――― <黎明> ジョースター邸 東 ―――
「あの荒木と太田とか言う男…君はどう思う?」
「…愚問だな。『自分』に質問しても仕方が無いだろう。私と君は全く同じ考えを持っているのだから」
「それもそうだな。
…『円卓のナプキン』。それを最初に取る事こそ我々の目的だったが…今その円卓に座っている者はこのヴァレンタインではないらしい。
あの『主催者共』だ。憎たらしい事にな」
「ああ…。だが、『それだけ』だ。奴らはまだ円卓に『座っているだけ』…ナプキンを『取れてはいない』。
『ナプキンを取れる者』とは万人から『尊敬』されていなくてはならない。『敬意』を払われなくてはならない」
「あの主催者共はこのような非人道的で狂った催しをあろうことか『楽しんでいる』。
そこに大した意図は無く、一種の『エンターテインメント』として、ただ自分達の暇潰しとして参加者を殺し合わせている」
「行き過ぎた『暴君』…。そんな奴らにナプキンを取る『資格』などありはしない。
あの二人を叩き潰し、最初のナプキンを取る者はこのヴァレンタインだ…ッ!他の誰でもないッ!」
「私も君と同じ気持ちだ。あのゲス共は必ず『叩き潰す』。そしてそのためには『どんなことでも』しよう…」
C-3、ジョースター邸の東の平原にて月の光が地平の彼方に沈み掛ける闇夜の中、二人の男が互いに向き合って大地に立っていた。
一人は長髪にくるくるとパーマがかかった奇妙な髪型をしており、引き締まった筋肉が衣の上からでも良く分かるほどの良い体つきをしている。
そのどことなく気品さを感じさせる立ち振る舞いから、どこかの上流階級の雰囲気を纏わせる男の名は『
ファニー・ヴァレンタイン』。
第23代アメリカ合衆国の大統領だ。
そしてもう一人、ヴァレンタイン大統領の前にいる男もまた、『ヴァレンタイン』だった。
この世界の『隣』にあるという無限に連なる『平行世界』。
『基本世界』とそっくりなその世界を行き来できる事が大統領のスタンド『D4C』の能力である。
大統領は自分のスタンドが正常に機能するかの確認の意味も込めて、現在『隣の世界』でもう一人の大統領と相談している。
この異様な会場においても、D4Cの『隣の世界へ移動する能力』はとりあえず効果は存続しているらしい。この点は大統領にとってひとまず安心できる要素となったろう。
その時、別次元の大統領が視界の端に動くものを捉えた。
「…ん?」
「?…どうした?」
「今、向こうで何かが動いた。あの『ジョースター邸』の辺りだ。恐らく参加者の誰かだろう」
「参加者…成る程。早速というわけか」
「行くのか?」
「あぁ。『基本世界』に戻り、そいつらと接触してみるとしよう。…頼めるかい?」
基本の大統領がそう言うと、隣の大統領は頷いてから基本の自分に向かって歩き出す。
次元を行き来するには大統領自身が何かに『はさまる事』で移動できる。自分が近くにいるのならそいつに地面に『押し込んで』もらう方が手っ取り早い。
隣の大統領は、基本の自分を地面に押し込んでゆく。相手を『自分』と『地面』の間に挟み込む事で基本世界に送るのだ。
彼らは帰り間際に、少しだけ会話を交わす。
「無事、ナプキンを取ってくれ」
「勿論だ。ありがとう」
後には、一人残った大統領が静かに夜風に吹かれて立ち尽くしていた……
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――― <黎明> ジョースター邸裏 ―――
「お兄さん、傷はもう大丈夫?歩けるようになった?」
「なんとかだ…。しかし信じられんな。こんな干からびたミイラみたいな脚で歩けるようになるなど…。
しかも、何か分からんが物凄い『エネルギー』を感じる…」
「この紙には『聖人の遺体』って書いてるけど…ねえお兄さん、『せーじん』ってなに?」
「聖人…?確か『死んだ後に奇跡を2度起こした人物』を言うんだったか…?この死体が聖人の遺体…?」
「死んだ後に…?うーん、奇跡を起こせるあの巫女も流石に死んじゃったらそれまでだよねぇ…
…ん?今気付いたけどお兄さんのその死体の足、何か掘ってあるよ?」
「何?…これは、ラテン語か…?うむ…『Movere Crus(モヴェーレ・クルース)』意味は…『脚を動かせ』。
どうやら聖人の『奇跡の力』とやらで俺は遺体の脚と一体化して、今動けているらしいな」
「はぇ~~…。何だかよくわかんないけど、とにかくお兄さんが無事歩けるようになって良かったよ!」
そう言ってこの赤毛の少女―火焔猫 燐は黒騎士
ブラフォードに向かって屈託の無い、太陽のような笑顔を浮かべる。
そのあたたかい笑顔にブラフォードはかつて自分が忠義を尽くした主君、メアリー女王と重ねた。
親も兄弟もいない天涯孤独の身だった自分に惜しみない微笑みと慈愛を懸けてくれた主君はもう、いない。
(俺の今の主君はディオ様だ。あの方の為ならば俺は命すら投げ打つ覚悟がある。だがこの娘は…)
ブラフォードはどこか堪らない気持ちになってお燐に尋ねる。
「…おい、娘よ」
「『娘』じゃなくって!オ・リ・ン!さぁさ!もっかい言った言った!」
「…オリンとやら。お前、主人を探してると言ったな。…会いたいか」
ブラフォードは至極真摯な表情でお燐に聞く。お燐はブラフォードのいきなりの質問に少々戸惑いながらも答えた。
「え…。そ、そりゃあ会いたいさ。…会いたいよ。今すぐにでも…会って、いつものように頭をなでられたいよ…
さとり様はホントは、寂しがり屋なんだ。色んな人達から嫌われてる部分もあるし、会って安心させたいし、あたいも安心…したいよ。
そういえば、おくうもこの会場に…来てるんだった…。こいし様も…皆、だいじょ…かなぁ……っひぐ…っ」
お燐はいつの間にか涙を流していた。
自分だけではない。大切な家族の皆までこの恐ろしい殺し合いの場に召喚されているのだ。
怖かった。
死ぬのが怖くてたまらなかった。
もし大好きな主人のさとりやこいしが死んだりしたら。
親友の空と二度と会えなくなったりしたら。
