の戦車に狙われたら
逃げるか手榴弾で決死攻撃をするしかないのだから。
では、今まで一応の住み分けが存在した対戦車砲部隊は
どうなのかというと、こちらも色々と問題が多い。
色々と。とは言うものの、実際は図体がデカい。という言葉で殆どを言い表せるのだろうが。
対戦車砲は連隊以上の規模の部隊でしか運用されない。
師団には対戦車速射砲連隊か大隊があり、これは独立旅団ならば対戦車速射砲大隊か中隊になる。
そして、基幹たる歩兵連隊には対戦車速射砲中隊が附属する。
大隊以下の部隊では、通常は対戦車砲の運用は無い。
大型化する一方の対戦車砲には牽引用の自動車なり装甲車が必要だから、
小規模部隊での運用が難しいのは当然だ。分相応というものがある。
運用する砲の口径が倍になれば、兵站への負担は倍では済まない。
今までと同じ重量の範囲で砲弾を用意すれば、使える弾の数が減る。
今までと同じ数の砲弾を用意しようとすれば、数倍の重量になるからだ。
皇国軍も、元世界では列強国の端くれ。
自動車だって大砲だって、殆ど全部自分で造れるし、運用も出来る。
ただ、その負担が大きく、しかも年々大きくなる一方なのだ。
幾ら、皇国がアジア地域で唯一の列強国、大国とは言え、この分野の本家である英国や米国とは違う。
アジア地域だから大きい顔がしていられるだけで、欧州諸国と肩を並べれば、
上位には入れるだろうが一番上ではないし、威張れるほどのものは無い。
特に米国であれば、皇国の数倍以上の国力(科学力や物量)でもって、
力技で機械化された大軍を運用出来るだろうが、皇国にそんな力は無い。
皇国軍だって、満州あたりでソ連と何かあったら米国を当てにしていたのだから。
そのための、言わば人質として満州利権を泣く泣く米国と分け合ったのだ。
そこまでして当てにしていた米国と切り離されてしまった孤独な皇国。
戦時でも、米国から太平洋を渡って戦略物資を安定して輸入するという目論みが途絶えたのだから、
転移した今、本来は皇国軍だって動かす部隊を選抜して、身持ちを軽くすべきだったろう。
転移初期に右往左往していた政府や軍は、兵は拙速を尊ぶとかで
大陸派遣軍は動ける師団や旅団を殆どそのまま投入する事となった。
この世界の実力が未知数だから、不足があってはいけないという軍事上の要請もある。
しかし、転移から半年経った今、振り返ると無駄も多かった。
特に、立ち位置が微妙だったのが対戦車砲だったのだ。
勿論、腐っても対戦車砲だから、戦竜相手には絶大な威力を発揮した。
しかし、そこまでして対戦車砲でないと無理な相手ではないのだ。
対戦車砲なら側面攻撃や追撃にも使える戦車が持ってるし、歩兵中隊の機関銃だって戦竜は撃ち殺せる。
しかも、戦車は車載機銃を持っているから歩兵戦列相手にも胸甲騎兵相手にも
縦横無尽の万全な戦いが出来るが、対戦車砲が装備するのは主に徹甲弾。
榴弾は少数で、しかも口径が小さいから榴弾を使うなら砲兵隊や連隊砲の方が効率が良い。
実質的に、対戦車砲は対戦竜専門部隊となってしまったが、元世界の対戦車戦闘と違い、
対戦竜戦闘は対戦車部隊でなくても、歩兵中隊でも可能だから、対戦車砲は存在価値が危ぶまれた。
対戦車砲は前線部隊から大幅に撤収させて、大陸で確保した駐屯地や飛行場防衛に回す。
戦竜や城塞といった大物相手には、戦車と装甲車を使うので良いのではないかという意見も出てきた。
戦車や装甲車といった金食い虫の運用は避けられない。
戦車を無くしたら歩兵が丸裸になってしまうから、これは無くせない。
それに機関銃で戦竜を倒せるにしても、本当はそれで敵の歩兵戦列を
狙いたいし、貴重な戦車を対戦竜戦闘だけに割きたくはない。
火力が分散してしまうのは良くない。
実際、対戦竜戦では敵側が戦竜隊の出血覚悟で他部隊の盾として使い、
騎兵や戦列歩兵の突撃を支援するような場面が何度かあった。
それで敵の突撃が成功して皇国軍陣地が荒らされる事は無かったが、
同様の戦術を取られた場合、時と場合によっては突破される
危険があるというのが、皇国陸軍の戦訓である。
“恐竜”ごときに認めたくない事実ではあっても、何かしらの対戦竜専門部隊は必要なのだ。
ここで、脚光を浴びたのが対戦車銃部隊。
理由は勿論、対戦車砲に比べてずっと身軽だから。
徒歩部隊で車両や馬匹は要らないから、ガソリンも飼葉も要らない。
身軽だから、上陸作戦でも展開が速いし、山岳部隊や落下傘部隊にも随伴できる。
