東に向かえばレストラン『トラサルディー』の異世界支店がある。
店内で暢気に食事を楽しむトニオ、ポルナレフ、マックイィーン。
よたよたとエンヤ・ガイル婆が店の付近まで南下しているとも知らずに。

南東からは虹村億泰サンドマンが成すべき抵抗を息吹かせるためにやってくる。

北西のコロッセオへ向かうはジョルノ、エシディシ、プッチ、ディオ。
コロッセオ付近ではロバート・E・O・スピードワゴンが接近している。
そして、スピードワゴンの同盟者は南の進行を迷うホル・ホース

彼らがこれから遭遇する運命は、明るいものとは言えない。
暗く深く伸ばされし試練が糸のように複雑の交差する。

そして……その運命の隙間を掻い潜り、迷える魂が折り合う出来事がまた一つ。
たった3人の男女の間で妖しく静かに行われた、E-4中央部の幕間。


これは、そんな話。


◇  ◆  ◇


山岸由花子空条承太郎の仲を語れる人物はいない。
交流時間の希薄さが、語る内容を極端なほどに狭めている。
由花子は承太郎と共闘して敵と対峙したことはない。東方仗助は経験している。
由花子は承太郎と世間話をするような機会はほとんどない。広瀬康一は経験している。
二人が正式に顔を合わせた思い出は、恋人同士のプライベートではなく、社交辞令に過ぎない二度。
一度は矢安宮重清のために。もう一度は杉本鈴美のために。住民が揃った集会だった。

「いっしょに……行動しないか? 」

とはいえ由花子は空条承太郎の客観的印象を余すところ無く知りえている。
それは彼女がボーイフレンドと共有する甘い時間を大切にしていたから。
毎週聞かされる広瀬康一の客観的感想が、由花子に空条承太郎という男をよく知らしめていた。

「敵討ちを止めたりはしない」

敵対した過去のある仲間とは、ある程度の利便性を持たぬ限り接触しない用心深さ。
かつて康一の拉致監禁事件を起こした由花子は、承太郎との間に隔たる心の距離を理解していた。
承太郎と親密な関係になれるかどうかなど、由花子にはどうでもよかった。
スタンド使いは身の安全を確保するために、己の秘密を漏らすべきではないのだから。

「だが……お前には死んでもらいたくない」

承太郎は持ち前の経験と知識を構築させたので、本当に信頼のおける人間としか関わらなかった。
しかしその用心深さは、承太郎の関与しないところで脆く崩れ去っている。
信頼していた広瀬康一が何気なくこぼす秘密が、山岸由花子に吸い取られていたのだから。

「これは俺の本音だ」

人と人が密接に繋がり続ける限り、言葉は人から人へと流れてゆく。
もちろん承太郎はそれ(由花子への漏洩)も見越した上で康一と接していたのかもしれない。
改心した山岸由花子が広瀬康一と敵対してまで、自分を追い詰めることなどない……と。
皮肉の坩堝に飲まれていく予見が、復讐を企むシンデレラに衣装箱(クローゼット)を授ける。

「今すぐ考え直せとは言わない、ただ……少しでいいから今後について考えてもらいたい」

由花子は心の中でほくそ笑む。
それは承太郎が彼女の“心の色直し”をしていることに気づいていないと勝ち誇る所以?
普段は無愛想を貫いているはずの男が、なよなよしく気遣う態度を嘲る所以?
それとも……他人から聞いた評判など、尾びれ背びれの噂と自己を戒める所以?

