西暦2020年4月14日 10:30 日本本土 在日米空軍三沢基地
「ほう、ほう、ほう、さすがは米軍ですね」
眩く照らし出された半地下式の格納庫の中に、鈴木の感心したような声が響く。
今、彼は在日米軍の物資集積所の中にいた。
そこは、第二次朝鮮戦争にけりをつけるための兵器たちが、行き場もなく眠っている場所だった。
「燃料気化爆弾、あるいはデイジーカッター、もちろん通常の爆弾もあります」
「AC-130も?」
「ええ、最新型の電子戦仕様もありますよ。
航空自衛隊が相手でも、10分は生き残る自信があるというあれです」
「これは頼もしい。まあ、連中はレーダーなどという便利なものは使わないでしょうが」
共に歩いていた空軍士官が、愉快そうに笑い声を上げる。
「それは嬉しい。ならばB-52と言えどもまだまだ出番はありそうですな」
「ええ、もちろんですよ大尉」
一緒に大声を上げて笑いつつ、鈴木は内心で焦っていた。
米軍の連中、これほどまでに兵器を持ち込んでいたとは。
一刻も早く連中にこれらを使わせて、発言力を奪わなければならない。
できるだけ、血が流れないように。
在日米軍の存在は、救国防衛会議にとって恐ろしいものだった。
実戦経験が豊富な、二個師団一個飛行隊一個空母機動部隊が、国内にいるのだ。
しかも彼らには自衛隊の行動は筒抜けで、おまけに装備は自衛隊に勝っている。
幸いな事に今は一体感を持っているが、それとていつまでもとは限らない。
何しろ彼らは、あくまでも『日本に駐留しているアメリカ人』なのだから。
救国防衛会議は熟慮に熟慮を重ね、非情な決定をした。
それが、鈴木が今まさに実行しようとしている『血を流さずに、燃料弾薬を浪費させる』作戦である。
今回の『エルフ第三氏族に対する国際平和維持活動』は、合衆国軍を主体とした大部隊を動員するものだった。
その人員・燃料・弾薬・装備は大半が米軍のものであり、今回の作戦によって恐らく彼らはかなりの損害を被る事になる。
文字通りの意味ではなく、将来的な意味で。
それに気づかないほどアメリカ人は鈍い存在ではない。
しかし、既に日本からの援助なしでは数ヶ月と持たないところに来ている彼らに、拒否権などありはしなかった。
だがまぁ、いいか。
彼らはそう考えた。
何しろ合衆国本土は連絡がつかないどころではない、大陸ごと消えてしまったのだ。
恐らくは最後の文明国である日本と、対等に付き合っていくのは不可能である。
自衛隊は決して侮るべき存在ではないし、一億を超える国民を管理維持していくなど悪夢以外の何者でもない。
ならば。
ならば、我々は日本国の剣として、必要不可欠な存在として生きていくしかない。
彼らはそう判断したのだった。
それは祖国を諦めるという悲壮な判断ではあったが、この異常な世界では、至極まっとうな判断だった。
彼らには兵士も、武器も、施設を建造するための装備もあったが、それだけだった。
アラモの砦は作れても、彼らには物資や援軍を運んでくれる騎兵隊は、日本以外にはなかったのだ。
救国防衛会議は、在日米軍のうち、陸軍二個大隊、空軍一個中隊および海兵隊の艦艇に出動要請を行った。
在日米軍はこれを受け、直ちに該当する部隊に対して出動命令を下した。
極めて残念な事に、陸軍および海兵隊に関しては間に合わなかった。
彼らが移動を終えるまでに、四日という期限は過ぎてしまうからだ。
本土にいるほかの部隊も論外だった。
移動命令を下し、需品をかき集め、船舶に乗せ、現地に展開し、戦闘に突入するのには時間が足りなさ過ぎる。
たった一つを除いて。
陸上自衛隊第一空挺団は、速やかに戦闘態勢へと移行した。
弾薬に関しては第一基地より補給を受け、人員その他は輸送機のピストン運行によって全てを移動させた。
