自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2020年11月21日  03:20  自衛隊札幌病院  佐藤の病室  

「まいったなぁ」  

ドアを眺めつつ佐藤は呟いた。  
さすがにドアを破られる恐れはないが、かといってこちらは出る事ができない。  
困った話である。  

「こっちの武器は、と」  

血まみれの椅子。  
小ぶりの包丁。  
昇進試験用の分厚いテキスト。  

「まったく、普段だったら自動小銃に拳銃に、武装した部下や友軍がたくさんだというのにな」  

呟きつつも椅子の足をへし折り、足の部分に包丁をガムテープで固定する。  
やや離れた場所を攻撃できる槍の完成である。  

「しかしなぁ、相手人間じゃないしなぁ」  

刃物を振り回しても相手は怯んでくれない。  
もちろん怪我をさせても相手の戦闘能力は奪えない。  
こいつら相手の場合には、格闘技のプロでも剣術の達人でもダメだ。  
近距離で1対1の戦いをする以上、相手の数がこちらよりも多ければ、いつか限界が来る。  
銃器で脳を撃ち抜くか、重火器でバラバラにするか。  
なんにせよ、遠距離でも破壊力がある武器の使用が必要である。  
民間人が生き残りエンドを迎えられるゾンビ映画がアメリカでしか成立しないわけだ。  

取りあえずの武器を用意した佐藤は、病院内部の構造を必死に思い出した。  
外部と通話できる電話はナースセンターか廊下の公衆電話。  
あるいは事務室内部に存在する。  
医官の個室にもあるかもしれないが、移動先をいくつも設定できるほど余裕がある状況ではない。  
しかし、外部から容易に侵入できる部屋は危険である。  
そう考えると、移動先は必然的に絞られる。  
  
「いや、待てよ」  

彼はある可能性に行き当たり、病院内部の構造をより詳細に思い出した。  
通常、高層建築物には非常階段の設置が義務付けられている。  
別に10階20階建てといわず、5階や6階建ての物件であってもそうだ。  
そして、当たり前であるが非常階段へ進入するには防火扉を開ける必要がある。  
当然ながら、防火扉とは頑丈に作られている。  
  
「非常階段か。しかしなぁ」  

脳内に浮かんだアイデアを再検討する。  
非常階段は、当然だが逃げるためのものである。  
そして、この病院には、夜とはいえ職員と患者が数多くいるはずである。  
そのうちの一人でも、どういう経路で感染するか知らないが、とにかくゾンビ化する前に階段に入って息絶えたとしたら。  
奴らが一体でも階段にいた場合、余り広くない空間である事を考えると、避難は容易ではない。  

「非常、階段?」  

そこまで考え、佐藤は気付いた。  
自分で声を出さなくとも、外に異常を伝える方法。  
公共施設ならばほぼ全てに完備されている設備。  
火災報知機。それを鳴らすためのボタン。  

「決まりだな」  

佐藤は作戦を決定した。  
廊下へと進出、火災報知機を作動させ、防火壁で院内各所を寸断。  
非常階段より外部へと避難し、早急に外部の部隊と合流し、敵を殲滅する。  

「やっぱり俺は頭がいいな」  

武器を構え、ドアに接近する。  
耳を当てるが、廊下の様子はわからない。  
可能な限りゆっくりと、物音を立てないようにバリケードをどかす。  
深呼吸し、ドアノブのつっかえ棒を外す。  
異常はない。  
ゆっくりとレバーを倒し、ドアを少しだけスライドさせる。  
廊下は不気味なまでに静まり返っている。  
徐々にドアを開き、そして首を出して廊下を確認する。  
彼の部屋は廊下のほぼ真ん中に位置している。  
右を見る。  
異常なし。  
左を見る。  
破壊されたドアが見える。  
先ほど叫んでいた患者だろう。  
そのままゆっくりと体を出す。  
非常灯だけが照らし出す薄暗い廊下には、彼の作り出した影以外動くものはない。  
武器を握り締め、ゆっくりと歩き出す。  
暗い廊下は遠近感を狂わせる。  
微かに聞こえる雨音は集中力を乱す。  
驚くほどに安定しない心拍は注意力を失わせる。  

