帝國へ荷を届け、帝國の船を見た後クラークン王国海軍の提督は乗艦以外を母港へと戻る航路を取らせ現在、海賊の出没海域を航行していた。
「提督、間もなく到着します」
「ああ、分かった。すぐに用意するよ」
制帽を被り襟を正すと提督は甲板に出た。
艦はすでに目的の島の港に入港間近であった。
艦が無事に入港すると直ぐに何処からか現れた柄の悪い男達が取り囲んだ。
その中でも一際大きな眼帯の男―恐らくは海賊の頭領だろう―が提督を睨みつけている。
「ああ、出迎えご苦労。ご苦労」
提督は物怖じもせずに男達に労いの言葉をかけタラップを降りると眼帯の男の元へと歩いた。
「これはこれは!名誉有る王国海軍の第二艦隊提督殿では御座いませんか。我々のような下賤な海賊共に何か御用でも?」
眼帯の男はニヤニヤと笑いながら提督に近づくと、提督を抱きしめた。
「久しぶりだなァ!兄貴!中々手紙が来ないから心配したぜ」
「下らん書類仕事ばかり増えてな、中々プライベートな時間が取れなかったんだよ」
提督は抱きしめ返すと、久々に会えた身内に笑みを見せた。
「さあ、何時までもこんな所で立ち話するよりもアジトへ来てくれ。ラムぐらいしかないが出すぜ」
「ああ、良いね。宮廷や会議終わりは何時もワインだったからな。俺のような船乗りはやはりラムだよ」
「兄貴が今でも船乗りの魂を持ってくれてる事が嬉しいぜ。補給物資は後で部下に運ばせるよ」
「すまんな、ちょうど野菜が足りなかった所さ」
二人が海賊のアジトへと歩いていく中、二人の部下達が補給の準備をすすめるべく慌ただしく動き出した。
ぐいっとグラスを傾けると、ラムが喉を焼く。
「久々のラムは美味いな」
「こんなもんで喜んでもらえて複雑だな」
頭領は苦々しく笑うと本題を切り出した。
「で、俺に会いに来た要件てのは何なんだい?」
コトリとグラスをテーブルに置くと提督は話始めた。
「最近、王国は新しい国と取引を始めたのは知ってるか?」
「いや?だが俺達の国は貿易国家だろ?別に珍しくも無い」
その言葉に提督は頷くと話を続けた。
「俺もそう思っていたさ。だが、勘が働いてな。そしたらえらいものを見ちまったよ」
「えらいもん?なんだってんだ?」
「帆も無く走る船さ」
「…見間違いだろう」
「俺だけじゃなく、クルー達も見間違ったて言うのか?」
「…」
提督の言葉に頭領は沈黙すると、残った片目を閉じると考え込んだ。
「これも俺の勘だがな、しばらくは大人しくしてろ。少しくらいなら、俺が書類誤魔化して支援してやれる」
「兄貴の勘は『深き海の支配者教』の預言者達の預言より当たるからな。分かったよ、ちょっとした休暇とでも思うさ」
「そうしてくれ、それとまた暫く家には帰れん。妻にもそう伝えてくれ」
「分かったよ、ちゃんと伝え―」
「親父ー!積み込み終わったぞ!」
ドンっとドアを打ち破る勢いで一人の少女が部屋へと入った。
「やあ、レイチェル。久しぶりだね」
「伯父さん!お久しぶりです!」
「いやはや、少し見ない内に大きくなったものだね。時の流れを感じるよ」
「伯父さんはまだ若いですよ!」
「レイチェル、報告が終わったんなら自分の船でも見てこい」
頭領の言葉に少女―レイチェル―は露骨に顔を顰める。
「何でだよ!もう穴が開くほど見てるって!どこも異常は無いって!」
「そう言う奴に限って整備不良で船を沈めるんだよ、良いから行って来い!」
「わ、分かったって!行きゃあ良いんだろ行きゃあさ!」
入ってきた時と同様にドタバタと部屋を出て行く。
残された中年二人は一方は苦笑いを、一方は疲れた表情を浮かべた。
