西暦2020年7月21日 21:31 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 近郊
「ねえ」
邪悪な笑みを浮かべた佐藤に声をかけたのは、ここまで同行していた先ほどの女性だった。
「手短に頼むよ」
「そういえば、どうして私に気がついたのさ?」
彼女は、裏の世界でも名の通った盗賊だった。
それが、ただ中庭を歩いていただけで拘束されたのだ。
不思議に思っても無理はない。
「あなたは、私たちのことを怖いと思いますか?特に、この三尉を」
塗料を塗りたくり、小銃を片手に待機している三尉を示しつつ、佐藤は尋ねた。
「あのねぇ、こう見えても、アタシは名の通った盗賊だよ?
気合の入った兵隊を見て怯えてるようじゃあ手下がついてこないじゃないさね」
「それが答えですよ。
あの城では、誰もがこいつらに怯えていた。
まぁ、突然やってきた新たの領主の、それも尋常ではない様子の兵隊ですから、無理もない事ですがね。
その隣を、美人なのに見覚えがないメイドが平然と歩いていたら、それは誰だって不審に思うでしょう」
後半はやや呆れたような発音で佐藤が言う。
「まいったねぇ、アタシとした事が、そんな下らない事でバレるとはね」
「さあ、納得してくれたところで静かにして下さい、始めますからね」
佐藤は女性を黙らせ、前方の村を睨んだ。
所々から酒を飲んでいるらしい男たちの歌声や歓声が聞こえてくる。
どうやら、こちらの接近は気づかれていないらしい。
しかし、こんな無用心な連中の存在に気づかないとは、俺も弛んでいたんだな。
「一尉殿、攻撃を始めないんですか?」
陸曹を従えた三尉が尋ねた。
佐藤に声をかけてはいるが、その視線は村へと向かっている。
「始めるぞ」
佐藤は襟元の送信機に向かい、小声で呟いた。
「撃ち方はじめ」
夜の闇を切り裂いて、無数の銃火が現れた。
連続して銃声が鳴り響き、そして村の中から悲鳴が溢れ出す。
「出来るだけ逃がすな。連中に立ち直る余裕を与えるなよ」
直ぐ隣で部下たちに命令を下している三尉に命じつつ、佐藤は視界に広がる地獄を見た。
いくつもの建物に分譲しているらしい敵軍は、控えめに言って大混乱だった。
彼らは、完全な奇襲を受けていた。
それもそのはず、この村は少なくとも一個小隊規模の歩哨によって警戒されていたのだ。
通常ならば、それらに発見される事なくこのような奇襲が起こる事はありえないだろう。
だが、佐藤たちにはそれが可能だった。
数名の盗賊と、無数のレンジャー資格者がそれを可能にしていた。
「左!弓兵だぞ!撃てぇ!」
佐藤の命令が下り、銃声がそれに答える。
大地に足を踏ん張り、今まさに弓を放とうとしていた敵兵たちは、全身を引き裂かれて壊滅した。
「一尉、敵が逃げます」
三尉の言葉に夜間双眼鏡を覗くと、剣を手にした男たちは、大慌てで森に逃げ込もうとしているのが見えた。
ふむ、あの太った男が指揮官か?
「逃がすなよ三尉」
「わかっております」
素早く小銃を構えた彼は、男たちに向けて短い連射を叩き込んだ。
佐藤の視界では、太った男の頭部が消え去り、周囲の男たちの胴体から何かが飛び散る情景が広がっていた。
「双眼鏡でわざわざ観察するものじゃないな」
不快そうに言いつつ、村へと視線を移す。
敵軍は相変わらず統制を取り戻していなかった。
続々と建物の中から剣を持った男たちが飛び出しては来るが、彼らは周囲から鳴り響く銃声に驚き、仲間の死体に怯え、そして銃弾で死んでいった。
「圧倒的じゃないか、我が軍は」
愉快そうに彼は呟き、敵兵の数をざっと数えた。
百人いるかいないかか?
残りはどこへ行ったんだ?
「二曹」
「敵は大半をどこかへやったようですね。まずい事になりました」
「城は無事か?」
「今のところ襲撃を受けたという報告は入っていません」
「ふむ」
銃声の鳴り響く中、佐藤は残りの二百人の行方を考えた。
この周辺で奇襲の準備をしているのか?