「せめて64式、いや、この際62式でもいい。とにかく銃を持っていれば気分は楽なんだがな」  

呟きつつも非常ボタンへと接近する。  
赤いランプが床や壁を照らし出している。  
あと5m、あと4m。  
ゆっくりと接近する。  
よし、こいつを押して、あとは非常階段まで走ればいい。  
防火扉は頑丈だからな。  
引きこもってしまえばこちらのものだ。  
あと3m、もう直ぐだ。  


「助けて下さい!」  

突然、直ぐそばから大声が上がった。  
武器を構えて向き直ると、そこには憔悴しきった様子の看護婦がいる。  

「静かに、静かにしろ」  

小声で必死に制止する。  
だが、相手はそんな事はお構いなしにこちらに飛びつき、泣きながら化け物が出たと繰り返す。  
足音が聞こえる。  
非常ボタンの方からだ。  
相手はまだ振りほどけない。  
足音は増えていく。  
一人、二人、三人、何人いるんだ!?  

「付いて来い!逃げるぞ!!」  

熱い抱擁を強引に振りほどくと、俺は看護婦の手を掴んで自分の病室目掛けて駆け出した。  
あと少しだったのに。  
しかし、非常ボタンも非常階段への入り口も、敵が接近する方向である。  
咄嗟に駆け出してしまったが、考えてみれば押してから逃げてもいいわけだよな。  
自分自身に呪詛の念を唱えつつ、俺は懐かしの病室へと逃げ込んだ。  



西暦2020年11月21日  03:24  自衛隊札幌病院  佐藤の病室  

ドアを閉鎖し終わるまでに、永遠に近い時間がかかったように思えたが、実際には4分程度しか経過していなかった。  
部屋の中はすすり泣く看護婦と俺の荒い息、そして時計の秒針が立てる神経に障る音しかない。  
幸運な事に、相手は病室のドアを叩くだけで、中に入ってこようという意欲は感じられない。  
冗談じゃないぞ。  
傍らを見ると、先ほど作成したばかりのささやかな武器すらない。  
どうやら廊下に落としてしまったらしい。  
何ということだ。  
看護婦一人のおかげで、俺はもうおしまいだ。  
床に座り込み、ひたすらに泣いている看護婦を見る。  
暗がりで見ても非の打ち所がない完璧なプロポーションだが、そんな事はどうでもいい。  
今重要なのは、この女のせいで俺も死にそうということだ。  

「頼むから泣くのを止めてくれ。無理ならせめて声を殺して泣いてくれ」  

小声で語りかける。  
奴らは物音に確実に反応する。  
それは先ほどの経験で痛感している。  
だとすれば、これ以上物音を提供するのはあまり好ましい行動ではない。  
何が何でもこの女には黙ってもらわないといけない。  

「そんなの無理よ!貴方おかしいんじゃない!!」  

遺憾の意を表明したいな。  
この女は物音を立てるのが好ましくない状況で、よりにもよって金切り声を上げてくれた。  
俺の心の中での非難声明に答えるように、ドアの外の同志諸君は勢いよく扉を叩く。  
それに反応した彼女は悲鳴を上げる。  
この場合、この女を殺しても緊急避難は成立するのかな?  
悲鳴と物を叩く音で満たされた室内で、佐藤は溜息をついた。  

「頼むから静かにしてくれ。奴らが音に反応する事ぐらいわかるだろう?」  

とにかく冷静に語りかける。  
興奮している相手に、武器を持たないこちらが興奮しても効果はない。  
不毛な治安維持活動で学んだ教訓だ。  
とにかく語りかける。  
それで相手が従わなければ実力行使。  
それも、逃げる気しかわかない程に徹底して。  
錯乱した個人でも、暴れまわる暴徒でも、この基本的な対処法を守れば被害は減る。  