昼夜を問わずに行われたこの戦略機動は見事成功し、そしてエルフ第三氏族の命運は、今まさに尽きようとしていた。
西暦2020年4月17日 04:30 ゴルソン大陸 聖なる森 エルフ第三氏族の村付近
薄暗い森の中で、無数の男たちが歩いている。
彼らは奇妙な模様の服を身に纏い、細長い何かを持っている。
全身には草木が括り付けられ、そして顔には黒い塗料を塗っている。
先頭には、緊張した表情のエルフが二人、案内をしている。
「ここです、この先になります」
女性のエルフが立ち止まり、一同に目的地に到着した事を知らせた。
もう一人のエルフは弓矢を手に周囲を見回している。
「バッドカルマよりスカイアイ、聞こえるか?」
一人の男が無線機に語りかける。
すぐさま応答が帰ってくる。
<スカイアイ受信>
「こちらは目標の南西にいる。始めてくれ」
<了解>
短い交信が交わされ、そして作戦は開始された。
この作戦の目的は極めて簡単だった。
敵首脳部の抹殺、および継戦能力・意思の破壊。
具体的には、急遽本土より動員された第一空挺団および合衆国特殊部隊を使っての包囲殲滅。
そして、その前段階としての空軍機による空爆だった。
最後の地上部隊が配置についた事を確認したAWACSは、空中集合を終えて待機していた航空部隊に命令を下した。
<スカイアイよりウォードック隊、作戦を開始せよ>
<こちらウォードックリーダー、了解、作戦を開始する>
遥かな高空、この世界ではドラゴンすらそうそう上がってはこない高度で交信が交わされ、そして空に溶け込む色の何かが移動を開始した。
大陸に進出している航空自衛隊基地に間借りした合衆国空軍が、攻撃を開始したのである。
<リーダーより各機、攻撃許可が出た。悪党を潰すぞ>
隊長機より命令が下され、四機の支援戦闘機は轟音を立てつつ進路を変更する。
高度計は、恐ろしい勢いで降下している事を知らせる。
速度計は、機体が加速を続けている事を知らせる。
燃料計は、まだまだ戦える事を知らせている。
眼下では森林地帯が終わり、美しい湖が広がっている。
<投下用意>
対岸が見えてくる。
加速を切り、機体を水平に保つ。
<スカイアイより地上部隊、航空部隊は爆撃行程に入った。警戒せよ>
<バッドカルマ了解>
無線機から地上部隊と空中管制機の交信が流れる。
わざわざこちらに知らせてるのか?
心配せずとも完璧にこなして見せるさ。
<目標を視認した、安全装置解除。爆撃を開始する>
対空砲火なし、レーダー警報もなし、空中管制機からの警報もなし。
静かなもんだ。
FCS異常なし、機体も快調、もちろん体調にも異常なし。
目標は次第に接近してくる。
我々は、それぞれに一機だけでも目標を壊滅できる数が搭載されている。
それが四機。
おそらく、地上部隊は戦果確認以外やることはないだろうな。
俺たちを本気にさせたお前らがいけないんだぞ。
西暦2020年4月20日 04:35 ゴルソン大陸 聖なる森 エルフ第三氏族の村付近
<投下!投下!>
無線機から爆撃に入ったことを知らせる声がする。
姿勢を低くした男たちの頭上から、駆け抜ける航空機の音、風を切って接近する何かの音が聞こえる。
航空機が飛び去り、遅れて黒い何かが素早く村の上空に接近した。
男たちは更に姿勢を低くし、そして木々の陰に体を隠した。
黒い何かは、航空機に比べればゆっくりと村の上空へ接近した。
その頭脳、頭脳というほど立派なものではないが、とにかくそれは、あらかじめ決められていた高度に達した事を知った。
普段は厳重にかけられている安全装置は、解除されていた。
それは、あらかじめ定められた回路へと電流を流した。
