自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

137 第103話 失われる安寧

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第103話 失われる安寧

1484年(1944年)1月9日 午前2時 北ウェンステル領トアレ岬沖南西100マイル地点

「変針。面舵一杯、針路60度。」
「面舵一杯、針路60度アイ・サー。」

発令所内に、艦長の指示する声が聞こえ、命令を受け取った兵が答える。
艦は、ゆっくりと右に回頭していく。

「舵戻せ。針路そのまま。」

やがて、艦首が目的の方角に向いたため、回頭は終わった。
この日、潜水艦アルバコアは、北ウェンステル領西海岸沖に接近しつつあった。
アルバコアは、1月8日に、エスピリットゥ・サントを出港後、ウェンステル領トアレ岬を目指した。
このガトー級潜水艦に課された任務は、7人の工作員達を北ウェンステル領に侵入させる事である。

「副長、お客さんの様子はどうだ?」

アルバコア艦長を務めるジェームス・ブランチャード少佐は、副長に聞いた。

「お客さん方は今、スイートルームでおねんねしとりますよ。」
「ハッハッハ、寝ているのか。」
「ええ。最も、全員寝てるわけじゃあないですがね。」
「ほう。寝ていない奴といえば、あの猫ちゃんかね?」
「ええ。」

ふと、艦が大きく揺れた。テーブルに置いていたコーヒーカップがずれ落ちていく。
カップが端から落ちた、と思った瞬間、副長が寸での所でキャッチした。

「ふぅ、危ない。艦長、目標は守りましたぜ。」
「ああ、ご苦労さん。まだ全部飲んでいないからな。」

ブランチャード艦長は、副長からコーヒーカップを受け取ると、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

「それで、奴さんは今どうしてるかね?」
「ついさっき、トイレに駆け込んでいきましたよ。」

副長は後ろに指を指しながら答えた。この時、またもや艦が揺れた。

「しかし、嵐の中の浮上航行は、やっぱり揺れる物だな。」


「う・・・ぷ。気持ち悪い・・・・・」

エリラは、トイレにうずくまりながら口を押さえていた。出す物は出して一応、すっきりしたはずだが、相変わらず頭が重い。
彼女は船酔いに悩まされていた。
エリラは、鍵救出作に向うOSSの工作部隊の一員として、このアルバコアに乗っていた。
工作部隊のメンバーは、初めて乗る潜水艦に戸惑いはしたが、不思議に船酔いを起こす事は無かった。
しかし、エリラは出港後1時間で船酔いに倒れた。
以来、彼女はずっと船酔いに悩まされている。

「はぁ・・・・・最悪。」

エリラは、鏡に映った自分の顔を見て嘆いた。
彼女の美貌には、血の気が一切無かった。傍目から見れば、血を一滴残らず絞り取られ死んだ幽霊のようだ。
彼女はトイレのドアを開け、自分のベッドに向う。足取りはフラフラしており、街中で見かける飲んだくれを思い起こす。
自分のベッドのある部屋に来ると、彼女は2段ベッドの下に潜り込んだ。
2段目には、イルメが寝ており、気持ち良さそうに寝ている。

「チッ、いい身分ね。」

エリラは、そんなイルメに嫉妬しながらも、毛布を被る。
ちなみに、エリラはイルメと果し合いを行っている。
その結果はイルメの勝ちであったが、勝負の内容は、まさに一進一退の攻防であり、激戦そのものであった。
終わり頃には2人とも疲れ果てていた。
最後はエリラが、イルメの拳を鳩尾に受けて気絶した所で勝負が付いた。
勝負に負けた事に、エリラはやや不満げであったが、変わった部分もあった。
最初、初対面のエリラに対してやたらに挑発して来たイルメであったが、あの一戦の後はあまり挑発しなくなった。
エリラに対する態度はあまり変わってない物の、以前と比べれば刺々しい感じはなくなってきている。
エリラはイルメの態度が変わった事をヴィクター中尉に言った。彼曰く、彼女がエリラの力を認めたから、だそうだ。