大陸派遣では、対戦車銃部隊は完全に日陰者だった。
戦闘では何頭かの戦竜は撃ち取った。
だから戦竜に対する火力が十分な事は解っていたが、持ち込んだ弾薬が少なく、機関銃隊が
一日に何トンという弾薬を湯水のように消費する裏で、一日に数kgの弾薬を惜しんでいたのだ。
最近の対戦車銃は値段も高い。
百万の歩兵のために造られる一山幾らの小銃と違って、連隊でも20丁程度の“選ばれし者の銃”なのだ。
職種も専門職であるから、それなりのプライドもある。
そんな誇り高い部隊が元世界では仕事を奪われ、転移後の世界でも仕事をさせて貰えない。
もう、お先真っ暗だな。
というのが対戦車銃部隊の偽らざる本音だった。
常に歩兵の傍にあり、息を潜めて戦車を狙撃する時代は終わったのだと。
しかし、転移という状況の変化は戦術にも変化を迫る。
『対戦車銃部隊は、対戦竜戦闘の主軸となって戦竜を撃ち取るべし!』
これが後に、対戦竜猟兵として恐れられる事になる精鋭部隊、誕生の瞬間であった。
欧州大戦で戦車というものが発明されて以来、歩兵は常に戦車の脅威に晒されてきた。
戦車の開発目的が、敵の塹壕線を突破して歩兵を蹂躙することだからである。
歩兵部隊が戦車に対する反撃部隊を組織するのは自然な流れだった。
初期の戦車は装甲も薄く、強装弾を使用した歩兵銃や専用の狙撃銃で撃ち取ることも可能だった。
しかし、内燃機関と装甲材の急激な進歩は戦車の大型強力化を促進し、
盾と矛の関係上、対戦車銃も大型高威力化を余儀なくされる。
やがて、銃の口径は10mmを超え、15mmを超え、遂に20mmに達した。
皇国の陸軍と海兵隊で採用されている九六式対戦車狙撃銃は口径20mm。
だが20mm口径というのは、皇国軍の分類上は砲になる。
杓子定規に当て嵌めれば、この九六式は“対戦車狙撃砲”とされるような代物だ。
実際、運用上もどんどん砲に近づき、初期の対戦車銃であれば2人から4人程度で
運用可能だったのが、20mmの九六式になると最低8人、通常は10人から12人での運用になる。
組織としてどんどん重くなってきた対戦車銃部隊は、昨今は殆ど息の根を止められた形になっている。
原因は、戦車の更なる強力化だ。
初期の戦車、中戦車が100馬力かせいぜい150馬力程度だったのに、
この10年くらいの間の中戦車は200馬力から300馬力程度が普通。
そして最新鋭の中戦車になると、400馬力を超すのだ。
これはもう、人間の持てる武器では対抗できない。
現代戦車の装甲を撃ち抜くには、少なくとも47mm以上の対戦車砲が必要になる。
37mmだと旧式戦車や軽戦車は相手に出来るが、中戦車には荷が重い。
しかもそれですら、皇国軍の最新鋭中戦車や重戦車は撃ち抜けない。
75mm以上の、高射砲クラスの対戦車砲でないと対抗できないのだ。
砲の口径が10年間で倍必要なるような戦場で、20mmの狙撃銃など殆ど何の役にも立たない。
確かに、存在すれば何かの時に役に立つ事もあろう。
しかし中戦車や重戦車が突進してきたら、20mmではこちらの居場所を教えるだけだ。
戦車を狩るはずが、戦車に狩られるだけの存在に成り下がってしまう。
しかも成型炸薬弾という新型弾頭を利用した軽量無反動の対戦車砲や
対戦車噴進弾が開発され、従来の対戦車銃の位置に割り込んできた。
銃よりも射程が短いので敵戦車に肉薄する必要はあるものの、
通用しない銃よりは通用する新型弾の方が良いだろう。
どうせ対戦車銃部隊だって、現代の戦車に狙われたら
逃げるか手榴弾で決死攻撃をするしかないのだから。
では、今まで一応の住み分けが存在した対戦車砲部隊は
どうなのかというと、こちらも色々と問題が多い。
色々と。とは言うものの、実際は図体がデカい。という言葉で殆どを言い表せるのだろうが。
対戦車砲は連隊以上の規模の部隊でしか運用されない。
師団には対戦車速射砲連隊か大隊があり、これは独立旅団ならば対戦車速射砲大隊か中隊になる。
そして、基幹たる歩兵連隊には対戦車速射砲中隊が附属する。
大隊以下の部隊では、通常は対戦車砲の運用は無い。
大型化する一方の対戦車砲には牽引用の自動車なり装甲車が必要だから、
小規模部隊での運用が難しいのは当然だ。分相応というものがある。
運用する砲の口径が倍になれば、兵站への負担は倍では済まない。
今までと同じ重量の範囲で砲弾を用意すれば、使える弾の数が減る。
今までと同じ数の砲弾を用意しようとすれば、数倍の重量になるからだ。
