自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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西暦2021年2月16日 18:20 ゴルソン大陸 日本国西方管理地域 ゴルシアの街南東8km地点
 
「なんだこれは?」

 その異常さから調査終了までは発見当時を維持されている死体たちを見つつ佐藤は口を開いた。
 ゾンビや身の毛もよだつ化け物、もちろん通常の死体も見慣れている彼にとってもなお、目の前の光景は異常だった。
 親が子を、子を親が、とは20世紀末から21世紀初頭の事件でよく耳にしたが、それを一つの村レベルで、というのは聞いたことがない。

「生存者はありません、全員が互いに殺しあって死亡したようです」

 集落の中を調べていた二曹が報告する。
 火災のおかげで発見できたこの小さな集落は、自衛隊の製作した地図に記載されていないものだった。
 しかし、そこにあったのは恐らく数時間前までは生存していたであろう人間たちの残骸だけである。

「ですが、これは」
「わかっている、あそこを見てみろ」

 佐藤が指差した先には、およそ10歳前後の少女数名によって討ち取られた老人の死体が転がっている。
 老人の持つショートソードによって反撃を受けた少女たちは、その時の負傷が原因で失血死したらしい。
 対して少年たちは、別の大人によって攻撃を受け、相打ちとなったようだ。
 その隣では、なべや包丁を持った母親たちの集団が、激烈な白兵戦の末に全滅したらしい姿がある。

「この村でアニメとゲームとインターネットが流行っていたのが原因だな」
「きっと漫画も流行っていたんでしょうね、それでどうしますか?」

 佐藤の呟きに適当に返しつつ二曹は尋ねた。
 このような異常な状況は全く想定されていない。

 尋ねられた佐藤は周囲を見回した。
 ゾンビ化されては困るため、死体の焼却は決まっている。
 だが、それだけではこの異常な状況を放置することになる。
 魔法的なものが原因だったら仕方がないが、まずは違う原因から探るか。

「食料と水のサンプルを取れ、薬草の類もあればそれも。
 死体は全て一箇所に集めて焼却しろ。一度町に戻り、その後に再度調査とする」
「死体を焼いてしまってよろしいので?」
「あえてゾンビを出現させる必要もないだろう。
 体組織のサンプルをとりたいところだが、我々では何をどうしたらよいのかわからん。
 直ぐにかかれ」

 直ちに作業が開始された。
 彼らは焼失していない全家屋からサンプルになりそうなものを回収し、それをできる限りの方法で密閉した。
 その間にも死体は集められ、弔いの言葉と共に焼却された。


「直ぐに出発する、周辺警戒を怠るな」

 一通りやるべき事をやった彼らは、逃げ出すように村を後にした。

「そうです、明らかに異常な事態です」

 無線機へ報告する二曹を後ろから見つつ、佐藤は先ほどの情景を思い出した。
 大人も子供も、老人までも、誰もが互いに殺しあう状態。
 一体何をすればそのような事が起こりえるのだろうか?
 ただ殺しあったわけではない。
 彼は死体たちの表情を思い出した。
 笑うという表現が正しく思えないほどに、誰もの口が裂けんばかりに開かれていた。
 
「報告終わりました、街のほうでは異常はないようです」

 通信を終えた二曹が報告する。

「よろしい、とりあえず原因が特定されるまでの期間、基地内の人間は浄水器を通した水と本土から持ち込んだ糧食以外の摂取を禁止しよう」
「水の中に何か怪しげなウイルスでも?」
「それはわからんが、違ったら勿体無いで済むだけの話だ。
 俺の部下たちが笑みを浮かべて殺しあう可能性は最低限に抑えたい」
「了解しました、徹底させましょう」



西暦2021年2月16日 20:15 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地 第一会議室

「困りますねぇ、こういうものを持ち込まれますと」

 会議卓上に置かれた白い粉末を眺めつつ外務省の鈴木は言った。
 大陸で続発している集団暴走事件、その原因を探るべく情報本部と共同で調査を行っていた彼に入った報告は、実に不愉快なものであった。

「ええと『狂王の笑み』でしたっけ?」

 書類を確認しつつ目の前に置かれた物質の名前を読む。
 それは遥かな昔、放蕩の限りを尽くした独裁者が作らせた麻薬だった。
 使用した者の思考を研ぎ澄まし、感情を豊かにし、無尽蔵の力を与えるという完璧な秘薬である。
 