「認められた・・・・か。まあ、悪い気分はしないわね。」

と、やや嬉しげな口調で呟いた。
またもや船体が揺れる。相変わらず激しい揺れである。
5分ほど時間が経った。少しは良くなっていた気分が、再び悪くなり始めた。

「うう・・・・もう、船なんか嫌い・・・・」

エリラは半泣きになりながら愚痴を言った。

「おーい、大丈夫かい?」

いきなり、上から声が聞こえて来る。

「イルメ・・・・起きてたの?」
「いや、今起きたんだよ。どっかの誰かさんが苦しむ声でね。」
「あ、うるさかったか・・・・ごめんなさいね。」

エリラは、上のイルメに謝った。その途端、頭に痛みが走る。

「あぁ、もう最悪・・・・」
「その調子じゃあ、大丈夫じゃないね。」
「聞いてたらわかるでしょ・・・・」

イルメのおちょくるような口調に、エリラはむっとして答えた。

「ああ。こうも揺れまくれば、当然船酔いにもなるな。」
「全くね。軍医から酔い止め薬をもらえばよかった。はぁ・・・断るんじゃなかったわ。」

エリラはアルバコアに乗った時に、軍医から酔い止め薬は必要かと聞かれた、その時、エリラは

「いいえ、私は必要ありませんよ。何せ、乗り物酔いなんてした事ないんですから!」

と、豪快な口調で断った。
その結果がこれである。

「初めての場合は、何事も人の勧めは聞いておくもんだね。」
「ええ、私もそう思うわ。」

イルメの言葉に、エリラも同感であった。
ちなみに、イルメは酔い止め薬を飲んでいるので、エリラのような事態にはならなかった。

「しかし、今日はいつも以上にぐっすり眠れるなぁ。今まではこんなに気持ちよく、っていうか、急に眠気が来る事は無かったんだけどな。」
「疲れてるからじゃない?」
「ふむ、そうかもな。まっ、眠れるに越した事は無いけどな。」
「ハァ、羨ましい・・・」

エリラは、イルメに羨望の思いを抱いた。その時、またもや吐き気がしてきた。

「うう・・!ちょっと便所に行って来る!!」

エリラは口を押さえながら、慌ててベッドから飛び出し、便所に駆けて行った。
5分後、エリラは戻ってきた。

「なぁ・・・・本当にヤバくないか?」

イルメは本当に心配した。なにせ、エリラの表情は真っ青に染まり切っており、よく見るとやつれているように見えた。

「いや・・・ハハハ。」
「ハハハじゃねえって。」
「これで痩せれると思うんなら、別に何とも無いわ。」
「そりゃ痩せすぎだって。」
「いいのいいの。今はガマンするしかないわ。」

エリラは引きつった笑みを浮かべながら、ベッドに倒れ込んだ。そのフラフラした足取りから、もはや重症である。
彼女が再びベッドから入って2分が経過した時、上のイルメが何気ない口調で聞いて来た。

「なぁエリラ。」
「ん?」
「あんた、怖いか?」
「まぁ・・・・怖いと言えば怖いね。」

エリラは意地を張る事無く、素直に答えた。

「これからシホールアンルの奴らがうようよいる所に潜り込んで行くんだから、怖くないほうがおかしい。」
「へぇ、怖いんだ。」

「何よ、馬鹿にしてるの?」
「いや、馬鹿になんかしてないさ。ていうか、する資格ないよ。あたしだって怖いんだから。」
「イルメも、やっぱり怖いと思うんだ。」
「勿論。ていうか、ある程度の恐怖は誰にでもあるよ。問題は、その恐怖をどれだけ押さえ込めるかさ。あたしは
戦い慣れているから大丈夫だけどね。エリラも、その面に関しては大丈夫だろ?プロなんだし。」
「うん。大丈夫だよ。」
「そうか。まっ、それほど怖いと思わなければいいさ。これから戦いに挑むのは、何もあたしらだけじゃないんだし。
エリラも見ただろ?エスピリットゥ・サントから出港していった、あの大艦隊を。」
「ええ。とっても頼もしく感じたわ。」

エリラ達は、出港して行く第57任務部隊を見ていた。
何隻もの大型空母や戦艦を中心にした大艦隊が出港していく様子は、これから敵地に乗り込んでいくエリラ達に勇気を与えてくれた。

「あたし達も、恥の無い働きをしないとね。」
「ああ、いっちょやってやるさ。」

イルメは不敵な口調でそう言った。

「その前に、エリラは上陸前までその船酔いと戦わないといけないな。」
「そこで水を差さないで・・・・・う・・・また気分悪くなって来た。」

エリラは顔をしかめ、両手で頭を抱えた。
下で苦しむエリラに対して、イルメはいつの間にか、気持ち良さそうな表情で再び寝入っていた。

1483年(1944年)1月9日 午前7時 ウェンステル領ルテクリッピ沖北西20マイル沖

シホールアンル帝国海軍に所属する第71護送部隊は、12隻の船団を組みながら北に向っていた。
船団は、中央にある6隻の輸送帆船を取り囲むようにして、6隻の魔法石動力の輸送船が配置されている。
その中で、陣形の左側に布陣している輸送船。
正式名称、偽装対空艦第21号の艦上では、乗員達が艦内の作業を行っていた。