いや、さすがにそれだけの人数を見落とすほどこっちは無能じゃない。
では、まだ建物の中にいる?
いや、○ナバ物置じゃあるまいし、そこまでの人数が入るとは思えない。
いや、イ○バ物置は百人入ってもではなく、乗っても大丈夫だったか。
いや、そんな事を考えている場合ではない。
「周辺警戒を怠るな。どこへ行ったと思う?」
「もちろん命じてあります。
敵の兵站部隊のルートを辿るべきかと。恐らくはその先に」
一個中隊を養える兵站ルート。
その先には、当たり前の事だが物資集積所か何かがあるはずだ。
そして、そこに物資を集めるための組織がある。
武力による徴発だけで、物資を集め続ける事などできるのか?
「三尉」
「はっ」
いつの間にか長距離行軍の準備を整えた三尉が、一個分隊と共に現れた。
「ん、よろしい、一個分隊を率いて撤退する敵軍を追尾しろ。
敵の兵站拠点を発見次第連絡だ」
「了解しました」
「攻撃はもう直ぐ終わる。そしたら頼むぞ」
命令を伝え終わると、佐藤は村へと視線を戻した。
戦闘は終わろうとしていた。
敵軍はとうとうこちらを認識せずに、撤退を決意したらしい。
男たちの集団が、銃弾によって削り取られつつも村から離れつつある。
「行きます」
佐藤の隣を三尉率いる偵察班が駆け抜け、集団の後を追って村から離れていった。
「前進する!生存者に気をつけろ!!」
彼は声を挙げ、前進を開始した。
眼前に広がる村では、銃弾を受けた男たちの呻き声が絶えず聞こえていた。
西暦2020年7月21日 21:42 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 近郊
「うわぁ、こいつはひでぇな」
自分の命令で発生した地獄の中で、佐藤は他人事のようなコメントを発した。
「生存者に気をつけろ!」
口々に警告の言葉を発しつつ、前進を続ける部下たちを眺める。
死体を蹴り飛ばし、様子がおかしいものには容赦なく銃剣を突き立てる。
今のところ、三人ほど死んだ振りをしていた敵兵を殺害しているが、こちらに損害は発生していない。
「弱すぎますね」
佐藤の隣で小銃を構えつつ警戒していた二曹が言った。
確かに、敵はあまりにも弱すぎた。
奇襲をかけ、さらに夜闇から自動小銃や機関銃で攻撃を仕掛けたのだから一方的になるのはわかる。
しかし、それにしても敵は弱すぎた。
「何かあるな・・・ん?」
「どうされました?」
「見てみろ」
並べられた死体を指す。
「なんですか?ああ、これは」
二曹は納得したらしい。
そこには、兵隊といわれて思い浮かぶような男たちの姿はなかった。
どれも年配の、この世界ならば老人と呼んでも差し支えのない年代の男性しかいなかった。
「予備役か?」
「この世界の軍隊制度から考えると、徴兵された村人かなにかかと」
「ふーむ、それならば弱さも理解できるか」
納得しつつ、一際大きな建物に視線が向く。
あの中では、強制的な奉仕活動に従事させられていた女性たちを衛生科が治療しているはずだ。
何かに違和感を覚える。
建物は普通だ。
ならばなんだ?
死体もいい、それはそこらじゅうにある。
違う、血飛沫のかかった壁、そこにある国旗。
それは、見た事もない国旗だった。
「おい、ありゃあどこの国旗だ?」
「え?ああ、確かに見た事がありませんね」
二曹も見覚えがないらしい。
「あれはグレザール帝国の国旗じゃないか」
二人に女性が声をかけた。
見ると、手下を連れた女性が、死体の山に顔を顰めつつこちらへ歩いてくるところだった。
「連合王国の国旗がないところを見ると、この連中、グレザール帝国の軍隊だね」
「帝国の?うーん、それはまずいねぇ」
見る見るうちに憂鬱そうな表情になる佐藤。
旧連合王国領の統治すら完成していないのに、また新しい戦争が出来るわけがない。
それなのに、俺たちは盛大に始めてしまった。
司令部にどう報告したらいいものか。
「焼いちまおう」
「は?一尉、いまなんと?」
「なんでもない。民間人を保護し、撤退する。急げ!」
西暦2020年7月23日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「はい、そうです一佐殿」
通信機に向かった佐藤が恐縮した様子で話す。
基地に帰還した後、佐藤と二曹はなかった事にするか、それとも事実を偽造するかで盛大に衝突した。
だが、いずれはバレるであろうという判断と、これが悪しき前例になる事を考え、正直に司令部に報告する事になった。
指揮権剥奪の上待命を申し付けられるか、はたまた銃弾をもう一発だけ使用して現世逃避するように命じられるか?
