西暦2020年12月16日 14:00 日本国北方管理地域 陸上自衛隊ゴルソン大陸方面隊第18地区駐屯地
「遺跡内に突入した部隊から連絡が途切れてどれくらいになりますか?」
自分のテントから戻ってきた鈴木は、顔色が良くない駐屯地司令に訪ねた。
「最初で最後の伝令が出てきてから五分ほどですね」
「そうですか。米軍を呼び出してください」
渋る通信士を急かしてようやく繋がった相手に、彼は伝えた。
「グスタフ用意」
<フォンブラウンは待機中。君たちの艦艇を離してくれ>
「駐屯地司令殿?」
聞いていた状況とは違う展開に、鈴木は駐屯地司令に状況の説明を求めた。
「やれ」
尋ねた鈴木に対して、駐屯地司令は傍らに立っていた陸曹に短く命じた。
陸曹は素早く背後に回り、見事なスリーパーホールドを決める。
二秒ほど彼は抵抗し、そのまま崩れ落ちる。
倒れこんだ鈴木を一瞥だけすると、指揮官は口を開いた。
「米軍には適当に答えておけ。海自には死んでも離れるなと伝えろ。
指揮下全ての部隊に通達、これより我々も戦争に参加する。
志願者を一個中隊集めろ」
そこまで言うと、彼は懐から取り出した辞表と遺書を自分の椅子へ置き、腰の拳銃を取り出した。
「我々自衛官は家族だ。家族は守らなければならない。
諸官たちが己の意地を見せてくれる事を切に期待する。
私に賛同するものは十分後に正門前に集合せよ。以上、解散。」
彼の言葉を合図として、陸上自衛隊の暴走が始まった。
西暦2020年12月16日 14:05 日本国北方管理地域 遺跡地上部分
「繰り返します。増援と施設科が必要です」
地上に残された中で最高位の二尉は、指揮通信車の中で繰り返した。
いつまで経っても戻らぬ佐藤たちに痺れを切らした彼らは、少数の偵察隊を出した。
地下深くまで潜った彼らは、巨大な岩盤が崩落し、通路を完全に封鎖している光景を目にした。
そして今に至るわけである。
「削岩機、天井を支える支柱、その他色々、厄介ですよこれは」
<了解した。全て用意する>
困り果てた二尉の言葉に、相手は当然のように回答した。
「どれくらいで到着しますか?」
<第一波はヘリコプターで移動中。あと10分といったところだ。
車輌部隊は敵軍と交戦中のために時間がかかる。
なんとしても現場を確保し続けてくれ>
「了解しました」
この戦役にケリをつけるための役者たちが、揃おうとしていた。
西暦2020年12月16日14:05から18:00までに繰り広げられた激戦は、陸上自衛隊の歴史の中でも特筆すべきものである。
後に日本で出版されたほぼ全ての史書はそう記している。
彼らは重砲から拳銃にいたる全てを駆使し、大は戦闘団から小は個人で志願した民間人支援者の全てが一騎当千の言葉に相応しい活躍をした。
輸送ヘリコプターに資機材および兵員を満載し、敵の司令部頭上に立派な抵抗拠点を構築した。
車輌部隊は広大な戦域を計算しつくされたルートで哨戒しつづけ、捕捉した敵集団の全てを粉砕した。
特科および戦闘ヘリコプター部隊は後先を考えずに砲弾を投げつけ、機関砲弾や対地ロケットを叩き込み、敵軍に甚大な損害を与えた。
本国は、これらの戦闘行動になんら手出しができなかった。
正しくは、手出ししようと考えもしなかった。
それ所ではない事態が進行していたのだ。
今回の敵は、いわば魔王や冥王とでも呼ぶような存在である。
そのようなものが地上に現れれば、当然のことながら、反応するものたちがいる。
いわゆる物の怪、魑魅魍魎の類である。
まあこれはあくまでも和風な表現であり、実際に出現したのはゾンビやキマイラといった即物的な化け物である。
日本本土での化け物の出現は、礼文島事件や東京事件を例に見れば恐ろしい事である。
あっという間に院内でゾンビが増殖した札幌事件を例に出しても良い。
幸いというべきか、ゾンビに関してはマニュアル化された対策と、土葬の文化がない風土が功を奏した。