「おい!まだ甲板が汚れているぞ!その雑巾でもっと拭け!」

最上甲板で、前部甲板の掃除を指揮していたタウナド・アスムラウグ中尉は、なまけている兵を見つけては渇を入れる。

「中尉、いつもながら念入りに掃除しますなあ。」

彼の隣に立っていた、やや年季の入った兵曹長が言って来る。

「いや、このぐらいはしないと。何せ、不屈の21号の乗員だからね。」
「ハッハッハ。不屈の21号ですか。確かに。」

兵曹長は納得した。
不屈の21号・・・・それは、彼らの乗る偽装対空艦に付けられたあだ名だ。
偽装対空艦は、シホールアンル海軍が魔法石動力の高速輸送船を改造したものである。
高速輸送船は、シホールアンル帝国が開発した高速輸送船レゲイ号の簡易設計版であり、全長93グレル、全幅11グレル、
速力は13リンル(26ノット)と巡洋艦並みの大きさと、輸送船にしては早いスピードを持っている。
8年前から30隻建造されたこの高速輸送船を、シホールアンル側は接収し、偽装対空艦に改造した。
武装は4ネルリ単装両用砲6門に連装式魔道銃12基、24丁とかなりの重武装を誇る。
偽装対空艦は、83年9月から輸送船団に配備され、船団の防空戦闘に大きく貢献して来た。
ミスリアル王国に展開していた第5航空軍は、B-26マローダーやB-25ミッチェル、A-20ハボックと言った双発爆撃機を使って、
エンデルド等の根拠地を往復するシホールアンル船団を襲っていた。
偽装対空艦・・・アメリカ側の通称FLAK艦は、常に4~6隻が船団に配備され、襲い来る双発爆撃機群に果敢に立ち向かった。

その結果、8隻の偽装対空艦が撃沈され、5隻が大破、4隻が中小破したが、偽装対空艦も9月から12月の間に、43機の米軍機を撃墜、
38機に損傷(後に17機が使用不能)を負わせて、第5航空軍を大いに悩ませた。
地味ながらも、船団の護衛に当たり続けた偽装対空艦群の中で、第21号艦は9月から12月。つまり、全期間を無傷で過ごして来た。
第21号艦は、4ヶ月近くの間に9機のアメリカ軍機を撃墜したばかりか、浮上航行中のアメリカ潜水艦を砲撃で撃沈するという戦果も挙げており、
シホールアンル海軍の中では、幸運と強運を兼ね備えた幸運艦として知られている。
また、第21号艦が護衛する時は、どんなに激しい攻撃を受けても輸送船や僚艦の損失が常に少なかった。
(他の船団ではそうでもない。輸送船や偽装対空艦が数隻ずつ撃沈される事は珍しくなく、船団もろとも全滅する事も1度や2度ではなかった)
その事から、いつしか不屈の21号と呼ばれるようになった。

「でも、あまりやりすぎると、後で厄介になりますぞ。」
「なあに、大丈夫さ。そこら辺はしっかり心得ているよ。」

アスムラウグ中尉は微笑みながら、兵曹長に返事した。
乗員達は、これからもずっと、この第21号艦が不屈の21号であり続けると思っていた。
西の方角から見慣れぬ大編隊が現れた時でも、その思いは変わらなかった。
アスムラウグ中尉は、手を休めている兵を見つけた。
その水兵は、西の方角にずっと見入っていた。

「おい、どうした?」

彼は、その水兵に声をかけた。この時、耳に聞き覚えのある音が響いて来た。
アスムラウグ中尉の声にハッとなった水兵が振り返った。表情が強張っている。

「中尉・・・・あれを見て下さい!」

彼は言われるがままに、西の方角に顔を向けた。
空は、昨日の嵐が嘘に思えるぐらい晴れ渡っていた。風は冷たいが、陽光は暖かい。
明るみ始めた空の向こうに、黒い粒々が見えた。
その粒々が見える方角から、飛行機の物と思しき爆音が聞こえる。

「あれは、アメリカ軍機だ!」

アスムラウグ中尉はすぐにわかった。
この時になって、見張りが敵編隊発見の報告を艦橋に送った。

「黒い粒々がいくつもある。畜生、なんて数だ!」

彼は、急に腹立たしい気持ちになった。
迫りつつある黒い粒々は、少なめに見積もって200以上はありそうであった。
アメリカ軍機の大編隊は、船団に迫りつつある。船団の東側にはルテクリッピがあった。