そんな『イメージ』が頭を一瞬よぎってしまったら、もうその光景は離れない。
「……悪かった。………泣くな」
ブラフォードはそんなお燐を見て、自分が少々無神経な事を言ったかもしれないと気付き、謝罪する。
「ん…ううん。お兄さんは全然悪くないよ。ゴメンね…。あたいがちょっぴり弱気になっちゃってたよ。
…うん!もう大丈夫!きっと皆も生きてるさね!元気だそう!」
お燐はその持ち前の明るさと単純さから、すぐに前向きになる。
いつでもどこでも誰にでも明るく振舞う彼女の強さは、この会場においても強い武器となった。
涙を拭きながらニッコリと微笑むお燐を見て、ブラフォードは茫然となる。
―もしこの少女の『家族』がこの殺し合いの犠牲になってしまったら…彼女はどうなってしまうだろうか―
(俺には家族はいない…だが、『守るべき主君』を失ってしまう哀しみは誰よりも分かっているつもりだ)
かつて守る事のできなかったメアリー女王。
彼女を失った時のブラフォードと
タルカスの愁傷は、やがて怨念と妄執に形を変えてこの現代に蘇った。
今は仕えるべき主君―ディオ―が居るが、メアリーを守れなかった悲しみはブラフォードの記憶にこびり付いて剥がれる事は永遠に無いだろう。
やがてブラフォードが口を開いた。
「オリンよ。主君の名はさとりと言ったな。その者の捜索、このブラフォードが手伝おう」
「え!?で、でも…お兄さんはケガがまだ酷いし…」
「この両の足と髪の毛さえあれば充分。その内どこぞの新鮮な死体から生き血を貰えばすぐに回復するだろう。
まだ少々ぎこちないが、歩けさえすれば何処へも行ける。
戦ではな、オリン。片腕を失った兵はまだ戦える。だが足を失った兵は迷わず捨てられる。動けなければ戦う事すらままならないからだ。
俺はお前に少なからず感謝しているのだぞ?」
「…お兄さんはご主人様の所に戻らなくて良いの?」
「俺は元よりディオ様に『ジョナサン』を倒せとの命を受けている。
そして俺はまだその男と決着は着けていない。このままおめおめと主君の下へ帰るわけにもいかないだろう
なに、お前のご主人探しは俺がジョナサンを探すついでにやるものだと思えばよい」
「そっか…お兄さんにも探し人が色々居るんだね。じゃあ分かった!あたいと一緒に頑張ろう!
ありがとう、お兄さん!」
今度こそお燐本来の笑顔が戻ってきたように感じた。ブラフォードはそんな彼女を見て思う。
―もし自分に妹が居たとするなら、これぐらいの歳だろうか…。『家族』を持つ事があったなら『娘』を持つ未来もあったろうか―
人間としての生を終えた彼が、今更叶うはずもない儚い願望を持つ事は許されない。
一瞬だけ頭をよぎった『もしもの未来』はすぐに振り払われ、ブラフォードはお燐と共に歩み始める。
―――ブラフォードは無意識の内に、『この少女を家族の下へ返してやりたい』と感じ始めていた。
「それじゃお兄さん!まずはこのでっかいお屋敷に入ってみようよ!ここなら誰か人が集まってるかもしれないしね!」
「『ジョースター邸』か…。あの『男』と何か関係がある館なのだろうな。いいだろう、入ってみるか」
「いや、館に入る事は出来ないよ。黒騎士『ブラフォード』。そして妖怪の『火焔猫 燐』だったかな?」
「ッ!?キサマ何者だッ!!」
「だ…誰だいッ!?」
ブラフォードとお燐の前から姿を現したのは、ヴァレンタイン大統領。
彼は二人をじっと見据えながら、まるでカーペットの上を歩む様な優雅さで暗闇の中から現れた…
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「君は『黒騎士』ブラフォードだな?そして隣にいる少女は『妖怪』の火焔猫 燐。
突然失礼して悪いが、私は名をファニー・ヴァレンタインという」
「キサマ…何故俺とこの娘の名を知っている?」
「妖怪にはちょっぴりだけ詳しいんでね…。彼女が『火車』とやらの妖怪の化け猫だという事はすぐに分かった。
それより私が気になっているのは『君』の事だよ、ブラフォード」
そう言って大統領はあくまで穏やかに語りかける。だがブラフォードは警戒を解かない。
この男は只者ではない。ブラフォードの勘がそう感じ取ったのだ。
「…もう一度聞こう。何故俺の事を知っている?」
「知っているさ。英国人なら誰もが知っている『伝説の騎士』ブラフォードとタルカス。
教科書にすら載っているという有名な二人だ。あの麗しきメアリー女王の忠実なる家来だったと聞く。
私も兵士の端くれだった頃には君の英雄譚をよく聞かされたものだよ。300年前に死んだ人物が何故この場に居るのかは私の知る由ではないがね」
「ほう…この時代にも俺の名が未だ根強く伝え聞かされていたとは、それも一つの『名誉』だな。
だがそれなら知っているだろう?俺が如何にしてこの世を呪い、人を恨んでいって死んだのかをッ!」
ブラフォードは少し誇らしげに、そして哀しみと憎悪が混ざった感情を眼に秘めながら大統領に尋ねる。
そんなブラフォードに対して大統領はまるで演説でもしているかのように淡々と語り続けた。
「あぁ、勿論知っている。女王エリザベスの卑劣なる策略によって謀られ、壮絶な処刑が行われて死んでいった事はな。嘆かわしい事だ…
なんでもブラフォード、君は三十キロもの甲冑を身に纏ったまま5キロの湖を渡りきり、敵陣を奇襲した逸話もある程の男。
それ程の『勇気』を持つ者がこの世の全てを恨み、怨念を遺したまま死んでいったとあっては余りにも報われない」
そして大統領は一呼吸置いてブラフォードに告げた。
「黒騎士ブラフォードよ。私の『部下』にならないか」
「…!?」
大統領が告げた言葉は、ブラフォードにとって予想だにしなかった申し入れだった。
世を憎み、既に人間を捨てた肉体である事を知ってなおも、大統領はブラフォードという男を部下として招き入れようとしているのか。
「ブラフォード。私は君に『敬意』を表しているのだ。
このファニー・ヴァレンタイン、アメリカ合衆国の大統領として。人々を束ねる『トップ』として、君が欲しい。
どうかその『剣』を私のために振るってはくれまいか」
