自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

090 第77話 第5艦隊

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第77話 第5艦隊

1943年(1483年)7月26日 午後7時 マオンド共和国領ユークニア島

リゴル大佐は、数日前と同じように第5発着場にある小高い崖から入り江を眺めていた。
入り江には、数日前と同じように10頭ほどのベグゲギュスが泳いでいる。
元々、この第5発着場には60頭のベグゲギュスがいたのだが、今は10頭のみ。
残りは、永遠に帰って来ない。

「どうして・・・・どうして、こんな事に!」

リゴル大佐は頭を抱えながら呻いた。
満を持して送り出した70頭のうち、帰還したベグゲギュスはいなかった。
事の起こりは21日に飛び込んできた1通の魔法通信である。
その日、ベグゲギュスが集団で航行している敵の船団を攻撃するという魔法通信が届いた後は、次々と悲痛じみた報告が入ってきた。
最初の魔法通信が入ってから10分ほどで、いきなり敵襲を受けたとの報告が追加され、その後は味方のベグゲギュスが次々と
討ち取られていく様が淡々と報告されていた。
ついには、報告を送っていたベグゲギュスまでもが通信不能となり、このベグゲギュスの部隊は全滅したと判断された。
他のベグゲギュスからの報告も、敵艦らしき物から攻撃を受ける、敵の警戒部隊多数、これ以上の進行は不可能、
といった通信が送られ、リゴル大佐は初めて、アメリカ側が本格的にベグゲギュスを狩り出しにかかった事を理解した。
その後もベグゲギュスからの連絡は次々と途絶えていき、23日の深夜には、1通の通信文も入らなくなった。

「全滅・・・・・・我が戦隊のベグゲギュスが・・・・・全滅!?」

その時、リゴル大佐は突然の事態に発狂寸前に陥った。
これまでにアメリカ側の反撃で3頭のベグゲギュスが失われていたが、今回の喪失はそれと同等か、酷くても10頭程度で済むであろう考えていた。
だが、現実は悲惨であり、この時点では70頭全てのベグゲギュスから連絡が途絶えていた。
それはすなわち、派遣したベグゲギュスが文字通り全滅させられた事になる。
(アメリカ海軍は全滅させたと思い込んでいたが、実際には帰還しようとしている生き残りがいた。しかし、アメリカ海軍は
戦後になるまで、ベグゲギュスを東海岸沖で全滅させたと確信している)

それを幾ばくか払拭したのは、7月25日の昼頃であった。
半ば死人のようになりながら寝込んでいた(あまりのショックに卒倒していた)リゴル大佐は、生き残りがいる事と、
ベグゲギュス隊が挙げた戦果に僅かながらも頬を緩ませた。
戦果報告によれば、ベグゲギュス隊は総合で空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦5隻を撃沈し、駆逐艦3隻を大破させたという。
それに、沈めた空母のうち、1隻はシホールアンルから聞かされたエセックス級と呼ばれる新鋭空母だそうだ。
ベグゲギュスはそう戦果報告を送っているが、実際の所、米海軍はゲティスバーグを傷付けられた物の中破止まりで済んでおり、
空母の喪失は1隻も無い。
(双方が、この時の海戦で誤解をしていた。この誤解が解けるのは戦後になってからである)
それはともかく、リゴル大佐はこの報告を素直に喜んだが、報告を送って来たベグゲギュスも、一向に帰らなかった。
70頭のベグゲギュスは文字通り全滅したのである。

「相手は、大型空母も投入して警戒を厳重にしていた。いわば、敵は待ち構えていたんだ。そこに、俺は事前の偵察も無しに
あたら戦力を集中し、結果、全滅に近い損害を受けてしまった。」

リゴル大佐は、失意の表情を浮かべながら引き返す。

「馬鹿だった・・・・・ベグゲギュスにもっと経験を積ませて、事前に調査をしていれば、こんな酷い損害を受ける事は無かった。
まだ存分に使えたはずのベグゲギュスを、70頭も失う事は無かった・・・・・・本当に馬鹿な事をしてしまった。」

