西暦2020年7月15日 21:27 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地 中庭
銃撃が発生したのは、実に下らない理由からだった。
このとき、中庭に展開していたのは、新入り小隊の全員だった。
彼らの精神状態は最悪だった。
慣れない異世界での生活、言葉では言い表せない威圧感を持った、あるいは殺気を漲らせた先輩たち。
そして、仲間が気絶させられた。
小隊長は、全員を代表して佐藤一尉にこってりと絞られた。
そして与えられた任務、中庭警備。
所々に篝火が焚かれたそこは、実に薄気味悪い場所だった。
最初に発砲したのは、この小隊の中でも最年少の20歳の一等陸士だった。
彼は、篝火の近くで、同僚と共に周辺を警戒していた。
侵入した敵兵は四人、目的は不明。
彼の頭の中では、先ほどから一つのイメージがリピートされていた。
小銃を構えて警戒する自衛隊員。
その背後から小柄な影が近寄る。
銀色のきらめき、何かが吹き出す音、倒れる自衛官。
映画じゃないんだ、アニメじゃないんだ、こっちだって四人もいるのに、いきなりやられるわけがない。
彼は小銃を持つ手に力をこめた。
その瞬間、向こうの木立の影に、小さな影が見えた。
彼は、迷わず発砲した。
もう一組の侵入者は、小柄な、幼い姉妹だった。
彼女たちは、驚くべき事にシルフィーヌたち以外のダークエルフの生存者だった。
祖国が滅んだ時、たまたま出かけていた隊商の、最後の生き残り。
それが彼女たちの家族だった。
人間よりも遥かに長命なダークエルフだったが、それでも容赦のない弾圧の前に、一人、また一人と倒れ、次第に数は減少していた。
そんな彼女たちがここに来た理由、それは、ニホン帝国の優れた医薬品を手に入れ、病に倒れた彼女たちの母親を助けるためだった。
伝染病が発生した場合にのみ使用されるその医療技術は、知らぬ者のいない伝説となっており、それは人里から離れたダークエルフとて例外ではなかったのだ。
とはいえ、ここは人間たちが暮らす街の中心部。
この大陸の覇王となったニホン帝国軍の城である。
玄関から尋ねていって『すいません、最近体調が優れなくて』というわけにはいかない。
その為に、彼女たちは家族に黙って決死隊を結成したのだ。
医薬品があるとしたら、一体何処なのか?
てんで見当がつかなかった彼女たちは、一番近い見張りのいない入り口、厨房を目指して歩き出した。
一等陸士が発砲したのは、まさにその瞬間だった。
マズルフラッシュが中庭を照らし出し、何かが砕け散る。
「撃て撃て撃て撃てぇぇぇ!!!」
突然の発砲に混乱した三尉が叫ぶ、陸士たちは、言われるまでもなく乱射を開始した。
中庭は、たちまち賑やかになった。
弾薬庫前の三尉は、悩んでいた。
銃声からして恐らくは小隊一斉射撃。
それだけの数の敵襲があったのか?それとも怯えて乱射しているだけなのか?