佐藤の内心は憂鬱さと恐怖で一杯だった。
<まずい事をしてくれたな一尉。と言いたい所だが、まあいい>
しかし、通信機から流れ出た言葉は、彼の想定の範囲外にあった。
「は?」
<まあいいと言ったんだ。こちらの所属はバレていないな?
武士みたいにやあやあ我こそは陸上自衛隊一等陸尉であるとか言っていないな?>
「ああ、それは大丈夫です。先ほど報告したように、闇夜に乗じての十字砲火ですから。
連中、こちらの存在すらきちんと視認しているかどうか」
<・・・はい?わかりました。一尉、外務省の鈴木さんと変わる>
ごそごそと人が動く音が聞こえ、聞き覚えのある役人の声が通信機から流れ出した。
<聞こえますか?外務省の鈴木です。お久しぶりですね>
「お久しぶりです、それでご用件はなんでしょうか?」
<グレザール帝国軍と交戦したという事ですが、敵軍は連合王国と大差のない存在で間違いありませんね?>
「ええ、あれが標準だとすれば、連合王国と変わりません」
おいおい、まさかこの男、また戦争する気かよ。
答えつつ、佐藤はこの先自分が見舞われる運命が、なんとなく予測できた。
<こちらで掴んでいる情報でも同様です。
ご安心下さい、万が一、連中と戦争になったとしても我が国が敗北する事もないでしょう。
彼らの戦術面ではどうでしたか?>
「戦術面はわかりませんな、何しろこっちの奇襲から立ち直ることなく壊走していきましたから。
ああ、つまり大した事がないってことか」
勘弁してくれよ。
佐藤の心の中は、その一言で埋め尽くされていた。
チートコードを入力したら物資が無限に沸いてくるわけじゃないんだぞ。
<ご安心下さい、勝手気ままに戦線を拡大するつもりも余裕も、まだ日本にはありませんよ>
「まだ?」
<覇権国家同士は、いずれ衝突する運命にあると考えて当然でしょう?>
「日本はこの世界において覇を唱えると?」
<当たり前でしょう?>
鈴木は呆れたような声を出した。
<我々日本人が元の生活水準を取り戻すには、拡大は避けては通れない道です。
そして、剣と魔法の世界で拡大を行うには、信頼と友情よりも重視すべきものがあります>
「リアルシヴィライゼーションでもしているつもりか?」
<私はね、佐藤さん。
高給が欲しくて外務省に入ったんじゃない。
世界のみんなと仲良くしたいんです、などと小学生みたいな目的でもない。
外交という道具を駆使して、日本国をより一層発展させ、世界一の超大国にするために外務省に入ったんです。
その為に戦争が必要ならば、躊躇する必要はない。
そう判断したからこそ、連合王国を滅ぼし、グレザール帝国との戦争も止むなしと考えているに過ぎません>
「なるほどねぇ」
佐藤は納得した。
少なくとも危険な男ではなさそうだ。
公共の利益と合致する自身の目的のために、必要と判断した行動を取る。
公務員として、恥ずべき行動ではない。
「それで、自分たちはどうすればいいのでしょうか?」
<時期が来るまでは情報収集に当たってください。
貴方の担当している地域は、非常に重要な意味を持つ可能性があります。
こちらの情報が漏れない範囲で、可能な限りグレザール帝国の情報を集めてください>
「僅か一個中隊で?」
<必要な人材、機材などは、自衛隊の上の方で回すでしょう。
そこは私が口を挟める事ではないからわかりかねますが、救国防衛会議は、可能な限りご協力しますよ>
それじゃあ日本の総力を挙げてのバックアップがあるという事じゃないか。
おいおい、俺はそんな重大な任務を取り仕切るような人間じゃないぞ。
「わかりました。微力を尽くします」
<尽くしてください。少なくとも俸給に見合った額はね。
それでは一佐殿に代わります>
公務員としては信頼できるが、人間としては好きになれそうもない奴だな。
そんな事を思いつつ、佐藤は一佐に必要と思われる物資や支援を要請した。
「ねえ」
邪悪な笑みを浮かべた佐藤に声をかけたのは、ここまで同行していた先ほどの女性だった。
「手短に頼むよ」
「そういえば、どうして私に気がついたのさ?」
彼女は、裏の世界でも名の通った盗賊だった。
それが、ただ中庭を歩いていただけで拘束されたのだ。
不思議に思っても無理はない。
「あなたは、私たちのことを怖いと思いますか?特に、この三尉を」
塗料を塗りたくり、小銃を片手に待機している三尉を示しつつ、佐藤は尋ねた。
「あのねぇ、こう見えても、アタシは名の通った盗賊だよ?