彼はしわがれた声でそう呟いた。ある程度の損害は与えたものの、追い返されたのは明らかにベグゲギュス。そして、マオンドだ。
つまり、マオンドはまた負けてしまったのだ。

「祖国に、恥じの上塗りをさせてしまった私は、もはやこの島に居られなくなるだろう。」

リゴル大佐はよろよろと歩きながら、指揮官用の部屋に歩き始めた。

「指揮官、本国からの魔法通信です。」
「どれ、見せろ。」

彼は、その魔道士から差し出された紙を引ったくった。

「辞令、ハニジ・リゴル大佐を士官学校教官に任ずる、か。予想通りだな。」

リゴル大佐は笑みを浮かべると、紙を魔道士に返し、ふらついた歩調で指揮官室に戻って行った。


1483年(1943年)8月3日 午後2時 バルランド王国ヴィルフレイング

「うわ・・・・凄いよ、コレ・・・・・」

魔道士のリエル・フィーミルは、桟橋から見える光景に思わず唖然としていた。

「ああ、ラウスの言う通りだな。」

同じく、魔道士であるヴェルプ・カーリアンもまた驚いていた。
ヴィルフレイング港の北側は、アメリカ太平洋艦隊が使用している。
2人は上層部からラウスに代わる連絡員として選ばれて、新しく発足したばかりの第5艦隊司令部に向かう途中であった。
ラウスは既にバルランド本国に戻っており、これから数ヶ月はバルランド海軍総司令部で働く事になっている。
ラウスは、2年前にハルゼー部隊に配備されて以来、ずっと連絡要員(ハルゼー部隊のスタッフでは魔道参謀と呼ばれた)を務めていた。
7月30日にエンタープライズから降りるまで、ラウスは様々な海空戦を経験していた。
連絡要員を務めながらも、バルランド海軍が経験した事の無い近代海戦を幾度も経験していたラウスは、バルランド海軍から見れば
アメリカ海軍の戦い方を知る数少ない証人であった。
その事から、ラウスは首都の海軍総司令部特別要員として引っ張られた。
2人はその代わりとして、第5艦隊の旗艦に向かう途中であったのだが、港の北側は太平洋艦隊所属の艦艇で半分以上が埋まっていた。

「空母って、生で始めて見るけど・・・・うわ、10隻も。いや、まだいるよ。」
「小型艦なんて数えるのも嫌に思うほど、大量にいるぜ。」
「確か、ラウスの話によると、太平洋艦隊の戦力増強は8月後半まで続けられるようだ。」
「ええ?これだけあるのにまだ増えるの!?」

「そのようだ。詳しい事は、これからの配属先で聞けばいいだろう。」

2人は取り留めの無い雑談を交わしながら、旗艦へと向かう内火艇に乗り込んだ。


第5艦隊旗艦である重巡洋艦インディアナポリスで、司令長官であるレイモンド・スプルーアンス中将は、艦橋で艦長と雑談を交わしていた。

「長官。バルランド側からの連絡要員が本艦に来ました。」

参謀長であるカール・ムーア大佐がスプルーアンス中将に報告してきた。

「ふむ、来たか。」

スプルーアンスは感情のこもらぬ口調で返事する。

「司令官室に呼んでくれ。まずはそこで話し合おう。」


インディアナポリスに来艦したヴェルプとリエルは、やや緊張した面持ちで司令官室の前に立った。
従兵と思しき水兵がドアを開けてくれた。

「長官、お連れしました。」
「うむ。」

中には、田舎の学校教師を思わせる男が飲み物をカップに注いでいた。

「本日付をもって、バルランド王国派遣要員として配備されました、魔道士のヴェルプ・カーリアンと申します。」
「同じく、リエル・フィーミルと申します!」

2人は固い口調で自己紹介を行った。

「2人とも、なかなか元気があるな。まあ、そこの椅子に座りなさい。」

スプルーアンスは2人に座るように勧めながら、淹れたてのコーヒーが入ったカップを、2人の前に置いた。
彼は自分のコーヒーも入れると、2人とは反対側の椅子に座った。

「いやはや、狭い所で申し訳ないね。君らが自己紹介したのだから、私も自己紹介をやらんと失礼だな。
私は、第5艦隊司令長官のレイモンド・スプルーアンス中将だ。ラウス君から君らの事は聞いているよ。」