分隊単位で持たされているはずの通信機は何も答えない。
恐らく、小隊長も分隊長も通信士も乱射に加わっているのだろう。
突然の銃声に驚いたのか、敵は盗聴器の可聴範囲から出てしまったらしい。
しかし、これを放置するわけにはいかない。
いかないが、既に敵の目標と思われることは判明している。
「よし、一個分隊ここに残れ、あとは来い。行くぞ」
部下たちに命じると、彼は中庭へ向かった。
既に城内は厳戒態勢であり、恐らく敵は脱出できないだろう。
ならば、目前の脅威を排除する事が先決である。
彼は、そう考えた。
西暦2020年7月15日 21:30 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地 中庭
「なるほど、貴様らは見えもしないいるかもわからない相手に、貴重な銃弾を浪費したというのだな?」
「も、申し訳ありません」
草木が砕かれ、あちこちに弾痕が残る中庭で、三尉は怒り狂っていた。
現場に到着した時、このひよっこ小隊は盛大に銃弾を消費していた。
三尉たちはすぐさま加勢しようとしたが、マズルフラッシュに照らし出される影に銃撃が集中するさまを見て、すぐさま射撃中止を叫んだ。
既に何度も実戦を経験している彼らには、恐怖から始まった誤認射撃である事がすぐさまわかったからである。
「いい射撃訓練だったろう。こんなに無駄遣いをしやがって」
ひよっこたちの足元に散らばる空の弾倉を睨みつけ、三尉は憎憎しげに呟いた。
普段は点けられていない屋外灯が照らし出す中庭は、静かなものだった。
「いっその事銃殺にするか?」
報告を受けた佐藤は、思わず呟いた。
ここは僻地である。
もちろん備蓄はそれなりにしてあるが、それでも浪費が許される場所ではない。
小隊一斉射撃は、それなりの備蓄を揺るがすには十分な量の弾薬を消費してしまった。
「どうしますか一尉?」
尋ねる二曹の口調も怒りに満ちている。
「侵入者も、二人は逃走したようです」
「残りの二人は?」
「現在別室にて所持品検査を行っています」
報告によると盗賊らしい二人組みは、どうやったか警戒網をすり抜け、逃走していた。
だが、ダークエルフの姉妹らしい二人は、厨房で腰を抜かしている所を警戒中の隊員によって発見され、拘束されていた。
そこへ、所持品検査を終えた陸曹が入ってくる。
「なにかまずいものを持っていたか?」
「いえ、簡単な開錠用具と短刀が一つ、あとは水筒程度しか持っていません」
宝目当ての盗賊か?
だが、絶滅危惧種といっても過言ではないダークエルフが、自衛隊の駐屯地に物取りに来るのは不自然だ。
「それで、こんな時間に入ってきた目的は聞き出せたか?」
「それが、どうも相手は我々の事を知らないようでして」
陸曹は困惑した様子で答えた。
何を聞いても『帝国兵に辱めは受けない』だの『殺したければ殺すがいい』だのとご立派な事を言うだけで、彼女たちは何も答えなかった。
シルフィーヌ率いるダークエルフがこちらの陣営にいるという話も『良く出来た法螺話だ』というだけで、信じようとしない。
挙句の果てには、陸曹たちの隙を突き、武器を奪って自殺しようとすらした。
「たまたま生き残っていた別の部族、という事か」
かつて存在したダークエルフの国、その生き残りが、まだ存在している。
喜ばしい事ではあるが、だからと言って諸手を挙げて歓迎するわけにはいかない。
それが敵対的な存在ではないという保障は何もないからである。
「よろしい、私も話を聞いてみよう。うまくすれば、この周辺の情報が何か入るかもしれんしな」
佐藤は立ち上がり、ダークエルフが捕らえられている部屋へと向かった。
西暦2020年7月15日 21:35 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「うーむ、まいったねぇこれは」
態度を変えようとしない少女たちを前に、佐藤は困り果てた声を出した。
水でも飲んで落ち着かないかい?
帝国兵の施しは受けない
そうか、じゃあお腹も別にすいていない?
帝国兵の施しは受けない
ていうか、俺たちは君たちに何かした?