ハッチが開き、極めて可燃性の高い危険な物質が空気中に撒き散らされる。
まだ仕事の終わっていなかったそれは、規定の時間が過ぎた事を確認し、最後の回路を起動した。
空気が振るえ、そして空中に巨大な火炎が現れた。
それは、全ての人工物と木々、そして空を見上げていた第三氏族を粉砕した。
超高温の炎が現れ、全てを焼き尽くした。
その火力は、爆風に辛うじて耐えた木々を一瞬で炭化させるほどだった。
このとき村にいた第三氏族たちは、屋内外を問わずに絶命した。
爆風はまだ衰えず、物理法則にしたがって周辺へと広がった。
森の中で警戒に当たっていた者も、これで絶命した。
よくマスコミが報じる窒息などではない。
火炎で一瞬にして焼き尽くされるか、あるいは可燃物全てに引火して焼死するか、衝撃波で心肺を押しつぶされて即死するか。
とにかく何らかの死因で彼らは死んだ。
爆発から三十秒以内で死んだ第三氏族の数は、驚くべきことに500人に上った。
それは、当時この村にいた第三氏族のほぼ全てだった。
<各部隊は所定の方針に従い、敵組織を殲滅せよ>
<ウォードック隊は帰還せよ>
<了解、これより帰還する>
<東側は制圧した、現在のところ抵抗なし>
<西側で火災発生中。現在位置で待機する>
<北側にて数名射殺、抵抗なし>
<南側に生存者は発見できない、前進を継続する>
<静かなもんだ、爆撃で全滅したんじゃないか?>
<西側の火災が酷いな、森へ燃焼する恐れはないか?>
<わからんな、ナパームはあまり使用しないという話だが>
<どうでもいいだろう、お、いたぞ、剣を持った男が三人・・・射殺した>
<こっちもだ、四人、いや五人だな。消火活動をしているようだが、なんだありゃ>
<どうした?>
<仕組みはわからんが、手から水を出してる>
<無駄口はやめろ。いいから撃て>
敵拠点の周囲に展開した部隊は、冷静に射撃を継続した。
突然の空爆に晒され、さらに周囲の森から銃弾が飛んでくるという事態に、敵は反応できるわけもなかった。
村は爆撃を受けて壊滅、その周囲は燃え盛る火炎が支配している。
なんとかそこから逃れようとしても、全周に展開した日米合同部隊がそれを許さない。
容赦なく銃弾を叩き込み、合同部隊は前進を続けた。
対するエルフ側は、なすすべがなかった。
燃料気化爆弾の集中攻撃という悪夢以外の何者でもないものを喰らい、仲間たちはいきなり消滅した。
命よりも大切な森は勢い良く燃え上がっており、そして消化しようにも何かが飛んできて残り少ない仲間たちは息絶えていく。
双方がにらみ合いを始めたところで仲裁に入ろうと考えていた他の氏族たちは、体の震えを押さえるので精一杯だった。
停戦に貢献して恩を売るどころの話ではない。
彼らは銃声が途絶えるまで必死に身を潜め、そして周囲が静かになったのを確認して惨状を目にした。
何もかもが押しつぶされ、立ち上る煙以外に動くものがない旧第三氏族の村。
なぎ倒され、炭化した木だったもの。
青々とした葉を勢い良く燃え上がらせている木々。
あちこちに血を撒き散らし、動かない第三氏族たち。
それは、エルフにとっては紛れもなく地獄だった。
<こちらシーゴブリン、消火部隊が降下を開始した。護衛せよ>
上空から二機の輸送ヘリコプターが降下してくる。
平地になった第三氏族の村上空でホバリングし、安全を確認して着陸する。
すぐさま扉が開かれ、東京消防庁と書かれた銀色の防火服を着た男たちが展開する。
無反動砲に似た何かを構え、消火活動を開始する。
もっとも、消火というより、炎の破壊といった表現が正しい。
彼らは圧縮空気によって勢いを手に入れた消火剤を発射したからである。
先ほどまで勢い良く燃え盛っていた木々は、それが青葉であった事も手伝って二十分ほどで鎮火した。