「それにしても、もう船をやったのか?確か今年16だろう?」
「確かにまだケツの青いガキだけどな、ギャアギャア煩いから一隻やった」
「おいおい…、大丈夫か?」
「副長にアルを付けた。殆ど奴が艦長みたいなもんさ」
「くく…、なるほど。それじゃあ、悪名高き『ギャノン海賊団』に手ごわい『艦長様』が加わった訳か」
少し体を折り曲げながら提督は笑った。
「茶化すなよ、兄貴。そっちの方はどうなんだい?」
「息子か?今は、王立海軍士官学校だよ」
「ほう!そうかい、それじゃあ未来の『提督様』って訳か」
「…茶化すなよ」
照準から目を離し、構えていた三八式歩兵銃を下ろすとライゼルは息を吐いた。
「…この重さにも慣れなきゃな」
銃をラックへと戻すと武器庫から出る。
宮殿から少し離れているため、少しの間歩いていく。
門を抜け、庭園へと差し掛かった時に女性の声がライゼルの耳に届いた。
「ライ、貴方もお茶を飲みませんか?」
「姉上、こちらにいらっしゃりましたか」
ライゼルは庭園でお茶を飲んでいた彼の姉であり次期女王、ヒュイーネ姫を見つけ近寄った。
「ええ、ここに居ると心がとても落ち着きますので」
「昔から姉上は良くここに来ていましたよね」
ライゼルは椅子に座るとヒュイーネと向き合う。
お付きのメイドがライゼルにお茶を淹れた。
「所で、何をしてましたの?ライ」
ビクッと体を震わせると明らかに動揺した声でライゼルは答えた。
「ええっと…、その…武器庫にちょっと…」
「武器庫?」
ヒュイーネの顔は笑顔のままであるが確実に怒っているオーラが滲み出てくるのをライゼルは感じ取った。
昔からの経験則では大体がこの後にお説教が待っている。
「ライゼル?私は申しましたよね?『危ない事はしないで下さい』と」
「はい…、姉上…」
「聞けば先日も戦場へ行ったとか。他にも新設された部隊の指揮もすると」
「いえ姉上、それはですね!」
「まず私の話をお聞きなさい」
「はい…」
結局淹れられたお茶がすっかり冷め、入れ替えられるまで説教を受ける羽目になった。
「何もあんな全否定しなくたって…」
長い説教から解放され、自分の部屋で休むべくライゼルは宮殿の階段を登っている所だ。
説教の内容は『王族が簡単に危険な戦場へ行ってはならない』や『良く分かっていない武器を使うな』というような物だった。
ライゼル自身も分かってはいるのだが、理性を上回る好奇心・功名心が心の中で鎌首をもたげるのだ。
そして彼のような年頃の少年がそういった物を押さえつけるのは至難の業である。
「殿下、もうお休みになられるのですか」
「ああ、カインか。うん、ちょっと気疲れしたからね」
上から階段を下りてきた騎士がライゼルに話しかける。
カイン騎士はライゼルが幼少の頃からの遊び相手であり、訓練相手である。
今でも二人で城下町へ抜け出しては遊んだりもしている。
「お疲れの所申し訳ありませんが、隊の事で少しお話が…」
「何かな?」
「はい、我々は『銃』を持つのは皆初めてです。それはご存知ですよね」
「うん、なにしろ天の武器だからね。皆見たのも初めてだ」
「そこで、軍からに留まらず民間からも選抜してはいかがでしょうか?」
「民間人を?どうしてだい」
民間と言う言葉を聞き、ライゼルは少し眉を顰めた。
「正確には猟師から、です」
カインはライゼルの眼を真っ直ぐに見つめて話した。
―ああ、折れる気無いな。カイン
昔からこのような話方をする時カインは、絶対に自分の意見を曲げない事を知るライゼルはカインに会話を合わせる事を選択した。
「それは獲物を狙う要領に似ているからかい?」
