体ががくんと揺れる衝撃に僕の体は覚醒する。キキィと甲高い音がどこからか聞こえてきた気がして、鉛のように重い瞼を僕は強引にこじ開けた。このまま寝たままでいれたらどんなに楽だろう。でもそうはいかない。僕は嫌々ながらもゆっくりと目を開いた。
どうやら僕はバスの中にいるようだ。突然の事態に頭がついてこない。一度ギュッと眼を強くつぶり、再び目を開けてみるも何も変わらない。室内は静寂に包まれたままで、赤信号の僅かな間止まっていたバスは再び走り出す。
何でこんな所にいるんだろう。僕は特別懲罰房から逃げ出し路上で倒れ込んでしまったはずだっていうのに。
ぼんやりとした頭で考えるも答えはまとまらない。きょろきょろと辺りを見渡し、僕はバスの中を観察してみた。バスの最後尾、左端の座席から見渡すと僕のほかに、ぽつりぽつりと乗客が座っている。全部で三人、互いに話すことなくバスのエンジン音だけが僕の耳に聞こえてくる。
ゆりかごに入れられたような軽い振動、鼓動を感じさせるような僅かな音。起きたばかりだと言うのに僕はまた眠くなってきた。
本当なら考えることは山ほどある。ここはどこなのか、このバスはどこに向かっているのか、ほかの三人は一体何者なのか、そもそもどうして僕はバスの中にいるのだろうか。
でもどうしてだか、今は考える気がしなかった。もうどうにでもなれ、そう思うった僕はそっと目を閉じ、湧き上がる眠気に身を任せることにした。
時間はどのくらいたったのだろうか、僕がうとうとし始めたころにバスは段々とスピードを落とし、そしてゆっくりと止まった。
半分寝ぼけたまま目をあける。乗り込んでくる人は誰もいない。だが僕以外の三人はゆっくりと立ち上がると、思い思いに体を伸ばし、荷物を下ろし、降りる準備をし始めた。
僕も降りないといけないのだろうか。わからない。だけど周りの様子を見る限り、どうやらここが終点のようだ。僕も降りるほかないだろう。
頭を強く降り眠気を追い出す。そうして傍らに置いてあったデイバッグを掴みあげると僕は立ち上がった。なぜだかどうも降りたくない気分だった。だけど仕方ない、皆が降りるんだ、僕も降りなければならない。
三人は切符を渡し順番に降りていく。バスの通路を通りぬけ、僕もそれにならい切符をわたすとステップに足をかける。その時だった、先に降りていた三人がこちらを振り向いたのは。その顔を見て僕は驚いた。
「トリッシュ……アバッキオ……ミスタ……!」
そんな馬鹿な……こんなことはあり得ない。だが何度見直しても三人はそこにいた。バスから降りかけたまま僕はまた三人を見直し、頭から爪先まで視線を走らせる。
足がついてる、わっかもない。正真正銘本人たち……少なくとも幽霊なんてことはなさそうだ。
混乱する頭で僕は考える。そうか……夢だったのか。僕がさっきまで見ていたのは夢だったんだ。バスに揺られて僕はとんでもない悪夢を見ていたようだ。
それもそうだろう、常識的に考えればあんなことが起こるはずはないんだ。現に証拠は目の前にいるじゃないか。
トリッシュは生きてる、アバッキオも生きてる。ミスタなんて殺しても生きてるようなしぶといやつだ。どうも僕は疲れてたみたいだな。
僕は安堵の笑顔を浮かべバスから降りようとステップを一段下に降りる。でもそこで気づいた。笑顔を浮かべていた顔は強ばり、更に踏み出そうとした足は凍ったように動かなくなる。
そうだ、一体僕は何を考えてる? ブチャラティ達は組織を裏切った。僕は彼らともう何の関係もない、ただの裏切り者なんだ。
僕はどうしたらいいかわからずただ黙って目を伏せる。今さらどんな顔をすればいい? 何て言葉を三人かければいいんだろうか?