「ほう、ほう、ほう、さすがは米軍ですね」
眩く照らし出された半地下式の格納庫の中に、鈴木の感心したような声が響く。
今、彼は在日米軍の物資集積所の中にいた。
そこは、第二次朝鮮戦争にけりをつけるための兵器たちが、行き場もなく眠っている場所だった。
「燃料気化爆弾、あるいはデイジーカッター、もちろん通常の爆弾もあります」
「AC-130も?」
「ええ、最新型の電子戦仕様もありますよ。
航空自衛隊が相手でも、10分は生き残る自信があるというあれです」
「これは頼もしい。まあ、連中はレーダーなどという便利なものは使わないでしょうが」
共に歩いていた空軍士官が、愉快そうに笑い声を上げる。
「それは嬉しい。ならばB-52と言えどもまだまだ出番はありそうですな」
「ええ、もちろんですよ大尉」
一緒に大声を上げて笑いつつ、鈴木は内心で焦っていた。
米軍の連中、これほどまでに兵器を持ち込んでいたとは。
一刻も早く連中にこれらを使わせて、発言力を奪わなければならない。
できるだけ、血が流れないように。
在日米軍の存在は、救国防衛会議にとって恐ろしいものだった。
実戦経験が豊富な、二個師団一個飛行隊一個空母機動部隊が、国内にいるのだ。
しかも彼らには自衛隊の行動は筒抜けで、おまけに装備は自衛隊に勝っている。
幸いな事に今は一体感を持っているが、それとていつまでもとは限らない。
何しろ彼らは、あくまでも『日本に駐留しているアメリカ人』なのだから。
救国防衛会議は熟慮に熟慮を重ね、非情な決定をした。
それが、鈴木が今まさに実行しようとしている『血を流さずに、燃料弾薬を浪費させる』作戦である。
今回の『エルフ第三氏族に対する国際平和維持活動』は、合衆国軍を主体とした大部隊を動員するものだった。
その人員・燃料・弾薬・装備は大半が米軍のものであり、今回の作戦によって恐らく彼らはかなりの損害を被る事になる。
文字通りの意味ではなく、将来的な意味で。
それに気づかないほどアメリカ人は鈍い存在ではない。
しかし、既に日本からの援助なしでは数ヶ月と持たないところに来ている彼らに、拒否権などありはしなかった。
だがまぁ、いいか。
彼らはそう考えた。
何しろ合衆国本土は連絡がつかないどころではない、大陸ごと消えてしまったのだ。
恐らくは最後の文明国である日本と、対等に付き合っていくのは不可能である。
自衛隊は決して侮るべき存在ではないし、一億を超える国民を管理維持していくなど悪夢以外の何者でもない。
ならば。
ならば、我々は日本国の剣として、必要不可欠な存在として生きていくしかない。
彼らはそう判断したのだった。
それは祖国を諦めるという悲壮な判断ではあったが、この異常な世界では、至極まっとうな判断だった。
彼らには兵士も、武器も、施設を建造するための装備もあったが、それだけだった。
アラモの砦は作れても、彼らには物資や援軍を運んでくれる騎兵隊は、日本以外にはなかったのだ。
救国防衛会議は、在日米軍のうち、陸軍二個大隊、空軍一個中隊および海兵隊の艦艇に出動要請を行った。
在日米軍はこれを受け、直ちに該当する部隊に対して出動命令を下した。
極めて残念な事に、陸軍および海兵隊に関しては間に合わなかった。
彼らが移動を終えるまでに、四日という期限は過ぎてしまうからだ。
本土にいるほかの部隊も論外だった。
移動命令を下し、需品をかき集め、船舶に乗せ、現地に展開し、戦闘に突入するのには時間が足りなさ過ぎる。
たった一つを除いて。
陸上自衛隊第一空挺団は、速やかに戦闘態勢へと移行した。
弾薬に関しては第一基地より補給を受け、人員その他は輸送機のピストン運行によって全てを移動させた。