「艦長より乗員に通達。直ちに総員戦闘配置につけ!」

艦長が伝声管を使って、艦内にいる乗員に総員戦闘配置を命じる。
それを聞き取った士官や下士官が、怒声を上げて部下を動かした。
甲板上の積荷に、水兵達が群がる。手馴れた動作で木箱が分解され、中から連装式の魔道銃や、高射砲が出て来る。
無防備な輸送船から、敵を討つ使命を担った軍艦に変わった瞬間である。

「敵編隊より一部が離れました!機数約50!」
「ほほう、一部で俺達を叩こうと言うわけか。」

アスムラウグ中尉は、前部甲板左舷側に設置されている高射砲の横で、迫り来る敵編隊を見つめていた。
敵編隊は、おぼろげながらも、おおよその詳細が分かる距離にまで近付いていた。
分かれた編隊や、本隊と思しき敵は、いずれも単発機である。

「空母艦載機か。」

アスムラウグ中尉は、一目で敵が空母艦載機であると見抜いた。

「空母艦載機とやり合うのは初めてだな。果たして、今までの経験が役に立つかどうか・・・」

彼は、不安な気持ちを抑えながらそう呟いた。
やがて、敵編隊の本隊が船団の上空を通過して行った。
その5分後、別れた敵編隊が船団に迫って来た。
数は約50機ほど。その全てが、第21号艦のいる船団に向かって来る。

「来たぞ・・・・・・まだ発砲するな。」

アスムラウグ中尉は、高射砲の砲兵に注意した。

「艦長の指示が出るまで発砲するなよ。」
「わ、わかりました。」

砲手が、上ずった声で返事した。
砲員達は緊張していた。彼らのほとんどは実戦経験者であるが、今まで戦って来たアメリカ軍機は、全て陸軍機である。
陸軍機の攻撃は、確かに強力な物であったが、海軍機・・・・しかも、精鋭の誉れ高い敵機動部隊の艦載機と戦うのは今日が初めてだ。

「なあに、そう気負うな。」

アスムラウグ中尉は、陽気な口調で言った。

「相手は何度も相手した飛行機だ。変わった所と言えば相手が少し小さいぐらいだよ。いつも通りやればいい。」
「ハッ!わかりました!」

勇気付けられた兵が、微笑みを浮かべて振り返った。
その直後、艦長から撃ち方始めの号令が下った。
船団に配備されている偽装対空艦が、迫りつつあった艦載機群に向けて一斉に対空砲火を放った。
敵編隊の前面に、小さな黒煙がいくつも沸き起こる。

対空射撃を開始してから30秒ほど経った。敵編隊は、大きく3つに別れた。
最初の一群が、より高い高度へと上って行く。
2群目は、やや高度を下げつつあり、3群目は一気に海面まで降下した後、陣形の左側遠くから超低空で向って来た。
最初に襲い掛かって来たのは、2群目であった。

「敵機16!急速接近!」
「魔道銃撃て!」

それまで高射砲のみを放っていた偽装対空艦は、魔道銃も対空射撃に加えた。
次第に接近して来る敵機の形がわかって来た。
2群目の敵機は、全体的にごつく、少しばかり湾曲した翼を持つ単発機。
去年の4月から前線に出て来た戦闘機、F6Fヘルキャットである。
ヘルキャットは、4機ずつに別れると、陣形の外郭を固める偽装対空艦に襲い掛かった。
ヘルキャットに向けて、最低でも10丁以上の魔道銃が向けられ、発砲する。
カラフルな光弾がヘルキャットを包み込もうとする。
が、

「ええい、ちょこまかと動くなぁ!!」

魔道銃の射手は、巧みな機動で弾幕を掻い潜るヘルキャットを見て怒りの形相を浮かべる。
第16号艦に向かっていた1機のヘルキャットが、不運にも操縦席に数発の光弾をまともに叩きつけられた。
パイロットは顔面や上半身を砕かれ、穴の開いた風防ガラスが、内側から赤く染められた。
その1秒後に、ヘルキャットはもんどりうって海面に叩き付けられ、バラバラに砕け散る。
魔道銃の射手が喜びの表情を浮かべたが、それも束の間である。
残り3機となったヘルキャットが、距離700から第16号艦に向けて12.7ミリ機銃を撃ち放った。
合計18丁の機銃から放たれた高速弾が、第16号艦の前部から後部にかけて銃弾のシャワーそのものと化して降り注ぐ。
艦橋に機銃弾が命中するや、スリットガラスは一瞬のうちに叩き割られ、不運な艦橋要員が胴体に風穴をかけられて昏倒した。
慌てて床に伏せた者にも、艦橋内を飛び回る跳弾に当たって続々と傷付いていく。
甲板上では、それまで猛然と撃ちまくっていた魔道銃の周辺に機銃弾が降り注ぎ、射手が12.7ミリ弾によって撃ち倒され、魔道銃が沈黙する。

