よし、見てこよう。

そんな白々しい捨てセリフを吐いて、逃げるように相手との距離を取る。
もし自分が対戦格闘ゲームのキャラクターならば、そんな必殺技が用意されてもいいくらいには、ホル・ホースは自分の逃げ足に自信があった。
『一番よりNo.2』という彼の人生哲学は、誰かとコンビを組んでこそ真価を発揮する『皇帝(エンペラー)』のスタンド能力に起因する。
サポート役に適した能力だからこそ、敵との間合いを取ることは、彼の戦闘においての最優先事項だ。


(やべえ! やべえやべえやべえやべえ!!)


ホル・ホースの現状は、そんな彼にとっては最悪といえる。
両脚を封じられ、十八番の逃げ足は発揮できず、殺気立った敵スタンド使いの射程距離内。
弾丸を操作できるとはいえ、威力自体は実在の拳銃を変わらないその攻撃力は、『スタンド戦』においてあまりにもパワー不足。
泥の鎧に纏われた敵の姿はどう見ても近距離パワー型のスタンド使い。
『皇帝(エンペラー)』での接近戦などもってのほか。


「なんで何にも言わねえんだ? やっぱ敵だな? ジョースターだなァ?」
「ちっ 違っ――― オレは―――ッ」


混乱する頭で、必死に考える。
どうすれば助かる? なんて言えばこいつは止まる?

(こいつはさっき、吉良吉影と戦ってたバケモンじゃねえか!? 畜生! ツイてねえぜ! まったく今日はなんて日だッ!!)

教会に散っていた死肉は、おそらくリキエルストレイツォ(どちらか判別できないほどバラバラだった!)。
自分があの姿になることを想像する。血の気が引いた。
そして、同時に理解する。

(そうだ! あの時の―――ッ! DIOと一緒にいた…… 泣き叫ぶあのガキを喰っていた――――――)

生きたまま喰われる。
自分が、こいつに。
嫌だ! 絶対に嫌だッ!

ホル・ホースの出すべき解答はなにか? ヒントはセッコの言葉の中に。


『DIOに歯向かおとうしてるんじゃあねぇのか?』

(歯向かう……歯向かうつもりなんて、ねえ! DIO『様』にッ!)

「オレの名前はホル・ホース! DIO様の手下の―――!!」




『時刻は12時、正午の時間だ。これより第二回放送を始める。 』




ホル・ホースの必死の弁明を遮るかのように、よく通る初老の男性の声が会場全体を包んだ。
6時間ぶりに聞くその声。第2回放送が始まった。




☆ ☆ ☆






放送途中で呼ばれたその名に、セッコが反応する。
セッコがこのゲームに連れてこられる直前まで、暗殺の標的とされていた人物の名だ。
だが、仕事面の管理はほぼ全てをチョコラータに任せていたセッコにとっては、「どこかで聞いた名前のような?」という程度の印象しかない。

だがそのわずかな気の緩みに、ホル・ホースを捕まえていた握力が弱まる。
脚を解放されたホル・ホースはその隙を付いて逃げ出し、セッコから距離を取ったところで尻餅を付いた。
セッコもその事にすぐ気がついたが、深追いはせず、2人は睨み合ったまま放送の終わりを待った。


『それではまたその時に! 諸君らの健闘を祈って! グッドラック!』


放送は特に遊びもなく、滞りなく終わった。
ホル・ホースは、今度もゆっくりと放送を聞くことができなかった。

(えーと、禁止エリアがA-7と、あと…… どこだっけ? で、死んだのが……えーーーっと)

自分の元パートナーであったJ・ガイルの名前は耳に入っていた。
あとは、顔見知り程度のスティーリー・ダン。それに、リキエルとストレイツォもやはり死んでいた。
しかしホル・ホースの記憶に残ったのはこんな程度だ。

(だめだ、やっぱりちゃんと頭に入っていねぇ。名簿に線引きながらでもないと、覚えきれねぇな。
目の前のこいつは…アテになりそうにねぇ。また誰か、放送を聞いている人間を探さねぇとな……)