「ありがとう」

らしくない承太郎の告白に、由花子もらしくない返事で答えた。
彼女を知る人間が見れば何の冗談だと呆れていたに違いない。
無論これは彼女の本心ではない。彼女を上っ面でしか知らない承太郎だけに通じる罠。

「見直した、少し」

康一の話を頭の片隅に留めつつ、由花子は“いつもとちょっと違うオンナノコ”を演じる。
実に白々しい行為だが、康一の死に苦しむ由花子にとっては、嘘でもあり本心でもあった。
そして由花子が知りえない所で、この行動が承太郎の心に再び揺らぎを咥える。

「……すまない」

空条承太郎はうっおとしい女を苦手とする。そして彼は黒髪が似合う日本人女性を好む。
恋愛下手と言い換えるべきなのか難しいところだが、結婚した相手はアメリカ人女性である。
『人間は異性の親と似た気質を持つ相手をパートナーとして望む』という俗説に則っとれば……。
彼の言う日本人女性の姿とは――献身的で大和撫子のような女性をさすのかもしれない。
母親であるホリィ空条が日本人的女性の気性(過保護)とアメリカ人的外見を兼ね揃えているのだから。

「行こう」

由花子は献身的に康一を愛し殉じようとしている。
悲しみに浸るあまり、しおらしくお淑やかになっている。
その陰影に承太郎が見ているものは、父性愛を呼び覚ます……孤独に暮らす女性――妻子の幻影か。
自分の娘も年頃になれば、彼女のような面立ちで悲しみにふけるのだろうか……と。

「待って。もう少しだけ――……」

肉厚な胴回りに巻きつく二本の腕。隆々とした背骨に擦り寄る柔肌の温もり。
踵を返して進もうとしていた男に由花子は抱きついた。
承太郎の心を震わすにはこのままでは不充分と考えたのだろう。

「……山岸由花子」

しかし由花子の充分は承太郎の過多だった。
その理由は先述の通り、崩壊しかけた承太郎の心に水を差したことだけではない。
ドラマのワンシーンを切り取ったような抱擁。
山岸由花子は広瀬康一に生涯を誓った。
彼女にとって康一は白馬の王子様であり初めての人なのだ。
両思いとなった日々を彼女はかみ締めていた。
フィクションさが鼻につく求愛行為に、彼女は夢を見すぎていたのだ。
ドラマチックなシチュエーションは承太郎の心に真っ直ぐ伝わらなかった。

「……? 」

山岸由花子と空条承太郎は愛する者を失い悲しんでいる。
しかし由花子は未成年で、承太郎は妻帯者。恋愛と結婚は違う。家族とカップルは大いに違う。
父性愛と男性愛のベクトルを統一しきれなかった由花子。
承太郎の心にとって、由花子の行為はわずかに余計だった。
そのじれったさが承太郎の首を後ろに振り向かせ、『アレ』を目に入れさせてしまった。
白く優しい篭れ日の、天から降り注ぐ陽光を跳ね返す、てらてらと輝く小さな結晶体。

「スター・プラチ――」


◇  ◆  ◇


時間の流れを止めたさせた虚軸の空間。
その世界の支配者として坐すのは空条承太郎。
顔から右上半身にかけて走る炎が、服装を通り越して細胞まで爛れさせる。
突然の爆発と痛み。忘れたくても忘れられない因縁の苦しみ。
それは角砂糖に仕掛けられたキラー・クイーン第一の爆弾。
承太郎の回想は昨夜。
のらりくらりと珈琲タイムを満喫していた男の手。
その手からポチャリと落とされた活躍の源。糖分、糖、角砂糖。
昨夜ずっと行動を共にしていた吉良吉影からのプレゼントは、背後から送られた。

「吉良、吉影」

いくら承太郎が停止世界スター・プラチナ・ザ・ワールドを発動させようとも、発動前の事実は避けられない。
完全な爆破による肉体の消滅を免れたとはいえ、序章の火花は承太郎の肉体を完全に貫いていた。
途中で静止させられた三番手、四番手と続くの衝撃たちが、まだかまだかと燻っている。
爆ぜた衝撃で醜く崩れた顔に手を当てて、承太郎が見るものは。

山岸由花子。
承太郎の背後から両腕を巻きつかせていた彼女は、承太郎よりも先に爆弾の被害を受けるはずだった。
スター・プラチナが彼女の体を承太郎の胸側に引っ張ったおかげで、無傷だった。
角砂糖は由花子の背中ではなく承太郎の背中を破ったのだ。