昼夜を問わずに行われたこの戦略機動は見事成功し、そしてエルフ第三氏族の命運は、今まさに尽きようとしていた。
西暦2020年4月17日 04:30 ゴルソン大陸 聖なる森 エルフ第三氏族の村付近
薄暗い森の中で、無数の男たちが歩いている。
彼らは奇妙な模様の服を身に纏い、細長い何かを持っている。
全身には草木が括り付けられ、そして顔には黒い塗料を塗っている。
先頭には、緊張した表情のエルフが二人、案内をしている。
「ここです、この先になります」
女性のエルフが立ち止まり、一同に目的地に到着した事を知らせた。
もう一人のエルフは弓矢を手に周囲を見回している。
「バッドカルマよりスカイアイ、聞こえるか?」
一人の男が無線機に語りかける。
すぐさま応答が帰ってくる。
<スカイアイ受信>
「こちらは目標の南西にいる。始めてくれ」
<了解>
短い交信が交わされ、そして作戦は開始された。
この作戦の目的は極めて簡単だった。
敵首脳部の抹殺、および継戦能力・意思の破壊。
具体的には、急遽本土より動員された第一空挺団および合衆国特殊部隊を使っての包囲殲滅。
そして、その前段階としての空軍機による空爆だった。
最後の地上部隊が配置についた事を確認したAWACSは、空中集合を終えて待機していた航空部隊に命令を下した。
<スカイアイよりウォードック隊、作戦を開始せよ>
<こちらウォードックリーダー、了解、作戦を開始する>
遥かな高空、この世界ではドラゴンすらそうそう上がってはこない高度で交信が交わされ、そして空に溶け込む色の何かが移動を開始した。
大陸に進出している航空自衛隊基地に間借りした合衆国空軍が、攻撃を開始したのである。
<リーダーより各機、攻撃許可が出た。悪党を潰すぞ>
隊長機より命令が下され、四機の支援戦闘機は轟音を立てつつ進路を変更する。
高度計は、恐ろしい勢いで降下している事を知らせる。
速度計は、機体が加速を続けている事を知らせる。
燃料計は、まだまだ戦える事を知らせている。
眼下では森林地帯が終わり、美しい湖が広がっている。
<投下用意>
対岸が見えてくる。
加速を切り、機体を水平に保つ。
<スカイアイより地上部隊、航空部隊は爆撃行程に入った。警戒せよ>
<バッドカルマ了解>
無線機から地上部隊と空中管制機の交信が流れる。
わざわざこちらに知らせてるのか?
心配せずとも完璧にこなして見せるさ。
<目標を視認した、安全装置解除。爆撃を開始する>
対空砲火なし、レーダー警報もなし、空中管制機からの警報もなし。
静かなもんだ。
FCS異常なし、機体も快調、もちろん体調にも異常なし。
目標は次第に接近してくる。
我々は、それぞれに一機だけでも目標を壊滅できる数が搭載されている。
それが四機。
おそらく、地上部隊は戦果確認以外やることはないだろうな。
俺たちを本気にさせたお前らがいけないんだぞ。
西暦2020年4月20日 04:35 ゴルソン大陸 聖なる森 エルフ第三氏族の村付近
<投下!投下!>
無線機から爆撃に入ったことを知らせる声がする。
姿勢を低くした男たちの頭上から、駆け抜ける航空機の音、風を切って接近する何かの音が聞こえる。
航空機が飛び去り、遅れて黒い何かが素早く村の上空に接近した。
男たちは更に姿勢を低くし、そして木々の陰に体を隠した。
黒い何かは、航空機に比べればゆっくりと村の上空へ接近した。
その頭脳、頭脳というほど立派なものではないが、とにかくそれは、あらかじめ決められていた高度に達した事を知った。
普段は厳重にかけられている安全装置は、解除されていた。
それは、あらかじめ定められた回路へと電流を流した。
ハッチが開き、極めて可燃性の高い危険な物質が空気中に撒き散らされる。