「全く、よくもまあ下劣な作戦を思いつくものです」

 呆れたように言い放った彼の前には、捕縛されたエルフ第三氏族の女性三名がいた。
 全員が縄で縛られ、手錠を掛けられ、猿轡を噛まされた上に目隠しをされている。
 
「常用者は支離滅裂で攻撃的な思考をするようになり、それでいて何もかもが楽しくなる。
 筋肉を傷つける程の怪力を振り回し、周囲にいる人間全てが倒すべき敵に見えるようになる」

 鈴木の目は冷たくなっていく。

「それを、こともあろうに民間人居住区の水源に散布するとはね。
 ますますもって生かしておくわけにはいかない存在ですね、あなた方は」

 彼は後ろに控えた情報本部の要員たちに合図した。

「必要な手段を取って情報を収集してください。
 その後の処理はお任せします」

 彼の合図を受けて男たちは無言でエルフたちへ歩み寄った。
 公式には、彼女たちはこの時に死亡した事になる。

「鈴木さん、これからどうするんですか?」

 いつぞやの派手な格好をした彼の部下が尋ねる。
 廊下を歩く彼は、いつの間にか東洋人的な笑みを浮かべる標準的官僚に戻っている。
 
「井戸の中に放り込んでおけばOKなんていうトンでもない麻薬の撲滅ですよ。
 まあ、実働するのは自衛隊になりますがね。
 外交ルートから圧力を掛けようにも、この大陸にはわが国以外の国家なんてありませんから」
「麻薬、この世界にもあるんですね」
「それはまあ、文明社会があり、薬学が存在していればありえない話じゃないでしょう?」

 彼の言葉を聴いた部下は、暫し考え込んでいる。

「室長」
「なんだ?」

 いつになく改まった声音で声を掛けた部下に、彼は真面目な声音で答えた。

「あれ、利用できませんかね?」
「利用、というと?」

 真面目なままの声音で返されたことに部下は安堵の笑みを浮かべる。

「麻薬を使って敵国を足元から破壊ですよ!
 少ない労力で最大の効果ってやつです。
 うまく浸透させれば敵国軍を内部から瓦解させることもできますし、外貨の獲得にもきっと役立ちます!」

 笑顔で恐ろしい事を言い放つものだ。
 部下の顔を見つつ彼はそう思った。

「最低でも八つの集落で散布されたという事は、原材料がこの大陸でも十分供給できるに違いありません。
 さっきのエルフたちを締め上げて早急な確保が必要です!」

 部下の女性は、相変わらずの笑みのままそう言い放った。



西暦2021年2月16日 20:18 ゴルソン大陸 陸上自衛隊大陸派遣隊第一基地 ヘリポート

 部下の女性の提案を聞きつつ、鈴木はヘリポートへと到着した。
 周囲では完全武装のまま警戒に当たる警務隊員の姿が点在している。
 作戦行動中は、いかなる場所にあろうとも警戒を怠ってはならない。
 これは大陸へ派遣された自衛官たちの共通認識だった。

「大変興味深い提案ではありますが、却下ですね」

 鈴木は真面目な表情を消し、東洋人的笑みで答えた。

「私の部下ともあろう人間が、高々数年程度の短い期間の利益しか見ることができないとは。
 嘆かわしいを通り越して、私は悲しいですよ」

 わざとらしく目頭を押さえ、首を振る。

「いいですか?我が国は、誇り高い勝利だけが許されるのです。
 もちろん、圧倒的な武力を背景にした強圧的な外交もですけれども。
 麻薬王、などという称号は、世界の覇者を目指す我が国には相応しくありません」
「ですが!」

 部下の女性は食い下がった。

「君も外務省の人間なのですから、5年10年と近い未来を見るのではなく、50年100年先を見て物事を考えなさい」
「もちろん未来を見据えての話です。
 海上自衛隊の簡易戦闘艦拡張による通商破壊、航空自衛隊では戦略爆撃隊の編成とそれによる国土の破壊。
 自衛隊が想定しているものは、確かに大きな効果があるという認識は私も持っています」