吉良吉影。
見渡す限りに目を凝らすが、承太郎は姿を視認することが出来ない。
スタープラチナの千里眼も本日は曇り空。爆発の光と熱に瞳孔を少しやられていた。
痛みを堪える自分の神経に、山岸由花子の安否に、まだ残されている爆弾の余波に、心が落ち着かない。
そして悲哀に呑み込まれた感情が承太郎の猶予を大きく削る。
立ち直りを数秒で済ませられるものか。

「……時は動き出す」

時間の首輪を外されて再び暴走する爆炎。
由花子を助けながら、承太郎は体を大きく反らして死をかわす。

「きゃ―あ――あ――っ! 」

途切れ途切れに耳に伝わる悲鳴が、由花子の生死を承太郎に確認させた。
今にも耳を破りかねない空気振動で、かき消されそうだが、二人はまだ死んでいない。
いや、死ぬはずが無い……死ぬわけにはいかない。
焦げかけた唇をぎりぃと噛み締める承太郎。
承太郎は――完全な予想とはいえおそらく吉良吉影がいる方向にのみ――精一杯の注意力を注いだ。
最悪のケースを絶つ上では吉良という要素を絶つ。それは最適な対応だ。
それゆえに彼は冷静に対応する癖がついている。ただ……

「おォオおォォォおおおおおオオおオオオォォオおォォオおおおおオオォ……」

例え、承太郎がどれほど頭脳を持っていたとしても。
例え、承太郎がどれほど深く真実を看破していたとしても。
例え、承太郎がどれほど洗練された考察を持っていたとしても。
例え、見るのではなく『観る』聞くのではなく『聴く』のだとしても。

「スター……プラチナッ! 」

彼は人間だ。
ごり押しであろうと無茶苦茶であろうと、やることはシンプルに。
たった一つの問題点から、着実に一つずつ潰す。
己を怒らせた事実を直々に潰す。

「…………」

では、承太郎のすぐ後ろにいる山岸由花子はどうだろうか。
気がつけば宙に舞踊り。
本能的に訴えた奇声も叶わず、地面に全てを預けられてしまった。
爆発と立ち向かう(スタンド)する承太郎。
山岸由花子は自分の置かれた立場を、とてもよく理解していたが、今はそれに目をつむった。

「いけない」

由花子は顔に手を当てながら、小声で肉体のしるしに戒めを送る。
ピグピグと痙攣する左目の眼輪筋は、興奮と暴力的な感情を表す彼女の兆候。

「吉良、吉影」

爆発から逃れる承太郎の反応の良さ。由花子はそれを己のミスと考えていた。
承太郎が、生きている、ということは、由花子意外の何かに気を取られていたということ。
承太郎の背中に顔を預けたとき、眼輪筋の痙攣による振動が僅かに背中を伝えていたとすれば。
『興奮? 暴力的? この状況で? 』と勘ぐられたと。
承太郎の情報が広瀬康一を通じて由花子を通じて渡ったのならば、その逆も可。
真実は得てして別の点にあるが、警戒を怠らなかった彼女の行動は正解だった。

「オラオラオラオラオラオラオラオラァッ! 」

地面のアスファルトをスター・プラチナのラッシュで叩き壊し、承太郎は破片を集める。
そして破片をガリガリと鋭利に削り、野球のピッチャーのような構えをとる。

「大丈夫だ、すぐ終わる」

すぐ終わる。
その言葉に由花子は息をグッと飲んだ。
自信と経験に裏打ちされた絶対的な意志。
山岸由花子は奮えていた。天地に誓った自分自身の覚悟のために……!