「どうしてわかるのよそんな事!どうせ死ぬんだわ!!」  

さて、そろそろ実力行使に移ってもいいのかな?  
うんざりした気分で看護婦を見た瞬間、胸のネームプレートが見えた。  
どこかで見た苗字だ。  

「お前さん、もしかして二等陸曹の姉がいないか?」  

不思議そうな声で佐藤が尋ねると、相手は沈黙した。  
  
「い、いるけどそれが何よ」  

予想外の質問を投げかけられた反動で、相手は冷静さを取り戻したらしい。  

「そうか、アレにも家族がちゃんといたんだな」  
「姉の知り合いなの?・・・ああ、貴方があの一尉さん」  

看護婦は俺の正体に気づくと、非常に嫌そうな顔をした。  
どうせならいやらしい表情を浮かべてくれないかな。  
とにかく、どういうわけだか、俺に対してあまり好意的な印象は持っていないらしい。  
ふむ、今後は二曹の手紙の検閲は俺がやろう。  
俺にとって不利益な事が書いてあるようならば油性マジックで上書きしてやる。  
と、ようやく会話が成立し始めたところで、彼女は頭を抱えた。  

「おしまいよ!疫病神の佐藤一尉と同じ部屋なんて!おしまいだわ!!」  

佐藤は頭の中で二曹を銃殺刑に処した。  


とにかく、なんとしても気を静めないと、おかしくなってしまう。  
再び泣き喚きだした看護婦と、ドアを勢い良く叩き続けるゾンビたちによって、佐藤の精神はズタズタだった。  
彼はポケットから煙草を取り出し、ここが病室である事を無視して火をつけた。  
ゆっくりと紫煙が立ち上り、そして天井から水が降り注いだ。  
彼は、完全に鎮火した煙草を加えたまま天井を見上げた。  
スプリンクラーが水を振りまいている。  
その隣にある、小さな装置。  
廊下からは非常ベルの立てる耳障りな音が聞こえる。  

「そうか、そうだよな」  

思わず笑いがこみ上げてくる。  
何も決死の覚悟で廊下に出る必要はなかったんだ。  
火災報知機は、何もボタンを押す事だけが作動させる手段ではない。  
  
<火事です。火事です。全ての非常扉が閉まります。  
シャッター付近の方はご注意下さい。  
火事です。火事です。全ての非常扉が閉まります>  
  
テープに録音された男性の声がスピーカーから流れる。  
何か重いものが動く音と、金属が擦れるような音がそこかしこから聞こえてくる。  

「助かるぞ」  

ずぶぬれになり、唖然とした表情でこちらを見てくる看護婦に、佐藤は極上の笑みを浮かべた。  



西暦2020年11月21日  03:30  自衛隊札幌病院  佐藤の病室  

ゆっくりと扉が開かれる。  
一人分の隙間が開かれると、佐藤はそっと頭を出した。  
散々水が撒かれた廊下は酷い有様になっており、そして非常ベルは未だに煩く鳴り響いている。  

「大丈夫だ」  

彼はそう室内に告げると、素早く廊下に出る。  
非常灯によって照らし出された廊下は薄暗く、おかげで数名のゾンビたちが警告を告げるスピーカーに群がる姿が見える。  
  
「声を出すな、音を立てるな。俺について来い」  

看護婦にそう告げ、佐藤は水浸しの廊下で音を立てずに進みだす。  
後ろからは看護婦が立てる水音が聞こえる。  

「足音を立てるな」  
「無理言わないで」  

押し殺した佐藤の声に、看護婦は小声で反論する。  
実際のところ、佐藤も水音を立てている。  
しかし、耳に障る音がしない。  
対して看護婦は、ゆっくりではあるが普通に歩いているため、どうしても水が跳ねる音がしてしまう。  
ここの所民間人と行動をしていない佐藤は、無意識に全ての人々が実戦経験を積んだ自衛官並みの動作をする事を求めてしまう。  

「いや、すまん。まあ、非常ベルのおかげでわかりはしないだろうがな」  

苦笑しつつ詫びる。  
そして二人は再び歩き始めた。  
階段室前は、巨大な防火扉が閉まっている。  
しかし、当たり前の事であるがその隣には出入り用の小さな扉が設置されている。  
扉まであと5m。  