スプルーアンスはそう言うと、無表情だった顔に初めて笑みを浮かべた。

「特に、リエル君の事は要注意してくれと聞いている。いらない事しでかしたら海に放り出して良いと言われたよ。」
「まさか!私はいらぬ事をするつもりは無いですよ。そもそも、ここはバルランド本国ではなく、アメリカ合衆国の
所有する軍艦です。変な事なんかやりたくても出来ないですよ。あははははは!」

リエルは、はきはきとした口調で言って元気よく笑ったが、ヴェルプの耳には、

「ラウスの奴、覚えておきなさいよ」

と、聞き取れなさそうな声で言っているのが分かった。
(ラウスのバカ。本当、リエルにイタズラするのが好きだな)
ヴェルプは内心、ラウスの無神経さに呆れた。

「それなら大丈夫そうだな。さて、仕事の件だが、君達にはバルランドやミスリアル側から送られて来る魔法通信を受け取って、
こちらに伝えて欲しい。言うなれば、ラウス君と同じ仕事だ。現在、第5艦隊は太平洋艦隊の主力を成している。」

スプルーアンスは、2人に第5艦隊の編成を説明し始めた。
第5艦隊は、8月に出来たばかりの新編成の艦隊であるが、元々はハルゼーが率いていた第3艦隊が母体となっている。
第5艦隊は2つの任務部隊に分かれている。
1つめは第57任務部隊、2つめは第58任務部隊である。
TF57には正規空母5隻、軽空母3隻。TF58には正規空母6隻、軽空母3隻を中核に編成されている。
両TFとも、この空母群を2つの任務群に分けて運用している。
これらが保有する艦載機の数は総計で1410機。太平洋艦隊始まって以来の規模だ。

「これからは、この第5艦隊が来るべき反攻作戦の要になる事は間違いないだろう。本国では、高速機動部隊の他にも、
上陸部隊等も私の艦隊に配備しようとしている。」
「上陸部隊、ですか?」

リエルがぽかんとした口調で聞いた。

「そう、上陸部隊だ。上の話では、この第5艦隊は先に説明した2個機動部隊の他にも、上陸部隊と、それを護衛する部隊も
我が艦隊に組み込む予定のようだ。そうなると、第5艦隊は高速機動部隊、上陸部隊、護衛艦部隊で編成される混成艦隊になる。」
「となると、第5艦隊の規模は相当な物になりますね。」

ヴェルプの言葉に、スプルーアンスは頷いた。

「その通り。これまでは、指揮下の戦闘艦艇ばかりを気にしていればよかったのだが、上陸部隊や他の任務部隊にも目を配らなければならん。
全く、とんだ貧乏くじを引かされたものだ。」

苦笑しながらそう言うスプルーアンスに、リエルとヴェルプは驚いた。

「スプルーアンス提督。この艦隊はこれまでの想像を遥かに超える大艦隊ですよ。てっきり私達は提督が嬉しがっていると
思っていたのですけど、本当はどうなのでしょうか?」

リエルが少しばかり突っ込んだ質問をした。

「ほう、いい質問だな。」

リエルに対して、スプルーアンスは感心しながらも質問に答える。

「正直言って嬉しい。元々、私は軍隊が大嫌いだったが、兵学校を卒業して以来、地道ながらも頑張ってきた。そして今日、合衆国海軍でも
最大の艦隊を率いられた事を誇りに思うよ。これが1つだ。もう1つは、大艦隊ゆえの大きな手間、そして難しさが付きまとってくる。」