◇  ◆  ◇


――時刻は少しさかのぼる。

「そのままの通りよ。空条承太郎たち4人に追い詰められたから、あなたは死んだ」

第二回放送直後。
山岸由花子と吉良吉影の会話。
――『どうして私は敗れてしまったんだ?』これだけは教えてくれないか? ――
自分の存在していた時間軸の暴露を条件に、山岸由花子が出した情報は言葉遊びだった。

「ふざけるなッ! もっと具体的に話せ」

もちろん由花子はこの言葉遊びを意図的に行っている。

「……待て、なんだと……今、“死んだ”と言ったな!? 再起不能じゃあないのかッ!?
 ほ、本当にこの私“死んだ”のか!? この吉良吉影が!? ならば奴が言っていたことは……」

吉良は承太郎の発言を振り返っていた。
――それと俺が言った『何故生きている』についてだが…――
承太郎のさりげない呟きを、その時の吉良は話半分に聞いていた。
矢安宮重清が生きていることから、まさかと考えていた。
だが結局、それは承太郎が自分にカマをかけたのかもしれないと真に受けなかったのだ。
それが、完全なる真実と再認識される。

「詳しく聞きたい? じゃあもう少し話して欲しいわね。あなたの持つ情報を」

どうしようもない駆け引きに吉良は心の底から苛立ったが、彼は真実の取得を優先した。
山岸由花子を疑っても、彼女は“空条承太郎に聞いてみればいい”としか言わない。
そのつっぱねた態度が、吉良の中の思考に余計な真実味を増やしてしまった。

「――これが私の六時間だ」

焦る口がペラペラと滑る。
吉良は、承太郎との邂逅と共同行動、携帯電話による脅迫さえも吐き出してします。

「さぁもういいだろう! 話せ……」

空条承太郎に殺された? 衆人が沢山いたあの場で?
東方仗助に殺された? 傷を癒されたあとにこっそり始末された?
他の仲間のスタンドで“吉良吉影として生きられないこと”を余儀なくされた?
それとも警察に逮捕されて法的に裁かれ刑務所の中でひっそりと獄中死したのか?
常に安心を求めていた吉良は、自分の最期に異様な執着を見せていた。


しかし――


「なんだそれは……それが私の、この吉良吉影の最後だと? 」

山岸由花子から語られた真実は吉良吉影の誇りと自尊心を砕いた。
決定的な切り札を発動できる条件が全て整った奇跡。
その行幸が些細な重圧で取り逃がしてしまったのだから。
ツキに見放された男はあっけなく藻屑のように果つ。
最期は法に裁かれることなく、永遠に還らぬ者として裁かれ続けた。

「そう。あんたは杉本鈴美に裁かれ……いや。裁いてもらったのよ」

広瀬康一から聞かされた全ては、第三者の山岸由花子から再び当事者へと帰った。
とはいえ、納得がいかないらしく、吉良は爪を激しく噛んでいる。
仗助に殺害されず、自殺もできず。行き先は地獄ではなく『安心なんてできない所』とだけ。

「あなたが負かした相手は、まだ生きている。川尻早人、虹村億泰、空条承太郎」

吉良の気持ちを思いやることなく、由花子はマイペースに言いつけた。
吉良の正体を東方仗助に伝えることに成功した川尻早人。
絶対の武器の猫草を吉良から奪い取った虹村億泰。
そして吉良を戦闘不能にした空条承太郎。

「私は必ずアイツらを殺す。協力が必要……」
「ふざけるな! 私がなぜ切り札を手に入れたかわかるか!? 奴らに会いたくなかったからだッ!」

吉良のモットーは植物のように静かに暮らしたい。
その平穏を乱すものは誰だって容赦せずに始末してきた。
吉良にとって、争いは実にくだらないバカのすることと考えて生きてきた。

「――じゃあ手に入れて、終わり? 私はそうは思わない。アイツらはあんたを逃がさない」
「私はこんな状況であろうと平穏に暮らせれればそれで良いッ! 協力はする。しかし死にいくのは結構だ」
「違うわ、あんたは負ける」