日本本土では自然死および事故死、殺人などで死亡した者を除く発症者はおらず、それらは警戒態勢に入っていた自衛隊により速やかに処理された。
化け物に関しては本土での出現例は0、元々生息していたその他の所謂モンスターもいないため、対ゾンビ戦闘で多少の騒ぎが起きたに過ぎない。
大陸派遣隊は、逆に想像を絶する量の化け物に襲撃され、少なからぬ犠牲を出しつつ戦闘状態へと入っていた。
そこでは悲惨な敗北、あるいは誇らしく語られる勝利があった。
西暦2020年12月16日 18:00 日本国北方管理地域 遺跡地上部分
「目ぼしい敵は全て撃破しました。
遺跡周辺の安全は確保されているといえます」
自然とこの部隊の指揮官になった二尉が報告する。
仮設指揮所の中で地下道補強作業の進捗を監督していた駐屯地司令は、その報告に無言で頷いただけだった。
「地下道の補強は順調です。
この調子ならば、立派な核シェルターになりますよ」
部下たちに何事か命じつつ、施設科の一尉が軽口を叩く。
今後の北方管理地域復興に支障が出るほどの物資を使い、彼らはそれを行っていた。
岩盤が崩落したという事は、友軍救出の前にするべきことがある事を意味している。
彼らは調査を終えるなりそう叫び、セメントや鉄骨を贅沢に使って補強作業を開始した。
誰もがその傍目には暢気な作業を批判したが、駐屯地司令はそれを支持した。
地下の巨大な岩盤を取り除くには、そこに部隊を投入するための通路が必要である。
そのためには、多少の回り道は仕方が無い。
「それで、あとどれくらいで岩盤の除去が始まるんだ?」
理解はしていても、駐屯地司令はそう尋ねずにはいられなかった。
彼らの足元では、友軍が、恐らくは今も戦闘中なのだ。
「作業場の確保は始まっています。
通路の確保もほぼ完了。
一時間以内に削岩機を投入できます」
「それを使って、どれくらいで抜けられる?」
駐屯地司令の質問に、施設科の一尉は肩をすくめて答えた。
「一時間以上無制限、です。
我々は目の前の岩盤がどれだけの厚さかを知りません。
五分削れば向こう側が見えるかもしれませんし、崩落の危険と一時間戦っても半分も進んでいないかもしれません」
「発破で吹き飛ばすわけにはいかないんですか?
通路はコンクリートで固めているんでしょう?」
我慢し切れなかった二尉が口を挟む。
「ついでにせっかく作った通路も潰してしまうかもしれません。
その種の危険は、あえて冒したいとは思えませんな」
専門家の言葉に二尉は口を閉ざす。
彼はあくまでも歩兵、あるいは戦闘車両との戦い方しか習っていない。
地面の掘り方など、塹壕の作り方しか知らない。
「とりあえず、準備が整うまでは時間を下さい。
あとは交替で休まず削り続けます。
佐藤一尉たちについては、信じましょう。現状では、我々に出来る事は祈る事と信じる事しかありません」
二尉はそこまで言うと、迎えに来た部下たちに軽く頷いた。
地下道の入り口を見ると、ケーブルや装置を抱えた隊員たちが、次々と中へ入っていく姿が見える。
「準備が出来たようですね。
それでは、地の底へ行ってまいります」
各種工具を装着し、彼は敬礼した。
陸上自衛隊施設科、いわゆる工兵隊は、彼らの戦闘を開始した。
そしてそのころ、地下深くでは佐藤たちが死闘を繰り広げていた。
西暦2020年12月16日 17:50 日本国北方管理地域 地下最深部
「やっとか」
もはや無駄口を叩く力すら失った佐藤が呟く。
通路の終点にあった部屋は、結局何の変哲もない広間に過ぎなかった。
さらにその先、もっと下、扉を越えた先。
いつ果てるとも知れぬ傾斜路を下り続け、彼らは歩き続けていた。
途中で何度も小休止を取ることにより、彼らは体力的にはそれほど疲弊していなかった。
だが、何もない、という状況が、彼らの気力を奪っていた。
「突入しますか?」
小銃を構えた二曹が尋ねる
