ある村での失敗
「気に食わんな」
富永一等陸尉は、完全に水溜りへ沈んでいる車輪を眺めてそう言った。
現在彼の率いる小隊は、与えられた任地へと移動する最中だった。
目的地はこの先10kmほどの地点にある砦。
海に面した箇所にあるそこは、この付近一帯の海岸を見張る拠点として最適だった。
「歩きますか?」
既に背嚢を背負っている三曹が尋ねる。
「それは当たり前だが、気に食わん」
三曹は軍用輸送車両の大きな車輪を完全に飲み込む水溜りに目を向けると、素早く答えた。
「自分も全く同意します。
ですが、まずは拠点へ移動するのが最善かと」
目深に被ったヘルメットの影から一尉の視線が周囲に向かう。
次の瞬間、彼は声高に叫んだ。
「荷物を取り出し、ゼロ警戒態勢で移動する!こんな平原で敵なんかいるわけないんだからな」
車両を放棄した一同は、警戒態勢を取りつつも目的地へ向けて歩き続けていた。
既に周囲は暗くなっており、街灯などあるはずもない道端は闇の中へ沈もうとしている。
「そろそろ限界だな」
いい加減先頭を歩く隊員の後姿も見えなくなってきた頃に、一尉は呟いた。
「全員スター・ライトスコープを着用!」
上官の意思を理解した三曹が叫び、一同は命令を正しく理解して暗視装置を装着した。
全員の装着を確認し、一尉と三曹も手早く装着を済ませる。
わずか二分ほどで一同は行軍を再開した。
「これはまさに魔法だな!」
途端に陽気になった一尉が隣の三曹に笑いかける。
「この緑の世界は最高ですよね!」
三曹も愉快そうに返す。
「ああ!これさえあればなんだって見える!
前を歩いている奴のケツだってな!」
「それはそうです、これで見えないものなんてあるはずがありません!」
そんな二人を無視し、隊員たちは重い機材を担ぎ、抱え、引きずりながら進み続ける。
やがて、前方に微かな明かりが見える。
しかし誰も気づかないのか、彼らは声も上げずに進み続ける。
「おい、あれ、明かりじゃないか?」
随分と光源に接近してから、一尉はようやく声を上げた。
隊員たちが驚いたように「本当だ」「明かりがあるな」と勝手に私語を始める。
「助かった、きっと誰か人間がいるぞ。
わけを話して道を教えてもらおう」
「そうですね、なあに、頼み込めばきっと教えてくれるでしょう」
一尉の提案に三曹も同意する。
「もう少しだ!頑張って歩こう!」
一尉が声を張り上げ、一同は歩みを速める。
先ほどの敗残兵のような重い足取りではなく、確かな歩幅と軽やかともいえる歩調で。
深夜 村の入り口
「祭り?」
「そのようですね。しかし、なんとも賑やかだ」
ようやく村の入り口へ到着した彼らの眼前では、賑やかな祭りが佳境に入ろうとしていた。
全裸の若者や若い女性たちが酒を飲みつつ踊り、それを周囲の者たちが聞いたことのない歌で盛り上げる。
決して綺麗とは言えない小屋が立ち並ぶ村の広場は、一歩間違えば乱交パーティーの現場だった。
「なんだいあんたら」
酒瓶らしいアルコール臭のする小瓶を持った男が一尉に近寄る。
泥酔による判断力の低下がなせる業なのか、その表情には警戒心の欠片も感じられない。
「この付近にあるはずの砦に用があるものです。
何かご存知でしょうか?」
その言葉を聞いた男は、途端に笑顔になり村人らしい人々に声をかけた。
「おおいみんな!新しい領主様だぞ!!」
男の叫びに、人々は笑顔と歓声で答えた。
戸惑う一尉たちの周囲に人々が集まる。
男もそうだが、若い女性たちはさらに困る。
何しろ手を伸ばせば触れる距離に、完全無修正の金髪美女たちが勢ぞろいしているのだ。
「俺たちは幸せ者だな三曹」
「そうですね一尉」
鼻の下を伸ばした上官二人は天にも上る気分でそうコメントした。
上官が上官ならば部下も部下で、異文化コミュニケーション万歳と叫んでいる愚か者までいる。