それだけに、由花子の言葉に苛立ちを隠しきれなかった。
彼女の制服の胸元をグイと握り、吉良は詰め寄った。

「それじゃあ“負ける”って言ってるのよ。何も自分からガツガツ殺せって言ってんじゃあないわよ……」

吉良の十指に更に力が込められるが、由花子の言葉は止まらない。

「あたしにとって空条承太郎たちは『越えなければならない相手』。
 誰だって逃げて済むならそうするわ……でも、時として人は逃げられない状況がある。
 逃げたいのに、周りが全て行き止まりで逃げられない。だったら壁を破るしかない。
 親しい付き合いじゃあなかったけれど、あたしは昔の仲間を殺して康一くんともう一度、思いを遂げたい」

堂々と縁切りを宣言する由花子の顔は毅然としている。
しかし彼女にとって――空条承太郎を知る者にとって、彼らを越えることの甚大さ。
それは吉良もよくわっていた。
彼もまた空条承太郎から逃れたい一心で切り札を獲得し、最後の最後までその発動に全力を注いだ。
残り10人になったら、と口では余裕を見せていても、それは問題の先延ばしである。
自分以外の9人が承太郎に与する者だったら、自分は安心して生きられるのか。
仗助と康一が死んだのはあくまでも偶然であり、吉良がどうこうした結果ではない。

「山岸由花子、お前の言葉には確かに一理はある。しかしあくまで一理だ! 今はその時ではない」

それでも吉良吉影は踏みとどまった。
空条承太郎たち黄金の精神を持つ者を対処するには入念な準備が必要だからだ。
そもそも携帯電話で握られた弱みをまず解決しなければならない。
その上、百戦錬磨のスタンド使いに勝つということは並みの問題ではない。
特に吉良の素性を知らぬ人物が紛れているこのバトル・ロワイアルでは、目立つ行動を避けたかった。

「いいえ」

それはその通りであるし、事実だろう。

「“今”しかないのよ。あと少しで……やってくるわ」

吉良が一人で動くのならば。

「だからその前に、ちょっとこれを見てくれる? お礼よ」


◇  ◆  ◇


――時刻は再び決戦に戻る。

「……間違いない」

空条承太郎は吉良が放った爆弾の謎について、その解明を捉え始めていた。
まず吉良がキラー・クイーンの能力で爆弾化したのは、角砂糖である。
なぜならキラー・クイーンに爆弾化された物は、触れたものを爆破させるから。
爆弾化された物質そのものは、決して爆発しないのだ。
承太郎は、角砂糖が爆破されることなく容を保っていたことを観ていた。

「この破片から推測すると、直径1cm程度の物ならギリギリ入る」

爆弾が角砂糖と仮定した承太郎の思考ステップは次へ移っていた。
爆炎でもまったく壊れることのなかった角砂糖の秘密は見破った。
次は“どのように角砂糖をこちらまで飛ばしたのか”。
角砂糖の重さは極めて軽く、風にあおられてしまえば、目標点に到達しない。
それをクリアした吉良のアイディアは、手持ちのボールペンであった。
ボールペンの中身を取り除き、そこに小さくした角砂糖とねじ込んだ。
流線型のボールペンならば、風の抵抗をさほど受けずに飛ばすことが出来る。
爆破が起こればボールペンは粉々に破壊されるので、初見で気づくのは至難。

「おそらくヤツは上。俺は下だ」

そして、ボールペンが確実に承太郎のもとへ飛ばす工夫。
それは標的よりも高い位置から投げる。
重力の影響をポジティブに変換させることで、速度も上がるからだ。
高身長である承太郎の顔面付近で爆破した事実からも、打点が高いことを示している。

「開いている窓……」

承太郎は一階建て以上の家屋についている窓を、傷ついた瞳で観察する。
負傷しているとはいえ、スター・プラチナの目は非常に優れていおり、人間の限界を超えた精密さを持つ。