先ほどの小休止で回復したのか、その声には気力が感じられる。
「まずは調べろ。
ここまで連れて来て死なせたのでは部下たちに祟られてしまう」
「それはいまさらでしょう。
二人先行しろ」
軽口で返しつつ、二曹は部下に命じた。
いまだに気力を維持し続けているその二人の一等陸士たちは、無言で頷き部隊に先行する。
アーチのようになっている部屋の入り口から内部を窺い、ゆっくりと片手をあげると指を一本立てる。
どうやら、久々に仲間以外の何かを発見したらしい。
弛緩していた部隊の空気が一瞬で張り詰め、全員が安全装置を解除する。
「そんなところにいないで、入ってきなさい」
部屋の中から大音量で誘いの言葉が聞こえてくる。
「せっかくのお誘いだ、断ったら失礼だろう」
一同が佐藤を見る中、彼は苦笑しつつ答えた。
もちろん、89式自動小銃を構えている。
彼らは誘いに乗り、ゆっくりと室内に入る。
まず三名が小銃を構えずに入室、室内や天井に異常がないことを確認する。
その広い大広間は、石造りだった。
部屋の中央には赤い絨毯が敷かれ、視線で辿るとその先には玉座らしい立派な椅子がある。
そこに座り、こちらを見ているのは一人の老人だった。
「どうしました?入室に許可は必要ないですよ」
「それはありがたいですな」
軽い調子で答えつつ、佐藤たちは入室した。
「それでまず、なんですが」
そこまでいうと、佐藤は何の躊躇もなく小銃を構えて発砲した。
しかし、音速で放たれた銃弾は相手の手前で何かに衝突し、ひしゃげて床に落下する。
「まあ、そうでしょうな」
初めから知っていたかのように佐藤が言う。
「ようやくここまで辿り着きましたね異世界人」
老人は何事もなかったかのように言い放った。
「おめでとうを言わせてもらいますよ!
この遊びを勝ち抜いたのは、あなた方が初めてです!」
「遊び?」
佐藤は不思議そうに尋ねた。
「そう、私が創った素晴らしい遊びです」
「一尉、こいつは何を言っているんですか?」
二曹が尋ねる。
しかし、佐藤にもわかるはずがない。
相手の言っている事は意味不明なのだ。
「私はこの、平和で安定した世界に飽きていました。
そこで、色々な人々と遊んでみました。
ですが、この世界の人間たちは世界を征服したら満足してしまった。
エルフたちは自分たちの生存が保障されたら下らない遊びしかしなくなってしまった。
モンスターたちは愚劣すぎましたし、ダークエルフたちは遊び相手として無力すぎました。
そこで、異世界から適当な国を呼び出したのです。
そう、お察しのとおりあなた方の祖国、日本です」
「何を言っている?」
佐藤が相手に尋ねる。
しかし、相手はそれを無視して言葉を続ける。
「日本はこの世界の悪役であるダークエルフを救い、連合王国を滅ぼし、そして私に異世界の戦い方を見せてくれました。
それは非常に愉快で、有益で、面白い体験でした。
しかし、それもつかの間の事。世界は安定期に入り、そして私は再び退屈になった」
「それで、この騒ぎか」
佐藤はようやく理解した。
今回のエルフ第三氏族が起こした騒ぎ、それは、目の前の老人の考えた、いわばゲームだったのだ。
「まさにその通り。
私は、政治的な、あるいは人種的な戦争、そういう下らないお話は飽きていたのです。
私の求めていたのは、絶対的な悪を滅ぼす正義の勇者、君たちの言葉で言うところのヒーローがほしかったのです」
「なるほどなるほど、つまり、すべてはあんたの考えたゲームだったわけだ」
佐藤は驚くほどに平坦な口調でそう言った。
相手は愉快な様子を隠そうともせずにそう続けた。
「なかなかに理解が早い!さすがは異世界の勇者だ!
突然異世界に呼び出された、そのままならば死すべき存在。
そんな存在が必死に生き抜いていく姿は、私でさえも感動させるものがありました。
私はこの感動と愉快な体験を与えてくれた君たちにお礼がしたい!