スプルーアンスは笑みを消して、怜悧な表情で説明していく。

「確かに私の指揮する第5艦隊は最強の攻撃力を持つ。だが、主力だけでも正規空母11隻、軽空母6隻を有する大艦隊だ。これだけでも、
作戦開始となればどこに動かすかを一々考えなければならない。それに加え、指揮下に入る上陸部隊をどこに上陸させたら良いか。そ
の護衛艦隊をどう配備するか、そして各艦艇に対する燃料、物資補給をどうしていくか。この様々な仕事をこなさなければならん。
ラウス君のように言えば、めんどくさい仕事が一気に増えたという事だ。この大量の仕事を、私は艦隊司令部の幕僚と共にこなすのだ。」

スプルーアンスは一旦言葉を区切ってから、コーヒーを少し飲んだ。

「だから、私は貧乏くじを引かされたと言ったのさ。まあ、こうは言っているが、私としては非常に頑張り甲斐のある仕事だと思っている。」
「となると、私達の責任は重大ですね。」

ヴェルプは、リエルと顔を見合わせながら、やや震えた口調で言った。

「もちろんだとも。バルランド側と素早くやり取りできるのは、魔法通信が出来る君達以外にいないからな。期待しているぞ。」

スプルーアンスはそう言うと、無表情だった顔に笑みを浮かべた。

「さて、着任早々の挨拶はこれまでだ。ちなみに、君達の分のコーヒーを淹れてある。遠慮なく飲みなさい。」

2人はふと、目の前に置かれていたコーヒーを見る。
ヴェルプは、アメリカ本土に使者として行った時に何度か飲んでいるから少し馴染みがある。
だが、リエルはずっとバルランドに引き篭もりであったのでコーヒーという飲み物を見るのは、今日が始めた。

「これは・・・・モカコーヒーですか?」
「そうだ。私が作ったのだ。私はね、客人が来た時には必ず、自分で作ったコーヒーを淹れてもてなす事をいつも心掛けているのだ。
わざわざ出向いてくれた相手に何も無しでは失礼だからね。どうして分かった?」
「以前、アメリカを訪れた時に何度か飲んでいまして。それ以来コーヒーに関しては少しばかり分かるようになりました。」
「なんか・・・・独特の匂いがする・・・・」

リエルがコーヒーの匂いを嗅いでいる。初めて嗅ぐコーヒーの匂いは、苦味が混じっているような感がある。

「では、いただきます。」

2人は恐縮しながらコーヒーを飲んだ。

「・・・・う・・・」

リエルは思わず顔をしかめてしまった。

「おっ、これは程よい苦味ですね。」

ヴェルプは笑みを浮かべながらスプルーアンスに言った直後、ハッとなった表情でリエルに振り向いた。
リエルが初めて飲むコーヒーは、彼女からすればかなり苦かった。
(いけね!こいつ、思った事をすぐ口に出すから、あの顔からして)
ヴェルプの思い通り、リエルは本当にまずいと言いそうになった。
しかし、彼女が口を開きかけた時、

「リエル君、大丈夫かね?口に合わなかったかな?」

スプルーアンスが滑り込むようなタイミングでリエルに言った。

「え・・・・あ。いえ、そそ、そんな事はありませんよ!」
「ふむ。そうか。」

と、スプルーアンスはそう返事したまま、しばらく黙り込んでしまった。
一瞬にして、気まずい雰囲気が流れた。

「あの・・・・・提督・・・・」



ヴェルプはまたやっちまったとばかりに呆れた顔になった。
リエルは、確かに優秀な魔道士ではあるのだが、素直すぎる性格のために、上司に対しても

「この料理まずいですよぉ」

とか、

「うわあ、結構腹黒いですねぇ」

等と言って怒らせてしまう場合が何度もあった。
その性格や、普段の素行が影響して召喚メンバーから外されてしまったという苦い思い出がある。
それから彼女は認識を改めたのか、普段の素行はまあまあ改善され、上司に対しても受けは良くなった。
彼女の頑張りも実って、今回、太平洋艦隊の主力となる第5艦隊に連絡要員として派遣されたのだ。
しかし、緊張のせいか。彼女の長年の悪癖が再発しかけたのだ。
(提督を怒らしてしまったかな?)
内心、リエルは失敗したと思った。
その時、スプルーアンスが口を開いた。