「もう少しだ。階段室に入ったら、とにかく一階に下りるぞ」  

現在位置は三階。  
階段を駆け下りればあっという間である。  
あと4m。  
後ろから再び水音が聞こえる。  
先ほどに比べて、随分と大きい。  

「音を立てるなと言っただろう?」  

不満げに振り向いた佐藤は、見たくないものを見た。  
目を閉じてしゃがみこむ看護婦。  
その前を、ゆっくりとゾンビが歩いている。  
白濁した目は、明らかにこちらを指向しているようだ。  

「立てるか?」  

遠慮のない声量で尋ねる。  
非常ベルの音の中でもその声は届き、看護婦はこちら見て頷く。  
佐藤は覚悟した。  

「扉まで走れ!」  

叫ぶなり、ゾンビに蹴りを放つ。  
防御も回避もしない相手は、胸にまともにそれを受けて倒れこむ。  
足音が止まる。  
振り向くと、看護婦はこちらを見て立ち止まっている。  

「走れ!早く!」  

廊下の奥から水音が多数聞こえてくる。  
見ると、佐藤たちが大陸では亜種と呼んでいた、運動能力が残っているタイプが三体、走っている。  

「走れぇぇぇぇ!!!」  

未だに立ち止まっている看護婦の手を取り、佐藤は非常扉へ向けて一気に駆け出した  
一瞬で距離が詰まる。  
取っ手を引き、階段室へ看護婦を放り込む。  
そのまま自分も飛び込み、後ろでに扉を閉じる。  
何かが金属に激突する音が聞こえる。  


「間一髪だったな」  

扉を叩く音が聞こえる中で、佐藤は安堵の表情を浮かべる。  
だが、看護婦は先ほどの恐怖が消えないのか全く身動きしない。  

「おい、大丈夫か?」  

尋ねると、微かに異臭がする。  
それには触れずに、佐藤は言葉を続けた。  

「あの合金をブチ抜けるほどの奴はいないだろう。  
さあ、さっさと下に降りて脱出するぞ」  

当然のように手を引き、階段を降り始める。  
看護婦は何も言わずに付いてくる。  
二階。  
何もいない。  
一階に到着。  
防火扉に死体らしき物が引っかかっている。  
扉の先からは、悲鳴やうなり声のようなものが聞こえる。  

「まずいな」  

佐藤が呟いた途端、上の階から扉が開かれる音がした。  

「地下だ、地下にいくぞ」  

立ち入り禁止のプラスチック製の鎖が外れていないのを確認した佐藤は、看護婦の手を引いて地下へと駆け出した。  


地階に到着した二人は、その余りにも凄まじい光景に沈黙していた。  
廊下一面に血が塗られているようだ。  

「なに、これ」  

看護婦が呟く。  
なかなかに酷い光景だな。  
さすがに言葉数は少ないが、佐藤は冷静な思考を保っている。  
彼は大陸で、これよりも酷い光景を作り出した経験を持っている。  

「あの部屋から出てきたみたいだな」  

血の跡はそこらじゅうの床についているが、開いている扉は一つしかない。  

「ここにいろ、警戒を怠るなよ」  

とりあえずそう告げ、部屋の中を覗き込む。  
二人の自衛官が倒れている。  
あーあー、酷い有様だなこれは。  
全身を食われている上に、首やら手足がバラバラだ。  
冷静に観察しつつ、彼は腰に付けられた拳銃を回収した。  
死体は起き上がってくる気配がない。  
もう一人からも拳銃を回収し、他に武器があるかどうかを確認する。  
何もない。  
この事件が終わったら、国内であっても警戒配置では完全武装になる事を義務付けないとな。  
そんな事を思いつつ、両方の拳銃を装填し、安全装置を掛けてポケットに入れる。  
片方は当然手の中だ。  

「ちょっと!」  

置いてきた看護婦が声を挙げつつ室内に入ってくる。  

「どうした?」  
「外から銃声がするわ!きっと自衛隊よ!」  

俺も自衛隊員なんだがな。  
と内心で苦笑しつつ、佐藤は廊下に出た。  
微かにだが銃声が聞こえる。  
89式自動小銃の連射音。  
武装し、意思を持った自衛隊員だけが出す事のできる発砲音。  
もちろん、連続して、途切れることなく。  
佐藤にとって、それは実に心地よい音だった。  

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