自分の胸に聞いてみるんだな
会話は全く成立しなかった。
「つーか、俺たちはそもそも帝国軍とやらじゃないんだがねぇ」
困ったような笑みを浮かべて佐藤は二曹に言った。
「帝国軍、じゃない?」
ダークエルフの少女は、ようやくの事反応を示した。
「俺たちは自衛隊、正確には陸上自衛隊だ。
母国の名前は日本国、帝国主義なんかじゃもちろんないぞ、れっきとした民主主義国家だ」
「みんしゅ、しゅぎ?どうでもいいが、お前たちはグレザール帝国じゃないのか?」
「グレザール?ああ、あの話の通じない連中か。そんなんじゃない、さっきも言ったが、俺たちは日本国陸上自衛隊だ」
どうやら、辺境の地では相当に情報が錯綜しているらしい。
グレザール帝国というのは、かつてダークエルフの国を滅ぼしたという強大な大陸国家の事である。
帝政を敷き、純潔の人間による世界の統治を国是に掲げている。
その国力、軍事力は強大で、どうやら連合王国ですら彼らには抵抗できないらしい。
外務省と情報本部の収集した国際情勢によると、どうやら現在は別の異種族国家と戦争をしているらしい。
日本との関係は、一時は食料の交易を行っていたが、現在のところ国交は断絶状態にある。
その理由は、日本側の輸送艦艇に興味を覚えた先方が、技術情報を全て渡さないのであれば、今後は一切の輸出をストップすると通告してきたからである。
この世界においての絶対的なアドバンテージである科学技術を売り渡すわけもなく、外務省としてはなんとかお茶を濁す方針で逃れようとした。
だが、帝国側が最終的には戦争か隷属かを求めている事が判明すると、日本は全ての交渉を打ち切った。
「あんな野蛮な連中と一緒にしないでもらいたいな。
それで、違うとわかってくれた所でもう一度聞きたいが、君たちは何のためにここにきた?」
「そ、それは」
少女が言い出そうとすると、相方のもう一人が素早くそれを止める。
彼女たちの考えている事はつまりはこうだった。
帝国兵ではないことはわかった。
しかし、相手は人間である。
つまり、弱みを見せれば必ずつけこまれる。
隠れ家には十名程度いるとはいえ、あくまでもこちらは少数。
対する相手はどれだけいるのか検討もつかない。
万が一相手がこちらを滅ぼす気になれば、なすすべもなく殺されてしまう。
「俺たちは別に取って食おうっていうんじゃない、こんな時間にやってきた理由が、不快なものかどうかを知りたいだけだ。
言わないならば言わないで結構だが、言うまでは帰宅できないと考えてくれ。
それじゃあ今日は夜も遅い。申し訳ないが、今晩はここに泊まってもらうよ」
そういうと、佐藤は立ち上がった。
「まって」
先ほど止められた少女が、口を開いた。
佐藤は彼女の方を向いた。
年は19か、18か、いや、17か?
ダークエルフ特有の、たまらない美貌を持っている。
「話してくれる気になったかな?」
「私たちを、家に帰してください」
だが、少女が口にした内容は、佐藤の聞きたかったものではない。
「だから、ここに来た理由を教えてくれたらと言っているだろう?」
「話します」
必死に相方が止めているが、それでも少女は口を開き続けた。
「その、薬を、薬を分けて欲しいのです」
「薬?どんな薬だい?」
勤めて優しい口調を維持し、佐藤は尋ねた。
小声で、二曹に衛生を連れてくるように言う。
「母上が、私たちの母上が、凄い熱と痛みで苦しんでいるのです。
お願いです、貴方方の優れた薬を、私たちにも分けて欲しいのです」
「分けるのは、まあいいんだけどね」
佐藤の言葉に、少女は覚悟を決めた。
「今はありませんが、いくつか金や宝石もあります。
それでも足りなければ、私の、私の体も」
「いやいや、そういうんじゃない」
目に涙を溜めて一気に言う少女に、佐藤は苦笑しながら答えた。
「症状がわからないことには薬の出しようがない。
我々が持っていないような薬が必要になるかもしれない。
どうだろう?我々には医者とある程度の薬ならばある。
案内してくれれば、君の母上を救うことが出来るかもしれない」
「お、お医者様を?」
少女は驚いた。
この世界では、医者という存在は大魔術士よりも貴重な存在である。