だがあのタイミングで放送がなければ、問答無用で殺られていたかもしれない。
そういえば第1回放送のときも、こんな感じで放送を利用して逃げていた。
奇しくもその時も今回と同様、このセッコから逃げるためだった。
放送と、この男にやたら縁がある。なんてことを考えているホル・ホースに、セッコが話しかける。


「オイ、てめえ。DIOの手下ってのは本当か?」


放送直前のホル・ホースの言葉。そして2分は続いたであろう放送を聞いている間に、血の昇っていた頭はさすがにクールダウンした。
しかし、それでもDIOに仇なす者ならば、容赦無く殺す。

「あ…… ああ、勿論だ。改めて名乗らせてもらう。タロットカード『皇帝』の暗示、ホル・ホースだ。
DIO様の部下同士だってなら、オレたちに争う理由なんてねえ。違うか?」

てめえみてえなイカれ野郎と組むなんて死んでもゴメンだ。という言葉を飲み込み、冷静に対応する。
受け答えを誤れば、セッコの刃は再びホル・ホースに向けられる。
直感だが、戦闘になればホル・ホースはセッコに勝てない。
彼にとって助かる可能性が最も高い道は、『戦闘に持ち込ませない事』だ。

ホル・ホースは木陰から後ろを、チラリと確認する。
ヴァニラ・アイスともうひとりの姿はもう無い。放送の合間に、ホル・ホースたちに気付くことなく何処かへ去ったようだった。
向こうに気を使う必要はもう無い。
目の前のセッコさえ凌げば、ホル・ホースは助かる。

一方セッコは、返答を聞いて頭をうんうんと捻らせる。
相変わらず頭を使うことは苦手だが、しかし考えること自体は癖になりつつあった。

(ホル・ホールぅ? うーん、どうだったかなァ―――?)

DIOの元を離れる前、セッコは何人かの名前と特徴を聞いて覚えさせられていた。
特に注意されたのは、『ジョースター』の姓。
この一族だけは、出会ったら迷わず殺してもよいと言われていた。
そして、殺してはならないと言われた者。

(え~っと、たしか、ヴォルペって奴と、ナントカプッチとかって神父と、あとはアイスクリームみてえな名前だったかなあ?
う~ん、やっぱりホル・ホールなんて名前聞いてなかったと思うんだけどなあ? でも、本当にDIOの仲間だったなら、殺したらDIO怒るよなあ……)

だが、所詮セッコの記憶力や思考力などこの程度。
実際、プッチの名前を聞いていても、放送で名を呼ばれた『エンリコ・プッチ』と関連付けるには至らない。
そんな頭で必死にDIOの言いつけを思い返し、そして気が付く。



『できれば一時間程度で戻って来て欲しいが――――――』


「あっ」


DIOの言い付けでは、本来セッコに与えられた遊び時間は一時間程度。
だが、2度目の放送を迎えたということは既に4~5時間は経っている。

(ああ~~、やっべぇ! すっかり忘れてたぜェ―――! DIO怒ってるかなあ?)

一応、DIOに言われた通りにトンネルは掘っておいたが、それだけだ。
もしかして、まだ待っているだろうか?
DIOにだけは怒られたくないし、嫌われたくもない。


「オイ、ホル・ホール。着いて来な」

「は?」

「DIOに会わせる」

「はあああああああ!?」


突然の展開にホル・ホースはビビる。
このままセッコを言いくるめて、そのままさっさとトンズラするつもりだったのだ。
相手が見るからに頭悪そうなセッコだけならば、どうにでもなる。
だが、相手がDIOとなれば、話が全く違ってくる。

DIOに最後に会ったとき、ホル・ホースはこう言われた。

『今度こそジョースター達を殺してこい。さもなけば、お前を殺す。』

そして結局DIOに屈服し、ボインゴと共にジョースター一行を襲撃。結果、敗北した。
ホル・ホースにもう後はない。
今度DIOに出会ったら、最悪一瞬で殺される。
良くても、肉の芽を埋められてしまうかも。