「リエル君は、コーヒーは初めてかね?」
「はっ、はい。初めて飲みます。」
「そうか・・・・・・艦隊の主要要員を勤める者は、常に正確な報告をしなければならない。報告は、大事だ。誤った報告をすれば、
艦隊を誤った方向に導き、最悪の場合には艦隊壊滅と言う取り返しの付かぬ事態を招く。どんな時にも、報告はしっかり、正確にやるのだよ。
これは、2人にもよく覚えていてもらいたい。リエル君、さっきのコーヒーでもそうだ。君には、私が出したコーヒーは合わなかった。そうだね?」

スプルーアンスはやんわりとした口調でリエルに聞いた。
「・・・・はい。その通りです。提督の出した飲み物を、合わないと言ってしまい、申し訳ありません。」
「いや、君は何も悪くない。これはコーヒーに拘った私のミスだよ。まあ、コーヒーぐらいで落ち込まんでもよかろう。
まずいものはまずい。正直で良いのだ。」

2人は、スプルーアンスのあっさりとした口調に半ば驚いた。

「どんなに悪い報告でも、ちゃんと相手に伝えなければならない。例え、味方部隊が全滅したという報告があっても。それにリエル君が、
私がどうであれ、コーヒーが口に合わないといえばそれでいいのだ。その報告は、次の機会に役立つのだから。そこの所をしっかり理解してくれ。」

スプルーアンスはそういい終えると、ドアの向こうにいるであろう従兵を呼んだ。

「アトキンス1水。悪いが、こちらのレディーに飲み物を用意してくれ。」
「ハッ。何がよろしいでしょうか?」
「オレンジジュースが良いだろう。頼む。」
「分かりました。」

従兵は頷くと、そそくさと司令官室を出て行った。
2分ほど経つと、従兵はオレンジジュースを持って来た。

「お飲み物をお持ちいたしました。」
「ご苦労だった。さあ、飲みたまえ。」

スプルーアンスは、リエルの前にオレンジジュースを置きながら飲むように促す。

「すいません。では・・・・」

リエルはジュースの入ったコップを持ち上げた時、僅かに身構えた。

「?」

一瞬、リエルの顔が引きつるのを、スプルーアンスは不思議に思った。
(こいつ・・・・あれが大の苦手だったよな)
一方、ヴェルプはある事を思い出してから、リエルがまたしでかさないか心配になった。
そんな思いをよそに、リエルはなぜか緊張した顔でオレンジジュースを飲んだ。

「あっ、おいしい。」

一口飲んだ途端、彼女の表情は緩んだ。オレンジジュースが気に入ったのか、彼女は一気に半分まで飲んだ。

「どうやら、気に入って貰えたようだ。」

スプルーアンスが微笑みながら、リエルに言ってきた。

「スプルーアンス提督、この飲み物は非常に旨いですね。」
「オレンジジュースという飲み物だ。オレンジという果物を搾って出た果汁から作られている飲み物なのだが、このジュースは
カリフォルニア産の新鮮なオレンジを使用しているから、なかなかの一品だぞ。」
「そうなんですか。でも、このような旨い飲み物も、余り数は無いのでは?」

バルランドでは、味の良い酒や飲み物は数が少なく、満足にそれを嗜めるのは貴族ぐらいだ。

「数?いや、数はそれほど困らないよ。一般住民にも広まっているし、このヴィルフレイングにもごっそり持ち込まれている。
だから、いくら飲んでも良いという訳だ。」
「へえ、それは凄いです。」