「…………その『ダイトーリョー』というものが何なのかはよく分からんが、どうやらお前はあの大陸の『王』らしいな。
そしてその王が今、この俺に忠義を尽くせと申し出てきた…。本来なら名誉ある事なのだろうな……」
「お兄さん……」
ブラフォードはそう呟き、そっと眼を閉じた。隣のお燐もブラフォードを心配そうに覗き込んでいる。
…………そのまま辺りにはしばしの静寂が訪れた。
虫の声も戦いの音も、今は聴こえない。あるのは、霧の湖から流れる一本の川のせせらぎだけだ。
―――たったの数秒にも思えたし、数分にも感じる程に時間はじっくりと流れていった
大統領はブラフォードの顔を見つめたまま、その場から動じずにじっと返答を待つ。
お燐も今はブラフォードの言葉を待つことしか出来ない。
やがて、ブラフォードはゆっくりと眼を開き、目の前の男に答える。
「ありがとう、異国の王よ。だが俺は既にディオ様に忠義を誓った身。『騎士』としてのこの『誇り』は絶対に裏切れない」
「…ディオ」
「うむ。ディオ様は朽ちゆく俺に新たな生命と意義を与えてくださったお方。あの方を裏切れるであろうはずが無い」
(ディオ…名簿にもあった『DIO(
ディオ・ブランドー)』という男か…ディエゴの奴とはまた別人のようだが…)
大統領はブラフォードの言葉を聞きながら、聞き覚えのある名前に疑問を持つ。
そのDIOという男は300年も前に死んだ戦士に新たな生命を与え、いまこの会場のどこかにも存在している。
得体の知れない男だ…。大統領はまだ見ぬDIOに対して用心の心を持つ。
だが今はそれより気になる事が2つある。1つは当然、このブラフォード。そしてもう1つは……
「成る程。天晴れな忠義心だ、ブラフォード。私はもっと早く君と出会いたかったものだな。
…ならば君にはもう一つ、『聞かなければいけない事』がある。その『脚』について。…そしてそこにある『耳』と『腕』についてだ」
大統領はそう言いながら、リヤカーの中に無造作に落ちている『死体』を指差した。
「あっコレはあたいの支給品だよ。何かよく分かんないけど『せーじんの遺体』だとか…。
両脚はこのお兄さんの無くなった脚にすっぽり吸収されちゃったんだけどね」
自分のデイパックに入っていた支給品の事を聞かれ、今まで殆どだんまりだったお燐がここで大統領の質問に代わりに答えた。
しかし質問に対するお燐の返答を最後まで聞かない内に、大統領の表情は次第に動揺の色が濃く表れてくる。
頭の中であらゆる思考が駆け巡り、やがて一つの結論へ導く。
―――私の恐れていた事が起こってしまった…ッ!
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―――私には『愛国心』がある
それは例えこの世のどんな奴にも侵害されてはいけないものであったし、いつも私を支えてきた『誇り』あるものだった…
全ては我が祖国の平和のために『絶対』と判断したからでこそ、今までどんな事にも手を染めてきた。
SBRレースを開催したのも、『スタンド使い』達に聖なる遺体を集めさせたのも、全て祖国の平和に繋がるからだと信じてきた。
聖なる遺体の唯一無二の絶対的パワーは、『幸せ』や『美しい』ものだけが集まり、『不幸』や『ひどいもの』はどこかへ吹っ飛ぶ。
それが人間世界の現実であって、あらゆる人間が『幸せ』になる事はありえない。
『美しさ』の陰には『ひどさ』がある。
『プラス』と『マイナス』はいつだって均衡しているのだ。
その遺体が『ルーシー』に宿った時、やっと私の大統領としての『絶対的使命』は達成されたのだと『あの時』思った。
だというのに、何だこれは。
なぜその遺体が『ここにある』のだッ!!
なぜその遺体があの主催者のような『ゲス野郎ども』の手に渡っているのだッッ!!!
これこそが私の『最も恐れていた事』なのではないのか。
自分の欲望でしか考えないゲスどもの手に遺体が渡る事こそ、私が一番危惧していた事だ。
それは私の国の将来にどれほど残酷な出来事が集まってきて起こる事になるのだろう…
いや、『将来』ではない。
既に目の前に迫る『災厄』として、私が身を以って体験しているではないか。
こんな事が許されるはずが無い。
こんな残酷な事があっていいはずが無い。
遺体を正しく『理解』しているのはこの私だけだ。奴らではない。
―――必ず、取り戻して我が祖国に『持ち帰らなければ』。
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「ブラフォード。君のその『両脚』の部位。それとそこの『両耳』と『左腕』の遺体をすぐに私に渡すのだ」
「……ム?」
「え?」
大統領の突然の要求に、ブラフォードとお燐は一瞬彼の言っている意味を理解しかねないでいた。
大統領はそう告げると、ブラフォードの元へズカズカと歩みを進めてくる。
今までずっと冷静沈着だった大統領に初めて焦りの色が窺えた。
ブラフォードはすぐに威嚇する。
「待て!その場から動くんじゃあないッ!」
「その遺体がここにあると知った以上、動かないわけにはいかない。すぐに渡すのだ、ブラフォード」
ブラフォードは困惑した。大統領の様子がおかしい。
この遺体が何だというのだ?奴にとってコレはそれほど大事なものなのだろうか…?
だが…
「確かにこの遺体とやらには凄まじいパワーを感じる。俺の歩けぬ身体を動かしていてくれるのだ。
故に、そう簡単に渡すわけにもいかん。これを失えば俺は再び地に這うことしか出来なくなる。
『主君』の為に戦う事すら出来ないのだ。それは『騎士』にとって何よりの『恥』。
そこで止まれッ!ヴァレンタインッ!!」
ブラフォードの制止を聞くこと無く、大統領は自身のスタンド『D4C』を傍に発現させる。
巨大な2本の角がウサギの耳のように生えた頭部が特徴の人型ヴィジョンのスタンドだ。
それを見てすぐさまブラフォードが右腕で楼観剣を抜き、構えた。
「オリンッ!下がっていろッ!」
(何だ!?奴の傍に立つあの奇妙な像はッ!?)