第21号艦にも、12.7ミリ機銃弾が鉄の雨となって降り注いだ。
アスムラウグ中尉は、慌てて床に伏せた。
顔のすぐ横に機銃弾が命中し、板張りの甲板が傷付き、木片を飛び散らせた。

「は・・・・危ない・・・・!」

彼は、唐突に起こったこの出来事に、内心驚き、そしてぞっとなった。
あと数センチでもズレていれば、機銃弾は彼の頭に突き刺さっていたのだ。
これで驚くなと言う方が無理である。
顔を上げて、中央部甲板を見る。
中央甲板の左右両舷には、それぞれ魔道銃が3基配備されている。
そのうち、左舷側の魔道銃2基が沈黙していた。魔道銃の周囲には、数人の兵が倒れ伏している。
他の水兵が慌てて倒れている兵をどかし、代わりに魔道銃を撃ち始める。
ヘルキャット群は、猛速で陣形の左側を突破すると、輪形陣中央部に殴り込んで輸送船に機銃掃射を仕掛けた後、傍若無人にも
陣形右側の偽装対空艦にまで機銃をぶっ放した。
当然、怒り狂った艦の砲員や魔道銃の射手はここぞとばかりに撃ちまくったが、1機も撃ち落せなかった。

「くそ、なんて奴らだ!この砲弾幕をあっさり突破するとは!」

アスムラウグ中尉は、ヘルキャット群の無謀とも思える攻撃に舌を巻いていた。

「直上より急降下!」

ヘルキャット群が陣形から抜けるや、今度は高空から急降下爆撃機がやって来た。
高度2500グレルまで上がった急降下爆撃機は、これまた4機一組ずつに別れるや、思い思いの目標に向って急降下を始めた。

「目標、左舷上空の急降下爆撃機!撃て!」

アスムラウグ中尉は、指揮する1番砲の目標を急降下しつつある4機の艦爆に定めた。

ドン!と、4ネルリ単装砲が火を噴く。
1番機より少し離れた場所に高射砲弾が炸裂する。
魔道銃も、この4機に向って光弾を撃ちまくる。
先のヘルキャットの銃撃で、左舷側の魔道銃2丁と高射砲1門が使えなくなっているため、高射砲2門と魔道銃10丁が必死の対空射撃を行う。
上空から初めて聞く甲高い轟音が響いてきた。
その音は、目の前の艦爆が高度を下げるにつれて大きくなっていく。
(これが、噂の音か・・・・まるで、死神の呼び声のようだ)
初めて聞くダイブブレーキの音に、アスムラウグ中尉はそのような感想を抱く。
敵機の機種は、形からして識別表にあったアメリカ軍の新型攻撃機、SB2Cヘルダイバーだ。
ヘルダイバーはドーントレスに代わって配備された新鋭機だが、配備数は少ないのか、アメリカ機動部隊には未だにドーントレスを
使用しているところが多いと聞いている。
(実際は、サノバビッチセカンドクラスと罵倒される“駄作機”に乗る事を嫌がった搭乗員が多いため、他の任務群に属している
エセックス級空母でも、艦爆ではドーントレスが主力と言う事は珍しくない。特にTF58.1のヨークタウン3姉妹に属する
艦爆隊はそれが顕著に現れている。最も、この傾向は、大幅に性能が改善されたSB2C-4が出始めるまでで、その後は
ほとんどSB2Cに乗り換えられた)

「配備されたての新鋭機を駆る部隊が来たとなると、相手は精鋭中の精鋭だな。」

アスムラウグ中尉は、まずい相手が来たと確信した。
猛烈に撃ちまくる魔道銃、高射砲も相手を撃墜するには至らない。
先頭機が、高度400グレルにまで降下した時、突然、第21号艦は左に回頭をし始めた。
艦は、敵艦爆の方向に向かって回頭している。
相手の懐に潜り込むような形で、爆弾を避けようと言うのであろう。
先頭機が慌てふためいたように爆弾を投下した。
甲高い轟音から、唸るようなエンジン音に変わりながら、先頭機は赤いダイブブレーキを開いたまま艦尾方向を飛び抜けていく。
右舷側に水柱が吹き上がり、水中爆発の衝撃が第21号艦の艦体を揺さぶる。
続いて2番機、3番機が低高度まで急降下し、胴体に吊っていた爆弾を叩きつけようとする。
2番機、3番機が投下した爆弾が、至近弾となって第21号艦の右舷前部側、側海面着弾した。
幸いにも、舷側にかすり傷程度の損傷を負っただけで済んだ。