まだ仕事の終わっていなかったそれは、規定の時間が過ぎた事を確認し、最後の回路を起動した。
空気が振るえ、そして空中に巨大な火炎が現れた。
それは、全ての人工物と木々、そして空を見上げていた第三氏族を粉砕した。
超高温の炎が現れ、全てを焼き尽くした。
その火力は、爆風に辛うじて耐えた木々を一瞬で炭化させるほどだった。
このとき村にいた第三氏族たちは、屋内外を問わずに絶命した。
爆風はまだ衰えず、物理法則にしたがって周辺へと広がった。
森の中で警戒に当たっていた者も、これで絶命した。
よくマスコミが報じる窒息などではない。
火炎で一瞬にして焼き尽くされるか、あるいは可燃物全てに引火して焼死するか、衝撃波で心肺を押しつぶされて即死するか。
とにかく何らかの死因で彼らは死んだ。
爆発から三十秒以内で死んだ第三氏族の数は、驚くべきことに500人に上った。
それは、当時この村にいた第三氏族のほぼ全てだった。
<各部隊は所定の方針に従い、敵組織を殲滅せよ>
<ウォードック隊は帰還せよ>
<了解、これより帰還する>
<東側は制圧した、現在のところ抵抗なし>
<西側で火災発生中。現在位置で待機する>
<北側にて数名射殺、抵抗なし>
<南側に生存者は発見できない、前進を継続する>
<静かなもんだ、爆撃で全滅したんじゃないか?>
<西側の火災が酷いな、森へ燃焼する恐れはないか?>
<わからんな、ナパームはあまり使用しないという話だが>
<どうでもいいだろう、お、いたぞ、剣を持った男が三人・・・射殺した>
<こっちもだ、四人、いや五人だな。消火活動をしているようだが、なんだありゃ>
<どうした?>
<仕組みはわからんが、手から水を出してる>
<無駄口はやめろ。いいから撃て>
敵拠点の周囲に展開した部隊は、冷静に射撃を継続した。
突然の空爆に晒され、さらに周囲の森から銃弾が飛んでくるという事態に、敵は反応できるわけもなかった。
村は爆撃を受けて壊滅、その周囲は燃え盛る火炎が支配している。
なんとかそこから逃れようとしても、全周に展開した日米合同部隊がそれを許さない。
容赦なく銃弾を叩き込み、合同部隊は前進を続けた。
対するエルフ側は、なすすべがなかった。
燃料気化爆弾の集中攻撃という悪夢以外の何者でもないものを喰らい、仲間たちはいきなり消滅した。
命よりも大切な森は勢い良く燃え上がっており、そして消化しようにも何かが飛んできて残り少ない仲間たちは息絶えていく。
双方がにらみ合いを始めたところで仲裁に入ろうと考えていた他の氏族たちは、体の震えを押さえるので精一杯だった。
停戦に貢献して恩を売るどころの話ではない。
彼らは銃声が途絶えるまで必死に身を潜め、そして周囲が静かになったのを確認して惨状を目にした。
何もかもが押しつぶされ、立ち上る煙以外に動くものがない旧第三氏族の村。
なぎ倒され、炭化した木だったもの。
青々とした葉を勢い良く燃え上がらせている木々。
あちこちに血を撒き散らし、動かない第三氏族たち。
それは、エルフにとっては紛れもなく地獄だった。
<こちらシーゴブリン、消火部隊が降下を開始した。護衛せよ>
上空から二機の輸送ヘリコプターが降下してくる。
平地になった第三氏族の村上空でホバリングし、安全を確認して着陸する。
すぐさま扉が開かれ、東京消防庁と書かれた銀色の防火服を着た男たちが展開する。
無反動砲に似た何かを構え、消火活動を開始する。
もっとも、消火というより、炎の破壊といった表現が正しい。
彼らは圧縮空気によって勢いを手に入れた消火剤を発射したからである。
先ほどまで勢い良く燃え盛っていた木々は、それが青葉であった事も手伝って二十分ほどで鎮火した。