「え!?えぇ…ッ!?お、お兄さんッ!その傷で戦うの!?無茶だよッ!」
お燐がブラフォードを止めようとするが、既にこの戦い、誰にも止める事は出来ない。
大統領は何としてでもこの遺体を奪うつもりだッ!
「これが最後の警告だヴァレンタインッ!そこで止まれええぇぇぇぇィィッ!!!」
「警告するべきはこちらの方だ。すぐにその遺体を渡せ。私はお前という戦士を尊敬している。なるべくこの手にはかけたくない」
ぶつかるべくしてぶつかった二人の男の戦いの火蓋は、互いに相容れぬまま切って落とされる。
先に仕掛けたのはブラフォードだったッ!
「悪く思うなよッ!我が剣の味を味わってみろ!喰らえィッ!!」
言うや否や、ブラフォードが地を蹴り、一瞬で大統領の目前まで詰めるッ!
戦場において敵の反撃を恐れず、常に敵陣のド真ん中を襲撃するブラフォードの勇猛果敢な性格はこのバトル・ロワイヤルでも健在だッ!
(!!速いッ!)
大統領が迎撃の態勢をとるより前にブラフォードの長刀が大統領の懐を襲うッ!
しかし、ブラフォードは知らない。
『スタンド』の存在を。そしてそれを用いて戦う『スタンド使い』の存在を。
「D4C!防御しろォッ!」
大統領の叫びと同時にD4Cは左腕を前に構える。
ガ キ イ ィ ィ ィ ン ッ !
ブラフォードの瞬速かつ鋭い一撃は、D4Cのほんの少しの動作によって『いともたやすく』防がれた。
「……ッ!?」
屍生人の万力の様な力でもまるでピクリとも動かない。
大統領はその口元をニヤリと歪ませ、ブラフォードに一言告げた。
「…スタンドには、スタンドでしか対抗できない」
一振りで幽霊十匹分の殺傷力を持つと言われるこの楼観剣をもってしても、スタンドの『ルール』の壁を越えることはできない。
スタンドはスタンド以外の攻撃を受け付けないという法則がある以上、それ以外の攻撃に対して無敵の壁となる。
それを知らずに踏み込んだブラフォードは果たして『迂闊』であっただろうか。
いや、ブラフォードは『笑っている』ッ!
「ニヤリは俺の方だぜ、ヴァレンタインよ」
ブラフォードが言葉を言い終える前に大統領の全身はいきなり『切り刻まれた』ッ!
腕に!脇腹に!頬に!瞬時にして全身を駆け巡る切り傷と痛みは、大統領を驚愕させるには充分だった。
「………ッ!?グ……ッ!」
大統領は堪らず、地面に片膝を突いてしまう。
先の戦いでブラフォードがシーザー・ツェペリの放つ青緑色の波紋疾走を真っ二つに烈断し、離れたシーザーもろともその斬撃の余波を届かせる強靭な剣技を見せ付けた事は記憶に新しい。
いくらスタンドで剣撃そのものを防いだとしても、そこから放たれた見えぬ『余波』までは防ぐ事が出来なかった。
しかもこれほどの至近距離でまともに受けたのだ。そのダメージは決して浅くは無い。
「グフ…ッ!な、るほどな…これが伝説の騎士の技か……。『理解』…したよ…ッ」
「理解?『理解』しただとッ!?まだ終わりではなァァいッ!!お前が理解するのは『ここからだ』ッ!
キサマの血をこの肉体の一部としてやるッ!俺の奥義『死髪舞剣(ダンス・マカブヘアー)』の餌食になりなァッ!」
いつの間にだったか。大統領の足にブラフォードの伸縮自在の『髪の毛』が絡み付いている。
その髪はまるで獲物を捕食するタコの様に、瞬く間に大統領の全身に広がりその身体を完全に束縛したッ!
「…ッ!」
伝説の噂に違わぬ実力を持つ強敵に流石の大統領も顔色を強張せるしかない。
見る見るうちに髪が肉体にめり込んでいき、血液が吸収されていく。
ブラフォードはそれをボンヤリ眺めているような馬鹿者ではない。この機を逃さぬと言わんばかりに楼観剣を髪に持ち替え、大統領から距離をとり再び剣を全力で振りかざすッ!
「遺体になるのはお前の方だったなッ!これで俺の勝利イイィィィィッ!!」
ブラフォードの最大にして最高なる最後の一撃は、完全に大統領の正中線上に叩き込まれ、大統領の体はバターの様にスッパリと一刀両断にされる
……ハズだった。
「ムゥッ!?」
大統領に向けて確かに放ったはずの一閃は空を裂き、斬ったのは敵を包み込んでいた己の髪のみ。
一瞬前、身動きが取れずにもがくしかなかった大統領が『消えている』ッ!
「……っ!?どこだ…ッ!?奴は何処へ消えたッ!」
確かに死髪舞剣によって完全に捕らえていたはずだ。突然消える事などありえない。
だが何処を見渡しても虫一匹見当たらない。
「オリンッ!『奴』はどこへ消えたッ!?」
ブラフォードは離れて見ていたお燐にすぐさま聞く。
「わ…分かんないよッ!ここから見てても『突然消えた』ように見えたッ!」
おかしい…理解し難い状況だ。確かに俺の髪は直前まで奴を縛っていた感覚を感じていた。しかし今は全く気配を感じない。
さっきの『人形』と言い、奴は『妙なまやかし』を使う。だが奴はここから『逃げてはいない』。必ずここに戻ってくるはずだ。
何処からだ…!?奴は何処から戻ってくる…ッ!?