彼らは薬草を薬に変える知識を持ち、話を聞いてどんな治療をすればいいのかを判断する能力も持っている。
神聖魔法では、怪我は治せても、病気を治せないのだ。
目の前の男は、その医者を、薬もつけて出してくれると言っている。
「何が目的なの」
相方、彼女の妹が、ボソリと呟いたとしても不思議ではない。
「目的?もちろん病人を治す事だが?」
「そうじゃない、その見返りに何が欲しいの?」
「ああ、そういう事か」
佐藤はようやく理解した顔を浮かべ、口を開いた。
「我々は、この近辺の情報が欲しい。
地形ではなく、資源や敵軍のものがね。
君たちはどうやら街には住んでいないようだが、そういった情報を耳にしているんじゃないか?」
彼女は理解した。
目の前の男たちは、下卑た理由ではなく、あくまでも現実的な利益を求めているのだ。
そして、山に隠れ住んでいるダークエルフたちには、確かにそういった情報があった。
「あったとして、欲しいのは情報だけなの?」
「他に何か我々に必要な何かを持っているのならば、協力を求めることがあるかもしれんがね。
少なくとも、今欲しいのはそれだけだ」
少女たちは黙り込んだ。
大方は損得勘定をしているのだろうが。
そんな事を思いつつ、佐藤は二人を見つめた。
相当な美貌だが、食生活はかなり劣悪なのだろう。
体つきに余裕がない。
服装も粗末なものだし、持っていた短刀も、金属疲労が目に見えている状態だそうだ。
苦労したんだろうな。
それと同時に、相手が持っていると想定される情報を予想する。
連合王国残党、あるいは盗賊団の情報か。
もしかしたら、こちらがまだ発見していない資源の情報が入るかもしれない。
なんにせよ、あったとして、という言い方をした以上、何らかの情報を持っていると考えるのが妥当だろうな。
「わかりました、母上を、救ってください」
ようやく決断したらしい少女たちに答えつつ、佐藤は予想を続けていた。
銃撃が発生したのは、実に下らない理由からだった。
このとき、中庭に展開していたのは、新入り小隊の全員だった。
彼らの精神状態は最悪だった。
慣れない異世界での生活、言葉では言い表せない威圧感を持った、あるいは殺気を漲らせた先輩たち。
そして、仲間が気絶させられた。
小隊長は、全員を代表して佐藤一尉にこってりと絞られた。
そして与えられた任務、中庭警備。
所々に篝火が焚かれたそこは、実に薄気味悪い場所だった。
最初に発砲したのは、この小隊の中でも最年少の20歳の一等陸士だった。
彼は、篝火の近くで、同僚と共に周辺を警戒していた。
侵入した敵兵は四人、目的は不明。
彼の頭の中では、先ほどから一つのイメージがリピートされていた。
小銃を構えて警戒する自衛隊員。
その背後から小柄な影が近寄る。
銀色のきらめき、何かが吹き出す音、倒れる自衛官。
映画じゃないんだ、アニメじゃないんだ、こっちだって四人もいるのに、いきなりやられるわけがない。
彼は小銃を持つ手に力をこめた。
その瞬間、向こうの木立の影に、小さな影が見えた。
彼は、迷わず発砲した。
もう一組の侵入者は、小柄な、幼い姉妹だった。
彼女たちは、驚くべき事にシルフィーヌたち以外のダークエルフの生存者だった。
祖国が滅んだ時、たまたま出かけていた隊商の、最後の生き残り。
それが彼女たちの家族だった。
人間よりも遥かに長命なダークエルフだったが、それでも容赦のない弾圧の前に、一人、また一人と倒れ、次第に数は減少していた。
そんな彼女たちがここに来た理由、それは、ニホン帝国の優れた医薬品を手に入れ、病に倒れた彼女たちの母親を助けるためだった。
伝染病が発生した場合にのみ使用されるその医療技術は、知らぬ者のいない伝説となっており、それは人里から離れたダークエルフとて例外ではなかったのだ。
とはいえ、ここは人間たちが暮らす街の中心部。
この大陸の覇王となったニホン帝国軍の城である。
玄関から尋ねていって『すいません、最近体調が優れなくて』というわけにはいかない。
その為に、彼女たちは家族に黙って決死隊を結成したのだ。
医薬品があるとしたら、一体何処なのか?
