「さて、会議を始めようか」
ファルデア大陸で最大の版図を誇るユグドラ帝国皇帝ルクツァ一世は居並ぶ諸侯を前に静かにそう宣言した。
彼と共にテーブルにつくのはリディア王国国王、ノーザン公、サザーン侯、エステン伯を始めとする
そうそうたる面々、何れも大陸で指折りの貴族である。
円形に配置された巨大なテーブルには、大陸の行方を左右する首脳達が残らず揃っていた。
歴史的に複雑な利害関係によって離合集散を繰り返し、
今でも領地や名誉をめぐって対立中の諸侯が集う理由は、一つしかなかった。
彼と共にテーブルにつくのはリディア王国国王、ノーザン公、サザーン侯、エステン伯を始めとする
そうそうたる面々、何れも大陸で指折りの貴族である。
円形に配置された巨大なテーブルには、大陸の行方を左右する首脳達が残らず揃っていた。
歴史的に複雑な利害関係によって離合集散を繰り返し、
今でも領地や名誉をめぐって対立中の諸侯が集う理由は、一つしかなかった。
「異邦人『日本』についての会議を」
日本、その言葉がルクツァの口から出ると、諸侯らは例外なく緊張した。一瞬、沈黙が場を支配する。
「幸いな事に彼らは我々と同じ、話せば通じる人間です。
圧倒的な軍事力に物を言わせる気は今のところ、ないと見ました
我々同士の争いに介入する気もまた、ないと思われます」
圧倒的な軍事力に物を言わせる気は今のところ、ないと見ました
我々同士の争いに介入する気もまた、ないと思われます」
大陸側の代表として日本と交渉を続けていたアンシャム伯が口火を切った。
彼は大陸で最も弱体な独立諸侯であるが、古代に栄えた大帝国の後継者であり、
そのために貴族たちで何か話し合いをする際には中立性を見込まれて仲立ちに立つのが常であった。
ゆえに今回の騒動でも彼が代表として出向き、この場でも司会をしている。
彼は大陸で最も弱体な独立諸侯であるが、古代に栄えた大帝国の後継者であり、
そのために貴族たちで何か話し合いをする際には中立性を見込まれて仲立ちに立つのが常であった。
ゆえに今回の騒動でも彼が代表として出向き、この場でも司会をしている。
「彼らも混乱しているようですが、この上は我々と末永い友好関係を築きたいとの言葉に、嘘はないと思います」
その言葉に諸侯は一斉に安堵の息を漏らした。それはルクツァとて同様である。
『日本』に交渉のために行った時の恐怖は今でも忘れない。天を衝く巨大な建築物に、網の目の如く張り巡らされた高架道路、
充実した上下水道に、清潔な町並み、美味い食事。ひとつとて大陸には真似できまい。
そしてそれ以上に驚き、また恐怖したのが、その軍隊である。
鋼鉄の装甲に鎧われた大砲。信じがたい事に自ら人間を越える速度で動くという。
大陸にある如何な攻城砲とてあれを貫徹することは敵わないのではないか?
それが視界いっぱいに広がり、砲を高々と翳す姿にルクツァが腰を抜かさなかったのは、
彼の矜持が並外れていたからに過ぎない。
その脅威が当面振るわれることがないと思えば、安堵も当然だった。
『日本』に交渉のために行った時の恐怖は今でも忘れない。天を衝く巨大な建築物に、網の目の如く張り巡らされた高架道路、
充実した上下水道に、清潔な町並み、美味い食事。ひとつとて大陸には真似できまい。
そしてそれ以上に驚き、また恐怖したのが、その軍隊である。
鋼鉄の装甲に鎧われた大砲。信じがたい事に自ら人間を越える速度で動くという。
大陸にある如何な攻城砲とてあれを貫徹することは敵わないのではないか?