どんな望みでも叶えてあげましょう」
その瞬間の佐藤を支配していたものは、怒りでも憎しみでもなかった。
もちろん嬉しさや充実感でもない。
ああなるほどね。
言葉にするとそう言った表現になる、一種の理解だった。
この世界に召喚された日本は、おかしいほどに恵まれていた。
生存のために邪魔な国会という存在は、議事堂や官僚機構といったものを残して消滅していた。
船舶も軍備も、技術も国民も物資も、すべてがある状態で、この世界に来ていた。
召喚、という現象自体がもちろんおかしい事だが、それにしても、生存のための行動に必要なすべてが揃いすぎていた。
隣の大陸には豊富な物資があり、橋頭堡を築いた途端にこの世界を良く知る協力者も得ていた。
「俺たちは、お前のおもちゃではない」
佐藤は静かに言った。
相手は、明らかに失望した表情を浮かべた。
「だが、望みを叶えてくれるとあれば話は別だ」
相手は失望の度合いをさらに強めた。
それを無視して佐藤は言った。
「日本を、国民を、これ以上苦しめないでくれ。
元の世界に返してくれというのはあんたの望みに反するから無理だろう。
だから、頼む。
これ以上日本国を苦しめないでくれ」
その言葉を聴いた相手は、失望した表情を消し、楽しそうな表情を浮かべた。
「その言葉は予想外でしたね。
わかりました、もっと楽しいゲームをご用意します。
がんばって、もっと私を楽しませてください」
老人は楽しそうに笑うと姿を消した。
あとには、不気味な化け物が一体、老人が座っていたはずの玉座に残されているだけだった。
部屋中に響き渡る大音量で、老人の声が響き渡る。
「あなたのその聡明な頭脳に免じて、条件付で願いを受け入れましょう。
さあ勇者よ!武器を取り、民のために目の前の悪魔を打ち倒しなさい!
さすれば民を苦しめる化け物たちは、この大陸に限っては消え去るでしょう!!」
こうして、佐藤たちのこの迷宮でのラストバトルが始まった。
「遺跡内に突入した部隊から連絡が途切れてどれくらいになりますか?」
自分のテントから戻ってきた鈴木は、顔色が良くない駐屯地司令に訪ねた。
「最初で最後の伝令が出てきてから五分ほどですね」
「そうですか。米軍を呼び出してください」
渋る通信士を急かしてようやく繋がった相手に、彼は伝えた。
「グスタフ用意」
<フォンブラウンは待機中。君たちの艦艇を離してくれ>
「駐屯地司令殿?」
聞いていた状況とは違う展開に、鈴木は駐屯地司令に状況の説明を求めた。
「やれ」
尋ねた鈴木に対して、駐屯地司令は傍らに立っていた陸曹に短く命じた。
陸曹は素早く背後に回り、見事なスリーパーホールドを決める。
二秒ほど彼は抵抗し、そのまま崩れ落ちる。
倒れこんだ鈴木を一瞥だけすると、指揮官は口を開いた。
「米軍には適当に答えておけ。海自には死んでも離れるなと伝えろ。
指揮下全ての部隊に通達、これより我々も戦争に参加する。
志願者を一個中隊集めろ」
そこまで言うと、彼は懐から取り出した辞表と遺書を自分の椅子へ置き、腰の拳銃を取り出した。
「我々自衛官は家族だ。家族は守らなければならない。
諸官たちが己の意地を見せてくれる事を切に期待する。
私に賛同するものは十分後に正門前に集合せよ。以上、解散。」
彼の言葉を合図として、陸上自衛隊の暴走が始まった。
西暦2020年12月16日 14:05 日本国北方管理地域 遺跡地上部分
「繰り返します。増援と施設科が必要です」
地上に残された中で最高位の二尉は、指揮通信車の中で繰り返した。
いつまで経っても戻らぬ佐藤たちに痺れを切らした彼らは、少数の偵察隊を出した。
地下深くまで潜った彼らは、巨大な岩盤が崩落し、通路を完全に封鎖している光景を目にした。
そして今に至るわけである。
「削岩機、天井を支える支柱、その他色々、厄介ですよこれは」
<了解した。全て用意する>
困り果てた二尉の言葉に、相手は当然のように回答した。
「どれくらいで到着しますか?」
