西暦2021年2月1日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「これはこれはこれは」
懐かしの任地へと帰還した佐藤は、愉快そうな声音で言った。
「俺はどこかで道を間違えてしまったのかな?」
彼の眼前には、強固なコンクリートと金網で構築された巨大な城壁が見える。
その壁はかつてのゴルシアの町を覆っており、さらに視界に入る様々な場所に広がっている。
「ゾンビ渦対策ですよ」
助手席に座った二曹が答える。。
先の戦乱で一番恐ろしかったのは、地上を走り抜ける化け物の群れだった。
それらは肉体の一部を銃弾で打ち砕かれようと疾走を続け、陣地へと殺到した。
もちろん火力を集中すれば勝てない相手ではなかった。
しかし、全周へ向けて満足な火力を投射できるはずもない。
血の教訓から生み出された回答がこれだった。
昔懐かしの要塞。
人類の生存圏を固守するためには、それが一番だった。
頑丈な城壁と綿密に構築された火制ゾーン、あちこちに設置された銃眼。
要塞こそが、古風な戦術を取る敵軍へ対処する唯一の現実的手段だったのだ。
「先の戦役の教訓として作られたようです。
まあ、未だ内部は建設途中なんですけどね」
助手席から振り返りつつ二曹が答える。
「今のところは前線の拠点だけですが、いずれは全ての市町村で建設されるそうですよ」
「よく財源が持つな」
佐藤は当たり前の感想を漏らした。
「誰しも死にたくはない、そういう事なんでしょうね」
汚職も不正も許さない。
公務員は国益と国民の生命財産の保全に全力を注ぐべし。
嫌ならば退職し、金を返せ。
それも嫌ならば・・・
救国防衛会議は、未だそのようなお題目を維持し続けられる求心力と支配権を有していた。
そして、たったそれだけの事をするだけで、国防費には随分の余裕ができていた。
「前線で戦う我々からすれば嬉しい話だ。
それで、住民からの反対は?」
「化け物の出現と同時に城門の前へバリケードとキルゾーンを構築し、最後まで住民の受け入れと死守を行った自衛隊にですか?」
二曹は愉快そうに笑った。
「そんな非国民は、まず最初にここの住民に殺されますよ」
「それは心強い」
佐藤も愉快そうに笑い返した。
どうやら、この駐屯地の留守を任せた連中は、期待以上の仕事をしてくれたらしい。
「まあ、犠牲がなかったわけではないんですけどね」
車列は真新しい墓石の集落を通過する。
いずれにも、日本名が刻まれていた。
「12人だったかな」
「さらに2名が、本土で入院中です」
無理をすれば、どこかで犠牲が出る。
その当たり前の事を、この地に残された部隊は人命という形で証明していた。
日本国籍も、選挙権も持たぬこの地の非戦闘員のために。
「もう一個中隊をここへ派遣するというのは本当なのでしょうか?」
「本当だろうな。まあ、新兵なのだろうが」
一行の到着を確認した跳ね橋が、ゆっくりと下ろされる。
城壁の上に武装した自衛隊員たちが現れ、平和そのものの町を警戒する。
「うん、よろしい」
佐藤は満足そうに呟き、車列が前進するのを待つ。
城門の上を見ると、鉄板が剥き出しになった粗末な小屋が見える。
「敵軍が相手ならば、あそこからズドンか」
「弓矢に対する教訓、にしては物々しいですね」
見たところ、城門の上の小屋は単なる詰め所ではなく、防備された機関銃座のようだ。
城壁はそれなりの厚みがあったはずだから、スペースから考えてかなりの量の部品と弾薬もストックされているのだろう。
佐藤はさらに満足した。
「防空を除けば、ここはとても安全な駐屯地ですよ。
まずはリハビリに力を注いでください」
車列が止まり、二曹はそう言いつつドアを開けた。
西暦2021年2月15日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「・・・それでは、失礼いたします」
報告を終えた行政官が退出していく。
日本政府に正式に市町村の運営を許可された行政官は、厳しすぎる規則と、この世界では破格の報酬によって人気職となっていた。