「さすがは名艦長。敵の急降下爆撃をすいすい避けやがる。」

アスムラウグ中尉は、余裕の表情でそう呟いた。
だが、4番機の動きが彼の余裕を吹き飛ばした。
4番機は、第21号艦の動きに合わせる様に降下角度を深め、ほぼ垂直に近い角度で第21号艦の高度500メートルまで急降下。
そして、腹に抱えていた1000ポンド爆弾を投下した。
4番機の落とした爆弾は、誰が見ても確実に命中コースに入っていた。

「なんてこった・・・・爆弾の形が丸に近いぜ。」

アスムラウグ中尉は、憎らしげな口調で言った。
その直後、爆弾はアスムラウグの中央部にある艦橋のすぐ前に命中した。
偽装対空艦は、普通の輸送船よりは頑丈であるが、その頑丈さも普通の巡洋艦に比べればやや劣る。
第21号艦の甲板は、1000ポンド爆弾に最上甲板をあっさり突き破られ、第3甲板にまで達した。
命中から1秒後に、ズドォーン!という爆発音が鳴り、それまで無傷であった第21号艦の甲板は大きくめくれ上がり、
そこから爆炎と夥しい破片が、天高く舞い上がった。
その信じられないような光景を、アスムラウグ中尉は半ば茫然とした表情で見つめていた。

第57任務部隊第2任務群隷下の正規空母イントレピッドから発艦した46機の攻撃隊は、本隊から分かれて出港した敵輸送船団に襲い掛かった。
それから20分後。イントレピッド艦爆隊に所属するカズヒロ・シマブクロ2等兵曹は、旋回中の愛機から敵船団の断末魔に見入っていた。

「あれじゃあ、もう助からんな。」

カズヒロは、今しも沈みつつある船を見て呟く。
輸送船と思しきその船は、左舷側に大傾斜しながら、盛んに黒煙を吹き上げている。
この船は、陸軍航空隊を悩ませてきたFLAK艦と呼ばれる仮装対空艦であり、カズヒロ達の攻撃隊にも、その侮れない対空砲火を浴びせて来た。
カズヒロは、僚機の投弾と、敵艦の動きを見極めた上で機体の姿勢を調整し、爆弾を投下した。
かなりの急角度だったが、カズヒロはなんとか機体を立て直す事が出来た。
姿勢を立て直す際に、後部座席に乗っているニュール・ロージア2等兵曹がいつも通りのセリフを交えながら報告を送って来たので、カズヒロはひとまず安堵した。

カズヒロ達の放った爆弾を被弾した敵FLAK艦は、中央部から黒煙を出しつつも海上を驀進していたが、アベンジャー隊の放った魚雷を2発被雷した所で力尽きた。
戦闘開始から20分で、イントレピッド隊は全ての爆弾、魚雷を使い果たした。

「戦果は敵FLAK艦、敵輸送戦合わせて5隻撃沈、6隻大破ってとこだな。」

後部座席に座っているニュールが、淡々とした口調で言って来た。

「まずまずだな。後は、ルテクリッピを攻撃している本隊がどれだけ活躍してくるかだな。それよりも、怪我大丈夫か?」
「ん?ああ。怪我ね。」

ニュールは手で左頬に触れた。鋭い痛みに、彼は顔をしかめた。
敵FLAK艦を爆撃した際に、カズヒロのヘルダイバーも数発の光弾を被弾していた。
この被弾で、機体には致命傷を負わなかったが、敵の光弾が後部座席に飛び込んで、ニュールが負傷してしまった。
しかし、幸いにも左頬が少し切れただけだった。

「ただのかすり傷さ。流石にシホットの光弾も、このロージア様に恐れを成して逃げたようだな。」
「ハハハ、どうやらそうらしいぜ。おっと、隊長機が集まれって言ってる。」