<第一波はヘリコプターで移動中。あと10分といったところだ。
車輌部隊は敵軍と交戦中のために時間がかかる。
なんとしても現場を確保し続けてくれ>
「了解しました」
この戦役にケリをつけるための役者たちが、揃おうとしていた。
西暦2020年12月16日14:05から18:00までに繰り広げられた激戦は、陸上自衛隊の歴史の中でも特筆すべきものである。
後に日本で出版されたほぼ全ての史書はそう記している。
彼らは重砲から拳銃にいたる全てを駆使し、大は戦闘団から小は個人で志願した民間人支援者の全てが一騎当千の言葉に相応しい活躍をした。
輸送ヘリコプターに資機材および兵員を満載し、敵の司令部頭上に立派な抵抗拠点を構築した。
車輌部隊は広大な戦域を計算しつくされたルートで哨戒しつづけ、捕捉した敵集団の全てを粉砕した。
特科および戦闘ヘリコプター部隊は後先を考えずに砲弾を投げつけ、機関砲弾や対地ロケットを叩き込み、敵軍に甚大な損害を与えた。
本国は、これらの戦闘行動になんら手出しができなかった。
正しくは、手出ししようと考えもしなかった。
それ所ではない事態が進行していたのだ。
今回の敵は、いわば魔王や冥王とでも呼ぶような存在である。
そのようなものが地上に現れれば、当然のことながら、反応するものたちがいる。
いわゆる物の怪、魑魅魍魎の類である。
まあこれはあくまでも和風な表現であり、実際に出現したのはゾンビやキマイラといった即物的な化け物である。
日本本土での化け物の出現は、礼文島事件や東京事件を例に見れば恐ろしい事である。
あっという間に院内でゾンビが増殖した札幌事件を例に出しても良い。
幸いというべきか、ゾンビに関してはマニュアル化された対策と、土葬の文化がない風土が功を奏した。
日本本土では自然死および事故死、殺人などで死亡した者を除く発症者はおらず、それらは警戒態勢に入っていた自衛隊により速やかに処理された。
化け物に関しては本土での出現例は0、元々生息していたその他の所謂モンスターもいないため、対ゾンビ戦闘で多少の騒ぎが起きたに過ぎない。
大陸派遣隊は、逆に想像を絶する量の化け物に襲撃され、少なからぬ犠牲を出しつつ戦闘状態へと入っていた。
そこでは悲惨な敗北、あるいは誇らしく語られる勝利があった。
西暦2020年12月16日 18:00 日本国北方管理地域 遺跡地上部分
「目ぼしい敵は全て撃破しました。
遺跡周辺の安全は確保されているといえます」
自然とこの部隊の指揮官になった二尉が報告する。
仮設指揮所の中で地下道補強作業の進捗を監督していた駐屯地司令は、その報告に無言で頷いただけだった。
「地下道の補強は順調です。
この調子ならば、立派な核シェルターになりますよ」
部下たちに何事か命じつつ、施設科の一尉が軽口を叩く。
今後の北方管理地域復興に支障が出るほどの物資を使い、彼らはそれを行っていた。
岩盤が崩落したという事は、友軍救出の前にするべきことがある事を意味している。
彼らは調査を終えるなりそう叫び、セメントや鉄骨を贅沢に使って補強作業を開始した。
誰もがその傍目には暢気な作業を批判したが、駐屯地司令はそれを支持した。
地下の巨大な岩盤を取り除くには、そこに部隊を投入するための通路が必要である。
そのためには、多少の回り道は仕方が無い。
「それで、あとどれくらいで岩盤の除去が始まるんだ?」
理解はしていても、駐屯地司令はそう尋ねずにはいられなかった。
彼らの足元では、友軍が、恐らくは今も戦闘中なのだ。
「作業場の確保は始まっています。
通路の確保もほぼ完了。
一時間以内に削岩機を投入できます」
「それを使って、どれくらいで抜けられる?」
駐屯地司令の質問に、施設科の一尉は肩をすくめて答えた。
「一時間以上無制限、です。
我々は目の前の岩盤がどれだけの厚さかを知りません。
五分削れば向こう側が見えるかもしれませんし、崩落の危険と一時間戦っても半分も進んでいないかもしれません」
「発破で吹き飛ばすわけにはいかないんですか?