それは管轄する自衛隊指揮官の独断によって任命され、1年単位の短い任期と厳しい監査機関によって成る制度だった。
もちろん足を引っ張りたがる対立候補による妨害もあるが、成果主義による評価制度により、それなりの効果を出していた。
盗賊や反日勢力には躊躇なく向けられる銃口が、些細な汚職で後頭部に突きつけられるのだ。
このような理不尽な制度に志願するのは、本気で発展を望むものか、あるいは協力者と自身に過大な信頼を置くものだけである。
結果として、制度は順調に機能していた。
救国防衛会議は、良き前例を作り出すためならば、多少の犠牲は無視する姿勢だからである。
「今度の行政官は無能ではないようですね」
報告書を眺めつつ、総務省派遣監督官が言う。
「前の人間は、明らかなグレザール派の人間でしたからね」
公安調査庁派遣監督官が答える。
「あんなに役に立つ人はそうそういなかったんですけどね」
愉快そうに笑いつつ続ける。
佐藤の不在時に任命された前任者は、不穏分子の摘発に非常に有用だった。
「だからって、142人も処刑する必要はあったのか?」
未だにかなりの数量がある報告書を見つつ佐藤が答える。
彼はこの町の行政監督官であり、この駐屯地の司令官だった。
代理の人間が勤めてはいたが、それでも責任者は彼だった。
当然、戦闘や負傷や休養は関係なかった。
「あれでも押さえた方なんですよ」
公安調査庁派遣監督官は答えた。
「おかげで日本国籍を持った不穏分子も処理できましたし。
本当ならば彼の業績に答えて、処刑は銃弾ではなく戦車砲弾を使いたかったくらいです」
笑顔でとんでもない事を言い放つ。
しかし、この世界に来た日本国の立場を考えると、彼の持つ役職の重要さと発言力は計り知れない。
誰もが容易に入手できる、あるいは提供できる情報は、日本国を滅ぼしかねない。
冷戦中に固体ロケット技術やレーダー技術を提供するのとはわけが違う。
先進的な製鉄の技術を漏らすだけで、前線の自衛隊員が受ける敵の圧力はかなり変わる。
ちょっとした政治に関する教訓だけで、100年後の世界情勢は激動する。
遙かな未来から現れた日本人の持つ情報は、この世界の全てを変えかねない。
西暦2021年2月15日 13:01 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「特に厄介なのは、人道主義者ぶった日本人ですよ。
この大陸に渡るのにもそれなりの規制があったはずなのですが」
彼の言うそれなりの規制というのは、一週間近くかけて行われるその人物の素行調査の事を指している。
小学校1年生の担任にまで遡って行われるその調査は、人権やプライバシーという言葉が国益よりも優先された時代を嘲笑うものだった。
それですら、潜在的な売国奴の駆除には不足している。
救国防衛会議の恐怖感は相当のものだった。
何しろ、敵は罪悪感もなければ、それが悪行であるという認識すらないのだ。
「全ての人々に平等な人権と生活を」
公安調査庁派遣監督官は歌うように言った。
彼にとって、国益を損ねる存在は、いらないひと、だった。
「理想と妄想だけで物事を語る人々には、それなりの場所をご用意しようとはしているんですけれども、予算と時間が問題でして。
まあ少なくとも、現在導入されている公開処刑と密告の奨励は効果があったようですがね」
売国奴は調査の後に適切な処理をする。
密告者には優先配給権を与える。
虚偽の申告は強制労働。
小学生の考えたような刑罰ではあるが、できる限り公平に厳格に適応しようとした場合、それは恐るべき効果を発揮する。
「本当にあった怖い話も結構だが、宣撫工作は大丈夫なのか?」
書類に決済印を押しつつ佐藤が尋ねる。
「この町に対しては大丈夫です。
本土の方は私の同僚たちが上手くやってはくれているようですが、残念ながら完全とはいかないようですね」
つい先日も、プリンタと暗号化したHDDを用意し、機密扱いの情報を持ち込もうとした不穏分子が魚の餌になったばかりである。