カズヒロは、無線機から聞こえる中隊長の声に聞き耳を立て、中隊長の言う通りに機を集合地点に向かわせた。


1484年(1944年)1月9日 午後2時 シホールアンル帝国首都ウェルバンル

シホールアンル帝国首都、ウェルバンルにある帝国宮殿では、陸海軍の首脳が臨時に呼び出されていた。

「陛下。アメリカ軍はウェンステル領にて大規模な攻撃を行いました。」

海軍総司令官のレンス元帥は、額に滲んだ脂汗を、ハンカチでふき取りながら説明する。

「現在、ウェンステル領は、西ではルテクリッピ等の港湾施設、東では西と同様に、港湾施設や運河周辺に艦載機を用いた反復攻撃が行われています。
そして、ウェンステル領の北部では、再び未知の新型爆撃機によって軍の物資集積所が爆撃を受けました。」
「陛下、南大陸連合軍は、マルヒナス運河の対岸に大部隊を集結させており、運河の南側には、多数の敵船舶が接収した桟橋に停泊しております。
敵は、明らかに北大陸へ侵攻しようとしております。」
「そうか。詳細を聞こう。」
「報告によりますと、内陸部への爆撃は敵の陸軍航空隊が担当し、沿岸部の攻撃は、敵空母機動部隊の艦載機が担当している事が判明しました。
目下、沿岸地区に配備されたワイバーン部隊が、敵機動部隊の捜索にあたっています。」

陸軍総司令官のギレイル元帥が、冷静な口調で報告する。

「敵機動部隊か・・・・レンス元帥。アメリカの奴らは、どうやら本気で北大陸に乗り込んで来るようだ。恐らく、アメリカ人共は空母も
多数投入しているようだが、大体何隻ぐらい投入して来ている。」
「はっ。これまでの報告を照らし合わせた所、敵艦載機の来襲機数から見て、最低でも10隻。多くて14隻ほどを東西両岸に派遣している物と思われます。」
「14隻か・・・・・」

オールフェスはそう呟きながら、海軍の保有する竜母主体の艦隊の事を思い出した。
シホールアンル海軍は、アメリカ海軍と同じように竜母を主力として編成された第4機動艦隊という機動部隊を保有している。
第4機動艦隊は、現在正規竜母6隻、小型竜母6隻、計750騎ワイバーンを有している。
もし、アメリカ機動部隊が分散していれば、オールフェスは第4機動艦隊の全力を持ってこの米機動部隊を叩こうか、と思った。

「敵機動部隊は今、どこら辺を航行している?」
「は。アメリカ機動部隊は、ウェンステル領の中部沿岸辺りまでを攻撃しておりますが、レンフェラルからの報告によりますと、
アメリカ機動部隊は意図的に、ウェンステル領北部への接近を避けているようです。」
「チッ、馬鹿に慎重だな。」

オールフェスは思わず舌打ちした。
ウェンステル領の北部には、現地展開のワイバーン部隊の他に再編成中の部隊がおり、その総数は合計で800騎以上にも上る。
オールフェスとしては、ウェンステル領西岸部をうろつくアメリカ機動部隊に、北部の航空部隊と、第4機動艦隊の全力をぶつけて全滅させようと考えていた。
ところが、肝心の敵機動部隊は、ウェンステル北部沿岸には近付かないと言うのだ。

これは、第5艦隊司令長官スプルーアンスが、現地のスパイ情報を(驚くべき事にインゲルテント派直系のスパイから送られて来ている)
よく吟味した上で、出撃前の作戦会議でTF58、57司令官に細かい指示を伝えていた。
この両任務部隊の司令官は、スプルーアンスの命令を忠実に実行していた。

「まあ、敵の機動部隊の事は、仕方ない。」

オールフェスはそう言ってから、いきなり鋭い目付きでギレイル元帥を睨み付けた。

「だが、納得できねえ事もある。ギレイル、あの失態は一体なんだ?お前から渡された報告書を読んだが、200騎のワイバーンや飛空挺が出撃して、
1機も落とせなかったというのはどういう事だ?」

オールフェスは憤りを露わにしてギレイル元帥に聞いた。

「は・・・・その事につきましては、詳細を集めている最中でして。」
「40機程度の爆撃機を200騎の航空兵力で迎撃して1機も落とせなかった。結果はもう伝わっているんだよ。」
「その・・・敵の爆撃機が、これまで戦って来たフライングフォートレスやリベレーターとは性能が違いすぎるのです。」
「性能が違いすぎるからって・・・・護衛も居ない40から50機程度しかいねえ裸の爆撃機を落とせないとは納得いかんな。お前の部下達は
居眠りしていたんじゃねえのか?」
「いえ、決してそのような事はありません!ですが・・・・」
「ですが・・・・?で?」