リエルはそう返事しながらも、脳裏にはラウスのある言葉が思い出されていた。

『アメリカはバルランドより凄い。軍事や経済、工業は勿論、普通の生活用品や飲み物、衣服、全部が俺達バルランドを越えている』

これと似たような言葉は、ヴェルプからも聞かされていたが、リエルはあまり実感が沸かなかった。
しかし、今日。彼女は2度ショックを受けていた。
1度目のショックは、ヴィルフレイングの泊地にズラリと並んだ大艦隊だ。
この大艦隊のうち、半数近くはこの半年程度の期間で集まったと聞く。
初めて、アメリカの底無しの力を垣間見た彼女だったが、このオレンジジュースが、2度目のショックとなった。
バルランドでは、一般民は良質なジュースをあまり飲めない。それは他の国も同様だ。
精々、季節の変わり目に行われるイベントで飲むぐらいだ。
しかし、アメリカは良質なジュースを、一般国民に対して充分な量を飲ませられる。

それのみならず、このような、本国とは離れた地域にも大量に運び込む事が出来る。
(ラウスの言っていた事がようやく分かったわ。確かに、行って見る価値はあるね)
リエルは内心そう思った。
それから、3人は30分ほど雑談を交わした後、第5艦隊司令部の面々に改めて自己紹介を行った。


1483年(1943年)8月8日 午前8時 シホールアンル帝国アルブランパ

第24竜母機動艦隊は、1日まで行われていた訓練を終了してその日の内にアルブランパに入港していた。
総旗艦である竜母モルクドの司令官室で、司令官であるリリスティ・モルクンレル中将はワルジ・ムク少将と話し合っていた。

「この書類を見て、どう思う?」

彼女は、ムク少将に問いかけた。

「とんでもない物です。」

彼はため息混じりにそう答えた。

「アメリカ海軍の戦力増強は、今までに見たことも無い速さで行われていますな。7月後半にはエセックス級空母が1隻。
そして昨日未明にはエセックス級空母とインディペンデンス級が新たに1隻。これじゃあ、正面から戦って勝つのは難しい。」
「あなたもそう思うのね。あたしも同感だわ。」
「我々も、着々と戦力が増えてきていますが、太平洋艦隊だけでこれだけの数の空母が集まるとは、あの国は明らかに異常ですよ。」

ムク少将はそう言いながら、書類をテーブルに置いた。
書類には、現地のスパイから送られてきた新鋭艦の配備状況が記されている。
スパイ情報は、一旦は途絶えてはいた物の、ここ最近から刻々と貴重な情報が送られつつあった。
リリスティが特に注目するのは、アメリカ太平洋艦隊の空母部隊だ。
これまでに、アメリカ太平洋艦隊はヨークタウン級空母3隻、エセックス級空母4隻、レキシントン級空母2隻、インディペンデンス級空母2隻、
計11隻でもって空母機動部隊を編成していた。

ちなみに、シホールアンル海軍は現在、正規竜母5隻に小型竜母5隻を保有するまでになっているが、全体の数からして劣勢だ。
しかし、アメリカ海軍はこの2ヶ月で更にエセックス級空母2隻とインディペンデンス級軽空母4隻を増強したのである。

「たった半年で、エセックス級空母を6隻、小型空母を6隻、計12隻です。それに対してこっちは正規竜母、小型竜母共に3隻ずつ。
アメリカはこっちの2倍の速さで戦力の増強が行われていますよ。」
「これは大問題ね。海軍の主力たる竜母部隊が、ライバルに大きく差を付けられるなんてとんでもない話だわ。」
「ごもっともですよ。配備された新鋭戦艦2隻が、ホロウレイグ並みの大型竜母だったら良かったのですが・・・・・
これじゃあ、相手を分散させて、そこに集中攻撃を加えないと勝てそうにも無いですよ。」
「分散させて、攻撃を集中しても、完全撃破が出来るかどうか・・・・・」