「おい、さっさと来やがれホル・ホール! ぶっ殺すぞボゲェ!」

セッコに手首を掴まれる。
しまった、とホル・ホースは思った。
これでは逃げられない。無理やり振りほどこうとすると絶対に殺される。
すでにセッコはホル・ホースについて結論を出すことを諦めていた。
どうせDIOの元に帰るのならば、ついでにこの『自称DIOの部下』も連れて行って、DIO本人に任せればいい。
セッコの単純な思い付き。
それが、ホル・ホースにとって最悪の状況を生み出していた。

(くそったれが! DIOにだけはッ! DIOにだけは会うわけには行かねえってのにッ!!)

セッコの力には、先ほど足首を掴まれていた時ほどの敵意はない。
とりあえずの最低限、問答無用で攻撃されるという段階は乗り切った。
だが、ここで拒否したり、腕を振り払うほどの度胸は、今のホル・ホースには無い。

セッコに引きずられ、ホル・ホースは連行される。
行き先は、あの悪の宴が催された忌まわしき場所、グリーンドルフィンストリート刑務所。





☆ ☆ ☆




少し前までは9人もの参加者たちが集結していた刑務所内も、今は閑寂としていた。
中心人物たるDIOはトンネルを通じてここを去り、他の者たちも各々の命令を胸に行動を開始していた。
そんな中、DIOに肉の芽を埋め込まれながらも、命令に背いている男がいた。

チョコラータ。

イタリアのギャング組織、パッショーネに所属する構成員のひとり。
ボスの親衛隊という立場にありながら、ボスであるディアボロにすら警戒されている危険人物である。

ジョセフ・ジョースター、空条承太郎、花京院典明、モハメド・アヴドゥル、以上の4人を探し出し、連れてくる。
その命令に従うフリをして他の者たちと共に建物を出た後、DIOが去ったタイミングを見計らって戻ってきたのだ。


(DIOたちの話から察するに、ここで待つのが最適だろうが――― 問題はいつまで待つべきか?)


床やら壁やらに飾り付けられた、人間の死体で作られたオブジェを鑑賞しながら、チョコラータはある男を待っていた。
やがて第2回放送を迎え、待ち人の無事を確認する。
そしてさらに待ち続け、放送から10分ほど経過した頃、刑務所の入口から大声が聞こえてきた。


「お―――い!! DIOォォォォ―――――!! いるかァァ―――――ッ!?」


声の主はチョコラータの望む人物。
不意に頬が緩む。思ったよりもずっと早い帰還だった。


「よぉぉ―――う、セッコ。よく来たなぁ。待っていたぞぉ」
「ああぁ――――――! チョコラータぁぁぁぁぁ―――――!!」


破顔して迎えるチョコラータに、セッコも少年のような笑みを返す。
DIOではなかったが、チョコラータもセッコが気に入り、懐いている相手だ。
感動の再会、というには少し大げさだが、セッコは元の世界で唯一心を許した相手との再会を素直に喜んでいた。

「ところで、セッコ。そっちの男は誰だ?」
「あ? え~っと、名前なんて言ったっけ? なんかDIOの手下らしいんだけどよォ―――」
「ふぅん? まあいい。ところでェ―――」

セッコに連れられてやってきたホル・ホース。
刑務所内にDIOがいなかったことに少しは胸を撫で下ろした彼だったが、代わりに現れたチョコラータという男に問われ、再び緊張する。
だが、チョコラータはホル・ホースに対してさほど興味を持たず、話題を変えてきた。

「そこにある、『芸術(アート)』だが……。あれは、お前の作品なのか?」
「ああッ! うんッ! うんッ!! そうだぜッ!! どう思うッ!!」

チョコラータに指し示されたのは、エンポリオら3人の少年の死体で作られた『オブジェ』。
ホル・ホースは以前ここで、そのうちの一人がセッコに食い殺される様を目撃した。
あの時受けた衝撃も凄まじかったが、今はそれ以上だ。
人間を人間とも思っていない所業。まともな神経じゃあない。