「ええ、弓兵からの選抜だけでは優秀な者が少ないというのもありますが」
「…分かったよ。選抜は君に任せるよ、カイン」
「有難う御座います。では、そのように取り掛かります」
敬礼を取るとカイン騎士は階段を下りて行った。これから、腕の良い猟師の情報を集めるのだろう。
普段兄貴分として接している人物の敬語にまた気疲れを感じるとライゼルは自室の部屋のドアを開け入室した。
バタン。
ウィスク少佐の戦死の知らせを彼の遺族に伝え終わると、中尉は鬱々とした気持ちを持て余していた。
怒鳴り散らされ、責められる事も覚悟していたが奥方も子供達も中尉に怪我が無い事への喜びを伝えた。
「夫は敬虔で勇敢な人でしたから」
そう奥方が今にも泣き出しそうな表情で中尉に言った言葉が頭にこびりついた。
「いっそ、罵ってもらった方が楽だったのにな…」
自嘲気味に中尉は呟くと、戦争が終わった事で賑わう雑踏の中を進んでいく。
捕虜交換がなされ王国へと戻ったグラディオス中将を待っていたのは審査会であった。
ケーン会戦での敗北の責任と五万の軍勢の損失を取る為、中将は三階級降格、減俸、そして南部地帯への左遷だった。
名将と謳われ、戦果を上げ続けて来た彼でさえこの重さなのだ。
他の参謀や、参加していた高級将校達は推して知るべしである。
「グラディオス大佐、間もなく到着いたします」
御者からの知らせに軽く頷くと、馬車の窓から外を見た。
木々が生い茂っている以外は何も無い、この道は南部地帯へとひいては戦争になれば激戦地へとなる地帯への道だ。
―今は雌伏の時だ
今はまだ耐えよう、だが次に戦える時が来たならば…
その時は、王都司令部に返り咲く。
グラディオスが内に秘めた決心と共に馬車は歩いていく。
ブラスト中将―戦後昇進した―が書類を眺めながらカップを口に運ぶ。
戦中での、ワイバーンの撃墜率とワイバーン、ワイバーンロードの生還率を纏められた書類の最後にこれを書いた士官から次のように進言が書かれていた。
『我が飛竜軍も、先進列強と同様の部隊編成並びに訓練の必要有』
「そんな事は言われずとも分かっているだけどねぇ…」
ため息を付くと、今年の税収と飛竜軍への予算報告書を手に取った。
「こんな端金でどうやって、高級なロードを集めれば良いのやら」
中将が属する王国もまた、先の会戦と防衛線で失われた陸軍戦力を補充するべく軍の予算の大半―それでも足りなかった為、被害の無かった海軍と損傷の少なかった飛竜軍は予算を削られた―
を陸軍に注ぎ込んでいた。
を陸軍に注ぎ込んでいた。
「こんなものじゃ、妻と娘にプレゼントの一つも贈ってやれないじゃ無いか」
やれやれといった表情を浮かべると中将は席を立ち窓を開けた。
「グラディオス君も厳しい状況らしいし、帝國さえ来なければどうとでもなったと言うのにねぇ…」
見上げた空はとても青く澄みきっていた。
帝國の付近には新竜島以外に新しく『現れた』島がある。
四国の二倍程の大きさのこの無人島は農業等には適した土地ではあれど、帝國が求める資源が殆ど無く鉄や銅が少量取れる位の島である。
それゆえ、『彼ら』がこの島に入植する事に決まった。
「ここが…」
一人のダークエルフが船を降り、座り込む。
その手には土が握りしめられていた。
その土を目の高さに持ち上げると、サラサラと指の間を落ちて行った。
「ようやく…、ようやく帰れる場所が…」
「ああ、俺達の帰る場所だ」
ポンともう一人が彼の肩を叩くと、立ち上がらせた。
「世界に散らばる同胞達の帰る場所だ」
「ああ、これから忙しくなるな!」