てんで見当がつかなかった彼女たちは、一番近い見張りのいない入り口、厨房を目指して歩き出した。
一等陸士が発砲したのは、まさにその瞬間だった。
マズルフラッシュが中庭を照らし出し、何かが砕け散る。
「撃て撃て撃て撃てぇぇぇ!!!」
突然の発砲に混乱した三尉が叫ぶ、陸士たちは、言われるまでもなく乱射を開始した。
中庭は、たちまち賑やかになった。
弾薬庫前の三尉は、悩んでいた。
銃声からして恐らくは小隊一斉射撃。
それだけの数の敵襲があったのか?それとも怯えて乱射しているだけなのか?
分隊単位で持たされているはずの通信機は何も答えない。
恐らく、小隊長も分隊長も通信士も乱射に加わっているのだろう。
突然の銃声に驚いたのか、敵は盗聴器の可聴範囲から出てしまったらしい。
しかし、これを放置するわけにはいかない。
いかないが、既に敵の目標と思われることは判明している。
「よし、一個分隊ここに残れ、あとは来い。行くぞ」
部下たちに命じると、彼は中庭へ向かった。
既に城内は厳戒態勢であり、恐らく敵は脱出できないだろう。
ならば、目前の脅威を排除する事が先決である。
彼は、そう考えた。
西暦2020年7月15日 21:30 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地 中庭
「なるほど、貴様らは見えもしないいるかもわからない相手に、貴重な銃弾を浪費したというのだな?」
「も、申し訳ありません」
草木が砕かれ、あちこちに弾痕が残る中庭で、三尉は怒り狂っていた。
現場に到着した時、このひよっこ小隊は盛大に銃弾を消費していた。
三尉たちはすぐさま加勢しようとしたが、マズルフラッシュに照らし出される影に銃撃が集中するさまを見て、すぐさま射撃中止を叫んだ。
既に何度も実戦を経験している彼らには、恐怖から始まった誤認射撃である事がすぐさまわかったからである。
「いい射撃訓練だったろう。こんなに無駄遣いをしやがって」
ひよっこたちの足元に散らばる空の弾倉を睨みつけ、三尉は憎憎しげに呟いた。
普段は点けられていない屋外灯が照らし出す中庭は、静かなものだった。
「いっその事銃殺にするか?」
報告を受けた佐藤は、思わず呟いた。
ここは僻地である。
もちろん備蓄はそれなりにしてあるが、それでも浪費が許される場所ではない。
小隊一斉射撃は、それなりの備蓄を揺るがすには十分な量の弾薬を消費してしまった。
「どうしますか一尉?」
尋ねる二曹の口調も怒りに満ちている。
「侵入者も、二人は逃走したようです」
「残りの二人は?」
「現在別室にて所持品検査を行っています」
報告によると盗賊らしい二人組みは、どうやったか警戒網をすり抜け、逃走していた。
だが、ダークエルフの姉妹らしい二人は、厨房で腰を抜かしている所を警戒中の隊員によって発見され、拘束されていた。
そこへ、所持品検査を終えた陸曹が入ってくる。
「なにかまずいものを持っていたか?」
「いえ、簡単な開錠用具と短刀が一つ、あとは水筒程度しか持っていません」
宝目当ての盗賊か?
