自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2020年12月31日 11:00 東京

 その日は朝から雪が降っていた。
 温暖化の影響でもう二度と都内で見ることはないとまで言われていた雪は、都内全域の交通網を順調に麻痺させつつあった。
 すべては異世界へ召喚されたことが理由だった。
 いろいろあって大陸から自主的に生産設備を引き上げていた日本国は、召喚直前当時、控えめに言って重工業国家だった。
 それでも発達した環境保全技術は、少なくとも国内の河川レベルならば汚染を消し去る程度のことはできる能力を有していた。
 しかし、地球環境はもはや、先進国の10や20が環境を最優先にした程度ではどうしようもないところまで来ていた。
 世界の大半の地域で空気と水、そして大地は汚染されていた。
 そんな世界で、関東平野に雪が降ることなど金輪際ないだろう。
 気象庁は、そう予報していた。

 しかし、召喚が日本を取り巻くすべてを、まさに文字通り変えた。
 四季は彩を取り戻し、科学技術によって浄化されつつあった環境は、科学技術ではなく大自然というシステムにより、その全てを平常運転に戻した。
 だからこそ2020年のこの日、関東平野は大雪に見舞われていた。
 地上を走る鉄道や道路網は軒並み渋滞し、あちこちで遅延や事故が多発していた。
 そんな中、防衛省の片隅にある薄暗い会議室では、この国を指揮する人々による会合が行われていた。
 室内は暗い。
 部屋の奥に置かれたスクリーンの内容を見るためである。

「道を開けろ!」

 目を血走らせた一等陸士がカメラに向かって叫ぶ。
 視聴者に酔いを感じさせるほどに無様な動きで画面は動く。
 上空を旋回する戦闘ヘリコプター、エンジンをかけたままの戦車が画面に入り、流れていく。

「ヘリはまだか!」「衛生急げ!」

 人々の叫び声が交錯するなか、カメラはようやく撮影対象を見つけた。
 ズームイン。
 担架に載せられ、隊員たちに付き添われた佐藤が現れる。
 暗転。


 再び映像が映し出される。
 敵軍指揮官が倒された地底の遺跡、その最深部の映像だ。
 現代の建設技術で建造したとして不安を覚えるほどの広大な空間。
 その片隅で、それは倒れていた。
 銃弾や手榴弾の破片、銃剣などで破壊されたそれは、四肢をばらばらにされて明らかに絶命している。
 再び暗転。

「生存者たちの証言は?」
「神に会った。そのように言っています」
 報告書を片手に鈴木が言う。

「神に会った?それはなにかこう、文学的な表現なのか?」
「いいえ、違います。言葉遊びの類ではありません。
 もちろん彼らが、疲労がポンと飛ぶものを多量に服用していたわけでもありません」
「じゃあ何なのだ?」

 統幕長は苛立った様子で先を促した。

「古来より、人々は神という存在を崇めてきました。
 神は奇跡を起こして人々を助け、そして天罰によって人々に教訓を与えてきた。
 それは絶大な力を持ち、奇跡としか呼べない物事を実現させてきた。
 そう言われています」
「海を割ったり塔を崩したり、前者はともかく後者は我々でもミサイルで可能だがな。
 それがどうしたというのだ。
 あまりにも哀れな我々を助けるために全知全能の神か八百万うちの誰かが増援に駆けつけてでもくれたのか?」

 うんざりした様子で統幕長は言い放った。
 彼が聞きたいのは戦闘の結果得られた情報であり、今後の対策立案に役立つなにかだった。
 極度に疲弊した隊員たちの、錯乱した言葉ではない。

「暇だから新しい遊びを考えてみた」
「はあ?」

 鈴木は報告書を見つつ、意味のわからない言葉を言い放った。
 統幕長は呆けたような声でそれに答えた。

「彼らが遭遇した人物の発言、その要約です」
「それが彼らの言う自称神さまの言葉か?
 馬鹿馬鹿しい!なんだそれは!」

 海幕長が叫び、机を叩く。

「大方狂人か何かだろう。
 そんな妄言を大真面目に報告書に書かれても困る」
「無数の小銃弾を空中で防ぎ、化け物を召喚し、瞬間移動する狂人ですか。
 そこまでしてくれるのならば、本当に狂人であっても私は信じてもいいと考えますがね」

 淡々と答えつつ、鈴木は報告を続ける。

「救出された隊員たちによると、それはこの世界を引っ掻き回して今まで遊んでいたそうです。
 人々を戦争へと駆り立て、魔物を使役し、エルフたちを騙し、ダークエルフを虐殺して、遊んでいたそうです。
 しかし、飽きてしまった。この世界を構成するもので遊ぶことに」
「だから、異世界から適当な国を呼び出し、遊び場に加えた?」

「そうです。にわかには信じられませんが。
 しかし、今回の作戦の推移を考えてみると、どうやら信じるしかないようですよ。
 何しろ、敵軍は事前行動も何もなしに突然現れ、大地を埋め尽くしました」

 パソコンが操作され、何枚かの写真が映し出される。
 砲撃を続ける戦車、発砲煙によって埋め尽くされている塹壕。
 その向こういっぱいに広がる異形の化け物たち。
 続いて霊安室からあふれ出るゾンビ、横転した救急車から這い出る何か。

「国内では今までテロ以外では現れなかったゾンビも出現しました。
 それなのに、彼らが地底で死闘を終えたと思われる時刻に、全ては消滅した」
「あいつは確かに言いました」

 映像の中で、暗い表情をした二曹は抑揚のない口調で報告していた。

「あの化け物を呼び出した直後に奴はこう言ったのです。
 さあ勇者よ、武器を取り、民のために目の前の悪魔を打ち倒しなさい。
 さすれば民を苦しめる化け物たちは、この大陸に限っては消え去るでしょう、と」

 二曹は淡々と続ける。

「自分がここで報告できているということは、そうなのでしょう。
 でもそれがなんだっていうんですか。化け物が消えたって!佐藤一尉は!」

 医官や警務隊員の腕が伸び、注射針のきらめきが画面に入ったところで映像は消された。


 室内が明るくなる。
 プロジェクターを停止させた鈴木が、部下に照明をつけさせたのだ。
 部屋は明るくなったが、空気は重く、人々の顔は暗く沈んでいた。
 幸運の女神にそっぽを向かれるどころではない。
 どうやら正真正銘の神様らしい相手に、宣戦布告なき攻撃を仕掛けられているのだ。
 そんななか、何事もなかったかのように着席した鈴木は、動揺を感じさせない口調で言い放った。

「我々はこの想定外の問題に対し、何らかの対策を講じる必要があります」

 さすがは官僚。
 居並ぶ誰もがそう評価するほどに、淡々としていた。

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