「スター・プラチナ・ザ・ワールド!! 」



ド―――――――――――z__________ン


「……一発だけなら、バレないと思っていたのか? 俺にとっちゃ充分スリーアウトだ。
 今度はこっちの攻撃だ。かったるいことが嫌いなんでな……このまま……決着をツけさせてもらうぜ」

承太郎の手の中で踊る大量のアスファルトの破片が――

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ!! 」

機関銃を超えるスピードで目当ての家屋を目指して飛んでいく。
だが破片は全て莫大なエネルギーを保存したまま、壁すれすれのところで止まる。
10個、いや100個にもなる破片が、承太郎の指示を待っている。

「そして時は動き出す」

開放の号。
文明の力が生み出した足跡の散弾銃が同時に壁を貫く。
部屋の中にいた物はすべて弾丸の餌食として、その生を終えているに違いない。
耐え切れなくなった壁も、みすぼらしく、そしてか細い断末魔をあげながらゆっくりと崩れた。

「中、を、見る、までも、ない」

そして壁の崩壊に合わせるように、承太郎もぐったりと倒れた。
最初の激しい爆撃によるダメージの疲労と負担と集中力の消耗。
承太郎には、反撃するだけの、余力がほとんど残されていなかった。

「…………し、て」

地に伏した承太郎の周囲がじわじわ赤く染まる。
綺麗な円を描くそれは、彼の腹部から止め処の無く流れる出血。
穴を開いたのは、アメリカ・スタームルガー社のオートマティックピストル『スタームルガーMkI』。
持ち主は山岸由花子。

「やら、れ、た」

承太郎は山岸由花子をまったく警戒していなかったのか。
それは承太郎本人にもわかっていなかった。
『康一の死に悲しんでいるから、混乱で震えるしかない自分』という女の姿を、利用するという発想。
これこそが由花子が吉良に語った“今”。
由花子が望むタイミングは“承太郎がいつもと違う彼女を気遣う”ことだった。
女にとって最高の力は、武器よりも仲間よりも“女”そのもの。

「と、いうわけ……か」

ストーカーまがいを起こしても、たかだか高校生だからと舐めていたわけではない。
まともな思考として、広瀬康一さえもダシにして罠にはめるという発想が思いつかなかった。
……思いついていたとしても、承太郎はきっと否定していただろう。
顔中を引きつらせ、確固たる意志を主張いていた彼女を観ていたとしても。

「先、を、越されたな」

修羅の道を選んだ由花子の精神をゲスと罵る感情を承太郎は出さない。
道は何であれ、立ち向かうと先に選んだのは彼女。
愛に対して当人なりの覚悟を持って進んでいたのは由花子だった。
とはいえ、凶弾に倒れた自分を弁護するつもりも承太郎にはなかった。
彼は由花子とは大きく違う者になってしまっていたから。

(いつだって……想っていた)

愛していると想い続ける癖に、何年も家族を放置していた父親。
離婚を告げられても、ただ受け入れ続ける父親。
危険に巻き込むまいと背中で語り続けて、結局は最愛の妻を死なせた夫。
本当に大事なものだったのならば……愛し続けるべきだったのだろうか。
不器用無愛想それでも。傍にいてやらなければならなかったのだろうか。
毎日のように時間を共にし、恋人と時間を共有していた山岸由花子に説く資格はない。

(いつだって……愛していた)

見せしめとして消された妻との別れは六時間。
彼氏の悲報を聞いて崩れた女は、まだ二時間足らず。
どちらがより立ち直るのに、労力を必要としたか。

――時間の長短で重さを語るなど愚かなことはない。それが愛という感情ならば尚更だ。

だが! 大人として。家庭を持つ者として。人生の先達者として。
本当に立ち直らなければならなかったのは、どちらだったのか。
先に現実と向き合い、前へ進むべきだったのはどちらだったのか。

空条承太郎は同じ境遇の他者との慰みを選び、山岸由花子は行き過ぎた愛を自己の為に昇華する。

暴走。優劣。
承太郎があえてそれを考慮するならば、それは由花子への対応ではなく。
純粋に吉良と由花子という敵の強襲に対処できないほど、自分が動揺していたと認めるぐらいだろう。
暴走を止められなかった。相手の愛も己の愛も。