その人間は、正規の手続きと調査を経て大陸へ派遣される予定のとある技術者だった。
「どうしても、強力な全体主義というものは望まれないようでして」
公安調査庁派遣監督官は続ける。
「下らない主義主張を振りかざす時間があったら、田畑を耕していれば少しは役に立ったのに。
馬鹿な連中です」
楽しそうに言いつつ、彼は書類をめくった。
そこには、翌日処理される必要のある人物の名前が記載されている。
「頼むから水際以前の段階でもっと検挙してくれよ。
我々は国益の拡大と保全、そしてそのために敵兵を射殺する事が任務なんだ。
守るべき人々から敵を見つけ出す事はそんなに得意じゃないんだよ」
佐藤は困ったように言った。
実際に困ってはいるが、もちろん彼は引き金を引くべき時を理解している。
国益と、国民の生命財産の保全と発展に必要ない者は、公務員として生きている必要がない。
佐藤だけに限った話ではない。
この世界に来た公務員たちは、様々な経験を経てそれを了解していた。
というよりも、了解できなかった人間たちは、公務員の職を解かれていた。
あらゆる意味で余裕を失った日本国政府、正しくは救国防衛会議は、そうする必要があった。
「大陸への浸透は、極力は本土の同僚たちが何とかしてくれるはずです。
ですが、力及ばず入ってきた場合には、申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」
書類から目を離し、佐藤の目を見つつ公安調査庁派遣監督官は言った。
「予算の大半は自衛隊の皆さんに持っていかれてはいますが、我々も努力は怠ってはいません」
暗い目をして笑顔を浮かべつつ、公安調査庁派遣監督官は続けた。
「いろいろと、活動を続けております。
ご安心下さい、いずれ皆さんを困らせるような事はなくなるでしょう、ずっと」
なんと答えたらいいか悩む発言ではあったが、佐藤は笑顔になった。
どうやら、近い将来に問題の発生はなくなりそうだと理解したからだ。
「それはありがたい、よろしく頼むよ」
佐藤は朗らかに答えた。
「これはこれはこれは」
懐かしの任地へと帰還した佐藤は、愉快そうな声音で言った。
「俺はどこかで道を間違えてしまったのかな?」
彼の眼前には、強固なコンクリートと金網で構築された巨大な城壁が見える。
その壁はかつてのゴルシアの町を覆っており、さらに視界に入る様々な場所に広がっている。
「ゾンビ渦対策ですよ」
助手席に座った二曹が答える。。
先の戦乱で一番恐ろしかったのは、地上を走り抜ける化け物の群れだった。
それらは肉体の一部を銃弾で打ち砕かれようと疾走を続け、陣地へと殺到した。
もちろん火力を集中すれば勝てない相手ではなかった。
しかし、全周へ向けて満足な火力を投射できるはずもない。
血の教訓から生み出された回答がこれだった。
昔懐かしの要塞。
人類の生存圏を固守するためには、それが一番だった。
頑丈な城壁と綿密に構築された火制ゾーン、あちこちに設置された銃眼。
要塞こそが、古風な戦術を取る敵軍へ対処する唯一の現実的手段だったのだ。
「先の戦役の教訓として作られたようです。
まあ、未だ内部は建設途中なんですけどね」
助手席から振り返りつつ二曹が答える。
「今のところは前線の拠点だけですが、いずれは全ての市町村で建設されるそうですよ」
「よく財源が持つな」
佐藤は当たり前の感想を漏らした。
「誰しも死にたくはない、そういう事なんでしょうね」
汚職も不正も許さない。
公務員は国益と国民の生命財産の保全に全力を注ぐべし。
嫌ならば退職し、金を返せ。
それも嫌ならば・・・
救国防衛会議は、未だそのようなお題目を維持し続けられる求心力と支配権を有していた。
そして、たったそれだけの事をするだけで、国防費には随分の余裕ができていた。
「前線で戦う我々からすれば嬉しい話だ。
それで、住民からの反対は?」
「化け物の出現と同時に城門の前へバリケードとキルゾーンを構築し、最後まで住民の受け入れと死守を行った自衛隊にですか?」
二曹は愉快そうに笑った。