三人は何も言わない。僕は何も言えない。一体どんな顔をしてるのだろうか。顔をあげる勇気は持てない。いっそのこと立ち去ってくれていたらいいのに。いや、そうであってくれ。
突然バスのクラクションが鳴った。降りるか、降りないのか、曖昧な僕にドライバーがしびれをきらしたのだろう。僕はゆっくりと足を持ち上げると降りてきたステップに再び足をかける。
僕は降りるわけにはいかない。彼らが組織を裏切った以上、僕らは一緒にはいられない。
バスに乗り込むと後ろで扉が音をたてて閉まったのがわかった。僕は席に戻ろうと視線を足元から離す。その時、視界の端の窓を通し、三人の姿が目に飛び込んで来た。
満ち足りた優しい顔で僕を見つめ、三人とも穏やかな笑顔を浮かべていた。
仕方ないさ、お前はここにいちゃいけないんだから。そう言いたげな表情な三人。
僕は戸惑う。どうしてなんだ。どうしてそんな顔ができるんだ。
バスが低いエンジンを音を響かせゆっくりと動き出す。僕は走って後部座席に向かう。身を乗り出して後ろの窓から外を見つめると、三人は僕を見送りに道路に飛び出してくれていた。
トリッシュは少し大人っぽくなったような気がした。若い女の子らしく慎ましげに手を振り僕に別れを告げる。
隣に立つアバッキオは何もしない。両手にポケットを突っ込み鋭い視線を僕に向けるだけだ。しっかりやってこい、そう言ってくれた気がした。
ミスタが走ってくる。スピードをあげるバスに追いつけないとわかっていてもミスタは走り、僕に向かって手を振る。カーブに差し掛かったところでバスがスピードをあげると立ち止まり、ちぎれんばかりに両手をブンブン振る。
何かを叫んでるようだけど何も聞こえない。そうこうしているうちに、ミスタの姿が小さくなり、やがて見えなくなった。
誰もいないバスの中、僕は乗り出していた体を引っ込め、さっきと同じ席に座る。
デイバッグを膝の上にのせ誰もいないバスの中、僕は唇を噛みしめ我慢する。
でも……無駄だった。視界がぼやける。唇が震える。それでも我慢する。それでも僕は堪える。
両手を力いっぱい握りしめ、下っ腹に力を入れる。顔が真っ赤になるまで息を止め、何の変哲もないバスの天井を見上げる。
だけど、駄目だ。僕は駄目なんだ。
揺れるバスの中、僕は泣く。
三人いなくなった空っぽのバスは、今まで以上に寂しく見えた。
▼
「……夢か」
アスファルトの固さが僕を現実へと引き戻す。何処からともなく聞こえ始めた放送に耳を傾け、僕は体を起こす。ぼやけた視界に目をこする。僕は泣いていた。
立ち上がり歩き始めるも力が入らない。少し冷たい夜の風がちょっと吹くだけで僕はよろめき、倒れかけた。今にも崩れ落ちんばかりに僕の体はゆらゆらと揺れ、頼りない。
それでも僕は歩く。行く宛もなく、行く先もわからず、それでも僕は歩く。歩きながら僕は泣く。
幽霊だの超常現象だの非科学的なものはあまり信用できないというのが僕の持論だ。スタンドなんていう、それこそ非科学的なものの塊みたいなものを知っていながら信用できない、何て言うのも変だけど、僕はそうなんだ。
当然幽霊なんて信じてなかった。信仰深いほうでもなかったし、死後の世界なんて興味がなかった。
けどわかってしまった。僕は認めてしまったんだ。
ミスタが死んだ。
グイード・ミスタはもういない。それが言葉でなく理屈でなく、魂でわかってしまった。
目覚まし代わりの放送は流れ続ける。本当はこんな放送なんて聞きたくない。けれど死にたくないという僕の体は正直だ。禁止エリアと死亡者の名前だけはしっかり把握し、僕は歩き続ける。
「死にたくない……」
確かにそうだ、死にたくない。僕は死にたくないんだ。でもそれだけじゃない、僕が望んでいることは他にもあるんじゃないか。ただ生きたい、そんな気持ちが僕の本心なのだろうか。
一歩、また一歩前に進む。見知らぬ街、広がる暗闇。僕は一人その中を進んでいく。僕は独りだ。僕の周りには誰もいない。
「……でも」
僕がチームにいた時は独りじゃなかった。彼らはこんな僕でも信頼してくれた。きっと今だって信頼してくれるだろう
例え僕が彼らから見た裏切り者であろうとそれだけで彼らは僕を毛嫌いするような人間じゃあない。彼らは信じようとする。この裏切り者の僕でさえ信頼しようとする。
だから彼らはトリッシュのため、自分自身の納得のため戦うことができたんだ。
理想を掲げ、光輝く道を見つめ、誇りや納得のために命を懸ける。それが彼らの生き方なんだ。
「僕は…………彼らみたいに生きたかった」
生きることは苦しい。死ぬことは怖い。
僕は死にたくない。でも生きれば生きるほど、光輝き、閃光のように燃える彼らの輝きは僕を惨めにさせる。
彼らが僕を信じてくれる。裏切った僕を仕方ないって許してくれる。その優しさが、気高さが、僕を苦しませる。
本当はそうやって僕も生きたいんだ。そんな風に僕もなってみたいんだ。