「それでいて、どうして麻薬をばら撒こうと?」

 改めて部下の提案に興味を覚えた鈴木は、再度真面目な表情を浮かべた。

「援護射撃ですよ」
「援護射撃?」

 自分の言葉に不思議そうに聞き返した鈴木に、部下の女性は笑顔で答えた。

「自衛隊の軍備拡張計画が終了し、全面戦争に突入すれば、必ず我が国は勝利するでしょう。
 私はそれについて何の疑いも持っていません。
 しかし、WW2型艦艇の大艦隊を建造し、戦略爆撃機をどんなに揃えても、最後は銃を持った自衛隊員が皇帝の前まで行く必要が出てきます。
 その時に備え、敵国を内部から破壊するという今からできる援護射撃です」
「未来の世界大戦を見据えてならば、その案は非常に魅力的でしょうね。
 しかし、さらにその先を見た時にはどうでしょうか?
 我々は、自分たちのばら撒いた麻薬と、そして麻薬をばら撒いたという事実と戦わなくてはなりません」

 そこまで未来の事を考えてどうすると反論しようとした部下を、鈴木はジェスチャーだけで押さえつけた。

「私たちは、50年100年先の子孫たちに謝罪や賠償をさせるわけにはいかないのです」

 彼の言葉に、部下は黙らなかった。

「そんな事、我々が軍事的に圧倒的な存在となれば気にする必要などなくなるではないですか?」
「それでも、人道的に胸を晴れない事をすれば、子孫たちに負い目を負わせてしまう。
 我々がやって良いのは、我々の世代で清算できる程度の悪行までです。
 申し訳ありませんが、麻薬王になる夢は捨ててください」

 最後の一行を断ち切るような口調で言い放つと、鈴木はヘリポートの方を向いた。
 彼らを運ぶための輸送ヘリコプターは、その輪郭が視覚できる距離まで接近していた。



西暦2021年2月20日 23:45 日本本土 東京都千代田区外神田某所 秋葉の原事務販売5F

「予算いったねー」

 真夜中だと言うのに全員が揃っている事務所の中で、今年49歳になるこの会社の社長は、朗らかな笑みを浮かべて言った。
 鉛筆からサーバーまで、事務に関連する様々な物を取り扱うこの会社は、大陸でのK級販売品貿易に参加し、大きな利益を得ていた。
 K級販売品とは、普通に販売しても問題がない物品の事を指している。
 例えばコピー用紙やボールペンが該当する。
 リバースエンジニアリングのしようがない、あるいは行ったとしても意味を成さない物品が指定されている。
 日本国内では個人でも一山いくらで購入できるありふれた物だが、中世程度の技術力しか持たないこの世界ではそれらは金貨をいくら積んでも惜しくない夢の商品になる。
 この世界に来てある程度時間のたった日本国は、専売制に戻った塩はともかくとして、民間企業の生き残りを図るためにそれらの物品の輸出を行っているのだ。
 ある程度以上の供給を行えば価格は低下するのが当然であったが、救国防衛会議は諸外国に対しての談合には一切の制限を行わなかった。
 日本円に換算して1円でも多く、外貨を獲得する必要があったからだ。

「来月の臨時ボーナス、期待していますよ」

 彼と歳が一つしか違わない課長がコーヒー片手に言う。
 安価な外国製品の供給が途絶えた時には倒産を覚悟した彼らだったが、その心配は必要なくなった。
 そもそもが、事務用品という物は常に需要が存在する。
 それは、日本列島が別世界に召喚されるという異常事態であっても例外ではない。
 外国が消滅しても、官公庁も民間企業も組織として成り立っているうちは常に消耗品を使用し続ける。
 確かに予算の関係から高額な電子機器の売り上げは激減したが、継続しての売り上げは立つのだ。
 そうして細々と生き延びようとしていた時に政府から来た海外輸出の話。
 その内容は、驚くべきことに日用品と金を交換するという夢の様な話だった。
 他の会社と共にそこへ参入して半年。
 国内の金の換金レートが下落した事から利益は減った。
 しかし、レートが下がったとは言っても金である。
 以前に比べれば多額の現金が入るようになった。
 結果として、従業員規模60人のこの会社は臨時ボーナスを期待できる状況となる。

「はいーお水お待たせしました!」

 既に自分だけ飲んだのだろう、口元を濡らした23歳の女性社員が、水道水を満載したボトルを持って登場する。

「じゃあ乾杯しよう!」

 社長が叫ぶと同時に、このフロアにいた全員がコップを持って殺到する。
 ボトルの中身を分配し、社長が音頭を取って乾杯する。
 一気に飲み干し、彼らは直ぐに仕事へ戻った。
 何時になっても疲労を覚えない、どんなに働いても脳が冴え渡る現状を好ましいと考えつつ。
 同様の光景は、このビル全てで見られた。
 他のフロアにテナントとして入っている企業でも、どういうわけだか水道水が一番人気となっていたのだ。

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