「あー代表の、村長はおりますか?」
できるだけ女性たちを見ないように一尉は言った。
すぐに萎びた老人、もちろん全裸の、が現れる。
「ワシが村長ですだ」
「我々は日本国陸上自衛隊の者です。
この先の砦を接収するために来ました。
道案内できる方を貸していただきたいのですが」
「私に任せて村長さん」
会話に割り込んだのは、やはり全裸の美女だった。
長い髪、細かい描写はできないが見事な体型の、国内ならば人気沸騰の、これまた金髪美女だった。
「おお、あなたならば問題ない、頼みましたよ」
「任せて村長。さあ、道は暗いけど早速いきましょう?」
にこやかに告げた彼女の耳は、尖っていた。
そこから先は一瞬だった、全員が荷物を捨て、小銃を構える。
狙いをつけ、引き金に指をかけ、一尉は撃つなと辛うじて叫べた。
「撃つなよ、撃つなよ、絶対に撃つなよ」
そう命じつつ、しかし照準を外せとは命じない。
「失礼ですが、なぜエルフがここに?」
「私たちは第三氏族ではなく、誇り高い第七氏族よ。
聞いたことは?」
「第七氏族?」
一尉は不思議そうに言った。
必死に思い出す素振りをする。
まるで演技のようにも見えるが、以外とこういった動作を無意識にしてしまうものである。
「なんか、聞いたことはあるな」
「そう、私たちは第七氏族は、真理の追究と実践を目的としているわ」
「それと全裸である事には密接な関係が?」
一尉は怪訝そうにたずねる。
「当たり前よ。精霊の息吹を感じるには、こうして邪魔なものを取り払うのが一番なのよ。
ところで」
そこで彼女は自衛官一同を見回した。
「見てくれるのは女として嬉しいけれど、引き金に指をかけて、というのは穏やかじゃないわね」
「あ、ああ、これは失礼」
一尉は慌てて隊員たちに狙いを外させた。
命令に従って銃口を下げるものの、誰も安全装置をかけようとはしない。
「そうしてくれると助かるわ」
銃口を向けられないだけで彼女は安心したらしい。
緊張が全くない笑顔で言葉を続ける。
「領主様たちをお城へと案内するわ。
私についてきてちょうだい」
こうして、彼らは一連のファーストコンタクトを無難にクリアした。
「気に食わんな」
富永一等陸尉は、完全に水溜りへ沈んでいる車輪を眺めてそう言った。
現在彼の率いる小隊は、与えられた任地へと移動する最中だった。
目的地はこの先10kmほどの地点にある砦。
海に面した箇所にあるそこは、この付近一帯の海岸を見張る拠点として最適だった。
「歩きますか?」
既に背嚢を背負っている三曹が尋ねる。
「それは当たり前だが、気に食わん」
三曹は軍用輸送車両の大きな車輪を完全に飲み込む水溜りに目を向けると、素早く答えた。
「自分も全く同意します。
ですが、まずは拠点へ移動するのが最善かと」
目深に被ったヘルメットの影から一尉の視線が周囲に向かう。
次の瞬間、彼は声高に叫んだ。
「荷物を取り出し、ゼロ警戒態勢で移動する!こんな平原で敵なんかいるわけないんだからな」
車両を放棄した一同は、警戒態勢を取りつつも目的地へ向けて歩き続けていた。
既に周囲は暗くなっており、街灯などあるはずもない道端は闇の中へ沈もうとしている。
「そろそろ限界だな」
いい加減先頭を歩く隊員の後姿も見えなくなってきた頃に、一尉は呟いた。
「全員スター・ライトスコープを着用!」
上官の意思を理解した三曹が叫び、一同は命令を正しく理解して暗視装置を装着した。
全員の装着を確認し、一尉と三曹も手早く装着を済ませる。
わずか二分ほどで一同は行軍を再開した。
「これはまさに魔法だな!」
途端に陽気になった一尉が隣の三曹に笑いかける。
「この緑の世界は最高ですよね!」
三曹も愉快そうに返す。
「ああ!これさえあればなんだって見える!