薄れていく意識のなか、承太郎は見た。
山岸由花子の顔。それに染まるのは怒りや暴走だけではなく……。
それ以上に、瞳の奥底に宿る、決意。

(……やれやれ、だ)


道を切り開いた女の顔――それを邪悪と呼ぶには言いがたく。


しいて言えば、大きな大きな、愛。


◇  ◆  ◇


「やっ……山岸由花子ッ! 」

吉良吉影が山岸由花子の前に現れたのは、それか数分後のことだった。
吉良は最初のボールペン爆弾を承太郎に投げてから、すぐにその場を離れ、様子を伺っていたのだ。
吉良と由花子が交わした密約は『由花子が承太郎と接触した後、吉良が好きなタイミングで承太郎を攻撃する』だった。
この約束は任意のもので、吉良は承太郎に攻撃をしない、という選択肢もあった。

「“休ませろ”って、あんなに脅えていたのに、どういう風の吹き回しかしら」
「貴様ァッ! わ、私がどんな思いであの一撃を放ったと思っている!
 『アレ』がちゃんとした効果を発揮していたとしても……それでも私はだな……! 」

真実を聞かされた時の吉良は明らかに狼狽していたからだ。
今は必死に己を取り繕っているが、額から垂れる油汗が彼の心的疲労を物語っている。

「私は褒めてるのよ」

ただ、そんなことは由花子にとってはどうでもよかった。
由花子は最初から一人で承太郎を殺そうと覚悟していた。
ラブ・デラックスで身体を絡めとり、隙を見て銃殺するつもりだったのだ。

「本当に、死んでいるのか? 」
「ええ。そうでなくとも、始末するんでしょ……首輪、一応回収しておく? 」
「承太郎が……これで……」

放り投げられた角砂糖爆弾が承太郎の肉体を衣服もろとも完全に消滅させる。
しかし吉良には、これで承太郎が完全に死んだとは到底信じられなかった。
この手で直接下したとしても、それほど承太郎の存在感は巨大なものだった。

「納得いかない? 」
「私が協力しなかったら、本当に殺せていたのか」
「この拳銃で死んだのは間違いないわ。脈も確認してる」

承太郎はなぜ由花子の拳銃に気づくことが出来なかったのか。
それは彼女が手で拳銃を撃っていなかったから。
彼女は自分のラブ・デラックス(髪の毛)で拳銃を放ったのだ。
最初は制服の背中の中に拳銃を隠していた。
そして服の中で拳銃を移動させ……さらに髪の毛の束の中に移動させる。
激鉄を引いたのも、全ては彼女の髪の毛の仕業。これくらいは造作もない。

「協力してくれたのは、素直に感謝するわ……『コレ』を見せた甲斐があった」

そして携帯電話による承太郎の脅迫を、吉良がなんとか耐え切った理由は、由花子の支給品だった。
『妨害電波発信装置』……携帯電話を一時的に圏外にして使用不能にさせる小道具。
強力すぎて1999年以降の時代の波に改善された日用品だ。
同じくエニグマの中に入っていた付属の説明書には、携帯電話以外の電子機器の働きも妨害にすると書かれていた。
言うまでも無く、携帯電話による録音の転送の(実際は承太郎の嘘だが)防止も可能。
吉良が承太郎からあまり距離をとらなかったのは、この道具のおかげ。