皇国軍も、元世界では列強国の端くれ。
自動車だって大砲だって、殆ど全部自分で造れるし、運用も出来る。
ただ、その負担が大きく、しかも年々大きくなる一方なのだ。
幾ら、皇国がアジア地域で唯一の列強国、大国とは言え、この分野の本家である英国や米国とは違う。
アジア地域だから大きい顔がしていられるだけで、欧州諸国と肩を並べれば、
上位には入れるだろうが一番上ではないし、威張れるほどのものは無い。
特に米国であれば、皇国の数倍以上の国力(科学力や物量)でもって、
力技で機械化された大軍を運用出来るだろうが、皇国にそんな力は無い。
皇国軍だって、満州あたりでソ連と何かあったら米国を当てにしていたのだから。
そのための、言わば人質として満州利権を泣く泣く米国と分け合ったのだ。
そこまでして当てにしていた米国と切り離されてしまった孤独な皇国。
戦時でも、米国から太平洋を渡って戦略物資を安定して輸入するという目論みが途絶えたのだから、
転移した今、本来は皇国軍だって動かす部隊を選抜して、身持ちを軽くすべきだったろう。
転移初期に右往左往していた政府や軍は、兵は拙速を尊ぶとかで
大陸派遣軍は動ける師団や旅団を殆どそのまま投入する事となった。
この世界の実力が未知数だから、不足があってはいけないという軍事上の要請もある。
しかし、転移から半年経った今、振り返ると無駄も多かった。
特に、立ち位置が微妙だったのが対戦車砲だったのだ。
勿論、腐っても対戦車砲だから、戦竜相手には絶大な威力を発揮した。
しかし、そこまでして対戦車砲でないと無理な相手ではないのだ。
対戦車砲なら側面攻撃や追撃にも使える戦車が持ってるし、歩兵中隊の機関銃だって戦竜は撃ち殺せる。
しかも、戦車は車載機銃を持っているから歩兵戦列相手にも胸甲騎兵相手にも
縦横無尽の万全な戦いが出来るが、対戦車砲が装備するのは主に徹甲弾。
榴弾は少数で、しかも口径が小さいから榴弾を使うなら砲兵隊や連隊砲の方が効率が良い。
実質的に、対戦車砲は対戦竜専門部隊となってしまったが、元世界の対戦車戦闘と違い、
対戦竜戦闘は対戦車部隊でなくても、歩兵中隊でも可能だから、対戦車砲は存在価値が危ぶまれた。
対戦車砲は前線部隊から大幅に撤収させて、大陸で確保した駐屯地や飛行場防衛に回す。
戦竜や城塞といった大物相手には、戦車と装甲車を使うので良いのではないかという意見も出てきた。
戦車や装甲車といった金食い虫の運用は避けられない。
戦車を無くしたら歩兵が丸裸になってしまうから、これは無くせない。
それに機関銃で戦竜を倒せるにしても、本当はそれで敵の歩兵戦列を
狙いたいし、貴重な戦車を対戦竜戦闘だけに割きたくはない。
火力が分散してしまうのは良くない。
実際、対戦竜戦では敵側が戦竜隊の出血覚悟で他部隊の盾として使い、
騎兵や戦列歩兵の突撃を支援するような場面が何度かあった。
それで敵の突撃が成功して皇国軍陣地が荒らされる事は無かったが、
同様の戦術を取られた場合、時と場合によっては突破される
危険があるというのが、皇国陸軍の戦訓である。
“恐竜”ごときに認めたくない事実ではあっても、何かしらの対戦竜専門部隊は必要なのだ。
ここで、脚光を浴びたのが対戦車銃部隊。
理由は勿論、対戦車砲に比べてずっと身軽だから。
徒歩部隊で車両や馬匹は要らないから、ガソリンも飼葉も要らない。
身軽だから、上陸作戦でも展開が速いし、山岳部隊や落下傘部隊にも随伴できる。
大陸派遣では、対戦車銃部隊は完全に日陰者だった。
戦闘では何頭かの戦竜は撃ち取った。
だから戦竜に対する火力が十分な事は解っていたが、持ち込んだ弾薬が少なく、機関銃隊が
一日に何トンという弾薬を湯水のように消費する裏で、一日に数kgの弾薬を惜しんでいたのだ。
最近の対戦車銃は値段も高い。
百万の歩兵のために造られる一山幾らの小銃と違って、連隊でも20丁程度の“選ばれし者の銃”なのだ。
職種も専門職であるから、それなりのプライドもある。
そんな誇り高い部隊が元世界では仕事を奪われ、転移後の世界でも仕事をさせて貰えない。
もう、お先真っ暗だな。
というのが対戦車銃部隊の偽らざる本音だった。
常に歩兵の傍にあり、息を潜めて戦車を狙撃する時代は終わったのだと。
しかし、転移という状況の変化は戦術にも変化を迫る。
『対戦車銃部隊は、対戦竜戦闘の主軸となって戦竜を撃ち取るべし!』
これが後に、対戦竜猟兵として恐れられる事になる精鋭部隊、誕生の瞬間であった。