気合の入った兵隊を見て怯えてるようじゃあ手下がついてこないじゃないさね」
「それが答えですよ。
あの城では、誰もがこいつらに怯えていた。
まぁ、突然やってきた新たの領主の、それも尋常ではない様子の兵隊ですから、無理もない事ですがね。
その隣を、美人なのに見覚えがないメイドが平然と歩いていたら、それは誰だって不審に思うでしょう」
後半はやや呆れたような発音で佐藤が言う。
「まいったねぇ、アタシとした事が、そんな下らない事でバレるとはね」
「さあ、納得してくれたところで静かにして下さい、始めますからね」
佐藤は女性を黙らせ、前方の村を睨んだ。
所々から酒を飲んでいるらしい男たちの歌声や歓声が聞こえてくる。
どうやら、こちらの接近は気づかれていないらしい。
しかし、こんな無用心な連中の存在に気づかないとは、俺も弛んでいたんだな。
「一尉殿、攻撃を始めないんですか?」
陸曹を従えた三尉が尋ねた。
佐藤に声をかけてはいるが、その視線は村へと向かっている。
「始めるぞ」
佐藤は襟元の送信機に向かい、小声で呟いた。
「撃ち方はじめ」
夜の闇を切り裂いて、無数の銃火が現れた。
連続して銃声が鳴り響き、そして村の中から悲鳴が溢れ出す。
「出来るだけ逃がすな。連中に立ち直る余裕を与えるなよ」
直ぐ隣で部下たちに命令を下している三尉に命じつつ、佐藤は視界に広がる地獄を見た。
いくつもの建物に分譲しているらしい敵軍は、控えめに言って大混乱だった。
彼らは、完全な奇襲を受けていた。
それもそのはず、この村は少なくとも一個小隊規模の歩哨によって警戒されていたのだ。
通常ならば、それらに発見される事なくこのような奇襲が起こる事はありえないだろう。
だが、佐藤たちにはそれが可能だった。
数名の盗賊と、無数のレンジャー資格者がそれを可能にしていた。
「左!弓兵だぞ!撃てぇ!」
佐藤の命令が下り、銃声がそれに答える。
大地に足を踏ん張り、今まさに弓を放とうとしていた敵兵たちは、全身を引き裂かれて壊滅した。
「一尉、敵が逃げます」
三尉の言葉に夜間双眼鏡を覗くと、剣を手にした男たちは、大慌てで森に逃げ込もうとしているのが見えた。
ふむ、あの太った男が指揮官か?
「逃がすなよ三尉」
「わかっております」
素早く小銃を構えた彼は、男たちに向けて短い連射を叩き込んだ。
佐藤の視界では、太った男の頭部が消え去り、周囲の男たちの胴体から何かが飛び散る情景が広がっていた。
「双眼鏡でわざわざ観察するものじゃないな」
不快そうに言いつつ、村へと視線を移す。
敵軍は相変わらず統制を取り戻していなかった。
続々と建物の中から剣を持った男たちが飛び出しては来るが、彼らは周囲から鳴り響く銃声に驚き、仲間の死体に怯え、そして銃弾で死んでいった。
「圧倒的じゃないか、我が軍は」
愉快そうに彼は呟き、敵兵の数をざっと数えた。
百人いるかいないかか?
残りはどこへ行ったんだ?
「二曹」
「敵は大半をどこかへやったようですね。まずい事になりました」
「城は無事か?」
「今のところ襲撃を受けたという報告は入っていません」
「ふむ」
銃声の鳴り響く中、佐藤は残りの二百人の行方を考えた。
この周辺で奇襲の準備をしているのか?
いや、さすがにそれだけの人数を見落とすほどこっちは無能じゃない。
では、まだ建物の中にいる?