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「何だと…!貴様…ヴァレンタインッ!」
「何なの…!?あの人、『2人』いる……ッ!?突然1人現れて、2人に増えちゃった!?」
今、ブラフォードとお燐の目の前にはありえない光景が広がっている。
今の瞬間、ブラフォードは確かに大統領に向けてトドメの一撃を放とうとした。ブラフォードは『勝利目前』だったのだ。
その時どこからともなく突如乱入して来たのは『もう一人の大統領』。
しかし現れた大統領は何か様子がおかしい。顔色も悪く、全身を切り刻まれて既に息も絶え絶え。
正体不明の乱入者にブラフォードは動揺を隠せない。
「ヴァレンタイン…ッ!?貴様、今どこから現れた!?ならば『こっち』の男は誰だッ!?」
「ハァー…ハァー…ブラフォード、お前が驚くのも無理はない…
ここは『隣の世界』。そしてこの場所に自由に入ってこられるのは『この私』の能力だけだ…ッ!そして、見事な剣の腕だ…D4Cの防御ですら突破してくるとは…。
だが私を髪の毛で雁字搦めにしたのは『ミス』だったな。D4Cは私が何かの間に『挟まる事』で発動する…。
お前の髪の毛に包まった事で私はこの世界に『来れる事が出来た』…ッ!利用させてもらったよ…」
傷付いた身体を引き摺る様にして大統領はズルズルと二人に向かって歩いてくる。
その隣にはD4Cの体躯が大統領を支えるようにして傍に立つ。
「行け…D4C…ッ!この私が果てる前に、『基本』をあっちへ『移す』のだッ!」
大統領が叫ぶや否や、D4Cの肉体が瞬時に『隣の大統領』に移ったッ!
D4Cが別の大統領に移る事で、その大統領こそが全ての世界の『基本の本体』となる。
「!…成る程…理解した。『基本』がこの私に…。隣の世界の『能力』は私に移った…。今、この私が『基本』になったのか…」
基本の世界とは少し違う、無限の数ある『平行世界』。大統領のD4Cは何かに挟まる事により、異次元間を移動できる。
例え大統領が基本の世界で負傷したとしても、『負傷していない』隣の世界の大統領と入れ替わって戻ってくれば、その大統領が全ての『基準』となるのだ。
「この『私』が基準になったと言う事は、私は今から元の世界に帰らなければいけないわけだが…お前も『一緒に』帰るかッ!ブラフォード!!」
大統領が自分を包み込むブラフォードの髪をガッシリと掴みながら引き寄せるッ!
ブラフォードは当然、倒れまいと踏ん張るが、しかしッ!
「…ッ!!クッ…!」
「『基本世界』のお前は遺体の力で歩いていたようだが…『こっち』のお前はどうかなッ!?遺体は基本世界にしか存在しないもの!!
こっち側のお前はどうやら片脚を失っているようだなッ!簡単に『引き込める』ぞッ!!」
大統領の言う通り、聖人の遺体という物は本来、『基本世界』にしか存在しないもの。
遺体の力で歩く事が出来ていた基本世界のブラフォードだが、遺体の無い隣の世界では元通りの『片脚状態』なのは至極当然の結果である。
故にそんな状態のブラフォードでは当然、大統領の力に対抗出来るはずも無かったッ!
ブラフォードが大統領を押し倒す力を利用し、基本となった大統領は『ブラフォード』と『地面』の間に挟まれ、そしてブラフォード自身すらも異次元へと引き摺り込まれてゆく。
「お兄さーーーーーーーーーーんッ!!」
こうして何事も無く『基本世界』へと帰っていった大統領達。
後に残るのは、傷を負った元の大統領とお燐の空しい叫びの余韻のみだった………。
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―スポンジとスポンジが重なって…そのスキ間がそれのスキ間に入り込むように『2つ』がひとつになって、最後には『消滅』を迎える―
「Dirty deeds done dirt cheap (いともたやすく行われるえげつない行為)。
『同じ世界』に『同じ2人』が同時に存在する事はどんな者だろうと出来ない…この私のスタンド能力以外はな…
ブラフォード、お前の『敗北』だ」
「…………俺は、またしても死ぬのか」
『無傷』で戻ってきた大統領と五体不満足であった『隣』のブラフォード。
出会ってしまってはいけない『基本世界』と『別次元』のブラフォードは成す術も無く、この世界で無情にも『出会ってしまった』。
お互いがお互いを引き寄せるように衝突し、次第に体は崩壊を始めていく。
血管がバラバラに切断され、全身の肉という肉が細切れに吹き飛んでいくその痛みは、通常では計り知れない苦痛となる。
しかし、屍生人であるブラフォードには既に痛覚はほとんど無く、その表情はどこか諦念している様な、『死』を受け入れる覚悟を持った眼だ。
それは彼がかつて人間だった頃、愛しの主君メアリー女王を救う為、自ら『処刑』を受け入れた時と同じ眼を輝かせていた。
静かに崩れゆくブラフォードをじっと見据えながら大統領は再び彼に問う。
「D4Cによる消滅を受けた者は、肉体やその魂までもこの世から消えて無くなる。もうお前が2度とこの世へと復活する事は無い。
最後にもう一度だけ聞く。ブラフォードよ、お前は素晴らしい『騎士道』を持った戦士だ。
私の部下として働いてくれ。そうすれば今ならお前の肉体の消滅を止める事は出来る」
「……剣を向けた相手であっても、まだ俺の力が必要だと言うのか…。フフ…お前の方こそ、『王』としてふさわしい『器』を持っているようだ」
ブラフォードは死の直前をもって、しかし笑っていた。
大統領は、そんなブラフォードに対してただ、ただ真っ直ぐに向き合っている。
「……だが、俺の答えは変わらない。俺には主君に仕えるという『誇り』がある。それだけはこのブラフォード、死んでも曲げられん」
「…本当に、君は『誇り』ある騎士だ。そんな男と相交える事が出来て光栄だよ」
「フフ…俺も同じ気持ちだ。奇妙な安らぎを俺は今感じる。もう世への恨みは無い。こんな素晴らしい男と最後の最後に出会えたから…
我が女王の元へ旅立とう…」
既にブラフォードの肉体は首だけとなっていた。男は空を仰ぎ、眼を閉じて辞世の句でも詠むかのように呟く。
「心残りがあるとするなら、やはりジョナサンとの決着…。我が主の事…。
そして、オリン…お前の『家族を探す』という約束…果たす事が出来なかったな…すまぬ…」
ブラフォードは首だけをお燐の方向へ向ける。
お燐は、ただ泣く事しか出来なかった。彼女は結局ブラフォードに対して、何もしてやれなかった。
ほんの短い間だったが、彼女はブラフォードを『兄』の様に感じ始めていたのだ。
「ひっぐ……ひっく…お…にぃ……さ…っ…うぅ…」
「また…泣いているのか。お前には…笑った顔が、よく似合うというのに…」
ブラフォードは最期に大統領に向かって、一言だけ言った。
「…ヴァレンタインよ。『ひとつだけ』…約束して欲しい。
オリンには、手を出さないでくれ。彼女はただ、『家族』に会いたいだけなのだ…。もののけではあるが、ただの『少女』なのだ…」
「……良いだろう。ひとりの男として聖なる遺体の前で『誓う』。『火焔猫 燐には決して手出ししない』…それだけは約束しよう。
私は一度口にして誓った事は必ず実行する。今までも、ずっとそうやって生きてきた」
ブラフォードの最期の言葉を聞き遂げ、大統領は真に迫った雰囲気で誓う。その眼光には確かな固い『信念』が感じ取れる様に見える。
「フフフ……天晴れだ…異国の王、ヴァレンタイン……よ…………」
―――伝説の戦士、『黒騎士ブラフォード』の肉体と魂は、完全に消滅した
後に残った『遺体の両脚』だけが、彼の存在を物哀しげに語っていた…
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まるで産まれたばかりの我が子を抱き上げる母親の様な優しい手つきで、大統領はブラフォードの遺した遺体を拾い上げた。
遺体に対する『慈愛』とも見て取れるかの様子をお燐は既に涙の止まった目で、呆然と立ち尽くして眺める。
「『聖人の遺体』…両脚が、私の体へ『入り込んだ』か…遺体は再び『私』を選んだというわけだ」
気付かぬ内に遺体は大統領の体内へ潜った。それを確認した大統領は次に傍に落ちていたブラフォードのデイパックを拾い上げる。
中身を軽く確認し、スッと立ち上がってお燐の方へ振り返った。
―――そしてお燐を一瞥し、こちらへ、近づいてくる
「…………さて。そこにまだ『2つ』……あるな?」
(…え?な、によ、あの人…?こっちへどんどん、歩いて………くる……?)