だが、絶滅危惧種といっても過言ではないダークエルフが、自衛隊の駐屯地に物取りに来るのは不自然だ。
「それで、こんな時間に入ってきた目的は聞き出せたか?」
「それが、どうも相手は我々の事を知らないようでして」
陸曹は困惑した様子で答えた。
何を聞いても『帝国兵に辱めは受けない』だの『殺したければ殺すがいい』だのとご立派な事を言うだけで、彼女たちは何も答えなかった。
シルフィーヌ率いるダークエルフがこちらの陣営にいるという話も『良く出来た法螺話だ』というだけで、信じようとしない。
挙句の果てには、陸曹たちの隙を突き、武器を奪って自殺しようとすらした。
「たまたま生き残っていた別の部族、という事か」
かつて存在したダークエルフの国、その生き残りが、まだ存在している。
喜ばしい事ではあるが、だからと言って諸手を挙げて歓迎するわけにはいかない。
それが敵対的な存在ではないという保障は何もないからである。
「よろしい、私も話を聞いてみよう。うまくすれば、この周辺の情報が何か入るかもしれんしな」
佐藤は立ち上がり、ダークエルフが捕らえられている部屋へと向かった。
西暦2020年7月15日 21:35 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「うーむ、まいったねぇこれは」
態度を変えようとしない少女たちを前に、佐藤は困り果てた声を出した。
水でも飲んで落ち着かないかい?
帝国兵の施しは受けない
そうか、じゃあお腹も別にすいていない?
帝国兵の施しは受けない
ていうか、俺たちは君たちに何かした?
自分の胸に聞いてみるんだな
会話は全く成立しなかった。
「つーか、俺たちはそもそも帝国軍とやらじゃないんだがねぇ」
困ったような笑みを浮かべて佐藤は二曹に言った。
「帝国軍、じゃない?」
ダークエルフの少女は、ようやくの事反応を示した。
「俺たちは自衛隊、正確には陸上自衛隊だ。
母国の名前は日本国、帝国主義なんかじゃもちろんないぞ、れっきとした民主主義国家だ」
「みんしゅ、しゅぎ?どうでもいいが、お前たちはグレザール帝国じゃないのか?」
「グレザール?ああ、あの話の通じない連中か。そんなんじゃない、さっきも言ったが、俺たちは日本国陸上自衛隊だ」
どうやら、辺境の地では相当に情報が錯綜しているらしい。
グレザール帝国というのは、かつてダークエルフの国を滅ぼしたという強大な大陸国家の事である。
帝政を敷き、純潔の人間による世界の統治を国是に掲げている。
その国力、軍事力は強大で、どうやら連合王国ですら彼らには抵抗できないらしい。
外務省と情報本部の収集した国際情勢によると、どうやら現在は別の異種族国家と戦争をしているらしい。
日本との関係は、一時は食料の交易を行っていたが、現在のところ国交は断絶状態にある。
その理由は、日本側の輸送艦艇に興味を覚えた先方が、技術情報を全て渡さないのであれば、今後は一切の輸出をストップすると通告してきたからである。
この世界においての絶対的なアドバンテージである科学技術を売り渡すわけもなく、外務省としてはなんとかお茶を濁す方針で逃れようとした。
だが、帝国側が最終的には戦争か隷属かを求めている事が判明すると、日本は全ての交渉を打ち切った。
「あんな野蛮な連中と一緒にしないでもらいたいな。
それで、違うとわかってくれた所でもう一度聞きたいが、君たちは何のためにここにきた?」
「そ、それは」
少女が言い出そうとすると、相方のもう一人が素早くそれを止める。
彼女たちの考えている事はつまりはこうだった。
帝国兵ではないことはわかった。
しかし、相手は人間である。
つまり、弱みを見せれば必ずつけこまれる。
隠れ家には十名程度いるとはいえ、あくまでもこちらは少数。
対する相手はどれだけいるのか検討もつかない。
万が一相手がこちらを滅ぼす気になれば、なすすべもなく殺されてしまう。
「俺たちは別に取って食おうっていうんじゃない、こんな時間にやってきた理由が、不快なものかどうかを知りたいだけだ。
言わないならば言わないで結構だが、言うまでは帰宅できないと考えてくれ。
それじゃあ今日は夜も遅い。申し訳ないが、今晩はここに泊まってもらうよ」
そういうと、佐藤は立ち上がった。
「まって」
先ほど止められた少女が、口を開いた。
佐藤は彼女の方を向いた。
年は19か、18か、いや、17か?