「……フ、フフ、フハハ……――山岸? 」

ころんと転がった首輪を拾い、じっと見つめる由花子。

「……あなた、結婚したことは? 」
「? それがどうした」

由花子は思い出していた。
荒木に殺された女性と、彼女を母と叫ぶ娘。異様なほど狼狽していた空条承太郎。
そして名簿に書かれた二つの『空条』。

「でしょうね……」

勝手な憶測と結論をつけたのか。
怪訝な顔をする吉良を尻目に、由花子はそれっきり何も言わなかった。


【E-4 中央部/1日目 朝~午前】
【吉良吉影】
[時間軸]:限界だから押そうとした所
[状態]:掌に軽度の負傷、精神的疲労でややハイ、爪の伸びが若干早い
[装備]:ティッシュケースに入れた角砂糖(爆弾に変える用・残り4個)、携帯電話、折り畳み傘、クリップ×2
[道具]:ハンカチに包んだ角砂糖(食用)×6、ティッシュに包んだ角砂糖(爆弾に変える用)×8、ポケットサイズの手鏡×2
    未確認支給品×0~2個、支給品一式×2 、緑色のスリッパ、マグカップ,紅茶パック(半ダース)、 ボールペン二本
[思考・状況]
基本行動方針:植物のような平穏な生活を送る
0.由花子を利用できるだけ利用する。
1.携帯のデータを消したい。
2.手を組んだ由花子と協力して億泰、早人を暗殺する。ただし無茶はしない。
3.当面はおとなしくしていて様子を見る。そのためにまず情報の入手。
4.自分の正体が吹き込まれた携帯電話を破壊したい
5.他に自分の正体を知る者がいたら抹殺する
6.危険からは極力遠ざかる
7.2が終わった後、または利用価値がなくなったと思ったら由花子を殺して手を愛でる。
8.なんとしても“生き残り”杜王町で新しく平穏を得る
[備考]
※バイツァ・ダストは制限されていますが、制限が解除されたら使えるようになるかもしれません。
※荒木のスタンドは時間を操作するスタンドと予想しました。が、それ以上に何かあると思っています。
※場合によっては対主催に移っても良いと考えてます。
※平穏な生活を維持するためなら多少危険な橋でも渡るつもりです。
※自分がどうやって死んだのか全てを知りました。ショックを受けています。
※空条承太郎が動揺していたことに、少し違和感。

【山岸由花子】
[時間軸]:4部終了後
[状態]:健康、強い覚悟
[装備]:妨害電波発信装置、サイレンサー付き『スタームルガーMkI』(残り7/10)
[道具]:基本支給品、不明支給品0~1 承太郎の首輪
[思考・状況]基本行動方針:優勝して広瀬康一を復活させる。
0.………………妄想ね。
1.吉良吉影を利用できるだけ利用する。
2. エンヤがたくさん人を殺すことに期待
3. DIOの部下をどうにか使って殺し合いを増進したい。
4.正直知り合いにはなるべくあいたくない。けど会ったら容赦しない。
5.今夜10時にD-4のスペースシャトルにてエンヤと合流。残り人数次第でそこで始末する。
[備考]
※エンヤの頭部に髪の毛を植えつけました。
※エンヤの能力が死体操作であることを知りました。生きた人間も操れると言う事はまだ知りません
※荒木の能力を『死者の復活、ただし死亡直前の記憶はない状態で』と推測しました。
 そのため、自分を含めた全ての参加者は一度荒木に殺された後の参加だと思い込んでます
※吉良の6時間の行動を把握しました。
※空条承太郎が動揺していたことに、少し違和感。


『妨害電波発信装置』
強力な電波を発生させて、電子機器の機能を狂わせる小型装置。
現実にある道具で最近はかなりリーズナブルになっている。
携帯電話は圏外になり、その他の電子機器も使用不能になる。
有効範囲は数メートル。まるで磁力を帯びたジョセフみたい。

『スタームルガーMkI+サイレンサー』
10発装填の自動拳銃。現実支給。


【空条承太郎 死亡】

【残り 51名】


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112:LOVE LOVE LOVE 空条承太郎 GAME OVER
112:LOVE LOVE LOVE 吉良吉影 130:ボヘミアン・ラプソディ(前編)
112:LOVE LOVE LOVE 山岸由花子 130:ボヘミアン・ラプソディ(前編)

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最終更新:2009年08月05日 20:38