―――大統領は歩みを止めず、お燐へと向けて真っ直ぐに近づいてくる
「ちょ…ちょっと……アンタ、来ないでよ……。あたいに、近づかないで……!」
―――お燐の静止を聞く事なく、大統領は更にどんどん距離を詰めて来る
「ま、まさか…あたいに何かするって言うんじゃあ…!アンタ、お兄さんと『約束』したばっかじゃないのさ…ッ!やだ…来ないで……」
―――とうとう大統領とお燐の距離は数メートルまで縮まった
「くッ……来るなッ!あたいのそばに来ないでぇーーッ!!」
大統領の異常な圧迫感に耐え切れず、お燐は右手をかざし青白い火焔を連射する。
しかしその業火も、スタンドの前には無力。D4Cの腕一本により、いともたやすく振り払われる。
―――お燐の目の前まで辿り着いた大統領は、彼女を見下ろす。彼は、まだ何も言わない
(なになになんだってのさ、この人間ッ!?この『人形』も不気味だし怖いし、わけが分からない…ッ!怖い!)
(助けて!!殺されちゃう!!)(いやだ!!)(誰か…!怖いよ…!)
(さとり様…!!)(お兄さん…!!)(みんな…!!)
(死にたくない…ッ!)
いつも自分を可愛がってくれていた主人のさとりやこいし、親友であった空を想い、それらは走馬灯のようにお燐の頭を駆け巡る。
怯えながら目を瞑るお燐に大統領は手を伸ばしてくる。永く生きてきた妖怪の彼女でも流石に『死』を覚悟した。
あぁ…あたいはここで早くも退場するんだ。せめて最期にみんなの顔を一目見たかった…
―――ぽすんっ。
「おい…。何を勝手に怯えている。別に私はお前に危害を加えるつもりなど『無い』」
………
……
…
「………………………………へ?」
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大統領は半ば呆れた顔をしつつ、お燐の頭に手を添える。
てっきり殺されるものかと思ったお燐は拍子抜けしたように呆気に取られながら、大統領を見上げて聞く。
「あ…あたいを殺さないの…?」
「君は私がさっきブラフォードと『誓い』を立てたところを見ていなかったのか?『君に手出しはしない』と彼に誓ったばかりだが」
「え…いや、まぁ…見てたんだけど…さ。アンタが無表情でズカズカ近づくもんだから、あたいてっきり…」
お燐の言い分を聞いた大統領はやれやれといった感じで溜息をつき、再度真摯な表情をお燐に向けて言い切った。
「あれほどの男と誓ったのだ。『
火焔猫燐には決して手出ししない』。私は彼を殺したが、君がそれを不安に思っているのなら心配する事はない。
私はあえて嘘をつく事はあるが、一度口にして誓った事は必ず実行してきた。
それは私の『誇り』であり、アメリカの未来を担う者として、父親から受け継いだ『愛国心』があるからだ。
私は祖国の未来のためになら何だってやるつもりだ。その目的を邪魔するものは誰であろうと容赦しない。
ブラフォードは目的の犠牲になってしまったが、君は私の前に立ち塞がった『敵』では無い。だから手出ししない」
大統領はそうハッキリ断言した。その嘘偽りのないある種『信念』みたいな意志を感じ取れたお燐は、この男が自分の私利私欲で動く様な『ウソつき』では無い事を『心』で理解できたのだ。
「もう一度言っておこう。私は『約束は破らない』。目的は遺体を集め、『アメリカへ持ち帰る事』だ。あの主催者共はいずれ必ず叩き潰すがね」
―――この私が約束を違う事がもしもこの先あるのなら、それは『誇り』を捨ててでも貫くべき『決断』を迫られた時だろうな…
そんな未来が来ない事を心の中で願いつつ、大統領は目の前のお燐を真っ直ぐと見つめる。
「…………あ、あたい…さとり様を、『家族』を探してるんです。さっき会ったばかりの…それもお兄さんを…その、殺した本人に頼むのもなんだけど…。
『みんな』を探して欲しいんだ!さとり様やこいし様、おくうも、みんな…あたいだけじゃ、心細くて……」
何故自分がこんな事を頼んでいるか、自分でも理解できなかった。
ただ、気付いたら頼み込んでいた。相手はブラフォードを殺した得体の知れない『人形使い』だというのに。
だがこの男には、何か他人を引き付けるような『求心力』がある。『もしかしたら悪い人ではないかも』…そう思えてきたのだ。
お燐は最早、助けを求めずにはいられなかった。
そんな彼女の切実な思いを受け止め、大統領はその場に座ってお燐の肩に手を添えて言う。
「…『愛国心』はこの世で最も美しい『徳』だ。
国の誇りの為、命を懸けることが『家族』を守る事に繋がると考えるのは『人間の気高さ』だけだ…妖怪もそうなのだろう。これは私が幼い頃、死んだ父親の親友に聞かされた話だよ。今はもう居ないがね…。
燐とやら…。家族を守りたければ『戦え』。愛国心とは『家族愛』の事だ。泣いてばかりでは家族は救えない」
―――「そしてもし君が私の目的の『手伝い』をしてくれると言うなら、『私も君の家族を探す手伝いをする』と約束しよう」
「…………え?」
お燐は一瞬大統領の言った事が理解出来ずに呆然とした。
確かに自分から頼み込んだ事だが、まさか本当に手伝ってくれるとは思いもしなかったからだ。