でも駄目だ。僕はもう『捨ててしまった』。差し出された選択肢を僕は『選べなかった』んだ。
一つ振り替えれば後悔一つ、そこから遡れば更にもう一つ。数珠繋ぎのように僕の後悔は増えていく。
だから僕は決断する。この涙は別れの涙だ。そして彼らのように『生きれない』悔し涙でもある。
「そんな後悔も悩みも憧れも全部……捨てる」
デイバッグを探ると目的のものが見つかった。見慣れた黒光りする武器。指一つで命を奪うことができる武器。
人を殺すことには抵抗が少ない方だと思ってる。僕はギャングだ、仕事上割りきったり、諦めたり、折り合いをつけることは今まででもあった。
殺らなきゃ殺られる、もしそんな状況に追い込まれたなら僕は躊躇いなく殺れる。実際僕の手はもう汚れているんだ。
優しそうな笑顔を浮かべたコック、トニオ・トラルディー。彼を殺したのは他ならぬ僕なのだから。
だが意味もなく、自分のエゴのためだけに人を殺したことは一度だってない。
組織のため、自衛のため。そんな言い訳を振りかざし、僕は自分の中で無理やり『納得』してきた。
仕方ないことなんだ、これは仕事なんだから、殺さないと僕が殺されるんだから、と。
「でも…もうやめだ」
僕の涙声は誰に聞かれることなく消えていく。鼻をすする音も誰にも聞こえない。
僕は歩く。みっともない格好で、浮浪者のようにフラフラ歩く。
身の丈にあったことをするのが大人になることだと思ってた。出来ないことを仕方ないって妥協するのが賢いことだと思ってた。
でも違う。僕は何もわかっていなかった。僕は何も見てなかった。
自分の限界を決めつけ線引きしていただけだった。それは成長なんかじゃない。ただの諦めだ。自分の無力さを棚にあげて僕はただ現実から逃げていただけなんだ。
「僕は…………生きたい」
生まれ変わりたい。僕は本当の意味で『生きたい』。
言い訳をもうしない。逃げ道ももう用意しない。
僕の体は僕が動かす。言われた通り動く盲目兵士、絶対服従の指示待ち人間だなんてまっぴらだ。
「僕は……僕自身の意志で生きたい…………」
だから、殺そう。
自分の手で、自分の意志で、もう後戻りができないように。自分自身に言い訳できないように。
なんの意味もなく、なんの根拠もなく、ただ殺す。
自分の意志で、自分の選択で、僕は僕の生きる価値を見つけだす。
「生きる……僕は……絶対生き残ってみせる…………」
銃を構える。これはもう『僕』の銃だ。過去の因縁は全部断ち切らなければならない。
もう僕は振り返らない。ただ前に進む。もう後悔なんて僕は、嫌だ。
心に強く僕は誓う。だというのに僕は泣き続ける。助けを求める子供のように、僕の涙は止まらない。いつまでたっても僕の涙は涸れることはない。
僕は泣く。泣きながら僕は歩き続けた。
【F-4 南部/1日目 夜】
【
パンナコッタ・フーゴ】
[時間軸]:ブチャラティチームとの離別後(56巻)
[状態]:苦悩と不安、傷心、重度の鬱状態、極度の人間不信、精神消耗(極大)、額に瘤、右腕に中程度のダメージ、服が血まみれ
[装備]:吉良吉廣の写真、拳銃【リボルバー式】(4/6)、ミスタがパくった銃【オートマチック式】(14/15)
[道具]:支給品一式、
ディアボロのデスマスク、予備弾薬42発(リボルバー弾12発、オートマチック30発)閃光弾×?、不明支給品×?
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない
0.僕は僕自身の意志で生きたい
1.誰かを『殺す』ことでけじめをつけ、誰にもとらわれない生き方をする。
2.吉廣に説明された内容についてきちんとした真実を知る(時間があれば、程度に考えている)。
[備考]
※荒木の能力は「空間を操る(作る)」、もしくは「物体コピー」ではないかと考えました(決定打がないので、あくまで憶測)
※
空条承太郎、東方仗助、虹村億泰、
山岸由花子、岸辺露伴、
トニオ・トラサルディー、
ジョセフ・ジョースターの能力と容姿に関する大まかな説明を聞きました
※
吉良吉影の能力(爆弾化のみ)を把握しました。しかし、一つしか爆弾化できないことや接触弾、点火弾に関しては聞いていません。
また、容姿についても髑髏のネクタイ以外には聞いていません
※吉良吉廣のことを鋼田一吉廣だと思い込んでいます。
※荒木がほかになにか支給品をフーゴに与えたかは次の書き手さんにお任せします。また閃光弾が残りいくつか残ってるかもお任せします。
※花京院とその仲間(ジョセフ・ジョースター、
J・P・ポルナレフ、
イギー、空条承太郎)の風貌、スタンド能力をすべて把握しました。
※アヴドゥルと
フェルディナンドの考察から時代を超えて参加者が集められていることも知りました(納得済み)。
※この後どこに向かうかは次の書き手さんにお任せします。
投下順で読む
時系列順で読む
キャラを追って読む
最終更新:2010年08月29日 23:27