通路はコンクリートで固めているんでしょう?」
我慢し切れなかった二尉が口を挟む。
「ついでにせっかく作った通路も潰してしまうかもしれません。
その種の危険は、あえて冒したいとは思えませんな」
専門家の言葉に二尉は口を閉ざす。
彼はあくまでも歩兵、あるいは戦闘車両との戦い方しか習っていない。
地面の掘り方など、塹壕の作り方しか知らない。
「とりあえず、準備が整うまでは時間を下さい。
あとは交替で休まず削り続けます。
佐藤一尉たちについては、信じましょう。現状では、我々に出来る事は祈る事と信じる事しかありません」
二尉はそこまで言うと、迎えに来た部下たちに軽く頷いた。
地下道の入り口を見ると、ケーブルや装置を抱えた隊員たちが、次々と中へ入っていく姿が見える。
「準備が出来たようですね。
それでは、地の底へ行ってまいります」
各種工具を装着し、彼は敬礼した。
陸上自衛隊施設科、いわゆる工兵隊は、彼らの戦闘を開始した。
そしてそのころ、地下深くでは佐藤たちが死闘を繰り広げていた。
西暦2020年12月16日 17:50 日本国北方管理地域 地下最深部
「やっとか」
もはや無駄口を叩く力すら失った佐藤が呟く。
通路の終点にあった部屋は、結局何の変哲もない広間に過ぎなかった。
さらにその先、もっと下、扉を越えた先。
いつ果てるとも知れぬ傾斜路を下り続け、彼らは歩き続けていた。
途中で何度も小休止を取ることにより、彼らは体力的にはそれほど疲弊していなかった。
だが、何もない、という状況が、彼らの気力を奪っていた。
「突入しますか?」
小銃を構えた二曹が尋ねる
先ほどの小休止で回復したのか、その声には気力が感じられる。
「まずは調べろ。
ここまで連れて来て死なせたのでは部下たちに祟られてしまう」
「それはいまさらでしょう。
二人先行しろ」
軽口で返しつつ、二曹は部下に命じた。
いまだに気力を維持し続けているその二人の一等陸士たちは、無言で頷き部隊に先行する。
アーチのようになっている部屋の入り口から内部を窺い、ゆっくりと片手をあげると指を一本立てる。
どうやら、久々に仲間以外の何かを発見したらしい。
弛緩していた部隊の空気が一瞬で張り詰め、全員が安全装置を解除する。
「そんなところにいないで、入ってきなさい」
部屋の中から大音量で誘いの言葉が聞こえてくる。
「せっかくのお誘いだ、断ったら失礼だろう」
一同が佐藤を見る中、彼は苦笑しつつ答えた。
もちろん、89式自動小銃を構えている。
彼らは誘いに乗り、ゆっくりと室内に入る。
まず三名が小銃を構えずに入室、室内や天井に異常がないことを確認する。
その広い大広間は、石造りだった。
部屋の中央には赤い絨毯が敷かれ、視線で辿るとその先には玉座らしい立派な椅子がある。
そこに座り、こちらを見ているのは一人の老人だった。
「どうしました?入室に許可は必要ないですよ」
「それはありがたいですな」
軽い調子で答えつつ、佐藤たちは入室した。
「それでまず、なんですが」
そこまでいうと、佐藤は何の躊躇もなく小銃を構えて発砲した。
しかし、音速で放たれた銃弾は相手の手前で何かに衝突し、ひしゃげて床に落下する。
「まあ、そうでしょうな」
初めから知っていたかのように佐藤が言う。
「ようやくここまで辿り着きましたね異世界人」
老人は何事もなかったかのように言い放った。
「おめでとうを言わせてもらいますよ!