いや、○ナバ物置じゃあるまいし、そこまでの人数が入るとは思えない。
いや、イ○バ物置は百人入ってもではなく、乗っても大丈夫だったか。
いや、そんな事を考えている場合ではない。
「周辺警戒を怠るな。どこへ行ったと思う?」
「もちろん命じてあります。
敵の兵站部隊のルートを辿るべきかと。恐らくはその先に」
一個中隊を養える兵站ルート。
その先には、当たり前の事だが物資集積所か何かがあるはずだ。
そして、そこに物資を集めるための組織がある。
武力による徴発だけで、物資を集め続ける事などできるのか?
「三尉」
「はっ」
いつの間にか長距離行軍の準備を整えた三尉が、一個分隊と共に現れた。
「ん、よろしい、一個分隊を率いて撤退する敵軍を追尾しろ。
敵の兵站拠点を発見次第連絡だ」
「了解しました」
「攻撃はもう直ぐ終わる。そしたら頼むぞ」
命令を伝え終わると、佐藤は村へと視線を戻した。
戦闘は終わろうとしていた。
敵軍はとうとうこちらを認識せずに、撤退を決意したらしい。
男たちの集団が、銃弾によって削り取られつつも村から離れつつある。
「行きます」
佐藤の隣を三尉率いる偵察班が駆け抜け、集団の後を追って村から離れていった。
「前進する!生存者に気をつけろ!!」
彼は声を挙げ、前進を開始した。
眼前に広がる村では、銃弾を受けた男たちの呻き声が絶えず聞こえていた。
西暦2020年7月21日 21:42 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 近郊
「うわぁ、こいつはひでぇな」
自分の命令で発生した地獄の中で、佐藤は他人事のようなコメントを発した。
「生存者に気をつけろ!」
口々に警告の言葉を発しつつ、前進を続ける部下たちを眺める。
死体を蹴り飛ばし、様子がおかしいものには容赦なく銃剣を突き立てる。
今のところ、三人ほど死んだ振りをしていた敵兵を殺害しているが、こちらに損害は発生していない。
「弱すぎますね」
佐藤の隣で小銃を構えつつ警戒していた二曹が言った。
確かに、敵はあまりにも弱すぎた。
奇襲をかけ、さらに夜闇から自動小銃や機関銃で攻撃を仕掛けたのだから一方的になるのはわかる。
しかし、それにしても敵は弱すぎた。
「何かあるな・・・ん?」
「どうされました?」
「見てみろ」
並べられた死体を指す。
「なんですか?ああ、これは」
二曹は納得したらしい。
そこには、兵隊といわれて思い浮かぶような男たちの姿はなかった。
どれも年配の、この世界ならば老人と呼んでも差し支えのない年代の男性しかいなかった。
「予備役か?」
「この世界の軍隊制度から考えると、徴兵された村人かなにかかと」
「ふーむ、それならば弱さも理解できるか」
納得しつつ、一際大きな建物に視線が向く。
あの中では、強制的な奉仕活動に従事させられていた女性たちを衛生科が治療しているはずだ。
何かに違和感を覚える。
建物は普通だ。
ならばなんだ?
死体もいい、それはそこらじゅうにある。
違う、血飛沫のかかった壁、そこにある国旗。
それは、見た事もない国旗だった。
「おい、ありゃあどこの国旗だ?」
「え?ああ、確かに見た事がありませんね」
二曹も見覚えがないらしい。
「あれはグレザール帝国の国旗じゃないか」
二人に女性が声をかけた。
見ると、手下を連れた女性が、死体の山に顔を顰めつつこちらへ歩いてくるところだった。
「連合王国の国旗がないところを見ると、この連中、グレザール帝国の軍隊だね」
「帝国の?うーん、それはまずいねぇ」
見る見るうちに憂鬱そうな表情になる佐藤。
旧連合王国領の統治すら完成していないのに、また新しい戦争が出来るわけがない。
それなのに、俺たちは盛大に始めてしまった。
司令部にどう報告したらいいものか。
「焼いちまおう」
「は?一尉、いまなんと?」
「なんでもない。民間人を保護し、撤退する。急げ!」
西暦2020年7月23日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「はい、そうです一佐殿」
通信機に向かった佐藤が恐縮した様子で話す。
基地に帰還した後、佐藤と二曹はなかった事にするか、それとも事実を偽造するかで盛大に衝突した。
だが、いずれはバレるであろうという判断と、これが悪しき前例になる事を考え、正直に司令部に報告する事になった。
指揮権剥奪の上待命を申し付けられるか、はたまた銃弾をもう一発だけ使用して現世逃避するように命じられるか?