リリスティはやや暗めな顔つきでムク少将に言う。

「アメリカ側の空母は、以前のように空母を1隻か、2隻ずつに分散させてはいないわ。今では最低3隻、多い所では4隻ほどの空母を
1個艦隊にして運用している。その1個艦隊が敵の分散戦力なのよ。例え攻撃を集中して勝ったとしても、こっちもどれぐらい被害が出る事か・・・・・」

ここ最近、アメリカ機動部隊の対空砲火は格段に向上して来ている。
アメリカ機動部隊は先月の14日に、空母8隻でウェンステル領南部の港やエンデルドに襲撃した。
ウェンステル領南部やエンデルドは、既に多数の対空火器とワイバーンが配備されており、アメリカ艦載機の攻撃にもなんとか持ち堪えた。
その日の昼頃に、エンデルド沖で空母4隻を含む米機動部隊を偵察ワイバーンが発見。
すぐさま180騎のワイバーンが出撃し、同艦隊に攻撃を加えた。
しかし、事前のグラマン戦闘機の迎撃と、以前よりも激しさを増した対空砲火の前にワイバーン隊の犠牲は多かった。
アメリカ側は、この時の襲撃でF6F15機を撃墜され、5機が使用不能になった。
艦隊では、空母サラトガが爆弾3発、軽空母タラハシーが爆弾2発を受けて中破した。
護衛艦にも攻撃は行われ、軽巡洋艦フェニックスが大破、駆逐艦オブライエンが撃沈された。
空母が被弾したり、喪失艦が出てしまった事は、アメリカ側にとって痛手であった。
だが、被弾した両空母は8月までに修理を終え、フェニックスも8月下旬には、修理は終わる見込みである。
沈没したオブライエンの生き残りも、全員が僚艦に救助された。
シホールアンル側は逆にワイバーン78騎を失う大損害を受け、攻撃隊を出した空中騎士隊は、3週間はまともな作戦行動が出来なかった。
この事からして、ここ最近のアメリカ機動部隊は、前年10月に戦ったアメリカ機動部隊とは明らかに違う事が分かる。

「陸軍のワイバーンは、通常通りの作戦でこれだけの損害を受けてしまいましたが、我々の戦法は陸軍とは違います。我々は、攻撃の前半で
邪魔者を始末する事を目標としていますから、後続の攻撃隊には、さほど損害は出ないかもしれませんが。」
「しれません、でしょう?」

リリスティはすかさず言う。

「その時の損害が多いか、少ないかはまだ分からない。確かに、開発中のあれを使った新戦法は確かに効果的だけど、相手はあのアメリカ海軍よ。
どう転ぶかは、その時次第ね。」

彼女はそう言うと、ため息を吐いた。

「敵の司令官にもよるでしょう。」
「まあ、確かに。そういえば、アメリカ海軍の空母部隊を率いていた司令官が最近代わったそうね。」
「ええ。名前は・・・・・ちょっと覚えてないですな。」

ムク少将は、テーブルに広げた10枚以上の書類から探る。

「あった。確か、名前がレイモンド・スプルーアンス、階級は海軍中将。8月1日からウィリアム・ハルゼー中将の率いる第3艦隊を引き継いでいます。」
「スプルーアンス、ね。」
「ええ。詳細によれば、このスプルーアンスという提督はあまり目立たない、地味な性格のようですね。勇猛果敢なハルゼーなら厄介ですが、
スプルーアンスに関してはあまり分かりませんね。」
「あまりわからない、か。あなたは、このスプルーアンスに対してどう思う?」
「ハルゼーほど厄介ではないでしょう。」
「果たして、そうなのかな?」

リリスティは険しい顔つきで言った。

「あたしとしては、ハルゼーよりややこしいと思うわ。地味な性格と言えば、裏を返せば基本に忠実と言う事になる。
戦場ではこういう奴が、時として、危ない敵に変わるものよ。」
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