この遊びを勝ち抜いたのは、あなた方が初めてです!」
「遊び?」
佐藤は不思議そうに尋ねた。
「そう、私が創った素晴らしい遊びです」
「一尉、こいつは何を言っているんですか?」
二曹が尋ねる。
しかし、佐藤にもわかるはずがない。
相手の言っている事は意味不明なのだ。
「私はこの、平和で安定した世界に飽きていました。
そこで、色々な人々と遊んでみました。
ですが、この世界の人間たちは世界を征服したら満足してしまった。
エルフたちは自分たちの生存が保障されたら下らない遊びしかしなくなってしまった。
モンスターたちは愚劣すぎましたし、ダークエルフたちは遊び相手として無力すぎました。
そこで、異世界から適当な国を呼び出したのです。
そう、お察しのとおりあなた方の祖国、日本です」
「何を言っている?」
佐藤が相手に尋ねる。
しかし、相手はそれを無視して言葉を続ける。
「日本はこの世界の悪役であるダークエルフを救い、連合王国を滅ぼし、そして私に異世界の戦い方を見せてくれました。
それは非常に愉快で、有益で、面白い体験でした。
しかし、それもつかの間の事。世界は安定期に入り、そして私は再び退屈になった」
「それで、この騒ぎか」
佐藤はようやく理解した。
今回のエルフ第三氏族が起こした騒ぎ、それは、目の前の老人の考えた、いわばゲームだったのだ。
「まさにその通り。
私は、政治的な、あるいは人種的な戦争、そういう下らないお話は飽きていたのです。
私の求めていたのは、絶対的な悪を滅ぼす正義の勇者、君たちの言葉で言うところのヒーローがほしかったのです」
「なるほどなるほど、つまり、すべてはあんたの考えたゲームだったわけだ」
佐藤は驚くほどに平坦な口調でそう言った。
相手は愉快な様子を隠そうともせずにそう続けた。
「なかなかに理解が早い!さすがは異世界の勇者だ!
突然異世界に呼び出された、そのままならば死すべき存在。
そんな存在が必死に生き抜いていく姿は、私でさえも感動させるものがありました。
私はこの感動と愉快な体験を与えてくれた君たちにお礼がしたい!
どんな望みでも叶えてあげましょう」
その瞬間の佐藤を支配していたものは、怒りでも憎しみでもなかった。
もちろん嬉しさや充実感でもない。
ああなるほどね。
言葉にするとそう言った表現になる、一種の理解だった。
この世界に召喚された日本は、おかしいほどに恵まれていた。
生存のために邪魔な国会という存在は、議事堂や官僚機構といったものを残して消滅していた。
船舶も軍備も、技術も国民も物資も、すべてがある状態で、この世界に来ていた。
召喚、という現象自体がもちろんおかしい事だが、それにしても、生存のための行動に必要なすべてが揃いすぎていた。
隣の大陸には豊富な物資があり、橋頭堡を築いた途端にこの世界を良く知る協力者も得ていた。
「俺たちは、お前のおもちゃではない」
佐藤は静かに言った。
相手は、明らかに失望した表情を浮かべた。
「だが、望みを叶えてくれるとあれば話は別だ」
相手は失望の度合いをさらに強めた。
それを無視して佐藤は言った。
「日本を、国民を、これ以上苦しめないでくれ。
元の世界に返してくれというのはあんたの望みに反するから無理だろう。
だから、頼む。
これ以上日本国を苦しめないでくれ」
その言葉を聴いた相手は、失望した表情を消し、楽しそうな表情を浮かべた。
「その言葉は予想外でしたね。
わかりました、もっと楽しいゲームをご用意します。
がんばって、もっと私を楽しませてください」
老人は楽しそうに笑うと姿を消した。
あとには、不気味な化け物が一体、老人が座っていたはずの玉座に残されているだけだった。
部屋中に響き渡る大音量で、老人の声が響き渡る。
「あなたのその聡明な頭脳に免じて、条件付で願いを受け入れましょう。
さあ勇者よ!武器を取り、民のために目の前の悪魔を打ち倒しなさい!
さすれば民を苦しめる化け物たちは、この大陸に限っては消え去るでしょう!!」
こうして、佐藤たちのこの迷宮でのラストバトルが始まった。