「そんな非国民は、まず最初にここの住民に殺されますよ」
「それは心強い」
佐藤も愉快そうに笑い返した。
どうやら、この駐屯地の留守を任せた連中は、期待以上の仕事をしてくれたらしい。
「まあ、犠牲がなかったわけではないんですけどね」
車列は真新しい墓石の集落を通過する。
いずれにも、日本名が刻まれていた。
「12人だったかな」
「さらに2名が、本土で入院中です」
無理をすれば、どこかで犠牲が出る。
その当たり前の事を、この地に残された部隊は人命という形で証明していた。
日本国籍も、選挙権も持たぬこの地の非戦闘員のために。
「もう一個中隊をここへ派遣するというのは本当なのでしょうか?」
「本当だろうな。まあ、新兵なのだろうが」
一行の到着を確認した跳ね橋が、ゆっくりと下ろされる。
城壁の上に武装した自衛隊員たちが現れ、平和そのものの町を警戒する。
「うん、よろしい」
佐藤は満足そうに呟き、車列が前進するのを待つ。
城門の上を見ると、鉄板が剥き出しになった粗末な小屋が見える。
「敵軍が相手ならば、あそこからズドンか」
「弓矢に対する教訓、にしては物々しいですね」
見たところ、城門の上の小屋は単なる詰め所ではなく、防備された機関銃座のようだ。
城壁はそれなりの厚みがあったはずだから、スペースから考えてかなりの量の部品と弾薬もストックされているのだろう。
佐藤はさらに満足した。
「防空を除けば、ここはとても安全な駐屯地ですよ。
まずはリハビリに力を注いでください」
車列が止まり、二曹はそう言いつつドアを開けた。
西暦2021年2月15日 13:00 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「・・・それでは、失礼いたします」
報告を終えた行政官が退出していく。
日本政府に正式に市町村の運営を許可された行政官は、厳しすぎる規則と、この世界では破格の報酬によって人気職となっていた。
それは管轄する自衛隊指揮官の独断によって任命され、1年単位の短い任期と厳しい監査機関によって成る制度だった。
もちろん足を引っ張りたがる対立候補による妨害もあるが、成果主義による評価制度により、それなりの効果を出していた。
盗賊や反日勢力には躊躇なく向けられる銃口が、些細な汚職で後頭部に突きつけられるのだ。
このような理不尽な制度に志願するのは、本気で発展を望むものか、あるいは協力者と自身に過大な信頼を置くものだけである。
結果として、制度は順調に機能していた。
救国防衛会議は、良き前例を作り出すためならば、多少の犠牲は無視する姿勢だからである。
「今度の行政官は無能ではないようですね」
報告書を眺めつつ、総務省派遣監督官が言う。
「前の人間は、明らかなグレザール派の人間でしたからね」
公安調査庁派遣監督官が答える。
「あんなに役に立つ人はそうそういなかったんですけどね」
愉快そうに笑いつつ続ける。
佐藤の不在時に任命された前任者は、不穏分子の摘発に非常に有用だった。
「だからって、142人も処刑する必要はあったのか?」
未だにかなりの数量がある報告書を見つつ佐藤が答える。
彼はこの町の行政監督官であり、この駐屯地の司令官だった。
代理の人間が勤めてはいたが、それでも責任者は彼だった。
当然、戦闘や負傷や休養は関係なかった。
「あれでも押さえた方なんですよ」
公安調査庁派遣監督官は答えた。
「おかげで日本国籍を持った不穏分子も処理できましたし。
本当ならば彼の業績に答えて、処刑は銃弾ではなく戦車砲弾を使いたかったくらいです」
笑顔でとんでもない事を言い放つ。
しかし、この世界に来た日本国の立場を考えると、彼の持つ役職の重要さと発言力は計り知れない。
誰もが容易に入手できる、あるいは提供できる情報は、日本国を滅ぼしかねない。
冷戦中に固体ロケット技術やレーダー技術を提供するのとはわけが違う。
先進的な製鉄の技術を漏らすだけで、前線の自衛隊員が受ける敵の圧力はかなり変わる。
ちょっとした政治に関する教訓だけで、100年後の世界情勢は激動する。