「ぐっ げぼっ………」

グロテスクななりかたちも、立ち込める死臭も、これを作り上げたセッコも、それを見て『アート』と評するチョコラータも、何もかも気持ちが悪い。
我慢できず胃の内容物を吐き出すホル・ホースだったが、セッコもチョコラータも既に彼への関心はほとんど無く、その様子を咎める動きはない。


「なあ? どうだ? これ、どう思う?」

気分を害したホル・ホースをよそに、セッコは興奮していた。
DIOに言われて初めて犯した、自分の意志での殺人。食人行為、そして死体アート。

DIOは、セッコが新たな挑戦を行うたびに評価し、賞賛してくれた。
セッコにはそれがたまらなく心地よかった。

そしてチョコラータはDIOと出会う前のセッコが唯一心を許し、尊敬していた人間だ。
DIO同様に、チョコラータもセッコの作品を見て褒めてくれるだろう。そんな期待を込めて、セッコは問う。だが―――


「ふむ。どう思う、と言われてもなァ。わたしの趣味とは少し違う。否定するわけではないが、生物感がなくてあまり好きにはなれんな」

「―――え?」

その回答は、セッコの望んだものとは大きく乖離していた。
チョコラータの最大の嗜好は、生者が死者へと変貌する瞬間の恐怖と絶望だ。
死後、ただのタンパク質と成り果てた肉塊で何を作ろうが、チョコラータの琴線に触れることは特に無い。

「え? えと…… えっと………」

チョコラータの予想外の反応に、セッコは焦る。
こんなはずでは無かった。チョコラータの言っていることの意味はよくわからないが、肯定されていないということだけは理解できた。

そういえば、とセッコは思い返す。
たしかDIOにも、このオブジェに関しては絶賛された、という訳ではなかった。
素材の少なさとバリエーションのなさを指摘され、評価としては中の中といったところだ。

ならば、リキエルやストレイツォのオブジェはどうだ?
あれはセッコにとっても自信作であり、あれならきっとチョコラータにも褒めてもらえる。
そう思いセッコは自分の持っている写真を取り出す。
だが、セッコの手元にあったのは、シュガー・マウンテンと少年らの写真のみ。
リキエルやストレイツォのオブジェの写真は、教会での戦いのさなか、落としてしまったようだ。

(ああ! くっそぉォォ!! そういえばあのオブジェ壊されちゃったんだよなぁ! それにカメラも! チクショ――― 吉良吉影めェ―――!)

「ふむ」
「………あっ」

ひとり地団駄を踏むセッコの手から、チョコラータは写真をひったくり、目を通す。

「ほう! こいつはいい! 実にいいぞォ! セッコォ!! 映像じゃないのが残念だ!! 実にいい写真を撮ったな!!」
「お…… おう。そう……か?」

シュガー・マウンテンらの死の瞬間を捉えた写真は、チョコラータの好みをドストライクで捉えていた。
素直に賞賛するチョコラータであったが、セッコはどこか腑に落ちない。
それは、今セッコが見せようとしていた写真ではない。
確かに、死体の写真だってチョコラータのためを思って撮った写真であり、それを褒めてもらえた事は確かに嬉しい。
だが、死体オブジェの方とここまで極端に反応を変えられると、セッコはまるで自分の作品を否定されたような、嫌な気分になっていた。

「ふっふっふっふっふ。ところでセッコよ。お前は埋められてないようだな? この―――」

いまいち納得のいかないセッコの様子に気がつかず、チョコラータは自分の額に手を当て、そして異物をむしり取る。


「『肉の芽』を―――」


チョコラータの手のひらで蠢くのはDIOの埋め込んだ肉の芽。
DIOが自らの奴隷を増やすため、支配するために利用する。
だがチョコラータは逃れた、DIOの支配から。