大統領はそのまま立ち上がってお燐の横を通り過ぎ、リヤカーに散らばっていた『左腕』と『両耳』を回収して戻ってくる。そしてその左腕をお燐に渡して言った。
「この左腕を持って私に近づけてみろ」
「え…、あっうん」
貴重な骨董品を取り扱うかの様な慎重さでお燐は左腕を言われた通り大統領に近づける。
すると不思議な事に、お燐の持つ左腕に反応するかのように大統領の体から『両脚』が浮き出てきた。
両脚はまるで『引力』に引き合うかのようにしてそのままお燐の体内に潜っていく。
「うわッ!!?わわわわ!!!な、なにこれなにこれッ!?何か入ってきたよッ!?」
「落ち着け。何も痛みなどは無い。私からお前の体に遺体が移っただけだ」
「ふぇぇ…こんな大きいものがあたいの中に入っちゃうなんて…なんか、凄いねぇ…」
「燐よ。私の手伝いというのはこの遺体の各部を集めて来てくれというものだ。
何の因果か、火車の妖怪であるお前の能力は『死体を持ち去る程度の能力』らしいな?
この会場に散らばっているであろう遺体を集めるには最も適した能力といえる。君にその『両脚』を預けよう…。
それを使って遺体を探してくれ。君なら出来るはずだ」
大統領はそう言って左腕と両耳を自分の体内に取り込んでいく。
「でで、でもあたいにはこの死体の価値はよくわかんないし…そんなの出来るわけが……」
「家族を守るんじゃあなかったのか?戦うのだ、燐。何も相手を殺せと言ってるのではない。遺体を持つ者が居たら『奪って』逃げるだけで良い。
君の家族の名前は何だ?」
「(ムッ…おじさん…)私の目的はあくまで遺体だ。最優先というわけにはいかないが、その3人を見つければ必ず保護して君の元へ送ろう」
―――この人はきっと、『正しい道』を歩いている。お燐はそう信じる事が出来た。
「………あたい、やるよ。この遺体を探し出しておじさんに届ける。死体を持ち去る事にかけてあたいの右に出る奴なんて居ないさね!
その代わり!おじさんもさとり様達のことお願いね!約束っ!」
「勿論だ、ありがとう、燐」
「燐じゃなくて、あたいは『お燐』って呼ばれるのが好きなんだけどなぁ
「む…分かった。約束しよう………お燐。これで良いか?」
「うん!」
すっかり元気を取り戻したお燐は大統領に向けてニッコリ笑うと早速遺体を探しに行こうと、愛用のリヤカーを掴む。
「待て、お燐。これを持って行け、必要になるかもしれない。」
早々と出発しようとするお燐を止め、大統領はデイパックの中から『あるモノ』をお燐に手渡した。
「え…これって、ナイフ?」
「ブラフォードの支給品である『ハンターナイフ』だ。扱いに気をつけろ、『毒』が塗られてあるらしい」
「えぇ!?毒ゥ!?あわわわ……ッ」
物騒な単語を聞いて驚いたお燐は危なくナイフを落とすところだった。
「君は炎を操って戦うみたいだが、まぁ念のためだ。自分を守れる武器はあるに越した事はない。
だが、よく聞いておけ。毒はこの世で最も『卑怯』で『残酷』に人を苦しめる方法だ。
私が兵士だった頃、毒で苦しみながら死んでゆく仲間を何人も見てきた。あまり気軽に使う代物ではない」
「…なーんかさっきからお取り扱い注意な物ばっかりあたいにくれるねぇ…」
お燐が口を尖らせて不満を言いながらナイフをしまった時であった。
フォン フォン フォン フォン ………
どこからともなく奇妙な発信音のような音が聞こえた。
「ん?…あぁ、これはDioからの連絡か。フフ…電話だけに『フォンフォン』鳴るわけだな」
(え……)
大統領のよく分からないボケをお燐は心の中で突っ込む。それを気にせずに大統領は懐から通信機能付き陰陽玉を取り出して話しかける。
―――「……もしもし。ヴァレンタインだ。聴こえるか?Dio」
―――………。
「…イタズラ電話なら切るぞ」
―――………。
「……ブラフォードは葬ってやったが火焔猫燐は…………」
………
……
…
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(あの陰陽玉、どっかで見た事あるような…それにしてもおじさん、誰と会話してんだろ?)
背を向けて少し離れた所で会話している大統領をボーッと見つめながら、お燐はリヤカーの上で足をブラブラさせて待っていた。
―――『愛国心』はこの世で最も美しい『徳』だ。
国の誇りの為、命を懸けることが『家族』を守る事に繋がると考えるのは『人間の気高さ』だけだ―――
先刻の大統領の言葉がお燐の脳裏に蘇ってくる。
(あたいは…国の事とかよく分かんないけど、あの人は国のために戦っている…。この遺体はおじさんにとって本当に大切な物なんだ…)
―――家族を守りたければ『戦え』。愛国心とは『家族愛』の事だ。泣いてばかりでは家族は救えない―――
(戦う事が家族を…さとり様達を守ることに繋がる…)
―――もし君が私の目的の『手伝い』をしてくれると言うなら、『私も君の家族を探す手伝いをする』と約束しよう―――
(あの人の言葉に、嘘は無いと思う。彼は誓いを裏切らない人…。だったらあたいも、あの人のために…そして『家族』のために、戦わなくちゃあいけないね…!)