ダークエルフ特有の、たまらない美貌を持っている。
「話してくれる気になったかな?」
「私たちを、家に帰してください」
だが、少女が口にした内容は、佐藤の聞きたかったものではない。
「だから、ここに来た理由を教えてくれたらと言っているだろう?」
「話します」
必死に相方が止めているが、それでも少女は口を開き続けた。
「その、薬を、薬を分けて欲しいのです」
「薬?どんな薬だい?」
勤めて優しい口調を維持し、佐藤は尋ねた。
小声で、二曹に衛生を連れてくるように言う。
「母上が、私たちの母上が、凄い熱と痛みで苦しんでいるのです。
お願いです、貴方方の優れた薬を、私たちにも分けて欲しいのです」
「分けるのは、まあいいんだけどね」
佐藤の言葉に、少女は覚悟を決めた。
「今はありませんが、いくつか金や宝石もあります。
それでも足りなければ、私の、私の体も」
「いやいや、そういうんじゃない」
目に涙を溜めて一気に言う少女に、佐藤は苦笑しながら答えた。
「症状がわからないことには薬の出しようがない。
我々が持っていないような薬が必要になるかもしれない。
どうだろう?我々には医者とある程度の薬ならばある。
案内してくれれば、君の母上を救うことが出来るかもしれない」
「お、お医者様を?」
少女は驚いた。
この世界では、医者という存在は大魔術士よりも貴重な存在である。
彼らは薬草を薬に変える知識を持ち、話を聞いてどんな治療をすればいいのかを判断する能力も持っている。
神聖魔法では、怪我は治せても、病気を治せないのだ。
目の前の男は、その医者を、薬もつけて出してくれると言っている。
「何が目的なの」
相方、彼女の妹が、ボソリと呟いたとしても不思議ではない。
「目的?もちろん病人を治す事だが?」
「そうじゃない、その見返りに何が欲しいの?」
「ああ、そういう事か」
佐藤はようやく理解した顔を浮かべ、口を開いた。
「我々は、この近辺の情報が欲しい。
地形ではなく、資源や敵軍のものがね。
君たちはどうやら街には住んでいないようだが、そういった情報を耳にしているんじゃないか?」
彼女は理解した。
目の前の男たちは、下卑た理由ではなく、あくまでも現実的な利益を求めているのだ。
そして、山に隠れ住んでいるダークエルフたちには、確かにそういった情報があった。
「あったとして、欲しいのは情報だけなの?」
「他に何か我々に必要な何かを持っているのならば、協力を求めることがあるかもしれんがね。
少なくとも、今欲しいのはそれだけだ」
少女たちは黙り込んだ。
大方は損得勘定をしているのだろうが。
そんな事を思いつつ、佐藤は二人を見つめた。
相当な美貌だが、食生活はかなり劣悪なのだろう。
体つきに余裕がない。
服装も粗末なものだし、持っていた短刀も、金属疲労が目に見えている状態だそうだ。
苦労したんだろうな。
それと同時に、相手が持っていると想定される情報を予想する。
連合王国残党、あるいは盗賊団の情報か。
もしかしたら、こちらがまだ発見していない資源の情報が入るかもしれない。
なんにせよ、あったとして、という言い方をした以上、何らかの情報を持っていると考えるのが妥当だろうな。
「わかりました、母上を、救ってください」
ようやく決断したらしい少女たちに答えつつ、佐藤は予想を続けていた。