チョコラータが『肉の芽』というものの何たるかを理解していたわけではないが、自分にとって都合の悪い何かであることはなんとなく予想できた。
そこでチョコラータはスタンド『グリーン・デイ』を利用した。
自分の額の一部をカビ化させ、脳神経との繋がりをシャットアウトさせたのだ。
チョコラータの医学知識と『グリーン・デイ』の能力を使えば、例え全身バラバラになっていても自由自在に動くことも可能、肉の芽の支配から逃れるくらいの小細工は訳ない。
そのあとは、既に肉の芽の支配を受けたディ・ス・コらの真似をして従うふりをしていただけなのだ。

「いやあ良かった。お前がDIOに操られていなくてよぉ。どうやって奴から逃れたんだ?」

「操られ……? 逃れる? 何言ってんだチョコラータ?」

「ふふ…… まあいい。お前さえいてくれれば心強い。おれの『グリーン・デイ』の攻撃と、それを気にせず戦うことのできるお前の『オアシス』……
おれたちが二人揃えば無敵だ。お前さえいてくれれば、きっと勝てるぞ。DIOにッ!」

「DIOに―――ッ!?」

チョコラータは誰かに支配されることを誰より嫌う。
それは相手がDIOであろうがパッショーネのボスであろうが変わらない。
この点はDIOが予想しヴォルペに語った内容と同じだったが、チョコラータはDIOの考えを上回る狡猾さで難を逃れ、そしてDIOに牙を向けた。

「そうだとも! DIOなど恐るるに足らん! 強者は弱い奴らを支配してもいい資格があるのだ!
いや、他人を支配しなくてはならない宿命が、強い者にはあるのだ。たとえそれがDIOだろうとな!
あの威張り腐った糞DIOがッ! 死ぬときにどんな恐怖を浮かべて死ぬのか楽しみだァ!」

「チョコラータ……おまえどうしちまったんだ?」

「そうだ! DIOを倒せたら、また角砂糖を投げてやろう! 残念ながら今は持ってないが、必ず投げてやる。
いくつがいい? 5個か? 10個か? 20個か?」

「……………………」

「……セッコ?」

ハイテンションで一方的に話していたチョコラータが、ようやくセッコの異変に気が付く。
セッコと言えば、馬鹿みたいに頷くだけで、角砂糖を投げてやればはしゃぐ子供のようなものだった。
押し黙って、角砂糖の話にも乗ってこない。チョコラータは、セッコのこんな姿を見たことがない。


「おいセッコぉ。どうかしたのか? いつものお前らしく――――――」


ドグァ


「どうかしたのはてめぇだろ? くそチョコラータ…… あんた、いったいどうしちまったんだよ?」


「ぐっ!!」


『オアシス』の打撃がチョコラータを襲った。
激しい拳での一撃を生身で受け、チョコラータは悶える。


「な…… 何をする…… セッコォ…………」

「あんたは頭も良くて、角砂糖投げて遊んでくれて、預金もいっぱいある。そんでとても強い。
だからあんたの言うこと聞いていれば安心と思ってた………


でもDIOを倒すだとォォォ――――― オレにいろいろ教えてくれるDIOを殺すなんて、何考えてんだおめえはよォォォオオオオ――――!!!
オレの作ったやつもぜんっぜん褒めてくれねえくせしてよォォォオオオオオ――――――!!!
そんなカスもうぜーんぜん好きじゃねェェェ―――んだよォォォォ――――!!!」

「な……… セッコ………… やめろォ――――――!」



思いもよらぬセッコの裏切り。
チョコラータにとって完全に誤算だったのは、想像を超えるDIOのカリスマ性と支配力。
たしかにDIOは自分の意に反する者に対しては肉の芽という手段を用いて強制的な洗脳を行うことがある。
だがDIOの支配力が最も発揮されるのは、DIOと波長の合う者への絶対的な崇拝だ。