お燐は深く決断した。大統領の遺体集めは自分が手伝ってあげようと。
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「私はここで『馬』が来るのを待ってから出発するが、お燐はもう行くのか?」
「あぁ、あたいだってダイトリョーさんのお役に立てるって事を証明しなければね!一足先に遺体探しに行くよ!」
「『大統領』だ。ならば君に一つ注意しておく事がある。私の同盟相手である『Dio』の事だ。
奴は南の紅魔館から恐竜という翼を持つ翼竜を数十匹、偵察のために会場全体に向けて飛ばすらしい」
「キョーリュー?大統領さんのお仲間がいるんだね。それがどうかしたのかい?」
「このゲームの全情報を掴むという体ではあるが、間違いなく私やお前にも監視がつくだろう。これより先、私達の動向は常にDioに見張られてると思った方が良い。奴はそういう男だ。
Dioにはなるべく遺体の情報は隠しておきたいが、恐らくいずれは知られるだろう。私なら何とか奴を丸め込めるだろうが、君が単独で奴に出会ってしまうのはマズイ。
君の持つ遺体を全部奪われた後で始末される可能性もある。いいか、『
ディエゴ・ブランドーには近づくな』…」
「わ、分かったよ。大統領さんも複雑な事情があるんだねぇ…。じゃああたい達はどこで落ち合ったりしようか?集合場所でも決めとく?」
「Dioの恐竜と通信機を使えば君の居る位置はすぐに割り出せるだろう。会う必要があれば私から君の元へ向かおう。
…それでは、無事を祈っているよ。お燐」
「大統領さんも!さとり様たちに会ったらよろしく言っといて!」
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リヤカーを引いて勢いよく突っ走っていくお燐を見届けながら大統領は夜風に吹かれる。いつの間にか星々も沈んで、もうすぐ朝の時間帯がやってくるかという頃だ。
一気に静寂が訪れた空間の中で憩う様に、大統領は近くの石に腰掛けて思案する。
(Dio…流石に奴は油断ならない男だ。常に周りの人間の一手二手上を行こうと考える狡猾な男…。少しでも隙を見せた途端、背中から裂かれるだろう…。
遺体のこともいずれ知られるだろうし、私やお燐の持つ遺体を奪おうと画策するかもしれない。ならば私はそれの『更に上』を行ってやろう…)
(そしてその遺体を侮辱しているあの主催者も必ず消す。この遺体はアメリカへ必ず持ち帰る!それが大統領たる私の役目…。
そのためにあの『娘』は充分に利用価値はある。遺体をひとつ渡したのはやり過ぎだったかもしれんが…。
この世で遺体を最も理解しているのはこのヴァレンタインただひとりだ…ッ!他の誰でもないッ!!)
心の内にメラメラと燃える主催者達への敵対心は消える事は無く、彼を奮い立たせる強き原動力となる。
そして大統領は無意識にポケットの中のハンカチを握り締めようとする。
自分に『父の愛』と『愛国心』を学ばせてくれた父親の形見のハンカチ。大切な時はいつも持ち歩いており、自分の『心の支え』となってくれたかけがえの無い物だ。
挫けそうな時。困難に立ち向かう時。いつもこれを握り締めて自分を奮い立たせてきた大統領自身の『原点』だ。
だが………
「……………ッ!?……なにッ!!??」
いつもポケットに忍ばせていたハンカチが『無くなっている』。
どこかで落とすなんて事はありえない。ならば考えられるのは………。
「――――あの主催者共めッ!!とことん人を侮辱した奴らだ…ッ!許せない……許せるわけが無いぞ…ッッ!!」
まさか形見のハンカチまで奪われるとは思ってもいなかった。
遺体だけでなく人の想い出までも平然と奪っていくあの醜悪なる主催者に、流石の大統領も怒りの限度を超えた。
「あの下衆共ッッ!!!必ずこのヴァレンタインがこの世から消滅させてやるッ!!!必ずだッッ!!!」
既に早朝になろうかという刻の平原で、大統領の咆哮が辺りを響かせた。
―――もうすぐ、夜が明ける。
Side.Funny Valentine…END
【ブラフォード@第1部 ファントムブラッド】死亡
【残り 77/90人】
【C-3 ジョースター邸 裏/黎明】
【ファニー・ヴァレンタイン@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:健康
[装備]:楼観剣@東方妖々夢、聖人の遺体・左腕、両耳@ジョジョ第7部(大統領と同化しています)、紅魔館のワイン@東方紅魔郷
[道具]:通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、暗視スコープ@現実、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を集めつつ生き残る。ナプキンを掴み取るのは私だけでいい。
1:遺体を全て集め、アメリカへ持ち帰る。邪魔する者は容赦しない。
2:形見のハンカチを探し出す。
3:火焔猫燐の家族は見つけたら保護して燐の元へ送る。
4:荒木飛呂彦、太田順也の謎を解き明かし、消滅させる!
5:
ジャイロ・ツェペリ、
ジョニィ・ジョースターは必ず始末する。
※参戦時期はディエゴと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※幻想郷の情報をディエゴから聞きました。
※最優先事項は遺体ですので、さとり達を探すのはついで程度。しかし、彼は約束を守る男ではあります。
※現在はディエゴの派遣した馬待ちです。
【火焔猫燐@東方地霊殿】
[状態]:人間形態、妖力消耗(小)
[装備]:毒塗りハンターナイフ@現実、リヤカー@現実、聖人の遺体・両脚@ジョジョ第7部
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:遺体を探しだし、古明地さとり他、地霊殿のメンバーと合流する。
1:遺体を探しだし、大統領に渡す。
2:家族を守る為に、戦う。
3:地霊殿のメンバーと合流する。
4:シーザーとディエゴとの接触は避ける。
※参戦時期は東方心綺楼以降です。
※大統領を信頼しており、彼のために遺体を集めたい。とはいえ積極的な戦闘は望んでいません。
○毒塗りハンターナイフ
全長26cm×刃長14cmのハンターナイフ。シース付き。
毒を塗って獲物を仕留められるが、毒は携帯していると乾く為、こまめに塗る事が必要。
傷口から毒が体内に拡がるには実際には時間が掛かる為、毒はあくまで相手を弱らせる為に使う。
最終更新:2014年11月05日 11:53