それが視界いっぱいに広がり、砲を高々と翳す姿にルクツァが腰を抜かさなかったのは、
彼の矜持が並外れていたからに過ぎない。
その脅威が当面振るわれることがないと思えば、安堵も当然だった。
「だが彼らの軍事力は圧倒的だ。彼らがその気になれば我々などすぐに踏み潰されよう」
諸侯は一斉に頷いた。彼らの軍隊の最新兵器はここ500年変化していない。
即ち1分に3発撃てれば御の字のマスケットだ。
1分に6000発の弾丸をばら撒く武器を持つという日本軍に勝てるわけがない。
そもそも何故そんな桁外れに強力な兵器が必要なのかすらわからなかった。
即ち1分に3発撃てれば御の字のマスケットだ。
1分に6000発の弾丸をばら撒く武器を持つという日本軍に勝てるわけがない。
そもそも何故そんな桁外れに強力な兵器が必要なのかすらわからなかった。
「やはり彼らと取引し、技術供与を受けては?」
ノーザン公が発言する。
「互いの技術格差が近くなれば、より正常な外交も望めましょう。
また、彼らもそれを望んでいる節があります」
また、彼らもそれを望んでいる節があります」
ノーザン公の考えはこの場の大半の人間の考えを代弁していた。
軍事力こそ脅威だが、その技術力には憧憬を覚える。同じ人間同士なのだから、地下資源などで取引を行い、
一足飛びに発展するいい機会ではないかと。それがわかっていたから、ルクツァは言下に否定した。
軍事力こそ脅威だが、その技術力には憧憬を覚える。同じ人間同士なのだから、地下資源などで取引を行い、
一足飛びに発展するいい機会ではないかと。それがわかっていたから、ルクツァは言下に否定した。
「それは真に正論だが、問題がある」
「問題と申しますと?」
「彼らの道具は、大陸に争乱を招きかねない」
「問題と申しますと?」
「彼らの道具は、大陸に争乱を招きかねない」
諸侯はわけがわからない、というように顔を見合わせた。
「わからないか。道具を採用するのならばシステムごとの採用が必要だ。
彼らが上に王を置かず、全て議会とやらで決議する商人の国ということを忘れたのか?」
彼らが上に王を置かず、全て議会とやらで決議する商人の国ということを忘れたのか?」
民主主義。彼らにとっては異質すぎる体制。
貴族も王も置かず、数年ごと、或いは数ヶ月ごとに国家方針が変化し、多種多様な意見がまかり通る。
絶対主義に慣れた彼らにしてみれば、それは恐怖だった。
貴族も王も置かず、数年ごと、或いは数ヶ月ごとに国家方針が変化し、多種多様な意見がまかり通る。
絶対主義に慣れた彼らにしてみれば、それは恐怖だった。
「彼らの体制は我々の支配を危うくする。いや、それだけではない。
我々の戦争など可愛く思える程の戦争が大陸に巻き起こる可能性がある。
技術の導入には慎重になったほうがいいと私は考える」
「では、無視するべきでしょうか」
「わたしとしてはそうしたいと考えるが」
我々の戦争など可愛く思える程の戦争が大陸に巻き起こる可能性がある。
技術の導入には慎重になったほうがいいと私は考える」
「では、無視するべきでしょうか」
「わたしとしてはそうしたいと考えるが」
そうもいかない相手だろう、と続けると、誰もが目を伏せた。
無視するにしては魅力がありすぎる。協調するには危険が多すぎる。
厄介者、と日本は言われていた。
無視するにしては魅力がありすぎる。協調するには危険が多すぎる。
厄介者、と日本は言われていた。
「その件に関してですが」
アンシャムが口を開く。
「彼らから、申し出がありました。至急を要するため、返事はなるべく早くにと」
「なんだ、その申し出とは」
「食料です」
「食料?」
「なんだ、その申し出とは」
「食料です」
「食料?」
諸侯は再びざわついた。
「可及的速やかに貿易を開始し、食料だけでも供給して欲しいとのことです」
「あれほどの大国が、食料ひとつ自侭にできないのか?」
「あれほどの大国が、食料ひとつ自侭にできないのか?」
諸侯にとっては意外だった。彼らの国はどこでも、完全に自給自足できている。
「我々の国の民全てを合わせたのとほぼ同じだけの人間があの狭い国内に生活しているそうです。
また、その国土の半数は都市で、民の半数以上が商人です」
「馬鹿な」
また、その国土の半数は都市で、民の半数以上が商人です」
「馬鹿な」
ノーザンが呻く。
「それでは餓死者が毎年出よう……そんな無計画な指導者に支配されているのか?」
「これも民主主義ということだろう、ノーザン公。我々とは全く異質なのだよ、彼らは」
「これも民主主義ということだろう、ノーザン公。我々とは全く異質なのだよ、彼らは」
ルクツァは顎に手をやってしばし沈思すると、再び口を開いた。
「帝国は彼らとの制限貿易を行おうと思う。さし当たっては彼らが主張する食料だ。
代わりに我々は農業技術について学ばせてもらう。諸君はどうする」
代わりに我々は農業技術について学ばせてもらう。諸君はどうする」
諸侯にも否はなかった。それが一番無難に見えたからだ。
解散していく諸侯はその表情に何れも不安の色を浮かべつつ、帰路についた。
解散していく諸侯はその表情に何れも不安の色を浮かべつつ、帰路についた。