その時、大会議室のドアが開かれた。

「元帥閣下!」

1人の総司令部付き魔道将校が、数枚の紙を持ってやって来た。
魔道将校は、ギレイル元帥に紙を渡した。

「ご苦労だった。下がっていい。」

「そいつは何だ?ちょっと見せてくれ。」
「はっ。陛下、先ほどの話で出ていた、新型爆撃機の絵と名前です。」

ギレイル元帥は、オールフェスの下に歩み寄り、紙を渡した。

「こいつが・・・・ルベンゲーブやロイトラウヌを襲った新型爆撃機か。」

彼は、半ばため息を付きながら絵に見入っていた。
その絵に描かれていた爆撃機は、交戦したワイバーン隊や飛空挺隊から聞いた情報を下に作成したものだ。
多少、不明確な点はあるが、それでも本物と似せて描かれていた。
その絵に移っている爆撃機は、これまでの爆撃機と違って突起が少なく、スマートな印象があるが、後部の巨大な垂直尾翼がこの爆撃機の
凶暴性を表しているかのように見える。

「その爆撃機の名称は、B-29スーパーフォートレスです。この爆撃機と交戦した者の話によりますと、高度5000グレル以上の高高度を、
時速250から280レリンクの速度で飛行し、搭載されていた爆弾の量は、これまでの爆撃機と比べてかなり多かったようです。今日の
午前10時に起きたロイトラウヌ空襲では、高度5100グレルから爆撃を行ったという情報もあります。」

シホールアンル軍は、今日の午前10時過ぎに、ウェンステル領北部にあるロイトラウヌの物資集積所を44機のB-29に襲撃された。
その際、140騎のワイバーンと、60機の飛空挺が迎撃に飛び立った。
しかし、B-29は高度1万2000メートルまで上昇したため、ワイバーンは1機も近寄れず、唯一、高高度戦闘が可能であったケルフェラクも、
指揮官機のミスが祟ってほとんどが接触できず、辛うじて21機がB-29を迎え撃てただけであった。
その21機も、コンバットボックスを組んだ爆撃集団の前には苦戦し、1機も落とせぬばかりか、逆に4機を撃墜されてしまった。
その後、B-29の群れは物資集積所を爆撃し、悠々と帰還して行った。
幸いにも、天候の影響もあって爆弾の大部分は外れたが、それでも物資の1割が破壊されている。

「ギレイル・・・・確か、今日、このスーパーフォートレスとやらに襲われた所は、ウェンステル北部にあるロイトラウヌだったよな?」
「はい。そうです。」
「はぁ・・・・・この新型爆撃機は、どんだけ長い航続力を持ってるんだ。こいつが飛び立ったミスリアル北部から、直線距離で700ゼルドもありやがるぞ。」

オールフェスは、頭を抱えながらギレイル元帥に言った。
ロイトラウヌは、あと10ゼルド北も行けばジャスオ領という、いわば辺境地帯である。
ウェンステル領はさほど大きな地域ではないが、それでも侮れない広さがある。
ロイトラウヌからマルヒナス運河を隔てて南ウェンステル、ヴェリンス、北部ミスリアルと行けば、ざっと見ても700ゼルド以上(2400キロ)
という長大な距離である。
一昔前ならば、永遠にも感じられた長距離を、B-29はひとっ飛びでやって来たのである。
シホールアンルにとって、B-29の航続性能は恐るべき物だ。
オールフェスはこの航続性能によって、恐るべきシナリオを思い描いていた。
もし、北ウェンステルのマルヒナス運河地帯だけでも、敵に占領されれば、アメリカ軍はスーパーフォートレスを前進させる。
そこから半径700ゼルド以内は、B-29の行動範囲内に入るのである。
マルヒナス運河地帯から、シホールアンル帝国の南部国境までは、最短距離で650ゼルド(1950キロ)。
要するに、アメリカ軍はシホールアンル本土に入らなくても、マルヒナス運河から一部とは言え、シホールアンルの神聖な土地を叩けるのだ。
それだけでも、“一番マシなほう”だ。
連合軍が支配地域を広げる分だけ、B-29の作戦行動範囲は前進していく。

「フライングフォートレス・・・・・アメリカは、なんて化け物を召喚したんだ。」

オールフェスにとって、B-29という存在は、太古の戦争に存在した「レシェムト」という名の凶悪な悪獣と、同等なものになりつつあった。

*レシェムト
古代の戦争時に存在したと言われた伝説の魔獣。よく人を襲い、死肉を喰らう悪獣として知られている。その特徴は長大な飛行距離にあり、
500ゼルドも休み無しで飛行できるため、当時の人には飛行する影を見たらレシェムトと思え、という記録がある。
このレシェムトは、北大陸の偉大な魔法士マレナリイドに退治されたと言う。
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