佐藤の内心は憂鬱さと恐怖で一杯だった。
<まずい事をしてくれたな一尉。と言いたい所だが、まあいい>
しかし、通信機から流れ出た言葉は、彼の想定の範囲外にあった。
「は?」
<まあいいと言ったんだ。こちらの所属はバレていないな?
武士みたいにやあやあ我こそは陸上自衛隊一等陸尉であるとか言っていないな?>
「ああ、それは大丈夫です。先ほど報告したように、闇夜に乗じての十字砲火ですから。
連中、こちらの存在すらきちんと視認しているかどうか」
<・・・はい?わかりました。一尉、外務省の鈴木さんと変わる>
ごそごそと人が動く音が聞こえ、聞き覚えのある役人の声が通信機から流れ出した。
<聞こえますか?外務省の鈴木です。お久しぶりですね>
「お久しぶりです、それでご用件はなんでしょうか?」
<グレザール帝国軍と交戦したという事ですが、敵軍は連合王国と大差のない存在で間違いありませんね?>
「ええ、あれが標準だとすれば、連合王国と変わりません」
おいおい、まさかこの男、また戦争する気かよ。
答えつつ、佐藤はこの先自分が見舞われる運命が、なんとなく予測できた。
<こちらで掴んでいる情報でも同様です。
ご安心下さい、万が一、連中と戦争になったとしても我が国が敗北する事もないでしょう。
彼らの戦術面ではどうでしたか?>
「戦術面はわかりませんな、何しろこっちの奇襲から立ち直ることなく壊走していきましたから。
ああ、つまり大した事がないってことか」
勘弁してくれよ。
佐藤の心の中は、その一言で埋め尽くされていた。
チートコードを入力したら物資が無限に沸いてくるわけじゃないんだぞ。
<ご安心下さい、勝手気ままに戦線を拡大するつもりも余裕も、まだ日本にはありませんよ>
「まだ?」
<覇権国家同士は、いずれ衝突する運命にあると考えて当然でしょう?>
「日本はこの世界において覇を唱えると?」
<当たり前でしょう?>
鈴木は呆れたような声を出した。
<我々日本人が元の生活水準を取り戻すには、拡大は避けては通れない道です。
そして、剣と魔法の世界で拡大を行うには、信頼と友情よりも重視すべきものがあります>
「リアルシヴィライゼーションでもしているつもりか?」
<私はね、佐藤さん。
高給が欲しくて外務省に入ったんじゃない。
世界のみんなと仲良くしたいんです、などと小学生みたいな目的でもない。
外交という道具を駆使して、日本国をより一層発展させ、世界一の超大国にするために外務省に入ったんです。
その為に戦争が必要ならば、躊躇する必要はない。
そう判断したからこそ、連合王国を滅ぼし、グレザール帝国との戦争も止むなしと考えているに過ぎません>
「なるほどねぇ」
佐藤は納得した。
少なくとも危険な男ではなさそうだ。
公共の利益と合致する自身の目的のために、必要と判断した行動を取る。
公務員として、恥ずべき行動ではない。
「それで、自分たちはどうすればいいのでしょうか?」
<時期が来るまでは情報収集に当たってください。
貴方の担当している地域は、非常に重要な意味を持つ可能性があります。
こちらの情報が漏れない範囲で、可能な限りグレザール帝国の情報を集めてください>
「僅か一個中隊で?」
<必要な人材、機材などは、自衛隊の上の方で回すでしょう。
そこは私が口を挟める事ではないからわかりかねますが、救国防衛会議は、可能な限りご協力しますよ>
それじゃあ日本の総力を挙げてのバックアップがあるという事じゃないか。
おいおい、俺はそんな重大な任務を取り仕切るような人間じゃないぞ。
「わかりました。微力を尽くします」
<尽くしてください。少なくとも俸給に見合った額はね。
それでは一佐殿に代わります>
公務員としては信頼できるが、人間としては好きになれそうもない奴だな。
そんな事を思いつつ、佐藤は一佐に必要と思われる物資や支援を要請した。