自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2020年12月31日 13:00 東京のはずれ

「おねえちゃんだあれ?」

 拘束衣を着せられた佐藤が、ガラス玉のような目をして二曹に尋ねる。
 普段であればこの先に待っていたのは制裁だが、今は違う。
 未だかつて誰もみたことのない優しい表情を浮かべ、彼の頭を撫でる。

「彼はいつ頃“帰ってくる”のですか?」

 その様子をマジックミラー越しに眺めつつ、鈴木は医師に尋ねた。

「照明を消せば今すぐにでも帰ってきますよ。
 まあ、手に負えないほどに錯乱してしまいますがね」

 佐藤の一挙一動を監視しつつ医師は答える。

「彼はこの世界に来てから、ずっと連戦を続けてきていました。
 以前にも一度、重傷を負った事もあります。
 なぜ今回に限って?」
「よほど恐ろしい目にあったのでしょう。
 あるいは、自我を崩壊させかねない、何か衝撃的な経験をしたのかもしれません」
「それで自分の精神を守るために?」
「状況から察すると、そうですね」

 医師はカルテを手に取った。
 彼は精神医学が専門ではあったが、それ以外の知識を持ち合わせていないわけではなかった。

「彼は現代医学の限界に挑戦するような重傷を負って野戦病院に担ぎ込まれました。
 そこで応急処置を行われ、すぐさま空路で第一基地の自衛隊病院へ」

 あまりにも大量の履歴が記載されているため、その次を告げるにはページをめくる必要があった。

「途中何度も心停止と蘇生処置を繰り返し、その後は緊急手術の連続。
 そして一週間の意識不明状態。
 これで何の異常も出なければ、その方がおかしい」
「ですが脳に障害は出ていなかったはずです」

 事前に調査した記録を元に鈴木が尋ねる。

「ええ、私もそう聞いています。
 ですが、彼の場合は脳の損傷や障害が原因ではありません。
 何か強いショックが原因で、およそ10歳の頃まで意識が退行してしまっているのです」

 ミラーの向こうでは、二曹に促されてベッドに入る佐藤の姿がある。
 二曹は立ち上がり、ドアの方へと歩いていく。

「現役復帰は難しいですか?」

 しばらく沈黙していた鈴木が尋ねる。

「現状では難しい、としか回答できませんな。
 先ほどもいいましたように、今の彼は10歳の少年も同然なのです。
 何かのショックで元に戻ったとして、もう大丈夫と断言できる材料がありません」

 二曹はドアのところで立ち止まり、壁にある照明のスイッチへと手を近づける。

「いかん!」

 医師が叫ぶのと、病室の照明が消えるのは同時だった。

「わぁぁああっぁああぁああ!!!!」

 佐藤の絶叫が病室に響き渡る。

「殺せ!殺せ!!撃つんだ!早くしろ!!」

 未だ意識が戦場にある佐藤は、絶叫しつつベッドを引き倒し、即席の遮蔽物の陰に隠れる。

「二曹はどこだ!敵はどこだ!銃をくれ!!増援はどこなんだよぉぉぉ!!」
「一尉!自分はここです!一尉!!」

 二曹が駆け寄ると同時に看護員たちが照明をつけ、警棒を構えて室内へとなだれ込む。
 
「乱暴はやめてください!」

 暴れる佐藤を押さえ込みつつ二曹が叫ぶ。

「どういうことなんですか、これは?」

 呆然としつつ、鈴木は医師に尋ねた。
 
「最初にも少しいいましたが、陸上自衛隊一等陸尉の彼は、暗闇の中でだけ戻ってきます。
 まあ、ごらんの通りひどい錯乱状態でして、格闘技の心得を持っている事からうかつに鎮静剤を投与する事もできないのです」

 全身を使って必死に押さえ込む二曹から逃れようと、佐藤は必死に体をよじっている。
 しかし、明るくなったせいかその動きは次第に緩慢になり、そして遂に彼は抵抗をやめた。

「今日は随分と早く落ち着きました。
 同僚に会わせるというのは、彼の状況からすると良くないと思っていたのですが、どうやらプラスに働いたようですな」

 あくまでも冷静に所見を述べつつ、医師は鎮静剤を持って病室へと向かおうとする。

「私も彼に会う事はできるでしょうか?」

 その後ろ姿へ鈴木は声をかけた。

「まあ構いませんが、恐らく貴方の事を誰だか認識できないと思いますよ」
「それでもいいのです」

 鈴木は一旦言葉を切り、服装を正した。

「私は日本人の一人として、彼に礼を言わなくてはならないのです」



西暦2020年12月31日 13:05 佐藤の病室

「ふむ、やはりDプラス、いや、これは・・・E!」

 病室へ入った彼らの耳に入ったのは、明らかに自分を取り戻した佐藤の言葉だった。
 彼の言葉は、涙を流しつつ彼の事を抱擁している二曹へと向けられている。

「良かった、本当に良かった」

 彼のコメントは普段であれば大変な事になる内容だったが、二曹はそのような些細な事を気にする必要性を感じていなかった。

「これはまた、医師を辞めたくなる瞬間ですな」

 どこか嬉しそうに医師は言い、そして鈴木の方を見た。

「どうやら、気持ち良く御礼が言える状況になったようですよ」

「お久しぶりですね佐藤一尉」

 未だに二曹に抱きしめられている佐藤に、鈴木は声をかけた。

「ああどうも、お久しぶりです」

 先ほどまで錯乱していたはずなのに、佐藤はいつもの調子で答えた。

「どうやら、私は怪我だけではない状態で収容されていたようですね」

 着せられた拘束衣をちらりと見つつ、佐藤は恥ずかしそうに言った。

「あまり醜態を晒していないのであればいいのですが。
 二曹、そろそろ離れてくれ、そうでないとマイサンが大変な事をしてしまいそうだ」
 
 佐藤の言葉に、二曹は顔を赤くして離れる。

「いやはや、久しぶりに文明的なところに来た気分ですよ。
 それで、私はいつ退院できるんですか?」
「申し訳ないが、しばらくは経過観察をさせていただく必要があります。
 大変恐縮ですが、ご了承願いますよ」

 医師は申し訳なさそうに、しかし有無を言わせない口調でそう告げた。
 こういったケースの場合、本人の申告だけでは許可を出す事はできないのだ。

「まあ、休暇だと思って休みますよ」
「そうしてください」

 それまで沈黙を守っていた鈴木は口を開いた。

「貴方は上官が人事院から直接叱られるほどに休養が少なすぎました。
 傷が癒え、現役復帰が許可されるまでの期間、ゆっくりと休んでください」
「そうしますよ。随分と、休んでいない気がしますからね」
「ええ、それで、ものは相談なのですが」

 鈴木はニヤリと笑い、佐藤の目を見た。

「日本国のために、もう少しだけ体を張っていただく事はできませんか?
 いえ、もちろん簡単な事ですよ?」
「体一つで異世界を平定してこいとかは勘弁してくださいね。
 もちろん護衛最低限の大使館武官とかも嫌ですよ」
「いえいえいえいえ、もっと簡単な事ですよ」

 鈴木はその笑みをさらに深めた。
 平たく言えば、それは悪魔の笑みのようなものだった。

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