プッチ神父、ヴァニラ・アイス、エンヤ、ンドゥール
そして、このセッコ。

皆、DIOの魅力に取り憑かれ、神を崇めるように、彼の事を愛している。
少年のように純粋なセッコを魅了することで、チョコラータには勝ち目は無い。



「くそォォォォ!! 『グリーン・デイ』―――――!!」

「アホかおめえ? さっき自分で言っただろうが! おれに『カビ』は効かねえんだよォ!!」

容赦のないセッコの攻撃がチョコラータを襲う。
セッコの『オアシス』に対し、チョコラータの『グリーン・デイ』は全く効果を為さない。
『グリーン・デイ』は対生物にのみ発動する能力で、既に死亡している者や無生物に『カビ』を生やすことはできない。
これは、チョコラータの死者に対する関心の無さに起因する特徴であろう。
そしてセッコの『オアシス』は、全身を無生物(泥)で覆い纏うスタンド能力。
つまりスタンドを発動中のセッコは、外側の生物とは隔離された状態にある。
『オアシス』を纏ったセッコに対し、『グリーン・デイ』の能力は全くの無害。

(バカな…… セッコ…… なぜ………)

もちろんチョコラータもそれを理解し、それゆえに重用していた。
『グリーン・デイ』の範囲攻撃と、『オアシス』のコンボ。それが最強であると信じて疑わないからこそ、チョコラータはセッコを飼い慣らしていた。
その飼い犬に噛み付かれたとき、天敵という形で自分に立ちはだかることなど考えもせずに。


「DIOはよォ 偉ソーに威張り散らすだけのあんたと違って、おれにイロイロ教えてくれるんだよォォ!
あんたと違ってよォォ―――――!! あんたも―――」

セッコの豪然たる膂力がチョコラータの右手の四指を毟り取る。
あまりのスピードに自身のカビ化も追いつかず、激痛に叫び声を上げるチョコラータ。
そのチョコラータの開いた口を目掛けて―――

「こいつを喰らってみろよォォ―――」

チョコラータのちぎられた指を、チョコラータ自身の口の中に叩き込んだ。

「ヤッダーバァアァァァアアアアア!!!」

セッコの攻撃の手はそれでも止まらず、そのまま拳を口の中に突っ込んだまま殴りぬけ、チョコラータの下顎はグチャグチャに潰された。
そのまま床に倒れたチョコラータに馬乗りになり、セッコは更に拳を振り下ろす。
もはや脊髄反射で自分をカビ化させて身を守るしかないチョコラータだが、逆にそれがチョコラータ自身を苦しめていた。
カビのせいで出血は少なく、痛覚も麻痺しているためなかなか死ぬことができない。
このままじわじわと、セッコに嬲り殺されるのを待つしかない。





(なんっ…だ………? こいつは? 本当に…… 人間なのか? こいつは………?)


蚊帳の外から一部始終を見ていたホル・ホース。
初めはセッコが気の合う仲間と合流した事に、望ましくない思いでいたホル・ホースであった。
だが、いま目の前でセッコは、その仲間であったチョコラータへの一方的な虐殺を行っている。
事情のよくわからないホル・ホースにとって、理解できたのはセッコの異常なまでのDIOへの愛情。
はじめの様子を見るに、チョコラータもセッコにとって気に入られた相手だったろうに、DIOを否定した途端にこの様である。

「こらァァアァ!! 聞いてんのかくそチョコラータァァァァァアアア!! まだ終わんねえぞォォォオオ!!」
「………………」

ホル・ホースからは、チョコラータがまだ生きているのか、死んでいるのかすらもうわからない。
わかるのは、自分はこのセッコと一生かかっても相容れることなど無いということ。
震える手で頭を抑え、考える。

これから、いったいどうするべきか?