前を歩いている奴のケツだってな!」
「それはそうです、これで見えないものなんてあるはずがありません!」
そんな二人を無視し、隊員たちは重い機材を担ぎ、抱え、引きずりながら進み続ける。
やがて、前方に微かな明かりが見える。
しかし誰も気づかないのか、彼らは声も上げずに進み続ける。
「おい、あれ、明かりじゃないか?」
随分と光源に接近してから、一尉はようやく声を上げた。
隊員たちが驚いたように「本当だ」「明かりがあるな」と勝手に私語を始める。
「助かった、きっと誰か人間がいるぞ。
わけを話して道を教えてもらおう」
「そうですね、なあに、頼み込めばきっと教えてくれるでしょう」
一尉の提案に三曹も同意する。
「もう少しだ!頑張って歩こう!」
一尉が声を張り上げ、一同は歩みを速める。
先ほどの敗残兵のような重い足取りではなく、確かな歩幅と軽やかともいえる歩調で。
深夜 村の入り口
「祭り?」
「そのようですね。しかし、なんとも賑やかだ」
ようやく村の入り口へ到着した彼らの眼前では、賑やかな祭りが佳境に入ろうとしていた。
全裸の若者や若い女性たちが酒を飲みつつ踊り、それを周囲の者たちが聞いたことのない歌で盛り上げる。
決して綺麗とは言えない小屋が立ち並ぶ村の広場は、一歩間違えば乱交パーティーの現場だった。
「なんだいあんたら」
酒瓶らしいアルコール臭のする小瓶を持った男が一尉に近寄る。
泥酔による判断力の低下がなせる業なのか、その表情には警戒心の欠片も感じられない。
「この付近にあるはずの砦に用があるものです。
何かご存知でしょうか?」
その言葉を聞いた男は、途端に笑顔になり村人らしい人々に声をかけた。
「おおいみんな!新しい領主様だぞ!!」
男の叫びに、人々は笑顔と歓声で答えた。
戸惑う一尉たちの周囲に人々が集まる。
男もそうだが、若い女性たちはさらに困る。
何しろ手を伸ばせば触れる距離に、完全無修正の金髪美女たちが勢ぞろいしているのだ。
「俺たちは幸せ者だな三曹」
「そうですね一尉」
鼻の下を伸ばした上官二人は天にも上る気分でそうコメントした。
上官が上官ならば部下も部下で、異文化コミュニケーション万歳と叫んでいる愚か者までいる。
「あー代表の、村長はおりますか?」
できるだけ女性たちを見ないように一尉は言った。
すぐに萎びた老人、もちろん全裸の、が現れる。
「ワシが村長ですだ」
「我々は日本国陸上自衛隊の者です。
この先の砦を接収するために来ました。
道案内できる方を貸していただきたいのですが」
「私に任せて村長さん」
会話に割り込んだのは、やはり全裸の美女だった。
長い髪、細かい描写はできないが見事な体型の、国内ならば人気沸騰の、これまた金髪美女だった。
「おお、あなたならば問題ない、頼みましたよ」
「任せて村長。さあ、道は暗いけど早速いきましょう?」
にこやかに告げた彼女の耳は、尖っていた。
そこから先は一瞬だった、全員が荷物を捨て、小銃を構える。
狙いをつけ、引き金に指をかけ、一尉は撃つなと辛うじて叫べた。
「撃つなよ、撃つなよ、絶対に撃つなよ」
そう命じつつ、しかし照準を外せとは命じない。
「失礼ですが、なぜエルフがここに?」
「私たちは第三氏族ではなく、誇り高い第七氏族よ。
聞いたことは?」
「第七氏族?」
一尉は不思議そうに言った。
必死に思い出す素振りをする。
まるで演技のようにも見えるが、以外とこういった動作を無意識にしてしまうものである。
「なんか、聞いたことはあるな」
「そう、私たちは第七氏族は、真理の追究と実践を目的としているわ」
「それと全裸である事には密接な関係が?」
一尉は怪訝そうにたずねる。
「当たり前よ。精霊の息吹を感じるには、こうして邪魔なものを取り払うのが一番なのよ。
ところで」
そこで彼女は自衛官一同を見回した。
「見てくれるのは女として嬉しいけれど、引き金に指をかけて、というのは穏やかじゃないわね」
「あ、ああ、これは失礼」
一尉は慌てて隊員たちに狙いを外させた。
命令に従って銃口を下げるものの、誰も安全装置をかけようとはしない。
「そうしてくれると助かるわ」
銃口を向けられないだけで彼女は安心したらしい。
緊張が全くない笑顔で言葉を続ける。
「領主様たちをお城へと案内するわ。
私についてきてちょうだい」
こうして、彼らは一連のファーストコンタクトを無難にクリアした。