遙かな未来から現れた日本人の持つ情報は、この世界の全てを変えかねない。
西暦2021年2月15日 13:01 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街 陸上自衛隊ゴルソン方面隊ゴルシア駐屯地
「特に厄介なのは、人道主義者ぶった日本人ですよ。
この大陸に渡るのにもそれなりの規制があったはずなのですが」
彼の言うそれなりの規制というのは、一週間近くかけて行われるその人物の素行調査の事を指している。
小学校1年生の担任にまで遡って行われるその調査は、人権やプライバシーという言葉が国益よりも優先された時代を嘲笑うものだった。
それですら、潜在的な売国奴の駆除には不足している。
救国防衛会議の恐怖感は相当のものだった。
何しろ、敵は罪悪感もなければ、それが悪行であるという認識すらないのだ。
「全ての人々に平等な人権と生活を」
公安調査庁派遣監督官は歌うように言った。
彼にとって、国益を損ねる存在は、いらないひと、だった。
「理想と妄想だけで物事を語る人々には、それなりの場所をご用意しようとはしているんですけれども、予算と時間が問題でして。
まあ少なくとも、現在導入されている公開処刑と密告の奨励は効果があったようですがね」
売国奴は調査の後に適切な処理をする。
密告者には優先配給権を与える。
虚偽の申告は強制労働。
小学生の考えたような刑罰ではあるが、できる限り公平に厳格に適応しようとした場合、それは恐るべき効果を発揮する。
「本当にあった怖い話も結構だが、宣撫工作は大丈夫なのか?」
書類に決済印を押しつつ佐藤が尋ねる。
「この町に対しては大丈夫です。
本土の方は私の同僚たちが上手くやってはくれているようですが、残念ながら完全とはいかないようですね」
つい先日も、プリンタと暗号化したHDDを用意し、機密扱いの情報を持ち込もうとした不穏分子が魚の餌になったばかりである。
その人間は、正規の手続きと調査を経て大陸へ派遣される予定のとある技術者だった。
「どうしても、強力な全体主義というものは望まれないようでして」
公安調査庁派遣監督官は続ける。
「下らない主義主張を振りかざす時間があったら、田畑を耕していれば少しは役に立ったのに。
馬鹿な連中です」
楽しそうに言いつつ、彼は書類をめくった。
そこには、翌日処理される必要のある人物の名前が記載されている。
「頼むから水際以前の段階でもっと検挙してくれよ。
我々は国益の拡大と保全、そしてそのために敵兵を射殺する事が任務なんだ。
守るべき人々から敵を見つけ出す事はそんなに得意じゃないんだよ」
佐藤は困ったように言った。
実際に困ってはいるが、もちろん彼は引き金を引くべき時を理解している。
国益と、国民の生命財産の保全と発展に必要ない者は、公務員として生きている必要がない。
佐藤だけに限った話ではない。
この世界に来た公務員たちは、様々な経験を経てそれを了解していた。
というよりも、了解できなかった人間たちは、公務員の職を解かれていた。
あらゆる意味で余裕を失った日本国政府、正しくは救国防衛会議は、そうする必要があった。
「大陸への浸透は、極力は本土の同僚たちが何とかしてくれるはずです。
ですが、力及ばず入ってきた場合には、申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」
書類から目を離し、佐藤の目を見つつ公安調査庁派遣監督官は言った。
「予算の大半は自衛隊の皆さんに持っていかれてはいますが、我々も努力は怠ってはいません」
暗い目をして笑顔を浮かべつつ、公安調査庁派遣監督官は続けた。
「いろいろと、活動を続けております。
ご安心下さい、いずれ皆さんを困らせるような事はなくなるでしょう、ずっと」
なんと答えたらいいか悩む発言ではあったが、佐藤は笑顔になった。
どうやら、近い将来に問題の発生はなくなりそうだと理解したからだ。
「それはありがたい、よろしく頼むよ」
佐藤は朗らかに答えた。