『逃げる』という選択肢は、今の彼が最も○を付けたい選択肢だ。
セッコはまだホル・ホースに背中を向けたまま、眼下のチョコラータに夢中だ。
このままこっそり走り出せば、気付かれずに逃げることはおそらく可能。
だが、その後は?
今日、この数時間の間にホル・ホースは2度セッコと遭遇し、その場から逃げている。
そして、ほとんど時間を置かないまま既に3度目の遭遇を果たした。
今、仮に逃げたとしても、またすぐに出会ってしまうような、そんな運命を感じる。

ならば、『従う』か?
否、これは逃げる以上にありえない。
初めはDIOと遭遇する事を最も忌避していたが、今はそれ以上にセッコの存在が受け入れられない。
吸血鬼でっても、DIOの方が話が通じる分まだマシである。

初めから答えは出ていた。
やはり『殺す』しかない。

ホル・ホースはスタンド『皇帝(エンペラー)』を取り出す。

(落ち着け! オレならできる! やつは全く気がついていない……!)

狙うは顔面。全身を覆うスタンドの目の部分は、穴になって空いている。
背後からの攻撃だが、『皇帝(エンペラー)』の弾丸ならば余裕で狙える。

相手は、ひとりだ。
今、ここに『DIOはいない』――――――。

今なら、殺れる。
今しか、殺れねえ。


(――――――絶対に、殺れる。)


セッコ殺害を決めたそのとき、ホル・ホースの精神は驚くほど落ち着いていた。
過去にDIO暗殺さを試みた時に匹敵する冷静さを持って、標的に狙いを定める。

引き金を引く刹那、ホル・ホースの頭の中には出会ってからの徐倫の姿が思い出された。
川の流れから助けた時は、ミステリアスな女だと思った。
自分の事を「イイ人」と言い、破顔した彼女はとても魅力的で、不意に心がときめいた。
DIOやセッコに怯える姿は、少し撫でるだけで割れてしまいそうなほど脆く、弱々しかった。
そして彼女の姿はどんな時も、堪らなく美しかった。

ゲーム開始から半日あまり、常に緊張を絶やせなかったホル・ホース。
思えば彼にとって、徐倫と2人きりで過ごした数時間だけが、唯一心が安らいだひとときだった。

(やれやれ、しょうがねえ女だぜ。まったく―――)

今ごろまた、一人でどこかで震えているのだろう。
このセッコを殺したら、さっさと探しに行ってやらないとな。
手間のかかる女だが、彼女についていてやれるのは、自分しかいない。

(くだばりやがれ! くそったれ―――ッ!!)






「オレの銃口向けてるってことは、やっぱてめぇは敵って事だなァ!?」

「は?」


チョコラータに向かって拳を振り下ろした勢いのまま、肘を地面に叩きつける。
『オアシス』で泥化し「弾力あるもの」と化した床の反動を利用して、背後のホル・ホースに飛びかかる。
そして、反撃する暇もない『オアシス』での猛攻。



(やっぱ……… 今日のオレはツイてねェ……ぜ……… 畜生……)




最後に思い浮かべた徐倫の姿。
それが走馬灯であったということに、最期の最期でホル・ホースは気が付いた。







【チョコラータ 死亡】
【ホル・ホース 死亡】

【残り 54人】





【E-2 GDS刑務所1F・女子監食堂 / 一日目 日中】

【セッコ】
[スタンド]:『オアシス』
[時間軸]:ローマでジョルノたちと戦う前
[状態]:健康、興奮状態、血まみれ
[装備]:カメラ(大破して使えない)
[道具]:死体写真(シュガー、エンポリオ、重ちー、ポコ)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に行動する
1.とりあえずDIOを探し、一度合流する。怒ってなければいいけど……
2.吉良吉影をブッ殺す。
3.人間をたくさん喰いたい。何かを創ってみたい。とにかく色々試したい。
[備考]
※『食人』、『死骸によるオプジェの制作』という行為を覚え、喜びを感じました。





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148:大乱闘 チョコラータ GAME OVER
148:大乱闘 セッコ 173:無粋

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最終更新:2014年08月08日 12:30